フレメヴィーラ王国の首都、カンカネン。
その王城にある部屋の一室に、現在俺の姿はあった。
当然のように、この部屋にいるのは俺だけではなく王たるアンブロシウスやその後継者で次期王のリオタムス、懐刀のクヌート、キッドやアディの父親のヨアキム、それ以外にも重要な職にあり、俺の秘密を知っている面々。
それとアドバイザーとしてエルの姿もあった
……エルとしては、新型の幻晶騎士を開発したかったのだろうが、今回に限ってはエルにも知らせておいた方がいい情報があったから、途中でライヒアラ騎操士学園に寄って連れてきたのだ。
もっとも、本人は掌の上とはいえミロンガ改に乗れた事をかなり喜んでいたが。
「さて、アクセル殿。ではそろそろ始めて貰えるか?」
アンブロシウスの言葉に頷き、口を開く。
「ここにいる面々は、俺がどこに何をしに行っていたのか……それは分かってると思う」
その言葉に、話を聞いていた者の多くが頷き……もしくは、げっそりとした表情で頷く。
大量のチラシを作ったのは、何気にここにいる面々にしても体力的に厳しかったのだろう。
ライヒアラ騎操士学園の中でもエルと近い面々は、ある程度事情も知ってるので結構な戦力となったが。
ここにいるのは大人……いや、老人と呼ぶべき者も多い。
そうなれば、当然のように夜更かしだったり、徹夜だったりといった行為は厳しくなる。
それでもフレメヴィーラ王国を守る為……そしていらないちょっかいを掛けてきたジャロウデク王国に対する報復措置の為と考えれば、多くの者が頑張るのは当然だった。
「うむ。……それで、作戦は成功したのかな?」
「ああ。ジャロウデク王国の首都、他にも幾つかある都市や要塞といった場所にチラシを散布してきた。それと、ジャロウデク王国の周辺国家にも同様にチラシを散布している」
「……周辺国家にもか? 当初はジャロウデク王国だけだった筈では?」
俺の報告が意外だったのか、アンブロシウスの反応が一瞬遅れる。
まぁ、今回の一件を思えば、そんな風に反応してもおかしくはないか。
とはいえ、ジャロウデク王国に対する報復としては決してやりすぎだとは思わない。
今回の一件で、ジャロウデク王国は迂闊に動くようなことが出来なくなった。
……あるいは、テレスターレの奪取に成功していれば、もしかしたら新型の幻晶騎士の性能を頼って行動を起こしていた可能性もあるが、それは今更の話だ。
今にして思えばだけど、多分この世界の原作ではジャロウデク王国がテレスターレの奪取を成功させて、それでジャロウデク王国がテレスターレを研究して開発した新型の幻晶騎士と飛行船を使って、周辺に侵略。
それでフレメヴィーラ王国と友好関係にあるクシェペルカ王国が助けを求めて来て、エル達が新型機で出撃……といった流れだった可能性が高い。
だが、この世界においては俺が介入した結果、本来の原作とは全く違う流れになっている。
ジャロウデク王国はテレスターレを入手出来ず、それどころか一連の出来事を書かれたチラシを自国はおろか周辺諸国にまで散布された。
そうなると、一体どうなるか。
「ジャロウデク王国が周辺諸国から攻め込まれる事になる……という可能性は否定出来ませんね」
クヌートの呟きに、話を聞いていた者の何人かが驚く。
とはいえ、殆どの者はクヌートと同じ結論に達したのか、納得したように頷いていたが。
「アクセル殿。これは少しやりすぎでは?」
「そうか? ……ジャロウデク王国の様子を見る限り、あの国はいずれ他国を侵略しようとしていたのは明白だ。その証拠として、ジャロウデク王国軍は新型の兵器を開発している」
「……新型?」
「ああ。そうだ。簡単に言えば、空を飛ぶ船だな。そんな新兵器を……」
「空飛ぶ船!?」
誰よりも早く俺の言葉に反応したのは、予想通りエルだった。
この部屋にいる他の者達も、当然のように空飛ぶ船……飛行船についての情報は驚いたのだろうが、最初にエルがもの凄く驚いた事もあってか、驚きの声を発するタイミングを逃した感じだ。
「アクセルさん、それで飛行船というのは具体的にどのような物でした? どうやって空を飛んでるんです? 武装は? 何機くらい幻晶騎士を搭載出来そうでしたか? それに……」
