オーバーロード~遥かなる頂を目指して~裏劇場   作:作倉延世

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少女はまだ知らない

 ナザリック地下大墳墓第5階層、大白球(スノーボールアース)。一見、スズメバチの巣をひっくり返したような、ドーム状の形をした建物、この階層の守護者が住む場所である。そして、その周囲にも似たような建物が連なっていた。異変よりの墳墓の方針として、かの武人の部下たちの住居も近い所にする事になったのである。

 まるで、かまくらが並んだようなその村とも言えそうな場所が、現在の彼女の住居でもあった。

 

 その一室で彼女は目を覚ます。

「~~~」

 本来であれば、睡眠など必要がないし、取ることも煩わしく思ってしまうけど、かの主、彼女にとっては、どこか父親のような人物でもあるアインズ・ウール・ゴウンの命令で、決まった時間帯に睡眠を取ることになっているのだ。

 彼女は普段の装いからか、ベッドよりも布団で寝る事を好んだ。この階層はすべてが氷で出来ているといっても過言ではないけれど、そこはかの悪魔の開発した特別なものを使用している為、睡眠は十分にとれている。

 彼女の肢体から掛布団に毛布が滑り落ちる。現れるのは常人が見れば、悲鳴を上げる事間違いない異形、それもどこか地球外生命体を思わせるものであるが、彼女がそれを気にする事はない。大切な御方がそうあれと定めた姿であるからだ。

(…………)

 それでも、不満を持ってしまう自分が嫌になってしまう。と、彼女は嘆息した。それから、少し部屋を歩き、棚の上に置いた瓶を手に取る。

 そこにいるのは、ナメクジに口がくっついたような生き物であった。彼女は、それを手に取り、しばし見ると。自身の喉元に持ってくる。それから、少しいじった。

「はい、これで良いですわぁ」

 彼女は自分の地の声が嫌いであった。故に、普段は先ほどの生き物を使ってその声を変えているのである。

 それから、彼女は身支度を始める。いつも着用している仕事着に、顔にもいつも使用している仮面状の物を付けてみせた。その姿は、まさしく戦闘メイド姉妹の1人である、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータであった。

 ある程度の身支度を整えた彼女は次に戸棚を開けると、そこからトレイを出し、そこに乗ったクッキーを3枚程手にとると、簡易的な朝食を済ませる。

 それから、姿見で自身の身なりを確認して、彼女は部屋を出た。

 

「これは、エントマ様ではないですか」

 自らの住居を出た彼女を出迎えたのはまるで、妖怪雪女を思わせる姿をした雪女郎(フロスト・ヴァージン)と呼ばれるシモベであった。彼女はこの階層所属であり、普段はこの辺りの警備を担当しているのである。

「おはようございますぅ。今日も一日頑張りましょうねぇ」

「はい、そうですね」

 彼女と挨拶を交わして、エントマは少しの間彼女と世間話をするのであった。

「ふふふ、コキュートス様とはどんな様子なのでしょう?」

「コキュートス様ぁ?」

 彼女は疑問を抱いた、先ほどからしていたのはこの第5階層にて新たに作られる施設についてであったはずである。それは、この地の特性を利用した保管庫の話であり、そこから急にこの階層の守護者、現在の上司である彼の名前を言われても戸惑うばかりである。

 少女は知らない。この階層にて、自分とその武人の間で色めき立った噂が立っている事を。

 彼女と別れてからエントマはその日の仕事に取り掛かった。職場は大白球内に用意されて厨房、仕事とは会議における軽食作りであった。今日の議題は中々に重要という事であり、当然、用意する菓子にしたって力を入れる必要があるのである。

(~♪)

 思わず、内心で歌ってしまう。それだけに、彼女は調理が好きであった。初めは実験の一環であったという催しで覚えた事であるが、美味しいものを作るという楽しみを知り、色々と改良も加えているのである。

(そうですねぇ)

 その会議に出るのは、武人の部下達でも特に腕の立つ者達であり、その殆んどが昆虫系である。ならばと、彼女は空間に手を入れる。

(これの出番ですわぁ)

 取り出したのは袋であった、その中には極上の食材が蠢いている。これを使用した菓子は彼らに好評であるのだ。

(う~ん)

 量は足りるが、それでも以前よりは減ってしまっている。機会を見て、またあそこに行く必要があるだろうと彼女は調理を進める。

 それから、30分後。

「出来ましたわぁ」

 手慣れた作業というものはあっという間である。彼女の前には、人数分の菓子、クッキーであったり、チョコレート、はたまた球状のドーナツ等が並んでいる。

(今回もいい出来ですぅ)

 いつか、妹であるあの少女にも振舞ってやりたいと彼女は考えた。勿論、これは彼ら用である為、また別の物を用意する必要があるけど、別に苦とは思わなかった。

(そう考えるとぉ)

