エヴァの朝は、遅い。
ネギま世界で学校に通っていた時は、登校地獄の影響で早起き――エヴァ視点――をしなければならなかったのが、学園を卒業した今となってはそのようなことをしなくてもよくなっている。
また、ホワイトスターにいる以上、学園結界の影響を受けたりといったような事もなく、600年以上を生きる吸血鬼にも関わらず花粉症に掛かるといったような事もない。
「マスター、おはようございます。朝食の用意は出来ています」
「うむ。茶々丸、今日の朝食は何だ?」
「マスターの嗜好に合わせて、和食となっております」
「ご苦労」
そう言い、エヴァは朝食を楽しむ。
料理人としては一流の茶々丸が作った料理だけに、当然ながらエヴァの舌に合う。
純粋に料理の腕だけではなく、エヴァの性格を知っているだけに、エヴァの好みに合うような味付けにする事も出来た。
「それで、今日の予定はどうなっている?」
「午後から戦闘訓練がありますが、午前中は空いています」
「ふむ、そうか。ならホワイトスターの交流区画をちょっと見てくるか」
エヴァとしては、出来ればペルソナ世界の京都辺りに向かいたいと思ってはいた。
しかし、午後から戦闘訓練がある以上、そのような時間は……影のゲートを使えば無理ではないものの、それだと駆け足での観光となる。
エヴァとしては、京都の観光をするのなら時間を気にせずゆっくりとしたい。
適当に見て回るのは、エヴァとしては決して好ましくはなかった。
そうして少し遅めの朝食を食べ終えると、エヴァは交流区画に向かうのだった。
「あら、エヴァちゃんじゃない」
交流区画を歩いていると、不意にそんな声を掛けられる。
唐突ではあったが、その声の持ち主とはもう長い付き合いだけに、それが誰なのかというのは考えるまでもなく明らかだ。
「明日菜か。……珍しい人物と一緒にいるな」
以前は神楽坂と呼ばれていた明日菜だったが、付き合いが長くなった今は名前で呼ばれている。
そんな明日菜の横には、エヴァもその顔は知ってるが、あまり話した事がない人物……ステラの姿があった。
一応戦闘訓練にはそれなりに顔を出しているので、全く見知らぬ人物といった訳でもないのだが。
いつもはアウルやスティングと行動を共にすることが多いステラなのだが、何故か今日はいつもの2人ではなく明日菜と一緒にいた。
「ええ。ステラちゃんは今度私の後輩になるのよ!」
えっへん、と。そう胸を張る。
……その豊かな双丘が強調され、道を歩いていた何人かの男が視線を奪われていたが、明日菜が気が付いた様子はない。
そしてエヴァは、自分にはない豊かな双丘を見て忌々しそうな様子を見せる。
小さい頃に吸血鬼となってしまったエヴァは、当然ながら身体的な成長が出来ない。
年齢詐称薬や幻術を使って外見を変えるといったような真似は出来るが……それは本当の自分の身体ではない。
そんな不満を押し殺しながら、エヴァは改めてステラに視線を向ける。
ステラの方は、エヴァに視線を向けられても特に気にした様子もなく、どうしたの? といったように首を傾げる。
ステラにしてみれば、エヴァは怖い相手ではない。
戦闘訓練での付き合いから、何となくそう理解していた。
「明日菜の後輩に? ……大丈夫なのか?」
「大丈夫? 何が?」
エヴァの言葉の意味が分からず、オウム返しに尋ねるステラだったが、明日菜は当然のようにその意味を理解し、不満そうに口を開く。
「ちょっと、エヴァちゃん。どういう意味? こう見えて、私はそれなりに皆から頼りにされてるんですからね!」
明日菜のその言葉は、間違いのない事実だ。
外見に似合わぬ――咸卦法を使うのだから当然だが――力を持つ明日菜は、初めて見る人物にしてみれば力こそパワーといった様子で重量物を運んでいるような光景に、唖然とさせられることが多い。
……もっとも、当然のそのような剛力というのを見せれば男に声を掛けられなくなるのだが……幸いにも、明日菜はナンパされてもそれについていくような事はないので、特に困っていなかった。
明日菜の心の中にあるのは、とある人物……いや、その人物の顔を思い浮かべると、それは嘘か何かの間違いだと言いたげに思い切り首を横に振るのだが。
