「そう言う貴方はどうしてこの時間帯に起きているのかしら?」
未だにこちらに疑惑の目を向け、不機嫌に鼻を鳴らしている姉に向けてナーベラルが発した言葉であった。姉は言ったこんな朝早くに何をしているかと? ならば気になると言うものだろう。そう言う貴方はどうなのかと?
それだって理由があり、彼女は以前聞いていたののだ。姉妹の中で最も対等で仲が良い彼女が楽し気に言った様子が脳内を駆け巡る。
――ふふ、あれは愉快だったわね。
彼女とこの姉が休日が同じ日だった時のこと、この人物。事もあろうに、午後4時近くまで就寝していたらしく、それによって長女の鉄拳を食らったとの事であった。
――ルプスレギナ! 貴女と言うものは!
――勘弁っす! ユリね~!
話してくれたソリュシャンでさえ正確に聞き取った訳ではないが、それがその時の姉たちのやり取りであったらしい。それでも、普段の付き合いもとより姉妹の絆とも言うべきか、容易に想像できてしまうのだ。
「ちょっとナーちゃん? 何すかその顔は?」
「何でもないわよ」
思わず顔に出ていたらしく、姉に咎められ咄嗟に否定しています。
「嘘っす。完璧に冷めた表情をしていたっす」姉は一度、手で自身の目元をこすり続ける。その目には心なしか涙が溢れているようであった。「そんなに頼りないっすか……私は?」
「ちょっと、何も泣く事ないでしょ」
こんな姉は初めて見ると、ナーベラルは内心焦る。彼女の目からみて、姉ルプスレギナとはいつも飄々と言うべきか、どこか余裕を持った人物でもあった。少なくとも鋼の精神力がなければ、
(いえ)
あるいは単にこの人物がそれだけ阿保なのだという事なのかもしれないけれど、と考えて直ぐに思考を切り替える。そんな姉だからこそこんな姿を見せられてしまい、戸惑ってしまったらしい。先刻、直ぐ傍にいる妹に問いかけた内容と被るが、自分だって別にこの人の事を嫌っている訳ではない。
(…………)
それを考えて、ナーベラルは内心蒸発しそうに感じる。が、それを表に出さないように必死に体中の筋肉に、ありったけの精神力をフル稼働して取り繕い、何とか宥めの言葉を出そうとする。そのタイミングで、袖を引っ張られる。今の状況でそれが出来る人物は1人しかいない。
「どうしたのシズ?」
眼球のみを動かしてやや後ろに立っていた妹へと声をかける。その表情はいつもと変わりないものであるが、少しばかしの怒りを内包しているようにも見えた。
「…………」
「? 本当にどうしたの」
「…………ナーベラルは詐欺師に注意するべき」
「はい?」
何故、ここでその単語が出るのであろうかと不意を突かれた気分を味わう。
詐欺師――
それが、他者を謀り己に益をもたらす輩であるというのも。そして、至高の41人の内、何人かが被害にあったらしいという事も耳にしている。蘇るは栄光たる話声。
――いや~参りましたよ。
――ほんとほんと、あれは詐欺だよな~。
(偉大なる方々を騙すとは)
その相手に殺意を通り越した感情が爆発しそうになるが、それももう出来ない事だ。全ては向こうの世界の話であるから。彼女は名残惜しく感じながら、その思考も捨て去り、意識を妹へと向ける。気にすべきはどうして、このタイミングでその話題が出るかだ。
そんな姉の心情を察してか、シズは一度息を吐く。俗に言うため息というものであるが彼女がするのは、本当に珍しいと言えた。本人は全く自覚していないが、ファンである一般メイド達が今の彼女の動作を見れば昇天ものでもあると言える。
(…………ナーベラルは人が良すぎる)
次姉が少しいじけた位でしおらしくなってしまう姉の事を誇りに思う反面、ほんの少しであるが面白くもないと感じてしまうのだ。無論それだけではない。自分は知っている。目前の
