社畜人生にお別れを   作:ブルー・プラネット

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規制解除上等

 それから三年の月日が経過した――と言うには時間を飛ばし過ぎる。これは単なる気分的な問題で実際は数分程度の経過だ。

 黒い粘体(スライム)の身体になっているヘロヘロは都合の悪い事柄を『時間飛ばし』する創作物へ呪詛を飛ばす。

 物事は常にリアルタイムに進んでいく。しかし、平坦な事柄もまた無視できない。

 

(……フラグが立つという事は『辻褄(つじつま)合わせ』が起きる可能性がある。過去の歴史が証明してきたように自分にも起きる確率はとても高い)

 

 地面を這いずるように移動しながらヘロヘロは今後の予定を思索する。時には脱線するが、それは単に良いアイデアが浮かばないだけだ。

 召喚物たるモンスターに現場調査を依頼した以上、自分が勝手に遠くまで移動するのは気が引ける。

 それと一般メイド達の様子も気になる。

 必要なアイテムが無い時に限って良くない事が起きやすい。それは長い歴史が積み上げた経験則によるものだ。そして、それは決して莫迦(ばか)にできない。

 

(警戒態勢を敷いているとはいえ……、まだ甘いか。もう少し警戒レベルを上げてみようかな。練習として。……でも、NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)に頼るのはみっともないというか……、恥ずかしいものだ)

 

 ギルドメンバーが見たら笑われそうだ。

 特に自分が製作したNPCに偉そうに命令する姿はお世辞にも自慢できない。

 友達が居ない人間だと思われてしまう。――実際、この世界に友達が居ないから別に構わないのだけれど――

 一人だけの転移により、やむを得ない事情があるとはいえ――

 いや、それでも彼らに命令しなければ難局は乗り越えられない。少なくとも孤独のままでは精神が持たないのは事実だ。

 

          

 

 必要なアイテムが完成する目途は不明なので、その間に出来る事を考えてみる。とはいっても何度も同じことを考えているのだから答えは出ている。

 自分で動け、だ。

 まず、現在位置の確認から。

 ここは小高い山の中腹――木々が生い茂り、ところどころに穴が開いている。その穴は大人(だい)の人間が通れそうな大きさがある。それと謎の扉だ。

 大きさはやはり大きいのだが明らかに人工物で相当の年月が経っている為に錆びついていた。

 ヘロヘロの大きさは――平常時は――幼児よりも小さく、身体の大きさは意識すれば自在に変形できる。体積については不明だが極端に巨大化することは出来ない。

 一〇〇メートル級の(ドラゴン)になるにはかなり体表を薄くする必要がある。

 実際に挑戦してみたが簡単には変態することが出来なかった。

 体内の貯蔵については確認するのが怖かったので、一先(ひとま)ず保留にしている。

 

「……ヘロヘロ様。現場周辺の地図の作成が終了しました」

 

 と、足元から応答があったのですぐに身体を盛り上げて影の領域を広げる。

 ヘロヘロの陰に潜むモンスター『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』だ。

 レベルはそれほど高くはなく、戦闘よりは調査に向いたシモベだ。彼らはNPCではなく召喚魔法によって呼び出されたモンスターだ。

 そのモンスターがヘロヘロに敬称をつけて呼ぶのが不思議だった。

 彼らを召喚したのはアンデッドモンスターのNPCである。その彼らの上司だから敬っているのか、それともそういう仕様なのか。

 『ユグドラシル』のモンスターは鳴き声の様なもの以外、喋ることは出来ないし、しないものだ。

 転移後のNPC達と同じように彼らもまた人語を介する能力が付与されたのかもしれない、と思うのには無理がある。

 単なる召喚物が普通に喋るわけねーだろ、と憤慨したものの実際に喋っているのでどういうしようもない。

 

「そうか、ご苦労様」

 

 足元からスクロール(巻物)だけがニュッと出てきた。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)というモンスターは普段は影そのものの二次元的な状態になっている。だが、形が無いわけではない。戦闘時は翼のある小鬼(ゴブリン)のような姿に変わる。ただし、全身真っ黒だ。

 非実体の悪魔系モンスターで、単なる物理攻撃ではダメージは与えられない。攻略するには魔法や魔法の武器が必須だ。

 

          

 

 モンスターから情報(スクロール)を受け取り、地面にスクロールを広げた。

 地域全体の地図ではなく、一定距離内の俯瞰風景だ。縮尺の関係でいきなり完成品を持ってこられても把握するのに時間がかかりすぎると判断したからだ。

 何事も少しずつ解明していく。

 

「……真上からか……」

(頼んだ自分が悪いのか、理解できない自分が悪いのか。どうやって正確に地図を描いたのか、すっごい気になる)

 

 便利な機械があるわけではない。マップ表示機能とかないのに細かな線画で描かれた地図が手作業で作られたとは思えない見事さだった。

 ほぼ真上のようだが空でも飛んだのか、と疑問に思うとすぐに脳裏から追い出した。

 余計な思考で何をしようとしているのか分からなくなるのを避けるためだ。

 現場の山の周りに人工的な集落の存在は無く、川や獣道がいくつかあった。それと参道のような道も――

 人工的な扉があるのだから道があっても不思議は無い。

 少なくとも知的生命体は居るはずだ。

 今の段階ではいきなり街に向かったりしない。現地生物の姿を確認してからだ。

 

(ある程度周りの地図が出来るまでは……。その前に生き物の存在の確認をしなければ……)

 

 出来れば食料に出来そうな動物が望ましい、と足元のシモベに命令する。

 彼らが太刀打ちできないようであれば移動も検討する、と伝えて――

 いよいよ活動を始めたもののヘロヘロ自身の冒険の目的は未だに無い。休暇と思うには急すぎた。

 メイドの面倒を見る、でもいいのかもしれない。しかし、やはり何らかの目的が無いと動く気にならない。

 (くだん)のアイテム『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』を作るには一定金額と前提条件たる特殊技術(スキル)『魔法の指輪作成』と信仰系第三位階の専用魔法が必要だ。

 転移により手持ちの資金は心許ないと思っていたので適当なアイテムを処分するか、いざとなれば非合法もやむなしと覚悟を決めている。

 ユグドラシルであれば資金稼ぎに支障はない。問題はこの世界にユグドラシル金貨が存在するという保証が無いこと。まして、ゲームの世界ではないと予想しているので、頭の痛い問題と化している。

 しかし、調達方法にあてが無いわけではない。その為の『シュレッダー』だ。

 ――もちろん、そのシュレッダーを作るにも金がかかるわけだが――

 新規に用意することの大変さが染みわたる。

 

(転移を想定して万全の用意など誰もしないし、出来るわけがない)

 

