社畜人生にお別れを   作:ブルー・プラネット

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古き漆黒の粘体

 

 西暦二一三八年。

 数多(あまた)開発された(Dive)(Massively)(Multiplayer)(Online)(Role)(Playing)(Game)の一つのゲームが長い運用から幕を降ろそうとしていた。

 サイバー技術とナノテクノロジーの粋を結集した脳内コンピュータ網。ニューロンナノインターフェースと専用コンソールを直結し、仮想世界で現実に居るかの(ごと)く遊べる体感型ゲームの中で燦然と輝く一つのタイトルがあった。

 

YGGDRASIL

 

 それは今から十二年前に日本のメーカーが満を持して発売したゲームだ。

 ユグドラシルはこれまでのDMMORPGのゲームと比較して()()()()()()()()()()()()()()()()()

 膨大な職業*1と魔法*2。広大なマップ*3

 別売りのクリエイトツールを使用することで武器防具、外装などを自作出来る事から人気を博していた。

 

 だが、それは一昔前までの話し。

 

 今日はそのユグドラシルのサービス最終日である。

 数多のプレイヤー達がしのぎを削りながら楽しんでいた一つの時代が終わりを迎える。

 仲間と協力して冒険の旅に出向いたり、他のギルドと抗争になることもある。

 未知の多さでも定評があり、最終日にもかかわらず――このゲームのすべてが解き明かされたことは遂に無かった。

 

「……あーヤベー。凄く眠い」

 

 そんな言葉を発したのは常に流動する身体を持つ何者か。

 人間ではない。

 ましてここは現実世界でもない。

 であれば何だと問われればユグドラシルというゲームの中での出来事である。

 仮想現実に実装された自分の偽装身分(アバター)を動かして遊ぶ。

 操作には特定の動作で出現させる専用コンソール以外は自分の肉体を動かす感覚と()()同等である。

 このゲームは現実の肉体の強さもゲーム内のステータスにいくらか反映されるシステムとなっている。それゆえに現実世界でのトレーニングも増強の手助けになる。

 この仮想空間内における最強のプレイヤーの殆どは現実世界で大会優勝者だったりする事が多い。

 そして、残酷な結果として資本金が多いプレイヤーもまた強者に位置したりする。

 このゲーム(ユグドラシル)は課金制度を採用しているからだ。

 無課金でもそれなりに強くなることはできる。しかし、課金勢に努力で追いつけるほど簡単ではない現実がある。

 

          

 

 ゲームを遊ぶ上で人間種以外にもアバターを選べるので戦略の幅は天文学的数字となる。

 一般的なステータスを持つ――森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)など――人間種。

 醜悪な顔を我慢すればそれなりの肉体的な恩恵がもらえる――小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)など――亜人種。

 様々な恩恵と引き換えに色々な制約(ペナルティ)が課される――不死者(アンデッド)天使(エンジェル)吸血鬼(ヴァンパイア)など――異形種。

 選択は自由だが見た目による差別が少なからず存在し、それがゲーム内で不和を起こす。

 もちろんプレイヤー同士の戦闘は推奨されていて、公式ストーリーよりも活気があった。

 ギルドを作ればポイント制によりランクが公開される。

 数多に作られたギルドの中でひと際異彩を放つのが悪名高き『アインズ・ウール・ゴウン』だった。

 ゲーム内に二〇〇個しかない『世界級(ワールド)アイテム』と呼ばれるものを十一個も所有し、ギルドランクは最盛期で九位。

 サービス最終日である現時点では二九位にまで落ち込んでいた。それでも上位ギルドと呼んでも差し支えない結果だ。

 

「今日で終わりか。……何だかあっけないものだ」

 

 そう呟きながら不定形の存在は自分のコンソールを出して色々と項目を操作した。

 通常であればありえないことだ。

 ()()はモンスターなのだから。

 このユグドラシルには専用の音声がモンスターにも備わっている。しかし、動作は結局のところ運営が組み上げたものだ。それ以外の事などできはしない。

 先ほどから独り言をつぶやく不定形のモンスター、の姿を操るのは間違いなくプレイヤーだ。

 一秒とて安定しない不定形の異形種。

 世間一般では『粘体(スライム)』と呼ばれる。しかし、一口に粘体(スライム)といっても色々と種類がある。

 経験値を積み、中位種族、上位種族へと至ることもできるので。

 この黒い身体の粘体(スライム)は正式には『古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』と呼ばれている。

 粘体(スライム)の中では最強種の存在で、モンスターとしての古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)は高難度のダンジョンに生息している。

 このモンスターを操るプレイヤーは基本種族の粘体(スライム)から強化し、現在の姿へと変容させてきた。

 言葉こそ頼りないものだが『(スライム)』はゲーム内ではそれなりの実力者である。

 プレイ時の彼はもっと苛烈に行動する。しかしながら本体である『(現実)』の身体は毎日の過大な労働によってボロボロで、病院通いが日課となっていた。

 

          

 

 黒い粘体(スライム)は周りを眺めた。

 現在彼が居るのは何処かの部屋――ここは『円卓(ラウンドテーブル)』と呼ばれる――

 大きな丸テーブルが中央に鎮座し、その周りは豪華な椅子が――計四一脚――規則正しく配置されていた。

 この椅子に座る資格を持つのはギルドに加盟した(メンバー)だけ。――彼はこの資格を有する一人だ。

 

「……ソリュシャンは相変わらずか……。随分と放置してきたけれど……、彼女との付き合いも今日で最後か……」

 

