オーバーロード~遥かなる頂を目指して~裏劇場   作:作倉延世

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墳墓の休日②

 妹の予期せぬ来訪により己が予定よりも実に3時間も速く起床する事になってしまったナーベラルはベッドの掃除が終わると、寝巻から普段の装いであるメイド服へと着替える。別に他人の目は、同性であり身内である妹のものだったとしても気になる事はなかった。それだけ共に過ごしたからだとも言えるし、なんやかんやで子供だと思っているのも大きいのだろう。とても口には出来ないが。

(ルプスレギナじゃないけど)

 自分達は7人姉妹であり、次姉等が特に下の2人を子供扱いするのである。末妹に関しては彼女本来の所属が自分達と異なる為に異変以前は中々会う機会はなく、姉妹でありながらどういった娘であるか分からなかったが、それだって以前までの話である。時間をとって、許可を得て何度か彼女がいる所に行って話をしてみたが、落ち着いた娘であり、下手をすれば姉達よりも大人びた人物だった。

 思考があらぬ方向に行ってしまったとナーベラルは目前のシズを一度見る。この妹はとにかく子供扱いを嫌がるのである、そういった行動も度が過ぎれば子供ぽっさに拍車をかける材料になると言うのに。

(でも、困ったわね)

 大人のレディと言っても、自分だってそうであるとは言えない。こういった話であれば、やはり長姉にその友人であるメイド長が適任だと思っているので機会を見て、話をしてみるのも良いかもしれない。

 そんな事を頭で考えながら、彼女は姿見へと歩を進める。

「シズ、貴方は毎朝ちゃんとしているみたいね」

「…………当然、私は大人の女性」

 鏡に映るのはいつもの戦闘メイドであるナーベラル・ガンマ……に近いが、まだ完璧とは言い難い。髪が乱れているのである。これもこの世界に来てからの変化らしいと納得している為、次の行動に映る。近くの棚を開いて櫛を取り出して、髪をといて行く。髪にしたってそうしようと思えば、魔法で出来るがこれに関しては長姉が提案したことであった。

『淑女たるもの、髪は自分の手で整えるべきである』

 その言葉にならい自分達姉妹は毎朝髪の手入れから入るのである。

 彼女は慣れた手つきで自身の髪を結いあげる。肩甲骨辺りまで垂れていた漆黒とも形容できるそれは、やがて普段の彼女の髪型であるポニーテールへと形を変え、愛用している髪留めにホワイトブリムにリボンで仕上げを行い。東洋美人であった寝起きの女性から西洋風メイドへと姿を変える。

 最後にもう一度姿見の前で全身を見る。埃に糸くずがついていないか念入りに、それこそ目に力を入れて。姉に言われている事もあるが、常日頃その可能性がない訳ではないから。

(アインズ様……)

 愛する主にみっともない姿を見せる訳にはいかないと彼女は更に体を回して全身を見る。その様を妹は目を細めて眺め続けていた。人生初の恋に、想い人とのデートを前にして普段以上に化粧に力を入れる姉をどこか冷めた様子で見ているようでもあった。

 

 それから5分程経過して、ようやく自身の姿に納得したナーベラルと待ち続けていたシズは彼女の寝室を出る。

 プレアデス。彼女達姉妹に与えられている部屋というのはかつての至高の方々、彼女達の創造主達が気合を入れたらしく、かなり凝った作りとなっている。まず、第9階層の通路と繋がる出入り口をくぐれば姉妹6人共同で使用する部屋となっており、中央にあるテーブルが出迎えてくれる。

 そこから更に6つの部屋へと、それぞれの私室へと繋がっており、それだって寝室と自室と2部屋に分かれている形となっており、統括である彼女が以前は玉座の間で寝泊まりしていた事実を鑑みればかなりの好待遇、否、(創造主)に恵まれたと言えるだろう。

 現在2人が歩いているのはその内の1室、ナーベラルに与えられた自室であり、そこは彼女に彼女の創造主の趣味であふれた空間となっていた。

「…………刀、薙刀、手裏剣、クナイ」

 部屋を見回したシズの言葉であり、展示物のように並ぶそれらの品を興味深く見た後、前を歩く姉の袖に手を伸ばして掴み、ひっぱる腕に力を入れる。それで、彼女が振り向いてみれば妹の瞳は真っ直ぐに彼女へと向けられており、その意図も直ぐに理解する。