 出来てたらもっと楽に物事を進めている。

 当たり前のことを内心で愚痴りながら時間の経過を測る。

 時計が無くも地面に円を描いて、その中心に枯れ木の枝などを刺し、その枝から伸びた陰の長さで時刻を予想する。

 とはいえ、まだ初日だ。――正確には二日目だが――

 最初の連絡から一時間経ったのか、十分(じゅっぷん)経ったのか把握が難しいが、結構な時が過ぎたのは事実だ。

 影が動いている内は世界も動いている証明だ。

 

          

 

 ヘロヘロの貯金から次々とアイテムが製作されることに一般メイド達は涙を流しながら感謝の言葉を送ってきた。それが三日後の事である。

 情報集めだけで無為に時間が過ぎて勿体ないな、と思ったものだが――

 全員(一般メイド)にアイテムが行き渡った事で安堵するヘロヘロ。――念の為にシモベに狩らせておいた四足動物――牛なのか鹿なのか分からない未知の動物――を解体して焼いている。毒性の有無は確認した。

 メイド達は大食いなので一頭では物足りない。かといって乱獲すれば目立つ。

 その辺りを説明すればメイド達も素直に頷いて聞いてくれた。

 

「……貴重な食糧ですものね」

「そういうわけじゃないわよ」

「……もし、アイテムが無ければ私達は飢えによって凶暴化するか、そのまま餓死してたかもしれないのよ」

 

 などなど会話を始めた。

 自分担当の一般メイドの姿は無かったが、それぞれ好き放題喋っている。

 ギルドメンバー以外喋らなかった空間が全くの異質な世界へと変貌したかのようだ。実際、変貌しているわけだが――

 

(……さっき泣いたよな? 涙腺が機能しているのか……。という事は()()()()も出るのか?)

 

 生物であれば生理現象はつきものだ。だからといって観察させろとは――言うかもしれない。(あるじ)特権とか都合のいい言い訳とかして。

 

「……この煙に反応して何者かが来るかもしれない。それまでは自由行動にする。遠くには行かないと思うけれど……、それぞれ気になったことは自由に発言していいからね」

「はい」

「畏まりました」

 

 総勢一〇人の非力なメイドが姿勢正しく返事をした。

 服装こそ統一されているが身体つきや表情、髪の毛と瞳の色はそれぞれ違っている。

 ギルドメンバーの数に合わせたお世話係という設定を持つ。今は自主的に動き回るので見ているだけでも精神的な癒しが味わえている。

 食事が必要なのは(おも)に一般メイドくらいだ。他は飲食不要の種族で構成されていた。

 ヘロヘロとソリュシャンは物を食べられないわけではないけれど、メイド達に譲ることにしていた。

 問題児であるルベドは動像(ゴーレム)型のNPCなので飲食はしない。出来るかは知らないが、やろうと思えば出来るかもしれない。

 確か何らかの飲食ができるという設定があった筈だ。

 

          

 

 非力な一般メイドは確かに一〇人だ。残り三一人はモモンガと共に居るか、それぞれ単独で別世界に飛ばされているか――確認のしようが無いのが悔やまれる。

 ナザリック地下大墳墓に配置された全NPCが転移に巻き込まれたと想定しても今のヘロヘロに集めるすべも探索するすべも情報も無い。

 そもそも絶対に居る、という確証もないのだ。

 ゲームの運営は終わっている筈だから。

 であれば、今の状況は何なんだ、という話しになる。

 

(……ゲームの延長にしては……。その前に数日経過している。自宅に放置されている俺の身体は衰弱を始めているのでは? 最悪、死んでいる。……それはとても……怖いことのはずだ)

 

 戻るべき肉体が死滅している事が事実ならば――

 だが、不思議と恐怖感が無い。いや、多少はある、という程度だ。

 取り乱すほどではない、という表現が近いかもしない。

 

(……勤労どころか人生からも解放されてしまったか。捜索願いが出されていないならば容赦のない首切りにでもあったか。たんに連絡するすべがないだけで自分の被害妄想に過ぎないことも……)

 

 都合のいい結果ばかり熱望しがちだが、確実なことは自分の意識はこの世界にある。

 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)として――

 思考も今のところ問題ない。またはそう思い込んでいるだけで実際は様々な変化が起きている事もありえるわけだ。

 

「……そろそろ嫌考えは止めて、現実に目を向けようか」

 

 そうしないと精神的に疲弊してしまう。

 嫌なことから目を背けるのは悪いことかもしれないが、進展しない問題をいつまでも引きずるわけにはいかない。

 では、手始めに点呼から――

 

「全NPCをここに集めろ。問題児だろうと俺の命令だ」

 

 傍に控えている戦闘メイド『ソリュシャン・イプシロン』に正式に依頼する。

 偉そうな言葉に対し、彼女は姿勢を整えて一礼し、グリーンシークレットハウスに向かった。

 既に外に居る者達にも整列するように(こと)づけておく。

 

「階層守護者が居ないけれど、居る分だけでこれからやりくりしなければ……」

「……ヘロヘロ様。我々は非力ではございますが、全力でお仕え致します」

 

 金髪碧眼のメイドがそう言うと残りのメイド達は一斉に頭を倒した。

 特別な命令を伝えたわけではないのにしっかりと言葉を理解し、独自に判断する様に改めてヘロヘロは驚いた。

 彼女達に一礼させる命令は『平伏せよ』か『待機せよ』のような簡単なものだけだった。

 もちろん動作も必要だ。だが、今回は言葉だけで事足りた。

 

          

 

 メイド達に感心していると拠点から残りのNPCが現れた。

 全員で二二名。それがヘロヘロの手持ちの手駒である。

 よく見るとNPC以外のモンスターが居た。それらも自主的に喋るようだ。

 

(自我なのか仕様なのか分からないけれど、どれも喋るとは意外だ)

 

 メイドと彼らの違いを分かりやすく言えば拠点ポイントによって作り出されたのがNPC。魔法やアイテムによって招聘した者達を傭兵モンスター――またはシモベと呼ぶ。

 中には課金によって手に入れたり、何らかのイベント報酬で手に入れた者など、様々だ。

 ナザリックに徘徊している骸骨(スケルトン)系のモンスターなどは『自動的に湧き出る(POPする)モンスター』である。

 手持ちの戦力は一般メイドが一〇名。戦闘メイド『プレアデス』が二名。メイド長が一名。制作系アンデッドモンスターが五名。ルベド。それから――

 

嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィ)宇迦之御魂(ウカノミタマ)……。最後のお前は誰だっけ?)

