早朝、高海家の居間のテレビに、緊急速報番組が流されている。
テロップには、『愛染氏電撃辞任 その真意は!?』とある。
『愛染さん!』
『ひと言お願いします!』
『電撃辞任についてのコメントは!?』
画面の中で、大勢の記者が愛染正義に駆け寄り、コメントを求める。彼らに対して愛染が口を開いた。
『オラ、何だか憑き物が落ちて生まれ変わったような気分なんずら。これからはアイドル学校の経営ひと筋で、夢に向かって頑張る若者を応援するのに専念するずらよ。では!』
『待って下さい愛染さん!』
側に停めている自転車にまたがる愛染を制止する記者団。彼らに対して、愛染は、
『なぁに、またどこかで会えますずら。オラたちはみんな、同じ方向に向かって歩いていってるんですから。あの太陽に向かって、まっすぐ――! ……あれ? これ誰の言葉ずら? まぁいいか……』
そう言い残して、自転車でアイゼンアイドルスクールに向けて走り出す愛染の後ろ姿を最後に、功海が電源を切った。
克海は電話で、アイゼンテック本社の母と通話している。
『そうなの。私たちもみーんなビックリよ! 対怪獣用のシステムがあったなんて全然聞かされてなかったし、戸惑ってる内にあんなことが起きて、愛染さん責任取って辞任しちゃうんだもの! 色んなことがドンドン進んでいって、未だに実感ないわ』
「そうなんだ……」
『愛染さんがいなくなっちゃったこと、氷室さんもきっと残念がってるでしょうね……。アイゼンテックは、愛染さんと氷室さんの二人三脚で大きくした会社なんだから……。あっ、ごめんなさい。こっちにも記者やら電話やらがひっきりなしで、応対しなくちゃいけないの。手一杯でしばらくは帰れそうにないから、お父さんによろしく言っておいてね』
「ああ、分かった。忙しいところ、こっちこそごめん。それじゃ」
電話を切った克海に、功海が肩をすくめながら呼びかける。
「まさかこんなことになるなんてな」
「ああ……愛染の身体からは、サルモーネがいなくなってるみたいだ。何があったのか……」
「けど何にせよ、もうあの野郎に頭悩まされることがなくなったってことだろ? これも沙紀って子の仕業なのかもしれないけど、俺たち的には万々歳じゃん!」
楽観的に捉えて背筋を伸ばす功海だが、克海は考えに耽ってつぶやいた。
「果たしてそれだけなんだろうか……」
「へ? どういうことだよ克兄ぃ」
「考えてみろ……。この一連の事件で、一番得をした人物は誰だ?」
克海の言わんとするところを察して、目を丸くする功海。
「あの氷室って新社長も関係してるってか? そりゃ考えすぎだろ! 偶然だよ偶然」
「……そうか……そうだよな」
少し釈然としないながらも納得する克海。そこに功海のスマホが着信を知らせる。
「ちょっとごめん。……あれ? 曜からだ」
電話に出た功海は、怪訝な顔で尋ねかけた。
「どうしたんだよ曜、こんな時間に。今は朝練じゃねーのか? ……えッ? 千歌?」
顔を上げた功海が克海に問う。
「克兄ぃ。千歌はまだ家にいるかって」
「千歌? いや、俺が旅館の準備始めた時にはもういなかったぞ。てっきり、もう家を出たものかと……」
答えている内に克海の顔が青ざめていき、同様に功海の表情も引きつった。
「「まさか……!!」」
『どういうことだよッ!!』
浦の星のスクールアイドル部の部室に、スマホ越しに功海の怒声が鳴り渡った。
千歌が朝練に来ない。そのことを心配したAqoursが高海兄弟に連絡すると、家にはいないという答え。それから導き出された結論は、つまり――千歌が失踪したということだ。
そしてその原因に、果南には心当たりがあった。そのことを打ち明けたら、功海が烈火の如く怒り出したのだ。
『千歌って誰? って何だよ! 何でそんなひでぇこと言ったんだ! いくら果南でも許さねぇぞッ!』
「私だって、そんなこと言いたくなんてなかった!」
果南も取り乱し気味で、感情的に言い返す。
「だけど、言ってるでしょ!? 千歌の記録があるのは十二年前までの分だけ……そこから生まれた時までの分が、どんなものも、どこを探しても、見つからなかったの! おかしいでしょ!?」
梨子と曜が困惑した顔を見合わせる。
「ど、どういうこと? それって……」
「千歌ちゃんってまさか……養子?」
「そんなはずありませんわ」
ダイヤが冷や汗を垂らしつつも否定した。
