誰もがそれをやめられない!   作:kodai

21 / 21
幕間です
『とにかく明るい〜』の裏、別館で放映されてた映画ですが、本筋とは本当に全く関係がないので読まないほうがいいです
『とにかく明るい〜』は上映禁止の誹りを受けたのでお見せできません


幕間
『遊泳監視録ムラサ』


 偽造通貨生産工場取り押さえの件で名を馳せた河城カンパニーが、市民プールを設営した。市のない幻想郷でなぜ市民プールなのか、そんなことを尋ねる者はおらず、人間も妖怪も夏のプール開きを心待ちにしていた。さて、河城カンパニーがこのプールを運営するにあたって、博麗の巫女の信用に足るスポンサーが必要だったわけだが、そこで名乗りを上げたのが宗教法人命蓮寺だった。悪名高い妖怪の更生活動にも熱心な命蓮寺は〝件の〟河城カンパニーが市民の為のプールを運営すると聞いて、諸手を挙げて支援することを決めたのだ。河城カンパニーがスポンサーに求めたのはもちろん、博麗の巫女の信用に足る〝善良なイメージ〟だった。そこで、河城カンパニーがスポンサーである命蓮寺に要求したのは、プールで遊ぶ子供達の安全を守る〝監視員〟。そして命蓮寺から抜擢された監視員は、かの船幽霊〝村紗水蜜〟だ。プール開きを眼前に迎えた今、村紗水蜜の物語が始まる。

 

 遊泳監視録ムラサ

 

 

(どうして私がやらなきゃいかんのかな。ぬえにでもやらせりゃよかったのに)

 村紗は河城カンパニーが設営した市民プール、その事務所の入り口に立っていた。村紗は憮然とした表情で、世に蔓延る不平不満を憂いていた。

(監視員やるにしたって、何も寝食ここで取る必要ないじゃないか。あーあ、みんな今頃カレーでも食ってるんだろうな。私を差し置いて)

 プールから少し離れると、コンテナのような簡易住居が在った。村紗は夏の間、ここに寝泊まりをしなければならない。

 辺りで喚き散らす蝉の声がそろそろ鬱陶しくなってきた村紗は、意を決して事務所の扉を開けた。

「やあ。待ってたよ、村紗水蜜さん。今日から一ヶ月ほど、よろしくね」

 そこに待っていたのは河城カンパニー代表取締役、河城にとりと、その取り巻き数名だった。

「私は夏の間、工場の視察で忙しくてね。なかなか現場には居ないと思うが、仕事の詳細はモブ達が教えてくれるよ」

 河城にとりが「おい」の声をかけると、取り巻き達が大きな声で返事をした。なかなかの元気の良さだった。

「モブAです。にとりさんが不在の間、現場責任者を任されています。一ヶ月間、よろしくお願いします」

 モブAは可愛らしい黒髪のおかっぱ頭をうやうやしく村紗に向けて下げてみせた。それからB、C、と、似たような挨拶が続いたが、村紗は記憶の必要なしと判断して、聴覚を遮断した。

「基本的にはこのモブAが村紗さんを全面的に補佐してくれると思うから、何卒仲良くしてやってくれ。じゃあ村紗さん、私は工場へ行くから。改めて、よろしく頼むよ」

 そう言って、河城にとりは事務所の中の階段を降りて行った。村紗は、大物めいた喋り口調しやがって、こちとらスポンサー様やぞと河城にとりを内心毒づいていた。河城にとりが去ると同時にモブ達もどこかへ散らばっていき、部屋に残ったのはモブAと村紗のみとなった。

(しゃーない、挨拶してやるか)

 村紗が口を開こうとしたその時、モブAがおもむろに懐に手を忍ばせた。村紗は咄嗟に身構えたが、モブAが懐から取り出したのは何の変哲もない、ただのスタローンみたいなサングラスだった。

「あー……」

 モブAはスタローンみたいなサングラスをかけると、気怠そうに声をあげつつ、村紗に近づいた。思いの外サングラスの似合うモブAに、村紗の胸は少しキュンとした。

「改めまして……、今日からテメェの教育係を務めるモブAだ。よろしく」

 極めて輩然として、モブAは言い放った。村紗は面食らった。しかしスポンサーが舐められては立場がおかしなことになると考え、すぐに冷静さを取り戻した。

「よろしく」

「あー?」

「よろしく」

「声が小さくて聞こえねェよ、声張れや声」

 村紗は少し腹が立ったので、顔を近づけて凄むモブAにチュッとした。モブAは暫し感情の着地点を探している様子だったが、程なくして何事もなかったようにプールの説明を始めた。

「いいか?これが今日から一ヶ月間、テメェが座る監視席だ。テメェはここから子供達を見下ろして、安全を保全する、わかったか」

「わかった」

「あー?」

「わかった」

「あぁー?」

 村紗は少し腹が立ったので、なんすか、と聞き返した。夏の暑さと自分の置かれた境遇を憂いテンションの下がった村紗にとって、なんですか、のでを抜くのが消化に良い反抗だった。

