風の谷のナウシカー千年機人ー   作:紅乃 晴@小説アカ

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2,飛来船

嵐が来ていた。

 

ユパを迎えるささやかな歓迎の儀。その日の夜は、やけに雲の流れが早かった。谷を吹き抜ける風は剛風となり、谷間を抜ける風の音は地の底から鳴り響く悪魔のうなり声のように聞こえた。

 

「寝ないのか?ジーク」

 

ユパの歓迎の儀のあと、城での宿泊を許された俺だったが、城オジたちが使う見張りやぐらの上で毛布にくるまって外の様子を伺っていた。

 

城の見回りをしていた城オジの一人であるミトが、そんな俺を見つけて声をかけてきた。

 

「風が強いからね。寝付けなかったんですよ」

 

「よく言う。姫様にも負けずとも劣らず肝っ玉が据わっているというのに」

 

寝付けなかったのは嘘ではないが、理由はそれだけではないと簡単に見破られてしまうほど、俺は顔に出るらしい。ナウシカの腐海の探索にずっと頭を悩ませていたミトだ。誤魔化そうとする態度をすぐに見抜くほど、その目は養われている。事実、俺も彼には嘘がつけない。

 

「嫌な予感がするんですよ。胸がザワザワする感覚です」

 

ベッドに横になり、夜が更けた頃から感じる。心臓が締め付けられるようなざわつき。この感覚を俺は覚えている。

 

空に上がって戦争をしていたとき、この感覚が来ると必ず不吉な戦闘が起こっていた。仲間は予知能力だとかまくし立てていたが、俺にとっては不吉な予感でしかない。

 

しかもそれは一千年前の話。こんな穏やかな谷の町で、それを感じること自体がおかしいのだ。

 

「でしょうな。今夜の嵐はおかしい。何か別の禍々しいものを孕んでるように見える」

 

実を言うと、とミトもこの只ならぬ気配を察知していた。風と共に暮らす住人だからこそ、今宵の嵐の異質さを理解している。

 

すでにミトはナウシカにも声をかけていた。

 

このような感覚に頼る違和感から探るのならば、自分よりも感性の強いナウシカや、ジークヴァルドに頼った方がよほど頼りになるからだ。

 

程なくして、動きやすい民族着に着替えたナウシカとも合流し、見回りのやぐらから、空を一望できるテラスへと移動する。

 

闇夜の中、木の葉を巻き上げる剛風。しかしその唸りを切り裂くように、心臓を締め上げる嫌な感覚はさらに膨れていた。

 

「あれを!」

 

ナウシカがそれを見つけたと同時に、俺にも彼女が指差した何かが見えた。光が分厚い雲の向こう側から見えている。

 

最初はうっすらと照らすような光だったが、それは次第にはっきりと光源を生み出し、その独特なシルエットを明確に空へ映し出していった。

 

「トルメキアの飛行船だ!」

 

いつのまにかテラスに来たユパが、空から飛来したそれが何かを言い当てた。ジルから見せてもらった資料の中で、たしかにその船のシルエットはトルメキアの大型貨物船だということを記していた。

 

大国が持つ巨大な飛行船が何故、このような辺境の谷へ?

 

誰もがそんな疑問を抱いてる中で、ナウシカと俺はすでに行動を開始していた。

 

「ジーク!信号弾をありったけ持って!飛行船を対岸へ誘導します!」

 

言われなくとも、と懐に信号弾をありったけ詰め込む。すでにマスクとゴーグル付きのフードを付けたナウシカが、愛用するメーヴェに乗り込んでいた。

 

「そんな姫さま!この嵐の中では無茶ですぞ!」

 

そう言いながらも、ミトもほかの城オジたちもメーヴェの発進準備を行って行く。あんな巨大な船が谷に落ちれば、農作物に出る被害は計り知れない。そして万が一にも村に落ちれば大惨事となる。

 

「行こう、ジーク!」

 

ナウシカの下に潜り込むように搭乗すると、オジたちは即座に風上に向かってメーヴェを解き放った。ふわりと浮き上がったメーヴェは卓越したナウシカの技量によって一気に空高く舞い上がって行く。

 

飛行船が近づくと、懐にしまっていた信号弾を次々に飛行船のパイロットが見えるはずの位置へと打ち上げる。だが、メーヴェが船に接近したとき、俺が打ち上げた信号弾の全てが無駄だと思い知らされた。

 

「あぁ、なんてこと…!」

 

飛行船のコクピット周辺が、紅眼をした巨大な蟲に覆われていたのだ。ナウシカの絶望したような声は、風が激しい飛行中でもしっかりと聞こえた。

 

「あの人たちは、腐海で虫を殺したんだ!」

 

紅く光る目が、その怒りを如実に伝えてくる。それが意図的なのか、それとも偶然なのかは関係ない。おろかにも彼らは人間が太刀打ちできない自然の脅威に向かって銃口を向けたのだ。

 

「何とかして舵を切らせないと!」

 

動揺するナウシカを俺は一喝した。

今は旋回しているものの、谷の絶壁に機体が激突するのは時間の問題だ。コクピットは蟲に覆われている以上、外部から伝えて操舵させることは絶望的だ。

 

「でもどうやって!?」

 

「トルメキア製の船なら、尾翼に第二コクピットがあるはずだ!エンジンは死んでいない、そこに乗り移れればまだチャンスはある」

 

そう言って俺はナウシカの真下にいた体制からメーヴェにぶら下がる体制へと変えた。

 

ナウシカも答えるまでもなくメーヴェを尾翼へと近づけて行く。全長数百メートルある貨物船の尾翼は、近づけば近づくほど巨大な壁のように見えた。

 