 休日というのも存外悪くないと彼女は思った。その時間を利用してやりたいことがあるのであるから。そして、彼女は改めて、アインズへの忠誠を誓うのであった。

(どこまでも)

 慈悲深い方であり、不敬ながら親のようにも感じる方だ。その御方が休日というものを用意してくれたのであるから、これからも働いていく所存である。それからと彼女は目前の菓子を見て、思った。

(コキュートス様は)

 喜んでくれるだろうか、と。

 彼女は知らない。自分が何気にかの武人を気にかける事が以前に比べて増えている事に。

 

「オマエハ――バカナノカ」

「ソノことば、ソックリかえすよ」

 会議は予想通り荒れにあれた。その議題は、軍の拡大、その方向性であり、先に発言した人物、アトラスを中心としたグループとそれに言葉を返した人物、ヘラクレスを中心としたグループに意見が割れてしまっているのだ。

「コノキカイニ――シンリンヲ――セイアツスベキダロウ」

「ダカライッテいるでしょう。ソレハアマリニむぼうであると」

「…………」

 息を吐いたのはコキュートスであった。彼もまた、この会議が長引くことは分かっていたのである。今回の議題と言うのはトブの大森林におけるものであった。

 現在、墳墓の支配下にあるのは2種族、リザードマンにトードマンといった者達であった。しかし、森林全体を見まわせば一部に過ぎない。よって、更に進行すべきだと言うのがアトラスを始めとした者達の意見であり、そしてヘラクレスを中心とした者達がそれに反対していると言った構図であった。

「アインズサマノ――ノゾミヲカンガエルナラバ」

 このまま進んでいくべきだと言うのが彼らの意見であった。確かにそれは間違ってはいないとエントマも思った。全ての種族を統一した楽園を作る。かといって、優しい手段を取ることは出来ないのであるから。

「ダガねえ」

 ヘラクレスは続けた。このまま無暗に戦闘を続けるのはかえって危険であると。

「貴様、怖気づいたか!」

 そんな彼を非難したのは進軍派の1人であった。彼は続けた。ナザリックの軍勢、その全戦力を持ってすればこの森林位、制圧は容易であると。

「ワスレタのかい?」

 ヘラクレスの反論はこうであった。この世界の者達は、確かに力は弱い。それでも、狡猾な者達はいるという事。いたずらに戦火を広げれば、それこそ自分達を貶める材料を作りかねないと。

「ソレにね」

 彼は続けた。今は、支配下とした2種族を増強していくことを優先すべきであると。

 

「スマンナ、エントマ」

「コキュートス様?」

 会議の最中、武人より声を掛けられて彼女は不思議そうに返した。一体、この方を何を謝っているのかと。

「会議ハマダ続キソウダ」

 よって、もうしばらく立ったままでいてもらうかもしれないと言う。現在、彼女は彼の傍で控えている為、そのようになっているのだ。

「別に、気にする事ではありません」

 特に苦でもないので、彼女はそう返す。これ位は慣れたものである。

「ソウカ」

 どこか申し訳なさそうにしている武人に疑問符を浮かべながら、彼女は思い出す。

(どうしてでしょうかぁ)

 それは、以前、リザードマン達との戦争が終わった直後、彼に抱きしめられた事であった。どうして、コキュートスがそう言った事をしたのかは今でも分かっていない。

(ですけどぉ)

 別に悪い気はしなかったとも彼女は思うのであった。

 

 それから会議は2時間程続き、結局ヘラクレス達の意見が通ることとなった。自分達はともかく、リザードマンにトードマン達が急速な変化についてこられる保証がないからであった。

 

 それから彼女は第9階層へと来ていた。会議の結果を統括である彼女に渡すためでもある。

「あら、エントマじゃない」

「ユリ姉様ぁ」

 声をかけて来たのは、姉である戦闘メイドの1人であった。ここで会えるのは偶然ではあるが嬉しくも思う。

「仕事の方はどうなの? コキュートス様にご迷惑をおかけしていない?」

 この人は会えば、いつもこうである。信頼されていないようにも感じてどうしても心が少し荒れてしまう。

「大丈夫ですぅ」

「そう、なら良いのだけど」と、ここで姉は何か思い出したらしく言葉を続けた。「そうそう、アインズ様が後で執務室に来るようにってお達しよ」

「分かりましたぁ」

 思わず声が弾んでしまう。かの主と関われるのはやはりどこか嬉しいのであるから。

(でも)

 何だろうか? と彼女は考える。自分の記憶では、確か主は英雄モモンとして、例の警護依頼を終えたばかりであったはずだ。

 少女はまだ知らない。これから自身を待ち受ける運命を、そして、それにより変化する己の在り方を。

 

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