紫色に染まる日々へ   作:たまてん

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作戦で怪我をしたお話です。
よろしくお願いします。


貴方の涙を拭える、せめてもの

「……痛っ!」

 

ぽんと、額を綿で強めで叩かれて。

赤いすり傷に、アルコールをぎゅっとしみ込まされて、思わず立香は声を上げる。

しかし押し付けた当の彼女は「男の子なんだから我慢我慢ですよ~」とあっさり流してしまう。

 

「しかし今回は派手にやられましたねぇ。マシュさんに助けて頂かなかったらもぉーと大変でしたよ?ちゃんとお礼言うんですよ?」

「はい。あと治療の方、ありがとうございますシオンさん……」

「いえいえ。一応私もアトラス院の者なので医療は多少はかじってますからねぇ。いやぁですが軽症でよかった。こっちはモニターではらはらどきどきで。なのに立香くんたらまったく気にせず猪突猛進で……ほーんと、よかったですねぇ……」

「……あの、シオンさん。もしかして……結構怒ってます?」

 

言った途端がしゃん!と、少女はピンセットを雑に放り捨て、立香はびくんと体を震わせた。

 

「――全然。全然、まったく、これっぽっちも怒っていませんが……何か?」

 

……満面の笑顔。

晴れやかで、さわやかで、これ以上ない笑顔。

なのに、少年はその輝きを前にして、背筋の冷や汗を止められなかった。

ここは少年の部屋で、いるのは立った二人だけ。

本来なら部屋の主たる彼はのんびりと息を抜いていいはずなのに。

紫の彼女の笑顔があまりに眩しすぎて、完全に委縮してしまってる。

 

「ただまぁ少々無茶が過ぎたなとは思いましたよ。結果的に上手くいきましたが、立香くんはこの通りボロボロなんですから……」

「た、確かにその通りなんですが……けどシオンさん。今回は、その……仕方なかったんです」

 

……あの局面で畳みかけなければ、勝機はなかった。

それはこの長い戦いの中で培った直感。

そしてこの怪我が軽傷で済んだのも、彼が周りのみんなを信頼していたがゆえの結果。

だから立香は本心から……あれは最善であったと思っていた。

同時にその結論には、その状況をモニタリングしていた彼女も達していた。

 

「ええ。それは否定しません。立香くんの言う通り、アレが最良の選択です。私でも、そう判断します……『何回』も『何回』も、私はそう判断しました」

「……え?」

 

思わず、立香は声を漏らす。

呆然としている彼に対し、シオンは淡々と語り始める。

 

「作戦が始まる前から、私は何度も頭の中でシュミレーションしました。この彷徨海に来た時のように、何度も何度も未来を計測しました……その結果出た結論は皆同じ。この作戦は『成功』する。ただし、立香くんは必ず『負傷』する、と。同じ計算式であるなら、答えは変わりません。私はその結果を何回も予測しました。その光景を何十回と視ました。作戦が成功して、立香くんは怪我をして帰ってくる……なんど、泣いたことか」

 

……今更になって気づく。

彼女の目が赤かった理由、声が枯れていた真相。

誰よりも早く、帰ってきた少年を向かいに来た……その真意を。

 

「……下手にこれを他の人に伝えれば、未来が変わってしまうかもしれない。もしかしたら最善から、最悪に転じることもある。既に最善であるなら、何も変えない方がいい。だから私は黙って待っていました。ずっと、ずっと。貴方が怪我をして、痛い思いをして帰ってくるのを……何もせずに、待っていたるだけだったんです」

 

ぎちちと、彼女はスカートを力強く握りしめる。

同時に少年の心臓も、ぐっと苦しくなった。

 

「……もう泣かないだろうって思ってました。数えきれないくらい泣いたから、涙なんて枯れて、淡々と貴方を迎えられると……でも、何もできず待っていたあの時間とか、実際に傷だらけの立香くんを見たら……悔しくて、悲しくて。今もまた、視界が滲むんです……」

 

……昔の自分なら、まだ普通に見ていられた。

これも仕方のないことだと割り切れた。

なのに、今は。

予測ですら……もう、視たくなかった。

 

「……これはまぎれもない、私のわがままです。だから叶わないと、駄目だとわかっていますが……それでも。立香くんには……無事でいて、欲しいです」

 

絞り出すような声で、白い手の甲に数滴の雨を落としながら、シオンは言った。

その願いが叶わないことも、筋違いなことも、承知な上で。

……言わずには、いれなかったのだ。

対して立香は、その深くうなだれる彼女への言葉を考える。

気休めも、その場しのぎの言葉も意味はない。

むしろそれは、何度も自分のために涙を流してくれたシオンに対する侮辱である。

だから思考する。

言い訳のためじゃない。

それはただ単に。

自分のために悲しんでくれる、彼女を想って……。

 

「……無事というのは、難しいです。大きくも小さくも、おそらくこれからも怪我はします.そのたびに……シオンさんを泣かせる、と思います」

 

事実を告げる。

嘘も虚飾もなく、ありのままの事実。

無論、シオンは沈黙してる。

彼女にとって、それはあまりに『予想通り』な答えだろうから。

……けど、ここからは。

少しは彼女の予想を裏切れることを、願う。

 

「――でも、怪我をしても、ボロボロでも、無事じゃなくても……俺は必ず、帰ってきます。帰ってきて……泣いてるシオンさんを、傍で慰めます」

 

……たくさん泣かせる、

たくさん怒らせる。

でもその分だけ、貴方の傍にいる。

慰めて、怒られて、でもずっと手に握る。

笑っている、暖める。

それが自分にできること。

それが……貴方の涙を拭える、せめてものぬくもりでありますように。

 

「……それじゃ、駄目ですか?」

 

そう、立香はシオンに尋ねる。

彼女はしばらく無言だったが、やがてやれやれとかぶりを振ってため息をついた。

 

「……まぁ。凡人な立香くんには、それぐらいが限界でしょうね……言っておきますけど、私面倒くさいですよ?」

「ええ。すでに重々、承知しています」

「引っかかる言い方ですね、まったく……では立香くん。早速慰めて貰えますか?」

「え今からですか?」

「もちろんです。散々泣いて水分不足なんですから……ここも、もうぱさぱさなんです」

 

とんとんと、彼女は自らの唇を叩いた。

……一応怪我人に、なかなか無茶をさせてくれる。

片目を瞑るシオンのしぐさに立香は苦笑する。

 

「余計に疲れるかもしれませんよ。俺もご無沙汰でしたから」

「構いませんよ。私も体力には自信があります……それに。疲れて眠ってしまっても、傍にいてくれるんでしょう?」

「……ええ。今日は離しません」

 

ならよし、とシオンは微笑む。

いつもと変わらない笑顔を浮かべてくれる優しい人に、立香も笑みをこぼす。

 

……涙にぬれた、その手に指を絡ませて。

互いに息を感じながら、唇を重ねる。

 

その熱は、今日という夜も越えるほどに。

 

熱く優しく、続いていく。

 

 

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