「ふん。明日菜はともかく、そっちのステラは将来性に期待出来る奴だ。妙な真似はするなよ」
「妙な真似?」
「ちょっと、エヴァちゃん! ステラちゃんが変な誤解するじゃない!」
がーっと叫ぶ明日菜をその場に残し、ステラの肩を軽く叩いてから、エヴァはその場を後にするのだった。
「む、エヴァか。……どうだ、俺に少し付き合わんか?」
交流区画の端までやって来たところで、不意にそう声を掛けられる。
声を発したのが誰なのかは、こちらもまたエヴァにとっては理解出来た。
「ムラタか。今の私は休憩中だ。お前に付き合っている暇はない」
あっさりとそう告げたのは、ムラタの言う付き合うというのが、いわゆるお茶の類ではなく……模擬戦だと理解していたからだ。
模擬戦と表現されているものの、エヴァはヴァンパイアである以上、普通に斬り裂かれてもそこまで被害はない。
勿論、ムラタが神鳴流を使ったりしてくれば話は別だが……かつてのムラタはともかく、今のムラタはそこまで戦いに飢えてはいない。
とはいえ、その比較はあくまでも以前のムラタとのものであり、一般的に見た場合、間違いなくムラタは戦闘狂という表現が相応しい存在だった。
「ぬぅ。エヴァとの訓練は充実するのだが」
「どうせ午後から戦闘訓練だろうに。その時まで力は溜めておけ」
呆れたようなエヴァの言葉に、渋々……本当に渋々といった様子ではあるが、ムラタは頷く。
これで今日の午後に戦闘訓練がなければ、ここまで素直に引き下がったりといったような真似はしなかっただろう。
だが、幸いな事に今日は午後から戦闘訓練がある。
そのお陰で、ムラタは納得したのだ。
そうしてムラタが納得したのを見ると、エヴァはすぐにその場から立ち去る。
下手にここで長居をしていた場合、今度はムラタが何を言い出すのか全く分からなかったからだ。
そうしてその場から離れたのだが……
「う……」
「な……」
ムラタのいた場所から離れて公園の中を歩いてたエヴァは、丁度キスをしているイザークとオウカの2人を見てしまう。
そして当然ながら、イザークとオウカも自分達のキスシーンを見られたことに気が付き、焦る。
「馬鹿者が。今更キスシーンを見られたくらいで照れるな」
羞恥と焦り、そしてイザークに限っては怒りも混ざって顔を赤くしている2人に、エヴァは呆れたように言う。
エヴァにしてみれば……いや、シャドウミラーの関係者にとって、イザークとオウカが付き合っているというのは広く知られている。
この2人も付き合い始めたばかりという訳ではなく、付き合い始めてから数年が経っている。
それこそキスだけではなく、男女関係になっていてもおかしくはないのに、何故キスでそこまで照れるのかがエヴァには疑問だった。
この辺はエヴァも600年以上生きており、更には仮契約の件もあってキスについてそこまで深く考えていないというのが大きいのだろう。
「うっ、うるさい! 一体何故お前がこのような時間にこのような場所にいるのだ! いつもなら用事がない限り出掛けたりはしないだろう!」
「私も、たまにはこうして出歩くことはある。……だが、ふむ。そうだな。随分と元気いっぱいなようだし、午後の戦闘訓練ではたっぷりと扱いてやろう。それこそ、女を抱く元気も残らないくらいにな。ククク」
「ぐ……」
エヴァの言葉にイザークは何も言えなくなり、抱くという言葉にオウカは顔を真っ赤に染める。
「ふんっ、お前の義妹は明日菜と一緒にシャドウミラーの仕事を覚えようとしていたのに、義兄のお前がこんなのではな。……ふむ、ステラにこの件を教えてみるのも一興か」
「ちょっ、待て!」
イザークにしてみれば、ステラは血が繋がっていなくても妹だ。
ましてや半ば天然気味のステラにエヴァが何かを吹き込んだりした場合、間違いなくエザリアやアウル、スティング達にも知られてしまう。
慌てたようにイザークはエヴァを止めようとするが……次の瞬間、エヴァの人形使いとしての能力による糸で動きを止められてしまう。
「ククッ、では午後の戦闘訓練で頑張るのだな。私を納得させることが出来れば、黙っていてやろう」
邪悪な――と本人だけが思っている――笑みを浮かべると、エヴァは午後の戦闘訓練を楽しみにしてその場から立ち去るのだった。
「で、次はお前か」
