常人であれば、息すら出来ずに喉を焼かれる空間の中をレヴィアノールは風を操りながら降下を続ける。視線を下に向ければ、見えてくるのは灼熱の海とも呼ぶべき光景。真っ赤な液体とも固体とも呼べそうな溶岩。これが、本当の水であれば、多少中を伺う事が出来そうであるが、見えるのはただただ赤い光景であり、もしもあそこに飛び込めば永遠にこの世を離れる事が出来るだろうと容易に想像が出来てしまう。
(ヴぁ~~! 見ているだけで熱くなってくるわ)
脳の中にあるありとあらゆる液体が蒸発するのではないだろうかと思いながら、彼女は目的の人物を探す。溶岩地帯には、いくつか島のように陸地もあり、その人物は岩の上に事もなげに腰かけていた。
(いた。あんな所に――て、当たり前か)
少し考えれば直ぐに分かる事である。この辺りが彼にとっての守護領域であるのだから。彼は種族としての特性上、陸上での戦闘があまり得意ではない。彼を創造した至高の御方もその辺りが分かっているから彼の職業をそう定めたのであろう。
(それにしたって、あれはどうにかならないのかしら?)
岩、それだって相当な熱を持っているはずであるのに、その少年は涼し気にそこに座っている。やや高い所にいる為に足は地面についていない。左足はだらりと下げられており、曲げられた右膝に右腕を置いていて、その光景に彼女は内心で「このマセガキ……」と毒づく。
「あんたねえ、どういうつもり?」
彼女は、少年の右手に握られた拳銃を睨みながら問いかける。ナザリック地下大墳墓にて、銃を武器に使うのは2人だけだ。プレアデスのシズに、そして目前のロドニウス。彼女が両手持ちの銃なのに対して、少年、彼は片手持ちのものを使用している。それも弾丸の装填数は最大6発とやや心もとない数字である。以前、その事を聞いたら生意気な返答が返って来た。
『一発撃てば、必ず当たる。特に心配することはない。貴様の脳は大丈夫なのか? 鳥頭?』
(思い出しただけで腹が立って来たわね)
こいつもまた自分の特徴をそんな風に揶揄してくるのである。それでも、何とか取り乱さずに堪えるレヴィアノール。傍目に見れば、特に何も問題がないように見えるが、その胸の内はいつだって爆発しそうなものである。それを知ってか知らずか声をかけられた少年は彼女の方を見る事もせずに答える。
「別に大したことではない。目障りな鳥が見えたから撃ち落とそうとしただけだ」
「あんたね……」
激しく心臓が脈打ち、脳を流れる血液すら沸騰する様であり、その熱さは周囲の溶岩にさえ負けないと何とか心を落ち着かせながら問いただす。
「前々から思っていたけど、他の奴らにはそんな事していないわよね? あたし、あんたのせいで頭を下げるのは嫌よ」
そう今回は自分が狙われたからいいもの、他の階層所属に者達に同様の事をすれば、大問題になるのは必然である。そうなった時まず責任を問われるのは、この階層守護者であるデミウルゴス。次に自分達のまとめ役であるグリム・ローズと言った所か、一応自分はこのグループの副リーダーという事になっているのでもしかしたら、頭を下げる事になるかもしれない。
(冗談じゃないわよ!)