 

 女性陣ばかりを配置していたとはいえハーレムを築くのは気恥ずかしいものだ、と改めて恥じらう黒い粘体(スライム)

 先の影の悪魔(シャドウ・デーモン)はこちらの世界で呼び出したモンスターなので数には入れていないが、数を増やすことはまだ容易いと思えた。

 金貨を投じて招聘(しょうへい)する『傭兵モンスター』や特殊技術(スキル)によって召喚するモンスターも想定すれば――

 さすがに課金は出来ないが、それ専用のモンスターもナザリックには居た。

 

(召喚魔法で呼んだモンスターは一定時間で消えるようだが、ユグドラシルより長い滞在になっているんだよな)

 

 それは当人(召喚物)達が言っていた。

 何故か、彼らは自分達の存在を熟知しており、言葉通りに消滅した。

 厳密には死んだわけではなく、彼らが言うところの別次元に存在する本体に精神が戻るとか小難しい理屈があるらしい。

 傭兵モンスターは死ぬまで現界し続けられるが成長はしない。それは召喚モンスターと同様である()()()

 不確かな事ばかりなので断言できない。

 ゲーム的な謎理論は荒唐無稽であるものだ。それとヘロヘロは全員の細かい設定を把握していないので、彼らをどう扱うかは今後の課題となる。

 

(……しかし、アンバランスな戦力だな。……ああ、思い出した。拷問の悪魔(トーチャー)だ、拷問の悪魔(トーチャー)魔将(イビルロード)と一緒に連れてきたっけ……、適当に)

 

 見た目が奇異だが見慣れたモンスターだ、とヘロヘロは全員の情報を把握して満足する。

 最後のモンスター『拷問の悪魔(トーチャー)』は背の高い整った体格で人間型。性別は確か男性。――単に女性的に見えなかっただけだ。

 頭部は黒い革製の頭巾によって密着した状態で覆われており、一見すると窒息してもおかしくない様相に見える。だが、それが仕様である。

 肌の色は視認のごとき青白さが際立つ。

 腰回りに数々の拷問器具を携えている。

 強さは中程度で、それほど強いモンスターではない。

 

          

 

 ルベドの強さは別格だがレベルは最上位ではない。

 狐のお面を頭に乗せた幼子の少女である宇迦之御魂(ウカノミタマ)(カラス)の頭部を持つが人間型で、妖艶な肉体を持つ女性悪魔『嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィ)』よりもレベルが高い。

 そんな中で誰が一番強いのか、という議論は不毛である。

 それぞれ特色があり、様々なことに役立てられるものだから。

 全員の顔合わせを済ませた後は役割分担だが、出来る事は少ない。それは単に食事不要のモンスターが居るためだ。

 戦力としてNPC達を使う気はヘロヘロには無く、それらは世界の調査結果次第で決めていく事にしていた。

 二人目の戦闘メイド『シズ・デルタ*1』が居るのは彼女達が一列になって歩いていたからで、特に理由は無い。

 彼女(シズ)の制作者は別のギルドメンバー『ガーネット』である。

 

(……ペストーニャも連れてきてしまったし、今頃ナザリックはどういう状態になっているのか……。そもそも消滅せずに残っていたりするのか。それともNPCだけで行動しているとか……)

 

 知りえない事柄は考えるだけで頭が痛くなる。

 気にしてもどうしようもない問題を脳裏から追い出して、探査以外のNPCには拠点に戻ってもらった。

 ルベドも素直に従ってくれた。

 メンバーの中で一番の懸案はルベドだ。唯一ゲームの中で『同士打ち(フレンドリー・ファイア)』が解除されたままのキャラクターだから。

 戦闘になればヘロヘロとて苦戦する。

 

(恐ろしいほどの長期戦になりそうで怖いなー。せめて魔法詠唱者(マジック・キャスター)の援護が無いと……)

 

 そういう想定はしたくないが忘れてはいけない事だと判断し、頭の片隅に置く。

 それから気分を一新して改めてこの世界で何をするべきか考えることにする。

 最初の懸案であった食糧問題は無事にクリアした。次は外敵の存在の確認。それからは未知の冒険となる予定だ。

 

(……このモンスターの身体でいつまで過ごせるのか。……急な消滅は勘弁してほしい。消える時は自分で選びたい)

 

 その為には自分のコンソールを出せるようにならなければならない。

 ただ――元の世界である自分の部屋に戻った時、本体が死んでいればおしまいである。

 それならいっそこのままでもいいと思えるのだが、見えない情報が実にもどかしい。

 

(……正しく『シュレーディンガーの猫』状態……。戻って即死は笑えない)

 

 確認方法が無い以上、安易な選択は命取りだ。

 それから本体が死亡していたと仮定すると今の自分は精神生命体のようなものか、と疑問に思う。

 擬似的な肉体である『偽装分身(アバター)』が無事である限り、少なくとも生きていられる。本体の不調も今のところ気にならない。――例えば空腹や尿意だ。

 仕様がゲームの同じなら死亡しても蘇生する可能性がある。ただし、本体ではなくアバターが、だ。

 気がかりが多くて考えることが増えるのは本当に精神的不健康であると言わざるをえない。

 

          

 

 数日をメイド達の為に費やしたのだから少しは勤労に励むとしよう、と決意するヘロヘロ。

 とはいえ、出来る事は少ない。

 地図の作成に一区切りつけるにはもう少し時間がかかる。

 それと同時に食料の調達と現地生物の調査も(おこな)う。

 解体は拷問の悪魔(トーチャー)でも出来るが彼らは料理作成に必要な職業(クラス)特殊技術(スキル)を持っていない。

 ゲームの仕様上、備わっていない能力は行使できない。それは転移後の世界でも適用されているらしく、メイド達に目を向ければ数々の失敗に四苦八苦している。

 

「……お料理がどうしても黒焦げに……」

全身鎧(フルプレート)を装備できませんでした。……え~と、具体的には装備しようとすると弾かれてしまうような感じでした」

「……戦士(ファイター)職業(クラス)を持っていないので刀剣類は装備できないようです」

 

 結果は散々だった。

 特に最後の武具に関しては『持つ』事は出来るが『装備』する事が出来ない。

 専用の職業(クラス)を持っている場合は()()()()()()()()()()()()()()が起きた後、しっかりと装備される。それ以外は手から力が抜けるように取り落としてしまう。

 ゲーム時代では単に装備できるかの判断は色の変化で判別できた。コンソールが無い状態である今は取り落としで判断するしかないようだ。

 料理に至っては結果が『失敗』という形で現れる。

 ベッドメイキングが出来るのに料理が出来ないメイドというのは(いささ)か奇妙ではある。

 魔法は既に確認済み。

 消費したMP(マジックポイント)は『休憩』などにより回復し、回数制限のあるスキルは次の日になれば全快するらしい。それをどうして知りえているのか尋ねてみれば、なんとなく分かる、とのこと。――理屈が全く理解できなかったので、無視しておく。