「わかった、じゃあねェだろうが!監視業務未経験のお前みたいなワカメに、わかるわけがねーんだよ。今から俺が直々に監視業務のなんたるかを叩き込んでやる」

 村紗は憮然とした。村紗は〝ワカメ〟と呼ばれることと、〝俺〟という一人称を女性が使うことを嫌っていたのだ。村紗が他に嫌うものといえば、般若心経のサビの部分ぐらいだった。〝ノッてきた〟一輪の調子っぱずれの大声を思い出すだけで、村紗は成仏してしまいそうになるのだ。

 それはそれとして、モブAの業務説明はとても丁寧だったので、村紗は素直に説明を聞いてあげることにした。

「わかったか?」

「わかった」

「ならいい。あと一時間もすればプール開きだ。気合入れろよ」

 

 そうして、村紗の監視員として初めての業務が始まった。夏の日差しの下、子供達は透き通る水の中ではしゃぎまくっている。村紗は子供達がぎゃーぎゃーと喚く様を、向こうの監視席から響く怒号をBGMに、ぼんやりと眺めていた。何事もなく正午を過ぎ、プールの解放時間も折り返しに差し掛かったところで、モブAが村紗に近づき声をかけた。

「おうワカメ。俺はこれから工場を見に行かなきゃならねえ。後半は一人でこなすことになるが、しっかりやってくれよ」

「わかった」

 モブAは頼んだぞと言い残してその場を後にした。それから、村紗は子供達の戯れるプールを、暖かい日差しの中、穏やかな眼差しで眺めていた。

(うーん、プールサイドはなかなか涼しくていいな。子供達のはしゃぐ声も、なんだか和むぞ)

 子供達の死体のように浮く遊びや、帽子を取り合う遊びを微笑ましく感じながら、村紗は穏やかな時間は過ぎていった。

 ……。

 …………。

「おいワカメ!テメェ人の説明聞いてたのかよ!死体ごっこはすぐに注意しろってあれほど言っただろうが」

「だって」

 夕刻。藍がかった空の下、事務所にて、村紗は叱られていた。

「だってじゃねえんだよ、だってじゃよぉ。言っただろ、死体ごっこは伝播するって!一人始めればみんな真似し始めるんだよ!どうすんだよ一人死んじまったじゃねえかよ」

「だって、妖精だったから、大丈夫かなって」

 溺れ死んだ一人とは妖精だった。厳密には一匹かもしれないが、だからといって見過ごしていい命ではない。しかし村紗も反省はしていた。していたが、その反省が、反省慣れしていない村紗を言い訳がましくさせた。

「それに、まさか死ぬまで続けると思わなかったんだもん」

「お前、チルノだぞ!あいつはやるんだよ、そのまさかを平気でな。昔運営してたプールでもあいつは何度も死んだよ。ああ、今回死んだのが大妖精とかだったらな、俺もここまで厳しく言わないが、チルノに死なれるはまずいんだよ」

「なんでさ」

「……クレームが来ンだよ」

「どっから」

「レティホワイトロックからだよ!」

「保護者でもないのに?」

「保護者でもないのに、だ。しかしレティホワイトロックにはチルノの保護者というイメージがどういうわけか付きまとってる。そしてチルノがプールで一回休みになると、どういうわけか、レティホワイトロックは保護者面してクレームを寄越すんだ。うちのチルノちゃんが溺れたそうで、やっぱり夏って最低ですね。いい加減夏を冬にしてはいかがでしょうか。なんて気グルめいたクレームをな」

「へぇ」

「へぇじゃねえんだよワカメ!……まあ、起きちまったことは仕方ねぇ。明日、俺が手本を見せてやるから、しっかり頼むぞ」

「うっす」

 監視員生活始めての夜。村紗は命蓮寺で煮込まれているであろうカレーを夢想して眠った。

 

「コラそこー!死体ごっこはすぐにやめろー」

 村紗とは反対側のプールサイドの監視席で、モブAが子供達の危険な遊びを注意している。

「どうせ大人になったら生きてるか死んでるか判然としない人生を送ることになるんだ、地に足つけてられんのも今のうちだぞー」

「はいそこー!人の帽子を奪うなー。お前にとってその帽子がどれほどの価値があるのか、頭冷やして考えろー」

「ほらそこ飛び込むなー!飛ぶならせめて周りに迷惑をかけないように飛べー。お前がかけた迷惑の責任を取らされる親族の気持ちも考えろよー」

 モブAの手腕は見事だった。あんなにはしゃいでいた子供達が今ではすっかり落ち着いて、水面に映る自分の顔を、項垂れて、虚ろな瞳で見つめている。モブAは得意げな表情で村紗に近づき口を開いた。

