社畜人生にお別れを   作:ブルー・プラネット

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製作者の特権

 一先(ひとま)ずの拠点として設定した『グリーンシークレットハウス』の中に入った黒い粘体(スライム)のヘロヘロは大勢の扶養家族(NPC)を前にしてこれからの事を考えなければならないことに頭を痛める。

 身体は不定形のモンスターだが人間的な比喩として用いた。

 感覚もプレイヤー時代と大差なく、動くも特におかしなことは無い。――モンスターという点以外は。

 

「部屋は適当でいいから。……まずは休みませてもらうよ」

 

 多くのNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)(あるじ)であるヘロヘロの言葉を待っているようだったが、彼が休むと言った以上は黙るしかない。

 空いている部屋を見つけてヘロヘロは退散するも最後まで彼の姿を見つめる気配は伝わっていた。

 

(……頼むから休ませて。明日から本気出せばいいんでしょ? 駄目なら泣いちゃうよ)

 

 後ろ髪を引かれる思いのまま扉を閉めた。

 髪の毛は無いが感覚だけはあった。

 

          

 

 ヘロヘロが退散した後、一般メイド達は互いに見つめあい、中には自分の部屋を探す者が居たが大半はその場に立ち尽くしていた。

 それらのメイドにヘロヘロの従僕たる戦闘メイド(プレアデス)のソリュシャン・イプシロンは声を張り上げて場を制する。

 

「ヘロヘロ様の安息の邪魔をしてはなりません。貴方達は各人の部屋を決めておきなさい」

「……畏まりました」

「………」

 

 不安いっぱいの顔が多かった。それについてソリュシャンも理解できないわけではない。

 見知らぬ土地に放り出されたのだから。だからといって不安のままでいればヘロヘロが気を遣う。

 至高の存在たる彼が休むと言った以上は邪魔をしてはいけない。そして、次に目覚められる日まで自分達に出来る事は待つことだけだ。

 それが明日ではなく何年も先になるかは誰にも予測できない。

 

「アンデッドの者達も部屋を決めておきなさい。余計な気遣いをしてはヘロヘロ様が安心して休めなくなります」

「は、はあ。……分かりました」

 

 一人二人と部屋に散っていく中、異質なNPCがソリュシャンを見つめていた。

 それは全身が透明感のある緑色の宝石のようなもので出来ており、白銀の輝く全身鎧(フルプレート)を身にまとっていた。

 豊満な胸がある女性型。しかし、生物的な雰囲気を微塵も感じさせない。明らかに動像(ゴーレム)系のモンスター。

 髪の毛に当たるものまで硬質的な様子を醸し出していたが、それが実に繊細さが際立っていた。

 赤い色の髪の毛は腰のあたりまで長く伸びており、人工的に作り上げるにしては芸術的過ぎる代物だった。

 腰には光り輝く長剣の(さや)()げられている。

 

「……見慣れない貴女(あなた)も……部屋に行きなさい」

「……私に命令できるのは……モモンガ様とタブラ・スマラグディナ様だけ……。お前……殺すぞ」

 

 凛とした声音(こわね)で告げられた後、白銀の手甲が輝く鞘に触れようとした。

 殺意などは発していないが正体不明のNPCはソリュシャンを敵だと判断したのかもしれない。しかし、だからといって逃走も迎撃も彼女(ソリュシャン)は考えていない。

 この場には至高の御方であるヘロヘロが居るのだから無様な対応は選べない。

 

「至高の御方の安息を貴女は破るというの? それはかの方達に対する不敬罪よ」

「……不敬? ……何故? ……戦闘メイドごときに言われる筋合いは……」

「私はヘロヘロ様の安息の為に発言しているのです。……というか貴女はヘロヘロ様を休ませたくないの? 同じナザリックの者だからこそ私は指針として発言しているのよ」

 

 ソリュシャンは目つきを鋭くし、語気を強めて対峙する。

 たとえ相手が同じ至高の御方に直接創造された者だとしても引き下がることは出来ない。

 従僕である誇りを失いたくないので。――もちろん相手も同じだろうけれど、譲れないものがある。

 

          

 

 ソリュシャンは人間的に表情を変化させられるが相手はそうではなかったようだ。

 硬質的な顔はソリュシャンをもってしても変化の度合いが判別しにくく、喜怒哀楽による判定は出来ないと悟る。

 声質も一定で感情がまるで読み取れない。口調の変化が唯一の判断材料ではないかと。

 しばらく睨み合った後、謎のNPCは興味をなくしたのか、空いている部屋を探し始めた。

 戦闘メイドであっても『ナザリック地下大墳墓』の全てを把握しているわけではない。自分たちの知らない事柄がある事だけは理解した。

 そして――ソリュシャンもまた自分の部屋を探し始めるのだが、外側から見たハウスはとても小さな倉庫のごとき様相だったのに対し、中はとても広い。

 軽く見た感じでは百人の住人を招き入れてもまだ余裕があるとさえ思わせる。

 各部屋の内装はすべて同じだとしても、これだけのアイテムを所有する至高の存在に敬服を抱く。

 NPCとしての記憶に至高の存在たる『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー達はいわば『創造主』であり『神』にも等しい。それゆえか彼らの持つ所有物もまた想像を絶するものとして感じられた。

 

(……だけど、ナザリック地下大墳墓という拠点に比べれば……。不敬ではあるけれど比べるものが違いすぎますわね)

 

 そんなことを考えつつ部屋を決めて内装を確認する。

 全てのNPCが自分の部屋を決めている間、ヘロヘロは自室に備え付けられている鏡にて自身を確認していた。

 既に分かってはいたが改めて黒い粘体(スライム)――古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)としての自分に驚きを感じていた。

 黒くおぞましい邪悪な粘体(スライム)。それが今の自分(ヘロヘロ)の身体である。

 何度も見慣れたはずなのに何故だが以前よりも気持ち悪く感じる。

 

(……戦闘面では優れた種族だけど……、日常生活を送る上では色々と問題が噴出しそう……。今のところ手当たり次第に溶解しないようだ。これは自分の意志で出来ると思っていいのかな? ……実験しかないわけだが。次は人型への変態だが……。要練習ってところか)

 

 ゲーム無いとは違った操作方法になっていると予想したうえでの再確認だ。

 元の世界というか()()()()ログアウト出来るまでの間、このモンスターの身体を使わなければならない。それには出来る事と出来ない事を知る必要がある。

 言葉はクリア。動作も今のところは()()問題は起きていない。

 次はスキル。魔法に戦闘方法。

 アイテムも一応、クリアとしておこうと判断する。

 

(食事と睡眠はどうなんだ? 先ほどは呼吸の問題をクリアしたばかりだが……)

 

 今も実は息を止めている。すでに五分以上は経過した。よって連続無呼吸も平然と出来ると判断する。

 窒息しない、ということなんだけれどいまいち実感が湧かない。

 人間の時は息苦しさをバンバン感じていたので。

 

(クリーチャーとしての性質が影響しているのなら精神面もクリアとなる。……この異形種はアンデッドモンスターではないから不死に関して問題がある程度か……)