 仕様自体はユグドラシルと同様だが、それでいいのかは自信が無い。

 仮に予想している事柄の多くが確定事項だとすれば彼ら(NPCとその他を含む)は経験値を積めないので新しい能力の獲得は不可能である、という事になってしまう。

 プレイヤーであるヘロヘロは経験値こそ最大値だが能力の獲得に関しては未知である、としか言えない。

 死亡すればペナルティでレベルダウンが起き、余裕が生まれる可能性があるので。

 しかし、新しい能力の付与はコンソール頼みだ。自動的に授かるものではない。

 発展のないシモベと限界のプレイヤーが未知の世界を冒険する。

 

(……ユグドラシル時代は限界だったけれど、こちらの仕様に合わせて新たな能力の獲得が無い、とは言い切れない。……無ければ諦められるし、余計な仕様はかえって邪魔な気もする)

 

 慣れ親しんだ仕様の方が理解しやすいので。

 そんな事を考えつつ転移して一週間が過ぎようとしていた。それは地味な作業が続いたためだ。

 身の回りの安全を考慮すれば必要経費として我慢できる浪費である。

 

          

 

 警戒態勢を敷き、メイド達の様子を気にしつつ冒険の旅に出ようかと思う頃――

 自らの身体が粘体(スライム)なので、このままでは怪しまれた挙句に攻撃される恐れがある。

 少なくともユグドラシルでは異形種は未知の職業(クラス)獲得の為にPK(プレイヤー・キラー)の対象になっていた。あと、見た目の醜悪さから差別も横行していた。

 誰がどんな種族でプレイしようが勝手だ、と言いたいところだが――逆の立場では結局のところ同じ結果になる事が多い。それもまた事実だと思って諦めている。

 

(……お出かけするにあたってどんな装備が良いかな)

 

 終わったゲームの事をいつまでも引きずるヘロヘロではないけれど、警戒は引き続きすることにしていた。

 同じユグドラシルプレイヤーが居たとしても大部分は敵だ。下手をすれば何らかの(いさか)いの原因にもなる。

 転移してまだ争いたくないので、隠すべき事柄以外は出来るだけフレンドリーを心がけようと思った。

 何にしても元の世界――日本など――に戻る方法は無い。

 

(ひょっとするとユグドシラル以外のゲームや世界からの転移や転生もありえる。……あんまりありえてほしくないけれど、こういう現象ってよくある事なのかな……。そう簡単に起きては幻想が台無しだ)

 

 苦笑しつつ――グリーンシークレットハウスを拠点として暫定的に設定する――自室の床に様々な武具を並べる。

 ヘロヘロのプレイスタイルは『修行僧(モンク)』だ。剣や魔法を主体にはしない。

 素手というか粘体(スライム)の触腕だけではダメージは低い。そこは様々な特殊技術(スキル)などを併用する。

 装備も大事だが外に出るにあたって人型になる練習を始める。

 モンスターのアバターに少しでも慣れておかないと対人関係において色々と不味い事になるかもしれない。やっておいて損は無い筈だと自分に言い聞かせる。

 

(完全な人間種は無理だし、細かい部分まで再現できない。……しかし、視点移動はわりと自在だな。……鏡で見ると気持ち悪い動きになっていたけど……)

 

 意識すれば思う通りに操作できる。これはユグドラシル以上に柔軟な動作のように感じられる。

 触腕を人間の腕に変えて握り拳を作り、前方に突き出す。

 人間であれば様々な筋肉の連動が必要だが、粘体(スライム)は単なる感覚頼りだ。

 出来ているように感じられるだけで、生物としての理屈が合っていない。

 元より粘体(スライム)のモンスターは空想の産物に等しい。

 

(完全な白骨の死の支配者(オーバーロード)はどういう理屈で動いているんだ? 魔力というには無理があるような……)

 

 実際に動いているアンデッドモンスターに尋ねてみても首を傾げられるだけ。

 それは()()()()()()()()()()()()()ではないかと、返答される。

 鏡を見ながら『感情(エモーション)アイコン』が出せないか挑戦してみたが、何も出てこなかった。ついでにソリュシャンみたいに人間の顔としての色味が出ないかも試した。

 結果として体色はデフォルトの黒のまま。

 

(人型になっても流動する肉体表現は変わらないな。……一度形を作ってしまえば粘体(スライム)と人型への変態はスムーズ……。これは意識の問題か……。疲労を感じない種族という設定だからか、形の維持に苦痛は無い。しかし、維持しようとする精神的な部分は疲れを覚えている気がする。……まあ、これは自分の感じ方の問題なんだろうけれど)

 

 人型になったヘロヘロは様々なポーズを試みる。

 常識外れの奇妙なポーズにも慣れるのか、体積以上の問題なども時間をかけて調べていく。

 

          

 

 ある程度練習した後で扉がノックされた。

 他のNPC達は事あるごとにヘロヘロの下に尋ねてくる。それに対して無下に扱わず、様々な意見を聞いていく。

 外の調査も命令しているので邪魔するな、とは言えない。

 残念な点があるとすれば拠点に大人数を収容する会議室が無い事だ。このアイテムはあくまで寝泊りするだけの施設に過ぎない。

 

「ヘロヘロ様。この山に設置されていた扉に近づく者の気配は未だにありませんが、内部に生物の気配が多数存在するようです」

「開けられた形跡が無いのに……。地下水路とかあるのかもな」

 

 山の大きさから言ってキロメートル単位の広大さと予想する。

 強引に開けることも出来るが、今は様々なシモベを使って外部の存在に気づかれないように調査していたので時間がかかっている。

 長い歴史によって出来た獣道は嫌に整地されているように見えた。それだけ何者かの往来があったという証拠だ。

 生物については山に元々居る獣の類が確認されている。その数は多数に上り、知能の高い個体は未だ見つからず――

 

「いつまでもこんな山奥の片隅に隠れているのは不健康だ。メイド達のためにも早く行動したいものだが……」

 

 自分にどれだけの事が出来るのか、数年のブランクを埋める作業に梃子摺(てこず)っているという状況は実に情けない。

 だからといって急ぐことも出来ない。

 下準備に時間がかかるのはいつもの事だが、焦りは禁物である。それが熟練のプレイヤーとしての心構えのようなもの。

 部下(NPC)達の報告を聞きつつメイド達の様子を見る。それと問題児であるルベドの様子もそれとなく見ておく。

 今のところ彼女は他のNPCに危害を加えたりはしていない。大人しく過ごしている。

 戦力として見るルベドは隠し玉であり、前面に立たせるタイプではない。

 本来は多くの敵(敵性プレイヤー)に対する抑止力と第八階層に存在する超ど級課金モンスターの制御を担っている。

 後年は封印状態で安置されていたが――折角だから、という理由で――持ってきた事を少し後悔している。

 何しろプレイヤーがヘロヘロ一人だけ。何らかの暴走時に止める自信が無い。

 後、見た目が派手なので地味目の外套をまとうように命令してみた。

 

