火の七日間。
その俗称を知る前、それは世界終末を迎える戦争だと俺は思っていた。
とある国が作った大量殺戮兵器。
核や大型質量兵器では不特定多数の人間しか殺せない。
ならば大いなる力に知能を与えよう。ならば大いなる力に四肢を与えよう。ならば大いなる力に計り知れない邪悪を与えよう。
人を殺し、地球を殺し、宇宙への道をも閉ざした。
それにと飽き足らず、人は「巨神兵」を作り出した。
解き放たれた時、僅か1時間という速さで巨神兵を作り上げた国は滅亡した。繁栄を極めた街は瞬時に灰へと姿を変え、人は逃げる間も無く蒸発したという。
俺は滑り込むようにコクピットへと潜った。
当時は産業文明が繁栄を極め、むろんそれは権力や経済を回すための戦争にも用いられた。
人の形を与えられた巨神兵と同じように、戦争で使われていた兵器もまた人の形をしていた。
空に上がってから目にした光景は、凄惨たるものだった。今でもはっきりと覚えている。成層圏から見た星の半分が赤く燃え上がり、地平線の向こうから光る槍を携えた巨神兵が群れを成して歩んでくる。
眼下に移る地上に住んでいた人はどうなった?都市は?町は?国は?
そんなことを誰かに投げかけることもできず、真っ白な閃光が地平の彼方から飛来する。
まず穿たれたのは、俺の親友が駆っていた機体だった。国家最強と謳われた兵器が、まるで紙切れのように粉微塵になり、火をあげることもなくまだ青い星へと堕ちていった。
誰かが親友の名を叫んだのが、遠くから聞こえた。スロットルレバーと姿勢制御を行う舵を操り、俺は大挙して押し寄せる絶望と対峙した。
こちらはまだ果てしなく遠いというのに、巨神兵から放たれる閃光は次々と俺の戦友や上官、そして帰るべき母艦すら易々と貫いてゆく。
気がどうにかなりそうだった。パイロットスーツの中が汗でびっしょりになる。操縦桿を握る手が震える。
そんな現実、認められなかった。認めるわけにはいかなった。俺たちが今までやってきた戦争はなんだったんだ?俺たちの戦いはなんだったんだ?
これは戦争じゃない。こんなもの戦いとは言わない。
これは、絶滅。世界の終焉を知らせる炎だ。
その時、最後に飛んでいた俺の機体の翼を閃光が射抜いた。コクピット中にアラームが鳴り響く。空を写す天周囲型モニターに警告表記が溢れる。機体は俺の意思に従わず、まだ青い星に向かって落ち始めた。
ああ、くそ。
そんなに、誰かを殺して、滅ぼしたいのか…人ってやつは。
急降下してゆく兵器の腹のなかにいる俺は、そんなことしか考えることができなくて、やがてーーその意識は闇へと落ちた。
千年前の「火の七日間」と呼ばれる最終戦争により、巨大産業文明は崩壊。
錆とセラミック片におおわれた荒れた大地に「腐海」と呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の森に世界は覆われていた。
わずかに生き残った人類だが、徐々に星を覆って行く腐海により衰退し、吸えば5分で肺が腐るという腐海が放つ猛毒、そこに棲む巨大な虫たちに脅かされていたが、それでも人々は争いを止めることはなかった。
生き残った大国がある場所から遥か。
辺境にある「風の谷」は、酸の海から吹く風によって森の毒から守られ、豊かな水と、のどかな農耕生活を送っていた。
「姫さまー!危のうございますよ!」
「大丈夫よ、ミト。まだ村の中なんだから」
「とは言いましても、姫さまの身に何かあれば…」
風の谷は地下深くから汲み上げた水源より、農作物の栽培を行なっている。
族長の娘であるナウシカは、意気揚々と村のはずれに作られる新たな畑を見て回っていた。
天真爛漫な彼女は、住民から深く敬愛されており、人々から恐れられているはずの腐海の虫とも心を通わせる優しい少女。誰もが避ける腐海にも自ら赴き、虫の抜け殻や道具を作る素材を見つけたり、腐海を独自に観察、研究をする行動力のある人物だ。
