社畜人生にお別れを   作:ブルー・プラネット

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おっぱい神話

 

 戦闘メイド『シズ・デルタ』をからかう意図は無かったが、状況的にそうなったことに対し、ヘロヘロは少なからず申し訳ない気持ちになった。

 こういう内面的な気持ちが存在する古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)というモンスターはおそらく存在しない。――プレイヤーだからこその特性と言える。

 元々知性が無いのがデフォルト(初期設定)だ。

 粘体(スライム)種は知性を得ると様々な種族的恩恵を失う。全てがメリットとは行かず、優遇された分デメリットも発生する。そしてそれがゲームバランスというものだ。

 このバランスを崩した場合、何かしらの不具合が発生するものだ。

 世の中のパワーバランスと同様に。

 崩れた先に待ち構えているのは破滅――

 

「……仲間が不揃いで、寂しくはないか?」

「………。……それは……答えにくい問題、です」

 

 シズの声はお世辞にも大きいとは言えない。けれども聴覚が人間以上に発達しているのか、しっかりと聞き取れた。

 魔法の中には音声を遮断するものがある。そういう方法でも取らない限り土砂降りの中でも聞き取れたりするかもしれない。

 だからこそ音声にまつわる事柄はゲームでも重要な部分を担っていた。

 

(……本当に不思議だ。対話形式で双方向のやり取りができるのはプレイヤーでもないかぎり……。う~ん……、どういう仕組みになっているんだろう)

 

 特定の命令に対する反応くらいしかできなかったヘロヘロにしてみれば高度な反応は羨望の対象だ。おそらく原理を説明せよ、と言ったところで答えてくれないと思う。

 それは彼ら(NPC)自身にも理解できない概念ではないかと。いや、聞いて答えられてしまうのが怖いと思ったから、ともいえる。

 

(……こういう場合、大抵は『聞かない』という選択だ。……自己暗示の一種で、きっと自分は尋ねられない。……もし聞いてしまうと取り返しがつかなくなるという強迫観念に見舞われるから……)

 

 そういう思考が出来るなら逆に抗えるのでは、と思われるが実際に実行するのはヘロヘロ自身だ。誰かが責任を取ってくれるわけではない。

 もし、という可能性が引っかかる以上――安易な選択は取るべきではない。というのが一般論だ。

 

 ただし、それは随分()()一般論だ。

 

 一〇年二〇年も過ぎれば人々の常識は飛躍的に変わったり、原点回帰したりする。その繰り返しで歴史は積み上げられるもの。そして、荒廃した現代は産業革命時代を悪化させた結果ではないか。

 一労働者に過ぎないヘロヘロにはどうすることもできない大きなうねりだ。――もし、それを変えることができるのは大きな力を持つ者だけ。

 

(ゲームの中だけ王様気分でも現実に戻れば使い捨ての駒同然……。であれば今を有効活用しない手は無い。……と、すんなり思考をシフト出来るほどの勇気が今は欲しい)

 

 度々思考の闇に没入し、静かになるヘロヘロを見てシズは首を傾げる。

 自分達の創造主は色々と何かを考えている、というのは理解した。

 少々無理難題を吹っ掛けられた程度で彼に対する態度は揺るがない。そう見えてしまったのであれば自分の失態である。

 階層守護者よりも格下である自覚のあるシズは自分の創造主によって与えられたフレーバーテキストに従って行動している。ヘロヘロとの齟齬はどうしても生まれてしまうが、もう少し()()()命令して頂ければ、この場で全裸になることも辞さない覚悟は持っていた。

 

(……ガーネット博士の命令にも逆らえない……。……ヘロヘロ様、申し訳ありません)

 

 無表情のまま謝罪の気持ちを思う戦闘メイド。

 その後、体感的には一時間ほど沈黙が続いた。しかし、実際は数分程度に過ぎない。

 物思いに()()(ふけ)ってしまったヘロヘロは我に返った後でシズを下がらせた。

 今のまま居ても彼女の邪魔にしかならないと判断した。

 全裸とはいかなかったが、見るべきものを確認した。その後は未定が続く。

 

          

 

 突然の――異世界――休暇だ。予定を立てる暇も無く――

 熱望していたにもかかわらず自分は意外とやりたいことが無かった。――仕事は仕事として(おこな)うので別問題として処理するけれど。

 

(大まかなストーリーが無いと何をすればいいのか……。ローグライク的な世界という認識でいいのか? それだと延々と取り留めのない行動が続きそうだ)

 

 それにもましてプレイヤーが一人だけ。寂しい限りだ。こういう時こそ仲間が欲しくなる。それに――知らない人間が居ても煩わしいだけだ。疑心暗鬼になってしまうのが関の山――

 どの道、地道な調査を積み重ねなくてはならない。と、うんうんと唸っていても事態は進展しない。もう一度、洞窟に向かうことにした。

 ここで普通ならこっそりと向かうところだが――報告すべき仲間が居ない――居るのはNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)ばかり。遠慮する必要はもとより無いが――

 仲間(ギルドメンバー)ではないから平気、という気持ちは(いささ)か非人間的ともいえるかもしれない。

 

(……彼ら(NPC)を一個の生命体として認めるべきなのか、それが果たして正しいのか……。そういう葛藤みたいなものを考えるのは果てしない不毛さがある。どこかで線引きは必要だよねー)

 

 今すべき事柄ではなくとも後々たくさん押し寄せるものだ。ヘロヘロはそういう()()をよく知っている。

 (あか)りなどの道具を用意し、再度ダンジョン(洞窟)アタックに向かう。

 便利な道具や能力があるから楽だが、現実世界であれば地道に歩きか車などの移動手段が必須だ。

 また最初から扉を(くぐ)らず、大きな蜘蛛の居た場所に一気に転移。

 

(こういうところはゲームと一緒だから慣れると現実味が薄れる)

 

 少しため息の様なものをつき、暗い洞窟内を散策する。

 薄っすらと(ひか)る鉱石を眺めつつ壁に灯りを設置するか思案する。

 自然の光りがあるから人工の光りは無粋かなと思った。余程の暗黒空間でもない限りは今のまま進むことにした。

 外側からいくつかの気配を察知した、という報告があったので蜘蛛一匹だけということはありえない。

 キロメートル規模の内部空間を歩いていく。

 地面に草。それ以外は鉱石ばかり。他にも特色のある『何か』が無いか探してみたものの冒険者の遺体などもなく、散策された形跡も見当たらない。

 モンスター達はここでどういう暮らしをしているのか。密室空間内で長く生活するには栄養は必須の筈――

 アンデッドモンスターでもない限り、ここで生活するのは難しい。

 それとも下に生えている草だけで充分とか、とヘロヘロは疑問に思った事をメモしつつ進み続けた。

 入り組んだ地形。水たまり。落盤。

 それらを眺めつつ進んでいくと新たな気配を感じた。

 モンスターの出現頻度はそれほど高くないのかもしれない、と思うと少し残念な気分になる。

 

(それと濃い霧……。視界を阻害するほどではないけれど、これが彼らの栄養源という事も……)

 

 毒性は感じられないが何らかの魔力のようなものを内包しているらしい。

 認識阻害や何らかの減退作用は確認されていない。

 視界については特殊技術(スキル)などでクリアしているから余計に判断が難しい。

 そもそも序盤の洞窟に多大な期待をするのが間違っている、とも思えなくもない。

 

          

 