「この狭い内浦で、どこかの家が養子を迎えたということがあれば、噂にならないはずがありません。しかし、わたくしが知る限りでは、そんな話は聞いたことがありませんわ」
「でもそれじゃあ……千歌ちゃんの小さい頃の写真がないのは何で……?」
混乱しきりのルビィの疑問の言葉に、功海が喚く。
『どうせ父さん辺りがなくしちまったんだよ! 父さん、昔から抜けてるし……』
「そんなのありえないでしょ!」
果南がピシャリとはねつけた。
「克兄ぃと功兄ぃのはちゃんと大切に保管されてたんだよ!? ましてや、娘のものをなくすだなんて……そもそもウチにもないんだよ!?」
「そ、それなら……どういうことずら?」
突然の不可解な話に、訳が分からなくなっている花丸がオロオロしていると、鞠莉が腕組みしながら険しい顔つきで発した。
「事実だけを纏めると……千歌っちは、十二年前に突然現れて、そのことを誰も疑問に思わなかったということになるわね。初めからいたかのように打ち解けて……」
「そ、そんなデタラメなことある訳ないよっ! 千歌ちゃんは私の幼馴染で……!」
曜が焦燥しながら反論するが、
「……で、でも、言われてみれば……幼稚園に入りたての時には、千歌ちゃんいなかったような……最初にお話ししたのはいつだったっけ……? 気がつけば、側にいて……」
『曜まで何言ってんだよッ!』
頭の中がグルグルと回転している曜のつぶやきに、功海が更に声を大きくした。
『とにかく! 俺は信じねーぞッ! 千歌は俺と克兄ぃの妹だ! どこからともなく現れたなんて、ある訳ねぇッ!』
「でも、実際に……!」
「二人とも、落ち着いて下さいまし!」
果南たちの取り乱しぶりを見ていられなくなったダイヤが割って入った。
「今すべきことは、千歌さんを捜すことですわ! 本人から話を聞かないことには……」
それに返答するように、スマホから克海の声が発せられる。
『駄目だ……! 千歌の携帯の電源はオフ。色んな人に電話したけど、今朝千歌を見たって人はいなかった……!』
「千歌ちゃん、一体どこへ……!」
『くッ……何としてでも見つけ出してやるッ!』
梨子と同じように、功海も焦った声を出している。
『千歌の携帯のGPSを利用すれば、居場所を特定することが……』
だが言葉の途中でいきなり部室の照明が消え、スマホには通信障害が発生して通話が途切れた。
「な、何? こんな時に停電ずら?」
動揺する花丸。鞠莉はスマホの状態を調べて首を振った。
「ただの停電なら、通信障害なんて起きないわ! これはまさか……!」
胸騒ぎを覚えてスマホを立ち上げ直した鞠莉が、緊急速報を検索する。
果たして出てきたのは、今この瞬間に綾香の市街の中に半透明の怪獣が出現している映像であった。
『ゲエエゴオオオオオオウ!』
「怪獣! こんな時に……!」
「何か透けてる! しかも、で、電気を吸ってない!?
怪獣は綾香市の送電線に張りつくようにして、電気を角から吸収していた。突然の停電と通信障害はこの影響に違いない。
透明怪獣ネロンガ! しかもネロンガは、吸収した電気をアルトアルベロタワーへと送っていた――。
アルトアルベロタワーの社長室では氷室と沙紀が、ネロンガが現れている現場を映しているモニターを注視していた。
[充電率80%突破! これ以上充電すると、綾香市全域の都市機能は麻痺しますが、続けますか?]
「構わん。続行」
指示を出した氷室が、沙紀の方へ振り向く。
「計画進行は順調。宇宙を救う作戦は、万全の態勢で臨めそうです」
「……」
と告げるも、沙紀は無言のまま腕を組んでモニターから目を離さなかった。
氷室の眼鏡が、怪しく光を反射した。
「ああもう! 千歌ちゃんを捜さないといけないってのにぃぃ!」
曜が映像のネロンガに文句をつけていると、梨子が声を上げた。
「あっ、克海さんたちだわ!」
画面の中の現場に、ウルトラマンロッソとブルが乱入してきた。彼らも怪獣出現をキャッチして、一番に出動したようだ。
ネロンガはそちらに気がついて、街を揺らしながら二人と対峙する。
「行っけー! 怪獣をやっつけるずら!」
「がんばルビィ!」
花丸とルビィが応援する中、ロッソとブルは早速ルーブスラッガーを握り締めて突撃するが……ネロンガは二本の触角を前に向けると、角から強烈な電撃を放ってロッソと弾き飛ばした!