 そう呟くも実際には連れ回した回数は記憶に無いほどに少ない。――さすがに最初から無かったわけではない。

 行動パターンを入力したのが自分であることは覚えている。

 試しに呼ぼうかと思ったが現在位置がギルドメンバー専用の部屋なので躊躇われた。

 この大部屋――第九階層にある大広間は基本的にメンバー専用。

 ギルド長の許可が無い限り勝手は――基本的には――許されない。――今日が最後だからと許してもらえる可能性が無いわけではないけれど――

 様式美にある程度こだわる『(ギルド長)』の怒る姿は見たくない――というか最後の最後で喧嘩したくない気持ちが湧いた。

 

(……約束の時間までまだ少し余裕があるか……)

 

 視界内に浮遊する自分専用の『(ウインドウ)』の一つに時計機能があり、それに目を向ける。

 いくら身体が粘体(スライム)だとしても本物のクリーチャーのような振る舞いは難しい。中身が人間であるので行動もそれ(人間)に準ずる。

 ここはユグドラシルというゲームの中にある仮想空間だから。

 例えば複数の腕を持つモンスターだとしても動かす時は人間の感覚で動かす。当然、肉体的に人間との整合性は取れない。――当たり前だが――

 ではどう動かすのか。

 専用の行動パターンを用意し、プレイヤーは必要に応じて選択するだけ。

 無い器官は自動操作系のプログラムに任せる。

 カスタマイズ性に優れたユグドラシルでは行動パターンすらも――やろうと思えば自作出来る。

 

(自力移動が遅いと現実の疲れがどうしても気になる。……底辺の人間に安息は無いものか)

 

 現実の労働環境は粘体(スライム)の本体であるプレイヤーにとって過酷の一言に尽きる。――これは彼だけの問題ではない。

 大気汚染のひどい現在日本において労働者は履いて捨てるほど溢れている。

 労働者のための改善案など提示しようものなら容赦なく切り捨てられる。それが日常の世界なのだ。

 富裕層との格差が離れすぎているのも原因の一つとなっている。

 小学校の頃から労働者になる者も少なくない。それが二一〇〇年代の日本の姿――

 高度に発展した世界は不必要な存在を色々と捨ててきた。彼の世界では人の尊厳すらも――

 それに文句があろうとも敵はゲームよりも強大だ。一人のサラリーマンに時代を変える力など絵空事の中にしか無い。

 

          

 

 そんな破滅的な日常に帰る前に粘体(スライム)は自らが生み出した存在の下に向かう。

 ギルドを結成し、拠点となる施設を手に入れると一定のポイントが手に入る。

 彼らが棲家(すみか)として使っている洞窟――『ナザリック大墳墓』は高難度のダンジョンである。ここを彼らは初見クリアによって手に入れた。

 最高ポイントを持つ『天空城』には一歩及ばなかったが、二五〇〇ポイント越えに歓喜したのが一昔前だ。

 拠点を手に入れることで手に入るポイントは様々な特典に振り分けられる。

 例えば内装――

 例えば専用のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)――

 自分で好きなようにカスタマイズ出来る分、自然界に居るモンスターよりも強化できる。さらに専用ツールで制作した自作の外装も与えられる。

 拠点ポイントはギルドメンバーによって平等に振り分けられ、それぞれ自分専用のNPCを用意した。――中には自腹を切って課金により内装をさらに改造する強者(つわもの)まで現れたが――

 そうして元々は六階層しかなかったダンジョンは一〇階層に増築。

 他のギルドに狙われつつも遂に最下層まで攻め込まれる事態は起きなかった。――最高で第八階層まで。

 ゲーム内でも難攻不落のギルド拠点としても有名になった。

 

(俺がしばらくゲームから離れていた間もモモンガさんが守り続けていたなんて……。ちょっと罪悪感があるな……)

 

 最盛期を過ぎたゲームは衰退しか待っていない。少なくとも粘体(スライム)のプレイヤーはそう思っていた。

 自分の――自分たちのギルドなのにと言われるかもしれない。しかし、全員が社会人で構成されている関係上、優先されるのは現実の仕事――または生活だ。

 (おろそ)かにすることは出来ない。――それ(現実の生活)は彼らにとって死活問題だから。

 

(最終日に限って恨み(ごと)は言われないと思うけれど……。会うのがちょっと怖い)

 

 実力的に上回っているとは言わないが付き合いの上で粘体(スライム)とギルド長は長くプレイした関係上、波風立てたくない気持ちが強かった。

 そうでなくとも多くのメンバーが引退している。最後はやはり気持ちよく去りたいものだ。

 そう言いながら暗くて長い廊下を歩いていると――粘体(スライム)なので這いずっているともいえるが――何人かの人間とすれ違う。

 彼らは自分たちが用意したNPCで、特別な命令(コマンド)を言わない限り反応を返さない。

 与えられた行動原理しか出来ない人形達だ。

 命令(コマンド)は言葉の他に行動――仕草でも良い。

 

          

 

 全一〇層からなるナザリック地下大墳墓は階層毎に特色が異なる。

 侵入者を迎えるのは主に第八階層まで。

 粘体(スライム)が居るのは更に下の第九階層――

 ここは憩いの場。ギルドメンバーが現実の喧騒を忘れて純粋に休んだり話し合ったりすることに使われる。

 現実では用意できない風呂施設――居酒屋に様々な小物を売る店。飲食もできる。

 しかしながらゲームの中での飲食は無駄でしかない。あくまで演出のために用意したものだ。

 酒を飲んでもゲーム的に酔ったり、小便が出そうになるわけではない。――もし仮に生理現象が起こるようであれば現実の身体は酷いことになる。

 そのあたりは色々と調整されているので問題は無いのだが――

 それから余談だが――十八禁に抵触するような行動などは禁止されている。

 日本製であるユグドラシルは規則――規制――にとてもうるさい。風営法、電脳法などに縛られ本当の意味での自由があるわけではない。

 それでも他のプレイヤーとの戦闘行為である『PK(プレイヤー・キラー)』などは許されている。

 彼らギルドも多くのプレイヤー達と戦い、勝ったり負けたりを繰り返してきた。そのたびに戦略を練り直し、自他ともに認めるほどに有名な組織となった。

 それとゲーム会社の規則を守っていたので違反行為として処罰されることもなかったところは今もって驚くべきことである。

 