次から次に質問を投げかけてくるエル。
そんなエルの様子に、俺だけではなく他の面々も驚愕の視線を向けていた。
まぁ、その気持ちも分からないではない。
今までは黙って俺の話を聞いていたのが、いきなりこんな感じで叫び始めたのだから。
ちなみに、この会議室にいる面々の中で、エルを侮るような者はいない。
ここにいる者は、全員テレスターレを開発したのが誰なのかというのを知ってるからだ。
勿論、テレスターレを開発したのはダーヴィドを始めとするライヒアラ騎操士学園の面々の協力があってのものだ。
だが、幾らライヒアラ騎操士学園に人材が揃っていても、そこにエルがいなければテレスターレを開発出来なかったというのも事実。
つまり、エルの存在こそがこれから先のフレメヴィーラ王国の技術の発展の鍵なのだというのを、知っているのだ。
つまり、エルの存在というのはフレメヴィーラ王国にとって非常に大きく、当然エルの発言力も高くなる。
「あー、落ち着け、後で映像を見せてやる。ミロンガ改に保存してあるからな」
「本当ですか!? 本当ですね!? 絶対に嘘じゃないですよね!?」
がーっと、そう告げるエル。
エルの背は小さいのだが、それでも背後に虎か龍が見えた気がする。
エルにとって、飛行船というのはそれだけ大きな存在なのだろう。
「分かった。分かったから、落ち着け。約束だ。それよりも、今は空飛ぶ船……飛行船について、しっかりと話しておく必要があるだろ」
「……分かりました。絶対ですよ?」
念を押すようにそう告げるエルを何とか落ち着かせる事に成功すると、俺は改めてアンブロシウス達に向かって口を開く。
「さて、ちょっと驚かせてしまったな。それで飛行船についてだが……一体どのくらい危険な存在だと思う?」
「ふむ。正直なところ分からんとしか言えんな。勿論、かなり厄介だというのは分かる。それは普通の船と同じような使い方が出来ると考えればいいのか?」
「そうだな。それは否定しない。ただし、空を飛べる分だけより厄介だけどな。例えば、飛行船に幻晶騎士を乗せたまま、敵陣の奥深くに移動するといった真似も出来る。それがどれだけ厄介なのかは、想像するまでもないだろう? もしくは、俺が見た時は飛行船が武装していなかったが、何らかの武装を飛行船に乗せることが出来れば、上空……敵の攻撃が全く届かない場所から一方的に攻撃も出来る。また、武器を装備していなくても、偵察に使うだけで上空から一方的に相手の陣地の偵察が出来る。……他にも多数空を飛べるという有利さはあるが、すぐに思いつくならこんな感じか」
そう告げると、俺の言葉の意味をしっかりと理解したのだろう。
多くの者が、頬を引き攣らせる。
まぁ、それも無理はない。
相手だけに飛行船があるという事は、完全に制空権を握られているのと同じ事なのだから。
もっとも、制空権の重要さについては、この世界の人間ではエルくらいしか本当の意味では理解出来ないだろうが。
「それは……厄介ですね。一体、どう対処すれば?」
リオタムスの言葉に、俺はエルに視線を向ける。
ぶっちゃけた話、あの飛空船ならミロンガ改であっさりと撃墜出来る。
だが、出来れば俺に頼らずに、この世界の人間でどうにかして欲しいという思いからの行動だ。
「対空兵装を開発するしかないでしょうね。それこそ、テレスターレの背面武装を強化して射程距離を伸ばすとか……そこまでいかなくても、地上からかなりの高度まで発射出来る矢や槍の類があれば、十分対抗出来ます」
聞かれてすぐに対空兵装について意見出来るのは、やはりエルだからだろう。
……正確には、この世界に転生する前に色々なロボット関連のアニメや漫画、ゲームといったものを楽しんでいたからだろう。
その辺の前提知識があるからこそ、飛行船への対抗装備をすぐに思いつけたのだ。
つまり、前例があるからこその判断な訳だが……そういう意味で考えると、その手の前提知識が全くないジャロウデク王国が飛行船を開発したというのは、凄いな。
空を飛ぶという発想がなかったこの世界において、自分達で空を飛ぼうとし……そして自分の思いつきを実現させるだけの技術力があったのだから。
正直なところ、一体何がどうなればそんな風に出来るのか、俺には理解出来ない。