従者であり、彼女の親でもある風の谷の族長に仕える城オジのミトは、何度目かわからないため息をつきながら、畑を走り回るナウシカの後を追った。
二人が畑を視察しにきたのは、単に開拓具合を見るためだけではない。畑を開拓していた風の谷の住民から奇妙な報告があったからだ。
「あぁ、姫さま」
「見つかったのって、これ?」
「えぇ、とても深い洞窟です」
多くの住民が囲って見下ろしているのは、大きな空洞だった。畑を開拓するために退かした大岩の下に、その空洞への入り口が広がっていたのだ。
ロープを垂らして穴へと降りたナウシカはあらかじめ用意していた光玉を横へ長く続く洞窟へ放り込む。地面にぶつかった玉は轟々と光を発し、あたりを照らした。洞窟というには、あまりにも整っていた。土や水が辺りを老朽化させているが、その穴は明らかに人の手によって作られたものだった。
「姫さま」
「わかってる」
松明を持つミトの言葉に答えて、ナウシカは防毒マスクを身につけた。風の谷とは言え、地下にまで酸の海から届く風は来ない。地下から腐海の瘴気が漂ってくることは充分にありうる。
松明を片手にしばらく進むと、横穴から広い空間へと飛び出した。そこでナウシカは、息を飲んだ。
「これは…」
視界に現れたのは、広い空間に鎮座する巨人だった。腐海で見かける大きな虫のように、人の10倍はあろう背丈の巨人がひっそりとそこにあった。
「姫さま、これは…過去の遺跡なのでしょうか?」
ミトの言葉に答えずに、ナウシカは暗がりに鎮座する巨人に近づいてゆく。そこに違和感があった。風の谷の近くにある遺跡や、腐海の中で見る遺跡とは違う。やけに真新しい存在感があった。
ナウシカは腰に携えたセラミックの剣を引き抜き、刀身で巨人の体を叩く。キィーーンと甲高い音が洞窟の中に響いた。
「いい音…」
そう呟いた刹那、ナウシカは叩いたセラミックの剣を巨人に勢いよく突き立てた。しかし剣は巨人に傷を付けることなく、ナウシカが握っていた柄の根元から折れ、勢いが乗った刀身は松明の炎に照らされ、淡い光を放ったままミトの股の下に突き刺さった。
「ひ、姫さま!!」
「あはは…セラミック剣が折れちゃった…すごい」
突き立てたものの、太刀打ちできずに両手が痺れたナウシカは、嬉しそうに巨人を見上げる。これだけの素材があれば当面、村の人が道具作りの素材に困らなくて済むのだから。
ふと、ナウシカの目に光点が止まった。
折れてしまった剣を置いて、ナウシカのは巨人の側面にある突起を伝って、導かれるように光点へ向かった。
「なんだろう…」
規則正しく瞬く光点。ナウシカはまるで吸い寄せられるように光点へ手を伸ばした。すると、今まで無反応だった巨人から轟音が轟く。
巨人の足元でミトがなにかを叫んだが、よじ登ったナウシカはもう手遅れだ。巨人が動き出したらタダでは済まない。ナウシカはぎゅっと目を瞑った。
だが、巨人は動かなかった。ナウシカがゆっくりと目を開けると、目の前にあった光点が消え、代わりにセラミックの剣をも通さなかった壁が大きな口を開けていた。
「これって…操縦席…?」
覗き込むと、外の沈黙が嘘のように至るところから光があふれていた。全天周囲型モニターが、巨人の外にいるナウシカの体の一部や、ミトの姿を映し出している。すごい、と好奇心旺盛なナウシカは感動の言葉を上げてさらに中へ体を潜り込ませた。
そこで見た。純白のパイロットスーツを身にまとい、コクピットの座席に座る人物を。
「えっ…!」
ナウシカは固まる。千年もの前からある過去の遺跡で、こんな完璧なまでに残っている過去文明の人の姿はなかった。ナウシカは狭いコクピットをよじ登り、その人物を真正面から見る。
「嘘…!?」
その過去文明の人物は、千年もの空白期間があったというのに、規則正しく呼吸を続けていたのだ。
「ミト!!ミトーー!!!」
コクピットから飛び出したナウシカは、何も知らずに下で待っているミトへ叫んだ。この出会いが、彼女の運命、そしてこの世界の命運を変えることも知らずにーー。