クヌートの手の者がライヒアラ騎操士学園にやって来た日の天気は、とてもではないが良好とは呼べなかった。
まぁ、土砂降りって程でもないので、特に無理をしなければ問題ない。
ともあれ、テレスターレの譲渡そのものは俺には特に関係がない――1機は俺の所有機とする事が決まっているが――ので特に気にしていなかったのだが……
「は? 俺もか?」
「そうです。クヌート公爵からは、アクセル殿もカザドシュ砦にお連れするようにと命じられています」
クヌートの部下の騎士が、丁寧に俺にそう言ってくる。
……エル達に対しては上から目線だったのに、俺に対しては丁寧な言葉遣いってのは……取りあえずクヌートにその辺は言われているのだろう。
仮にも一国の代表と名乗った事も関係しているのか、その辺は俺にも分からないが。
「まぁ、テレスターレのうちの1機は俺の乗機になる事が決まってるし、そっちの関係からだろ」
不思議そうに俺に視線を向けてくるディー達に向け、そう告げる。
ディー達は俺が特別扱いされているのは分かっているが、それでも公爵といった地位にある者が俺とどう関係が? といった視線を向けてきていたので、それに答えた感じだ。
幸いにして、そんな感じで俺の言葉に納得してくれたらしく……皆が揃って、カザドシュ砦に向かう事になるのだった。
……例によって例の如く、アディがエルと一緒に行くと言ったりして、それをエルが落ち着かせるのに手間取ったりもしたが。
アディにしてみれば、自分が一緒に行けないのに、俺が一緒に行けるというのが許容出来なかったというのも大きいらしい。
うん、その辺をどうにかしてくれたエルには感謝だな。
『止まれ!』
雨の中を進んでいる最中、クヌートの部下……朱兎騎士団の騎士が、鋭く叫ぶ。
そんな声に、俺を含めて一緒に進んでいたテレスターレのパイロット達、そしてエル達が乗っている馬車も動きを止める。
恐らく、これは地中からの音。
そして、音と気配は次第にこちらに近付いてきて……
「ちっ、狙いは馬車か!」
敵の狙いを察知すると、俺はその標的となっていた馬車を素早く、それでいて破壊されないような勢いで蹴飛ばす。
蹴飛ばされた馬車に繋がれていた馬はその馬車に引っ張られるようにして吹き飛んでしまったが、取りあえず敵に襲われるよりはマシだと判断してもらうしかない。
『おい、一体何を……なぁっ!?』
朱兎騎士団の乗っている幻晶騎士が、突然馬車を蹴飛ばした俺に向かって責めるように叫び……だが、次の瞬間には驚愕の声を漏らす。
当然だろう。一瞬前に馬車のあった場所を通りすぎるように、突然地面から細長い何かが飛び出てきたのだから。
もし俺が馬車を蹴飛ばしていなければ、あの細長い何かに馬車が襲われていたのは間違いない。
『シェイカーワーム……』
そう呟いたのが一体誰の声だったのかは、俺にも分からない。
だが、その名前がこの魔獣の名前であることは明らかだった。
とはいえ……地中からの不意打ちは厄介だが、それがあると分かっていれば、対処するのは難しい話ではない。
幻晶騎士部隊がシェイカーワームと戦っているのを見ながら、俺はふと人の気配に気が付く。
木の上でこちらの様子を窺っているのは……もしかして、こいつもクヌートの部下か?
いや、だが……その割にはシェイカーワームに襲われているこちらを援護したりしていない。
そんな疑問を抱いている間にも戦いは進み、背面武装を使った一斉射撃でシェイカーワームを纏めて撃破する事に成功する。
全機――俺のテレスターレは抜きにしてだが――の背面武装の一斉射撃というのは。見ている者に対して強烈な印象を与える事に成功した。
いやまぁ……正直なところ、そこまで凄いって訳じゃないんだが、それはあくまでも様々な世界での戦いを見ている俺だからこそだ。
この世界の者にとっては、それこそ常識がひっくり返るような光景ではあったのだろうが。
ともあれ、シェイカーワームを一掃したところで、俺は目の前っで広がった光景に驚き、動けなくなっている幻晶騎士……今回の一件の責任者的な立場の男に向かって声を掛ける。
「ちょっといいか?」
『……っ!? アクセル殿。一体何でしょう?』
「一応聞いておきたいんだが、朱兎騎士団の他に生身で俺達の護衛をしている奴っているか?」
『は? ……いえ、そのような話は聞いておりませんが』
違う、のか?
