転生とらぶる   作:青竹(移住)

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3人称となります。


0399話

 甲板に倒れこむアクセル。その姿を見た瞬間、あやかはまさに血の気の引く思いというものを実感した。

 

「アクセル君っ! ええい、邪魔です。退きなさい!」

 

 飛行魚や己のみならず、自らの愛する人へと群がっていく精霊の群れ。なのにそれを防ぎきれず、あやかの振るう鮮血の鞭から逃れた精霊達が甲板に倒れこんだアクセルへと突き進む。元々は小さな子供という事で好意を持っていた相手である。それは間違い無い。だがそれは最初のうちだけであり、今の自分の心には子供としてのアクセルではなく、1人の人間としてのアクセル・アルマーが住み着いている。アクセルの為なら自分は何でも出来るだろう。だからこそ、本来は雪広財閥の令嬢である自分が血と戦場の匂いのするこんな場所にいるのだ。それは、ただアクセルの側にいたいが為に。

 

「させないっ! 絶対にさせない! アクセル君は私が、私達が絶対に護る!」

 

 円もまた、絶叫しながらも周囲一面へと己のアーティファクトである純炎の涙を使い多数の炎を生み出しては精霊達を一瞬にして消し炭へと変えていく。その目に映っているのはあやかと同様に、自分の愛する人が甲板へと力無く倒れている姿。いつでも自分達を護ってくれた、いつでも側にいてくれた。実際に出会ってからはまだ数ヶ月。だが、それでも自分が恋に落ちるのには十分な時間だった。そしてその恋は、既に一生を共にしたとしても悔いは無いと言い切れる程に深く入り込み、愛へと変わってしまっている。その、まさに強さという物を体現したかのようなアクセルが、力無く甲板へと倒れ伏しているのだ。

 だがそんな円の想いも、まるで途切れる事のない無尽蔵とでも言うような精霊の数には対抗しきれない。1匹、2匹とその炎の網を潜り抜けるようにして少なくない精霊達がアクセルの方へと向かう。

 そしてその精霊達がアクセルへと触れようとした、その瞬間。

 

「私を中心に半径1mに領域を指定。赤の石よ、その力を示せ」

 

 アクセルを半ば抱きしめるようにして、自分の身体を盾にしてでも護るかのようにしていた千鶴が、己のアーティファクトを起動させる。

 同時に現れるのは赤いドーム状の領域である守護領域。

 その領域に阻まれて精霊達はアクセルへと到達は出来ないが、それでも尚諦めずに繰り返し、繰り返し守護領域へと衝突を繰り返す。

 

「アクセル君は私が必ず守り抜きます。決して貴方達の手には渡しません!」

 

 普段は穏やかな千鶴の、血を吐くかのような叫び。そしてその意志を受けたかのように守護領域はより強固に、より頑丈に形成されていく。

 自分が抱きしめているこの人を絶対に護りきる。それこそ、己の身を犠牲にしてもこの人が助かるのなら決して後悔はしない。その意志を込めて思い切りアクセルを抱きしめながら、その頭をそっと撫でる。何故ならこの人は自分が心の底から愛してしまった人なのだから、と。

 

「千鶴っ! ええい、邪魔しないで!」

 

 多数の精霊に群がられている守護領域を視界に入れた美砂は、己のアーティファクトであるセイレーンの瞳を握りしめながら歌を歌う。その効果により精霊達の速度は遅くなり、その隙を突いて古菲が守護領域に群がっている精霊を駆逐していく。

 

(アクセル君、アクセル君、アクセル君……このままお別れなんてないよね? 絶対にそんなのは許さないんだから!)

 

 本来は自分の親友が恋をした相手。その相手とアクセルをからかっていた自分。だが、いつからだろうか。その存在が自分の中で存在感を増してきたのは。本当に、いつの間にか自分はアクセルという存在に惹かれていたのだ。そして、結局自分は親友と同じ人に恋をしてしまった。その人の側にいたい。それだけでこんな奴隷や賞金首がまだ存在しているような場所まで来てしまった。本来であるのならただの女子中学生である自分が。アクセルという存在がいて、初めて今の自分が成立する。それ程までに相手にのめり込んでしまったのだ。

 

「精霊共よ……アクセルさんは決してやらせはしません!」

 

 茶々丸がその銃と剣を縦横無尽に振るいながら、美砂の動きによって速度の落ちた精霊達の間を踊るように通り抜ける。剣の一閃で精霊が切り裂かれ、銃の乱射で複数の精霊達が砕け散っていく。その踊り狂う様は、まさに死の舞踏とでも表現するべき物だった。