「わかったか?監視業務ってのはこうするんだよ」

「うーん」

「はっはっは。まあ、お前もじきに分かるさ。安心安全とは斯くして保たれるってな」

「うーん」

「じゃ、手本は見せたからな。俺はまた工場に行ってくる……なんだか雨漏りがひどいって話でな。ま、手本通りにこなせば、まず間違いは起こらねえはずだ。それじゃ、頼んだぜ」

「うーん」

 モブAは相変わらずの輩口調でそう言い残し、そそくさと事務所へ引っ込んで行った。村紗は水に浸かり項垂れる子供達を眺めながら、サングラスの購入を検討していた。

 正午を過ぎて、子供達はすっかり元の調子を取り戻して水の中で戯れている。市民プールで泳ぐ者はおらず、大抵は水を掛け合ったり、帽子を巡って追いかけっこなどをする子供ばかりだ。そこかしこでザバザバと上がる水飛沫に陽が反射して、煌めく。そんな折、プールの端の方で一際大きな飛沫が上がった。帽子の取り合いや水の掛け合い程度なら見過ごせる村紗だったが、今回のそれを見逃すわけにはいかなかった。実質的に、村紗の初仕事である。

「こ、こらそこー。飛び込みはやめるんだー」

 飛び込んだ子供はすぐにプールサイドによじ登り、再度プールへと飛び込んだ。どうやら飛び込んだ子供には仲間がいるらしく、その中の頭から触覚を生やした子と羽を生やした子が村紗を嘲るように口を開く。

「おいミスティア、聞いたかよ『こ、こ、こらそこぉ。と、飛び込みはぁ、やめるんだぁ』なんて言って、あいつ、どっか怪我でもしてんのかな」

「ふふふ、ほんとねリグル。あんなのでチルノが止まるわけないじゃない。今回の監視員は生っちょろいわね」

 当人たちにしてみれば、それは遊びの最中の悪ノリかもしれなかった。しかし、曲がりなりにも仕事中の村紗水蜜にとってその口振りは死ぬほど腹が立った。村紗は瞳を潤ませながら、チルノの飛び込みを意地でもやめさせようと決意した。

(ちくしょうバカにしやがって。こちとら初仕事やぞ)

 水に飛び込み、プールサイドへ上がっては水に飛び込む、という狂気のルーティンを繰り返す奇跡のルーパーの元へと、村紗は向かっていった。虫と鳥は怯むこともなく村紗を待ち構える。そんな二人には目もくれず、村紗はチルノに声をかけた。

「こら。飛び込むなって言ってるだろうが」

 チルノは未だ親の仇のように飛び込みを繰り返している。

 虫と鳥は村紗の言葉を真似して村紗を茶化す。村紗は涙をこらえながら言葉を紡ぐ。

「こ、こら!やめないとアレしちゃうぞ!で、出入り禁止にしちゃうんだからな」

 自分にそんな権限があっただろうか?村紗が胸中に疑問符を浮かべている間にも、チルノはルーティンを繰り返している。

「あーあー情けないなセーラー服のおねえさん。目に涙浮かべてるよ」

「リグルったら、あんまりいじめたらかわいそうよ。それより見て、チルノのフォーム。だんだん綺麗になっていく」

「ほんとだ。まるで彭勃だな」

 子供の悪ノリの残酷さを噛み締めながら、村紗は泣いた。チルノの飛び込みのフォームは確かに綺麗になっていく。

「おいおいチルノ絶好調じゃないか。最早彭勃通り越して胡佳だな」

「いいえ、胡佳通り越して馬渕よしのだわ」

「グレゴリーローガニスに届くのも時間の問題か?」

 チルノのフォームはどんどん綺麗になっていく。気付けば他の子供達もチルノの周りに集まり、

『グレッグ!グレッグ!』

 と囃し立て始めた。そんなチルノに触発されて、

「あいつがグレゴリーなら僕はパトリシアマコーミック!」

 と、飛び込みを始める子供もいた。市民プールは熱狂に包まれた。

『グレッグ!グレッグ!』

『パット!パット!』

『グレッグ!グレッグ!』

『パット!パット!』

 狂熱の躍動する市民プール。そのプールサイドで、村紗は震えながら泣いた。しかし、そんな村紗の頭の中に、命蓮寺の面々が浮かび上がった。そうだ、私は命蓮寺の代表としてここにいるんだ。ここで泣いてちゃ、みんなに顔向けが出来ない。

 実際はセーラー服がそれっぽいからという理由で抜擢された村紗だったが、それでも村紗は覚悟を決めて、懐から底の抜けた柄杓を取り出し構えた。

「ははは、無理だよセーラー服のおねえさん。この熱狂が聞こえないの?こうしているうちにもチルノのフォームはどんどん綺麗になっていく。今のチルノを止められるやつなんて、何処にももいないのさ」

 チルノは今にも次の飛び込みを始めそうだ。

『グレッグ!グレッグ!』

『パット!パット!』

 チルノが満を辞して水面へと飛び込む。今までで一番の綺麗なフォームだ。同時に、村紗も柄杓を振り下ろす。村紗のその手は震えていたが、しかし確かに、力強く、柄杓は振り下ろされたのだった。