てっきりクヌートの手の者だとばかり思っていたのだが、そうなると先程の男は一転して怪しい存在になるな。
テレスターレの映像モニタで確認すると、既にそこに先程の男の姿はどこにもなかった。
『何故急にそのような事を?』
「いや、もういなくなったけど、あそこに生えている木の枝の上に、男が1人いたんだ。てっきり、幻晶騎士ではどうしようもない場合に対処する為の護衛かと思ったんだが……今の話を聞く限りでは、間違いなく違うみたいだな」
『それは……いや、ですが……そうなると、もしかして今の騒動は……』
何か思い当たる事でもあるのか、男は戸惑ったように何かを呟いていた。
「どうした?」
『いえ。何でもありません。ただ、その件については、あまり人に話さないで貰えると助かります』
この様子を見る限り、何でもないと口にしてはいるが、実際には何かあったという感じか。
クヌートと敵対している何かがいるとか、そういう感じか?
ともあれ、テレスターレの活躍によって魔獣を倒せたのは事実だ。
……ぶっちゃけた話、あのミミズは数が多かったけど生身でも対処出来たよな。
実際にエルとかダーヴィドとかは、普通に生身で対処してたし。
ただ、ミミズのような魔獣だけに、地中を掘り進む能力があるというのは厄介だが。
うーん、色々と特殊な能力を持つ魔獣がいるというのは、ちょっと珍しいな。
出来ればホワイトスターに戻る時は何とかしたいところだが。
ああ、そう言えばゲートの方もそろそろ何とかする必要があるな。
とはいえ、エルと話していても、ゲートを設置する場所はそう簡単に見つからない感じだ。
いっそ、アンブロシウスに頼むか?
ただ、王としては有能なアンブロシウスが、王都とかにゲートを設置するような事を許可するかと言われれば、正直微妙なところだろう。
『取りあえず、いつまでもここでこうしていても意味がないですし、進みましょう。……アクセル殿、次にアクセル殿が見た相手がまたいた場合は、可能であれば捕まえるか……もしくは私に教えて下さい』
「分かった」
クヌートにとっては敵対する相手だという認識で、間違いはないらしい。
ともあれ、その後は特に何らかの騒動に巻き込まれるような事もなく、無事カザドシュ砦に到着するのだった。
そうして砦に到着すると、早速俺達は格納庫に向かう。
とはいえ俺のテレスターレはアンブロシウスに渡すのではなく、あくまでも俺個人の私有物だ。
エルの夢は自分の専用機を手に入れる事らしいから、その夢を先に叶えてしまった形か。
もっとも、エルが欲しいのはこういう量産機ではなく、あくまでも自分の専用機らしいので、俺が先にエルの夢を叶えてしまったという訳ではないのだが。
「アクセル殿、こちらに。クヌート公爵がお待ちです」
テレスターレを降りた俺に、そんな風に声が掛けられる。
声を掛けてきたのは、俺達を迎えに来た騎士だ。
それはいいのだが……
「俺をか? エルじゃなく?」
「はい。それよりもアクセル殿の話を出来るだけ早く聞きたいとの事です」
「……まぁ、それならそれで構わないが。俺のテレスターレの整備は頼んだぞ」
ライヒアラ騎操士学園から一緒にやって来た鍛冶師達にそう声を掛け、エルに事情を話してから、騎士に案内されて砦を歩く。
テレスターレが到着したからだろう。砦の中はかなり忙しく、多くの者がそこら中を走り回っていた。
「随分と忙しそうだな」
「そうですね。テレスターレの件もありますが、アクセル殿が見つけた者についての件もありますし」
俺が見つけた者、か。
それは間違いなく、あの木の上にいた人物だろう。
てっきりクヌートの部下か何かだと思ってたんだが……あの時、捕らえておけばよかったな。……とはいえ、あの時下手に捕らえて実はクヌートの部下でしたなんてことになったら、少し洒落にならなかっただろうし。
ともあれ、そうやって会話をしつつ砦の中を進むと、やがて目的の場所に到着したのか、一つの部屋の前で騎士が足を止め、扉をノックする。
「クヌート公爵、アクセル殿をお連れしました」
『うむ、入れ』
扉の先から聞こえてきた声に、騎士は扉を開く。
……どうやら、部屋の中に入るのは俺だけらしい。
まぁ、騎士には聞かせたくない話とかもあるんだろうし。
