mensa rotunda-サラダデイズ・スピンオフ 作:杉浦 渓
妹を起こすのが好きだ
妹に朝食を食べさせるのが好きだ
妹と飲む食後のお茶が好きだ
妹が刺繍を嗜む姿を見るのが好きだ
妹に昼食を食べさせるのが好きだ
妹とのティータイムが好きだ
「グリーングラス、わたし、今日すごく忙しいの」
本日はオックスフォード大学のマトリキュレーション、つまり入学の日である。ハーマイオニーのカレッジセレモニーは午前で終わり、ランチタイムに蓮がケンブリッジから姿現ししてくるのを待っている。
「帽子、かぶりなさいよ。レディの嗜みよ」
「この帽子は、持ち歩いていなきゃいけないけれど、卒業の日までかぶっちゃいけないの」
「・・・マグルはよくわからないわね。そのガウン、あちこちが短過ぎない?」
「新入生はこのガウンから始まるの。成績が認められたら長いガウン、最後が卒業ガウンよ」
「あらそう。それでね、アステリアがわたしの上級魔法薬の教科書を読んで『お姉さま、わたしは新しい教科書よりもこちらがいいわ』って言うの」
ハーマイオニーは諦めて、グリーングラスの口からとめどなく流れ出す妹への愛を聞き流した。
「・・・なんでいるんだ」
ケンブリッジ大学のアカデミックガウンを着た蓮がハーマイオニーの隣の席に座りながら、グリーングラスを睨んだ。
「グレンジャー、ウィンストンのガウンは長いわよ。これはいいの?」
「違う大学ですからね・・・ランチタイムだけよ、グリーングラス。夜は本当にダメ。マトリキュレーション・ディナーだから」
「どうして違う大学にしたのよ?」
「それぞれの学部生しか利用できない施設に潜入しやすくなるからよ」
「わたくしが在籍するカレッジには、ハーマイオニーという名前のミイラがあるからだ」
ハーマイオニーは蓮を睨んだ。「そのチョイス悪趣味よ」
「早速見に行ったら『ハーマイオニーはただいま家出中』のプレートが下がってた」
「家出中?」
「博物館の展示物として貸出し中って意味。今頃どこかの博物館でハーマイオニーのミイラを見て子供が泣いている」
「妹もミイラを怖がるわ」
あ、としくじったことに気づいた蓮が小さく声を上げ、ハーマイオニーはそのローファーを思い切り踏みつけた。
平原で 湖で
森で 草原で
居間で 書斎で
海辺で 街中で
荒野で 川辺で
この地上で行われるありとあらゆる妹の行動が大好きだ
洗面したばかりの妹の朝一番の笑顔が轟音と共にわたしの心を撃ち抜くのが好きだ
空中高く舞い上がった鳥の羽が妹の魔法できらきら輝く時など心がおどる
妹の操る水晶球の88mmが敵の呪いを撃破するのが好きだ
悲鳴を上げて燃えさかる秘密の部屋から飛び出してきた死喰い人をさらに悪霊の火でなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった
「これは詩か?」
グリーングラスの拷問だと言いたそうな顔で、蓮はアカデミックガウンを脱いでネクタイを緩めた。
「違うわよ。グリーングラスの脳内」
「こちらの気が狂いそうだ。水晶球のアハトアハトってなんだそれ」
「ホグワーツ決戦では、トレローニー先生と一緒に水晶球の砲隊にいたんでしょう。トレローニー先生が『あたくしのブラッディ・ガンの威力を思い知りなさーい! アハトアハト祭りよー!』って叫んでいたそうだから」
「・・・トレローニー先生と一緒になって水晶球で北アフリカ戦線を構築する妹のどこをどうやったらこんなに愛せるんだ?」
「知らないわよ。なんでもいいからとにかく可愛くて仕方ないの、たぶん。要するに妹のすることは全て好きだと言いたいの。それ以外には深く考えちゃダメ」
「とにかく、問題はそこなのよ」
ハーマイオニーの言葉にグリーングラスが身を乗り出した。
「どこよ」
「どこだよ」
「ドラコと結婚したら、妹の行動を見つめる機会が減るわ」
「じゃあさせなきゃいい」
「反対なんてしたら妹に嫌われる!」
「じゃあ反対するな」
「ウィンストンに聞いたわたしが馬鹿だったわ。グレンジャー、どうするべきだと思う?」
ハーマイオニーは身を乗り出して、グリーングラスの手を両手で握った。
「耐えるべきよ、グリーングラス。いつのことだか、思い出してごらんなさい。あんなことやこんなことをやりまくったでしょう? 自分の行動を思い返してみて。ボーイフレンドと4階回廊のバルコニースペースであなたがしていたこと。中庭の灌木の陰であなたがしていたこと。試合も練習もないクィディッチ応援席であなたがしていたこと。結婚した暁には、あれは正義になるわ。その権利はあなたではなく、マルフォイのものよ。見たい? それでも見たいの?」