 思案しながら進むこと五分――

 ゆっくりと移動しているので移動速度は人間より少し遅め。珍しい草や鉱石が他にも無いか散策も続けている。そんな中、第二のモンスターが姿を現す。

 地を這う細長い肢体は黒く、手足の無い胴体の先端には凶悪な面構え。(まが)うことなく蛇のモンスターだ。

 上顎(うわあご)と下顎から二本ずつ伸びた長い牙が獲物を求めている。

 

(体長五メートル以上。程よい敵意から縄張り意識を持つモンスターと断定……。……出会う者全てがプレイヤーというわけではないとしても何らかの判断基準が無い……とこの先不味(まず)そう)

 

 と、ヘロヘロが敵を目の前に色々と考察しているが外見的には腕を組んで見つめているようにしか見えない。

 急襲されることを何とも思っていない余裕さがあるとも見られそうだ。

 

「シャー」

 

 と、赤い舌を震わせながら敵側は威嚇し始めた。それに対してヘロヘロは唸るのみ。

 戦闘用の職業(クラス)スキルばかり持っている彼は分析能力はそれほど高くない。それゆえに序盤から色々とアイテムを消費することに抵抗を覚える。

 こういう場合は黙って相手の攻撃を受けて判断するのが手っ取り早い。早速、シモベに反撃をしないように命じて敵モンスターと対峙する。

 見た目は漆黒の戦士。戦闘が始まったにも関わらず、未だ組んだ腕を(ほど)かずに(たたず)む。

 

(……このままいちいち攻撃を受けて判断するのも面倒くさくなる。そういう(分析)能力とかに()けた味方を探すことも考慮しておくか)

 

 ヘロヘロの内面では至極のんびりとした結論が出された。それと同時に蛇が襲い掛かってくる。

 まず最初に素早い動きで翻弄しつつ噛み付き攻撃を慣行。それと同時に獲物を逃がさないように胴体を相手の身体に巻き付けて締め上げていく。といってもヘロヘロ側は不動の構えだ。

 

定石(じょうせき)通りだ。魔法の使用は認められない、と……)

 

 何の痛痒(つうよう)も抱かないヘロヘロは己の力のみで肩口に噛み付く蛇の頭を掴んだ。

 脅威の腕力に思われるが相手のレベルが低いことで起きる不可思議な現象によるものである。

 ――やろうと思えばこのまま蛇の肉体を粉砕することも可能ではないかと予想する。

 先の蜘蛛のモンスターと同程度という認識を持つ。

 

(雑魚モンスターを持ち帰ってもゴミが増えるだけか……。いや、地道な調査を今は(おろそ)かにしてはいけない)

 

 そう思いながら今も暴れる蛇の尻尾部分を両手で掴み、軽く引っ張るように左右に力を入れていく。たったそれだけの動作で簡単に肉体が引き裂かれる蛇のモンスター。

 皮膚の強さ。肉体強度。自分の粘体(スライム)としての溶解の程度も確認していく。

 一つずつ(おこな)うたびに激しく暴れる蛇。

 

(毒性が無ければ食料に加工出来ないかな? 丁度、拷問の悪魔(トーチャー)が居る事だし)

 

 ()()()()()()()()は出来ないが簡単な切り分けはヘロヘロにも出来る。後は棒にでも刺して焼くだけ。

 極端な例では、()()()()()失敗判定されることがあるから困ったものだと嘆息する。

 ――などと考えている内に蛇は頭部を失い、半分になった胴体が不気味にのたうちまくる。

 頭はヘロヘロの溶解能力によって既に溶けてしまった。

 装備品は傷が付いても良いものなので問題は無い。

 

(……あらら、考えて事をしていたら……。相当弱いモンスターだったんだな。……残念、残念)

 

 そう思いつつ残った残骸は調査用としてシモベに回収させる。

 戦闘によるダメージはほぼ(ゼロ)。探索を続行する。

 

          

 

 少しばかり進んだところで下方への道が見えた。

 天然の道は人の手が一切入っていないようで、人工物らしさが認められない。

 ここまで侵入した人間や動物などの生物が存在していないのでは、と思わせる。また、途方もない時間が経過したかのようにも見える。

 闇雲に道なりに進んでいるが、シモベの交代をこまめに(おこな)い、迷ってもすぐに帰還できる仕組みの構築は命令してある。

 場合によれば壁を破壊することも予定に組み込んでいる。

 

(……問題は外まで作れるか、だ。……何となく出来そうな感じたけど……、何事も実践して確認しなければ……)

 

 知らない世界の知らない洞窟を探検するのはゲームでもなければ絶対にやらない。

 かなり危険な行為であることは自覚している。それでも(おこな)うのはメイド達の為というより――怖いと思わず、好奇心が(まさ)っているから、という理由か浮かぶ。

 現代人であるヘロヘロはたった一人で薄暗い洞窟に入ることは――常識からいって――到底出来ない。

 自身がゲームのキャラクターであるからこそ平気そうに振舞えている。先ほどの戦闘も粘体(スライム)でなければすぐに逃亡を選ぶ。

 

(……気持ち的にも本来の自分とは何か違う気がするなー。無痛症が命に希薄になるような事と一緒なのか……。じゃあ、ちゃんと『痛み』を感じたら俺も常識人になれるのか?)

 

 手っ取り早い方法としてはルベドに攻撃してもらうこと。

 今のヘロヘロを打倒できるのはおそらく彼女だけだ。躊躇(ためら)いに関しても。

 調子に乗る時が一番危険だという事はヘロヘロの世界でも常識となっている。それを今一度思い出しながら暗い洞穴を進み続けた。

 疲労しない点からも途中でやめようかな、という気持ちが湧かず、行けるだけ行ってしまおうという気持ちがとても強かった。

 だからといって延々と突き進むことは出来ない。というかしてはいけない気がした。

 

(待ち人が居るから)

 

 ゲームのキャラクター(NPC)だろうとも待っていてくれる存在に変わりはない。今も連絡すれば返答してくれる。

 それに急ぐ旅でもない。

 ――会社の事は多少気になるが――既にだいぶ時間が経過してした。

 ブラック企業たる自分の会社がどういう立場を取ろうとも今のヘロヘロにはどうすることも出来ない。それゆえにどうなろうと今更な話しなので――

 

 知ったこっちゃねーんだよ。

 

 なんて上司に言えるわけもなく――

 いくらNPC達に慕われようとも、それはゲームの中での話しだ。

 王様気分は所詮夢。

 

(でも、折角出来た自由な時間を無駄に使わないようにしなければ)

 

 ゲームと現実だとヘロヘロは現実に比重を置く。それは単にゲーム内では腹が膨れないからだ。

 虚構もまた夢と一緒。

 

          

 

 虚しい思考に囚われ始めたので目の前の探検に意識を向け直す。

 鉱石などを根こそぎ採取しているわけではないので進みは早かった。

 今のところ見える鉱石の中に特殊なものは発見できず。だいたい皆同じに見えた事も理由の一つだ。

 一応、()()()の為に多めに確保しつつ、更に奥へ突き進む。

 餌となるものが見当たらない為か、モンスターとの出会いが少ない。

 

(……そして、この霧……。何らかの力があって生物が生きていけるのなら充分警戒すべきだ)

 

