夜明けの地平線団の襲撃があった翌日……俺はスキップジャック級のブリッジにいた。
「夜明けの地平線団の様子はどうだ?」
「堂々とこちらを待ち受けていますね。向こうにしてみれば、火星に送り込んだ戦力が壊滅にしたのはそこまで気にしていないらしいです」
レーダーを確認していた男がそう報告してくる。
その口調には呆れの色がある。
シャドウミラーに所属する者として、夜明けの地平線団は現実が見えていないと思ったのだろう。
……無理もないか。
自分で言うのもなんだが、シャドウミラーや鉄華団の強さは噂を聞いただけだと尾ひれや胸びれ、背びれ……そんなのがついたかのように派手なものが多数なのだから。
とはいえ、夜明けの地平線団は以前実際に俺達と戦った事がある。
であれば、戦力についても十分に……十分以上に分かっていてもおかしくはない。
それでもこうして堂々と待ち受けているという事は、考えられる可能性として、夜明けの地平線団のトップが上がってきた情報を信じていないとか?
普通に考えれば信じられない情報が多数なので、信じられなくてもおかしくはない。
あるいは信じられないと思ったからこそ、トップに情報を上げていない可能性も否定は出来なかった。
その辺りの理由はとにかく、こうして正面から戦ってくれるのならこっちとしては悪くない。
「アクセル、作戦通りに?」
「ああ、鉄華団の連中には少し無理をさせるが」
艦長席に座っているシーラの言葉にそう返すが、何故かシーラは俺に呆れの視線を向けてくる。
「普通に考えれば、一番危ないのはアクセルなのですけどね」
「こっちの情報を向こうがどこまで持ってるのかは分からない。ただ、向こうにしてみれば、まさか俺が異世界人だという情報は持ってないだろうし、異世界の兵器を持っているのも理解出来ていない筈だ」
普通に考えれば、それが常識なのだから仕方がない事なのだろうが。
そして……だからこそ、ギャラルホルン……マクギリスやラスタルには使えない手を、夜明けの地平線団には使える。
「この世界のMSでエイハブ・リアクターを使ってないなんてのを想像しろって方が無理ですよ」
レーダー手の男がそう口にする。
そう、今回俺が使う手段はまさにそれだ。
このオルフェンズ世界において、MSというのは例外なくエイハブ・リアクターを動力源にしている。
ガンダム・フレームは2基で、他のフレームは1基という違いはあれでも、エイハブ・リアクターはエイハブ・リアクターなのだ。
そして……だからこそ、この世界の者はレーダーを使う時、エイハブウェーブによるものが一般的だ。
そしてミロンガ改の動力炉はブラックホールエンジンだ。
当然のようにエイハブウェーブは出ないので、エイハブウェーブを探知するレーダーではミロンガ改を把握出来ない。
勿論、あくまでも見つからないのはエイハブウェーブだけで、近付けば映像モニタとかで認識は出来るし、目視での発見も可能だろう。
だが……固定観念に縛られている者達だ。
限界まで近付いた時ならともかく、ある程度の距離があればミロンガ改を把握するのは難しいだろう。
つまり、ミロンガ改を使えば敵にかなり接近するまで……それこそ映像モニタ等でこっちの姿を確認するまでは、その存在に気が付かれないという事を意味している。
勿論、俺が敵の旗艦に向かっている間も、夜明けの地平線団との戦いは行われる必要がある。
それこそ、俺が奇襲を仕掛ける為にここから離れているというのを知られないようにする必要がある為だ。
それを……つまり、俺がいない間の戦いを他の者達にやって貰う必要がある訳だ。
もっとも、マーベルもいるし、三日月もいる。
また、シーラの指揮するスキップジャック級もある。
特にスキップジャック級はその圧倒的なまでの能力で、海賊の使っている軍艦なんかは相手にならない。
また、これはホワイトスターと繋がった事による恩恵で、量産型Wやコバッタを使えるようになったのは大きい。
以前までは、スキップジャック級を運用は出来たものの、人手が足りず、必ずしも性能を全て発揮出来ている訳ではなかった。
だが、量産型Wやコバッタによって、今のスキップジャック級はその性能を最大限……場合によっては、それ以上の性能を出す事が出来る。