 

 自分の記憶が正しければ古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)に寿命は無いはずだ。つまりほぼ不死――

 自然死しないだけで絶対に死なないわけではない。

 既定のダメージを受ければ死ぬクリーチャーだ。場合によれば特殊なスキルによって死ぬこともありえる。

 

「設定的には疲労もないんだよなー。でも、精神的に疲れがあるように感じるのは……幻肢痛みたいなものか。それともユグドラシルの感覚を引きずっているバグみたいなものか」

 

 つい声に出してみたが気が付けば声の出し方を忘れてしまうかもしれない、と思ったからだ。

 喋る必要があるのは他の現地生物と出会った時、挨拶できずに一方的に攻撃を受けるのを防ぐためだ。

 社会人としてのマナー、と言いたいところだが――見た目が邪悪そうな粘体(スライム)では説得力に欠けるか、と。

 

「あっあ~。……今のところ自分の声として聞こえるな」

 

 ヘロヘロの声は現実に置き去りにされた人間の声と同一である。

 特別な条件を除きプレイヤーの声は基本的に地声だ。課金によって編成パターンを組めなくは無いけれど資金に余裕が無いプレイヤーは諦めるのみだ。

 であれば、ソリュシャン達の声は何者だというのか。

 自動的に実装された声優というのは些か飛躍しすぎな気がする。けれども見た目に合った声が当てられている気がする。

 

(何だか初対面が多いのに(あるじ)呼ばわりはこそばゆいな。……しこうのおんかた、か……。ギルドメンバーの事なんだろうけれど……。彼ら(NPC)にしてみれば創造主と同義……、確かに間違ってはいないが……、そんなに高尚な存在じゃないんだけどな、本当は)

 

 でも、とすぐ否定してしまうヘロヘロ。

 弱者側の人間なので急に祭り上げられても困るだけ。けれども、そんな自分を慕ってくれる事は悪い気はしない。

 しかし、調子に乗ってしまうと後々酷い目に遭うのはいつの時代でもあるものだと知っている。

 

          

 

 人型や粘体(スライム)の身体を利用して表情の変化が出来ないか思考錯誤していると扉をノックする音に気が付いた。

 聴覚がすぐに反応したので驚いた。

 

「は、は~い。どなたですか~」

「ソリュシャン・イプシロンでございます。入室のご許可をいただきたく……」

「あいてま~す」

 

 扉腰から馬鹿丁寧な言葉に対し、条件反射的に返事を返す黒い粘体(スライム)

 男の部屋に女性が入ってくることに数秒経ってから気づき、気持ち的に大慌てする。

 返答がうまくできないうちに扉が開き、縦ロールの金髪美女が入ってきた。

 衣装自体は戦闘メイド形態のままだが困惑した表情を浮かべている、ように見えたので心配になった。

 

「どうか……。何かあったか?」

 

 そう言いながら、そういえばとヘロヘロは疑問に思った。

 こんな美人を前にして自分はどういった喋り方で接すればいいのか、と。

 ギルドメンバーであれば丁寧語、敬語などで大体済んでいる。しかし、NPC達とは今日本格的に触れ合ったばかりだ。――会話を交わすという意味で。

 つい尊大な喋り方になったが実際はどういう喋り方が正しいのか、全く分かっていない。

 相手の気を悪くしてしまえば他のNPC共々敵対されてしまう可能性が出てくる。

 そうなってしまうと彼らが持つアイテムを頼れなくなるし、自分の持つアイテムを狙われて殺し合いに発展しては非常に困る。

 話し相手の居ないまま一人で彷徨(さまよ)うことになる。最初から一人であれば良かったが、今は他人が居ることで色々と気持ちや予定が狂っている。

 

「……大したことでは……。……その……不届きなNPCがおりまして……、どう扱えばよいのか……」

 

 と、口籠(くちごも)るように喋り始めるソリュシャン。

 視線を彷徨わせる仕草がゲーム時代に比べて実に活動的で気になってしまった。

 ここまで細かな動きはさすがに与えた覚えはない。

 確かに行動は与えた。けれども表情やセリフはおまけ程度だ。設定上は存在するとしても実際に実行できないことが多々ある。

 ヘロヘロは人型の練習をしようかと思ったが、話しが長くなりそうな予感がしたので楽な粘体(スライム)形態になり、ベッドの上に乗った。

 触腕を伸ばしてソリュシャンの為に椅子を勧めた。しかし彼女はヘロヘロの部屋だからと遠慮した。

 

「……お前も粘体(スライム)なんだから楽な姿勢になりなさい。……堅苦しい社交辞令は結構だよ」

(息苦しいのはリアルだけで手一杯なのに異世界に来てまで窒息したくない)

 

 例え粘体(スライム)が呼吸を必要としない特性を持っていたとしても、だとヘロヘロは少しだけ語気を強めた。

 いや、内面の方がもっと強いかもしれない。

 創造主たるヘロヘロの言葉に恐れを抱いたのか、身体を震わせるソリュシャンは主の言葉を否定できず、言われた通り身体を崩し始めた。

 彼女が装備している武具などは体内に収納できる。その許容量は見た目以上に多い。

 特別なNPCのインベントリ(異空間の倉庫)はプレイヤーに匹敵する。それゆえにアイテム倉庫として扱うこともある。

 敵対プレイヤーに倒されるとドロップアイテムとして排出される――全てではないけれど――ので、戦闘時は最低限度の物と取られてもいい物しか持たせない。

 

          

 

 美女が醜く溶解し、不定形の粘体(スライム)に変態していく。その様を見ていたヘロヘロは実に不快な気分にされられた。――しかし、それを命じたのは自分なので文句は言わない。ただ、じっと我慢して耐えるだけだ。

 

(人の顔がこれほど歪むと吐き気を催すな。……自分が今粘体(スライム)で良かったと思ったわ)

 

 ゲーム以上にリアルな変形をしてはいないかと疑うほどグロテスクに見えた。

 現実の世界で人間がドロドロに溶けるさまを見たことは無い。

 ただ、気持ち悪いと思ったのは数秒だけ。頭が溶け切った後は黄色い色が多くなり、何処から見ても恥ずかしくない粘体(スライム)と化した。

 ソリュシャンの真の姿は黄色い粘体(スライム)である。髪の毛にちなんでそういう色に設定しただけで実際は決まった色が無い。ちなみに初期の種族は『不定形の粘液(ショゴス)』という邪神系粘体(スライム)の一種だ。

 その粘体(スライム)が武具を取り込んだ後で近くに置いてあった椅子の上に這い寄る。

 人間種のように座る、という行動が出来ないため上に乗る、という表現が一番適切だと思われる。

 

「………」

(こうして見るとソリュシャンはやはり異形種なんだなー。彼女に偽装した人間の悪ふざけという予想は外れた事になる。……それが良かったかと言われると……、返答に困る)

 