 今のところ濃淡の変化は一定で、濃くなったり薄くなったりする程度はずっと変わっていない。

 毒性についてはもう諦めている。メイド達を入れる時期に改めて調査することにする。

 モンスターが生息できるところから大したことはないと思うが――と思考しながらシモベに覚えておくように命令しておく。

 記憶力に関して信用していないので何かに書き留めるように、と。

 そうしてどれだけ進んだだろうか。

 たくさんの蝙蝠を発見したり、水色の粘体(スライム)を蹴散らしたり、蛇の集団に出くわしたりしながら進んだ。

 何度か拠点に戻ることを繰り返し、費やした日数は一週間――体感的には――を既に超えた。ここで現実への回帰に希望を抱くことを諦める。

 未だに自身が存在し続けられているし、警告も無い。更には精神的な部分でも特に違和感らしいものが無かったので。

 

(疲労度から言って……、既に死んでいるか……。病院で透析でも受けているか……。後者はあり得ないけど)

 

 透析を受け続けられるほど、貯蓄に余裕など無い。でなければ転職を繰り返したり、ブラック企業だと分かって働いたりしない。

 休んでいる余裕は自分達には無いのだから。

 

「……しっかし、果てが無いな……この洞窟」

 

 疲労しない事を考慮に入れても広大過ぎないか、と不安になってきた。

 進んでいる場所が悪いのか、いずれは溶岩地帯に出そうな気がした。

 入り口が一か所だけで出口は無く、いずれは壁に突き当たる。それがこの洞窟の仕組みなのかもしれない、と思った。それと階層構造になっているが自然の洞穴だから地面が平らだ、という保証も無い。

 入り組んだ通路を進んでは戻りを繰り返し、果てを目指すものの見えるのは変わり映えのない景色ばかり。さすがにヘロヘロとて新発見を望む。

 無駄に一つの洞窟の探索ばかりしているわけにはいかない。外の世界も探索する予定なのだから。

 

(……思っていた以上に距離があるな。少し意地になって進んじゃったけど……)

 

 高低さを除けば幾分か距離は短くなるとしても――五〇キロメートルは過ぎたはずだ。駆け足で進んでいたら反対側に出ていないとおかしいくらい。それと脇道もたくさん通った事は考慮し忘れた。それと滞在日数から、あまり進んでいない気もした。

 (しばら)くゲームを休んでいて忘れていた()()()を思い出す。

 

 倒したモンスターが金貨などを落とさない。

 

 他のゲームではどうだか知らないが、ユグドラシルに出てくるモンスターは倒すと一定額の金貨と『データクリスタル』というアイテムを落とす。

 主に武具に取り付ける強化アイテムである。

 職業(クラス)特殊技術(スキル)によってはモンスターの肉体から様々な素材を剥ぎ取る事も可能。

 今まで出会ったモンスターは死体が残るところから失念していたが、やはりゲームの世界とは違うようだ。

 

          

 

 いくつかの分かれ道と下方に続く穴などを探索していく。

 大勢の冒険者が挑むような場所ならそろそろ誰か彼か見つかるものだが――

 モンスター以外の発見は無い。

 

(ここまで深く進めるのであれば拠点として使うことも考慮に入れるか。自力での脱出が大変という問題もあるな……)

 

 それと妖しく輝く鉱石と先ほどから見かける草にそろそろ飽きてきた。

 もう少し種類豊富に存在してほしい。モンスターこそ色々と居るのは確認できたけれど、それらが生活するには()()()キツイ世界だと思った。特に栄養面が劣悪。

 草が生えているから土に多少の栄養はあると思うけれど、日の光りのない世界での暮らしは不健康極まりない。

 

(それと、こういう暗黒空間において生物は大抵目が退化しているものだが……。その辺りの進化は考えられていない気がする。……誰が、だって? もちろん、ゲーム的な発想さ)

 

 と、内なる心も独り言が多くなってきたヘロヘロ。

 長時間一人で居るのは危険だと思えてきた。

 精神面の攻撃に強い異形種も元が人間だからか、平然とすることはまだ不慣れなところがあるようだ。

 それと長時間暗黒空間に居るヘロヘロの精神はまだ恐怖に塗り潰されていない。その事に本人も驚いた。

 ゲームの場合は視界に何らかのウインドウが出ていて、耳には専用のBGMが聞こえてくる。しかし、ここには音楽的なものが無い。

 耳鳴りこそ感じないが、人間のままであればもっと早く引き返しているところだ。少なくとも平然と奥に進む自信は無い。

 

(……一人で探索するからダメなんだ。かといってソリュシャンを連れてくるわけには……)

 

 いや、と思い直す漆黒の粘体(スライム)

 仲間の目があるから引け目を感じていた。であれば今は開放的になってもいいのではないか。裸は見たし、触ったし。――正体は粘体(スライム)だけど。

 一般メイドは無理だとしても今まで出会ったモンスター程度なら大丈夫だと判断する。

 仮にもっと強いモンスターが出てもいいように配慮すればいいだけだ。

 

 ――なんて考えもすぐに否定する。

 

 何事も最初が肝心だ。過度な慎重も後々の事を思えば――いや、とまた否定する。

 行動指針において情報過多な世界で生きてきたヘロヘロにとって何もない状態からの出発は高難易度のダンジョン攻略並みであった。

 

          

 

 何処までも続くと思われたタンジョンも同じ景色が続くと飽きが来る。新たなモンスターや発見などがあれば好奇心が育むものだが――

 長い時間の停滞は精神的に(いら)つかせる。普段は温厚であるヘロヘロにも我慢の限界というものがある。

 戦闘以外で感情を爆発させるようなことは滅多に無い筈だと思っていた自分の感情に戸惑う。

 

(……NPC達が自我を得たように……。いや、この場合はキャラクターに設定されたフレーバーテキストの影響か。であれば……、自分も何かしらの影響があるのかも……)

 

 長い時間を暗い洞窟で過ごしているので雑念が今は凄まじく襲っていた。

 モンスターに関しては既知のものばかり。景色も見栄えはもう無い。

 仲間が居ないので話し相手は(もっぱ)ら自分自身だ。そのお陰か、冷静に物事を考えられる。半面――新しい発見は出来ない。

 自分の分からない事をもう一人の自分が答えられるはずがないので。

 堂々巡りの繰り返し。頭では分かっている。――無駄である、と。

 

(種族や属性の効果が発揮されているのであれば自分の性格も変質しているとか。対人スキルに影響が出るとか……)

 

 難度か頷きながら前を進むヘロヘロ。

 雑念に囚われているにもかかわらず、周りの事柄もきちんと把握できる。出来ていると言った方が正しいか。

 思考はとても鮮明である気がした。ただ、時間感覚には自信がない。

 

(いずれ自分の自我が消えてキャラクター本来の感情とかに飲み込まれるのかな。あり得ない事も無さそうだけど……、現実的ではないよね)

 

 種族的に外部からの精神攻撃に対して完全耐性を持っている場合、何事にも動じない。それが本当かは実際に体験しなければ分からない事だが――

 過度の感情の起伏に対して何度か抑制されている気がする。そうでなければいつまでも一人で洞窟内をウロウロ出来るわけがない。

 ゲーム的な感覚があるから殺人も平気な面がある。けれども、現実で殺人が出来るわけがない事も知っている。

 

(もし、ここがリアルであるならば俺は精神を保つことが難しい立場となる。逆にゲームであれば平然としていられる。……しかし、リアルにもし、ゲーム的な要素が本当に紛れ込んだ場合は……。逆の立場も考えたいところだが……、今の俺は粘体(スライム)だからな……。何の説得力も無い)

 

 粘体(スライム)だけど今は人型として歩き続けている。

 長い時間を過ごしているお陰で随分と動作に慣れてきた。

 慣れた、というか自然に振舞えるようになった。

 鏡を持参していないので顔の表情もいずれは訓練しようかな、と思った。

 

