トルメキアの輸送艇が不時着し、夜が明けた。
船の前頭部は酸の海に沈み、機体も中にいた者の多くが酸によって命を落としていた。
とは言え、大型貨物輸送船であるトルメキアの船には多くの生存者が残っていた。
風の谷は、その生存者の受け入れで朝から大騒ぎだった。トルメキアは風の谷と友好関係であるため、族長であるジルもすぐに救助に向かうよう村の住人や城オジたちに発した。
救助された大勢のトルメキアの人々は、清潔な自然を有する風の谷で治療を受けたり、看護されたり、食料を受け取ったりしていて、不謹慎ではあるが大きな祭りのような状態を呈していた。
そんな光景を俺は城の中にある医務室でぼんやりと眺めていた。
「大変なことになってるなぁ」
不時着後、ナウシカに引きずられるようにここに放り込まれた俺は、何もさせてもらえずにこうやってベッドの上で時間を潰していた。
脇腹を打ち付けた時にできた軽い打撲。その程度の怪我だというのに、ナウシカに「絶対安静」と言われて、仕方なくそれにしたがっている。族長のジルが病床に伏してから、ナウシカは他人の怪我に敏感になっているように思えた。
「喧騒を人ごとのように言っているが、あの大勢を助けたのは君だということを、どこか忘れてはいないかね?」
村の若い女性たちに混ざって清潔な布の準備をしているユパからの言葉に俺は肩をすくめた。
「別に、俺は彼らを救ったとか、そんなこと思っていませんよ。ユパ様」
「謙遜だな」
「事実ですよ」
はっきり言えば、俺はあの巨大な輸送船が谷に墜落しないことしか考えていなかった。さらに言えば、中のトルメキアの人がどうなろうが知った事でもなかった。
この谷は、ジークヴァルトにとって、唯一無二の恩人なのだ。ここで目覚め、ここに住み、ここで生きることで、自分は救われてきた。
昨日のことのように思い出せる地獄のような戦争の日々の記憶を、この谷の人々は暖かく包み、癒してくれた。
自分こそが、この苦しい世界で生きることを強いてしまった罪人だと言うのに。
だから、俺にとって、下で賑わう彼らを救ったことなど何の価値もない。それよりも、谷の人々の笑顔を守れたことが大きいのだ。
「そういえば、ナウシカはどこへ?」
俺をここに縛り付けてから、彼女は飛ぶように出て行ってしまったので、行方わからず。ユパ様は、にべもなく答えた。
「トルメキアの船に乗っていた女性たちの看護をしておるはずだよ、この布も彼女たちにーー」
ユパの言葉は、激しく開け放たれた扉によってかき消された。
「ユパ様!ジーク!!」
飛び込んできたのはナウシカだった。明らかに様子がおかしい。珍しく肩で息をする彼女の余裕のない表情に、穏やかだったユパの表情が険しさを帯びた。
「どうしたのだ、ナウシカ」
「大変なの!あの船に積まれていた荷物が…!」
そう言いかけた時、城中に非常事態を知らせる鐘が鳴り響く。トルメキアの船だ!外から誰かが叫んだ。
トルメキアの船は、酸の海の浜辺に不時着しているはずだ。なのに何故?ナウシカとユパが窓から空を見上げて固まっていた。続くように空を見上げると、頭上には幾つものトルメキアの船が、まるで獲物を狙う猛禽類のように、風の谷の上空を旋回しているのが見えた。
しかもただの船じゃない。その全てが、軍艦だった。
「バカな、トルメキアと風の谷は友好関係であったはずだろう…!」
今にも谷に着陸しようとしている船を睨みつけながら、ユパは苦虫を噛み潰したようにつぶやく。だが、ナウシカは何かを察しているかのように、その表情はひどく困惑していた。
「ナウシカ!トルメキア軍が来たのは、その積み荷のことでか!?」
「たぶん…いえ、きっとそうだと思う!」
ここで一つの仮説が成立した。
トルメキアが軍を率いてきたのは、ナウシカが言う積み荷を運ぶ船との消息が途絶えたから。軍が出てくる以上、その積み荷はトルメキアが何としでも手に入れたい物に違いはない。
そしてそれは、他の誰かに奪われたら不味いものを意味する。
船が消息を絶った時、トルメキアが真っ先に予測するのは「他勢力による撃墜、積み荷の奪取」だ。
様子を見る以上、蟲による墜落という情報はトルメキアに流れていないーー、いや。たとえ流れていたとしても関係は無いだろう。それほどの積み荷が、不時着した船に積まれているという事だ。
だが、それよりも不味いことがある。
「奴らは、風の谷に降り立った瞬間に制圧してくるぞ…!!」
どんな理由で不時着していようが、関係なく軍はここに来た。となれば、次に待つのは周辺勢力の制圧。下手をすれば、トルメキアは谷の人々を虐殺する可能性もある。
「ナウシカは谷の住人に屋内へ避難するよう呼びかけてくれ!!」
「ジーク!!」
ナウシカの声に言葉を返さずに、俺は医務室を飛び出した。向かう先は城の地下。向かう道中で、ただならぬ状況に空を見上げていた城オジの一人を見つけた。
「ミト!」
「どうしたのだ、ジーク。お前は怪我をして…」
俺の様子に困惑するミトへ、懐から古い鍵を出して答える。
「アレを出す。手伝ってくれ」
ただ、制圧され、理不尽な暴力に晒される谷の人々を見ておくことは出来ない。しかし、空に数多といるトルメキアの軍に対抗できる力を、谷の人々は持っていない。
けれど、俺は持っている。
俺にしか使うことのできない力を。
使うことはあるまいと、城の地下へ封印したその力を使うために、俺は走った。