 茶々丸にとって、アクセルは最初は自分のマスターの友人という存在だった。しかし、その彼と付き合っているうちに自らの心の中に芽生えたその感情。何でも出来そうなのに、肝心な時に何か失敗しそうなその様子に、気が付けばいつの間にか茶々丸の視線は吸い寄せられるようになっていた。

 それが一種の母性、というものである事は茶々丸にも理解出来ていた。機械で出来た自分が母性を持つとはどういう巡り合わせかと悩みもした。本来ならアクセルの従者達のように恋心を持つのが普通ではないのか、と。だが、それでも。例え自分の抱いている気持ちが恋が変わった愛ではなくても。例えその身に宿るのが母性だとしても。

 

「それでも私はアクセルさんを愛している事には変わりないのです!」

 

 4人の従者と、1人のガイノイドの心が1つになったその時。ソレは起きた。

 

 ドグンッ!

 

 と、力強い脈動のようなものが周囲へと響き渡ったのだ。

 そしてその脈動が起きた瞬間、周囲一帯の全ての存在が動きを停止する。

 飛行魚のスタッフが突然湧き上がってきた恐怖心により床へと倒れこみ、まるで幼児が己を守るかのように膝を抱えて丸くなり。

 精霊達は今までの混乱……否、狂乱がまるで嘘であったかのように、その場で動きを止め。

 古菲は意味もなく襲ってきたその恐怖に足をガクガクと震えさせながらもその存在から視線を外せない。

 グリフィンドラゴンもまた、以前自分が屈服した時の事を思い出したのか先程までの精霊の群れ相手に見せていた勇姿がまるで嘘のように地上へと降り立ち、あお向けに寝そべって腹を見せて服従のポーズを取っている。

 そして、アクセルの従者であるあやか、円、美砂は期待と不安が半々といった様子でそこへと視線を向け、茶々丸も同様にそこ、即ち赤の領域へと視線を向ける。

 

「アクセル、君?」

 

 赤の領域の中でアクセルを力一杯抱きしめていた千鶴は、自分の抱きしめていた存在がアクセルのような、あるいはまるで違うような存在になってしまったような気がして思わず声を掛ける。

 

 そして……

 

「GRYUUUU」

 

 その口から漏れた声は、アクセルという人物から漏れた声だとはとても思えないような声だった。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 抱きしめていた筈の千鶴の腕から、いつの間にか……本当に気が付いたその瞬間にはアクセルの姿は消えていた。声のした方へと振り向くと、甲板の端へと立っている存在が千鶴の……いや、その場にいた全ての存在の眼に入ってきた。

 それを見た者は言うだろう。悪魔だと。魔族だと。あるいは魔神だと。

 それ程に現在のアクセルの姿は先程までとは違っていた。

 額から伸びる深紅の角。側頭部から伸びる2本の漆黒の角。後頭部から側頭部の角の下を通って前方へと伸びている2本の漆黒の角。背中には魔力と炎で形成された羽。ここまではその場にいる古菲以外は既に見慣れた異形化を使ったアクセルの姿だった。

 だが、今はそれだけではない。その口からは、まるで吸血鬼とでも言うような犬歯が2本伸び、腰の辺りからはドラゴンの尾とも見間違わんような尾が伸びている。また、両手の指先から伸びている爪は鋭く尖り、鋭利な刃物のように見えていた。肩からは背から生えている羽ではなくまるで鳥の様な翼が生えており、アクセルが従えたグリフィンドラゴンのように羽と翼が1対ずつその背と肩に存在していた。

 そしてその存在の周囲には炎の塊が幾つも浮かび、まるで主を守るかのように蠢いている。

 

「GUOOOOOOOOOOO!」

 

 吠える。アクセルが行った事はただそれだけだった。だが甲板の上にいた数十匹の精霊は、その魔力の籠もった吠え声を聞いただけで粉みじんに砕け散る。

 

「GYAAAAAAA!」

 

 続いて行ったのは、自分が今立っていた場所を蹴って空中にいる精霊の群れへと突っ込む事だった。本来であれば瞬動を使って初めて出せる筈の速度をただ飛行船の床を蹴るというだけで出したアクセルは、そのまま2対の羽と翼を羽ばたかせて当たるを幸いに精霊を消し飛ばしていく。そして不意に手を伸ばし、風の精霊をその手で掴み取るとそのまま口へと持っていき……

 

「な、何するアルか……?」

 

 古菲のそんな言葉が周囲へと響く中、アクセルはその鋭い牙を風の精霊の腹へと突き立て、そのまま食い千切る。

 数度の咀嚼で食い千切った風の精霊の一部を呑み込み、同時に、身体の大部分を失った風の精霊はそのまま消え去っていく。

 

「GRUUUUUUUUU!」

 