(……当時の様な戦闘行為が今も出来るとは思えないけれど……。一つの時代が終わるんだよな……)

 

 ため息のようなものをつきつつ洞窟を改造して作った通路を進み続ける。

 第九階層は数キロメートルほどの広さがあり、普通に歩けば本当に広いと感じさせる。そして、それだけの広大な空間をギルドが独占し続けている。

 決まった様式があるわけではないが、地下に出来た西洋風の城のようなもの。

 行き交うNPCはそれほど多くない。多くはこの施設(ダンジョン)に元々いたモンスター達。

 自分たち――ギルド――のものとなった途端に味方だと判断され、近くに寄っても攻撃されることはない。

 これはナザリック全体で『同士討ち(フレンドリー・ファイア)』が禁止されているからだ。

 禁止のメリットは味方の全体攻撃や魔法に巻き込まれても()()()()はダメージを受けない、というもの。

 大規模戦闘において味方を巻き込むことは一つの頭痛の種である。

 

          

 

 のんびりとした歩調で進む黒い粘体(スライム)の目的地は自分が生み出したNPCが控えている部屋だ。

 広大な施設と化している第九階層はプレイヤーが居ない時はNPC達が闇雲に徘徊するだけの場所に過ぎない。――指定された行動を延々と繰り返す。――それはゲームの運営最終日どころか――データが消える瞬間まで続けられる。

 プレイヤーにとっては手塩にかけた彼ら(NPC)が消えるのは一つの時代の終焉のようで寂しさを感じる。しかし、所詮は遊戯に過ぎないものが無くなるだけ――

 ゲームが終われば過酷な現実での生存競争が始まる。

 

(……こんな生活をいつまでも続けていられないというのに……。世知辛い世の中というのは全く……)

 

 度し難い。そう小さくつぶやいた。

 声に出して文句を言いたくなるほどの疲労感が現実で待っている。

 仮想空間内は比較的気にならないはずなのに――

 肉体どころか精神まで摩耗している。それが年々強く感じられた。

 病院に行けば内臓が悪いという結果が増えていく。いずれは倒れるだろうとは自覚している。

 それでも働かねばならない。

 

 他に生きる道が無いから。

 

 それは(スライム)だけではない。ギルドメンバーの多くが労働者だ。すでに何人かは死んでいるのではないかとさえ思われる。

 比喩抜きで現実は過酷なのだ。

 防塵マスクが手放せないほどに大気は悪化――

 大企業による富の独占――政治はすでにまともに機能していない。

 

(それが分かっていても歯向かえない。自分達にはゲームのような力が無いから)

 

 そう思うとログアウトしたくない気持ちが強くなるが、そんな甘えは許されない。

 希望は無いとしても生きなければならない。その最低限の生への執着がとても煩わしく感じられる。

 黒い粘体(スライム)は地面に這いずる形態から人型へと変態する。

 ユグドラシルには異形種から人間種へ『人化』する手段が存在しない。ただし、似せる事は可能である。――本当の意味で人間種になれるわけではない。

 元々人間のプレイヤーが操るので、操作性の観点からゲーム内のアバターが人間寄りの形態に近くなるのは自明の理である。

 その代わり、プレイヤー以外のモンスターはその制限は無いので同じモンスターでも形態に多少の差異が認められる。

 例えば『鳥人(バードマン)』というモンスターは猛禽類の顔がプレイヤーとしてのデフォルト設定だが、モンスターの場合は鳥類全般となっている。

 それとデータ量軽減の為にプレイヤーの表情は基本的に固定されている。その代わりとして『感情(エモーション)アイコン』が実装されており、各プレイヤーはこのアイコンを駆使して交流する。

 一部のモーションを除き、モンスター――というかNPC達は喋らない。よって第九階層はプレイヤーが居ないととても静かである。ほぼ無音ではないかとさえ――だが、例外がある。

 ゲームであるので何かしらのBGMが静寂を壊す。それが無ければゲームだと分かっていても暗い通路を一人で歩くのは怖いと粘体(スライム)は思った。

 

(……アンデッドモンスターが多いから余計に迫力がある。……こんな時に限ってタブラさんのこだわりが(あだ)になるとは……)

 

 自身が邪悪な粘体(スライム)であることを忘れ、神話系に造詣が深いメンバーの顔が思い出された。

 雰囲気作りは専門のメンバーが本気で設計しているので味方であっても恐怖を覚えるものはいくつか存在する。

 

          

 

 たまに壁を通り抜ける半実体の幽霊(ゴースト)系のモンスターと出くわす。

 居て悪いわけではない。

 下手なホラーゲームよりも怖いかもしれない、と思いつつ急いで目的地に向かった。

 ギルドメンバーの個室が並ぶ中、掃除役のメイド専用の部屋も存在する。しかし、その様子を確認したことはついぞなかった。

 NPC達がどういう生活をしているのか。行動をプログラムした本人にしてみれば別段気になるようなことは無い。

 彼らが自我を持つ生命体であるならばまだしもゲームの仕様に存在する一種族に過ぎないNPCの生態に未知の楽しみなどあるわけがない。

 ただひたすらに与えられた行動をとり続けるのみ。

 放置したからといって勝手に餓死することもない。

 十二年運用されたゲームを遊んで今更そんなことを気にする粘体(スライム)ではなく、当たり前のように前に進んだ。

 各メンバーがそれぞれ創造した専用のNPCは通常のモンスター――クリーチャーとは一線を画す。

 それは強さであったり、外装であったり――

 各個人のこだわりを体現している。

 黒い粘体(スライム)が作り上げたNPCも例にもれず――

 