「ああっ!」
思わず悲鳴を上げる梨子たち。ネロンガは更に体当たりでブルも張り倒す。
「いきなりやられちゃってるわよ!」
「強いですわ……!」
善子とダイヤがそう言うと、鞠莉が眉間に皺を刻み込んだ。
「いいえ……それ以上に、克海たちが戦いに集中できてないわ。きっと千歌っちのことが気掛かりで……」
ロッソとブルはネロンガにのしかかられて、至近距離から電撃を食らいそうになっている。
「危ないっ!!」
叫ぶ果南。だが――その瞬間に、ネロンガは忽然と消え失せた。
「え?」
「消えた……?」
「どうして……?」
曜、鞠莉らが唖然となる。ロッソたちも呆然として辺りを見回しているが、ネロンガは既に影も存在していなかった。
沙紀が持ち上げた手の平の中に、「透」のクリスタルが飛んできて収まる。ネロンガが変化したものだ。
[充電率、90%達成! 必要量の電力は無事確保しました]
ウッチェリーナがそう報告する。沙紀は目的を果たしたのでネロンガを戻したのであった。
「これでシステムの作動が出来ます。計画の第一段階は成功ですね」
氷室が呼び掛けると、沙紀は無言でうなずいた。
そんな彼女にウッチェリーナが告げる。
[少しいいですか? 沙紀さんにお電話です]
「電話?」
[はい。高海千歌さんからです]
その名前を耳にすると、沙紀の顔色が変わった。
外に出た沙紀は自然公園にて、家出してきた千歌と落ち合っていた。
「分からないの……私がどこから来たのか、本当に高海家の子なのか……みんなをだましてるんじゃないかって……。いくら探しても、私が初めからいたっていう証拠が見つからなくて……。もう、頭グチャグチャになっちゃって……」
ベンチに並んで腰掛けながら、千歌は沙紀に話を切り出した。
「それで思わず飛び出したのか」
「こんなこと、他に話せる人いないから……私がこのまま内浦にいていいのか、相談できるのは……。みんなは優しいから、きっといいって言ってくれると思うけど……それじゃあみんなの気持ちに甘えてるみたいで、私が求めてる答えにはならないの」
千歌から打ち明けられた相談に、沙紀は次のように答える。
「古き友は言った。天国への道を知るには、 地獄への行き方を知らなければならない。ニッコロ・マキャヴェリ」
「それって、どういう意味?」
「幸福の価値は、不幸がどういうものかを知る者のみが理解できるということ。お前の考えは正しい。真の幸せは、優しさの中にだけいては得られない。私たちは苦しみ、傷ついてこそ、強くなる」
沙紀の言葉をよく噛み締める千歌。
「……そうだね。私もスクールアイドル始め立ての頃は、すごく考えが甘かった。でも東京で挫折を味わってから、ようやく本当にスクールアイドルを始められたように思う……。沙紀ちゃんって、色んなこと知っててすごいね」
「……用が済んだなら帰れ。私は成すべきことをする。お前もお前のすべきことをしろ」
突き放すように言い残して立ち去ろうとする沙紀を、千歌が呼び止める。
「沙紀ちゃん!」
「……なれなれしい呼び方はやめてくれ。調子が狂う」
だが、千歌は聞かずに己の頼みごとをぶつけてきた。
「私の思い出をたどりたいの。一緒についてきて?」
「何で私が」
「何となくだけど……沙紀ちゃんとじゃないと駄目なの。お願い!」
「甘えるんじゃない!」
沙紀は強い語気で拒絶した。
数十分後、千歌はアイスクリームを両手に沙紀の元へと駆けていく。
「沙紀ちゃん! これ、美味しいんだよ♪」
差し出されたアイスを、憮然としながらも受け取る沙紀。
「まだ暑いからね。小さい時は、よく功海お兄ちゃんと取り合いになったなぁ……」
しみじみと語る千歌に横目を向けつつ、アイスを頬張る沙紀。
「うっ……!?」
「ああ、そんな一気に食べたら頭痛くなっちゃうよ? しょうがないなぁ」
クスクスと笑う千歌に、沙紀はムッとした表情を返した。
