風の谷は、酸の海から流れてくる風を利用し、地下水脈から水を組み上げる技術を確立させていたが、その技術とは別に、ジークがもたらした他の国にはないものがあった。
発動機だ。
失われた文明の技術を使う今の世界の人々には貴重なものであったが、その技術が謳歌していた時代に生きていたジークには完全な状態で保たれた発電機があった。
城オジであるミトは、城の地下に安置された「それ」を見上げる。
城や、風の谷の人々を、ほんの僅かにだが豊かにしてきた「それ」は、ジークから聞く限り、巨神兵が現れるまで地上、そして空を支配していた機動兵器だったらしい。
村の地下で見つけた時から変わらない強固な装甲。人間のような四肢を形作る「それ」は、玉座に鎮座するように長年、この城の地下に眠っていた。
そして、ミトの後ろには、同じく地下で発見された当時に着込んでいた真っ白な加圧スーツを見にまとったジークが、佇んでいた。
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「この世界で、コイツに乗る日が来るなんてな」
本心で言えば、そんな日など来て欲しくなかった。穏やかに続く、風の谷の住人との暮らし。ナウシカとの腐海探索。農作物を育てる農業。たまにある住人皆で囲む食事。それだけで十分だった。
できることならば、争いしか生まない兵器には、細々と動力源となって余生を過ごして欲しかったが、そうも言ってられない。
真上の空では、今にもトルメキアの軍勢が攻め込んで来そうな緊張感が漂っている。考えている時間はなかった。
俺は、過去の記憶を呼び覚ます。
スロットレバーを操り、武器管制システムを操り、フットレバーを踏んで、空を舞い、鮮やかに飛び、そして敵を砕く。
昔と変わらずに点滅するコクピットハッチへ手をかざすと、兵器の腹が開き、パイロットが乗り込む準備が整った。
「ジーク、お前。ほんとうにやるのか?」
下から見上げていたミトが問いかけた。
ナウシカにも、族長であるジルにも、もうコイツに乗る必要はないと諭してもらったのに。ミトも俺の過去を知る人物だ。俺が地獄の戦いをしてきたこと、巨神兵に穿たれたことを知っている。故に、案じてくれたのだろう。
しかし、だ。
「俺は行くよ、ミト。今行かないと、俺はきっと後悔する。ナウシカにも、消えない傷ができる。そんな気がするから」
それに、と俺は下から見上げるミトに振り返った。
「俺は、この谷が好きだから」
だから守る。必ず。何があったとしても。
それから、ミトは何も言わなかった。コクピットへ潜り込む俺を黙って見送ってくれた。
コクピットに乗り込み、昔と変わらずにシステムを起動させて行く。網膜スキャン、各種フィッティング、そしてーー。
ズゥンと、真上から轟音が響いた。
まさか、と心が冷たくなる。トルメキアの攻撃がはじまったのか。
システム起動手順を大幅に省き、俺は兵器を目覚めさせる。機体の背部や、腕部に繋がれていた電力供給用のパイプが音を立てて外れて行く。
長年の沈黙を破り、光が灯ったデュアルセンサーは、爛々と輝きを放つ。まるで目覚めたことを歓喜するかのように。
「ミト!搬出用の扉はどれくらいで開く!?」
「あと五分は待ってくれ!」
それじゃ間に合わない。
鋭くなった直感が俺にそう告げた。
制約していた火器管制システムの全てを解放する。ダクトに残っていた埃が、動力が灯ったことで辺りに舞い上がった。
「ミト!安全域に逃げてくれ!五分じゃ間に合わない」
「間に合わないって、どうするつもりなんだ!?」
「切り開く!!」
ミトが大急ぎで安全な防護壁の向こう側に行ったのを確認し、俺は両肩に内蔵された攻撃用ビーム兵器を携える。まるで糸のように伸びるそれを、まだ開いていない搬入口へ向けた。
「いけえええ!!!」
収束した光源が極光に達した瞬間、セラミックと石で作られた扉は真っ赤に燃え、爆発した。
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谷へ降下しようとしたトルメキアの強襲艇は、目標の城の地下で起こった異変に気がついた。パイロットは構わずに風の谷の大地へと着底しようとしたが、突如として、強襲艇は上昇する。
「なんだ!!勝手に上昇するな!!」
隊列の先頭にいた勇ましい隊長が、上昇したパイロットに怒りをぶつけた。着底しようとしたのに何故?一兵士でしかない俺は、最後尾から見える操縦席を見た。
パイロットは、隊長の怒号に応えることができなかった。一体何があったのだろう。機内の壁を伝って、窓から外を見た。
そこには、黒い影が居た。
人の形をしながら、明らかに自分の知るものとは異なる存在。
向かおうとした城に立ちふさがるように居る影は、両翼のように広がる光を目撃する。それは、大きく広げて、空に浮かんでいる。
なんだあれは。
飛行艇でも、戦車でもない。
人の形をした、兵器?
呆然とそれを見る自分たちに向かって、影は腕を突き出す。極光が瞬く。線のように伸びる光がパイロットの視界を奪った刹那、自分たちが乗る強襲艇を制御する翼が真っ赤に溶解し、断ち切られた。
「ひ、被弾したのか!?だ、だめだ…制御が…!!」
バカなとその場にいた全員が喘いだ。
セラミックで構成された骨格を有する強襲艇は、貧相な翼の装甲を撃ち抜かれることはあれど、骨格を切断するなど、聞いたことも見たこともない。
上昇した機体は、谷に着陸せずに、ヨロヨロと不安定な姿勢を晒しながら、谷の尾根を越えたところに不時着する。
船から降りたトルメキアの兵たちに、断崖絶壁の谷を降りる術はなかった。
彼らは見上げた。
自分たちの前に立ちふさがった影は、空を駆け、頭上で旋回するトルメキアの軍船へと向かっていくのだった。