 赤の他人の演技ではない。それが分かっただけ良しとしなければ思考の渦に飲み込まれたまま戻ってこられなくなりそうな予感がした。

 安心したり残念に思ったり、自分の感情がコロコロ変わる様はどうかとヘロヘロは疑問に思う。

 世界の様相が変わった事による内心の混乱をまだ引き()っているというのか――

 単なる社畜サラリーマンに何事にも動じない鉄壁の心など備わっているわけがない。

 

「……そのまま人型に……」

 

 と、ヘロヘロは言いながらソリュシャンの変態過程を想像した。

 もしゲームのままであれば装備品を無くした彼女は何らかのフィルタリングに守られるか、与えていない肉体が透明になる筈だ。

 可能な限りのデザインを仲間から与えられているとはいえ、描いていない部分がどうなっているのか気になる。――とても気になるし、見たい欲求が湧いてきた。

 

(製作者の特権ってことで許してくれないかな、運営……。あるいは……、これでいくらか確認できる事があるかもしれない)

 

 ここがゲームの世界であるならば確実に運営による警告が飛んでくる。または時差によって来ることも想定しておく。

 そうでなければ――果たして何が起きるのか。またはどんな真実を知ることになるのか――

 ヘロヘロは自制心を振り切り、人型に変態することを命じた。

 

「は、はい」

 

 自分と違い、ソリュシャンの粘体(スライム)形態は本当にどう見てもモンスターそのものにしか見えなかった。

 ヘロヘロの形態は人間的な残滓が残っていて『目』に当たる部分が穴になっている。

 戦闘形態時はもう少し筋骨隆々っぽい姿になれるけれど、疲れるので変形は明日以降に持ち越すことにしていた。

 少しの間、自分の姿を夢想した後でソリュシャンが再度人型へと変態していく。

 もちろん、装備品を出さないように付け加えておいた。

 

 つまり全裸っ!

 

 基本的な姿形からいくらかは想像できるが実際に拝見するとなるとまた違った感じ方になるものだ。

 これで装備品で隠れた部分が透明になるか、筋肉繊維が剥き出しになるか、それとも――と余計な想像を膨らませている内にみるみる女性らしいシルエットが出来上がっていく。

 体感的に期待し過ぎて遅く感じられるが実際は数十秒ほど。いやに高いステータスが今ほど恨めしいと思った事は無い。早く変形しろ、と心の叫びが漏れそうである。

 人の身であったならば()()()状態で居るに違いない。

 ――客観的に評する自分の存在に気づき驚きを感じるが欲望の前では塵芥(ちりあくた)に等しいものだ。

 

          

 

 特別な擬音は聞こえないがグチュグチュという音が聞こえたような気がした。

 ゲーム時代では様々な効果音が聞こえたものだ。それが影響しているのか、妄想の音が()()()()()()()()()で奇妙ではある。

 実際は淡々と変形しているだけなのに――

 自分(ヘロヘロ)は未だにゲーム感覚が抜けきらないらしい。

 

(上からか、下からか……。全身をどう構成しようと構わないが一度崩した肉体を再構成するのは至難の(わざ)じゃないか? 俺もそのあたりを練習しないと自分という形を忘れそうで怖い)

 

 これは様々な創作物に存在する『ジレンマ』だの『矛盾』とかいう形で表現されている。――あくまで創作物による過剰演出だが、全てが虚構というわけではない。

 実際に見知らぬ世界に居るのだから完全否定は出来ない。

 自らの形を失うと自我崩壊というプロセスが発生する。

 

(……今思考している事こそ何者かにプログラムされたものであるという……、確か『パラドックス』といったか……。思考錯誤の繰り返しによって……起きる現象が『テセウスの船』……)

 

 自己存在について議論すれば()()()にはまりそうなので大概にしておくが――とヘロヘロは目の前の現象に改めて意識を向ける。

 黄色い粘体(スライム)から様々な色身を持つ人型に――

 それを自分でもできるのかと自問すれば無理だと答えられる。

 NPCと違ってヘロヘロ自身は人間的なデザインを設計していない。形こそ似せられるが基本形はモンスターのままだ。

 ユクドラシルでのんびりとセカンドライフを味わいたいから――という理由は僅かで、多くは純然たる嗜好によるプレイだ。

 

(……おおっ! 期待以上じゃねーか。というか誰だ、細かな部分までデザインしたの。これ、俺の分野を超えてんじゃん)

 

 と、内心で大はしゃぎのヘロヘロ。

 彼が喜ぶのも無理からぬこと、すぐ目の前に美しい白磁のごとき繊細な肌を持つ裸体の美女が椅子に座っているのだから。それも各部分が隠されたものではなく、一切の規制を取っ払った見事な裸が惜しげもなく披露されているのだから。

 彼の中では『乳首』に下の毛まで、と大喜び。

 

(……そこまで再現する必要があるのか? 外見は確かに俺の願望だけど……)

 

 髪の毛は許そう。しかし、元々が粘体(スライム)だ。

 無駄に余計な設定が追加されてはいないか、と。

 自在に変形するならもう少しアニメチックにデフォルメ出来ないか尋ねると、首を傾げられた。

 彼女の中では表現に対する知識の欠如が見られるようだ。

 

(こちらの言葉の全てを汲み取るのは無理、ということか。万能ではないようだ)

 

 確かに細かな動作くらいなら頑張れば人間種並みに出来るけれど、思考パターンまで用意する余裕はなかった。――今からでも追加の命令が与えられるかと聞かれれば難しいと答える。

 まず方法などが未確認だ。個人コンソールが出せないも痛い。

 そんなことを考えつつも外見的にはソリュシャンの股間部分に視覚情報が集中している間抜けなモンスターが居るわけだが――

 俯瞰するのが恐ろしいがアニメ的な表現――目玉が飛び出た形――になってはいないか、と少し慌てる。

 ガン見されているソリュシャンは恥じらいを持っていないのか、頬が赤らむような状態にはなっておらず、静かに佇んでいた。

 

(触ってないから警告が来ないのか。なら、触ると運営から警告が来るか……これは試さなければならない。うん、これは重要なこと。見知らぬ土地に飛ばした責任もあるし)

 

 と、無茶な論理を展開する変態粘体(スライム)

 だが、それくらいの無茶を通さなければ前に進めないこともある。

 正論を振り回す気は無いが、何らかの結果は確実に欲しいと思っていた。――少し気を()かし過ぎな気もしないでもないけれど。

 無茶を通せば道理が引っ込むとは誰の言葉だったか。

 

「……た……、いや、自分の肉体の構造をある程度操作出来るか、い?」

「感覚的には可能かと……」

 

 ゲームにそこまでの機能は実装されていない。

 粘体(スライム)というモンスターは変態的嗜好の為に存在しているわけではないので。

 まして人間が操作するアバターでは不可能に()()

 中身が人間である以上、それ以外の何者かになる、という感覚は無理だ。

 変形要素も結局はプレイヤーが指定した動作の一つに過ぎない。

 

(……こういう観察行為をしている時に限って邪魔が入る創作物があったな……。だが、ここには邪魔が入らない。例え誰かが来ようと最上位存在である自分に意見できる者など外敵かギルドメンバーくらいだ)

 

