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四 Lost direction in the 飲酒
「え! クビですか!」
白日。
納期を超過し原稿を提出した文に、上司が言い渡したのは解雇通告、寮で日がな騒ぐ文の存在に感づいた同僚たちの密告により、文は即日クビとなった。退職金もその場で手渡され、同時に寮から出ていくように通告を受ける。
「で、でも部屋には家具とか、荷物とか……」
聞けば部屋は既に片付けられているようで、次の入居者も決まっていた。家具や荷物は寮備え付けの倉庫にまとめられているらしく、住居が決まり次第受け取りに来るよう指示をされる。文はとりあえず大量の缶ビールを買い込んで、椛の部屋に帰ることにした。
「え! クビですか!」
解雇通告を受けた際の文と同じ言葉を発音し、椛は笑い転げた。にとりにしても、腹を抱えて、酸欠の予感に身悶えをする。
「あは、あはは! ひえぇ、おもしろすぎる。さすが、射命丸はいいネタを持ってくるなあ! あははは! だめだ、止まんないや!」
自身が部屋の床に創造した村が壊れていくのを気にもとめず、にとりは笑い転げる。椛も椛で、自身の創造した地球をばんばん叩きながら笑い続けていた。そんな二人に、文は少し不服そうに唇を尖らせつつも、とりわけて平静な態度で、缶ビールをビニールから取り出し、冷蔵庫へと仕舞っている。
「急に、急におもしろい話持ってこないでくださいよ、もう。文さんたら! はー、おもしろい。はー、それでこれからどうするんですか、文さん。あ、まずはお家探しですよね。寮だって、結局追い出されたみたいなものですし」
息も絶え絶えに、椛が文に問いかける。にとりも文の今後の動向が気になるらしく、珍しく文のほうを向いて、その口が開くのを待ち望んだ。二人の視線を受ける文は、やおら缶ビールのプルタブを引き放って、ちびりと口をつけた。
「いやあ。なんというか。今後をどうこうっていうのは、そうですね。今はあんまり考えてない、というか。まぁ、上には内緒で、このまま椛の部屋に居座ればいいかな、みたいな。退職金もけっこう貰いましたし、しばらくはそういうこと、考えなくてもいいかな、的な。このツリーも、まだ未完成ですし」
突然の解雇に文も流石にダメージを受けていた様子で、その語り口は訥々としていた。しかし、重要なのは語り口よりも内容である。文の放った言葉のすべてが、椛とにとりに衝撃を与えた。衝撃によって二人の胸中に浮かんだ感慨を言葉にしたなら、それは紛れもなく、「やべえな」の四字だった。ぐいっと勢いよく缶を空け、空き缶工作を再開する文を見、二人はゴミ掃除を開始した。
「あっ、二人とも! なにしてるんですか、もったいないじゃありませんか! せっかく作ったのに」
「ゴミ掃除だよゴミ掃除! 射命丸、お前のそれも捨てるからな!」
い、いやですよ! にとりの言葉に、文は自作のツリーを守るように抱きかかえた。せっかくここまで作ったのに、とか、これにどれだけの時間とお金が、とか、狂人めいた言葉を吐きながら、文はツリーを処分せんとするにとりの手を防ぐ。
「文さん、もうやめましょう。ここですよ。変わるなら、ここです」
「椛さんまでどうしたんですか、急に! ふたりとも、ちょっと変ですよ!」
椛が説得を試みるも、アルコールとニセ埋没費用効果に憑かれた文の耳はただの穴だった。文があんまり頑なにツリーを守るので、そのうち、二人はツリーの奪取を諦め、にとりは自身の身支度を始めて、椛は文の荷物をまとめ始めた。
「ちょ、ちょっと。椛さん、私の荷物をまとめて、どうしようってんですか。にとりさんまで、身支度始めちゃって。な、なんだか、もうお開きみたいな雰囲気が……」