「……中に居る間は別にいいでしょ」

 

 素っ気無い返事で拒否された。

 ギルドメンバーが最上位の存在なら命令に従うのがNPCではないのか、と疑問に思う。

 これは彼女の創作者ではないから、という理由が関係するようだ。その理屈で言えば納得できてしまうけれど――

 命令できないNPCが居るのは何かと不安である。

 淡々とした口調は戦闘メイドの『シズ・デルタ』に似ているが、こちらは彼女(シズ)のように従順では無かった。

 

          

 

 何事も一長一短に事が進むわけではないので、ルベド問題は後回しにする。

 仲間を皆殺しにしない限りにおいて構っている余裕はないので無視することにした。

 考えるだけ疲れそうだったから。

 次の日の早朝に人型に慣れてきたヘロヘロはソリュシャンに装備の着付けを命令する。

 自分一人でも出来るけれど命令によって何ができるのか確認したかった。

 

傍目(はため)に人間っぽく見えればいい。どういう感じが違和感のないものになるか……」

「肌の露出はしない方がよろしいでしょうね」

 

 派手な色合いの装備は論外だが、迷彩になれば多少は許容する。

 と、様々な意見を出しつつ基本となる格好を模索する。

 彼が装備を選定している間、一般メイド達は出来るだけ部屋に待機させていた。

 外に出ない限りにおいて部屋の移動も認めさせた。

 ヘロヘロは全ての命令を自分一人で(おこな)うことを早々に放棄し、犬頭のメイド長『ペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコ』と戦闘メイドのソリュシャンとシズに任せることにした。

 大事な命令だけ伝えて、他はNPC達の自主性に任せる。

 NPC同士がどういう命令を下し合うのか――プレイヤーとしては大いに興味があった。

 それと彼らに対する口調は考えるだけで疲れそうだったので、出来るだけ砕けた言い方で接することにする。

 偉そうな口調は苦手だったからだ。

 

(さま)付けはいいとして。あんまり硬くならない程度でね」

「それでは士気にかかわるのでは? ……あ、わん」

 

 至極(もっと)もな意見をペストーニャが言ってきた。ソリュシャンとシズも頷いている。――語尾については失念していたが、彼女の設定に書かれていた事らしい。――という事を当人の口からきかされて驚いた。

 まだまだNPCについて知らない事があるようだ、と。

 組織としての規律は堅苦しいだけ。だが、風紀の乱れはヘロヘロとて許容したくない。

 ルベドのような我がまま娘は一人くらいでいい。

 

「そういう堅苦しいのは疲れる。……おいおい決めていけばいい」

 

 ヘロヘロはのんびりとした口調で言う。それに対してもっとはきはきとした言い方にしろ、という苦情は寄せられなかった。――来てほしくないけれど。

 どうにも威厳というものに苦手意識があるらしく、気軽な方が好みである。もちろん、彼女たちの危惧は理解できる。

 そもそもNPC達は今まで黙っているのが当たり前だった。それが急に喋りだしたものだから接し方に困惑している。

 

          

 

 様々な意見を聞きつつ装備が整うヘロヘロ。早速姿鏡に映して様子を確かめる。

 基本色は黒。動きやすく全身を隠すタイプの服を着用。

 武闘派であるヘロヘロは一応、戦士(ファイター)系の職業(クラス)を入れているのである程度の武具を装備できる。これは仲間である『ベルリバー』を参考にしている。

 不定形の存在で魔法剣士のプレイヤーだ。

 他には『ぶくぶく茶釜』が大きな盾を装備していた。

 

「……中装備以降は無理そうか……。身軽に動ければいいわけだし……」

 

 本来は装備品を溶かすのが粘体(スライム)としての特性だが、今回はそれを殺すような装備にする予定だ。

 自らの個性を殺す、といっても全てではない。

 溶解液にこだわりは無く、物理的――魔法的にダメージを与えられれば充分だ。

 接近戦主体だが基本は拳、または蹴り技。

 

「武器は……ガントレット(手甲)でいいか」

 

 見た目には貧相だが武具のランクは相当に高いものを選んだ。

 それと適時変更できるタイプも――

 問題があるとすれば臨機応変に魔法が使えない事だ。それもまた経験であると自分に言い聞かせる。

 時間外労働についてぶちくさと文句を言っても仕方が無い。この世界に来てただ無為に過ごすのは実に勿体ない事だ、と思う心がある。

 元々が人間だ。永久の怠惰などできるわけがない。

 

(適度に働き適度に休む。……睡眠不要が気になるが飢えない身体によって更なる馬車馬(ばしゃうま)の完成……。俺……どこまで行っても労働者なんだな)

 

 悪い事ばかりではない。

 部下にセクハラ*2し放題だ。――異形種なのが不満点だが――

 感触的に人間とさほど変わらないだろうと思うことで納得しておく変態粘体(スライム)

 

「……黒衣の拳闘士ってところか……」

 

 色は属性(アライメント)の象徴。悪に傾いた者は必然的に黒い装備が多くなる。

 これは人の趣味に関係なく設定されたもので、実際に黒い装備品以外で装備可能な武具は少ない。後で色を変更できるとしても――

 

(街などがあった場合……、ヘロヘロじゃあ怪しまれる)

 

 現地の言語の次第だがお世辞にもカッコいい名前だとは思っていない。同郷のプレイヤーが聞いたら笑われて目立ってしまう。

 しかし、姿鏡を見つめてしばらく経つが姿に見合った名前は思い浮かばない。NPC達に尋ねてもヘロヘロ様としか言わないだろうし、困った事態だと思った。

 ギルド名たる『アインズ』というのも悪くはないが、のんびりを信条とする自分には過ぎた名称に聞こえた。

 

(……ヘロヘロー。ハイロゥ……。エルヤー、エルア……。うーん……改めて名称を考えるのは意外と手間だ……。ルプスレギナは女性名っぽい……、というか女王って意味があったか……。ぷにっと萌えは論外。ダークは安直だしな)

 

 唸りながらポーズを取りつつアイデアを懸命にひねり出すこと一時間――

 暫定的に『ヘイロー』という偽名に決めた。すぐさまNPC達に伝え、言い間違いが起きないように復唱を命じておく。

 ルベドは素っ気無く鼻を鳴らすような音を出して自室の奥に引っ込んだ。

 

          

 

