オーバーロード~遥かなる頂を目指して~裏劇場   作:作倉延世

5 / 15
与えられる(幸せ)

 

 ナザリック地下大墳墓第9階層のある一室、そこにアインズとアルベドは来ていた。その目の前に広がるのは乱雑に積み上げられた物品の品々であり、それを見た墳墓の支配者はため息をつく。本来、組織の長がその所属の者の前でとる態度としては、非常に問題があるかもしれないが、少なくとも彼には、この行為で自分の隣に控えている女性が落胆することはないだろうという確かな信頼があった。

「また、これはな」

「随分、出てきましたね。モモンガ様」

 アルベドにも愛する主がため息をつきたくなる気持ちは理解出来ていた。余りにもこの部屋がこうした状態になる速度が速いのである。彼女の記憶によれば、最後にこの部屋の整理をしたのは一昨日の事であった。その時に綺麗にそれもまだ未使用であるかのように全てを片したというのに、これである。

 それならば、一般メイド達に任せればいいのでは? という話になるが、そういう訳にはいかない事情がある。まず、この品々はかつて主が、そして至高の41人が暮らされている〈リアル〉の品物であり、それを知ってしまったとなって腰がひけてしまう者達が続出してしまったのだ。心優しき主はお許しになっているが、個人的にものを言うのであれば、情けないという感情が先に来てしまう。至高の方々が関わっていると、その恐れ多いと思ってしまう気持ちは理解出来る。しかし、いつまでもそれではよくない。その至高の方々が残された知識に触れて行かなければならない時はこの先出て来るであろう。

『自分たちはかの方々の下にあるべき』

 この考えも変えていかなくてはならない。

(ま、彼女に任せるしかないわね)

 一般メイド達に関してはメイド長に一任している。彼女が優秀である事は自分も知っている事であるので、それ以上考えても仕方あるまい。

 

 更に理由を上げるのであれば、と思考を続ける彼女の耳に愛する主の声が届く。が、それはあまり喜べないもの。疲れ果てたような声であったから。

「こんなのも出てくるしな」

 そんな主の手にあるのは、数枚の紙が重なったような品、その知識も得ている。雑誌と呼ばれるものであったはずだ。

(……)

 胸の鼓動が早まる。それは雑誌の表紙が原因である。そこにあるのは、1人の女性の写真。それも下着なのか水着なのか(これらの知識も彼女は持っている)判断に困る布のみを身に付け、むき出しになった肢体を強調するような姿勢をとっているものだ。

 そこまで見て取れればその雑誌がどういった内容の物であるか、想像もつくというもの。これが、主自ら、それに自分を始めとした数人しかこの部屋の整理をしない理由だ。

 主にしてみれば、そういった品々は自らの汚点であるとして、余り自分たちに触れさせたくないという事であった。

 しかし、それらは今の彼女には関係がなかった。彼女が気になっているのは、主の視線に写真とは言え、他の女が映っている事である。

(モモンガ様)

 今でこそ、かの方はオーバーロードと呼ばれる異形であるが、元は人間だったという話もある。そして、そう考えた時、どうしてもある不安が心をよぎるのだ。

(やっぱり、人間の女性の方が)

 良いのではないか? というもの。主の幸せを願うのであれば、その御心のままに振舞って頂き、その上で自分はそれに付き従う。それが正しいことだとは重々承知している。それでも、この方への想いは正真正銘自分のものであり、それを大切にしたいとも思っている。

 

 それは、彼女が自らの主を心から愛してるからこそ抱く苦悩というものだ。主が決めたことであれば、潔く身を引くべきというという理想と、それでも自分がこの方の正妻となりたいという理想のせめぎあい。自己矛盾に内心苦しみながら、それを顔に出さないよう注意して彼女は主へと声を掛ける。

「あの、モモンガ様?」

「どうした、アルベド?」

 彼女にしては珍しい力ない声に振り向いたアインズもまた心が痛むのを感じた。

 そう、彼女は必死に表に出さないようにしていたが、それでも彼には彼女が心で涙を流していると分かる程に、顔は歪んでいたのである。

「あ、あの」彼女は胸に手をあてて、続ける。「やはり、そう言った女性の方がモモンガ様の好みなのでしょうか?」

「…………」

 それを聞いたアインズは呆れると同時に考えていた。そもそも自分はオーバーロード、骨だけの存在であり、性欲とは無関係な存在となってしまったのである。それと、更に言うのであれば、この墳墓にいる女性たちは基本的に水準が高く、それに比べるとかつていた世界とでは、正に天と地程の差があるのだ。

(俺のこの考えも無茶苦茶だな)

 そもそもこの話は2次元と3次元を、創作物と現実を比べるようなものであり真面目に考えるのは余りにも滑稽だと思う。しかしながら、この事を話したとしても彼女は納得しないだろう。それに、と彼は思う。アルベドは守るべき者達の1人であり、それ以上でも以下でもない存在。そう、そのはずである。だというのに、確かにあるのだ。