「ええ、弐式炎雷様に、後は私の趣味でもあるわね」

 この部屋に置かれているものは、全てが観賞用のレプリカ……という訳ではなく、一応武器として使用出来るが、魔法詠唱者であるナーベラルが使用しようとすれば、相応の時間と鍛錬を要する事となる。

 それだけではなくこの場にあるのは、どちらかと言えば見た目を重視したものであり、性能としてもユグドラシルの平均水準を下回る物である為、どちらにしても使いようがないものである事に変わりはないのである。よって、完全に置物となっているのであると姉は妹に説明をする。

「貴方だって、部屋に沢山……」

 言いかけた所で、袖にかかる力が強まるのを感じて、見れば妹の顔が膨らんでいる。

「…………言葉にしなくても分かっている」

「はいはい、別に恥じる必要はないと思うけど」

 自分の趣味であれば、自信を持っても良いと考えてナーベラルはそう言うが、当人としてはそんなのは関係ない。確かに自分の好みであるが、余りそれを周囲には知られたくはない。

(……………………)

 特に次姉等が知れば、笑いのネタににしかならないと分かっているから。そんなシズは必要以上に自室に人をいれない。これは、ソリュシャン等も同様であり、開放的であるのは、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラルであり、エントマ等は、進んで尋ねる者がいないと言った具合であった。

 それだって、姉妹それぞれで事情があったりする。シズにソリュシャンは自身の趣味を余り知られたくないと言った事情もあるし、ルプスレギナにユリはその辺りを気にしない。と、言うより。

「…………ユリ姉の部屋。殺風景」

 そう、長女の自室には本当に必要最低限の物しかないのだ。

「そうね、そこが姉様の魅力であるけど」

 そう言う姉の顔は笑っており、本当に長女を尊敬しているのだろうと改めて認識させられるし、自分もある程度は同意出来るものであった。

「…………ユリ姉、怒ると怖いけど」

「それは、間違った事をした時だけでしょ。姉様が理由もなく拳を振った事が今まであったかしら?」

「…………ない」

 首を振りながら即答するシズに当然と言わんばかりのナーベラルの態度と同じで姉であっても、妹達から向けられている視線に差がある2人なのであった。

「そう言えば」それから姉妹共同の部屋を歩きながら、思い出したようにナーベラルは言う。「貴方、勝手に私の寝室に入ったのよね」

「…………ちゃんとノックはした」

 頬肉が引き締まり、目が細められる。少し怒った様子である姉に必死に妹は弁明の言葉を述べる。

「…………念入りに100……10回はした」

 途中で言い換えた事にナーベラルは脱力すると同時に意外に思う。この妹があからさまな嘘を言おうとした事についてだ。

(いえ、シズであれば)

 しかし、直ぐに思考を変える。この妹であれば、その気になれば本当に扉を30秒で100回ノック(それくらい)できそうであると。

「…………でも、ナーベラル出てこなかった。だから」

「もういいわ。済んだことだし、貴方だしね。唯……」一応、これだけは言っておかなくてはならないと彼女は瞬きをしながら続ける。「私だから良いけど、姉様達には」

「…………大丈夫」シズは分かっていると頷く。「…………ユリ姉に殴られるのは嫌、ルプーの部屋にはそもそも行かない。ソリュシャンは何かされそうだから止めとく」

「そうね、それが良いわよ」

 礼儀に煩い姉であれば、どうなるか分かり切ったようなものだ。そして、彼女に関しては確かに何が起こるか自分でも想像できない。そんなに酷い事にはならないはずだが。

「それにしても、本当にシズはルプスが嫌いなのね」

「…………別に嫌いではない」

 思わず出た言葉に対する妹の返事に面食らったような気分を味わう。普段の態度からこの娘は次姉を嫌っているものだと思っていたから。

「…………けど」

「けど?」

「…………どうしてルプーが姉なのか時折不思議に思う事はある」

「……そう」

 

 それが今朝、妹と交わした最後の会話であった。そして、改めて目前の景色を認識して見れば映るのは。

「怪しいっすね~? 姉をのけ者にして、2人だけで何をするつもりだったんかすね~」

 未だに自分だけ外されたと思って拗ねながらこちらの事を聞いてくる次姉(ルプスレギナ)の姿があり、確かに妹の言う通りであると思ってしまう。

(そうね、どうして)

 これが姉なのだろうかと。


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