「じゃあ、俺達は一旦帰るから。……アクセルは残るんだろ?」
「ああ。エルを1人で置いておくと色々と面倒な事になりそうだし」
「確かに。銀色坊主の面倒を見る事が出来る奴ってなぁ、少ねえしな。……ま、頼むわ。銀色坊主が、くれぐれもクヌート公爵を倒してしまわないようにな」
そう言うと、ダーヴィドは手を振って馬車に向かう。
「じゃあ、アクセル。僕もこの辺で失礼するよ。……彼もだけど、君もこの砦の人に迷惑を掛けないようにね」
ダーヴィドに続き、ディーもそう言って馬車に向かう。
エドガーとヘルヴィとも軽く言葉を交わし、馬車は出発する。
そうして、結局この砦に残るのは俺とエルの2人だけとなった。
まぁ、ぶっちゃけた話……俺の場合は帰ろうと思えば影のゲートを使って一瞬で帰れるので、その辺は特に気にする必要がなかったりするのだが。
とはいえ、空間倉庫については教えたが、影のゲートについては教えていない。
また、空間倉庫に関しても、実はテレスターレを運ぶ時にそれを使わないかという意見がないでもなかったが……やはり全く見た事のない魔法――正確には魔法ではないのだが――にテレスターレを入れるのを嫌がった者が多かったというのもあるし、紅兎騎士団の面々にも空間倉庫を見られるのは問題だという思いもあったのか、結局使うような事はなかった。
「さて、それじゃあ俺は……何をするかな」
今頃、エルはクヌートに対してテレスターレや、まだ大雑把な設計図だけだが、あの幻晶騎士についての説明をしている筈だ。
クヌートに渡してきた胃薬が効果を発揮していればいいんだが。
そう思いながら、砦の中を見て回る。
見て回りながら歩いていると、早速という訳でもないだろうが、テレスターレを操縦している騎士達の姿が見えた。
ライヒアラ騎操士学園組から色々と話は聞いているが、それでも実際に自分達で動かしてみないといけないと判断して動かしているのだろうが……
「無理もないか」
どこかぎこちない動きに、そう呟く。
実際、テレスターレはカルダトアと比べると操縦の感覚が結構違う。
機体構造そのものが大きく違うのだから、それはある意味で当然の事だろう。
だが、俺達と一緒にここまで来て、途中でテレスターレの戦闘を見た騎士ならともかく、ただテレスターレを見ただけの騎士であれば、結局はカルダトアと操縦感覚はそう違わないだろうと判断し……その結果が、現在俺の前に広がっている光景だった。
……それとも、テレスターレをある程度ではあっても乗りこなせているのを褒めればいいのか?
そうしてテレスターレの動いている光景を眺めていた俺に気が付き、近寄ってくる男がいた。
紅兎騎士団の一員としてライヒアラ騎操士学園までやってきた男の1人だ。
「アクセル殿」
「テレスターレを乗りこなすのに、随分と苦労しているみたいだな」
「ええ、まぁ。……お恥ずかしながら、カルダトアで慣れているから十分だと言い切る者がいる始末でして」
あー、なるほど。
まぁ、この世界の常識から考えれば、そんな風に感じる者がいてもおかしくはない。
とはいえ……実際にはカルダトアとテレスターレではかなり違う。
それこそ、大人と子供と言ってもいいくらいに。
その結果が、現在俺の視線の先にいる連中なのだろう。
……ちなみに、当然ながら俺の専用機として用意されたテレスターレに乗ってる奴はいない。
この砦の連中も、詳しいことは知らなくても俺が色々と訳ありの人物だというのは当然のように知っている。
だからこそ、俺の専用機に手を出したりはしないのだろう。
場合によっては、公爵の地位にあるクヌートから直々に叱られるという可能性もあるのだから。
「けど、ダーヴィドとかから色々と聞いてたんじゃないのか? エドガーとかは、言ってみれば一番騎士に近い戦い方をするし」
テレスターレ開発班の中には、エドガー、ディー、ヘルヴィという3人のパイロットがいる。
その3人の中で最も騎士に近い戦い方をするのが、エドガーだ。
……純粋に操縦技術という点では、実は俺の訓練相手を一番長くしているディーが一番上だったりするが。
ただ、ディーの場合は俺の操縦方法に影響を受けているので、あくまでもこの世界の騎士としての戦い方となると、やっぱりエドガーの方が近いんだよな。
言ってみれば、正統派のエドガーと邪道のディーといったところか。
ヘルヴィは……丁度その中間といった辺りだ。
ただ、テレスターレという幻晶騎士との付き合いが一番古いのはヘルヴィだという事を考えると、テレスターレの性能を発揮させるのが一番上手いのはヘルヴィだったりする。
「ええ。色々と聞いてますが、やはり聞いてるのと実際に操縦するのとでは大きく違うらしく……」
まぁ、そうだろうな。
これでテレスターレがカルダトアの発展機といった具合であれば、騎士達もそこまで苦労するような事はなかっただろう。
だが、テレスターレは今までこの世界にあった幻晶騎士とは完全に別物だ。
その辺の事情を考えると、この結果もある意味自然といったところか。
「そうだな。丁度暇していたし、少し訓練をつけてやろうか?」
「いいんですか?」
「ああ。今は特にやるべき事もないしな」
それこそ、現在俺がこの砦でやるべき事は……エルが暴走したら止めるとかか?