(……糞が)

 彼女がそんな顔をしている事に苛立っている自分がいるのも確かだ。これは、別に彼女を異性として見ているのではない。子供が泣いている姿に怒りを燃やす親のものであると、必死に取り繕いながら彼は彼女へと続ける。笑っていて欲しいのだと伝える。

「アルベド、今の私にはその余裕はないし、この際だから言っておくが、お前ほどの女性()が傍で仕えているというのに、他に目がいくとでも思うか?」

「モモンガ様……」彼女は無意識ながらに涙をこぼし、彼へと抱き着いた。「ああ、モモンガ様、愛しております。モモンガ様」

「……アルベド」

 縋るような彼女の姿にアインズは押し返す事が出来なかった。この行為は許されるものではない。と、分かっていながら彼もまた手に持った物を1度放り捨てて彼女を抱きしめ返す。

「あの、モモンガ様」彼女は自分が酷い事をしていると自覚した上で言葉を続ける。「しばらく、このままでいさせてくれませんか? 私にはモモンガ様の熱が不足しております」そのまま彼女はアインズの肋骨に自分の頭を押し当てる。自らの存在を彼へと少しでも刻みたいとそうしているようであった。

「許す……そう言う事であれば、仕方あるまい」

 アインズにしたって、彼女のその言葉に便乗する事でこの状況を少しでも伸ばしたかったのか、あるいは彼女の願いだというかつての友への言い訳が欲しかったのか自分でもよく分かっていないのにそう返していたのだ。それでも彼は思う。

(暖かいな)

 彼女との抱擁はどこか心地が良いと。

 

 客観的に見れば、大の大人2人が抱き合っているだけの光景であり、少しませた中学生カップル等が見れば、「大人なのにその程度しか進んでいないの?」と馬鹿にしそうなものでもあったが、その2人にとってはなによりも大切な時間である事は確かであった。

 

 しばらく抱き合った2人は部屋の整理を始める。ここから出て来る映像、文献問わず資料になるものは現在進めている計画の為に活用する為だ。アインズは無言である品を手に取ると、それを放り投げる。先の成人向け雑誌同様現在のナザリックにとって、不要な物と判断しての事だ。間違ってもアウラやマーレを始めとした年少の者達の目に触れさせる訳にはいかないと。

 投げられたその品は綺麗に放物線を描くと、部屋の隅に置かれていた箱へと吸い込まれる。一連の流れは単にアインズのその手の技術ではなく、単に手馴れているという印象をうけるものであった。それだけ、彼がその手の物を見つけたということであり、それだけ出てきているという事情込みである。

(まったく、どんだけ出るんだよ)

 そういった物を見つけて放り捨てる。それを1時間で何回も、多い時は何十回と投げているような気がする位には出て来るのだ。

 

 そんな彼を悩ませる物品たちが眠る箱には「デミウルゴスBOX」とある。いや、それは正確ではない。デミウルゴスという文字に大きくバツ印がついており、その上から新たに別の紙が貼られていて、そこには「焼却」とある。つまり、正しくは「焼却BOX」であるのだ。

 これは文字通り、アインズが不要とした物を入れておく箱であった。名称に関してアインズが全て焼却――物によっては問題があるかもしれないが彼には関係なかった――処分を決めていた為に墳墓でも炎の使い手である、デミウルゴスを始めとした数名がそれを行うのであるが、結局墳墓に詰めている彼が最もその機会が多い為にその名前になったのだ。

 それがどうして、変わっているかというと珍しくその悪魔から申し出があったのだ。

『アインズ様。大変不敬であると、承知の上でお願いいたします。その呼び方では私がそれらの品を希望しているかのようであり、少々心苦しくあります』

 彼の言う事も最もであった為にその申し出を受け入れたのである。確かに担当者の名前をそのままというのは、余りにも安直であったとアインズもその時の事は反省していた。そんな彼の後ろからアルベドの声が聞こえて来る何か聞きたいような言葉であった。

「あの、モモンガ様?」

「どうした、アルベド?」

 振り向いた彼の目に彼女とその手に持たれている冊子へと目がいった。

「これは、何でしょうか?」

 彼女の知能であれば、直ぐに分かって然るべきかもしれないが、それでも聞いてしまうのは一種の期待からであったらしい。その目は宝物を見つけたと言わんばかりに輝いていたのだから。

「ああ……それはな」

 それは先ほど自分が手にしたものと似たように表紙に絵が描いてある。ひよこを模したらしき玩具が転がっていて、その傍で四つん這いになった赤ん坊がこちらへ向けて笑っている絵だ。その絵もすごくシンプルな物で、点で目を、線で口を描いており、髪の毛に至っては3本線で表現されている。そしてその表紙の最上部分には6文字の漢字が印刷されていた。