 瞬間、チルノが飛び込むはずの水面に〝穴〟が開いた。それはまさに、モーゼの起こした奇跡さながらだった。チルノはそのまま突如開いた〝穴〟へと飛び込んでいく。穴の底、それはすなわちプールの底。ゴツ、という嫌な音と共にチルノは消滅した。

 市民プールが、静寂に包まれる。向こうで金髪の妖怪と事の成り行きを見守っていた大妖精はしゅんとして、チルノのリスポーン地点へと一人で帰って行った。向こうでパトリシアマコーミックの名を掲げて飛び込みをしていた人間の子供は普通に引いていた。無数の視線が、村紗に突き刺さる。

「……これは、その」

「……ええと、私じゃなくて」

(そうだ!)

「……これは、守矢神社の東風谷早苗の起こした奇跡です。……はたまた、天罰か。みんな、東風谷早苗は知ってるだろう?そうともそうとも。な?有名だな?〝開海「モーゼの奇跡」〟。水に穴開けるなんてことが出来るのは、神様くらいだよなぁ?」

 静寂より静かな市民プール。ぽつり、ぽつりと雨のように、次第に声が降り始める。

「……守矢」

「……なんだ、守矢神社か。守矢神社の、東風谷早苗か」

 誰かの呟いたその一言を口火にして、子供達の声が、わっ、と湧き出した。

「なんだ!守矢神社の仕業か!」

「びっくりしたなあ!あのセーラー服のおねえさんを一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしいや」

「やっぱり守矢は最低だな!信者をやめてしまおうと」

「やっぱ仏教だよ、仏教」

「私、家に帰ったら般若心経を読む!」

「仏教最強!」

 ああ、聖、みんな。見ているか?私の活躍を。そんなことを考えながら、村紗は泣いていた。

 ……。

 …………。

「テメェこらワカメ!人の話聞いてたのかよ!死んじまったじゃねえかチルノがよぉ!」

 プールの解放時間を終えた事務所に怒号が響く。あれから村紗はずっと泣いていた。なんだかもうわけがわからなくて、それが悲しかった。

「それにお前、能力使ったらしいな?書いてあるだろうが規則によぉ!プールでは人妖問わず、その能力の使用を禁ずってよぉ!お前、人間の子に話聞いたら普通に引いてたからな」

「のみならず、だ!お前そこで守矢の名前だしたらしいじゃねえか。どうしてくれんだよ、ただでさえ偽造通貨工場の件で微妙な時期だってのに」

「あーそれにまたチルノだ!またチルノ!クレームが来るよぅ、もう嫌だよぉ。怖いんだよぉ、レティホワイトロックがぁ」

 怒りのあまり情緒の安定が乱れたモブAがなんだか可笑しくて、村紗はもう何が何だかわからなかった。意味不明の涙が、嗚咽と共に村紗の頰を濡らしていく。

「あーもう!わかってんだろうなワカメ!もうお前がクレーム処理しろよワカメ!夏を寄越せと迫られるあの意味不明の恐怖はお前が引き受けろよ!泣いてんじゃねーよワカメがよぉ!泣きたいのはこっちなんだよ」

「ご、ごめんっ、なさっ、いぃ」

「あーもう泣くなよ!泣くなってぇ!わ、私まで……う、うぅ、うあぁぁ……」

 二人の泣き声が事務所に響き渡った。十二秒程経つと二人の胸中には、あれ、私はどうして泣いてるんだろう、という気持ちが起こった。それから二人は感情の着地点が見つからないまま一分ほど泣いて、何事もなかったように話を再開した。

「レティホワイトロックがなにさ。そんなに怖がることないじゃないか」

「わかってねえなワカメは。レティホワイトロックが夏を狙えば、春と秋が黙ってるわけねえだろ。そして今度はそいつらがうちにクレームを寄越すんだ。夏を寄越せってな」

「……ワカメっていうな」

「あ?」

「ワカメっていうな」

「あぁー?」

 顔を近づけて凄むモブAに村紗はすかさずチュッとした。モブAもすかさず村紗の頬を張った。

「あいつら、俺たち河童が縁日やらプールやらで夏の行事に事欠かねえからって、俺たちを夏扱いしやがるんだ。もちろん、初めのうちは奴らの矛先は河童に向く。しかし次第に、奴らの矛先は互いを向き始める。そうなると山の天狗が記事を書くんだ。『春秋冬、夏争奪戦争勃発。各地で冷害不作花粉症の被害。火種はあの河城カンパニーか』なんてな。それで、前のプールは潰れたんだ」