          

 

 奥に進み、適度に拠点に帰還することを繰り返しながら何日か過ぎた。その間、NPC達は何もしていないわけではなく、拠点内にあったアイテムの整理を続けていた。

 まず、金貨の量が尋常ではない。二部屋分が埋まっていた。

 アイテムに関して、データクリスタルが幾分かあったがヘロヘロは加工できない。これは部下に任せた。

 武具に関して、一通り揃ってはいた。餞別というには乱雑さが目立つ。

 

(普段着があれば良かったけれど、メイド服の替え以外は期待できないしな。……粘体(スライム)が服を着て歩くことはほぼ無かったし……)

 

 書籍データは管理していたアンデッドが記憶しているという事で、幾分かは再現できる模様。――それがどこまで本当かは今は確認しない。

 しない、というよりは確認の仕様がない。全書籍データをヘロヘロも記憶しているわけではないので。

 食事のできないメイド達は部屋の掃除と片付けで時間を潰し、(ヘロヘロ)の帰りをただひたすら待つ。

 洞窟内で捕らえたモンスターの数が多くない上、毒を持っている者が多かったので食料にするのは諦め、生態などの調査を任せた。

 

「アイテムの効果によって空腹は感じません」

「多少の食欲はありますが、慌てるほどの事は……」

 

 メイド達の口から普段とは違うセリフが出てくる。それがとても新鮮に感じた。

 物静かなシズと自分が創造したソリュシャンも聞き覚えのない言葉を使ってくる。

 

「いつまでも洞窟に引きこもっているわけにはいかないから、一通り済んだら街などを探すことにする。……近場ならソリュシャン達に探索をお願いしたいが……、行ってくれるか?」

「ご命令下されば、いつでも……」

「……特殊技術(スキル)の使用をご許可いただけたら……、隠密にて……」

 

 この世界の住人がどういう存在か不明の今、自分達の正体というか姿を見せるのは得策ではないと判断する。

 原始時代という事はありえないような気もするが――ともかく、余計な追跡が無ければ良しとする。

 勝手な交渉によってどういう事態が引き起こされるのかも不明であるため、ここはやはり自分が先に進むしかない。

 それぞれに役目を与えた後はやはり最大の懸念であるルベドの処遇だ。

 

          

 

 二人を下がらせた後、至高の御方自ら彼女(ルベド)の部屋に赴く。

 誰が一番偉いのやら、と自嘲気味に苦笑が漏れそうだが――自身は今は粘体(スライム)種なので人間的な表現が出来ない。

 ソリュシャン達が柔軟に表情を変化させられるのに自分は未だにゲームキャラクターのままのような気がする。

 扉をノックしてみたが返事は無い。だが、外出した、という報告が無いので居るはずだ。

 

「入るぞ」

 

 そう言いつつ扉を開ける。

 中から女の嬌声じみた叫びは出ず、また着替え中の場面でもなかった。

 部屋の主であるルベドは椅子に座ったまま無言で佇んでいた。

 ――表情は判別できないが瞑想しているように感じた。

 作り物の仏像の様な――非人間的造形の存在。実際、動像(ゴーレム)種であるけれど。

 

「……寝ているのか?」

「……起きてる」

 

 種族的に睡眠を必要としないので起きているのは知っていた。ただ、本当にいつまでも起きていられるものなのかは分からない。

 設定がどこまで忠実かなど誰にも分からないものだ。不死性のモンスターだって死ぬのだから。

 身じろぎ一つしない完璧な動像(ゴーレム)たるルベドに少しだけ見惚れつつ近くにあった椅子にヘロヘロは座った。

 第八階層に封印されし、ナザリック地下大墳墓の最終防衛ラインを守護するクリーチャー。

 プレイヤーが想像できるNPCの中で攻防に秀でたモンスターだが、それゆえに弱点もある。むしろ、それがあるからこそゲームバランスが保たれているわけだ。

 実力から見てヘロヘロが物理的にルベドを打倒することは不可能に近い。

 

(魔法攻撃に強く、物理防御も高い。それゆえに専用の武具や魔法を持っていなければ戦闘にならない)

 

 低レベルのプレイヤーが高レベルのプレイヤーに勝てるはずがないのと似たような理屈だ。

 レベル的にヘロヘロの方が高く、ルベドとて彼を打倒することは難しい。けれども――勝てないけれど負けもしない。

 長期戦に持ち込まれても勝敗は決しないのではないかと。

 

(プレイ時間から見れば自分の敗北は必至……。俺には出社時間という弱点があるからな)

 

 そんな事を考えつつ――ルベドの姿を頭から足元まで眺める。

 他のキャラと違い、全身緑色。武具を除けば色合いは単調である。

 赤い髪の毛を持つと言っても全体から見れば異様な雰囲気しか感じられない。

 

(シミュラクラ現象だっけ? パレイドリア現象?)

 

 動いたり喋らなければ生物には到底――見えない。それが一度(ひとたび)動き出せば雰囲気が激変する。

 白銀の全身鎧(フルプレート)と腰に()げられている光り輝く(さや)

 武器に関しては矢鱈(やたら)と目立つので地味なものにしてくれと思うものの未だに提げているところから、タブラの命令によるものが大きいのかなと思い首を傾げる。

 

 炎舞剣(ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット)

 

 その名の通り炎を振り撒く剣。それが納まっている。

 名称こそ格好いいがランク的には神器級(ゴッズ)の一つ下である伝説級(レジェンド)

 鞘が派手なのは演出であって性能とは関係ない。

 

「仕事が無くて暇かなと思ったのだけど……、どうなんだ?」

「……暇かと問われれば……否定はしない。……でも、私が動かない内は平和だと言われている」

 

 確かにそうだ、とヘロヘロは納得する。

 ルベドが起動する事態はナザリックの危機だからだ。だが、ここは既に地下大墳墓ではない。ただの小さな拠点だ。

 手持ちのアイテム以外ではメイドを守護するくらいしか仕事がない。

 変身生物でもないので原住民との交渉はとても難儀する事になる。

 自分の中では恒例になりつつある『装備を外せ』命令を敢行してみる。大体の予想は出来ている――問題は命令を聞くがどうかだ。

 種族的に裸になっても差し支えない。元々性別も有って無いようなものだ。

 

「……そもそもインベントリの機能を扱えるのか?」

 

 NPCは大体個人的にアイテムを収納する機能と行使する能力が備わっている。これはソリュシャンとシズで確認済みだ。一般メイド達は確認していないが出来るはずだ。

 召喚モンスターと傭兵は自前の装備以外は何も持っていないし、仕様によってインベントリは扱えない。

 

「……タブラ様より(たまわ)ったアイテムの収納方法の事ならば……出来る」

 

 目の前に突き出されたルベドの手が異空間に飲み込まれる。この機能はゲームの中であれば違和感が無かった。けれども、現実世界でこのような現象は不可解というか不安要素というか――とにかく尋常ではないはずだと感じた。

 どうやって異空間を認識しているんだ、と他人事のように――自分も出来るけれど原理が不明である。

 

          

 

 表情が判別できないが淡々と自信の武具を外しているところを見ると命令を遵守する気持ちのようなものがあるようだ。

 赤と緑以外の色が無いため、感情の起伏も読めない。シズ以上に淡々とした喋り方もまた判断に困る。

 鎧の中から現れた裸体というか本来の肉体はやはり緑色。

 透き通っているように見えるほど美しい宝石細工ともいえるルベドの肉体。

 