グリーングラスは片手でバッグからハンカチを取り出し、目元をメイクが落ちないように慎重に拭った。
「・・・4階回廊のバルコニーで何が出来るんだ?」
「いろいろよ」
「中庭の灌木の陰?」
「いろいろだと言っているでしょう」
「試合も練習もないクィディッチ応援席ですることなんてあるのか?」
「日を改めて説明してあげるから、グリーングラスの心を粗塩でマッサージするような発言を繰り返さないで」
「わかった。とにかくいろいろなところで、いろいろなことをやりまくったんだな? 結婚したら、マルフォイが妹にそれをするんだな? その想像を具体的に思い浮かべることで自制心を取り戻させる方針と理解すればいいのか?」
グリーングラスが耐えきれなくなったようにハンカチを顔に押し当てて泣き出した。
「・・・あなた、わかって言っているでしょう?」
「わたくしは天使そのものの穢れなきホグワーツ生だったから、まったくわからない」
「悪魔・・・!」
ダメだ。蓮が愉しくなってきた顔をしている。
ハーマイオニーは立ち上がってグリーングラスの手と荷物を取ると、蓮を置き去りにして、自分の部屋へ跳んだ。
諸君 わたしは妹を天使の様な妹を望んでいる
諸君 わたしに付き合う戦友諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる妹を望むか?
情け容赦のない妖精の様な妹を望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な愛妹を望むか?
ケンブリッジの街を訪ねて、蓮と待ち合わせたカフェに入った時、蓮は顔をしかめて逃げ出そうとした。
素早くその手首を捕まえて、にこりと微笑んでみせた。
「次は、あなたの番よ、レン」
「わ、わたくしには、ドーラお姉ちゃんやフラーがいるんだ。姉代わりに当たる人物が。ちゃんとした、れっきとした、レディらしい振る舞いをする姉が」
「そう。その正しい姉の姿を、グリーングラスに叩き込んであげる『妹役』には、わたしよりあなたのほうが適任だということよ」
「・・・なんだそれ」
「1週間はわたしが妹役に耐えたんだから、あとはあなたがコレなんとかしなさいよ!」
ハーマイオニーの背後で、せっせとハーマイオニーの髪の乱れを手櫛で整えているグリーングラスを親指でビッと示して、ハーマイオニーは腕組みをした。
「ま、まさかその・・・その『姉』をオックスフォードで飼っていたのか?」
仕方ないじゃない、とハーマイオニーは蓮が引いてくれたカフェの椅子に崩れ落ちた。「妹のいない空虚な屋敷には帰りたくないって言うから」
「おいグリーングラス」
「なによウィンストン。ねえ、ハーマイオニーの前でそういう言葉遣いやめてくれない? あなたの粗雑さの悪影響があったらどうしてくれるのよ?」
「は、『ハーマイオニー』? 目を覚ませグリーングラス。コレはグレンジャーだろ?」
ダフネ、とハーマイオニーが声をかけた。
「なにかしら、ハーマイオニー?」
「この粗雑な『妹』をレディに育て上げることに成功したら、あなたの姉力は世界一だわ。アステリアも、その人生を通じてあなたを頼ってくれることでしょう」
よせ、と蓮が弾かれたように椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。「やめろハーマイオニー・・・犠牲を拡大するな」
『妹! 妹! 妹!』
よろしい ならば妹だ!
わたしは渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で20年近くもの間堪え続けてきたわたしにただの妹ではもはや足りない!!
大妹を!!
一心不乱の大妹を!!
天と地のはざまにはウィンストンの哲学では思いもよらない妹があることを思い出させてやる
一千人規模の姉の愛で
ウィンストンを躾け尽くしてやる
恐怖に顔を強張らせた蓮が、恥も外聞もなくカフェから飛び出して行くのを見送り、その背後から「覚悟しなさい!」と追跡を開始したグリーングラスが駆け出していくのを見送り、ハーマイオニーはテーブルの伝票を手に立ち上がった。
「悪いわね、レン。これは戦争なの。シスコンの悪夢から逃げるには、犠牲を厭うわけにはいかないわ」