 外壁は隠蔽してあるし、各NPCには休息を命じている。

 ソリュシャンはヘロヘロが創造したNPCなので色々と優遇しているだけだ。

 それらを踏まえて今の彼の邪魔が出来る存在は非常に限られる。

 更に高レベルプレイヤーであるヘロヘロの察知能力は今も健在である。()()()()()()()外の音を拾えるほどに聴覚が優れている。――耳の様な器官は無いけれど粘体(スライム)は全身が様々な感覚器官のようなものだから。

 一般的な粘体(スライム)がここまで高い知能を有しているわけではない。プレイヤーだからこそ成り立つ論理だ。

 それに目の前のソリュシャンも専用の職業(クラス)を与えているので危機察知能力はかなり高い、筈だと製作者(ヘロヘロ)は思った。

 

          

 

 改めて完成した美女――ソリュシャンの裸体を上から下まで眺める。

 一切のモザイク処理が起きない完成品――または美術品のごとき作品が目の前に鎮座しているわけだ。

 ある程度の段階まで見学したことのあるヘロヘロをして、どうして見えなかった部分が補完されているのか疑問だ。

 日本のメーカーだぞ、と声を張り上げて言いたいところを我慢した。

 それから不定形の粘体(スライム)から人間種への変態が実に見事だった。あと、異常に美しい肢体に思わず触れてみたくなるほど。

 部分的な貼り付け程度でしかなかったNPCがどういう原理で完成品に至ったのか、実に興味深い。

 

(内臓はもちろん粘体(スライム)仕様のはずだが……、変態により色々と備わっていることがあり得るのか?)

 

 元が単色の粘体(スライム)とは思えない色彩配分もまた驚きであった。

 唸る至高の粘体(スライム)たるヘロヘロが値踏みをしていることにソリュシャンは少しばかり気になっていた。ただ、別命があるわけではないし、何らかの調査であるならば黙って待つしかない。――そう彼女は思った。

 自我を得たNPCは独自に思考し、状況を分析する能力を手に入れている。その気配を――もちろん――ヘロヘロは感じ取っていた。

 何度か(くちびる)が開け閉めされているので。何らかの意見を言おうと試みているのだろうと――

 

(本当に細かい動作まで……。他のNPCも同じであればモモンガさんの所に居るであろうNPC達も今頃自我を手に入れて独自に動いている可能性が……無きにしも(あら)ず……)

 

 ただ、確実に別世界に居る、という条件が必要だが。

 ヘロヘロだけが転移したのか、それもまだ未確認だ。結論を急ぎ過ぎて自滅する事だけは避けなければ。

 長年の心労により自分の精神は想像以上に脆い。そう思っている。

 単なる思い込みかもしれない、と頭では分かっていても自由を勝ち取ってすぐに浮かれるほど実は余裕が無い。

 

(女性の裸を眺めている暴挙に出ているくらいだ。……相当自分は疲れている。あ~、自由がそこら辺に転がっているというのに……)

 

 そう思いつつも視点は見事な巨乳に注がれている。

 形こそ整っているが粘体(スライム)らしく色々と変形したりできるのか、疑問に思った。

 本来の種族は不定形たる粘体(スライム)だ。形などどうとでも取れる。

 外見データは与えられたものだから安易に変更できない事もありえるけれど、転移後の世界においてゲーム会社の制限がなさそうなので、その辺りはどうなっているのか気になった。

 

「人間形態と粘体(スライム)形態の切り替えは出来るようだけど……。形態を維持したまま別の存在に変われるかい?」

 

 その言葉に困惑の色を見せるソリュシャン。

 単なる命令ならば素直に従えばいい。

 ここで彼女が困惑したのは自分の中に存在する『設定』に無い命令をどう判断すればいいのか、というものだ。

 与えられたことのない知識や現象に対してヘロヘロでなくても困惑する。

 

「……申し訳ございません。漠然とした内容では……」

「そうか。……では、どうしようか。部分的に変形は出来る?」

 

 そう言われて腕を溶かすソリュシャン。

 種族の枠組みの範囲でならば変態は可能。この仕組みは彼女も未知数の分野だったらしく、酷く恥ずかしがった。いや、恥じた。

 主の命令に即座に応えられなかった自分の不甲斐なさに。

 

(仕様の枠組みという概念でもあるのか。であれば違う美人さんにな~れって命令は無理そうだな)

 

 あまりコロコロ顔を変えられると元々の顔に戻せなくなる恐れがある。それは先ほど自分が危惧した事だ。

 少なくとも人間から粘体(スライム)。その逆が出来るだけで良しとしておく。

 安心したのも束の間、いつまでも裸でいさせているわけにはいかないことに気づいたが――無視した。

 折角の美人の裸だ。疲れた心には十二分(じゅうにぶん)に癒しとなる。

 

 労働者にお慈悲を。

 

 自分も粘体(スライム)だし、如何わしいことはおそらく無理そうだと予想している。精々、粘体(スライム)同士の融合か――

 それはそれで如何わしいというよりは危険な匂いがする。

 融合して取り返しのつかない新しいクリーチャーの誕生はノーサンキュー。そう誓うヘロヘロであった。

 それに言い訳をさせてもらうと、とヘロヘロは()()()()()()()に語り掛けるように独白する。

 

(そもそも粘体(スライム)に服を着せる事自体ナンセンスでしょ。ソリュシャンがマッパ(全裸)(たたず)んでいても種族的には何にもおかしなことないし。形だけ人間の女性に似せているだけだもん)

 

 そんな事とは裏腹に嫌に精緻に描かれた肉体美に驚かなかったわけではない。

 ゲーム世界での感じ方と明らかに違うはずだが、それを言葉で説明することが困難だった。

 適切な言葉が見つからないが彼女は本当にモンスターなのか、と粘体(スライム)形態を確認したにもかかわらず信じられなかった。

 

          

 

 椅子に座る全裸美女と怪しい邪悪な粘体(スライム)が密室に居る。

 背後に回れば奇麗な割れ目の尻が見えるはずだ。

 感覚的に人間に形態変化できるとしても正確無比すぎはしないか、と誰かに抗議したい気持ちが湧く。

 触れれば肉体的な感触が味わえそうだ。

 

(ハラスメント行為の確認もしておくか。嫌がれば諦めるし、この世界の秘密を解き明かすヒントを今の内から色々と手に入れておくのは悪いことではない筈だ)

 

 念の為にソリュシャンに大人しく座っているように命じておく。

 そもそも彼女は何の為にヘロヘロに来たのか、と忘れかけていた。

 それらを一先ず無視しつつ触腕を伸ばす。狙うは乳首――

 別に顔でも腹でも良いのだが、触れられるのであれば一番危険度の高い部分がはきりとした結果が得られそうだと判断した。

 これは如何わしいことではなくゲームシステムの確認だ。

 ここがもし()()ゲーム世界であるのであれば何らかの反応がある筈なので。

 ヘロヘロの本体である『古く漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』は溶解能力に()けており、プレイヤーの装備品を腐食させたりする嫌らしいモンスターである。しかも高レベルエネミーでもある。