(造形的には女性で間違いないが動かないと彫像と大差ないな)

 

 耽美で淫靡な様子は感じず、裸体を素直に美しいと感じる事が出来た。もし、人間的にでも色が豊富であったならば卑猥な事必至であると自信を持って言える。

 滑らかな曲線美に引き締まった肉体。腹筋も肉質的に六つに割れている。――動像(ゴーレム)なのに。

 極端に筋肉が発達しているわけではないけれどタブラ・スマラグディナがどういう思いで設計したのか、ヘロヘロには分からない。しかし、転移後の世界で彼女達はゲーム以上の肉体を手に入れたのは間違いなさそうだ。それも種族問わず。

 

「……美しいな」

「……ん。……これ以上は有料コンテンツです……」

 

 上半身は無料。それはタブラが仕込んだセリフなのかは不明だが、小癪(こしゃく)なと言いそうになった。

 一般的な動像(ゴーレム)は武骨な岩石の寄せ集めが多い。中にはロボットのようなメカニカルなものも居るけれど。

 プレイヤーによってデザインされれば美しい女性体も可能である。しかし、それは外見だけだ。

 中身は他の動像(ゴーレム)と何ら変わらない。

 ――それにしても見事な乳房である。とてもプレイヤーが設計したとは思えない。

 隠された部分は独自補正によって形作られているとみて間違いなさそうだ。

 

 ありがとう異世界。

 

 ヘロヘロは心の奥底から感謝した。いっそ大声で礼を述べたいくらいだ。

 一人で大声を上げる度胸が無かったのでしなかったが、誰も居ない所では言う自信がある。

 形の良いおっぱいを見る事は心というか精神の安定剤だ。これは医学的にも証明されている。

 触ったところで自身の粘体(スライム)より硬いだけのもの――だと分かってはいるがやはり触りたい気持ちにさせる。

 自然と手、のようなものを伸ばす。しかし、感触が鉱石と一緒だと――頭では――分かっているので途中で引っ込めた。

 触るのが有料であるならばルベド自身に色々と動いてもらうしかない。

 身体を軽く揺すってもらう。すると、なんとおっぱいがプヨンプヨン――またはポヨンポヨン――と揺れるではないか。どういう原理なのか大いに興味が湧く。

 鉱石で微動だにしない筈なのに。あたかも軟らかい物質であるかのように。

 色は単一。形がなんとなくわかる程度の乳首もあった。

 アルベドも巨乳の部類に入るが――タブラの奴め――ルベドも結構な大きさがあった。

 

「……腕は硬いのにな」

 

 彼女の露出している腕をガントレットで叩くと硬質的な響きが音として聞こえてきた。

 球体関節のようなものは無く、生物と動きはほぼ一緒。見た目には実に奇妙なものだ。

 命令をする(たび)に赤い眉が寄せられるので感情が欠落しているわけではない。判別が難しいだけだと分かる。

 虹彩のない単一な色調の眼球ではあるが涙とか出たりするのか気になった。――予想としては涙は出ない。水分を必要としない筈なので、小水(おしっこ)も当然出ない。

 ヘロヘロでは硬質的な感触しか得られないのでルベドに胸を触ったり、押してもらえないかと頼んでみる。当然のように嫌そうな顔をされたが、命令として受け取った事は素直に実行に移してくれた。

 鉱石なのに指で凹む大きめの胸。自身の肉体であれば生物的に変化させられるようだ。その柔軟さが不可思議なのだが――実際に目にしているから信じるしかない。

 あまり機嫌が悪いままだと胸をむしり取るんじゃないかと思ったので深追いは止めておく。

 

粘体(スライム)である自分にこれ以上の卑猥な行動は物理的に無理だ。いわゆる性的興奮の度合いは興味以上は高くなっていないと思うけれど……。種族の枠組みから外れる事は無いんだろうな……)

 

 粘体(スライム)に性別は無く、種を増やす方法は『分裂』だ。

 プレイヤーやNPCが自己分裂することは無いようだが、出来たらできたで色々と問題が発生しそうだ。

 無駄に増えたものは減らすのが基本。であれば、誰を消すかで揉めるのが『お約束』というもの。それが自分には絶対に起きない、などという事は無いと思われる。その辺りの嫌な考えては怖いので保留にしておく。――もっと落ち着いた時に改めて考える事になる案件だと判断した。

 ちなみに動像(ゴーレム)も生物は無く、種を増やす方法は創作系による特殊技術(スキル)や魔法のみ。自然発生する事は――基本的には――無い。その筈なのだが――肉体的に生物に近く、卑猥な行為()()出来そうに思えた。

 腕の感触から実際には硬過ぎて人間にどうこう出来るとは思えない。あくまで見るだけ。

 

(……とすると自慰行為が出来るのか? まさかな……。中身が鉱石なのに生物的な反応を示すわけが……。体液とか無さそうだし)

 

 と疑問に思うが全てを否定することは出来ない。

 既にあり得ない事態が起きているのだから。絶対に出来ない、とは言い切れない。

 出来たらできたで興味深い。見た目にも美しい娘だと思うので。形だけだとしても――

 

「……よいものを見せてもらった。ありがとうおっぱい」

「……変態め」

 

 無感情な筈のルベドの一言が物凄い攻撃性を持って襲ってきたように感じられた。

 自業自得なので文句は言えないけれど。

 鎧を改めて身に着けたルベド。ここで疑問が生まれた。

 彼女は内着を着ていない。そもそも服を着る必要が無いが――

 普段の生活において――人間時のヘロヘロであれば――色々と下着類を身に着けるのが当たり前になっている。けれどもゲームでは『装備枠』という概念があり、余計なものを追加できない。

 例えば指輪は基本的に二個まで。それ以上は――装備自体は出来る――効果の恩恵を受けられない。受けるためには課金で装備枠を増やす必要がある。

 

(素足に(じか)に靴を履いている。靴下があっても装備品として認識されているのか、身に着けようとしない)

 

 ソリュシャンの網タイツも装備品扱い。

 普通は戦闘に関係の無い物は邪魔でしかない。おそらくそういう考えがNPCの身体に染みついている。

 出来る事と出来ない事がある。その判断にこれからも悩ませられる事になるのだろうな、と。

 

          

 

 ヘロヘロ自身は奥手であると自覚していた。それが今は平然と命令を口にしている。そこに羞恥心は無いのかと自問すれば『ある』とはっきり言い切れる。

 転移後に調子に乗っている所が無いとは言わない。明らかに自分のテンションは急上昇している。

 仕事の疲れで精神がおかしくなったのかな、と思わないでもないけれど――

 ここでゲーム的に思考すれば色々と納得できることがある。

 基本的に粘体(スライム)種は知性を持たない。もし知性を持てば様々な種族的能力を失う。それをカバーする為に様々な職業(クラス)を取得し、特殊技術(スキル)を身に着けていく。

 

(外部からの精神攻撃に対して完全耐性を持つ……。もし、デフォルトのフレーバーテキストが適応されているのであれば今の自分も何らかの影響を受けている事になる)

 

 本来のヘロヘロの性格も今後歪んでいく可能性がある、という予測が出来る。それが良い事なのはゲームの中だけ。

 異性に対して()()興味を持っているのは人間的だと言える。感じ方にも違和感は無い、とは言い難いが――

 いずれ人間に興味を無くして――いよいよ――モンスターじみた存在になってきたら、と思うと怖い。しかし、その恐怖も種族的に解消されるのであれば自分は果たしてどこまで抵抗でき、また()()()()()()()()()()を守れるのだろうか、と。