「その通り。もうお開きだよ、射命丸。わたしは帰って真面目に働くとするよ。お前みたいにクビになっちゃ、かなわないからな」
「文さん、ごめんなさい。私もちょっと、真面目に働こうと思って……」
椛は言いながら、まとめ終わった荷物を文に差し出す。文は空き缶のツリーを抱えたまま、愕然と立ち尽くした。
「じゃあ椛、わたしは帰るからさ。迷惑かけたね。……ほら射命丸。そんなゴミいつまでも抱えてないで、お前もとっとと出ていくことだな。それで、さっさと仕事をみつけてしまえよ。あんまり長居されちゃ、椛だって……まあいいや、それじゃ」
「ご、ゴミって」
ふたりだって、あんなに夢中になってたはずなのに。文はアルコールに溺れた頭で、楽しかった日々を想った。しかし、二人の手腕により素早く解体、処分されたかつての村と地球は、今では数枚のゴミ袋に収まってしまっている。文はどうも、なにか判然としない気持ちで、抱えた空き缶のツリーとゴミ袋を交互にしてみつめていた。
「……じゃあ、荷物はとりあえず置いておきますね。私、今からもう、哨戒に行こうと思うんです」
「あっ、待って」
文が不意に口を開いた。それは、文にとっても不意の言葉で、先に続く言葉は一つも思い浮かんでいなかった。椛がじっと二の句を待つので、文は必死に視線を動かして、言葉を探す。咄嗟に目についたのは、床に置かれた自身の荷物で、文は咄嗟に、それを拾い上げる。
「荷物、いいですよ。私も、帰りますから。ああ、帰る部屋はありませんが、とにかく、いいです。いやぁ、なんだか迷惑をおかけして……」
口をついた言葉も、咄嗟に浮かんだ言葉だった。実際、これからどうするのか、何も浮かばないままに、文は玄関のドアノブを捻った。
「あ、文さん。お家が見つかるまではうちに居ていいですから! 見つからなかったら、帰ってきてくださいね。いつでも、開けておきますから!」
「あ、ありがとうございます。……それじゃあ」
寮の階段を降る文の骨身に、冷たい風が染み込んだ。ああ、これからどうしよう。文の胸中は、その一言に満ちていた。
それから、文は暫し里を徘徊して、ちょっとした広場のベンチに腰を落ち着けた。荷物をベンチに、空き缶のツリーをベンチの傍にもたれさせ、両手には、里で買ってしまった缶ビールが握られていた。
広場の向こうでは子供たちがなにやら玉遊びをしていて、青空の下、子供たちの楽しそうな声がひどく響いた。文は未開封の缶を見つめ、黙考する。
考えてみれば、当然のことだった。日がな椛の部屋で騒いだなら、寮に住む同僚たちがそれに気付かないわけがない。
しかし文は、そんな、解雇となった直接的な要因よりも、自身のこれまでとこれからについて、漠然と思考を巡らせた。にとりと椛は、真面目に働くという。しれっと椛の部屋に戻って、いつもどおりに酒をやろうと考えなくもなかった文だったが、冷静になれば、それが、してはいけないことだとすぐにわかった。つまるところ、二人のところへは暫く行けない。となると、住居はどうしたものか。目下の指標としては、当面の住居の確保、それが重要である。しかし、二人のところへは行けないし、僅かばかりの退職金では、どうも。ああ、どうしたものか。
不意に、文の足元になにかがぶつかった。視線を遣ると、そこには白と黒の球体があり、文の胸には、どことない感傷が滲んだ。
――すみませーん! ボールとってください!
奇妙なオブジェクトを広場に持ち込んでは缶ビールを握りしめる大人に臆することのない少年の将来は有望だった。文はベンチに座ったまま、腰をうんと曲げてボールを拾い上げ、緩く投げ返す。二、三弾んで、心許なく転がるボールは無事、子供たちのもとにたどり着いた。
――ありがとうございます!
文は、矢庭に缶ビールを開け放ち、中身を胃袋へ流し込んだ。ああ、もう、どうでもいいかも。そんな感じの、破れかぶれな感慨が、文の脳裏に、浮かんでいた。