「あ、エヴァか。どうしたんだよ、こんな場所で」
ホワイトスターの交流区画を歩いていたエヴァは、クレープを食べている綾子を見つけ、そう声を掛ける。
綾子はそんなエヴァの言葉に特に含むところもなく、気軽な声を上げて答えた。
どことなく明日菜に似た強引さを感じつつも、綾子はある意味で自分に近い存在でもある為か、多少は友好的な雰囲気となる。
綾子は聖杯戦争の一件でアクセルの血を受け入れた事により、普通の人間から半サーヴァントとでも呼ぶべき存在になった。
生身の身体を持つサーヴァント、といったところか。
身体の維持にサーヴァント程の魔力は必要ないものの、霊体化の類は出来ないし、純粋な身体能力に関しても生粋のサーヴァントよりは劣る。
とはいえ、聖杯戦争が終わって高校卒業後は凛と一緒にイギリスに留学し、ロンドン塔で魔術についての勉強をしていた。
その過程で当然ながら多くの騒動に巻き込まれ……実戦経験という点では、エヴァも多少は認めるくらいにはなっていた。
「少し時間が空いたのでな。ちょっと見て回っているだけだ。何しろ交流区画は少しこないだけで大きく変わるのでな」
「あー、それは納得だね。このクレープを売ってた店もちょっと前にネギま世界から来た人がやってるんだし」
そこまで言った綾子は、ふと気になっていた事を尋ねる。
「ねぇ、エヴァ。このホワイトスターもそうだけど、他の世界にも進出しているゴーヤクレープって、エヴァのネギま世界が元祖って本当なの?」
「う……それは……」
認めたくない。本当に認めたくないのだが、実際にホワイトスターを通して様々な世界に進出しているゴーヤクレープが自分の出身世界から発生しているのは間違いない。
勿論、ネギま世界以外の世界でも普通にゴーヤクレープがあってもおかしくはないのだが、それでも今の状況を思えば否とは言えないのだ。
エヴァとしては、普通のクレープはそれなりに好きだし、綾子が食べているような甘いクレープや、蕎麦粉を使ってハムやチーズを入れたクレープ、いわゆるガレットの類も嫌いではない。
だが、そんなエヴァであっても、ゴーヤクレープは決して許容出来なかった。
きちんと店で売られている以上、実際にはそこまで毛嫌いするような事はなくても、それなりにしっかりとした料理として成立はしているのかもしれないが、それでもエヴァは受け入れられなかった。
「ちょっと綾子、私の……あら? エヴァ?」
エヴァがどうやって話を誤魔化すかを考えていると、凛が姿を現す。
「凛か。お前もクレープを食べに来ていたのか?
「ええ、そうよ。このお店、結構美味しいって評判のお店なんだから。本当ならもっと早くに来てみたかったんだけど、仕事が忙しくしてね」
「ふむ、そういうものか。私はそこまで仕事が忙しくないがな」
完全にシャドウミラーの一員という凛に対して、エヴァは……シャドウミラーに所属してはいるが、どちらかといえ客人的な存在に近い。
立場の違い以外にも本人の仕事に対するやる気といったものも違うが、とにかく基本的には戦闘訓練だけをして、時々ネギま世界の魔法についての相談を受けるといった程度の仕事しかエヴァはしていない。
とはいえ、その戦闘訓練についてもエヴァのおかげでシャドウミラーの全員が相応の強さを持ち、瞬動や虚空瞬動を標準で使えるようになっているという点で、エヴァの貢献はかなり高いのは間違いないのだが。
「羨ましいわね。でも、アクセルが帰ってきたら忙しくなるんじゃない?」
「どうだろうな。魔法関係であればともかく、ロボットの類は……茶々丸ならある程度分析に協力出来るかもしれんが、私はそちらには協力出来ん」
エヴァのその言葉に、凛や綾子は頷く。
魔法関係のものであれば、綾子はともかく魔術師……それもただの魔術師ではなく、極めて優秀な魔術師である凛も分析には協力するが、ロボット……人型機動兵器といったものの話になれば、どうしようもないのは間違いなかった。
凛に限っては、もし人型機動兵器の解析をしようとすれば、最悪の場合はその人型機動兵器が意味もなく壊れてしまいかねない。
凛も自分が機械を苦手としてるので、自分から進んでそのような真似はしないだろう。
こうして、エヴァはここで暫く綾子や凛と話を続けるのだった。