 もちろん意図して(おこな)わなければ溶解能力は発揮しない。事実、先ほどから彼が乗っている――座っているつもりだが――椅子は無事だ。そして、それはソリュシャンも同様であった。

 自分の意志によってどんどん伸びる触腕。感覚もあり、不思議な気分になった。

 肌という概念があるわけではない。しかし、感覚的には人間のままなのに人間離れした行動が出来るのは何故なのか。

 それらは日を改めて考えることとし、今は目の前の果実(裸の美女)に集中する。

 相手も粘体(スライム)だ。モンスターに触るような事なのだが形だけ違うだけでこうも緊張するのはどうしてだろうか、と。

 そうこうしている内に腕に差し掛かった。

 ハラスメント行為が無ければ一般プレイヤーの殆どは他人との触れ合いは殆どないと言っていい。

 せいぜい握手が限界か。

 思い起こせばNPCの配置やモンスターとの戦闘以外で意識的に触れることなどなかったな、と述懐する。

 粘体(スライム)状の腕が彼女の腕に広がるものの肌を焼くような現象は起きないし、逆に溶かされる事もなかった。あと、彼女が小さく呻く事も――

 感覚的には人間の肌と遜色ない、ような気がする。

 身体がモンスターだからかは分からないが正確な情報が分かりにくい。

 それもそのはず、経験が無いから。――皆無とは言わないが例える対象が出てこない。

 産毛(うぶげ)があるとか、血液が脈打っているとか言えばいいのか。

 見た目には色白の肌だ。うっすらと血管が浮いて見えたりは――粘体(スライム)に赤い血が流れているわけがない。

 

「……柔らかい」

 

 粘体(スライム)だから当たり前だ。

 次に本命にいきなり移動する。

 大きな胸に触れた後は勢いに任せる。

 

(……おお)

 

 と、声に出しそうな気持を懸命に押し込み、黒い粘体(スライム)状の粘液とも言える幕が大きな胸を一つ覆っていく。

 その間も感触が随時伝わっている。

 嫌に弾力のある巨乳だ、と驚きに包まれ感心した。

 問題の乳首もしっかりと感じ取れた。

 

(……おいおい運営。ここまで触っているのに何の警告も出さないのかよ)

 

 ヘロヘロの記憶では特定の行動を取ると即座に警告が来るシステムになっていた筈だ。

 全てのプレイヤーを二十四時間人力で監視しているわけではない。そこは自動システムの力を借りなければ不可能だ。

 そして、そのシステムの効果が未だ現れない。

 後々時間差で来るのかもしれないが、その間中(あいだじゅう)触り続けられるという事だ。

 胸が終われば股間部分も行けるという意味である。

 もちろんただ如何わしい目的で(おこな)うわけではない。何度もヘロヘロは独白する。

 未知の現象に対する抵抗である、と。

 

(……今頃モモンガさんも適当な女性NPCの身体を触っている頃かな。これが一番手っ取り早い確認方法だし、仲間が居なければまずやっていてもおかしくない)

 

 現に自分が触っているのだから。

 強引な暴論であることは重々承知している。

 

          

 

 数分間は胸を揉み、体毛を自在に消せるのかの確認の後でじっくりとソリュシャンの全身を言葉通り舐めるように調べつくしたのが三時間後――あくまで体感時間的な表現だ。

 思いのほか時間をかけたのは女性の神秘を拝むからだ。

 ただ、相手は粘体(スライム)だ。これが正しい女性の在り方だと信じるのは早計である。

 それと一緒に転移したNPCは全て異形種だ。人間の女性は一人も居ない事を忘れてはいけない。

 

(調べたといっても体内に潜り込んだわけじゃないし、揉むのに時間をかけすぎただけだ)

 

 粘体(スライム)は設定的には性別は無いがヘロヘロは男性だ。

 異性に興味を持つ年頃でもある。

 それにしては自分の創造物をいじり過ぎたことはちょっとばかり後悔している。

 丹念に触っていたがソリュシャンは特に嫌がる素振りを見せていない。しかし、内心ではどう思っているのか。

 というより自我が備わったNPCに心の様な概念も芽生えたのか。

 

(人工知能の急激な発達によって自我に見えなくもない振る舞いで実は生命体ではない、という事もあり得る。何事も短絡的に決めつけるのは良くないな)

 

 先ほどまでの痴態とは裏腹に冷静な思考ができる事に少し驚くヘロヘロ。

 適時、意識が切り替わるような不思議な感覚だった。

 

(肛門に性器もある粘体(スライム)か……。つまり俺も同じようなことを真剣に取り組めば出来るという……。でも、結局粘体(スライム)だから……無意味な……)

 

 感触こそ人間的に感じられるだけで機能の殆どは粘体(スライム)のまま。

 水分を摂取した後に尿意はきっと来ない。それと同時に排泄も無さそうだ。

 全てを溶解し、身体に吸収するのが粘体(スライム)というモンスターだから。

 

(細かい器官があるのは謎だけど……。触ったところで人間的に感じるわけでは……。自分の感覚と同じだという前提だと……、全くの皆無という事は無かった)

 

 胸を強く絞るように掴んでも母乳は出ない。出たとしても溶解液だ。

 自分と同じように呼吸を必要としないので喉を塞いでも平然としている。

 先ほどから裸だが体内からアイテムを取り出せるところはゲームのまま。

 尻から短剣を出してほしくなかったが、取り出しについては知らんぷりを決め込む。わざわざ命令しても不毛なだけだ。

 しかし、形の良い女性器は誰がデザインしたのか――

 そこだけ観察に一時間はかけた気がする。

 

          

 

 見るべきものと触るべきところは済んだので装備の着用を許す。すると彼女は数秒で戦闘形態になった。

 身体の内側から武具がせり出し、そのまま着用する様は便利な身体だな、と。

 元々の目的は不届きなNPCが居るとのことだった。それは忘れていない。

 

「俺がお前の身体を調査したことに対して何か思うことはあるかい? 遠慮は無用だよ」

 

 これが粘体(スライム)以外であれば違った反応になる筈だが、ソリュシャンの正体を知るヘロヘロとしては特に思うことは無いと予想する。

 尻だの性器だのはあくまで人間種への擬態による付属品のようなもの。形こそあれ、感覚器官は別物だ。

 と、暴論を展開する変態粘体(スライム)

 

「……ヘロヘロ様がご納得していただけたのであれば……」

「単なる興味でも、か?」

 

 相手がプレイヤーではないからか、強気な発言が出来る事に自分で驚くヘロヘロ。

 性別的には恥ずかしさは粘体(スライム)でも感じているようだが、どこかで冷めた自分が居るのかもしれない。

 相手の言葉に恐れるよりも冷静な自分が(まさ)っている。

 それにもまして裸体を(まさぐ)られたことに関してソリュシャンは微動だにしない、というか恥じらいなどの表情の変化が認められない。――鉄面皮ということはあり得ない。変化がつけられることは確認しているので。

 無理して質問攻めにしても仕方が無いので改めてソリュシャンの意見を精査する。先ほどまでの事は棚上げにして――

 不届きなNPCとは何者か――

 

