オーバーロード~遥かなる頂を目指して~裏劇場   作:作倉延世

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墳墓の休日①

 ナザリック地下大墳墓。

 以前であれば、そこに住まう者達は日々の全てを仕事に費やす。否、彼女達にとっては、そんな軽い言葉でない。至高の御方に仕えるというのは、自らの存在意義であると同時に至上の喜びであるからだ。それは余りにも現実離れした感覚であるが、彼女達が元はゲームのキャラクターであるという点。どういう訳か2次元が3次元になってしまったという突然の出来事とそれらが混ざりあって、出来上がった彼女達の認識。

 しかし、それだって以前までの話であり、現在は異なる。今となっては、仕える事が許されている唯一の御方、モモンガ。現在はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っているその人物が胸の内を明かしてくれた事で、彼女達は当たり前のように休日という制度を取り始めている。仕える事こそが至高の方々に喜んでもらえると思っていた彼女達は支配者の言葉で気付かされたのだ。

「お前たちはお前たちらしく、自らが思うままに生きて欲しい」

 その言葉に従い、それぞれが思うままに休暇を過ごす。それは、かの方に恋慕を抱くナーベラル・ガンマもまた例外ではない。

 

 

「…………」

 彼女は現在、第9階層の通路の一角で立ち尽くしていた。時刻は午前の6時頃であり、それだって、以前までは気にかける事もなかった概念だ。何故なら、本来彼女に睡眠だとか、食事だとかはアイテム等の助けもあり、必要がなかったからだ。その為に、細かい時間を確かめる必要性は皆無であった。しかし、今となってはそうもいかない。働く時間とそれ以外の時間を分ける為だ。故に、彼女は現在が早い時間であると認識している。

 隣には妹の一人もおり、その視線を通路へと向けている。感情が読めない無機質な瞳であるが、最近個人的な付き合いが増えている自分には分かる。それは、酷く暗い瞳。例えるなら道端に捨てられたガム。更にそれをやったであろう人物へと向ける冷めたものだ。

 その理由だって分かっているし、自分だってそうしたい。何故なら……

「酷いっす~! ナーちゃんもシーちゃんも冷たいっす~!」

 床に寝転がりながら、手足を振っていると、まるで癇癪を起した子供のような事をしているのは、自分達よりもずっと年上であるはずの姉であるから。

「私だけのけ者っすか~!」

「別に、わざと黙っていた訳ではないわ」

 彼女は疲れたようにそう言う。しかし、赤毛である彼女の姉は納得していないように続ける。

「嘘っす! シフトに関してはアルベド様が完璧に管理していたはずっすもん!」

 確かに姉の言う通りであった。墳墓所属である者達のスケジュール。もとい就業シフトというものは統括である彼女に、その補佐にして義兄である彼が中心となって作られている。勿論、希望さえ出せば、個人個人にあったシフトだって組んでくれるのだ。だからといって、あまり希望を言う事もしないけど。

 そして、ナーベラル。隣にいるシズと、ついでに目前にいるルプスレギナは今日は休日であったのだ。そして、彼女は妹からの願いもあり、これから2人である事をする為に目的地へと向かっていたのであるが、その途中この人物と出会った訳である。

 そして、こちらの事情を知るや否や、この有り様だ。彼女にしてみれば、自分だけ外されたと思い、面白くないのだろう。確かに彼女が言ったように墳墓所属の者達のシフト表というのは、2週間に1度全ての者達に配られる。そこに全員のタイムスケジュールが事細かに記入されているのであり、それを確認した妹が今回の事に誘ってくれたのである。

 自分は最新のシフト、自分以外の所には殆んど目を通していない。余り他人の在り方を詮索するつもりはないし、それこそ妹のように最低限の確認のみの使用に留めている。そして、それは目前で駄々をこねている姉だって見ているはずなのだ。

 つまり――

(貴方だって碌に目を通していないってことじゃない……)

「…………煩い」

「シズ、よしなさい」

 傍らにいた妹が吐き捨てるように言った事を彼女はたしなめる。自分達はメイドであるが、同時に淑女でもあるのだ。と、いうのは長姉の言葉だ。妹の気持ちは分かる。が、だからと言って今の彼女がしている顔は墳墓所属の者としては不適切だと考えての事であった。

「そもそもっすよ~」口を鳥のように尖らせながら起き上がり、体についた埃を払いながら彼女は続ける。「何で2人ともこんな時間に起きているっすか? 少し早すぎやしないっすか?」

 姉が言いたい事は良く分かる。この時間に自分と妹が共にいることを不思議に思っての事だろう。シズに目を向ければ、彼女は首を横に振る。言わないで欲しいという事であった。