 

(人間に興味を無くしたらもうモンスターだ。今は()()……そうであっては困るという思うがある)

 

 ()()を無くしてしまえば元の世界に未練は無くなるし、モンスターとしての特性を持った化け物として徘徊し続けることになりそうだ。

 少なくとも知性は失いたくない。勿体ないから、という思いがある。

 

(思考しないことが幸せ、という言葉もあるけれど……。それは単なる歯車として生きる肉塊と大差がない)

「……ヘロヘロ様は私のおっぱいを見に来ただけ?」

「……ん?」

 

 通常であれば卑猥な単語は口に出来ない。それがゲーム上での仕様であるならば疑問は無い。しかし、規制にうるさいゲーム『ユグドラシル』ではNPCであっても『おっぱい』という単語を口に出来る者なのか、と疑問に思った。

 実際に口にしているので何の支障もない、と思いたい。

 

「それは興味から。ルベドが普段はどういう暮らしをしているのかなーと思ってね」

 

 性的な興味が()()()強くなっているのが自分でも理解できないが、見せてもらえるものを拒否する理由は無い。

 だって男の子だもん、と。

 異性にきちんと興味を持つことは生物として健全であると言える。そうでない場合は創作物に登場する童貞主人公くらいだ。

 ――いや、奥手なのに女性に興味があり、なんのかんのと世話を焼きつつ自分の世界では何もしない引きこもりの主人公だ。

 好きな言語はドイツ語。好きな色は黒。好きな言葉使いは尊大なもの。

 都合のいい多くの能力を持って世界の危機に立ち向かう。あと、勝手にトラブルが発生し、よく巻き込まれて、よく勘違いされる。そして、何故かバレる事を恐れる。

 長文の言い回しが好きで、自分に都合のいい論理を()くし立て――

 

(思考がつい暴走気味に……。とにかく俺は自分の欲に忠実になろうと思う。別に粘体(スライム)だからというわけではない。奥手になる必要がないからだ)

 

 好きな人が居るわけでもないし、帰りを待つ家族が居るわけでもない。

 目の前に女性が居て話しかけたり、触れあったりしてはいけない法律は今は無い。

 ユグドラシルの規制も無い。ただ――生物的に性的な行動は出来そうにないけれど。

 接触くらいは許してもらいたいものだと男子たるヘロヘロは()()思った。

 

「……ここで瞑想している。……タブラ様の(めい)により……、私は危機的状況時にのみ行動するべきだと……」

 

 確かにそれはユグドラシルであれば正しい判断だ。しかしながらここはユグドラシルではない。ルベドにも行動してもらわなければならない事態が起こりうる可能性がある。

 具体的には拠点防衛だ。――ナザリック防衛とさして変わらない気もするけれど。

 もし、序盤の街であればルベドの活躍はほぼ無いと言ってもいい。それでもずっと部屋に閉じ込めておくのは可哀想だと思った。

 それから――尋ねれば意外と喋る彼女に少し驚いた。

 無視されるよりはましだ、とヘロヘロは苦笑しつつ何かあれば動いてもらうことを伝えて部屋を出る。

 

          

 

 敵対行動に取られない事がこんなにもありがたいと思った事は久方ぶりだ、と流れない汗を流すヘロヘロ。

 発言に注意しなければならない筈なのに勇気あるな自分。やはり種族的な特性が影響している、と思った。

 

(今の調子だと女性陣全員の裸を見る流れじゃん。ギルドメンバーが居たらフルボッコ確定……)

 

 こういう時に仲間が居ない事をありがたがるのは不謹慎だなと思いつつも安心している自分が居る。

 同じ趣味を持つ仲間が居ればもっと酷い内容になっている。一人だからこそ、この程度で済んでいると思えば幾分か精神的にも安らぐというもの。

 しかし、人間が一人も居ないので自分の知っている反応が確認できない。それについて解決すべきなのか、彼女達をありのまま受け入れるべきか――

 人間の心を持つと言っても見た目は異形種だ。無理に変更するのは得策とは言えない。

 

「……そんな事をする自分は何やってんだか……」

 

 言葉として発すると確かにそう思う。

 言霊(ことだま)はゲームに関係なく力のある概念だと改めて感じた。

 口直しに他のおっぱいを確認するわけにはいかない。素直に自室に戻る事にした。

 裸体ばかり見ていては飽きてしまう。

 改めて洞窟攻略に赴きたいが一人で行くのは気が引ける。かといって拠点防衛をルベド一人に任せるのも心配だ。

 

(変に隠蔽するより早めに街を見つければいいだけ……。洞窟内が安全とは言い難いし……)

 

 もし自分であれば洞窟内に妖しい拠点があれば調査する。冒険者としては真っ当な判断だと思う。であれば引きこもるのは悪手だ。

 予定を急ぐ事にする。

 部屋に戻りつつソリュシャンとシズを呼びつける。こういう時、魔法による情報伝達技術はありがたい。

 機械端末による連絡手段があるわけではないし、あればあったで色々と問題が出そうだ。

 余計な荷物を残して改めて姿鏡で確認していると二人の戦闘メイドが数分も経たずにヘロヘロの部屋に駆け付ける。

 中から見ると二〇から五〇くらいの部屋が納まっているように見える。数値が大きく左右するのは数えていないからだ。

 少なくとも連れてきた部下たちに個室を与えられる程はあった。

 

「ソリュシャン、シズ……。御身の前に」

 

 戦闘メイドが片膝をついて挨拶するのをすかさず手で制しておく。

 儀礼についてはお着いた時に考えるとして、今は今後の予定を優先する。

 

「戦闘メイドを連れて行こうと思うのだが……、拠点防衛も疎かにできない。……ルベドはどうも頼り甲斐が無いし、片方を連れて行こうにも……」

 

 居残りを希望する部下はおそらく居ない。特にソリュシャンは創造者の特権が適応される。――そうするとシズの機嫌が気になってしまう。

 仕事の為ならいきなり裸になるかもしれないが、全員を引き連れるわけにもいかない。このあたりの匙加減が難しい。

 召喚物や傭兵モンスター以外で潰しの効く者が居ないからだ。

 

(普通に考えればアンデッドモンスターで事足りる。しかし、だからこそ弱点が露呈して対処される可能性がある)

 

 信仰系と魔法に特化したプレイヤーならばアンデッドモンスターを駆逐するのは造作もない。ヘロヘロもそう思うほどに。

 見つかっている動物類だけであれば脅威は然程ないのだが――

 何事にも絶対は無い。

 

「単なる火力だけであればシズが適任でございます」

「………」

 

 シズは自分が足手まといになると自覚していたので、文句を言わなかった。

 そもそもルベドとは違うけれど、シズもまた外に出すには問題のあるNPCだ。

 ナザリックの様々なパスワードを所有しているという点で。

 

(時にはNPCに判断させるのもいいかな、と思ったけれど……。手柄欲しさに前に出ると予想していたが……、外れちゃったかな?)