「本気!?ジーク!!もし間違えたら谷の底に落ちちゃうよ!?」

 

「今を逃せば、飛行船は確実に谷の絶壁に激突する!あの蟲の数だ!下手をすれば今まで育てた森にも胞子が及ぶかもしれない!今しかないんだ、ナウシカ!」

 

ナウシカも必死だった。横に広いメーヴェを精一杯傾けて尾翼にある第二コクピットに近づけて行く。

 

「三、二、一、飛ぶぞ!」

 

メーヴェが最大限近づいた瞬間に、俺は持ち手から手を離した。巨大な尾翼の外壁に設けられたハシゴに命がけで捕まる。

 

「ナウシカは外から信号弾や声で呼びかけてくれ!」

 

風の中でもなんとか聞こえるように叫ぶと、ナウシカは凛々しく頷いてみせ、再び前方のコクピットへとメーヴェのエンジンをふかして飛び立っていった。

 

俺は大急ぎでハシゴを上り、外から見えていた第二コクピットへ繋がる緊急用ハッチを携えていたセラミック剣の切っ先で無理やりこじ開ける。

 

「な、なんだ貴様は!!」

 

中に転がり込むと、武装状態のトルメキアの兵士たちが何人かいたが、俺は構わずコクピットの操舵へかじりついた。

 

「答えてる時間はない!前方のメインコクピットが蟲で覆われてるんだ!このままじゃ谷の壁にぶつかるぞ!!いいからさっさと手伝え!!」

 

握った操舵はあまりにも重かった。必死に機種をあげようと引き絞るが、機体が上昇する気配はない。なにが原因かすらも時間がない上で調べようがない。周りでアタフタしているトルメキアの兵士たちの動きが、さらに苛立ちを募らせた。

 

「いいから、船を上げろ!!馬鹿者ども!!!」

 

渾身の叫びに、やっと状況を理解したのか、コクピットにいった技師たちや兵士が持ち場について機器をいじり始める。目前には谷の断崖絶壁が迫っていた。

 

「舵をとれー!!!船をあげろーー!!」

 

外からナウシカの声がわずかに聞こえた。

 

壁はみるみる近づいてくる。

 

ここで落ちたらどうなる?村は?今まで必死に育ててきた自然は?

 

「上がれ!上がれ!!上がれ!!!上がれーー!!!」

 

そんな最悪の結果を頭から追い出すように叫んだ。気がつくと、第二コクピットにいる全員が「上がれ上がれ」と叫んでいる。

 

重い機体は徐々に高度を上げ、迫り来てい絶壁をなんとか飛び越えた。

 

やった。上がった。ふっと、

 

誰もが安堵し、気が抜けた瞬間。

 

ガツンと飛行船の真下から衝撃があった。谷の尾根に上がり切らなかった後部が激突したのだ。機体はふわりと持ち上がるが、衝撃によりエンジンが完全に止まった為、そのまま谷の頂上の岩山へ胴体着陸することになった。

 

「捕まれー!!!」

 

誰のために叫んだのだろうか。俺の声に応えたトルメキアの兵士たちはつかめる機器や壁に必死に食らいついた。だが勢いや震えが止まらず、傾きだした機体から何人かの兵士が放り出されて行く。

 

尾根から酸の海へ滑り落ちてゆく船は、巨大な瓦礫の岩を砕き、なんとか機体が海に落ちる前にとまった。

 

「とまった…のか…」

 

操縦桿にしがみついていた俺は、割れてしまった第二のコクピットから外の様子をうかがった。

 

先頭の第一コクピットから機体の三分の一が酸の海へ突っ込んでいたのが見えた。鉄やコクピット周りにへばりついてた蟲たちが酸で焼かれ、名状しがたい臭いが立ち上っている。

 

振り返ると、何人かのトルメキア兵士も無事ではあったが、全員が頭や体をひどく打っていて昏睡状態であった。

 

ボロボロになった船の側面をハシゴで降りると、不時着した船の横にメーヴェが降り立つ。

 

「ジーク!!怪我は!?無事なの!?」

 

駆け寄ってきたナウシカが、俺を見るなり手や足や体をくまなく調べるように触ってくる。それは俺が危険な目や危ないことをするたびに、いつもしてくる事だった。

 

「大丈夫だよ。この通り五体満足で生きてる」

 

元気さをアピールしようとしたが、脇腹にピキリと嫌な痛みが走った。どうやら墜落時にどこかに打ち付けてしまったらしい。

 

「ほんとに、私より無茶するんだから」

 

不満そうに目をするナウシカを横に置き、俺は不時着した飛行船の全貌を改めて眺めた。先頭部分はすでに溶けきっており、無残な姿をさらしている。

 

「かわいそう…もっと早くに気がつければ…」

 

船の先頭におしつぶされた蟲は、その姿を残すこともできなかった。運良く生き残った蟲も、先頭部分にいた人間と共に酸の海で焼かれたのだ。

 

「最善は尽くした。ナウシカのせいでも、風の谷のせいでもない。彼らが引き起こした報いだ」

 

それでも、と彼女は憂いた目を俺に向けた。もっと早く異常に気がつければ、もっと早く駆けつけれたら。そんな後悔の念がその瞳から感じられた。だが、こればかりは仕方がないことだった。

 

どんな理由があろうとも、蟲を殺した以上、相当以上の報いを受けるのが、この世のルールだ。

 

「行こう、村のみんなで救助活動をしないと」

 

「わかった…」

 

救援を知らせる信号弾を打ち上げて、俺とナウシカはその場をいったん離れた。

 

それが激動へ繋がる始まりとも知らずにーー。

 

 

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