自然公園の入り口に、『四つ角』の送迎車が停まり、克海と功海、更にAqoursの八人が降りてきた。
「千歌が心配なのは分かるが、何も全員で来なくても……。学校サボりになっちゃうだろ?」
「この際学校はいいですよ! そもそも理事長もここにいますし!」
「私は無断で欠席する悪い子を叱りに来ただけデース」
梨子のひと言に、鞠莉が口笛を吹いてとぼけた。
一方でGPSの電波を確かめていた功海が振り返り、皆に告げる。
「間違いない。千歌はここにいる!」
「すぐに行こう!」
曜が気持ちを逸らせながら駆け出していこうとするが、功海の足が前に進まないので思わず立ち止まった。
「功兄ぃ……?」
「功海さん、まさかさっきの話を気にして……」
ルビィのひと言に、果南が気まずそうな顔となる。
「そんな訳ねーって!」
「……俺は正直、半信半疑だ」
功海は強がったが、代わりのように克海が打ち明けた。
「克海さん……!」
「いざ千歌と会った時、どんな顔したらいいか、不安でならない……」
その気持ちは、全員が同じであった。一瞬重苦しい空気が流れるが――意を決したダイヤがそれを打ち破る。
「ですが、放ってはいられませんわ! とにかくぶつかっていきましょう! そうでなければ始まりません!」
「心配はいらないわ! この堕天使ヨハネの加護があるわよ!」
「なんて言いながら、一番足が震えてるずら善子ちゃん」
「ヨハネって言ったでしょ! 混ぜっ返さないでよ!」
善子のツッコミで幾分か気が楽になり、一同は順々に自然公園の中に駆け込んでいく。功海、克海――そして果南が、覚悟を決めて千歌の元へと急いでいった。
千歌と沙紀は、公園の景色を一望してため息を吐いている。
「とってもいい景色……。私、この景色が一番好きなんだ」
「ああ……そうだな」
「マジそれな、だね」
「マジソレナ? 何の呪文だ」
「マジ、それな。ほんとにそうだってこと。善子ちゃんが言ってた」
「マジそれな……覚えた」
「ふふっ、沙紀ちゃんって真面目だね」
沙紀の反応がおかしくて微笑む千歌。そんな彼女に言い返す沙紀。
「お前はどんなことでも楽しそうだな。何故そんなに笑っていられる」
「私が? そうだなぁ……やっぱり、スクールアイドルだから、かな?」
「スクールアイドル……それがそんなにいいものなのか?」
「もちろん! スクールアイドルになってから、私の毎日は輝き出したの! 大変な思いもしたり、泣いたりしちゃったりもあったけど……大事な仲間もいっぱい出来たし、何より歌ってると楽しい!」
誇らしげに、楽しげに語る千歌の横顔を、じっと見つめる沙紀。
しかし、千歌の表情が不意に曇る。
「でも……今のどこから来たかも分からない私を知って、みんな本当の仲間でいてくれるのかな……。私ってどこの誰なの? それに……」
自問した千歌が、沙紀に振り向いた。
「沙紀ちゃんも誰なの? あんなすごいものを、お兄ちゃんたちに渡してくれた……。何をするつもりなの? 私は、どうして沙紀ちゃんを見てるとこんなにも気分が乱されるの? こんな気持ち、他の誰にも感じたことない……!」
熱に浮かされるような千歌に、沙紀が言い聞かす。
「自分が何者か、本当に知る者などいない。私もお前も本当は誰で、何をしたいのか……永遠に分かることはない」
すると千歌は、ポーチからあるものを取り出して沙紀の手の平に包ませた。
「何だこれは」
「ミカン。持ってきたの」
「そうじゃなくて、何でこんなものを渡す」
「だって沙紀ちゃん、何か苦しそうだから……。美味しいもの食べて、笑顔でいないと、どんどん苦しくなっちゃうよ?」
「言っただろう。天国の道を知るには、地獄の……」
「でもっ!」
沙紀の言葉を強くさえぎる千歌。
「地獄の道でも、楽しい気持ちで歩いていこうよ……」
必死な千歌と、沙紀の視線が交わり合う。
そこに、
「千歌ぁー!」
「千歌ちゃーん!」
克海たち一同が、千歌を見つけて駆け寄ってきた――。