「へぇ」

「まあ、起きちまったもんは仕方ねぇ。それより気をつけないといけねえのはリグルだ」

「わたし、あの子きらい」

 リグルの顔を思い出すと、村紗は脳細胞が死んで行くのを感じた。リグルの声を思い出すと、村紗のふくらはぎが攣った。

「あの子、これ以上悪さするわけ?」

「おいおい、そんなこともしらねえのかよ。リグルっていったら、悪質なマッチポンプの害虫駆除業者で知られる、リグルナイトバグだろうが。その悪質極まりない手法で奴はどんどん同業他社を潰して回った。そうして付いた渾名は〝ムシキング〟。明日のプール開きには、うちのプールもフナムシだらけだろうよ」

「私、あの子こわい」

「俺もだよ。あいつには前の前のプールを潰されたんだ。それで、学んだ教訓がこれさ」

 モブAは事務所の金庫から札束を取り出した。

「リグルが手を差し出したら現金を乗せろ、河城カンパニーの社訓にまでなった。生憎、俺は明日の監視業務には参加できねえ。工場に行くんでな。だからワカ村紗、お前がやるんだ。できそうか?」

「ちょっと嫌だけど、やるよ」

「よし、頼んだぞ。じゃあ俺は工場に行く」

「あれ、工場に行くのは明日じゃないの?」

「ああ、今日はすぐに行って戻ってくるよ。にとりさんに今日のことを報告しなきゃいけねえからな。安心しろ、にとりさんは心の広いお人だ。そう簡単に首斬りにしたりしねえよ」

 村紗はそろそろ自分のスポンサーという立場を忘れかけていたが、にとりの名前が出たことによりどうにか踏み止まれた。それはさておき、村紗にはかねてから気になっていたことがあった。

「工場工場って言ってるけど、何の工場なのさ。また偽造通貨?」

 途端に、モブAが深刻な顔をした。

「……そんなこと、あるわけないだろ。こないだの一件で、にとりさん、ひいては俺たちは心を入れ替えたんだ。偽造通貨生産工場は全て取り壊した。もうこの地上のどこにも、そんな工場は存在しねえよ」

「そっか。ごめん」

「いいってことよ。ただ、周りにはもう少し信用して欲しいところだがな。ま、過ぎたことだ。悩んでも仕方ないさ。今出来ることを出来る限りやる、これも河城カンパニーの社訓だ。ははは。村紗、明日はよろしく頼むぞ」

「うん、そこそこ頑張る」

 そう言って、モブAは事務所内の階段を降りていった。

 監視員生活二日目の夜。村紗は命蓮寺で煮込まれているであろう二日目のカレーを夢想して眠った。

 明くる日、村紗はまだ客のない市民プール、その監視席に座っていた。妙に白んだ景色の中、モブAの言った通り、プールのそこらにはフナムシがひしめいている。そうこうしているうちに、プールに入場する者があった。他でもない、リグルナイトバグである。リグルは貼り付けたような微笑を浮かべて村紗に近付いた。村紗は監視席を降りてリグルを待ち構える。村紗の前まで来ると、リグルは出し抜けにその掌を村紗へと差し出した。村紗は半ば無感動に、リグルの掌に札束を置くのだった。

 それから、リグルは泳いだ。フナムシのいなくなった、まだリグル以外の誰もいないプールを、クロールで泳いだ。夏休みの宿題が終わった後のような達成感と、スポーツ選手の爽やかな笑みを足して二で割った様な笑顔を浮かべ、リグルはクロールで泳ぎ続けた。泳ぐリグルの二の腕や、しっとりと濡れた髪や表情に、村紗は一種少年的な艶かしさを感じて、変な気持ちになっていた。自分にとって〝生意気〟にしか感じられなかったリグルナイトバグの〝中性〟に、村紗は悶々としながら、リグル以外に誰も居ないプールの監視を続けたのだった。

 時刻はとんで、正午。いつの間にかリグルは消え、代わりにプールには蝉の声の中子供達のはしゃぐ声が疎らに響いていた。景色は依然として妙に白んでいたが、誰も気にする様子はなく、村紗もあまり気に留めなかった。村紗は白んだ景色のよりも、蝉の声が気になった。

「みーんみーん、うるさいなぁ。蝉」

「蝉なんて鳴いてないじゃねえか」

「そんなことないでしょ、ほら――あれ?」

 なんとなく返答したけど、モブAは今日工場のはずじゃあ。村紗はモブAの声がした方向を見やった。しかしどこにも、モブAの姿を見つけることはできなかった。村紗はちょっと寂しくなった。

 そんな折、プールの子供達が俄かに騒めき始めた。チルノが現れたのだ。チルノはプールサイドから静かに入水し、フチに沿うようにゆっくりと、しかし力強く歩き始めた。

「おい、あれみろよ」

「あれは確か昨日の……」

「今日は随分静かじゃないか」

「まさか生きてたとは」

 子供達が各々チルノの登場に反応する最中、プールの中歩み続けるチルノに背後から近付く者が在った。先日の、パトリシアマコーミックである。

「おいグレッグ!まさか無事だったとは」

 チルノはそんな呼びかけを無視して、歩みを続けた。しかし、チルノの背中は雄弁に、ある一言を語っていた。

〝あたいについて来い〟

 パットは震えた。わなわなと、その口を開く。

「お、おいみんな!グレッグ、いや、チルノに続け!」

 なんだなんだ、と騒めく市民プール。チルノはプールにムーブメントを巻き起こした。チルノは流れを創ったのだ。

(まあ、流れるプールくらい放っといてもならいいかな)