 

 状況を理解できない者であれば一歩前に出てもおかしくない。

 見知らぬ世界で堂々とできる存在は余程の冒険者か馬鹿だけだ。一時(いっとき)後ろを振り返り、ひ弱なNPC達を見て、それでもまだ前に進めるとすれば無責任極まりない。

 ヘロヘロもメイド達を気にしているからこそ帰還している。そうでなければ勝手にしろと言っているところだ。

 

          

 

 本音を言えば全員と言いたいところ。かといって大所帯では全員を守り切る自信が無いのも事実。

 適切な取捨選択をする事こそが今後の活動において大切なものとなる。それには多大な決断力が要求されるけれど。

 ソリュシャンの言葉を受け、ではシズを選べばいいのかと言えば色々と問題が出てくる。人はそれを『ジレンマ』と呼ぶ、かもしれない。だが、彼女が許してくれればその選択を採用してもいいと思った。他に選ぶ余地があれば――

 

「では……、防衛はソリュシャンに任せる」

「はっ! この身に代えましても全力で務めさせていただきます」

 

 彼女が深く頭を下げたのを見てからシズに顔を向ける。

 少し首を傾げてみせると彼女(シズ)は頷いた。今のは単なる仕草で特に意味は持たせなかったが、彼女にとっては了解と理解してもいいのか、という様子に取ったようだ。

 ――わざとそういう雰囲気を醸し出したのだけれど――

 つまり結局、無言で尋ねた事と一緒じゃねーか、と自分に突っ込む。

 

「武器は短剣などの近接戦闘のみ。重火器の使用は禁止だ」

「……了解しました」

 

 シズにとって重火器の使用禁止は罰則に匹敵する。だが、ここはあえて異世界ファンタジーの世界観に合わせた方が何かと都合がいい。なので無理にでも呑んでもらわなければならない。

 僅かばかりの危機感を持っていたが素直な返答に安堵を覚える。

 自主的に行動し、思考するNPC達が我欲を見せない――または隠している――おそれがある。つまり何を考えているのかヘロヘロにはもう分からない。

 反旗を(ひるがえ)されれば今後の活動に支障が出るのは自明の理――

 素直な態度もいつまで続くか不明だ。

 

「……命令ばかりでは心苦しいかと思う。武器を制限する理由でも聞いてもいいぞ」

 

 一方的な命令ばかりでは――自分ならば嫌だ。

 上司に素直に答える馬鹿は居ないか、とも思ったが少しだけ待つことにする。

 彼女達は質問する権利を有する。その辺りを尊重できないわけではない。――たまに忘れる事もあるかもしれないが――

 

「では、おそれながら……」

 

 と、ソリュシャンが発言する。するとそれに驚いたのかシズが彼女に顔を向けた。

 僅かに口が開いたので自分も発言しようとして先を越されたことに驚いたようだ。

 ここは早い者勝ちだ。だからこそシズに発言せよ、とは言えない。

 

「未知の世界において自分達の能力を見せないためでございましょう? 我らが勝手気ままに行動することは多くのデメリットが発生すると思われます。なによりひ弱なメイド達が危機にさらされる……」

 

 流暢に紡がれる女性の言葉――

 聞いているだけで満足しそうになった。話し半分頭から抜けてしまったのは内緒だとしても――大体はその通りだと言っておく。

 防衛能力を持たないNPCに任せられない場合は身動きが取れない。最悪、ヘロヘロは拠点そのものを放棄しなければならなくなる。それは大いにデメリットであり、最大級の損失だとも言える。

 折角友人から餞別を貰ったのだから。それを無駄に消失させては心のダメージが甚大である。

 

「憶測でしかないけれど……。多くの経験則がある。敵対よりは友好的に……。我々には守るものが多い」

 

 この言葉にソリュシャンとシズは揃って頷いた。

 もし、弱者は切り捨てる、という風潮であれば闇雲に突き進む。時にそれは有効となりえるが――非常にバカっぽい。ゲームの中でならばそれもアリではある。

 そんな勇気がヘロヘロにあれば苦労などしない。無いから慎重になる。

 うっかり攻撃したのがとてつもなく強大な敵であったら一瞬で蹴散らされるのは自分たちなのだから。知らないまま突き進むのは無謀でしかない。

 せっかく知らない土地に来ているのに、あっさり退場など勿体ない。

 

          

 

 ソリュシャンからの許しがもらえたのでシズに外出用の準備を命令する。

 戦闘メイドの服装では目立つので地味目で身軽なものを――

 これは彼女に戦闘をさせるのが目的ではなく、単なる助手としての扱いだ。時には戦闘もやってもらうかもしれないが――目的は探索だ。何事も少しずつ進めていく。

 ソリュシャンには他のアンデッドと共にアイテムの整理整頓――または書類のまとめを命じた。

 メイド達の扱いについては後日、という事にして――

 

「いつまでも洞窟に入っているわけにはいかない。のんびりするのは地に足がついた、と感じた時だ」

「はっ」

 

 返事はソリュシャン一人だけ。シズは既に準備のため退出していた。

 改めて他人に命令する、という行為の精神的負荷は意外と高いことに驚く。

 いくらモンスターのアバターだとしても中身はやはり人間のまま――

 

(臓器の痛みは疑似的のようだから吐血はしないと思うけれど……。擬似的でも痛いと思うのは自分の精神において大事なことかもしれないなー)

 

 だからこそ――自分は人間的に行動できる。そうでなければアバターに精神を奪われて知性のない単細胞生物として生きることになってしまうかもしれない。

 目の前のソリュシャンのように自我を得たとはいえ、中身はモンスターだ。しかも自分が知性を与えた賢くて対処の難しい強敵だ。

 今はまだ黙って殴られてくれると思うけれど、いずれ反撃に回られて、(あるじ)の座から落ちることになる。その可能性は――きっと――高い。

 

(自分で作った会社を社員に乗っ取られることも珍しくないしなー。……俺、いつまで有能扱いされるんだろう……。……そこまで大層な人間じゃないですよ……)

 

 期待に応えようという気持ちはギルドマスターほどには無く、適度に楽しければいい程度だ。

 しかし、今は戻るべき方法は見つかっていない。火急的、または可及的に行動しなければならない筈なのだが――慌てても仕方がないと落ち着いた思考が湧き出る。

 今、元の世界に戻ったとしてもクビは確定だ、と想定して――これからNPC達と共に生活しなければならない。一人では寂しいし、助手となる者の存在は必要だ。そうヘロヘロは思う。

 意外と冷静なのは粘体(スライム)種だからか。

 社会人としては慌てるのが正しいと頭では分かっている筈なのに――

 いや、ちゃんと慌てている。粘体(スライム)らしくのんびりしているように見えるだけ、と自分に言い聞かせる。

 

          

 

 ソリュシャンに拠点防衛などを任せ、準備の終わったシズと共に洞窟に向かう。

 ここ数日の間に妖しい気配はなかったけれど、今回は一気に進んで適当なところで引き返す。そして次に移行する。

 

「……随分とラフになったな」

 

 いつものメイド服ではなく、全身を雨合羽(あまがっぱ)で包んだような感じた。

 泥汚れには最適のレインコート、といったところだ。

 では、中身はどうなのか――

 

(全裸……というわけではなと思うけれど……。素足に靴を履くところからありえないこともないような……。最低限下着は履いている……筈だ。……いや、種族的に意味がないからマッパということも……)

 

 シズは生物ではないから新陳代謝とは無縁だ、とヘロヘロは思いつつ服の中身が気になって仕方がない。

 自身が粘体(スライム)である筈なのに人間的な興味を持てるのもまた不思議ではある。

 

(靴はいつもの鋼鉄製ぽっいロングブーツ。手には分厚い手袋を着用している。……足元からの跳ね返りで下着が汚れると推測すればかえって邪魔だと判断して履かない選択も……)

 