なのに、現在最も親しく感じている姉はまんまと騙されている。優しいのは良い事だ。出来る事ならこの先もずっと自分を甘やかして欲しいと思える。目前の姉は論外であるし、長姉にはそう言った事は頼みにくい。もう1人の姉にもなんだか頼みにくい。悪い人物ではないが、どうにも趣向が合わないようなのだ。
ともあれと、彼女は敬愛する姉を謀るどうしようもない姉の悪ふざけを砕くべき。未だに泣きまねをしている様子の奴を睨みつけて言葉にする。
「…………ルプスレギナも猿芝居はそこまでにするべき」
「え?」
思わずナーベラルは声を上げる。芝居? 妹の目はいつになく真剣であり冗談とかの類では……
(違うわね)
そもそもシズは自分から積極的に発言をする事自体が稀であり、冗談に嘘等とはほぼほぼ無縁の存在と言える。仮にそんな事をしてもこの娘にとっては損しかないしそもそもそんなキャラでもない。
ではと、正面にいる姉を見れば。
「てへ、流石シーちゃんは鋭いっすね♪」
片目を閉じて舌を出して笑っているではないか。やっている本人にしてみればお茶目のつもりなのかもしれないが、自分としては怒りが湧くだけである。
「ルプス?」
「おっと、そんな顔しないで欲しいっすよ。ちょっとしたお遊びじゃないっすか」
ケラケラと笑いだし、やった事を悪いとはちっとも思っていないようでありむしろこの後もどうやって自分をからかってやろうかと思案している顔であり、改めてナーベラルはため息を吐く。怒る気力すら湧かないのだ。
「貴方って、本当にどうしようもない人ね……確かに姉である事が疑問に感じるわ」
せめて嫌味を言ってやろうと出たのがそれであった。今朝シズと交わしたやり取りも決して無関係ではあるまい。
「ちょっと! 何すかそれは!」
流石の姉も今の言葉には精神的に効くものがあったらしい。どの辺りがそうであったかは検討もつかないが。
「酷いっす……姉として疑問? こんなに優しいお姉ちゃんなのにっす……」
再び、両手を顔にあてざめざめと泣き出す姉に妹は容赦なく言い放つ。
「…………よく絶えずに涙を流す事が出来る。そこだけは感心する」
「酷いっすぅぅ!」
未だ……と言うより始めから妹が姉に向けている視線は冷たいもの。ナーベラルは何を口にして良いか分からず。考える事も嫌になりしばらく傍観しようと天井へと視線を向けようとしたが、次いでルプスレギナが発した言葉には反応せざるを得なかった。
「それに何すか……さっきのナーちゃんの口ぶり、嫌味の言い方がユリ姉みたいになってきてるっす……」
「え? それは……」
再び思わず声を上げてしまい、顔の筋肉が弛緩しそうになる。それをなんとか抑える、が。
「…………ナーベラル。らしくない顔をしている」
妹が向ける視線は呆れたものであった。表情自体はいつもと変わらないのに自分にはそう見えてしまうのであった。同時にこの娘の優しさに感謝もする。シズは今現在姉に向けているように、きつい時はきついのだ。
『気持ち悪い』
と、言う事だって時にはあるのだ。もしもこの娘に、あるいは他の妹達にそんな事を言われてしまえば自分は即座に喉元にナイフを突き刺すだろう。
「あら、そう?」
外聞というものを一時彼方に捨て去り、手を頬にあてて見れば口角が上がっているのが嫌でも分かってしまう。
「…………ナーベラル。ユリ姉の事となると嬉しそう」
「本当なんなんすか……同じお姉ちゃんなのに、この差は」
そんな戦闘姉妹3女の姿に次女も4女もその方向性は違えど、面白くなさそうに顔をしかめる。彼女がその緩みきった顔を元に戻すのに3分ほどかけ、その間ルプスレギナは口をすぼめ、シズは奥歯を噛みしめていた。