 村紗はチルノを先頭に歩き続ける行列を静観した。プールサイドで、大妖精はそんなチルノの英雄的行軍を心配そうに眺めていたが、隣にいたルーミアはそれほどでもなかった。

 暫くすると、プールには最早ちょっとした渦巻きが出来上がっていた。流れるプールの中を流されている子供もちらほらいる。村紗がそろそろ止めなきゃいかんな、と思い始めた頃、村紗の視界に蝙蝠とメイドが映った。

「日光とちょっとした流水の対策はしてきたけど、これは流石に無理ね。残念だけど、今日は諦めましょう。ね、フラン」

「お姉様は臆病だなぁ。あんなに特訓したじゃない。このくらいの流れなら何ともないよ。ねえ、咲夜?」

「ええ、お嬢様に不可能はございませんわ」

 刹那、村紗の視界に映る全てが動きを止めた。正確には〝咲夜〟と呼ばれるメイド以外の動きが、完全に止まったのである。あのメイドの仕業だな。どういうわけか、村紗は止まった時の中でそれを理解した。咲夜が「しらんけど」と呟いて、再び時間は動き出す。

「ほらお姉様?咲夜もこう言ってるし、ちょっと入ってみてよ」

「無理よフラン。流水どころじゃなく渦巻いてるもの。こんなところに入ったら、残機が減るだけじゃ済まないわっ、て、のわぁっ!」

 蝙蝠妹が姉蝙蝠を突き飛ばした。村紗とっさにメガホンを構えた。

「場内での危険行為はおやめくだ――

 

 瞬間、再度時間が止まった。またしても村紗は止まった時の中を認識することが出来た。今度はなんだろう。村紗が訝しんでいると、メイドが気怠そうにプールの出口へと一人歩き出した。メイドの姿が見えなくなって、不意に時間が動き出す。

 

――さーい!」

 時すでに遅し。姉蝙蝠もといレミリア・スカーレットは勢いよく流れるプールへと着水した。レミリアがプールへ落ちるが早いか、市民プールは眩い光に包まれた。一間遅れて、轟音。そして爆風。

 気が付けばプールの底には大きな穴が開いていた。村紗の口も、子供達の口も大きくあんぐりと開いていた。プールの底に開いた穴から、河城にとりの姿が見える。河城にとりは「あ、やべ」と呟いて、流れ込む水と共に姿をくらました。そう、プールの地下には偽造通貨生産工場が在った。逃げ遅れた河童たちは予想外の事態に慌てふためいては水に飲まれていく。子供達も底に開いた穴へと、偽造通貨生産工場へと流れ込んだ。先頭はやはりチルノだった。それを眺めていた大妖精は、穴の底を確認することもなく、しゅんとして、チルノのリスポーン地点へと項垂れて歩き始めた。ルーミアは笑顔で手を振った。

 村紗はモブAの姿を探そうと必死だったが、けたたましい蝉の声がそれを邪魔した。村紗の聴覚を、蝉の鳴き声が攫っていく。

 

 場面はとんで、木々の中。村紗とモブAは横並びになって木立の間の均された道の上を歩いていた。

「サングラスは?」

「あれはプールの時だけしかしないんだ」

 ぽかぽかとした陽光の中、二人は仲良く歩いている。

「口調も、プールの時だけ?」

「……口調はちょっと、素かもしれない」

「そうなんだ」

「そうだよ」

 相変わらず、景色は白かった。村紗は並んで歩く自分とモブAを、俯瞰しているような、変な感じだった。

「ねえ、私のほっぺた。ぶったよね」

「そうだっけ」

「そうだよ」

 ふふ、と笑った村紗は、どことなく幸せな気持ちだった。村紗はまた、モブAにねぇ、と語りかけるも、モブAの声がそれを遮った。

「なぁ村紗。私な、そろそろ――」

 急に、村紗の頭の中で蝉の声が響いた。

「蝉がうるさくて、聞こえないよ」

「村紗、私――」

 頭の中の蝉の声が、どんどん大きくなっていく。

「聞こえないったら。もういっかい、もういっかい」

「――――。」

 そのうち、蝉の声以外なにも聞こえなくなって。村紗の世界を、白い光が塗り潰したような、暗転したような。

 

 

 

 