(自分で作ったNPCと二人っきり……。創造者の役得も電脳法の前では形無しとは……)

 

 たとえ自分が作り上げたNPCであっても――風営法などに抵触する。

 肌の露出などは見える部分だけデザインして貼り付ける。その程度の事しかできない。

 最初に完璧な裸体をデザイン、など出来るわけがない。

 とはいえ、あの手この手で法の網を潜り抜けることもプレイヤーの腕次第だ。

 黒い粘体(スライム)はため息をつきつつ雑念を払拭(ふっしょく)し、自分のNPCを見上げた。

 網タイツの太もも。首元までの長さがあるカールさせた金髪。死んだ魚のような青い瞳。豊満な胸。白人系の美しさを持つ肌。

 スタイルの良い――個人の見解だが――人間の女性。外見年齢は十代後半。

 彼女は『戦闘メイド』――しかし、服装は際どい薄着。辛うじてメイド要素を残している程度だ。

 服装に関しては別のメンバーがデザインしたので黒い粘体(スライム)は関係ない。

 

(これで身体に触ったらハラスメント行為に当たるとか……、運営のクソ野郎どもめ)

 

 そう愚痴りつつ今も能面のごとき冷徹な表情でたたずむ自分が作り上げたNPC――『ソリュシャン・イプシロン』を眺める。

 『六連星(プレアデス)』の戦闘メイドの一人。見た目は人間に見えるが種族は自分と同じく粘体(スライム)系だ。

 NPCはプレイヤーによって様々なものが与えられる。

 アイテムであったり、武具や魔法。

 最も特徴的なのは発展形の種族や職業(クラス)()()()に与えられるところだ。

 これにより、通常のモンスターよりも優遇された能力を得る。――といってもNPCを有効活用した事は無いに等しい。

 それはひとえにNPCでは屈強なプレイヤーに歯が立たない。彼女たちはあくまで拠点を(いろど)る為だけの存在――

 全員ではないけれど、多くのNPCは活躍の場を与えられたことがない。

 

          

 

 大人しく佇む深窓の令嬢のごときソリュシャンは物言わぬ人形――NPCではあるが与えられた外装が見事なので今にも喋りだしそうな雰囲気があった。けれども残念ながら彼女は喋らないし、感情(エモーション)アイコンで感情を表現したりしない。

 NPCに出来ることは与えられた命令による動作のみだ。

 

「……最後の最後で挨拶くらいしてもらいたいものだが……」

 

 と思っても本当に喋ったらびっくりする。身体が粘体(スライム)だとしても。

 相互的に会話が出来ないのは勿体ない。だからといって喋れるようにすれば色々と面倒な事態に陥る。

 例えば自分達がログアウトしている時に主不在を嘆くとか――

 勝手な行動を起こしたりとか。

 急には浮かばないけれどギルド内が色々と面倒なことになるのだけは理解できる。

 

「……ソリュシャン」

(は~い。……って応えてくれたら嬉しいのか、それとも気持ち悪いと言うのか。……きっと後者かな。急だと驚く。ゲームの仕様でならある程度は耐性も付く)

 

 顔を見る為だけに来たわけではない事を思い出した黒い粘体(スライム)は専用のコンソールを呼び出す。

 NPCを創造したプレイヤーは自分のコンソールで調整することができる。

 早速彼女が所有する能力やアイテムを再確認する。

 

(持っていても仕方のないアイテムを餞別に与えておくか。……棺桶にアイテムを詰めるような感じだけど……。ゲームキャラにとっては幸せなことかもしれない)

 

 とはいえ、と黒い粘体(スライム)は暗い感情を巡らせる。

 無意味な行動に過ぎないことをしている。それでも記念に何かしらの行動をしたいと思うことは悪いことなのか、と。

 他のメンバーもそれぞれ自分のNPCに何かしらのアイテムでも与えているかもしれない。けれども、それを他人が確かめるわけにはいかない。

 ネットマナーとして。

 いや、一般常識として。

 

(あるいはギルドマスターだけはこの制限を設けず、彼の為に何かしらの記念を残している場合もある。……一番最後まで残ってナザリックを維持し続けた男の為に……)

 

 自分達の様な途中脱落者とは違う。

 ギルドマスターである彼ならば託してもいいと思った。

 

(今日で最後だから託すも何も無いけれど……。景気づけに皆殺しは……しないと思いたい)

 

 仮に()()()()鹿()()()があったとしても怒らないことにする。――というかその時はゲームの運営も終わっている筈だから――

 ならば、と黒い粘体(スライム)は未だに所持していたアイテムをソリュシャンに全て渡すことにした。

 自分が持っていても仕方がない。もし、次回作のゲームに引き継げられるのであれば考えてしまうところだが――残念ながらユグドシラルの次回作の情報は皆無だ。

 

          

 

 全ての作業を終えてソリュシャンとの別れを済ませる。

 彼女は最後の最後まで無表情の人形のままだった。

 それが悲しいかと言われればいつもと変わらぬ反応だったので気持ち的に何かが変化した、という事は起きなかった。

 それが当たり前であり常識だ。

 

(……さらばだ。我が愛しき人よ。……ここは愛しき娘か……。俺は企業戦士として馬車馬(ばしゃうま)のように働いてくるよ)

 