 洞窟内で虫の存在は確認できなかったけれど、足元から這い上がって来た場合はどうするのか。

 肉体的にちゃんと感触があるならば下着はちゃんと履いておくべき、かもしれない。いや、それよりも粘体(スライム)形態に戻り、足元から見上げるアングルで――

 欲望が少し勝った思考に陥り、自分がいかに変態か自覚するヘロヘロ。しかも自重(じちょう)出来そうにない。やはり普段の自分とは別の性質変化があると見て間違いない、気がした。

 

(……今のままだと女性陣に嫌われそうな至高の御方になってしまう……。たたでさえ禁欲的な生活が続いたのだから仕方がない部分も……)

 

 言い訳が無数に浮かぶが今はそんなことをしている場合ではない。そう思うものの性的な欲求はそうそう収まらない。粘体(スライム)なのに――

 おかしい――そう思うのに。

 

          

 

 強く自制を促せば軌道修正も無理ではない。だがしかし、と――ヘロヘロは困惑する。

 転移後の自分はどこかおかしい。会社から解放されたせいで気持ちが矢鱈(やたら)と高揚している気がする。

 ――シズは下着を着用済みであった。その事実に残念に思うのと同時に安心もした。

 何故分かったのかと聞かれれば自主的に発言したからだ。

 ヘロヘロが怪しい動きで悶えている事に気づいたシズが()()()()で察したようで、そこは素直に驚いた。

 事前に怪しいお願いをした結果ともいえる。頼もしい学習能力であると同時にNPCの恐ろしさも感じた。

 

(下着は履いているけれど内着は無しって事か?)

 

 もし、そうなら水着であるといいな、と。

 女性ものの服飾については殆ど把握していないヘロヘロ。だが、出来れば一揃いはあってほしいと願った。

 

「用意が済んだなら行こうか」

「……はい」

 

 物静かな返事。ルベドと平坦さについては区別がつきにくいので指摘はしない。

 元々感情豊かなゲームではなかったから、気になるほどではない。転移後に感情豊かになったことは気になったけれど。

 今回のお供はシズが追加されただけで影のシモベはいつも通りである。

 室内からの転移により、攻略済みまで場所に一気に向かう。最初から延々とやり直すのは精神的に平気だとしても気持ち的には面倒だなと思ったので。

 

「現場についたわけだが……。灯り無しでも見通せるか?」

「……視界不良は確認できません。……霧の濃度も問題なし」

 

 洞窟内には謎の(もや)が満たされている。けれどもヘロヘロとシズにとっては多少気になる案件ではあるが歩行に支障が出るほどではない。

 相方(シズ)が平気なら進むことにしようと思った。

 霧というか靄に支配されているとはいえ薄く発光する鉱石がたくさんあるので魔法のアイテムを使用しなくて済んでいる。

 歩き始めてすぐにシズは索敵を始めた。このあたりに生息するモンスターは既に把握済みなので彼女の反応を楽しみに待つことにする。

 シモベが居たからとて一人で進んでいた時はほぼ無言だった。今回はシズが居る。

 

「気になることがあれば遠慮なく発言していい。静音については考えなくていいよ」

「……何故ですか? ……敵に発見されやすくなると……」

「ここまで進んだから。ここは結構深い階層に当たる。そして、人間が居ると仮定するには(いささ)か過ごしにくい。遭難者という想定だ」

 

 この言葉使いで理解できるのか失念していたがシズは黙って頷いた。それが理解によるものかは分からないけれど。

 反応を返してくれた分、ルベドよりは付き合いやすそうに思えた。あちらは敵意を見せてくるので。

 

(おっぱいを見せろ、なんて言われればどんな女性も嫌な顔をするものだ。……表情の変化が難しい相手だとしても)

 

 そこはシズも同様ではあったが彼女の場合は腕まくりと裸足(はだし)だけだ。

 もし、上半身裸であればルベド同様の警戒を見せたかもしれない。

 つまり自業自得――

 

          

 

 エメラルドグリーンの右目で前方を見通すシズ・デルタ。もう片方は眼帯によって隠されているが視界不良は確認されないので行動を継続する。

 一歩後ろを歩くヘロヘロも黙ってついてくる。

 

(……周りは相変わらず殺風景なままだ)

「……シズ、隠密などは考えなくていい。前方だけに集中していいから」

「……後方はどうなさるのですか?」

「その時はその時だ。謎の組織の拠点があるとも思えないけれど……、無いとも言えない。その気配があるまでは気楽に進む」

 

 本当はもっと慎重であるべきだけれど、シズの行動が気になるので少し放免してみることにした。

 自我のあるNPCの自己判断の程度を知ることも大事な仕事だと思ったので。

 腰にかかるほど長い赤金(ストロベリーブロンド)の髪の毛はフードの中に隠されており、いつも見慣れた風景と違う新鮮さがあった。

 そもそも戦闘メイドが活躍する場面に覚えが無い。行動は自分達で与えたものだが実際に動くところを見るの事は多くなかった。

 今のところ自分達の役割通りの行動をしているように見える。どういう原理で自我を持ったのか、大いに興味をそそられるのだが――

 何が出てくるか分からない洞窟内で考える事ではないな、と苦笑を漏らす。

 そうして一時間ほどが経過した頃、飲食について思い出す。

 シズは人間のような食事はしないものの特殊な飲料を必要とする。事前にアンデッド達に作らせておいた飲み物を渡す。在庫に関しては特殊技術(スキル)の使用などを併用すれば結構長い期間でも問題がないほど。いざという時は『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』を渡せばいい。

 元々何年も放置したNPC達だ。飲食について昨日今日の問題ではない、はず――

 玉座の間に居たであろうアルベドも餓死していなかったし。

 

(タブラさんが面倒を最後まで見ていたのかもしれないけれど。多くのNPCは放置気味だった。自我を得た今は……、どうなっているのか(はなは)だ疑問だ)

 

 そんな疑問を抱きつつ適度に休憩を挟んで行動を継続する。

 人の足でも結構な時間を要するほどの距離は進んだ頃だろうか、滅多にエンカウント(遭遇)しないモンスターと遭遇した。

 食物連鎖の事情は不明だが、大群に遭遇していないので迂闊な討伐は絶滅に繋がるかもしれない、という考えが(よぎ)る。しかし、大局的に考えると自分(ヘロヘロ)達に関係があるのか、と問われれば分からないと答える。よって、襲ってくるものは迎撃する事にした。

 黙って殺される(いわ)れは無い。NPCであるシズも同意を示した。――もし、彼女が首を横に振れば決断は変わっていたかもしれない。

 見覚えのあるモンスターをシズに相手させると容易に撃破した。重火器の使用を禁止しているので小刀やナイフによる近接戦闘のみだが、苦も無く打倒してみせた。

 戦い方に文句を付ける部分は今のところ見当たらない。ここは(むし)ろ自分の戦い(かた)(ほう)だろうと思う。

 

「問題は無さそうだね」

「……はい」

 

 人型のヘロヘロは腕を組んでシズを誉める。

 今、自身(ヘロヘロ)が取っている形状に関して彼女から意見は出ていない。――指摘があれば形態を戻すことも(やぶさ)かではない。

 誰も見ていないから粘体(スライム)でもいい、と気軽に思っていると緊急時にボロが出るかもしれない。なのでおいそれを変えるべきではない、という考えが浮かんだ。

 自身の性格から考えれば神経質になる程のことはない、という意見に傾きがちだ。時にそれは大きな失態を生む。けれども――

 失敗を恐れていては前に進めないのも事実である。ゆえに多少の事は目を(つむ)る。――明確な『眼球』という器官は持っていないけれど。

 

 

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