 再度の雄叫び。同時にアクセルの周囲を漂っていて複数の炎が近くにいる精霊へと接触して瞬時に燃やし尽くす。それは1つだけではなく、アクセルの周囲を漂っていた炎の全てが近くにいる精霊を燃やし尽くしていく。

 

「GYAAAAAAAAAA!」

 

 続いて叫びながら口から放たれるのは光線。ヘルマンを吸収した時に習得した永久石化光線だ。ただ、その光線もこれまでのものとは随分と違っていた。これまでのものは光線の幅が50cm程度、射程距離も10m程度と言った所だったのだが、今アクセルから放たれた永久石化光線は幅2m、射程500m程度とその威力を大きく変えていた。

 それは威力もまた、同様だった。本来であれば手足を掠めた程度なら徐々に石化が進行していくのでその時点でならネギの夢で見たように対処が可能なのだ。だが、今アクセルが放った光線は精霊達の手足を掠めただけで、一瞬にしてその身を石化させて地上へと墜落させる。同時に、この高さから地上に落ちた石像が無事な訳は無く粉々に砕け散る。

 そして何よりも異様なのは。

 

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

 

 消し飛ばし、消滅し、破壊された精霊達。その精霊達が消滅する際に散らした、己を構成している魔力そのものをひたすらに、貪欲に飲み干し……否、吸収していっているのだ。

 

「アクセル君……」

「ちょっと、あやか。あれ、どうしよう。アクセル君が……」

 

 アクセルの名前を呟いたあやかへと美砂が声を掛けるが、その声はどこか震えている。そう、分かっているのだ。このままではアクセルが自分達の下へと戻ってこないだろうという事に。

 

「……皆さん。精霊達をどうにかできたら、何とかしてアクセル君を押さえますわよ。そして必ず私達の力でアクセル君をこちらへと呼び戻すのです」

 

 あやかの言葉に、その場にいた全ての者が頷いて同意を示す。

 それはアクセルに半ば恐怖心を抱いている古菲もまた同様だった。まだ顔色が悪いままでありながらも、友を助ける為にと気丈に頷いている。

 そして、6人がアクセルを取り戻す決意を固めた時。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 精霊が浮かぶ空中ではアクセルが縦横無尽に駆け巡っていた。

 自分の側に浮かんでいた炎をその身に纏い、まさに炎の化身とでも表現すべき姿になったアクセルは当たるを幸いと精霊の群れへと突っ込み、己の炎に接触した精霊を瞬時に燃やし尽くしてはその身を構成していた魔力を貪るように吸収していく。

 そしてここまでされてようやく精霊達も我に返ったのか、空中で固まっていた状態だった精霊達が動きだす。

 ……ただし、それはこれまでの狂乱のようにアクセルへと向かうのではなかった。まるで我に返ったかのように四方八方へと散らばってそれぞれがこの場から飛び去ろうとしたのだ。

 だが、魔神と化したアクセルがそれを許すはずもなく。

 

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

 

 高く、力強く、威圧的に、圧倒的な魔力を込めた雄叫び。アクセルの周囲にいた精霊達はその雄叫びを聞いた途端にその身を構成する魔力を砕かれて、アクセルに魔力ごと貪り食われる。

 同時に、今の雄叫びはただの攻撃ではない。その身から無数に鳥や蝙蝠、虫といった純白の炎で出来た炎獣が生み出されて精霊達へと襲い掛かる。そして、炎獣はそれだけではなかった。竜や龍。あるいはグリフォン、ヒポグリフ、ハーピーやペガサスといった飛行が可能な幻獣までもが炎獣として産み出され、四方八方へと散っていった精霊達を逃がさんと背後からその背へと襲い掛かる。

 それだけでなく、先程も放った永久石化光線を乱射しながら精霊を次々に石と化してはそのまま地上へと落下し、粉々に砕かれ。逃げ惑う精霊達の背後から炎を纏った身体で突っ込んでは焼き尽くし、左右の手から生えたまるで短剣といってもいいような爪を使って精霊を突き刺しては口元に運んでその牙で喰い殺す。まるで竜の尾のような尻尾を振り回して数匹の精霊を纏めて砕く。

 そこにあったのは既に精霊に襲われるアクセルという図ではなく、精霊の処刑場ともいえるものだった。当たるを幸いとして精霊を砕き、破壊し、喰らう。少しでもアクセルから逃げようと四方へ散った精霊達は、炎獣によりその大半が燃やし尽くされ、その身を構成していた魔力をアクセルに吸収される。

 ……アクセルが今の姿になってから、ほんの数分。たったそれだけで、1万、あるいは10万以上はいたかと思われる精霊の殆どは消滅し、喰われ、吸収された。そして運のいいほんの僅かな数だけが無事逃げ延びる事に成功するのだった。


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