 外での活動の準備が整う頃、山林の情報もだいぶ集まってきた。それと謎の扉についても――

 外部の侵入者に見つからずに侵入する経路が無いようだったので強引に作らせた。

 岸壁は魔法的な防御結界などが敷かれていなかったので楽に作れたと報告があった。

 あまりに目立つ行動だと周りに知られると危惧していたが、見つかった時は口封じするなり逃走するなりの予定を立てておく。

 ヘロヘロ改めヘイローという黒衣の冒険者はシモベの報告にあった現場に向かった。

 本当なら集落に迎えべきところだが、人型に少しでも慣れておくのと現地生物の強さ具合を確かめる意味で出かけることにした。

 ソリュシャンらNPC達が心配の声を上げたので物陰に影の悪魔(シャドウ・デーモン)の護衛を付けて納得してもらった。

 あんまりゾロゾロと部下を引き連れると目立つし、メイド達は――ヘロヘロから見ても――美人の部類に入るので不届きな(やから)に目を付けられて事態が悪化しては面倒な事態になるだけなので。

 そして、現場までそう遠くないので数十分ほどで辿り着いた。

 

「……自然物には見えない扉……。ここまで踏み固められた道があるから……、何らかの知的生物が居るのは確かだ」

 

 未知の具合と扉の状態から高度に発達した文明とは言い難いが原始的過ぎでもない。

 大きさは四メートルほどの両開き型。鍵穴らしきものは見当たらない。

 封印の扉にしては簡素過ぎる。

 

(誰も管理していないということになるけど……。さて、と……。このまま押せばいいのか?)

 

 地下水脈からの侵入を想定していたが面倒くさそうだ、と思ったので人力で開閉を試みる。

 今の自分は単なる冒険者。それか迷い人。または登山家だ。

 注意書きの様な立て看板も無いし――

 ヘロヘロは周りに――NPCやシモベ以外の――気配が無い事を確かめてから扉に手を当てる。

 筋力は高レベルゆえに備わっているが、この世界で実際に試すのは怖くもあり、楽しみでもある。

 頑丈なガントレットも装備しているし、と。

 擬似的に作り上げた人間の腕に力を籠める。すると手にかけた扉から大きな軋み音が響き始めた。

 

(取っ手らしきものがあるけど……。随分と年季が入っている……)

 

 種族特殊技術(スキル)を使えばすぐに溶け落ちてしまいそうなほどボロボロに見えた。そして、鍵穴を見つけた。

 覗き込んで観察した結果、思いっきり錆で詰まっていた。

 こういう時は身体を変形させて鍵を作って開ける、という手段が思いつくのだが――

 相当年季が入った扉だから鍵の効果は薄いかもしれない。かえってより壊しそうだ。

 

          

 

 魔法を扱える部下に頼もうかと思ってソリュシャンを呼びつける。

 暗殺者(アサシン)職業(クラス)を持つ関係上、取得している特殊技術(スキル)に頼ってみる。

 まず溶解液で鍵穴の中の錆だけを除去。――自分でやらないのは戦闘民族だから、という言い訳で誤魔化す。

 溶解度の程度で言えば格下の方が優しいはずだ、と思って。

 もし、壊れた場合は魔法で治す。

 金属専用の修復魔法で。()()()()、ソリュシャンはそんなピンポイントな魔法を習得していない。正しくは習得させなかった。

 

 だが、使えてしまうのだ!

 

 全ての魔法はさすがに無理だが彼女の『術者――または職業(クラス)――レベル』内の魔法であれば系統を無視することができる。

 本来、魔法は取得している職業(クラス)によって使える系統が限られてしまう。

 それとレベルを増やすごとに選択できる魔法は三つずつだ。だからといって高レベルのモンスターの全てが豊富な魔法を扱えるわけではない。

 

修復(リペア)

 

 鍵穴を適度に溶かした後で魔法を唱えるソリュシャン。

 一般的に『位階魔法』と呼ばれる魔法は殆どが『音声』を必要とする。それ以外に『動作』と触媒とも呼ばれる『物質要素』などが必要な場合も中にはある。

 今使った魔法は壊れたものを修復する低位の魔法だ。

 系統は魔力、信仰、その他に(またが)るものとなっている。

 

(こんな事に貴重なスクロールを毎回消費するのは痛い。それの調達方法も早めに見つけておかなければ……)

 

 魔法の効果よりも先の事をヘロヘロは見ており、嘆息する彼の態度に何か間違ったのではないかと怯える戦闘メイド。

 仕事は順調のはずだった。何が駄目だったのか少しの間、自分の身体や扉を丹念に調べつつヘロヘロに顔を向ける。

 

「鍵穴の修復以外に何かありましたか?」

「……ん? ああ、ご苦労様。こんな事に呼んでしまって申し訳ないなーと思って……」

 

 仕事の不備ではない事が分かり、安心する。しかし、それで満足せず姿勢を正したまま(あるじ)を見据える。

 彼の機嫌を損ねることはソリュシャンにとってとても苦痛である。誉め言葉が欲しいわけではないが失望されることだけは避けたかった。

 

「んーと、魔法の効果は……ちゃんと発揮されたようだね」

「は、はい。素材がありふれた金属であったため難なく効果を発揮した模様です」

 

 ヘロヘロが感心したのはゲーム世界の魔法がこの世界でも同様に機能したことだ。

 人間的な驚きの表情は出来ないが、内心では関心と驚きが少しずつ強まっていた。

 ――そう。この世界でも魔法が通用する事が証明されたのだから。

 

          

 

 概念の違う世界観において懸念されるのは能力の通用程度。

 肉体的に粘体(スライム)であること事態まともではないし、ユグドラシルが実際したクリーチャーがそのまま違う概念世界に没入しているのだから。

 データ生命体であるなら現実世界に放り出せば霧散するもの――虚構の存在なのだから存在を維持できるわけがない。

 『熱力学』でいうところのエントロピーとか色々と突っ込み要素満載のはずだ。

 

(空想の世界から()()()()()()()であるならばありえなくはない。……しかし、それにしたって荒唐無稽だ。……と俺は何度も言うだろう。それがお約束というのならば納得するまで……)

 

 軽く気づいたところによれば――ユグドラシルにはいくつかの『物理法則』が無効化されている――物理法則が有効化されている、らしい。全てを確認することは難しいが仕様に無かった様々な効果があることが分かっている。

 ちょっと本気で拳を突き出すと衝撃波のような効果が発生した。――これは本来ならありえない。

 衝撃波は専用の技として存在し、いわば物理法則は技の副次効果ではなく代替品となっていたからだ。

 では、代替品である衝撃波はどうなっているのかといえば普通に使用できた。

 技などの仕様にあるものは消滅することなく機能そのままに扱える。

 副次効果と同時に使うとどうなるのか――互いの効果を打ち消し合う『干渉』が起きそうなものだが――二倍になることは無かったが二重効果に似たような良くわからないものと化していた。

 ――二倍というの効果ではなく、技が重なるように見えるかどうかのことだ。

 ヘロヘロの見た感じでは判別が困難になる程度。副次効果と本来の衝撃波のダメージはちゃんとそれぞれ与えられるようだ。

 別に計算されているのか、たまたま同じ効果だから二重にダメージが与えられるようになってしまったか――その辺りは研究していくしかない。

 

