オーバーロード~遥かなる頂を目指して~裏劇場   作:作倉延世

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 ある姉妹の日課

 ナーベラル・ガンマは墳墓において、かなり忙しい部類に入ると思う。なんせ、外での活動時は、冒険者ナーベとして動き、墳墓においても戦闘メイド、戦闘は殆んどない為、メイド、ナーベラルとして働く日々だ。しかし、彼女に不満はない。なんせ、外の活動は愛する主と共にやる仕事の為、無論それだけではないが。どうしても感情の高ぶりを抑える事は難しかった。

(ソリュシャンには悪いわね)

 彼女の名前、姉妹では同じ3女として創造され、別に同じ母親から生まれた訳でないが、双子のように仲の良い人物だ。そんな彼女の名前が出るという事はナーベラルもまたソリュシャンが自分と同じように主たる、アインズ・ウール・ゴウンへと想いを寄せていると知ったのである。

 それも自分と同じように異変後にて、主からかけられた何気ない言葉が切っ掛けでその気持ちが芽生えただとか。

(…………?)

 それを考えて、自分の胸が苦しく、いや何だか悲しさと同時に軽い怒りを覚えた感覚を味わい。彼女は困惑する。これは何なのか? と、それから彼女はしばらく考えてみる。そして、思い当たる。しかし、それは同時に自己嫌悪するものであった。

(私、何て酷い事を)

 それは、主に対する不満であった。主の優しさというのは本当に魅力だ。自分たちへの詫びとして、命を絶とうとしたのもそうであるが。かの主は滅多な事では自分たちをお叱りにならない。かといって、それに甘えるなんてしてはいけない事だと常に肝に銘じている。

(アインズ様は、……絶対の御方ではない)

 それは、臣下としてはそして、偉大なる方々に創造されたNPC()としては間違っているだろう。しかし、ここ最近。あの戦争の頃からも分かる通り、主もまた、弱さを抱えているのだ。それを考えると同時に恐ろしくなる。仮にだ、「夜空の会談」の件がなければ、自分たちはアインズ・ウール・ゴウンは完璧なる支配者であると勘違いをしたままとなっていたはずだ。

 そうなった時、主はどうするか? 容易に想像できる。きっと自分たちの期待を裏切らない為に、必死に支配者像を演じようとしたことだろう。しかし、そうなった時、主の心はどうすればいい? 本当に心を許せる者がいない中で無理を続けてはいつかは。

(私たちが、アインズ様の御心を――)

 殺していたかもしれないと思えば、例え不幸な出来事であっても良かったと言うべきかもしれない。勿論口には出来ないが。

 さて、そんな主に対して抱いたのは不満であった。確かに優しい方だ。しかし、その優しさを誰にも向けるのには少し思ってしまう。もっと言えば、自分だけにそれを向けて欲しいとさえ、一瞬思ってしまったのだから。そこで、彼女は自分の頬を両手で叩く。そこは綺麗な紅葉痕となった。

(気を引き締めなさい。ナーベラル・ガンマ)

 自分の気持ちが許されているのは、アルベドの優しさもあるし、何よりもそう思うのは主の心の在り方を否定するものだ。あの方はきっと助けを求められれば、それに応じるだろう。断言できる。だって、そうだ。

 カルネ村の件。

 ンフィーレア・バレアレの件。

 主は人を助けて来た。本人は打算ありきだと言うけど、絶対そうではないと、自分は言える。それは主が生来持つ優しき強さだ。 しかし、それは同時に脆さも抱えているような気がどこかでするのだ。だからこそ、自分は主の傍に居続けよう。

(盾ではない)

 本当の臣下として、最後まで主と共に、そして許されるのであれば、いつか自分が見た光景を叶えたいとも思っている。何はともあれ、まずは目の前の仕事からだ。

(――よし)

 彼女は必要な道具――今回は箒であったり、はたきに雑巾だ――を纏めると仕事に向かうのであった。その頃には頬の痕は綺麗に消えていた。

 

 