そんなスキップジャック級と夜明けの地平線団……まさに、質と量の戦いと言ってもいい。
「とにかく、俺はそろそろ格納庫に向かう。戦闘が始まったら大きく回り込んで敵の旗艦に攻撃をするから、それまでは頑張ってくれ」
そう言い、俺は格納庫に向かうのだった。
「アクセル様、私が本当にグシオンを使ってもいいのですか?」
格納庫にやって来た俺を見て、クランクがそう聞いてくる。
そう、三日月が歳星からバルバトスを持ってきたのだが、その時ついでにグシオンも持ってきて貰ったのだ。
ただ、それで問題になったのが、誰がグシオンに乗るのかという事。
最初は三日月の次に鉄華団で腕の立つ昭弘に任せようかとも思った。
だが、グシオンは阿頼耶識対応のコックピットではなく、通常のコックピットだ。
それで昭弘は却下された。
そうなると、当然ながら昭弘の弟の昌弘も無理な訳だ。
で、阿頼耶識を使わないでMSを操縦するパイロットとなると……俺はミロンガ改があり、マーベルはグリムゲルデがある。
で、その次に腕の立つパイロットとなると、クランクとアインになる。
そのどちらかに任せるとなれば、やはりクランクだろう。
鵬法璽によって、クランクは俺に絶対の忠誠を誓っている。
それに対して、アインはあくまでもクランクがいるのでシャドウミラーに所属しているといった立場だ。
……まぁ、サヴァランと友人になったからというのも今はあるかもしれないが。
そんな訳で、改修されたグシオン……正確にはグシオン・リベイクだったか。まぁ、呼びにくいからグシオンと呼んでいるが。
とにかく、クランクとアインのどちらにグシオンを……シャドウミラーにとっても貴重なガンダム・フレームのMSを任せるかと言われれば、やはりクランクだろう。
「ああ。知っての通り、グシオンは通常のコックピットだ。阿頼耶識で操縦する者達には……いやまぁ、使えない事もないんだが、だからといってそれを任せるのもちょっとな」
阿頼耶識の手術を受けた者であっても、通常のコックピットで操縦は出来る。
だが、当然ながら通常の操縦方法よりも阿頼耶識の方が自由度は高い訳で。
そうなると、阿頼耶識の手術を受けた者達は阿頼耶識対応のコックピットを持つMSを使って貰うのが一番いい。
「分かりました。では、アクセル様から賜ったこのグシオンにて、十分に暴れてみせましょう」
一々仰々しいのはどうかと思うが、絶対服従を鵬法璽で誓わせたのは俺だしな。
もっとも、例え絶対服従という事になっても、人によっては気軽に接してきたりもする。
勿論その時も絶対服従なのは間違いないが、だからといって態度まで仰々しいものにする必要はないのだから。
例えば、普段は友人に接するような態度であっても、俺の命令に従うという意味では絶対服従なのは間違いない。
そういう意味では、こうした返答はクランクがそう望んだからなのだろう。
絶対服従と言われれば、こういう態度だろうと思って。
そうなると、俺としてもそれを止めさせる訳にはいかない。
これが例えば気安い態度で接してくる相手なら、普段はいいが公式の場ではきちんとしろとか言えるんだが。
クランクの態度を考えると、そういう風に言う事も出来ないしな。
「頼む。もしかしたら、俺がグシオンに乗ってると夜明けの地平線団側でも考えるかもしれないし」
最近はミロンガ改に普通に乗っているが、以前は俺がグシオンに乗っていた。
そうなると、グシオンが戦場に出て来れば、夜明けの地平線団側はそれに俺が乗っていると思う可能性も否定は出来ない。
ミロンガ改に乗って大きく回り込む俺の姿に、敵は気が付かない可能性は十分にあった。
「アクセル様のように戦うのは無理ですが、それでも自分にとって精一杯頑張らせて貰います」
そう言うクランクの肩を軽く叩くと、俺はミロンガ改のコックピットに向かうのだった。
俺がミロンガ改のコックピットに乗って少し時間が経ち……既にスキップジャック級の格納庫には俺のミロンガ改しか残っていない。
『アクセル、戦闘が始まりました』
映像モニタに表示されたシーラがそう言ってくる。
「予定通りか?」
『そうですね。……一応、向こうのリーダーが降伏するように言ってはきましたが』
それを聞く筈もない。