「私も詳しくは存じ上げないのですが……。緑色の女性型動像(ゴーレム)の姿をしている者です」

 

 と言われて浮かぶのは一人だけ。

 特徴的な外見であればヘロヘロとて簡単に忘れたりはしない。該当するNPCは一人だけだから。

 

 ルベド。

 

 NPC達を統括するNPC『アルベド』の妹という設定を持つキャラクターである。

 製作者は『タブラ・スマラグディナ』というナザリック地下大墳墓の様々なギミックなどを製作する錬金術師(アルケミスト)だ。

 製作と戦闘に長けたギルドメンバーでもある。

 そのルベドは配置だけする都合で連れてきただけで言動に関しては失念していた。

 設定では女性だ。見た目もそれに(ちな)んだ作りになっている。しかし、種族的には無意味なものだ。

 アルベドとは違いルベドは戦闘に特化したNPCで、特徴としてはギルドメンバーすらの敵に回す凶暴性を秘めている。

 丈夫なNPCなので戦闘狂――ました戦闘民族たるメンバーの相手として利用されていた。

 

(相性的にガチでたっちさんを倒せるNPCでもある。……だからといって全員に対して脅威というわけじゃあないんだけど……)

「……ルベドの事か。……態度の事なら仕方がない。そういう風に設定しているって聞いているから。多少生意気な口を利く程度で……」

「よろしいのですか?」

 

 喋っている途中で割り込むソリュシャン。

 ヘロヘロはそんな行動パターンを組んだ覚えが無いので驚いた。

 思考ルーチン(手続き)が仕様と違う、と。

 

(……今のは自発的な発言か? いやに柔軟に対応してきたな)

あれ(ルベド)はああいうのがデフォルトだ。襲ってくるようであれば問題だけど……。何もなければ放っておけばいい」

(触らぬルベドに祟りなし)

 

 だからこそ第八階層に封印していたのだから、とNPCに言うのもおかしいかなと思って止めた。

 持ってきただけで動くことは想定していなかった。それは後々自分でも調査しなければならない。

 凶暴な一面があるがギルドメンバーに扱えない道理はない。彼女もまたナザリックの一員だから。

 

          

 

 今のところ大人しいルベドについての問題を保留にさせて、ソリュシャンには自室に帰るように(うなが)す。

 裸体を堪能し過ぎた気がしたので。

 最初の一日は混乱のままでいい。次の日から少しずつ色々と調査範囲を広げることにする。という事で手打ちにして、精神的に休みたいとヘロヘロは思った。

 ソリュシャンが去り、一人だけになった空間でヘロヘロは早速ベッドにダイブ。

 肉体がモンスターのせいか、人間時代の疲れ自体はあまり感じない。だが、精神的には疲れを感じている、気がする。

 気持ちの問題ばかりはどうしようもないようだ。

 

(そういえば身体が粘体(スライム)だから睡眠とか食事とかどうなるんだ?)

 

 今のところ空腹は感じない。眠気も――

 肉体は完全に粘体(スライム)として機能している。

 ステータスも見えないが存在し、様々な能力を今も維持している可能性がある。

 NPCの中に魔法を扱える者が居れば使える事になる。――予想だが確定事項の自信があった。

 

「……一日で色んな事を考えすぎちゃった……」

 

 頭脳労働はそれほど得意ではない。肉体労働も同様に。

 視覚情報を放棄し、瞼を閉じようとした。――粘体(スライム)なのでそのような器官は無い。

 あるのは疑似的に空いた空洞のみ。これを閉じれば目を瞑った事と同じになるかなと思いつつ挑戦する。

 それと全身から力を抜く。

 溶解についてはよく分からないが、スキルの発動を抑制する、という事を強く念じておいた。

 自分用のコンソールが無いだけで一つの行動を起こすにも色々と手間だと呆れてしまった。

 

(そういやNPCって言ってたな。……そういう概念を理解して言ったのか? 自分が何者か理解しているNPCか……)

 

 本当かどうかはこの際置いておいて、自我が芽生えたNPCであれば自分は一個の生命体であると認識しそうなものだ。それともNPCという生命体だと思い込んでいるとか。

 こうして思考しているヘロヘロ自身も実は何者かに作られたNPCであるという()()は勘弁してほしい、と。

 タブラ・スマラグディナのような設定魔にかかれば不可能ではない。それを踏まえると元々のギルドメンバー全員がNPCということになってしまう。

 自分は与えられた『フレーバーテキスト』に従って思考し、ここに至っている。

 

(……だが、それを思考している自分が実際に居るわけだ。この柔軟性も果たして一人の人間に設定しきれるのか? そこまで高度な人工知能を持たされていのであれば……)

 

 と思いつつ否定の事柄が追いつく。

 あまり自覚したくない事だが、と嘆息しつつ――

 

 単純な事ではあるが自身がクリーチャーであることだ。

 

 人間以外の自我を持つモンスター。その枠組みに居る限り自身を『元は人間』だと証明できない。そして、自身が持つ記憶は第三者に与えられたものではない、と証明することも出来ない。

 

(しかしだ……。モンスターに現代社会の記憶を持たせることに意味があるのか? NPCならば個人コンソールを持つことも不可能ではないけれど……)

 

 いや、それは正確ではないな、と否定する。

 厳密には個人コンソールではなく簡易システムだ。

 NPC独自の特殊技術(スキル)ともいえる。

 

(その辺りの思索は時間がかかりそうだ。それに……)

 

 余計な事ばかり考えているというのに全く眠気が襲ってこない。それどころかいやに頭が冴えている気がする。

 NPC単独で複雑な工程をこなせるのか、と言われれば――出来なくはないがとても大変である。

 自前でプログラムを組むことはヘロヘロに限った話しではない。それらを踏まえたとしても余計な知識が多すぎる。特に先ほどのソリュシャンに対して(おこな)った確認作業とか。

 完全に無駄な行動ではないか。

 ゲームのシステムとしては完全にアウトな事柄だ。だから、出来るはずがない。

 断言できるのは先に述べたようにユグドラシルというゲームは日本のメーカーが製作したものだ。

 規制に(うるさ)い運営が十八禁に抵触する行動を実は許している、とは到底考えられない。

 

(……しかも今もって警告文が来ない……。おっぱい揉みまくったのに)

 

 触れることに対してNPCが自動的に嫌がることは無く、プレイヤーの行動の全ては運営がいくらか制御した結果によって成り立っている。

 変更できない部分があるからこそ違反行為を厳しく取り締まれる。

 

          

 

 考えることが多くなってきたので一旦打ち切りにし、ベッドの上で(くつろ)ぐ事にした。

 天井に視点を移動させたり、無意味に触腕の動作確認をしたり――

 分裂が出来ない事を確認したり。

 

(……どうやらモンスターとしての性質が生かされているようだ)

 