「別に大した理由はないわよ。せっかくの休日――自由時間なのだから、それを最大限に活用しようと思っての事よ」

「ふ~ん」姉は、自分の顔――特にこちらの眼球を覗き込むように目を細める。「ほんとっすか~?」

 勿論そんな訳がない。彼女としては、もっと遅い時間にそのイベントを行うつもりであったから。ナーベラルにとって、休日とは愛する主がくだされた大切なものだという認識だ。それに、と彼女は以前聞いた主の言葉を思い出す。

『睡眠、か。今思えばあれだって贅沢な、それでいて素敵なものだったんだな』

 戦士として活動していた時に、主が言っていた言葉だ。といっても、いわゆる独り言であり、特に深い意味はないかもしれない。それでも、主がそう言うのであれば、睡眠だって大切なものなのだろう。よって、現在の彼女はその項目も重視している。

 だからと言って、一日中寝て過ごそうとも思えない。それはそれで、時間が勿体ないような気がする。よって、他にもやろうと思っていた事もある。

 当初の彼女の予定では、午前8時頃まで睡眠を楽しんで――普段の生活を思えば、それまで寝ているという事自体が特別なのだから。それから、妹との用事を午前中の間に済ませて、昼からは第9階層にある最古図書館で調べものを午後3時までするつもりであった。

 彼女が調べたいと思っているのは、至高の方々がいらした世界の歴史。その中の一つ、安土桃山時代と呼ばれていた時期の頃を特に調べる予定であった。

 と、言うのもそれは彼女の創造主に関係があった。彼女を創った至高の御方はYGGDRASIL(ユグドラシル)全盛期の頃、他の至高の方々に「忍者」と呼ばれていたらしく、そしてその存在が最も活躍していた時代がそこだというのであり、ならばと少しでも知りたいと思ってしまう。もう会う事は叶わないのであるから。

(弐式炎雷様)

 せめて、その方が自らの姿をそうした程、思い入れのある世界を知りたいと。

 それからは、菓子作りに裁縫の勉強をするつもりであった。別に深い意味はい。ただ、それを抑えておけば、主の養子たる姉妹との距離だって詰められるはずである。

(~~~!!)

 どうしても頭が熱くなる。やましい事は何一つなく、それは間違いないはずなのだ。それでも、脳は沸騰してしまいそうであり、急いで思考をそらす。

 その間の食事は、墳墓の要所要所に設けられた施設で取る予定であった。ナザリックには元から飲食関連の施設はいくつかあった、食堂にバー等がそれにあたり前者であれば、姉妹で利用する時もあるし、後者に関してはたまに姉たちが友人と飲みに行ったりしているらしい。社会的なお付き合いというものだろう。

(そうよね、姉様は……)

 あの人は種族的な事情もあるが、それ以上にあまり飲食を好まない。だからこそ以前の事には本当に感謝している。

 先にあげた2か所は有名であるが、現在の墳墓には他にもそう言った施設が増えつつあった。申請さえすれば、誰でも新しい事を始める事が出来る訳であるし、墳墓の各所には屋台といったものも増えている。その為に食事一つとっても選択肢は多い。

 そうやって彼女は今日を過ごすつもりであった。そんな計画が、スケジュールが早まってしまったのはやはり傍にいる妹が原因であった。

 

 今朝の――1時間程前だ。夢心地であった眠りが覚めたのは自身を揺さぶられたからであり、重たい瞼を上げればぼやける視界の中、映ったのはシズであった。

「……何かしら?」自分を見てくる彼女の瞳はいつも通りと言うべきか無機質なものであり、枕元に手を伸ばして時計を引っ張って見て驚いた。「まだ、5時じゃない……本当に何なの?」

 目元をこすりながら、不機嫌気味にそう問いかけるナーベラルにシズは彼女らしく一言で返す。

「…………映画」

「え?」

「…………一緒に見たい」

 覚醒していない頭で彼女は妹の言葉の意味を考えて、そして思い当たった。

「ああ、そういう事ね」確かに、墳墓の施設にそんなものが最近追加されたはずであると彼女は思い出しながら続ける。「貴方も休日だったのね……」

「…………うん」

 普段の忙しさに、姉妹として定期的に集まる機会を設けさせてもらっている為に、そこまで注意深くシフト表に目を通していなかった為に気付かなかった事実。彼女は目をこすりながら重ねて妹へと問いかける。

「貴方の提案は分かったわ。でも、どうしてこんな時間に?」

 姉として、優しさ6割、咎める気持ち4割程の声音を心がける。妹のやりたい事であれば、別に反対する気はない。しかし、それと今の時間帯に自分を起こすのはまた別の問題だ。あまり早すぎるのも常識外れのような気がするし、それよりも不安な事もあった。