(干渉による消失もあるかもしれない。本来無効化されていた法則がこの世界では普通に適応されているのであれば戦い方も変えなければならない事も……)

 

 おそらく副次効果たる『輻射熱』はある。電撃によって発生する静電気とか、極大魔法による『電磁波』とか。

 最悪の場合は『放射能』の効果もこの世界では発生する可能性がある。

 戦闘に関係があるかは分からないが『宇宙放射線』に『太陽風』または『黒点』による気象変動もありえるかも――

 この世界の太陽に黒点があれば、だが。

 ユグドラシルに実装されていた膨大な魔法は現在世界の『法則』をいくつか無効化していた。ゲームの中だけの仕様なので気にする必要はそもそも無い。虚構の存在なのだから。

 少なくとも現実世界に適応されてはいけないものが確実にある気がする。

 真っ先に思い浮かぶのは『転移(テレポーテーション)*3』の失敗による無機物との融合だ。これは『核融合』の発生を呼ぶ危険性がある。

 そうでなくとももっと物騒な魔法が存在する事をヘロヘロは知っている。それらを何も知らないプレイヤーがうっかり発動しようものなら世界をいとも簡単に破滅させることも可能になってしまう。

 

(普通に召喚魔法が使えた事自体、充分に凄いんだけど……)

 

 どこの世界に干渉してモンスターを召喚したというのか。しかもユグドラシルの仕様と同様の効果――

 いやいや、世界が違うから色々とおかしいだろう、と今頃になって気づく。

 

 お前らどうやって――ユグドラシル仕様のモンスターなのに――この世界に来れたんだよ!

 

 時間差を置いて胸の内で絶叫する。

 ゲーム世界のモンスターを召喚できるわけがない。

 色々と気づいてくる不可思議な現象――

 

(……マジでここユグドラシルの隠れた仕様とかあるんじゃないのか? どういう原理で様々な仕様が扱えるのか……)

 

 それよりも扉の前で悶々と思索に没入しているのは時間を無駄にしている行為と変わらない。

 言われなくとも分かっているが、おかしな点は気になるものだ。

 出来るから出来る、で納得していいはずがない。

 これからの行動において危険性は知っておかなければ――

 自身のステータスによる効果だと炎に対する耐性なども実は変わっていたりするのか――

 輻射熱を平然と遮断する無効効果。ありえそうだ。

 飲食、睡眠不要の時点で色々とおかしいけれど――今のところ一週間以上の不眠に対し、気持ち的に変化はない、と思う。

 眠気による苛立ちは無い。それは確実だ。

 岩場を殴っても痛みは無い。粘体(スライム)の肉体になっているとはいえダメージを受けないわけではない。

 高レベルゆえに感じにくい事もあるだろう、と。

 

「……思索が長すぎた……。扉を開けていいよ」

 

 ずっと待機していたソリュシャンに命令する。

 思考の海を彷徨(さまよ)って(もだ)える不甲斐(ふがい)ない(あるじ)で申し訳ないと、胸の内で謝りながら――

 待っている方としてはヘロヘロの態度を気にして当たり前だ。

 常に命令を待つ部下というものは有能な上司の下でこそ良く働いてくれるもの。

 無能では早々に失望されてしまう。

 

(疑問点は大事だが目的を忘れてはいけない。それらはこっそりと別のシモベにメモでも取らせて後でじっくりと討議すればいいか)

 

 ということで忘れないうちに足元に潜んでいる影の悪魔(シャドウ・デーモン)に依頼する。現場に留まるのは危険なので頼んだシモベには早々に拠点に戻ってもらい、交代制で仕事に当たってもらう。

 この手のモンスターはほぼ使い捨てだ。行ったり来たりさせるより効率的である。

 

          

 

 取っ手を持ち、扉を引っ張るソリュシャン。

 手の感覚から引くよりは押した方がいいと判断し、実行する。

 か弱そうな女性の力で押し開く。いかにも重厚そうな金属の扉は――不快な音を奏でながら動き始めた。

 完全密閉空間であれば空気の流入が激しく起こる。外観的にはそこまでの気密性があるとは思えなかった。山全体が何らかの樹脂や金属で出来ているならまだしも――

 

「……不協和音は……さして気にならないな」

 

 聴覚異常の副次効果はヘロヘロやソリュシャンには無効化されたようだ。実際にどういう効果があり、それが人体にどのような影響を及ぼすのか――人間でも居れば色々と確証を得られるところ――今後の課題とする。

 一般メイドを立たせて実験台にするわけにもいかないし、気が引ける。というより彼女達はそういう使い方の為に用意したわけではない。

 

(……扉は自動的に動くギミックではないようだな。入って時に閉まりそうな雰囲気があるけれど……)

 

 シモベに先行させ、撤退方法を敷かせておく。その為の能力は惜しまなくてよいと言っておく。

 早速必要な人員に連絡を入れ、謎の怪しい集団が入口付近で作業を始めた。

 シモベやNPC達が互いに相談し合う光景は中々に珍しい。独自に判断できるところは感心というか感銘を受けた。

 もしナザリックのNPCを総動員すれば大きな都市も作ってくれそうだ。

 

(モモンガさ~ん。こっちのNPCはなんか凄いですよ~。そっちはどうですか~)

 

 本当なら連絡を送りたいが今もってノイズばかり。時差でもあるのかと待ってみたものの今もって連絡は来ない。

 攻略組や探索組などが居れば心強いが今はヘロヘロ一人だけ。

 動いているNPCもいつまで従順なのか分からないときている。

 

「いざとなれば外壁を破壊する。一部は拠点に戻りメイド達を守るように」

 

 それぞれに命令を下し、誰か供にすべきか思案する。

 一人で探索したい気持ちはあるが長時間こもると心配される恐れがある。連絡係として適任なのはやはりソリュシャンか、と彼女の顔を眺める。

 シズでもいいと思ったが、嫉妬されるかもしれない。

 いきなり見つけた洞窟に大層な宝は無いと予想する。大層な扉を付けて中を調べていないわけがない。

 どれだけの歴史があるかは分からないが、この扉はごく最近に設置されたものではない。

 

(……単純な通路だけで行き止まりとかヤダな……。複雑怪奇も困るけれど……)

 

 ナザリック地下大墳墓が丸々入っているというオチであれば大歓迎だ。しかし、何の警戒態勢も履かずに分かりやすい大扉を仲間が設置するとも思えない。

 転移の時間に実は差があり、自分は遥か未来に来ていることもあるし、その逆も然り。

 同じ時間を共有できないのは悲しい事だが――

 

          

 

 ユグドラシル時代と対比させる思考によく囚われ、前に進まないのはそれぞれ未練があるという事かと驚きを感じるヘロヘロ。

 我が身がクリーチャーだからそう思ってしまうのでは、と勘繰るがおそらくは肯定――

 そうでなければ人間としての思考でもう少し常識的に考えているところだ。

 ――と、いうのは些か無茶があるかもしれない。

 先行したソリュシャンの後姿を眺めると非現実の中とは思いたくない気持ちが湧く。いや、まだ自分は非現実に囚われていて長い夢を見ているのかもしれない。

 

(……これが過労死した人間の末路か……。嫌な事よりはマシだな~。異形種だけどおっぱいを拝謁できたのは至上の喜びだ……)

 

 淫らな思考を追い払いもせず、煩悩全快で裸体のソリュシャンの姿を思い出す。

 

 夢なら夢のままで結構っ!