 個々の特殊技術(スキル)も意識的に制御できるようだし、と。

 邪悪な粘体(スライム)の特性を思い出しつつヘロヘロはやくたいもない時間を過ごした。

 長く遊んだユグドラシルやギルドメンバーの事も気にはなるけれど、一番の問題は現実社会への復帰が出来ない事だ。

 多少の焦りはあるがもはやどうにもできない。そんな気がしているから諦めの気持ちがあった。

 ――慌てたくてもどうすることもできない。連絡も絶たれている。であれば受け入れるしかない。それが望むと望まざるとに(かか)わらず――

 そうして考えることをやめてどれほどの時間が経ったのか――時計機能も消えているので全く分からないけれど外はもう夜を迎えたのか、と窓に視点を移動させる。

 いかなる技術によるものか、外からは中の様子は伺い知れない。しかし、中から外を見ることは出来る。――そもそも大きさが自在に変形する時点で本当は脅威である。

 

(ゲームの中だけのトンデモ技術が生かされている時点で……。まあ、そういうこともあるか、とか納得できたらいいのに……)

 

 ゲームのキャラクターが自在に動けるのはゲームの中だけだ。本来ならばそれで話しが丸く収まる。

 異世界というのはその常識を旅立日壊してくる。だが、それらは結局、人の想像によって生み出された架空の世界の出来事に過ぎない。

 もし、その架空が現実として存在しえたならば――いや、それが果たしてありえるのか――疑問が尽きない。

 そしてまた思索をやめ、空白の時が場を満たす。

 考えては止めてを何度繰り返したことか。

 窓から見える景色が黒ずんできた。

 

(……夜。世界は自転と公転する……。平面世界……であれば地の底は無限か? そんなことは無いはずだ……)

 

 空がある時点で荒唐無稽だ。そんなことをぼんやりと思った。

 明日から仕事に戻る筈だったのに一日が終わろうとしている。という事は解雇か捜索願いか――後者はあまり期待していない。

 出社時間を守らなかった人間に連絡を寄こすようであれば何らかのメッセージが届く。それが無いのは送る価値無しと思われたか、そもそも連絡が出来ない状態か、だ。

 ここは後者であり、前者も多少は含まれそうだと判断する。

 

(現実の家が気になるけれど……。いつまでも居るわけには……。仮に居てもいい場合はどうしようか)

 

 それでも人間の生活を即座に捨てられるとは思えない。

 ずっと粘体(スライム)として生きていたくもないし、と。

 

(……おっ、そういえばおっぱいで忘れていたけど……。あれほどの如何(いかが)わしい行為が出来るという事は『同士打ち(フレンドリー・ファイア)』の禁止が解除されているのか?)

 

 解除されている場合は味方でも攻撃を与えることができる。

 範囲魔法の巻き添えを防ぐために設定されていた項目だが、今はコンソールが開けないので再設定も出来ない。

 ちょっとした事でひ弱な一般メイド達を死なせてしまう事もありえる。

 蘇生アイテムは豊富にあるわけではないし、方法も簡単ではない。何より物的資源が圧倒的に不足している。

 ナザリックの『宝物殿』を丸ごと持ってきたわけではない。プレイヤーが持てる程度しか今は無い。

 少しずつ特殊技術(スキル)で製作するとしても資源確保はきっと必要だ。

 

(……何にしても明日から行動を始めよう。今日は頭脳労働で疲れた)

 

 一番の問題は相談できる相手が皆無ということだ。

 ゲームの世界に閉じ込められたとして、何にもヒントが無いのは辛い。

 出口のない閉鎖空間でない事を強く祈る。

 

          

 

 外が暗いのは確定事項だが拠点である『グリーンシークレットハウス』の中はとても明るい。

 電気という科学技術が無いので魔法によるものだが、違う世界でもちゃんと効果を発揮しているところは驚きである。

 ――だからこそ、ここがまだゲームの世界ではないかと危惧しているわけだが――

 それとは別に音楽(BGM)が鳴っていないのでとても静かだ。時折外から動物の鳴き声でも聞こえないかと思っていたが防音設備が優秀なのか隣の物音も聞こえない。――案外居ないというオチもありえる。

 

「………」

(………)

 

 無心になって佇んでいる時、急に扉を蹴破って『ヘロヘロ様! 敵襲です!』か、建物を破壊した後で『ここに邪悪な粘体(スライム)の気配がすると思えば貴様か!』と謎の新キャラが威張り散らすシチュエーションが起きやすいのだが――

 待てども待てども都合のいいフラグが立たない。いや、立つというかへし折りに来ない。

 表現として正しいかは無視するとして、何も起きないのは異世界らしくない。かといって自分で騒動を起こしては折角出来た休暇が台無しだ。

 異常事態を熱望しては本末転倒というもの。しかし、眠れないのは精神衛生上よくないと思います、とヘロヘロは独白する。

 

(……時間の潰し方も考えておかなければ……。始終おっぱいを揉んでばかりでは飽きるし……)

 

 女性の裸はきっと一過性だ。それに今は粘体(スライム)だ。

 人間の姿であれば一番活動的になる股間部分が欠如している。――アンデッドであるモモンガも同様に失望中だと予想する。

 いや、より正確に言えば異形種の殆どが人間的な反応が出来ない。一部は除外するとしても――

 

(興味はあるのだから興奮してもおかしくないのに……)

 

 元々粘体(スライム)というモンスターに人間的な反応は備わっていない。それをプレイヤーキャラクターとして無理矢理に最適化しているのだから無理が生じても仕方がない、のかもしれない。

 そういった複雑な事情はきっと考えれば考えるほど不毛であったり、新しい発見があるものだ。

 ヘロヘロであればどちらを選ぶか――

 時と場合によって変動する、が今のところの最適解。今はそういう事にしておく。

 そうして外が明るくなるころまでに無心と混乱を繰り返した。

 

          

 

 時間経過は分からないが朝だという事にして拠点から出ることにする。すると睡眠を必要としないアンデッドモンスターとソリュシャンが現れた。

 事前に通路を交代制で見張っていたNPCが連絡でもしたのか、タイミングが良いなと苦笑する。

 

「ヘロヘロ様。おはようございます」

「!? ……あー、うん。おはよう」

 

 眠っていたわけではないのに挨拶されると気恥ずかしいものだ。

 つい条件反射的に挨拶を返した。この行為もどことなく誰かが設定した者であれば自分はきっと抗えない。

 そんな事を頭の片隅に置きつつ外に出ることを伝える。――別に義務ではないけれど。

 

「あー、そうそう。アイテム制作の特殊技術(スキル)持ちは居るかい?」

「我々がそうであります」

 

 と、答えたのは第一〇階層にある『巨大図書室(アッシュールバニパル)』で書物の管理や魔法のスクロール(巻物)を製作しているアンデッドモンスター達五名だった。

 個々の名前こそ憶えていないが死の大魔法使い(エルダーリッチ)が三名に死の支配者(オーバーロード)が二名。

 前者は腐りかけの死体の様な外観だが、後者は完全な白骨である。

 

「手持ちのアイテムで『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)*1』か『シュレッダー*2』を作れないか検討してくれ」

「畏まりました」

 