間違ってもお断りである。そうしていつでも堪忍袋が破れそうな彼女に少年は変わらない口調で返す。
「問題ない。自分が狙っているのは、この階層所属の者だけだ」
「ん? それって、どういう意味かしら?」
「ふん、全く理解が遅くて腹が立つ」
そう言って舌打ちをする少年にレヴィアノールは何とか怒りが爆発しそうなを抑えて問いかける。特に有効的な言葉を選んで。
「あのね? 言葉を交えないと伝わらないことだってあるし、アインズ様だってそうしろと仰るはずよ?」
彼女のその言葉に初めてロドニウスは反応を示す。彼女へと向けていた冷めた眼差しに初めて熱がこもったようにも見えるし、その姿は父親に反発しながらも認めてもらいたいと葛藤する少年のようでもあった。
「アインズ様が――か」
「ええ、そうよ」
彼女は好機とばかりに畳みかける。何かと問題行動が多い少年であるが、主に対する忠誠の姿勢としては
主が名前を変えたのは有名な話であるし、主は自分達と近しい存在でありたいと名で呼んで欲しいと言ってくれたのだ。しかし、こいつはそれからしばらくしてもかの方を「アインズ・ウール・ゴウン様」と呼び続け、リーダーの折檻込みの説得でようやく呼び方を改めた程である。
「そうか、そうだな。分かった説明する」そう言って少年は岩を飛び降りる。その背は、当然と言うべきかレヴィアノールの方が高い為に少年が彼女を見上げる形となる。「流石の貴様も自分の存在意義というものは知っているだろう?」
「ええ勿論よ。裏切り者の粛清及び、その疑いがある者の尋問……だったかしら?」
彼女の言葉に少年は一度頷いて続ける。
「そうだ。そして自分の想定になるが、仮に墳墓から裏切り者が出るとすれば、間違いなくこの階層からだ」
「あんたね、滅多な事を言うんじゃないわよ」
少年の言葉を聞いた時、確かに彼女の中で憤怒の感情が湧いたと彼女自身は自覚していた。
(そんな訳ないじゃない)
確かに自分達を含めてこの階層に所属する者は変わり者が多いが、それでも主に対する忠誠は他の階層に負けないはずである。彼女にしては珍しく気落ちした訳であるが、それを分かってか分かっていないのかロドニウスは続ける。
「貴様だって、心当たりがない訳ではないだろう。例えば、あいつ等な」
「あんたね、仮にも上位者よ?」
「知るか」
本当に生意気だと思ってしまう。自分でさえ、敬称をつけると言うのにこいつは彼に対してこの態度だ。何とか話題を変えるべく、というか変えないと自分の心臓が持たないと彼女は別の人物の名を上げる。
「裏切りの可能性だって言うんだったら、あいつはどうなるの? エクレア・エクレール・エイクレヤーって言ったかしら?」
「ああ、あいつか……」
話題に上がったのは、第9階層を中心に働いているペンギンの姿を持つ執事助手だ。彼は、至高の御方にそうあれと定められたのか、頻繁に「ナザリックを支配する」という言葉を吐いているのだ。最も、それを本気にしているのは……
(ヴぁ~~そう言えば)
そんな事もあったわねと彼女は内心で頭を抱える。以前、先ほど自分へと罵倒を浴びせて来た少女が本気でそのペンギンを殺そうとして、何とか抑えたという記憶がある。
少女にしてみれば、支配とは大切な主を殺してその座を奪うものであると思い込んでいたらしい。何とか、その場は収まったものの、少女はペンギンの妄言に腹を立てているのは変わりないので、そういったものであると教えなければならない。
(たく、世話がやけるんだから)
「訳が分からないんだ」
そんな彼女の耳に戸惑ったような声が届く。見れば、少年は片手で頭を抱えていた。
「何よ?」
「だから訳が分からないと言っている」頭を抱える手に力を入れて彼は続ける。「あいつは謎だ。どうしたら?! 便器掃除が?! 墳墓の支配に繋がると言うんだ!!」
それは、彼女も初めて見るかもしれない少年の取り乱した姿であり、その言葉には少なからず同意出来てしまった。
(そうよね、丁寧な仕事をしてくれるのは確かに助かるわ。けれど)
他にもそのペンギンは自分が墳墓の頂に立てば、至上の待遇を約束してやると墳墓所属の者であれば、誰彼構わず声をかけているらしいが、そもそもそんな話に乗る者はいない。自分だってかけられた事はあるが、断っている。
(少なくとも)
言える事は一つ。ロドニウスにとっては、ペンギンよりも自分達の方が疑わしいと言った事であるという所か。
少し悲しいと本来の目的を忘れてしばし感傷に浸るレヴィアノールであった。