「……うーん……んん……」

 気が付くと、村紗は布団の上に横たわっていた。村紗が瞼をうっすら開けると、傍から声が降ってきた。

「おはよう村紗。どう、少しは熱下がった?」

「……蝉が……うるさ……」

「まだ言ってるし。今何月だと思ってるのよ。蝉なんてまだまだ土の中よ」

 あれ、一輪の声だ。何故。村紗は判然としないまま口を開く。

「ええ……?なに、いま……いま何時?……夕方?」

 村紗はここでようやく夢から覚めた。ぼんやりとした視界に映る障子は、薄暗い光に照らされていた。

「明け方よ。まだみんな寝てるわ」

「ああ、そうか。……看病してくれてたの?悪いね」

「いいのよ。村紗のおかげで退屈しなかったわ。笑ったり、泣いたり、喚いたり。ふふ、誰よ〝グレッグ〟って」

 自分の寝言を指摘された村紗は少々バツの悪そうに答える。

「ああグレッグ、グレッグはたしか……あれ?ダメだ忘れてら」

 村紗の夢の記憶は既に曖昧になっていた。

「えー。じゃあそうだ!モブ江って誰よ。そのモブ江って人のこと、一番呼んでたわ」

 村紗は夢に出てきた彼女の名前を間違われたことが妙に引っかかり、一輪が尋ね終わるより早く口を開いた。

「モブ江じゃない!モブ江じゃなくて……なんだっけ」

 村紗の言葉に、一輪はくすくすと笑っていた。

「やっぱりまだ熱があるんじゃない?まだ寝てたらいいわよ。朝の読経も休むって、姐さんには言っておいてあげる」

 一輪の看病もあってか、村紗の体に気怠さは欠けらも残っていなかった。村紗は布団の中で伸びをして、一輪に答えた。

「……いやいい。もう大丈夫そう。悪かったね、看病なんてさせてさ」

 村紗がそう言うと、一輪はいいったら、大丈夫そうなら安心したわ、と言い残してお堂へと去っていった。今日のお堂の掃除は一輪が当番の日だったのである。村紗の胸中にて、看病してくれたこともあるし、お返しに掃除を手伝ってやろうかなという気が起きたが、村紗はすぐにそれを、病み上がりだし、と掃き捨てた。

 上体を起こして、戸を見やる。戸に貼られた障子はやはり鈍い朝焼けを薄暗く遮っている。村紗は伸びをする気力もないままに立ち上がり、何か冷たいものが飲みたいと、冷蔵庫に向かうのだった。縁側を伝い居間にある台所へ向かう。外は薄っすらと明るかったが、太陽はまだ見当たらなかった。朝の新鮮な空気が村紗の肺に心地よい冷たさを運ぶ。庭を見やると、小さな池がぼんやりと紺色の空を仰いでおり、その傍には紫陽花が綺麗に咲いていた。お堂の前を通る際、村紗は片手を上げ、床に雑巾をかける一輪に軽く礼をして通り過ぎた。居間を抜け台所に入り冷蔵庫の戸を開ける。冷蔵庫には作り置きの麦茶が在ったので、村紗はそれをコップにも注がず〝滝飲み〟にした。これをやると命蓮寺の面々に注意されることは承知の村紗だったが、それも、病みあがりだし、と掃き捨てた。

 空になった麦茶の容器をシンクに投げ、冷蔵庫を閉めようと手を伸ばしたその時、村紗の視界に気になるものが映った。

(おお、冷蔵庫にこんなものが。これはアレだな、病人の私を労わるつもりで誰かが買ってきてくれたんだろう)

 それはプリンだった。村紗は蓋を開け、大きく開けた口の上にプリンの容器を逆さまにし、容器の底をプッチンしてプリンを一飲みにした。これをやると命蓮寺の面々に勿体ながられる村紗だったが、病みあがりだし、とそれも掃き捨てた。同時に、台所の隅のゴミ箱に向かって空になったプリンの容器も投げ捨てた。プリンの容器がゴミ箱に収まる瞬間、容器に何やらひらがなで名前が書かれているのを見つけた。村紗はそれを自分の名前だと疑わなかったが、代わりに「ひらがなて、村紗水蜜やぞ」と意味不明の台詞を吐いて、上機嫌で寝室に戻った。

 村紗は二度寝をする際、布団の中で、台所に在った鍋の中身(カレー)を思い出しながら、いい気分で眠りについた。

 村紗が次に目を覚ますと、空はすっかり明るくなっていた。しかし村紗が時計を見やると、時間は三十分ほどしか経過しておらず、それはちょうど朝の読経の時刻だった。村紗がぐーんと伸びをして、障子の張られた戸を開き外を見やると、空はさっぱりと晴れており、青々とした空には白くて大きな雲が疎らに浮かんでいた。

 そんな空を見て、村紗は今朝見た夢に想いを馳せた。夢の中の暑い夏や、名前も思い出せない少女のことが妙に恋しく感じられて、村紗は照れるようにはにかんでいた。

 ふいに、寝室の前をどたどたと一輪が通り過ぎる。村紗は慌てる一輪を引き止めて、一緒にお堂へと向かうことにした。

 縁側を伝いお堂に入ると、聖白蓮は既に倍を構えており、今にも磬子を鳴らしそうだ。聖の後方に、命蓮寺の面々は既に静粛として座っており、一輪はその中にちょうどいい隙間を見つけて、そそくさと其処に座った。お堂、といえども境内の堂は小さく、せいぜいちょっと広い仏間程度なものだった。床に関しては畳である。堂の戸は開け放たれていて、気持ちのいい日の光が涼やかな風とともに差し込んでいた。