「母子健康手帳。いわゆる、母子手帳というものだろう」

「母子? それは一体?」

 此処までくると、説明しない訳にはいかない。彼は自分の知る限りの知識をアルベドへと伝える。子供を身籠った女性がその子供とそして、母親となる自身の成長を記録していくものであると。それを聞いた彼女は懇願するように彼へと提案する。

「モモンガ様。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「モモンガ様が家庭を持たれるとしたら、その、私とそうなったらと……」

(はあ?!)彼女の言葉の途中で内心絶叫する。本当に彼女は何を言っているのか? と、彼女の言葉は続く。

「……仮定して少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「いや、アルベド。お前は何を言っている?」

「あくまで仮定でございます。それでも、いけませんか?」

「う、そうだな」

 アインズは迷った。彼女は仮定と言っている。つまりは、想像の域を出ないものであり、それさえ許さないというのはひどいではないだろうか? と。

「分かった。それで、何を聞きたい?」

 結局、押し切られる形でその話に応じてしまう。

「もしもですね。私たちに子供が出来たとしまして、モモンガ様はどういった教育をされるのかと」

「そうだな」

 仮定であっても、適当な事を言ってはいけないと彼は考える。もしも、子供が出来たとして、自分はどうするであろうかと。

「まず、そうだな。これは当たり前の事になると思うが、目一杯の愛情を注ぐと思う。具体的には、様々な物に触れる機会を設けてやる。今、思いつくのはそれ位になるかな」

「成程、それでは、やはり適切な者に指導にあたらせるのでございますか? 例えば、剣術でしたらコキュートスが喜んで申し出る事でございましょうし」

「何でそこであいつの名前が出て来るのかは分からないが、そうだな、確かに子供のやりたいことであれば、それを純粋に応援してやるのも親の努めだろうな、唯」

「唯?」

「子供の多様性は認めるべきだと思っている。例えば、私とお前の子供が男の子だとして、その子が裁縫に興味を示したら、お前は変に思うか?」

 その言葉を受けて、彼女はしばし考えこむ。確かに、それは一般的な常識からは外れているとも言える。こんな考え方がある。「男の子が生まれたらサッカーを、女の子が生まれたらピアノを習わせる」この言葉もこの部屋で見つかった資料で見かけた言葉である。

 アインズもまた、その言葉を見かけた訳であり、アルベドへとそう問いかけてみた訳であるけど、そこは彼なりの考えであった。その考え方はいわば、定まった概念に子供を押し付けているだけであり、子供を思ってのものと完全に呼ぶことは出来まい。

 彼の脳裏に浮かぶのは母の姿。彼女は自分を養う為に、学校に行かせる為に働いて死んでいったのだ。結局自分は小卒という学歴しか得られなかったけど、それでも感謝すべきである。

(そうだよな)

 ナザリックに所属する者達に当てはめても、現在、養子という事になっているあの姉妹にしてもやりたいことがあるのであれば、自分はその力になる。それが自分なりに出来る事であろうと、結論を出す。

 「変に思いません。その子が在りたいと思う姿があるのであれば、母として全力でそれを応援するのが勤めかと」

「ふ、そうか。その答えが聞ければ私は問題ないと思っている」

「いえ、モモンガ様。私からも1つあります」

「ん? 何だ」

 これは、本当に珍しいとアインズは思った。基本的にナザリックの者たちは自分の言う事を否定しないし、意見を言ったり等しないのだ。これは組織としては危ないと以前、ウィリニタスに聞いたのであるが、その時に彼は笑って答えたのだ。

『もしも、本当に危ないとあれば、しっかりと進言致します。安心してくださいませ、アインズ様は至高の御方でございます故』

 そう言うのであれば、自分は信じるしかない。そんな事もあって、NPC達からこうして言葉を受けるのは嬉しく思うのであった。

「そうやって、子供の環境を整えるのも大切ですけど。やはり、私は先程のように触れ合いも大事であるかと考えます」

 彼女が言う事も最もであった。養子となった姉妹の妹や双子の階層守護者を思い出してもそうであるように単に与えるだけではないのだ。要はコミュニケーションの話になるらしいと彼は微笑み。

「そうだな、お前の言う通りだ。理想的な事を言えば、その子に疎まれる位の愛情を注ぐべきだな――と、そろそろ話を終えて、作業に戻らないか」

「はい、と、その前にこちらですが……」

 アインズには彼女が何を言おうとしているのか、察しがついた。彼女は先程から手にもっていた手帳を持つ手に少し力を入れると上目遣いで聞いてくる。

「…………頂いてもよろしいでしょうか?」

「お前の普段の働きは理解している。それ位好きにしろ」

「ありがとうございます」

 例え、この先彼女がそれを使う事があっても、その相手は自分ではない。その時にはきっといい相手がいるのであろうと、どういう訳か痛むようである無いはずの心臓の鼓動を感じながら、アインズはアルベドの願いを叶えるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。