楽しんで頂ければ幸いです。
本当にごめんなさい作倉延世。
人生、否人狼生においてこれ程の喜びを得られる機会はもうない。そう私は確信している。
「うう、ソリュシャン……ナーベラル。2人とも良かったわね」
それは、隣に立っている姉も同様のようであり、とめどなく流れる涙を手にもったハンカチですくっている。普段の彼女を知っている者であれば、目を丸くすることは間違いようのない姿。一般メイドにカルネ村を始めとした人達の目もある為に、宥めにかかるべくその肩に手を置く。
「もう、泣きすぎっすよユリ姉」
「だって……本当によかった、て私は思っているし……グスっ!」
姉の気持ちは分かる。というか私だって出来る事なら大声を上げて泣きたい。今日という日ならば、それ位は許されるかもしれない。
(駄目よ、気を抜いたら)
少しでも肩の力を抜けば、涙腺が緩んで姉につられて私も泣きそうになってしまう。そう、妹達を思えば、と。
「姉様もルプスレギナも大袈裟過ぎます」
周りが一層騒がしくなる。それも当然ね、今日の主役の1人が来たのだから。
「……ナーちゃん」私は唯、震えそうになる口元にいつもの数百倍の力を込めてそう答える、が。「うう、もう……ユリ姉のせいっすよ……わああ!」駄目だった。目頭が熱くなって、頬を沢山の涙が滑る。呼吸が苦しい。もしかしなくても鼻水も出ている事であろう。普通の女の子であれば体裁を気にするだろうが、私はそういった事には疎い。そんな私でも何とかそれらを抑えようとするのであるから自分でも驚いている。
だって、そうじゃない。今日は大切な日なのだから。
「本当にもう……でも、ありがとう。そんなに喜んでくれて、とっても嬉しい」
そう笑う妹はいつものメイド服ではなく、白無垢と呼ばれる衣装を身に纏っており、普段ならば決してしない紅を口に薄く塗っており、黒髪である彼女の美貌を更に引き上げている。
「あらあら、姉さん達は号泣中? ふふ、そんなに喜んでもらえるならば私も嬉しいですわ」
口元に手を当てながら、もう1人の3女がこちらへと歩いてくる。彼女もまた普段とは異なる装い。端的に言えば、ウエディングドレス。それも唯の者ではなく彼女に合うように改造が施されている。まず目を引くのはスカートの部分だ。ウエディングドレスと言えば、地面にする程の長さが一般的であるが、彼女の場合は太ももの辺りまで短く整えてあり、露出が激しいのは何も足に太ももだけではなく、上半身も同様であり、胸元から腰回りまでの部分しか彼女を包んでおらず、肩に鎖骨等は衆目に晒されている。
そして一番のポイントはその色合いだ。私は至高の方々の世界ではどうあったなんて全く知らないけれど、かの世界におけるドレスの色は純白と決まっているらしい。が、今妹が身に纏っているのはその逆、今回彼女の伴侶となるあの方のパーソナルカラーの1つとも言える漆黒色。何故か私もソリュシャンには白よりも黒が似合うと思っていたから、他の人達などはその比ではないでしょうね。
実際、ここまで着飾った妹達はより一層人目につく。
憧憬、祝福と言ったものが大半を占めているけど、それに交じって欲情も交じっているわね。本当にほんの少しだけど……まったく、誰かしら? もしも、この娘達に手を出すつもりなら冗談抜きで殺してやるんだから。
この娘達に触れていいのは、世界で唯御一人あの方だけなんだから。
目の前にいる妹達――涙で半分ぼやけてしまっているけど――を見れば、彼女達だって今にも泣きそうな顔をしている。目じりにはティースプーン一杯程の液体。それは、一体何の水っすか? て聞くのは野暮ね。
私は知っている。この娘達がどれだけあの方を想って来たか……本来の立場であれば、決して叶う事のない夢。
本当にあれから色々な事があったものよ。
私、ルプスレギナは心より喜んでいる妹達の姿に改めて胸に誓う。この先、例えこの娘達の創造主が現れてこの娘達を連れ去ろうとするのなら。(無論、偉大なる至高の方々がそうするとは思えないし、あくまで最悪の仮定ね)例え、創造主でも斬る。と、
「…………ユリ姉………………ルプー」
「ナーベラル姉様に、ソリュシャン姉様もご一緒ですかぁ~」
「皆さんお揃いなのですね」
新たに、というより残りの姉妹達も来たわね…………というか、シーちゃん! 何でユリ姉と私を呼ぶのにそんなに間があるんすか!?