「ちゃんと寝ているの? アインズ様より頂いた貴重な時間なのだから」

「…………」

「どうして黙っているの? 怒らないから言ってみなさい」

 しばらく黙っていたシズであったが、姉のその言葉にようやく開く気になったのか視線を彼女から外しながら言う。

「…………楽しみだった」

「???」

「…………今日」

 ナーベラルは全て理解出来たと同時に激しい脱力感に襲われる。この妹は妹で、今日を楽しみにしていたらしい。特に映画鑑賞には期待値が高かったらしく、それを思って楽しみで眠れなかったという所か。可愛らしいと言えるかもしれないが、それ以上に呆れてしまうと言った気持ちの方が強かった。

(もう少し)

 落ち着いて欲しいと心から願ってしまう。以前までであれば、必要のなかった睡眠を取るようになってしまったことによるストレスかとも一瞬頭をよぎるが、その可能性はないと直ぐに切り捨てる。この妹は、あのどうしようもない姉に、時折訳の分からない事を言ってくる彼女とは違いとても素直で真面目で良い子なのだ。

 彼女が思い当たるはずもないのであるが、もしこれがナザリックではなく現実の世界であれば、唯一言「こんな時間からやっている映画館なんてない」の一言で済ませることが出来るが、ここは何もかも常識外れの大墳墓。所属の者達、支配者たるアインズ・ウール・ゴウンにとっては、臣下であると同時に家族でもある彼女達が望めば、例え丑三つ時であったとしてもありとあらゆる施設が使用可能であるし、稼働だってするだろう。

 別にそれに該当した訳ではないが、ナーベラルはシズの提案を受け入れる事にするのであった。

(いけないわね……)

 どうにも自分は、この妹には特に甘くなって来ているようだと彼女は感じていた。もしかしたら、この娘もそれが分かっているからこそ自分の所に来たかもしれない。これは、悪い流れだと理解は出来る。良い子であったシズが自分のせいで我儘三昧になってしまったらと不安が募ってくるが、それも瞬時に、まるで煙が風に巻かれて吹き飛ばされるように直ぐに消えた。

(大丈夫でしょ。シズだから)

 それだけ妹に対する信頼もあったと言えるし、普段は無表情な妹が何だかんだで自分にだけ甘えてくれるというのが無意識的に彼女は嬉しかったのである。

「分かったわ。支度をしてくるから、少し待っていなさい」

「…………うん。分かった」

 そう言う妹の顔はいつもよりほんの少しであるけど輝いており承諾して良かったと彼女に思わせて、その口元を緩ませる。

 シズはナーベラルから言われた通りその場で立ったまま待機を始めようとして、それを見かねた彼女が椅子を進めて、自分もまたベッドより起き上がる。シーツというものは、繊細でいくら彼女が丁寧に体を起こしたとしても、簡単に折れ曲がりしわとなってしまう。その事自体は慣れたものであった為に、特に彼女は不快に思うこともなく、手慣れた様子でベッドより2歩ほど離れた位置にある棚へと向かい、そこから一つのスクロールを取り出す。

 そして、それを宙に投げ発動させる。瞬時に紙束は火の玉となって消滅する。次に起こったのは、一言で言うなればポルターガイストと何ら変わらない現象であった。

 彼女のベッドの品々、シーツに枕にブランケット等が浮き上がり、まるで油をひき十二分に火を通したフライパン。その中に水をいれた時のように激しく回りだし、そして勝手に湿りだしたと思うと、泡に包まれてそのまま約10秒。その次は、何故か熱気に包まれたようで、あっという間に乾いて行き、最後に生まれ故郷に帰る鮭のように元々の置き所へと納まっていく。そうして出来上がった光景は、正に未使用のベッドそのものであり、その効果を確認したナーベラルは満足気にほほ笑む。

「デミウルゴス様がお作りになったという生活魔法。すごく便利ね」

「…………うん。これで、手間が省ける」

 そう、これも墳墓一の知恵者である彼の考案したものであった。掃除に関しては、事ベッドであったり、それぞれの自室となると、個人的な空間ではないかと主に進言したようであり、そして主もその言葉に納得して導入された魔法であった。

(別に私は構わないけれど)

 この魔法が入るまでは、この部屋だって一般メイド達が交代で掃除をしてくれていたり、時には自分達で行っていた。この生活魔法の導入以降以前までと同じく彼女達にやってもらうか、あるいは魔法を使用して自分で行うかは各自の判断に任されていた。選択の自由というものだ。

 ナーベラル自身としては別に以前のままでも良いかと思っていたが、ここは姉妹で使っている部屋の為に多数決を取る事になり、結果は3対2で彼女達の手を借りるのはもうよそうと言う事になったのだ。

(何か)

 やましい事はないだろうかと姉を疑ってみるも、現状特に心当たりはない。目前の妹も出来ることなら一般メイドを部屋に入れたくないと言っていたが、彼女に関してはちゃんと理由は分かっている。実にシズらしい理由(わけ)であり、それを思うとつい頬が緩みそうになる彼女は身支度を始めるのであった。

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