 恭しく頭を下げるアンデッドモンスター達。

 命令系統の違いによって言うことを聞かない場合があるかと危惧したが、素直な反応に驚きつつソリュシャンに顔を向ける。

 身体が粘体(スライム)なのだから『向く』とか意味の無い行為だ。しかし、元々中身は人間のプレイヤーだ。その感覚を無くすことは難しい。それと人間性を無理に無くす必要もないのでは、と思っている。

 NPCの前だからモンスターらしく振舞おうと少しばかり気にした。何故なら無理を通せば取り返しがつかなくなる予感がしたからだ。

 

「悪いが今後の為にお前に渡したアイテムも利用させてもらうよ」

「仰せのままに」

 

 胸に手を当てて一礼する様を見ていると自分が王様になったような気分にさせられる。だが、現在位置は狭い拠点だ。

 広い空間は残念ながらない。あるのは無数の部屋と通路のみ。

 このグリーンシークレットハウスは冒険に必要な宿泊施設であって、悪事を企む拠点として使うには手狭だ。

 

「……で、それと問題児(ルベド)だが……。居ないようだな」

 

 呼んできましょうか、と言ってきたので拒否しておく。

 厄介な人間はそのまま放置するに限る。

 室内に問題が無ければ次は一般メイド達の扱いを考えなければならない。

 一〇人近く居るわけだが、役立たずがそれだけ居るという意味にもとれる。あと、足手まといも追加する。

 

          

 

 食事担当のNPCが居ない。階層守護者はいわずもがな――

 全NPCを改めて勢揃いさせるか、それとも都合の悪いことに目を瞑るか――

 一人旅ではない未知の世界への探訪には(いささ)か邪魔者が多過ぎた。

 

(しかも俺が主だと確定している。命令待ちばかり……。こっちもいっぱいいっぱいなんだから勘弁してください)

 

 内なる心は悲鳴を上げる。

 それと同じシチュエーションに陥っているであろう――そう決めつけているが無視する――モモンガの事も気になった。

 ナザリックの一部のNPCがこちらに居るわけだから向こうも今頃欠損した人員について頭を痛めているのかもしれない。あるいは早々に諦めているか、だ。

 双方向の連絡手段が無い今、どうしようもない。

 

(……接近戦は俺くらいか……。ルベドが居るからとて魔法と壁役も欲しくなる。……戦う前提として、だが……)

 

 現時点で自分達の敵は同じゲーム内に存在していたプレイヤーだ。しかし、そんな彼らとて共闘を申し付ければ心強い味方となる。

 実際、アインズ・ウール・ゴウンは全てと敵対していたわけではない。ただ敵が多かっただけだ。

 

(プレイヤーが俺一人だと心許無いな……。いや、実際一人も同然という前提で考えければ……)

 

 ゲームの仕様がある程度適応するなら見えない敵たるプレイヤーも様々な能力持ちの筈だ。

 単なる一般人に落ち込んでいるとは考えにくい。

 転移であれば脅威だが転生であればどうだろうか。

 

(現地の生物に転生しているプレイヤーが居たとしても、それは既に新しい概念が備わった未知の存在だ。そこまでは想定できないな)

 

 自分はあくまでユグドラシルというゲームのプレイヤーだ。その知識しか生かせない、今は――

 問題があるとすれば現地の生物――人間などが居るかは分からないけれど――が脅威かどうかだ。

 それには――やはり地道に調査するしかない。

 

「調査班を選ぼうか。モンスターの召喚が出来る人」

 

 と、呼びかけると先ほどのアンデッドモンスター達が返答してきた。

 魔法に長けたモンスターだから出来る事に疑いは無い。しかし、どの系統を扱えるのかは知らない。

 魔法と言っても魔力系、信仰系、精神系、その他の四系統があり、得手不得手がある。

 それと全ての魔法を習得することは不可能である。

 NPC以外の魔法を扱うモンスターは仕様により使える魔法数がかなり少ない。NPCだからといって無尽蔵に習得させられるわけではない。

 

「……手始めに拠点回りの警備。それと外敵の存在を警戒し、不可視化出来るシモベ(召喚モンスター)を使い、地図の作成をして、ください」

 

 横柄な喋り方をしようかと思ったがやめた。無理をするだけ疲れを覚えそうだったので。

 言葉についてはおいおい決めていくことにし、NPC達に命令を与えていく。

 メイドは出来るだけ大人しくするように言いつけた。そうしないと空腹によって暴れだすかもしれない。

 一時(いっとき)の我慢を強いる事に少なからず心を痛めるヘロヘロ。

 

          

 

 一先ずの命令を終えた後で拠点から出ると群青とも紺色ともつかない空が見えた。

 数時間後には明るくなると思われるが厚い雲のない一日を表す空を何の気兼ねもなく眺めたいものだと思い嘆息する。

 外気温の事に気づき、息を出そうとした。しかし、口の無い粘体(スライム)なのでそれっぽい穴しか出来ない。

 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)は多少の寒さでも動じないようで、寒さは感じない。おそらく暑さも同様だろうと予想する。

 だからといって溶岩に入っても平気かと言えば無理だ。それには専用のアイテムの存在が必要不可欠となる。

 あらゆる属性に対して完全無効――または耐性を持つことは出来ない。

 

 無敵のモンスターは作り出せない。

 

 ゲームという枠組みの中で限られた条件で強者に上ることもゲーマーの腕にかかっている。

 あまりにも違法じみたキャラクターメイキングをすれば運営から警告の後、アカウントの抹消を受ける。

 どういう方法を取れば無敵に近いキャラメイクが出来るのか、ヘロヘロは知らない。

 

(呪い効果によって世界級(ワールド)エネミー化しても……。……でも、倒された時、自動的に消滅したっけ、そういえば)

 

 かつて化け物が存在していたが、多くのプレイヤーによって討伐された。

 ギルド長であるモモンガもプレイヤーとしての技量は中位程度。ヘロヘロも似たようなものだ。

 上位陣はそれぞれ特殊な技を持ち、武具にも恵まれている。

 そこまでやりこんで来たのか、と言われれば否だ。

 

(例え強者だとしても絶対無敵ではない。それはゲームとしての補正があるからだ。……もし、そんな条件(補正)がこの世界に備わっていないのであれば……、とても恐ろしいことだ)

 

 まだ見ぬ敵に対し、備えは必要だ。油断すればリスポーンキル*3が待っている。

 油断は禁物――

 その一言が今はとても重く感じられる。

 とりあえず、不穏な空気に囚われつつも朝靄が(けぶ)る様にしばし思考を放棄することにした。

 時間は有用である。

 勤労の疲れを癒す戦いを始めることにした。

 

*1
装備者に『睡眠不要』、『食事不要』の恩恵を与える。

*2
正式名称は『エクスチェンジ・ボックス』という。あらゆる素材をユグドラシル金貨として査定し、変換する。ゲーム時は投入後にコンソールにて操作する。特定の職業(クラス)持ちが扱う場合はボーナスが加算される。

*3
敵の復活拠点を押さえた状態で、相手を殺し、復活したらまた殺す、を繰り返す行為。報復を受けた相手は徹底的に心を折られ、大抵ゲームをやめさせられる。

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