 ゲームでは彼らの創造主という存在でも中身はただの人間だ。

 NPCの前で偉そうな態度ができるのもあと一時間弱――

 部屋を後にした彼を追いすがるような特殊なイベントは起きず――起こるようであれば驚きだが――

 別れを済ませた後はもう一度『円卓』の間に向かう。

 転移を使えば一瞬だが気分的に勿体なさを感じたのでゆっくりと向かうことにした。もちろん時間に遅れないように。

 目的地まで知り合いの姿は確認できず、すれ違うのは一般メイド*4達ばかり。

 このメイド達は各部屋の清掃などを(おこな)う設定が付与された――合計レベル*5一の非力な者達だ――NPCである。

 彼が見つけたいと思っているのはギルドメンバーだ。――残念ながら未だに遭遇していない。

 仮に居たとしてもギルド長を除けば三人ほどではないかと。

 

(最後の挨拶は俺だけか……。元々少しずつメンバーが加入した組織だし、出て行く時もバラバラなのは仕方がない……)

 

 そのバラバラなメンバーの最後が自分というだけだ。

 寂しくはあるが挨拶せずに帰るほど黒い粘体(スライム)は恩知らずではない。

 そうして部屋に入ると先ほどまで空席だった場所に見慣れた姿が()()あった。

 豪華なローブに身を包み、自分のコンソールを操作している人物は紛れもなくモンスター――ギルドメンバー全員が異形種なので当たり前だが――だった。

 人間であれば声をかける事も躊躇われる邪悪そうな外見を持つ者に黒い粘体(スライム)は手――触腕ともいう――を振って挨拶した。

 不定形とはいえ人間的なジェスチャーが出来ないことはない。ただ判別しにくいだけだ。

 

「お待たせしました~」

 

 気の抜けた黒い粘体(スライム)の挨拶に対して相手は丁寧に頭を倒す。

 その顔に肉や皮膚は無く、あるのは見事な白骨の頭部のみ。いや、頭部だけではなかった。

 音声はお互い出せるが表情の変化は伝えられない。なので感情(エモーション)アイコンは必須である。

 

「ヘロヘロさん。お久しぶりです」

 

 強面の見た目に反して丁寧な物腰で挨拶を返してきた白骨の人物こそギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスター『モモンガ』であった。

 見た目通りの不死者(アンデッド)のモンスター。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が究極の魔法を求めてアンデッドとなった死の大魔法使い(エルダーリッチ)――の最高峰である死の支配者(オーバーロード)だ。

 今のモモンガは戦闘用ではなく普段着の装備に身を固めていた。

 

「本当におひさーです、モモンガさん。ちょっと自分のNPCに挨拶してきました」

「そうですか。ところで身体の方は大丈夫ですか?」

「相も変わらずボロボロですよ。転職しても生活は楽にならず、社畜はただ朽ちるのみです」

 

 互いに丁寧な言葉使いで話すのはネットマナーというよりは社会人としての癖のようなもの――他のメンバーもだいたい似たような言葉使いとなっている。

 笑顔のアイコンを出しつつ挨拶を返す黒い粘体(スライム)のヘロヘロ。

 他のプレイヤーも名前にこだわりがある者と無い者が居る。

 このゲームの総プレイヤー数は数万人以上――被らないように付けるだけで力尽きるというもの。

 余計な労力を()く意味ではヘロヘロの名前も莫迦(ばか)にできない。

 モモンガには現実の状況をゲーム以外でも伝えたりする仲なので身体を心配することは別段おかしくない。

 (もっと)も――このギルドの構成員は全員が社会人であり、ゲームそっちのけで現実の愚痴などを会話のネタにすることは多々あった。

 本来ならばネットマナーとして忌避されそうなものだが、それぞれ色々と気苦労がたまっているので発散の場所がない。

 ギルドマスターたるモモンガもその一人であるので彼が許可を出せば何も問題は無い。

 

          

 

 ゲーム終了までの時間を残してギリギリまで会話につぎ込むモモンガとヘロヘロ。

 この日来てくれたメンバーはヘロヘロだけ。

 (ヘロヘロ)とはゲーム内で会うのは実に二年ぶりであった。

 

「残業続きで睡眠のほうもおかしいんですよね。本当は最後までお付き合いしたいところなのですが……」

「無理をされてはいけません。ギルドマスター一人で最後の務めを果たせば終わりですし」

 

 玉座に座って自動的にログアウトするだけの簡単な仕事だ、とモモンガは呟く。

 ヘロヘロとしても気力だけでモモンガと付き合っているが耐えられそうにない。それは仮想現実にまで疲労が伝わってしまっているからだ。

 モンスターとしてのステータスには何の影響も無いけれど、現実の身体を無視することはできない。

 実際にモモンガの話しの半分は聞き取れていない状態だ。――正しくは眠気と戦っているので聞き取りに集中できないでいた。

 

「……そういえば……、こういう時はおかしなフラグが立って最後の時間になった瞬間に異世界に飛ばされるシチュエーションが……起きたらいいのに」

「ヘロヘロさん。自動小説(オートノベル)の読みすぎじゃないですか?」

 

 自動小説(オートノベル)は今の時代から一〇〇年前に『ライトノベル』と呼ばれ、その少し前は『少女小説』や『ジュブナイル小説』と呼ばれた読み物のジャンルだ。

 その特徴は過去の人気作の特定のワードを組み合わせて作られるデータブックである。追加ワードによって読み手毎に個性が現れ、読者の数だけ増えていく。

 仮想空間内にも著作権の切れた文章データを『本』という形で膨大に持ち込んだメンバーが居る。

 

「疲労によって現実の身体がポックリ逝ったら剣と魔法の世界に転生してセカンドライフを楽しみたいです」

「……残念ながら現実は厳しいですよ」

 

