「……濃すぎる!」
ばんと机を大きく打って。
シオン・エルトナム・ソカリスはそう悲痛な声を上げた。
「……何が?」
己が召喚者の突然の奇行に若干引きつつ、恐る恐るキャプテンは問いかけた。
するとうつぶせた体勢はそのままに「みんながですぅ……」と絞り出すような声。
わずかながら、嗚咽が混じる。
「バレンタインに立香くんへ世界で一番美味しいチョコを渡そうと今日まで試行錯誤し、やっと『シオンさん特製オシリスの砂チョコ』が完成したまではよかったのですが……」
「1ミリも食欲が沸かない名前だね……」
「この際名前はどうでもいいんです!私が言いたいのはその……他の、立香くんにチョコを渡す方々についてなんですが……なんでみなさんあんなにキャラが濃いんですか?」
「……濃い、とは?」
言葉通りの意味ですぅ!とやや食い気味に、目じりを潤ませたシオンは顔を上げる。
「なんですか!?自分の顔を描いたチョコとかはたまた自分そのものをプレゼント・フォー・ユーとか!?あんなんインパクト強すぎてどうあがいても私のチョコ霞んじゃいますよ!!」
「やけに事細かに知ってるねキミ」
「だってここの監視カメラはメイド・イン・シオンさんですから」
「職権濫用」
「むしろ立香くんを影ながら見守る献身的な彼女です」
「守られてないよ彼のプライバシーが」
「すみませんアラサーなので耳が遠くて聞こえませーん」
ぴっちりと耳を塞いで聞こえなーい聞こえなーいと言っている様を大人として見るなんて、キャプテンにはとても叶いそうになかった。
そもそも、こうやってだだをこねていること事態実に子供らしい。
そして駄々をこねすぎて、もうバレンタインがあと三十分足らずで終わりを迎えようとしてるなんて、いろいろと本末転倒な話である。
「どちらにせよ、時間的にそろそろ決めた方がいいよ」
「ぐぬぬ……」
額に青筋が走るほどシオンが頭を悩ませていた……その時。
「……どういうものであれ、俺は素直にシオンさんからチョコもらえたら飛び跳ねるほど嬉しいですよ」
「ぎゃん!」
飛び跳ねた、シオンの方が。
顔を真っ赤にして振り返ると、彼女が想い煩っていた少年がそこにいる。
「りり立香くん!?あのあの、ここ、私の部屋ぁ……」
「ノックしたんですけどね。いないかなぁと思ったら話し声がして。で、鍵も開いてたしこっそり入らせて頂きました」
「……キャプテン。もしかして気づいてました?」
「まぁね。あんまりにシオンが面倒くさいことになっていたから。ほら頑張って」
「裏切者ぉ!!」
そう叫ばれながらもキャプテンは涼しい顔、やってきた立香に対し「もともとはなんの用事できたんだ?」と尋ねた。
「いや実は俺もチョコ関連でして。あとはシオンさんに貰うだけだなぁとこちらに足を運びました」
「こっちもこっちで大概だな」
「そりゃあ個人的な大本命ですからね……シオンさん」
「は、はい!」
途端びしっと気を付けの姿勢をとるシオン。
そんな固くなってしまった様子の彼女にくすりと笑いながらも、少年は近づいていく。
「……確かにほかの方々は皆さんそれぞれに魅力があってとても素敵です。でもね、俺はそれとは別にシオンさんかからのチョコレートがどうしてもほしい。だってね……」
かつんと一際高く靴音が響く。
少年と少女の顔の距離は、わずかばかり。
ほんの少しの間を以て、互いの視線が混じり合うその時に。
黒髪の彼は、こう言葉を続けた。
「――ホワイトデーに、シオンさんに何もプレゼントできなくなってしまいますから」
「……え?」
思わず漏れた、間の抜けた声。
悪戯っぽく笑う自分より一回りも年下の彼の視線に、一層頬が熱を帯びた。
「シオンさんにプレゼントできる機会があるなら、何度だってあげたい。だからホワイトデーにちゃんと、貴方に好きと言ってもらった男として、『お返し』をあげたいんです……シオンさん。改めて、そして一つだけ、お尋ねします」
絡まる指、強く握られて、私以外の熱が混ざってくる。
蒼い瞳は細く、艶やかに光って。
溶ける脳内に、彼の言葉が反響した。
「――俺に、食べてほしいですか?」
……うめくことさえ叶わない。
鼓膜から伝わって、全身を震わす快感。
ただただ、火照る体が感じるばかりで。
かろうじて、こくりと頷くことしかできなかった。
そのいっぱいいっぱいの肯定に、少年は良かったとほくそ笑む。
「……じゃあ俺、部屋に戻りますね」
「……へ?い、いや待って立香くんチョコが……」
「だってゆっくり味わいたいじゃないですか?シオンさんの手作りチョコ……ゆっくり、一晩かけてね」
――最後に。
扉の前に立った彼は振り返り、その濡れた唇でこうつぶやいた。
――鍵は開けておきますよ、と。
「……シオン、あれが『大人』だよ」
少年が去った扉を眺めながら、今まで静かに黙っていたキャプテンが口を開いた。
いや世間でいうところの大人とは、また違ったものではあるが。
少なくとも、今もこうして放心しているような人物とは、はるかに『レベル』が違った。
しゅーと湯気を発していたシオンだが、やがてよたよたと体を揺らしながら部屋の奥へと歩いていく。
冷蔵庫の方ではなくだ。
「どこへ行く?チョコ渡しに行くんだろう?」
「いや……えっと……その前に、なんですが……」
やや口ごもるシオン。
振り返ったとき、さきほどとは違った別の意味で頬を染めながら、消え入りそうな声で言った。
「……下着、まともなのに着替えてきます」
言い終えると同時にびゃっと素早く奥に引っ込む紫。
がちゃんどたんと物音が響く中、やれやれと肩を竦める。
「……召しあがるのは、果たしてどっちなのかな?」
そんな問いを投げはしたが、無論答えはない。
……まぁ。
少なくとも明日の朝にはわかるだろうと思いながら、初心で可愛らしい騒音にまた耳を傾けるのであった。
終