 彼女は扉の前で立ち尽くしていた。その部屋は自身にとっても大切な部屋。そう、主の自室だ。本来であれば、一般メイドの受け持ちであるが、担当の者が変わってくれたのである。それもメイド長の許可を貰った上でだ。感謝すると同時に顔が熱くなる。世の中、ただなんて事はない。条件を提示された。その内容を思い出す。

「アインズ様と何かあったら、包み隠さず全部話してくださいね! あ、勿論対象年齢18歳以上の話もですからね!」

 嬉々として自分にそう告げて来たのだ。後半に関して、アルファベット一文字を使わなかったのは彼女なりに気を遣ったのだろう。それは、そうと思う。

(私の仕事を何だと思っているのかしら?)

 これは、個人的に付き合いがある。というか、やや気があうメイド、インクリメントから聞いたのだ。

 

 この両者の共通点として上げられるのは、「2人とも静かに過ごすのが好き」と言った所か、方やお茶、方や読書をそれも無言でやるのが趣味と言うのだから。

 

 彼女の話によれば、どうにも一般メイド、あくまで一部ではあるが、自分が現地で主の相手、それも夜のをやっているなんて噂が立ってしまっているらしい。別に騒ぐことでもない為、放置しているが。余りにも酷いようであれば、姉を通してメイド長に伝えるしかあるまい。ともあれ、と考えて改めて最愛の御方の部屋へと入室しようとした彼女の動きを止めたのは無機質なそれでいて、何の抑揚もない声。それも少女の声だ。

「…………ナーベラル」

 こんな呼び方、もっと言えば話し方をする人物を自分は1人しか知らない。振り向けば、やはりそうであった。

「どうしたのシズ? あなたの仕事は?」

「…………今は、休憩中」

 そう、妹であるシーゼット二イチ二ハチ・デルタ、愛称シズである。

「そうなのね、私はこれからアインズ様のお部屋の掃除をしなくてはいけないの。悪いけど相手は出来ないわ」

 そう言って、立ち去るよう促すナーベラル。しかし、シズはそれに従わず言葉を吐き続ける。

「…………ナーベラル、ナーベラル、ナーベラル」

 同時に、何かを訴えるように彼女を見据える。それを見た彼女は何か思い当たったのか、諦めたようにため息を吐き、右手を妹の頭に乗せ、優しく撫でてやる。瞬間、無表情であるはずのシズの顔に笑顔が浮かんだように錯覚するが、それも一瞬だ。

「本当に、貴方は大人の女性じゃなかったのかしら?」

 意地の悪い言い方だと自覚はあった。この妹は普段、子供扱いを受けるのを嫌がるのだ。それに対して、シズは変わらない様相で返す。

「…………私は大人、でも、ナーベラルの妹」

「本当に仕方ない子ね」

 いったい、いつからこうなってしまったのか? いや、原因は分かっている。長姉が次姉を折檻している最中の時に撫でた時からこうである。それから、この妹は自分と会うたびにねだるようになってしまった。甘やかすのはよくない。しかし、嬉しそうな妹の顔(あくまで表情はいつもと変わらない)を見てしまうとついついやってしまうのだ。

「…………ナーベラルの手、冷たくて気持ちが良い」

「そう」

 その言葉に少し気分が下がる。それでは自分は冷たい冷酷非道な女ではないかと。

(いいえ、それも間違っていないわね)

 自分の事は自分が一番分かっている。もしも主が例の計画を上げなければ、自分は唯人間を殺していたであろう。それこそ何の感情も、葛藤もなく。極悪非道。それもナーベラル・ガンマの一部なのだ。そう考えている彼女の耳に妹の言葉が続く。

「…………本で読んだ。手が冷たい人は、心が温かい、だって。ナーベラルにピッタリだと思う」

「そう」

 その言葉に彼女は少し微笑みながら、シズをなで続ける。その光景を遠目に見た一般メイド達が「レアよ! すごくレア! 今すぐスケッチの用意を!」と騒ぎ出す気持ちが理解できる位、その光景は穏やかで、温かいものだった。


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