だが、そのエルも現在は別に暴走したりといった事はしていない。
……クヌートとの会談で何らかの暴走をしているという可能性は、なきにしもあらずといった感じだが。
ともあれ、今はまだ被害が……クヌートの胃壁以外には出ていないようなので、その辺は特に気にする必要もないか。
そんな風に考えつつ、俺は騎士の言葉に問題ないと返す。
「そうですか。では、お願いします。アクセル殿の操縦を見れば、他の者達も何か気が付くかもしれませんし」
「だといいけどな」
ぶっちゃけ、俺の操縦技術はこの世界の者にしてみれば、完全に理解の外にあってもおかしくはない。
様々な世界で様々な機体に乗って、その上で練り上げられてきた代物だ。
それをこの世界の人間がすぐに習得出来る訳がないし、もし習得しても、それはディーのようにこの世界の正道とは言えなくなる。
とはいえ、結局のところ操縦というのは相手に勝てればそれでいいのだ。
だからこそ、俺の操縦から何かを感じてくれれば、それでいい。
それに……操縦が異端だというのであれば、恐らくこの世界の主人公たるエルだって、似たようなものだ。
ベヘモスと戦った時、エルは普通に操縦するのではなく、魔法を使って機体を強制的に制御していたのだ。
とてもではないが正道な操縦方法とは言えないだろう。
ともあれ、話は決まったので俺は格納庫に行って自分のテレスターレに乗る。
俺の専用機って事だし、出来れば何か分かりやすい判別方法が欲しいよな。
やっぱり赤く塗るか?
赤いだけでも十分に目立つし。
とはいえ、もしやるとしてもライヒアラ騎操士学園に戻ってからだな。
このテレスターレは俺の専用機だけに、ここに置いていく必要もないし。
機体を起動し、模擬戦用の槍を手に訓練場に向かう。
既に、先程の騎士が話を通していたのだろう。
テレスターレに乗っていた面々は、きちんと並んでこっちを待っていた。
『我々に訓練をつけて貰えるとか。……正直、助かります』
おや?