 はははとヘロヘロは疲れた笑い声を聞かせる。

 疲れすぎて声に力を籠められなかった。自分でも思いのほか低い声だったので驚いた。

 自宅に帰れない日もあるのでゲームの中だけでも気丈に振舞いたかった。

 

「実際は死にたくないので転移で勘弁してほしいです」

「そうですね。いっそのことアバターだけでも」

「はい。……あ、でもモンスターの身体だと色々と不都合がありそうです」

 

 自身のモンスターについての話しが始まった。

 二人とも現実では社会人だがゲームの話しは大好きで興に乗ればのめり込んでしまう。

 他にもメンバーが居れば時間を忘れて会議や素材を求めて動き回る活気のある光景が広がっていた、筈だ。

 今は骸骨(スケルトン)粘体(スライム)だけ。

 最後の会話だとしても新たなゲームで出会うかもしれない。――実際にはお互い忙しくて遊んでいる場合ではなくなってしまったけれど。

 

          

 

 意外に話しが盛り上がり眠気が軽減されたヘロヘロは気持ち的に機嫌がよくなった。

 もう少しだけ頑張れそうだと――

 終了まであと少しだけ。その時間を仲間と共用できるのはもう自分一人しか居ない。

 

「記念に世界級(ワールド)アイテムを持ってみますか?」

「わ~い」

 

 と、不定形の粘体(スライム)が子供っぽく両手を挙げて喜んだ。

 常に変化し続ける肉体なので溶け続けている毒々しいアイスクリームのようだ、とモモンガは評した。しかし、それは言葉には出さずに胸の内だけの感想だ。

 それと仲間が喜ぶ姿は素直に嬉しいものだった。

 最後だからと何でもやるわけにはいかない、と思うのは『勿体ない精神』か貧乏性の(さが)か――

 

「モモンガさんはギルド武器を持っていくんですよね?」

「……ずっとここに飾っても仕方がないですし」

 

 この『円卓(ラウンドテーブル)』の部屋にはギルドの象徴たる黄金の杖の形をした『ギルド武器』が壁際に鎮座していた。

 七匹の蛇が絡み合った一本の杖。

 貴重な素材をふんだんに注ぎ込んで作り上げた世界級(ワールド)アイテムに匹敵する能力があると噂されている。――実際に持ったことも使ったこともないので真偽は不明だ。

 この武器はギルドマスターしか持つことを許されておらず、またモモンガしか装備できない。

 ヘロヘロが持とうとするだけでギルド武器に備わっている自動迎撃システムが起動し、ちょっとした爆撃の光景が広がってしまう。

 

「……いざ持とうとすると抵抗があります」

「もう仲間は来そうにないからいいんじゃないですか? モモンガさんの雄姿を俺が独り占めにできるわけですし。サービスが終わってから後悔しても遅いですよ」

 

 残り時間も差し迫っていますし、とヘロヘロの言葉に背中を押されたモモンガは意を決して杖に手を伸ばす。すると今までその場でクルクルと回るだけだったギルド武器は不可視の力にあてられたのか、モモンガの差し出された手に向かって飛んだ。

 それは別に不思議なことではなく、一定距離内であればアイテムを自動的に引き寄せることができる。なによりここはモモンガ達の施設だから。

 大抵のことは彼らの意思によってどうとでも出来るようになっている。

 言葉一つで部屋の明かりを点けたり消したりできるように。

 

          

 

 ギルド武器を持った瞬間、モモンガの身体に黒いオーラが湧き出た。それはほんの一瞬の出来事だが持つべき存在が手にすると迫力があるというか実によく似合っている、という感想をヘロヘロは持った。

 自然と感嘆したが呆けている場合ではないことにすぐ気づき、場所を移動する。

 うんうんと感心するヘロヘロと共に向かうのは最下層である第一〇階層。

 魔王が座する――ような雰囲気を醸し出している――玉座がある場所だ。――実際には侵入者たちなどを迎え撃つ最終迎撃ポイントである。しかし、最後まで挑戦者は最下層まで辿り着くことはできなかった。――上位ギルドが最後まで来なかったことも起因する――

 色々と出迎えのためのギミックなどを用意していたが過剰戦力だったようだ。だが、それをむざむざ無駄にすることなくギルドメンバーは利用し続けた。

 この階層は玉座の他には鍛冶師たちが詰めているアイテム製作所や膨大な資料を保管している『巨大図書室(アッシュールバニパル)』がある。

 敵の迎撃の為に玉座の間に一気に転移する事はギルドメンバーでも出来ず、かならず歩いて移動しなければならない。

 予定では七二体になるはずだった――六七体で製作者が飽きてしまった――迎撃用の動像(ゴーレム)を横目に通り過ぎ、大仰な大扉を潜れば天井の高い部屋が姿を現す。

 モモンガもあまり使っていなかったのでナザリック内部について実はあまり知らない。

 彼の場合は仲間との付き合いが長いせいでNPC達と触れ合わないプレイを続けてきた。そのせいで多くのNPC達とは実は初対面という事実があったりする。

 専用コンソールを開かないと名前も分からないほどだ。

 

(るし★ふぁーさん……。最後までやり通すことなく放置していきやがった)

(みんなで騒いできたわりに、あんまり利用しなかったのも残念と言えば残念な結果だけど……)

 

 それでも十二年のゲーム人生においてナザリックはギルドにとって良い思い出となった。

 ヘロヘロは何年か不参加だったがあっさりと切り捨てられるほどには無関心ではいられない。

 だが、同じゲームを何年もやり続ける忍耐力は無い。新しい物好きな人間であれば次のゲームに目移りするし、仕事一筋に専念することもある。

 働かなければ生活できないのだから。

 年々と生活も悪化している。ここでゲームからすっぱりと離れることもまた人生の選択だとヘロヘロは思う。

 