 そんな空間に、聖をはじめとした面々が座っている。その中に幽谷響子の姿を見つけた村紗は、響子の隣に座り、響子に小声で話しかけた。

「よぉ、来てるなちんちくりん。最近は熱心じゃないか」

 響子は笑顔で答える。

「あ、村紗さん。おはよーございます!えへへ、最近はお経も最後までちゃんと読めるようになったんですよ」

「ほお、それはそれは」

「それより村紗さん、お熱はもう大丈夫なんですか?」

「なんだ響子まで知ってるのか。ええ、ええ、お恥ずかしながら、今朝良くなりましたよ」

「よかった!ぬえさんから聞いて、心配してたんですから。ああ、そうだ村紗さん。私が今朝ここに来たとき、ぬえさんがなにか泣きながら出て行っちゃったんです。なんでも、プリンがどうとか」

「ああ、そりゃあ……」

 瞬間、磬子の音が堂に響いた。村紗と響子は慌てて両掌を合わして目を瞑った。響子は注意を恐れての行動だったが、村紗は違った。村紗にとって読経の時間は修行よりも修行めいていた。気を抜くと、成仏してしまう為である。お堂に向かう最中一輪の放った、

「病みあがりで読経に参加するなんて、村紗もなかなか度胸があるわね」

 なんて言葉を思い出そうものなら、村紗は忽ち経に滅されてしまう。村紗が気張ると、聖白蓮が徐に口を開いた。

「ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしんーぎょー」

 再度、磬子が倍によって打ち鳴らされる。

 

『かんじーざいぼーさーぎょうしんはんにゃーはーらーみーたー』

……。

 読経の最中、村紗はなんとはなしに、自身の見た夢について思い返していた。

(うーんなにか、楽しいやつが居た気がするぞ)

 村紗は夢に出て来た少女に想いを馳せた。

『ふーじょうふーめつふーくーふーじょうふーそーふーげん』

(おおよそ、儚さとは無縁の奴だった気もするけど、今思い返せば、どことなく儚げに思えるのはあの〝おかっぱ〟のせいかもしれないな)

 村紗は既に輪郭の曖昧になった彼女を薄っすらと思い浮かべては、幾許の寂しさを感じた。

『むーげんかいないしーむーいーしきかいむーむーみょうやく』

(ああ、意外と覚えてるぞ、私。たしかサングラスを……かけてなかったかな。どうだろう)

 村紗は夢の内容を殆ど忘れていたが、一つだけ覚えていることがあった。夢の中で自身とその少女は〝ちゅー〟をする仲だったという事がそれだ。そんな記憶が、村紗の中の少女像を妙に甘ったるくさせ、村紗を回想に執着させるのだった。

『はんにゃーはーらーみーたーこーしんむーけーげーむーけーげーこむーくふー』

(せめて名前だけでも思い出してやれたら、なんだか奴も救われるような気がするんだけどなあ)

 そんな村紗の聴覚に、不意に蝉の声が響いた。村紗は驚いて、咄嗟に堂から庭を見やった。

 しかし、そこに在ったのは、青い空を映した小さな池と、元気良く咲く紫陽花のみだった。気付くと、蝉の声も消えていて。その時、村紗の頭の中で彼女の名前が思い出されたが、村紗の中に浮かんだ彼女の名は、到底名前と呼べる代物ではなかった。

(ま、所詮は夢ってことだな)

 それでも村紗は彼女の名を浮かべながら紫陽花を見やり、記憶の中の彼女に、哀れむような、思いやるような微笑みを贈るのだった。

『ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてーはらそうぎゃーてーぼーじーそわかー』

「あ、やべ」

 村紗は消滅した。経が途切れ、聖は振り向くことなく、

「どうしましたか?」

 と皆に尋ねた。

 サビの部分を邪魔され少し不満そうな一輪が口を開いた。

「姐さん、村紗が消えました」

「まあ」

 聖はやはり振り向くことなく、口を開いた。

「それでは、消えてしまった村紗の為にも、今度はもっと元気良く唱えましょう」

 皆元気よく、はーい、と応えた。

「んっんー。それでは」

「ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしんぎょー」

 チーン、と磬子が鳴り響く。

「元気よくー、せーのっ」

 

『かんじーざいぼーさーぎょうしんはんにゃーはーらーみーたじーしょーけんごーうんかいくー……』

 

 さっぱりとした五月の空の下。

 〝元気のよい〟命蓮寺のお経は、いつまでも、どこまでも、響いていたのだった。




エンディングはデイドリームビリーバーと般若心経のマッシュアップです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。