「久しぶりだな」
「ええ。今回は色々と迷惑を掛けたようで」
「そうだな。まさか、こんなに急にテレスターレを持っていくとは思わなかったな。……何をそんなに急いでいる?」
「こちらにも色々と事情がありましてな。ですが、この件はフレメヴィーラ王国の事。アクセル殿には無用の介入は遠慮していただけると助かります」
言葉は丁寧だったが、実際には俺に向かってこの一件に介入するなと、そう言ってるのは明らかだ。
まぁ、クヌートにしてみれば、新型の幻晶騎士という、フレメヴィーラ王国にとって大きな利益となるような事態に関係しているのだ。
その辺の事情を思えば、他国――どころか異世界――の人間の俺にあまり介入して欲しくないと思うのは、そうおかしな話ではない。
実際、介入したいかしたくないかと言われれば、面倒臭いしあまり介入するつもりはないというのが、正しいところなのだが。
とはいえ、それはあくまでも俺に関係のない場所でやっていればの話だが。
「そうだな。俺も今のところは自分から進んでこの世界に介入するつもりはない。……ただ、それが俺に関係してくるとなれば、話は違ってくる。言いたいことは分かるな?」
その言葉に、クヌートは一瞬だけ頬を動かすが、それ以上は表情を変えないようにして頷く。
「勿論です。アクセル殿を困らせるような事はさせません」
「そうか。……で、具体的にどこの国、もしくは組織がちょっかいを掛けてきているのかは、分かるのか?」
「……」
その質問に沈黙を返すクヌート。
まだどこの国や組織がちょっかいを掛けてきているのか、分からないのだろう。
とはいえ、それを責めるつもりはないが。
何しろ、現在どこかの国や組織がちょっかいを掛けてきているということの証拠は、俺が見たあの人影だけなのだから。
いや、あのミミズももしかしたら、もしかする可能性はある……のか?
何らかの方法で魔獣を誘導するような事が出来れば、の話だが。
「返事がないとなると、まだその辺は判明していないと勝手に考えてもよさそうだな」
半ばブラフというか、鎌を掛けるつもりでそう言ったのだが、さすがに長年国の中にいただけあってか、その言葉にも特に反応する様子はない。
とはいえ……例えクヌートがそのつもりであっても、現状を考えればどのような感じなのかという予想をするのは難しい話ではない。
「そちらがどう思おうと構いませんが、国の事には関わらないで貰いたいのです」
「そうだな。さっきも言ったけど、俺に被害が及ばない範囲でなら、好きにしてもいい。ただし……被害がこちらにやって来るとなれば、話は別だけどな」
俺に手を出されたくないのなら、そっちでしっかりと対応しろ。
暗にそう告げると、クヌートの表情が若干険しくなる。
俺が気が付かなければ、あの木の上にいた人影に誰も気が付く事はなかったのだから、それも当然なのかもしれないが。
そうなれば、他国か犯罪組織なのか、もしくはそれ以外の別の何かなのかは分からないが、敵に機先を制した可能性はある。
そして、この砦に移動中に魔獣に襲われたという事を考えると、敵の狙いが何なのかは、考えるまでもない。
「テレスターレ、か」
ビクリ、と。
俺の呟きにクヌートが反応する。
クヌートにしてみれば、それは出来れば……いや、可能な限り避けたかった事態なのだろう。
折角の新型が敵に奪われると考えれば、それは最悪の結果しかもたらさない。
そして問題なのは、やはりどこの誰がそのような真似をしたのかという事か。
「まぁ、取りあえず頑張ってくれ。繰り返すが、俺の方に何らかの被害が出ない限り、俺が出撃するつもりはない」
「……ご忠告、痛み入る」
俺との会談でここまで疲れてる様子を見て、大丈夫なのか?
この後はエルからも色々と話を聞く事になるだろうし……それに、あれを見せられる筈だ。
俺にとっては特に驚くような外見ではなかったが、この世界の者にしてみれば、まさに予想外の存在を。
クヌートの胃に穴が空かなければいいんだが。
そう思い、俺は空間倉庫からいつだったか技術班が作った胃薬を取り出し、クヌートの執務机の上に置く。
「これは?」
「まぁ、その、何だ。胃が痛くなったら飲んでくれ」
疑問を浮かべたクヌートに、そう告げるのだった。