おかしいっすね~。最近怒らせる事したっすかね~。シーちゃんのお気に入りの人形に落書きした事なら謝ったし、シーちゃんが好きなチョコレートシェーキも奢ったからノーカンのはずっすよ? まあ、気にしても仕方ないっすね!
来たのは姉妹でも下の方にいる3人。勿論、3人とも今日は特別な衣装よ。記念すべき日なのだから当然よね。
シズが着ているのは簡素なドレス。唯でさえ人形みたいな女の子なのに、すっかり着せ替え人形ね。
エントマが着ているのは民族衣装。確か、ラスカレイドに着付けて貰っていたかしら?
オーレオールが着ているのは、これまた真っ黒な着物。喪服とも言うらしいけど、やっぱり詳しい事はよく分からないのよね。
シズが泣いている私達を見て呆れたように言う。
「…………ユリ姉、ルプー。泣きすぎ」
うるさいっすよ。ぐす、そういうシーちゃんだって、今にも泣き出しそうな顔をしているっすよ。ま、他の人達にはいつもと変わらないように見えていそうっすけど。それは、エンちゃんにしてもオーちゃんにしても同じようっすね。
そして、この妹達が抱いている感情は
(ほんと、しょうがないわね)
特にシーちゃんなんて、ここ最近の休日ではずっとナーちゃんにベッタリだったすからね~。同じようにエンちゃんはソーちゃんに、オーちゃんはユリ姉に……あれ? 私は? 何か急に悲しくなってきたっすね~。
「シズ、エントマ、オーレオール。貴方他もその恰好似合っているわよ」
ナーベラルが微笑んでそう言えば、妹達も泣きそうになる。特にシズは手先が震え、利き足が前へと倒れようとしている。
(駄目よ、シズ。我慢なさい)
ここでナーベラルに抱き着けば、折角の衣装が乱れてしまう。姉が自分だけの姉でなくなってしまうという心細さは理解する。でも、今日この日だけは駄目だ。シズはその辺りをしっかりと理解しているみたいで、手に持った花束をナーベラルへと差し出す。それと同じタイミングでエントマも同様にソリュシャンへと腕を伸ばす。
「…………ナーベラル」
「ソリュシャン姉様」
「…………おめでとう」「おめでとうございますぅ」
妹達の気持ちを本日の主役格である妹達は薄く微笑みながら受け取る。うう、やっぱり感動的な場面ね。
(!!!)
不意に頭痛が襲う。まるで、頭が割れそうだ。今日という日にどうして……
そしてルプスレギナは目覚めた。場所は現在仕えている姉妹の家、今は亡きその両親が使用していたという寝室。視界は上下逆転しており、それで全てを理解した。
「あちゃ~。またやっちゃったすね~」
未だに痛む頭をさすりながら、彼女は身を起こす。こんな所、姉に見られれば間違いなく折檻ものだ。彼女は自慢ではないが寝相は良い方ではない。むしろ、最悪に近い部類であった。それこそ自慢できることではないがこれまで暮らしてきた墳墓の自室ではベッドはおろか、布団を敷いて寝た事すらない。雑魚寝こそ至高だと思っている。無論姉が黙っている訳なく何度となく小言を言われもしたが、その都度いかに雑魚寝が健康的なのか、出鱈目交じりで説明したものである。
ルプスレギナは分かっていない。その場しのぎの嘘がバレた時にどうなるか、しかし彼女は気にしない今が楽しければそれで良いのだ。
そんな訳で彼女の寝相と言うのは相当悪く、このベッドで眠るようになってからは毎朝転げ落ちて頭を床に打ち付けて起きるのがもう一つの日課のようなものであった。
「んじゃ、起きるとしますっか♪」
頭痛などものともせずに彼女は立ち上がる。まあ、彼女の場合は殴られ慣れているというのが一番であろうが。
「にしてもっすね~」ルプスレギナは一度自分の格好を見て、次いで胸の辺りを撫でる。「やっぱりチクチクするんすよね~」
