「…最悪」
駅近場の公園にあるベンチに腰を下ろし、目の前で無邪気に遊ぶ子供たちを眺めながら、というよりは、視界にいれているだけだが、これからの一週間をどうすごすか、というこの歳らしい、実に不可解かつ最もアクティブに生きるべき時を、一般的な大人と同じように悩んでいた。正直、この歳になってもガキなのは認める
それだけだが、次には繋げない。俺は俺だからな
「ん?」
黄昏ている俺に呆れたかのように入る着信。知らない番号だ。知ってる番号が少ない、が100点の回答なんだけどね
「はい」
「あっ、沖田君?ちょっと時間大丈夫?」
大家さんだ。契約じゃ確認以外では使わないとか書いてたけど、使ってんじゃん
「はい、大丈夫です」
なわけないだろ
「よかった。あのね、やっぱりこっちに来たってあてがないわけなのよね?だったら、せめて居間くらいは使えそうだから、来ないかなって思って連絡したんだけど…」
天は我を見捨てなかった
「ええ!是非とも!喜んで行かせていただきます!」
「そう、よかった。案内するから、駅で集合、それでいい?」
「ええ、では」
会話を切るなり、ベンチから自分でも驚くほどの速度で立ちあがり、駅まで走り始める
かなり早く駅には着いた。当然、待ち人は未だ来ずなので、駅に入り、定期のことを聞くことにする
「ああ、あれ、お兄さんのですか」
「というと?」
「いえいえ、三つ隣の駅で渡されたらしくって」
そういいながら駅員の指す親指の先は内浦ではない
やっぱり引っ越しか。親御さんと待ち合わせだろう
「そうなんですか、まぁ、そういうこともあります」
我ながらボロ全開の苦しい言い訳とともに定期を受け取り、駅を後にする
「あら、沖田君、来てたの?」
「ええ、近くにいたもんですから」
駅をでてすぐに大家さんとは会えた。その後はなんの問題もなくこれからの我が家に着いた
「ここ、あなたの部屋よ」
そう言いながら鍵束から一つの鍵を選んで、扉を開ける大家さんが、よくドラマなんかでみるような風のアパートの一室、二階三号室の扉を開く
「お邪魔します」
「やぁね、その言い方」
ギギッと少し軋む扉の音と共に、少し錆び鉄の臭いが鼻につく。窓は誰かがくるまで開けないのは、まぁ防犯上は普通のことだが、なにかと好きじゃない
「その先ね」
俺の後から入った大家さんが玄関からわかりやすく狭い部屋のなかの居間を教えてくれた。わかるよ、これくらい
部屋に入る、というよりは、廊下を通ってきたという方が正しい気がする。そして、畳を踏んだ時に感じた傾いている、という違和感。それに加えて、なぜかさらにつく錆び鉄の臭い。大家さんの制止を振り切り、設備の壊れた部屋のドアを開ける
今は止めているのだろうが、風呂場にある安っぽい給水のための水道管は、破裂、というよりは外からだ。そして、なにも片付けられている風には見えないのに、漏れたはずの水は残っていない。
俺が来るからと確認したのは今日、そのために片付けは一切できていないと聞いた。水道管の一部、大きな破片が見当たらない。細かいのはあるのにも関わらず
まさか
部屋に戻り、違和感を感じた畳の縁に指を入れる
「沖田君、だいじょ…なにしてるの?」
「っ!」
勢いよく畳を持ち上げると…ビンゴだ
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
死体だ。血の臭いか、これ
頭…やっぱり、切れてる。うつ伏せの姿勢。犯人は急いでたな
「とりあえず、警察を!」
「そ、そうね!」
周りの住人への通達と警察への連絡のために外へ出る大家さんを見送り、そのタイミングを見図って、死体の腕に付けられたそれ、アサシンブレードへと手を伸ばす
「オチが見えたな」
死体は左腕にしか小剣は付いておらず、構造も
正面戦闘を想定していない一般的な暗殺型のアサシンブレードだ
小剣はとりあえずバッグへしまいこみ、あとは警察を待つことにする
「最悪だった」
第一発見者はまず疑われるというのは、こういう業界の習わしなのはわかるが、現に危険物を持っている俺は一度食い込まれると面倒になるというレベルではなかったろう
調査が入るわ、周りの住人の視線が痛いわで、警察からの宿泊のお誘いも断って逃げるように出てきた。やだよ、宿直室とか
「君、大丈夫だった?」
またもや後ろから声をかけられ、そろそろアサシンとしての訓練を受けた身としてはプライドがやられそうなんだが
「大丈夫もなにも、問題がありませんので」
「そうなの?泊まるとこないんじゃない?」
「星を見るのは悪くありません」
「そんなこと言っちゃって…もしかしたら、一夜の宿なら、教えてあげられるかも」
「…………聞くだけなら…」
その結果が
「これかよ」
俺は今、寺で仏門に励んではいないが布団に籠っている。怖いよ、夜中まじで
「……明日はいーことありますよーに、阿弥陀様」