さっきの話から考えて、てっきり他人の助けなどいらない! とか、そんな風に言われるのかとばかり思っていたんだが。
恐らく、それだけテレスターレの操縦に苦労していたんだろう。
「分かった。それで、どんな訓練を希望する?」
『模擬戦で』
即座に返ってくる言葉。
恐らく、先程の騎士から話を聞いた時点でそうしようと決めていたのだろう。
とはいえ、その判断は決して悪いものではない。
何だかんだと、やは模擬戦が一番機体の動き方の癖を掴みやすいのだから。
騎士達も、それが分かっているからこそ俺に模擬戦を挑んできたのだろう。
「分かった。なら、まずは……そうだな。1人ずつでいいか?」
『お願いします』
先程の技量を見る限り、それこそ全員と一斉に戦っても問題はないと思うが、まずやるべきなのは模擬戦そのものではなく、テレスターレという機体を知る事だ。
だからこそ、1対1での模擬戦で、相手にゆっくりとそれを教える必要があった。
そうして訓練場で、俺はテレスターレと向かい合う。
この砦の連中は、テレスターレと戦った事はないのだろうが、俺の場合はディー達を相手に何度となくテレスターレを使った模擬戦を繰り返しており、テレスターレと戦うという意味では、この世界でもトップクラスの経験を持っている。
……まぁ、テレスターレが完成したばかりの幻晶騎士だと考えれば、その辺は当然なのかもしれないが。
『行きます!』
テレスターレが、長剣――当然模擬戦用――を構えながら突っ込んでくる。
特徴的な背面武装の類を使わなくても、網型結晶筋肉の性能によって、テレスターレは基本性能が非常に高い。
そういう意味でも、この選択は間違っていない。
……もっとも、テレスターレの操縦に慣れるという意味なら、もっと積極的に背面武装を使った方がいいのだが。
ともあれ、まだこれが最初の模擬戦なんだし、機体に慣れるという意味でもやはりもう少し時間が必要か。
そんな風に考えながら、俺は槍を振るってテレスターレの足を払う。
『なっ……くっ!』
バランスを崩しつつ、それでも機体を転ばせなかったのは、何だかんだとパイロットの腕がいいからだろう。
これがディーとかなら、それこそ立ち直るのは難しかった筈だ。
この辺は経験の差だろう。
だが……幾ら転ばなかったからとはいえ、それが大きな隙となるのは間違いない。
そのまま槍を振るい、穂先――模擬戦用なので刃はついてないが――をテレスターレの眼前に突きつけ、勝負あり。
……実際には背面武装があるので、対処のしようはあるのだが、ここにいる誰よりもテレスターレについて知っている俺にしてみれば、向こうがその気配を見せた瞬間に背面武装を攻撃するなり、コックピットを攻撃するなり、頭部を破壊するなりといった真似が出来る。
もっとも、紅兎騎士団にとっても、テレスターレは非常に重要な代物だ。
そうである以上、幾ら負けるのが悔しいからといって、わざわざテレスターレを破壊するような真似をする筈もなく……
『降伏します』
すぐに負けを認めた。
そうして次から次に1対1での模擬戦を繰り返し続け……やがて全員分が終わったところで、一旦休憩をしようという話になり、テレスターレから降りて色々と会話をする。
当然ながら、その会話の内容の殆どはテレスターレの操縦に関してだ。
個人的な話も幾らかはしたのだが、それよりもテレスターレの方に強い興味を抱いているのだろう。
「やはり、今まで乗ってきたカルダトアとは全く別の機種という認識が必要な訳ですか?」
「そうだな。……寧ろ、別の機種どころか、幻晶騎士ではない乗り物として認識した方がいいかもしれないな」
とはいえ、そう言ったところでこの世界の人間ではその辺の認識はあまり上手くはいかないだろう。
例えるのなら、今までMSにしか乗った事のなかったパイロットが、いきなりVFに乗るようなものだ。
……勿論、それはあくまでも例えであって、実際にはそこまで大きな差はないのだが。
「別の乗り物ですか? そう言われても……」
俺と話していた騎士が何かを言おうとした時、不意に近くにいた騎士の1人が叫ぶ。
「おい、あれ!」
切羽詰まった様子の叫びに、俺を含めてその場にいる全員が騎士の視線を追う。
するとその先にあったのは……煙。
それも、ただの煙ではなく赤い。そうなると……狼煙か?
「魔獣襲来の狼煙だ! しかも赤って事は決闘級以上の魔獣。それもあっちの方角は……」
「ダリエ村だ」
騎士の1人が、そう告げる。
色々と話を聞いてみたところ、ダリエ村というのはこの砦からそう遠くない位置にある村らしい。
当然のように、そのような場所にある村だけに、この砦に食品や日用雑貨等、色々な物を売って商売にしている者も多く、それだけに村には親しい者もいる。
「アクセル殿。我々はダリエ村に出向く必要があります。申し訳ありませんが……」
「ああ、俺を気にする必要はないから、行ってこい。……それとも、俺も行くか? テレスターレもあるし」
「いえ、これまでの戦いでテレスターレも消耗してるでしょうし、魔力の消費も激しい筈。そうなると、今の状況では難しいかと」
「あー……まぁ、そうだろうな」
ぶっちゃけ、俺の魔力を使って機体を動かせるんならいいけど……そうだな。今度エルにでもテレスターレを改造して貰うか?
「それに、アクセル殿はあくまでも客人です。そう考えると、クヌート公爵にどうするべきなのかを聞いた方がいいかと」
その言葉に、俺はしょうがないと頷きを返すのだった。