シーラの様子から見てもそれは明らかだった。
そもそも、シャドウミラーにしろ鉄華団にしろ、夜明けの地平線団の傘下に入ろうなどと思う者はいない。
……あ、でも昔からのメンバーじゃなくて、事業規模の拡大に伴って新たに入ってきた連中なら……うーん、それはそれでやっぱりどうなんだろうな。
普通に考えれば、シャドウミラーも鉄華団も有望な企業だ。
そこに所属しているのに、わざわざ海賊の傘下に入りたいと思う奴は……いても本当に少数だろう。
「向こうにとっても、あくまでも形式的なものだったんだろうな。まさか本気で俺達が降伏して向こうの傘下に入るとは、思ってもいない筈だ」
寧ろそういう風に言ったら、怪しまれるだろう。
いっそ、そう話を進めて相手を混乱させるというのも考えたが、下手をすれば意味もなくこっちの被害が増えるだけになりそうだし、止めておいた方がいい。
『でしょうね。向こうもこちらが降伏に応じるとは全く思っていない様子だったもの』
「まぁ、出来たらラッキー程度の気持ちだったんだろうな。……さて、戦闘が始まったのなら、そろそろ行くか」
『武運を祈ります』
その言葉と共に、シーラからの通信が切れる。
さて、じゃあ行くか。
「ミロンガ改、出撃するぞ!」
外部スピーカーでそう告げる。
格納庫にはもうミロンガ改以外のMSは残っていなかったが、それは格納庫に誰もいないという事ではない。
メカニック達がそこかしこで動いている。
戦いの中で武器の補充や機体の簡単な修理といったことをする必要があってMSが戻ってきた時、即座に対処出来るようにと考えての事だろう。
そんなメカニック達も、俺の言葉で即座に機体の移動の邪魔をしないように動く。
そして、俺はミロンガ改で出撃するのだった。
ミロンガ改が宇宙空間を飛ぶ。
ある程度の大きさのデブリとかが浮かんでいたりするものの、俺にとってそれを回避するのは難しい話ではない。
寧ろそういうのは得意だし。
また、この宙域にはそこまで大きなデブリ帯がある訳でもないので、普通に宇宙空間を飛ぶ事の方が多い。
そのような状況だけに、特に邪魔になるようなものは何もなく、スムーズに宇宙空間を飛んでいた。
また、ミロンガ改は高い機動力を持つ。
その為、戦場となっている宙域を大きく迂回するように移動しても、そこまで時間のロスにはならない。
……ならないが、それでも普通に移動するよりは当然のように遅くなる。
いっそ、戦闘が行われている中を夜明けの地平線団の旗艦に向かって突っ込んでもよかったかもしれないな。
もっともそうなれば、奇襲をするというのも不可能になるかもしれないが。
あ、でもASRSを使えばどうにかなったかもしれないな。
もっとも、何らかの理由でASRSを見破ったりする可能性は十分にある。
そう考えれば、やはり戦場を迂回して行動するのが最善だろう。
「っと。……どこから来たんだ?」
柄の折れたメイスっぽいのがこっちに向かって飛んできたのを回避しつつ、そう呟く。
もしかしたら、シャドウミラーや鉄華団と夜明けの地平線団との戦いでこっちまで流れてきたのか?
少し距離がありすぎると思うが。
あるいは、現在行われているのとは別の戦闘によってこっちに流れてきたのかもしれないな。
オルフェンズ世界においては、いつどこで戦闘が起きてもおかしくはない。
ギャラルホルンの本部がある地球ではそこまで戦闘は少ないものの、ここは火星だ。
ギャラルホルンの支部はあるものの、少し前まではトップからして腐敗していたしな。
今となっては、火星支部のトップはマクギリスの派閥だ。
いわゆる改革派である以上、最近は火星の近くで海賊が活動する事は減っていたが……それでも今回のように夜明けの地平線団が大々的に動いたのを思えば、まだ侮られているのは間違いない。
現在のギャラルホルンとは、シャドウミラーや鉄華団もそれなりに関係が深い。
そういう意味では、もっと本格的に俺達が前に出てもいいのかもしれないな。
「さて、そろそろか?」
各種データを確認すると、予定の宙域に近付いているのは間違いない。
後は、夜明けの地平線団の旗艦に対して攻撃をして……そうすれば、この戦いも終わる。
そう思いながら、俺はミロンガ改で宇宙空間を進むのだった。