          

 

 思い出深いゲームもあと数分でサービスを終える。

 様々な思いが渦巻くがプレイヤーに過ぎない自分達に出来ることなど何もない。

 ただただ最後まで残って時間になったら現実に弾き飛ばされるだけだ。

 ――そして、朝四時からモモンガは会社に行かなければならない。ヘロヘロも同様に。

 二人が玉座まで歩くと最終目的地にて出迎える存在が居ることに気づいた。

 それは白いドレスをまとった黒髪の美女。

 

「アルベドがここに放置されているとは……」

「……モモンガさん。いつもどこから外に出ているんですか?」

 

 玉座の間にアルベドと呼ばれる人物が居るのに気づかないというのはギルドマスターとしてどういうことなのか疑問に思った。

 問題の人物は胸の大きな美女。ただし、腰から自身の下半身を覆うほど大きな翼を生やしており、側頭部からは前方に突き出すように白くて太めの角が生えていた。

 背中にかかるほど長い艶やかな黒髪。白人系の顔立ちで瞳は黄金。虹彩は縦割れしている。

 それ以外は人間と然程変わらない。

 このアルベドは女淫魔(サキュバス)の異形種でNPC達を束ねる役職を担っている。しかし、それはあくまでも演出であり、実際に活動している姿をモモンガは見たことがない。

 そんな彼女の手には黒い球体が数センチメートルほど浮かんだ小さな短杖(ワンド)のようなものが握られており、大切に携えている雰囲気が感じられた。

 

(……『真なる無(ギンヌンガガプ)』……。こんなところに)

 

 彼女が両手で大事そうに持っているアイテムは世界級(ワールド)アイテムの一つである。

 詳細についてヘロヘロは()()()覚えていないが何らかの武器であることは理解している。

 通常、これらの最上級アイテムはギルドマスターの許可がない限り『宝物殿』に安置されているものだ。それがここにあるということは誰かが持ち出して彼女に持たせた。その犯人は自由にアイテムを移動させることができる人物である。

 ギルド内でこっそりとそんな事ができるのは古参のメンバーくらいなのだが、アルベドに持たせている時点で犯人は絞られる。

 

(……まさかケーキ入刀!? ここに来て小粋なギャグを噛ませるとは……。……いったい()()()()()()()()()()のか気になるじゃないですか)

 

 ヘロヘロはそう驚いたがモモンガはアルベドを眺めるだけで特に何もせず、気づいているのかいないのか――彼女を気にしつつ玉座に座った。

 モモンガが座したそれ(玉座)もまた世界級(ワールド)アイテムである。

 名を『諸王の玉座』という。

 ナザリック地下大墳墓を攻略した特典として手に入れたものだ。

 この玉座があるおかげで探査系の世界級(ワールド)アイテムの効果を防いでいる。

 事実、ナザリック地下大墳墓の第八階層より下があることはギルドメンバー以外の敵対ギルドには知られていない。

 誰にも知られないまま消える。

 それに関してサービスが終わる今、モモンガはナザリックの情報に関して公開する気は無く、公開したところで無意味だと思うので特に行動を起こすつもりは無い、という立場を貫くことに決めていた。

 部外者に荒らされたくないのと万が一のサービス延長を危惧したためだ。――杞憂に終わった場合の損害を考えると怖かったので。

 

          

 

 残り時間はあと少し――

 ヘロヘロは両脇の壁面上部に掲げられているメンバー達の旗を眺めながら自分の旗を探した。

 四一人分の旗の下に現在まで居るのはモモンガとヘロヘロのみ。他のNPCはアルベドだけ。

 実に寂しい結果となってしまった。

 全盛期であれば旗の下にはメンバーが勢揃いしている筈だ。それが今ではヘロヘロだけ。

 

(真正面に俺の旗がデカデカと掲げられているのが(むし)ろ寂しさの象徴のようだな。でも、ヘロヘロさん、ありがとう)

 

 先ほど彼の為に取り寄せた世界級(ワールド)アイテムは『強欲と無欲』――それと餞別として様々なアイテムを詰め込んだ『グリーンシークレットハウス』とお付きのNPC達だ。早速ヘロヘロは配置に取り掛かった。

 ギルドメンバー二人だけ、というのは実に寂しいので女性陣を用意してみた。殆ど初対面の女性NPCで誰が誰やらモモンガにはうかがい知れなかった。そんな連中が集まるとちょっとした女の園になってしまったのが滑稽だった。代わりにモモンガの傍には絶世の美女たるアルベドが居るので寂しくはなかった。

 ついでに彼女の基礎ステータスを最後だからと覗いてみたりする。

 彼女(アルベド)の創造者は『タブラ・スマラグディナ』という。

 

(長い設定を全消しして……、なんてやったらさすがのタブラさんも怒るよな)

 

 というか設定を細かく入力していたことに驚きを禁じ得ない。

 普通は他人が設定したものを覗くのはネットマナー違反だけれど、最後ということもあり、ギルドマスター権限ということで自分を正当化する。

 しかし、いくら女性陣を集めたところで彼女達はほぼ無表情で喋らない。そこがまた寂しさを思い起こさせてしまう。

 話し相手としてNPCは実に役に立たない。

 

「このまま異世界に転移しそうな雰囲気ですね」

「いっそそれも幸せな結果かもしれません」

 