 

 つい卑猥な言葉を口走る。――足元のシモベ以外が自分から結構離れている事を確認したうえで――

 一般的には何らかの伏字(ふせじ)か、音声を別の音で潰すな仕様が発生するかと予想していたが、普通に女性器名称が言えた。さすがに大声では言わなかった。

 

規制解除上等っ!

 

 NPC達に(うやま)われている存在がおっぱいおっぱい連呼しては沽券にかかわる。

 適度に自生する至高の変態粘体(スライム)。中身はまだまだ働き盛りの社会人。

 だが、いかんせん肉体は粘体(スライム)だから女性の膝枕とか肉体同士の振り合いに関しては何がある。――端的に言えば融合しそうな予感がする。そこは調整すれば解決するのだが気が休まらなくなる。

 寝ぼけて――睡眠不要だけど――一般メイドの膝を溶かしてしまったする可能も無くはない。

 人間型に偽装した今の姿とて練習によって成り立たせている。油断すればいつでも不定形に逆戻りだ。

 

「……それに」

(ユグドラシルの粘体(スライム)のフレーバーテキストが今も適応されているのであれば……、精神作用に魅惑、睡眠、毒、麻痺、朦朧などに完全耐性を持つ。これは仕様上のものだがプレイヤーの煩悩は適応されていないようだ)

 

 物理攻撃に耐性があり、対物理戦では有利なクリーチャーだ。半面、当然のことながら魔法攻撃には弱い。一部の専門職相手には立ち行かないのはゲームならでだ。

 ギルドメンバーの事を思い出すと自分(ヘロヘロ)はいかに弱いかが実感できる。

 更に上位プレイヤーはどいつもこいつも変態だ。

 

(おっと、いかんな)

 

 つい自虐的な思考に陥ってしまったので急いで現実に意識を引き戻す。

 まずは荷物持ちのシモベを陰に潜ませる。

 あまり物々しくては敵性体に警戒されてしまう。一冒険者らしくハイキング感覚で突入する手を取るか、と。

 

「ソリュシャンは拠点で待機。メイド達を守るように。何かあれば連絡すること」

「……お一人で……シモベが居るとしても危険でございます」

 

 光の無いくすんだ碧い瞳を潤ませてソリュシャンは食い下がる。

 ――顔は奇麗なのだが色々と残念だな、と思わないでもない。そんなことをすぐに払拭しつつ彼女には待機を強く指示した。

 自分の事よりメイド達の拠点を守ることが最優先だ。それは大事なアイテムを置いてきたから。

 多少の敵対行為くらいはどうとでもなる。配送ももちろん視野に入れている。

 撤退方法も先ほど命令しておいた。

 

          

 

 NPCに今まで心配されたことが――仕様的に――無かったので何が正しいかは分からない。しかし、それでも現地調査は必要だ。あまりにガチガチの体制だと神経質すぎてしまう。

 出来るだけ精神的負担を和らげたい。戦闘も適度に経験したい。そんな気持ちを込めていた。

 それに警戒の意味で入り口付近に見張り要員のシモベも潜伏させている。

 

「命令。メイド達を守ってあげなさい」

 

 普段なら一つのコマンドで事足りたのに食い下がってくるとは――

 相手を説得する自信のないヘロヘロにとってこれから大変そうになるなと疲れを覚える。それと無駄に時間がかかって序盤の街や村に行くのに何時間かかるんだか、と。

 

「か、畏まりました」

「ちゃんと帰るから」

 

 そこまで食い下がるなら連れて行けばいいじゃない、という幻聴が聞こえた――

 それもアリではある。しかし、裸体がちらちら思いだされる今は彼女と距離を置かないと()()()何かしでかしそうで怖い。

 恐怖に完全耐性を持っていても中身の人格は色々と気にしてしまうものなので。

 そもそもデフォルトが全裸である自分がソリュシャンも裸族として振舞え、といずれは言いそうで――

 彼女の白くて長くて奇麗な素足を見れば、いつまでも見ていたくなる。

 誰がこんなデザインを与えたんだ、報奨を与えよ、と大声で叫びそうだ。

 身体は粘体(スライム)だが中身は内臓を痛めている人間の男性だ。欲望の方が勝っても不思議は無い。

 何とかNPC(ソリュシャン)を説得し、追い払った後は精神に疲れが一気に襲ってきた。

 

(……これをこれからも何度も繰り返すことになるのか……。序盤だから仕方がないけれど、試行錯誤は毎度のことながら重労働だな。……俺はそれほど精神的に強くないんだから勘弁してくれ)

 

 そう愚痴を思った後でNPC達が普段通りであったならば話し相手にならず、ずっと孤独と戦い続けることになる。

 先ほどのやり取りを思い出せば静かになっていい事だと思われるが、返答してくれる者が居ない状態を過ごすと無性に人に会いたくなるもの。特にヘロヘロは会社勤めの人間なので、長期間の孤独に覚えがない。

 自宅では一人になることは多いが――それでも誰かしらと会う予定があるから平気でいられる。

 それに――見知らぬ土地に一人で放り出されて喜べるほどの気楽さは無い。

 

(……NPC達が居るからこそ孤独を求めているけれど……。本当は彼らが居るから甘えているのかも……)

 

 落ち着いて考えれば帰る家があるのと無いのとでは気持ち的に違いが出るものだ。

 そういう想定(孤独)はしたくないが逆にヘロヘロ自身が突如として消失するような事態になったら――自主的に動くNPC達はどうなるのか。無視できるか、と言われたら――

 そういう小難しいことを考えても仕方がないと思い払拭する。

 あまり棚上げにしてはいけない問題だが、今すべきことを忘れてはいけないので。

 これから冒険をする事こそ第一目標である。それ以外は後日検討し、優先順位を付けていけばいい。

 

*1
正式名称は『CZ2128(シーゼットニイチニハチ)Δ(デルタ)』である。

*2
セクシャルハラスメント。

*3
詳細は『ギルガメッシュ』を参照。

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