エピローグ
そこは、天狗の寮の前だった。冷たく透き通った空に浮かぶ肥えた雲は、穏やかな白昼を讃えている。
――姫街道はたてはゴミ置き場でもみくちゃになった三人の前で、額に手を当て、ため息を吐く。せっかくまともに働きはじめたと思ったら、こうよ! にとりも椛がこうなったのは、どうやら、文だけのせいじゃないようね。ああ、こんなことになるなら、気なんて使わずに、昨日、着いていくべきだったわ。
はたては暫し考えて、大きく息を吸い込んだ。
「起き……っ」
言いかけて、はたては口を止めた。胸中に浮かんだ感慨を表すならば、それは間違いなく、あほらし、の四字だった。
はたてはそのまま、ゴミ捨て場を素通りして、職場への道を歩く。付き合いきれないわ、と、思わずそんな言葉を溢しながら、早足で歩く。雑木林に囲まれた道に積もっていた冬の雪は、いつの間にかすっかり溶けて、木々の間を春一番の風が吹き抜けていく。緑に色づき始めた木々がざわざわと揺れて、はたては或ることに気が付き、無性に腹が立った。
「付き合いきれないわ、なんて。……誰に頼まれたわけでもないくせに。あたしって、あー、もう……」
はたてはちょっとした自己嫌悪に陥った。主な要因は、にとりが未だに、はたてに対し心を開かないことにあるのかもしれない。
少し落ち込みながら歩いていると、不意に、はたてに声をかける者があった。
「ね、おにいさん。いいの、あのひとたちのこと、放っておいて」
はたてが振り向くと、そこには見知らぬ少女が立っていた。
少女は鴉色の帽子に、薄黄のリボンをつけており、服も、似た色のものを身に着けており、緑のスカートには薄く、なにやら面妖な、花の模様があった。
「あ、あなた誰よ。いいのよ、あいつらのことは、もう放って置くって決めたんだから。それに、あたしはおにいさんじゃなくておねえさん!」
はたての言葉に、少女は腕を組んで首を傾げた。
「うーん。おにいさんがそう言うなら、それはそれで、いいんだけどね。……でも、今回はあのひとたち、悪くないんだよ」
「……どういうこと?」
「こいしがね、『ただの居酒屋』なんて始めちゃったから、いけないの」
言いながら、こいしははたてに近づいて、はいこれ、となにやらチラシを手渡した。
はたては手渡されたチラシを注視する。
「『新オープン! 古明地こいしのただの居酒屋。なんと、ただです!』……え。ただなの」
「うん、ただだよ」
「へぇ……今度あたしも行ってみようかしら……。じゃなくて! 仮にただだったとしても、自制できないんじゃおんなじよ! 結局あいつら、意思が弱いの、意思が! ……って、あれ?」
はたてがチラシから顔をあげると、少女の姿が消えていた。はたてにとって、それはまるで、自身の心を見透かされたような面映さだった。
「ああ、もう!」
はたては殆ど走っているといっても過言ではない早歩きで、今まで歩いてきた道を引き返した。
木々に囲まれた、青い空の下、大きく息を吸い込んで、勢いよく吐き出す。
「こら! 起きなさい、この、アル中妖怪ども!」
『誰もがそれをやめられない!』 完。
おわりです
ありがとね