漏れるのは不満。彼女は墳墓所属の者達の中でも特に感覚が鋭い方であるが、それは触覚にしてもそうであり、早い話が彼女の肌は常人の何百倍も敏感であるのだ。その為に、服を着るだけでも多少むずがゆい思いをするのだ。
だからこそ、寝る時くらいは何も身に付けないで寝るのがルプスレギナにとっての常であった。
しかし、その認識もここに移る時に変えざるをえなかった。もしかしたら、墳墓の知恵者たちはここまで見越して自分にこの仕事を任せたのであろうかと、彼女は一瞬考える。
(いや、アルベド様達が知るはずないっす。あるとしたら……)
姉が告げ口(一般的には唯の報告である)したという事であろうか。いや、それしかあるまい。そもそも自分の寝室に来るのは姉だけであるから。
(何故かみんな来ないんっすよね~)
別に散らかっている訳でもないと言うのにどうしてだろうか? と、首を傾げるもそれも一瞬で彼女は思考を切り替える。
(ひとまず、腹いせ晴らしにユリ姉がBL本を隠し持っているという噂を流してやるっす!)
「にししし~♪」
これでまた墳墓が湧くなと彼女は後々シャレにならない悪巧みをしながら、着替え始める。と、言っても魔法が使える彼女のそれは目まぐるしくモデルが変わるファッションショーの如くあっというまだ。
「ほいっす」
と、指を鳴らせば肌の上から直接着ていた(彼女なりの妥協点)てるてる坊主を思わせる服が瞬時にいつもの改造メイド服へと変わり、枝毛くせ毛だらけの髪もいつもの三つ編みとなり彼女のトレードマークである帽子が被さる。
「さて、とすね」
自身の魔法に絶対の自信と信頼を置いている彼女はいちいち姿見で確認等しない。彼女がまずするのは右腕にはめた腕時計を見る事だ。
時刻は朝の4時15分頃。いつも通りであれば、あと40~50分で現在の主である少女が目を覚ますであろう。その前にやっておかなければならない事もある。彼女は静かにそれでいて優雅に寝室を出て、そのまま玄関をくぐるのであった。
「おや、これはルプスレギナさんではないですか。おはようございます」
「おはようっす!」片手を上げながら陽気に返す。
「ルプスレギナさん。おはようございます」
「これは、ご丁寧にどうも。おはようございます」一度営業スマイルをかまして手を胸の前で重ねて頭を下げる。
彼女は現在の自分の勤め場所であるカルネ村を歩きながら、すれ違う人々に様々な挨拶を気まぐれに交わしながら目的地を目指す。そしてそこに着いた時、彼女は滅多に見せない程に凛々しい顔つきをする。否、そうなったと言うべきか。
「おはようございます。エモット様」
そして、彼女は掃除を始める。と、言っても簡単な掃き掃除に墓標替わりである板にニスを塗る位しかやる事はないのだが。
それらが一通り終わると彼女は再び姉妹の両親を前に手を合わせる。
「今日は穏やかな晴れでございます。お嬢様達におかれましては……」
次に彼女がやるのは姉妹に関する報告だ。姉妹揃って畑仕事の傍ら勉学に励んでいる等、そんな些細な事であるが、目前にいる彼らにとっては大切な事であろうと。
そうやって、しばらく姉妹の両親と語らい合いながら彼女は時間を過ごして、頃合いと思われる所で腕の時計を確認する。
「そろそろ戻って朝食の用意をしなくてはね」そして、再び前を向いて彼女は頭を下げる。彼女の姉等がみれば『普段からそうして欲しい』という事間違いなしの姿である。「では、エモット様。私はこれで失礼します。また明日来ますね」
最後に笑いかけて彼女はその場を後にする。別にこれは、命じられた訳ではなく彼女が自主的に行っている事であった。例え、養父がいるといっても子にとって親は大切な存在だ。そして、自分はその子供達に仕えている身であるのだから。これ位は従者の勤めであるのだから。
こうして、彼女の従者としての一日が始まるのであった。