 確かにヘロヘロの言うように何かが起こりそうな雰囲気はある。

 ユグドラシルのサービス最終日に残っているプレイヤーはおそらくかなり少ないがゼロではないと予想している。

 最後だからと手持ちのアイテムや魔法を乱発している者も居ないとも限らない。

 モモンガとてヘロヘロが来なければ外にこっそりと用意した花火を点火しているところだった。しかし、それが無駄になったところで仲間が来てくれたことに比べれば耐えられる損失だ。

 

          

 

 改めて地下空洞に顔を向けるモモンガ。

 全盛期に比べてなんとも寂しくなったものだと改めて寂寥感に包まれる。

 延々と遊べない事を想定していなかったわけではない。ただ――考えたくなかっただけだ。

 

(データだけ残したメンバーが数人……。他は引退してしまった。リアルの事情があるとはいえ……。だけど、ヘロヘロさんも途中で居なくなったら……。いや、気分が沈むことを考えても意味がない)

 

 たった一人になってもここには来ていたし、最後の光景を見ながら明日の仕事の準備をすることは確定事項だ。

 そして、自分はまた精神をすり減らす仕事に従事していく。

 NPCの配置を終えたヘロヘロもまたログアウトした後は会社に行ったり、病院通いの日々を再開する。

 新たな娯楽が生まれればきっとまたゲームに手を出すかもしれないし、下手をすれば病院から二度と自宅に戻れなくなる可能性も無くはない。

 

(……こんな生活を長く続けていたら死んでしまう。それが分かっていても働かなければならない。……モモンガさん。長生きしてください)

 

 NPCに看取られて天に召される予定の様な感じになってしまった。しかし、女性に囲まれての見送りなら本望だ。それが例えゲームキャラクターであっても。

 最後の最後で急に殴り掛かられるのは御免被りたい。

 

(……死にたくないので転生はかたくお断りします。異世界に転移、異世界に転移、異世界に転移……。自由に活動できる世界に行きて~!

 

 と、最後のあがきとばかりにフラグを立てまくるヘロヘロ。

 遠くから様子を伺っていたモモンガの目には奇妙に悶える粘体(スライム)として見えていた。

 動きが実に気持ち悪い。ついに精神的におかしくなったのかと心配になってきた。当の本人は現実逃避したい気持ちでいっぱいだった。

 誰が好き好んで辛い日常を味わいたいと思うのか――

 ゲームの中だけは子供のようにはしゃぎたいもの。

 ヘロヘロの痴態を少し気にしつつ時計を確認して各メンバーの旗を一つずつ見ながら名前をつぶやく。

 自分を含めた四一人のメンバーとの最後の別れ――

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の栄光は今日を持って終わる。ギルドマスターとして最後の挨拶はきちんと済ませたかった。

 

          

 

 モモンガが()()を始めている頃、ヘロヘロもギリギリまで様々な神に祈りを捧げていた。

 内容はすべて『ログアウトしたら自由な世界に行ってて、思い切り(はね)を伸ばせますように』だ。

 大気汚染によって息苦しい現実世界ではない。

 底辺の人間を奴隷の如くこき使うようなブラック企業が蔓延る世界でもない。――ついでに肉体的にも健康になりたい気持ちを上乗せする。

 

「ヘロヘロ」

「は~い」

 

 条件反射的に返事を返す黒い粘体(スライム)。彼はすぐに祈りに集中した。

 残り時間は二分を切った。思い出話しに華を咲かせる余裕はなく、名前を呼ばれたところで返事しか出来ない。

 最後だからと何か行動を起こそうとしても全て消えてしまうので意味がない。しかしながら、無駄だと思っても何かしらの動きで抵抗を試みるのは精神的に相当疲れている証かも、と思わないでもない。

 

(こういう時に正体不明の事件とか……起きればいいのに……。謎の侵入者とか、今なら余裕で攻略できるだろうに)

 

 そう思っても自分達自身が拠点に居座っているので他所(よそ)のギルドを襲撃する案は意外と取らないのかもしれない。

 誰も彼もが今日ばかりは大人しくしている、という可能性も実は結構高かったりするのでは、と。

 ならば変な勘繰りはやめて最後の瞬間を見届けなければ。

 長く遊んだゲームに敬意を表して。

 

(今までありがとうございました)

 

 そう呟いた後でモモンガに顔を向けるヘロヘロ。

 いくら粘体(スライム)だからといって人間離れした感覚は備わっていない。人間的な視点誘導はどうしても必要だ。

 玉座に座る魔王のごときモモンガは真正面を見つめたまま大人しくしていた。色々と思うところがあるのかもしれないし、時間を確認しているのかもしれない。

 残り時間はあと数十秒――

 

 ユグドラシルの終焉。

 

 一つの時代が終わる。それは例えゲームであっても感慨深いものだ。

 ヘロヘロはそう思った瞬間に意識がとても鮮明になる感覚を得た。場が静寂に包まれている事も関係しているのかもしれない。

 ログイン時のような睡魔に襲われていた精神的な煩わしさが今は驚くほど解消されている。しかし、それもあと数秒で終わる。

 言い知れない緊張感が織りなす祝福(ギフト)は素直にありがたかった。

 そしてユグドラシルというゲームのサービスが終了を告げるゼロ秒に差し掛かった。

 モモンガもヘロヘロもこの時ばかりは無心となって状況を受け入れる。

 そして、十二年の運用の果てに――今日を持ってユグドラシルというゲームは終了した。

 

 

*1
約二〇〇〇個。

*2
魔力系、信仰系、精神系、その他系を合わせて約六〇〇〇個。

*3
アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ヘルヘイム、ムスペルヘイムの九つの世界。

*4
彼女達は『人造人間(ホムンクルス)』という異形種でギルドメンバーと同数の四一人居る。

*5
種族レベルと職業レベルがある。ただし、人間種には種族レベルが無い。

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