誰もがそれをやめられない!   作:kodai

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 にとりがさっさと玄関に向かうので、椛も続いて玄関に向かった。靴紐を結ぶべく屈む二人に、リビングから、文が声をかける。

「ああ、にとりさん。このストーブはつけっぱなしで大丈夫なんですか」

「だめに決まってるだろ。消して、はたてさんにはしっかりと布団をかけてさしあげろ」

言い終えて、にとりと椛は玄関を出る。今まで暖かい部屋にいた二人は冬の寒さに身体をぶるりと震わせて、残された文を待つ。

「うう、わかっちゃいたけど、やっぱり寒いね。それに、見てよ。中途半端に積もったもんだから、土と混じってべちゃべちゃだ。悪路だよ悪路。ああ、いやだなぁ」

 にとりは肩をすくめて両手をポケットに突っ込み、目線のみで手すりの向こう、寮前の雑木林を見下ろし指し示した。

「わ、ほんと」

 椛は日中の哨戒の際、その悪路に気付きもしなかったことを思って笑った。それから、二人がとりとめもなく気温の話なんかをしていると、戸締まりを終えた文が玄関から出てくる。

「おうおう、遅いぞ射命丸。ほら、さっさと行こうじゃないか」

「あはは。すみませんね、あとこれだけ」

 なにか気力に満ちたにとりの声に苦笑しながら、文ははたての部屋の鍵を電気メーターの裏に隠す。

 そのとき、玄関前に冬の風が吹き込んだ。

「あれ」

 瞬間、電気メーターの扉を閉める文の手が止まる。

「どうしましたか、文さん。なにか、忘れ物でも?」

「え、ええと……」

 冷たい風が吹き、文の胸中に浮かんだのは漠然とした不安だった。椛の言う通り、ストーブでも消し忘れたかもしれない。しかし、それはない。電源を消したことも覚えているし、眠るはたてにしっかりと布団をかぶせてやったのは文自身だ。何より、電気メーターも、ガスメーターも、動いていない。

「んん? 電気もガスも、ちゃんと止まってるじゃないか」

 にとりが目ざとく覗き込んで、文に言う。文はますます不可解だった。戸締まりに問題がないのなら、自分は何が不安なのだろう。

「そう……ですね。なんでしょう……。ああいや! 外が思ったより寒くて、びっくりしただけです、きっと! さ、行きましょうか、ふたりとも」

 その正体をつかめないまま、文は言う。二人は、なんだ、と笑っては、口を切る。

「よっしゃ。じゃあさ、歌はどうする?」

「えー。せっかくだから、お喋りしながら行きましょうよ、にとりさん」

 椛が嗜めると、にとりは、椛がそう言うなら、と諦めた。文と椛は元気の良いにとりに苦笑しながら、地底に向かった。

 地底への道中は、楽しいばかりの時間だった。三人は自身の“これから”など忘れ、思いつくままに話をした。“これから”なんて、デマイゴに着けばおのずと結論が出る、確証はなかったが、誰もがそう信じて、自由気ままに口を動かした。その中には自身の仕事についての話だってあった。文は上層部の“わかってなさ”なんかをこき下ろし、にとりはやけに懐いてくる後輩に手を焼いてることを話し、椛は哨戒部隊全体のやる気の無さを語って、談笑に花を咲かせた。椛がにとりの失業を知ったのも、ちょうどそのタイミングだった。椛は流石に驚いた様子で「どうして辞めちゃったんですか」を発声したが、にとりから返ってきたのは、なんとなく、とか、勢いで、とか、それらの類の、どこか照れくさそうな返答だったために、椛は余計に驚いて、腕を組み黙考した後、なにかを諦めるように二、三頷いた。

 それから、とりわけて盛り上がった話題の中に、文の創った“木”の話もあった。なんでも、広場に集う子供のなかに、やたらと“木”を欲しがる子供がいたらしく、子供は貯金全額を提示し賭けを挑んできたという。もはや木を手放すことに何の感慨も抱かなかった文は、どうせなら、と賭けに乗り、大敗した。賭けの内容は文の得意な“次に通る人物の性別当てゲーム”で、子供は十連単を的中せしめたという。文は「私がまだ記者だったら記事にしていた」と話を〆て、二人から見事失笑を買った。

 地底の繁華街、有象無象の喧騒とすれ違いながら、三人は話して、笑って、歩き続けた。

 そんな話を笑って出来るぐらいなので、もしかすると、店の前に着く頃には三人とも、自身のやりたいことなどわかっていたのかもしれない。しかし、三人はそれでも、結論の待つ店まで歩いた。繁華街を抜け、色街を抜け、路地から裏路地へと渡り歩いた。

 しばらく歩いて、三人はようやく、店まで辿り着く。店の面構え、木製の大看板には大きく「胎」という文字が達筆に綴られたており、そのボロさだって、以前のままだった。

 しかし、二、三の変化はあったようだ。

「えーと、『○月○日を持ちまして、喫茶《バー》デマイゴは、閉店させていただきます。ごめんね。』……あちゃあ、閉まってますよ」

 店の前には、こいしの掲げていた一本足の看板が突き立てられており、看板には閉店を知らせる告知文が張られていた。その日付をとうに過ぎた現在は、三人にちょっとした落胆を植え付ける。

「あーあ。せっかく歩いてきたのに、なんだかな。……あ、隣の宿は? こいしちゃん、そっちにはまだいるかも」

「ええと、あー。こっちも閉まってますね」

 にとりはふうん、と呟いて、腕を組んだ。

「そっか、どっちも閉まっちゃったのか。となると、いよいよこいしちゃんが何のためにこんなお店をやってたか、わからずじまいになっちゃうね」

「ほんと。なんだったんでしょうね。……椛さん、どうかしましたか?」

 先程から押し黙って眉を潜める椛に、文が問いかけた。椛はなにか集中している様子で、静かに口を開く。

「……なにか、なにか聞こえます」

 椛の言葉に、二人は思わず呼吸を潜めた。

「……ええと、お店から、みたいですね」

 椛の言葉を聞いた二人はもうワクワクして、デマイゴの扉の前に近づいた。椛も優しく微笑みながら二人を追って、扉の前に立った。三人にとってもはや“これから”の結論などは明らかとなっていた。だから、扉の向こうを知ろうという行動は、もしかしたらこいしに会えるかも、という期待からの行動だった。こいしに会う、というその行為は、三人にとって、これまでとこれからの一区切りとして、ちょうどいいものと思えたのだ。文もにとりも椛も、同じように、扉にぴったりと聞き耳を立てる。

 ――……ぼ……れる……お……ぼれる……。

「あっ」

 声を上げたのは文だった。二人も遅れて、あれ、この声は、と口を開く。

「あの、セーラー服の女だよ。あの女、店が閉まってるのに、まだ来てるんだ」

「でも、普通、入れないんじゃないですか。閉店してたら、鍵くらいかかってるはずじゃあ……もしかすると、中にこいしちゃんもいるかもしれません」

 椛の言葉に、にとりはそれもそうだね、とはしゃいで、勢いよく扉を開け放った。椛も、それを止めるともなく、にとりと一緒になって扉を開けた。文は何か不安げに、待って、と発声したが、二人の「こいしちゃん、こんばんは!」といった元気の良い声に、文の不安げなそれはかき消されてしまった。

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