とはいえ、今の状況を考えれば向こうの動きは一歩遅かった。
いや、こっちの動きが早すぎたのか。
「では、エルネスティよ。現在は色々と忙しいのだろうが、お主の言う対空兵装についても考えておいて欲しい。我が国とジャロウデク王国との間にはかなりの距離があるが、もしその飛行船というのが量産された場合、対抗手段は必要だろう。……特にこの国はな」
アンブロシウスが、意味ありげに俺に視線を向けてくる。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
ジャロウデク王国中……どころか、周辺国家にも散布されたチラシ。
あのチラシに書いてある内容を見れば、誰が今回の一件を仕組んだのかは一目瞭然なのだから。
一応ミロンガ改という証拠がない限り、断定は出来ない。
だが、ジャロウデク王国にしてみれば、自分達の面子をこれでもかと潰したフレメヴィーラ王国は、絶対に許せない相手だろう。
普通なら、ジャロウデク王国とフレメヴィーラ王国の間には、ロカール諸国連合とクシェペルカ王国、そしてオービニエ山脈が間にある為に、本格的な侵攻というのは考える必要がないのだが……飛行船があるとなれば、話は違ってくる。
それこそ、飛行船があるのならフレメヴィーラ王国のどこでも好きな場所に幻晶騎士や歩兵といった戦力を派遣出来るのだ。
そうなると、フレメヴィーラ王国側としてもそれに対処する為の準備はしておく必要があった。
「分かりました」
エルはアンブロシウスの言葉に素直に頷く。
……とはいえ、本人としては少し残念そうな様子を見せている。
まぁ、エルの本音としては、それこそ対空兵装よりはケンタウロス型の幻晶騎士を開発する方が最優先なんだろうし。
ただし前世の知識があるエルにしてみれば、対空兵装を作るのはそう難しくはない……筈。
アイディアは既にあるのだから、問題なのはそれをどうやって実現するかだ。
剣と魔法のファンタジー世界である以上、この世界で何らかの兵器を開発する時は、当然こちらの技術に変える必要がある。
その辺が、エルとしては結構面倒臭いところなのだろう。
……その辺は、俺が協力するには知識が足りない。そうなると、別の方面で力を貸す必要がある訳で……
「そうだな」
不意に呟かれた俺の言葉に、周囲でジャロウデク王国への対策について話していた者達全員……それどころか、エルやアンブロシウスといった面々まで俺に視線を向けてくる。
今回の一件もあって、フレメヴィーラ王国における俺の立場は色々と強化された事の証だろう。
もっとも、俺を放っておけば何をしでかすか分からないといった風に思ってるのもあるのだろうが。
そんな視線を向けられながら、口を開く。
「もしエルが……そうだな、十日以内に対空兵装を完成させたら、いい物を……エルが見たがっていた物を見せてやるし、少し狭いがミロンガ改のコックピットにも乗せてやろう」
「本当ですかっ!?」
エルの口から出たのは、とてもではないがその小さな身体から出たとは思えないような、そんな大声だった。
エルの趣味や性格を考えれば、当然だろう。
俺はそんなエルの興味を煽るように言葉を続ける。
「ああ。俺の空間倉庫の中には、エルも知ってるミロンガ改以外も何種類か機体が入ってる。もし俺の条件通りに出来たら、その中の1つを見せよう」
戦闘機のファイター、人型機動兵器のバトロイド、その中間のガウォーク。
そんな3形態を持つサラマンダーは、エルにとっても非常に興味深い機体の筈だ。
……もっとも、サラマンダー以外の機体、具体的にはニーズヘッグを見せるつもりは今のところないのだが。
ニーズヘッグは、あらゆる意味でこの世界にとっては早すぎる機体だと言ってもいい。
シャドウミラーの技術の結晶であり、同時に俺の宝具と化して魔力を帯びた機体となっているだけに、与える威圧感は強烈にすぎる。
「分かりました。では、早速考えます」
そう言い、やる気満々でエルは自分の考えに没頭し始めた。
予想はしていたが、エルにとっては対空兵装についての考えが最優先となったのだろう。
周辺にいる重臣達は、皆が呆れの表情でエルを見るのだった。