それは第二次絶対能力進化実験の第三次実験時に発生した出来事。
被験者である第一位と、関係者とは言えない“第二位”が、予定外に接触したのだ。
場所は人気の全くない資材置き場。無数のコンテナ群が夕日に照らされて鈍い光を放ち、すぐ近くを流れる川を煌めかせる。
そこに人影が二つ。一つは白い砂利の上に転がり、もう一つはその横に突っ立いてた。
「おい、生きてるか?」
白の少年――一方通行が爪先で小突く。すると無造作に倒れ伏すミサカ00002号はびくりと痙攣した。一緒にカエルのピンバッチが揺れる。
殺害ではなく無力化という縛りプレイに挑戦している一方通行。彼はこれまで手加減というものをあまりしてこず、相対した者はギリギリ生きている、というのが普通だった。
しかし実験主任の芳川 桔梗から通達された事項があった。
「できるだけ壊さないようにしなさい。その方がレベル6に進化できる確率が上がるから」
本人としても、二万回も実験して進化できませんでした、ではブチ切れる自信がある。研究所の一つや二つは塵と化すだろう。だから忠告には従うことにした。いかに樹形図の設計者とはいえ、このレベルの演算では確率としてしか結果を出せないのである。
だから彼なりに努力はしているつもりではある。
「しかしまァ、めンどォくせェなァ」
頭を掻きながら見下ろす。ベクトル操作によって脳漿を掻き回され、その影響で重度の脳震盪を引き起こしたミサカ00002号がいる。彼女の身体は時折痙攣するのみで、意識は失われていた。
一方通行本人としてもここまでの重体になるとは思っていなかったのだ。せいぜいが格闘漫画で見たように、腰が抜けるぐらいだと思っていた。しかし蓋を開けてみれば一歩間違えれば即死する状況である。
次は脳の生体電流でもいじってみるか、と一方通行はミサカ00002号の頭を踏みながら軽く考える。そんなことをすれば確実に即死するが、彼にとっては興味の埒外だ。
「なンか、あきてきたなァ……あ?」
その時だ。一方通行の真後ろでドサリ、と何かが落ちる音がしたのは。
御坂 美琴にとって、その日はとてもおもしろい一日だった。
常盤台中学の冬服制服を身に纏い、特例として認められたズボンに泥が跳ねないように街中を歩く。冷たい空気が喉に心地よかった。
そして出会ったのだ、自らのクローンを名乗る少女に。彼女は野良ネコを抱えてもふもふしていた。
その少女はとある秘密実験の為に生み出されたらしく、最初こそ美琴は激怒した。しかし、悪い扱いは受けていない、と少女本人に説得され、ひとまず怒りの矛先は収まった。
少女としてはオリジナルである美琴に会うつもりは全くなかったようで、このことは秘密にしてくれ、と懇願された。だから交換条件として、その日一日を一緒に遊びつくしてやった。
そうして時間が過ぎ、日が赤くなり始めたころ。
「用事があるのでこれにて候、とミサカはエセ忍者風に別れを告げます」
無理やり押し付けたゲコ太のピンバッジを誇らしげに胸に掲げ、少女は去って行った。
美琴してはもう少し遊びたかったが、そこは素直に別れてあげた。
そう、その日はとてもおもしろい一日だった。その瞬間までは、そう思っていた。
「なに、やってんのよ、アンタは……」
「……あ?」
先ほど別れた筈の少女の頭を足蹴にする白の少年。
少女の胸元に見覚えのあるピンバッジを見た瞬間、美琴の意識は切り替わった。
カバンが落ちた音に一方通行が振り返る。そこにいたのは学園都市“第二位”の少女だった。一方通行にとっては見覚えのある顔でもある。
「……その足をどけなさい」
ミサカたちのオリジナルである美琴が憤怒の形相で言う。彼女の身体はバチバチと紫電を放ち、辺りには金属臭が漂う。
一方通行としては、どうしたものか、といった感じだ。彼にしてみてもオリジナルの乱入はさすがに想定外だ。今頃、観察者たちは大慌てであろう。
そこで、一方通行はニンマリと嗤う。それはまるで悪事を思いついた悪代官のような顔だ。
「くひゃっ、いいこと考えた。おもしろくなってきたなァ」
「いいから……その足をどけなさいよおっ!!」
美琴の叫びとともに、幾条もの紫電が奔る。指向性を持った合計五本の光はのたうちながらも、文字通りの雷速で一方通行へと襲い掛かる。
しかし、それらは無意味だった。
「なっ!?」
美琴の声は驚き。なぜなら五本の紫電はどれも一方通行にダメージを与えられなかったからだ。
意図的に電流を少なくしているので死にはしないが、当たれば大けがは免れない。そのはずの稲妻たちは一方通行の至近に到達した直後、あらぬ方向へと弾かれたのだ。
外れた稲妻は砂利を砕き、コンテナを吹き飛ばし、川を割る。一瞬で築き上げられた惨状の中、一方通行だけが気味の悪い笑みを浮かべている。
「そうだよなァ、こういう趣向も悪くねェ。だから……本気だせ?」
そういうや、一方通行は右足を振り上げる。そのさまはまるでフリーキックを任されたサッカー選手。
故に、美琴はその意図に気付いた。だが、間に合わない。
「ホ~ムラン! てなァっ!」
動かないミサカ00002号の腹を一方通行の足が捉える。瞬間、ゴッという圧縮されたソニックブームを響かせながら彼女は消え去った。重力慣性空気抵抗、ありとあらゆる力学的エネルギーが射出の為にベクトルを束ねられたのだ。
震えながら顔を俯かせる美琴。彼女へと振り返る一方通行の顔は悪童の如し。そして一方通行は、徐々に膨れ上がる圧倒的な力の気配に、その嗤いを深める。
「誰か知らないけど、アンタは、ここで……潰す!!」
ギラリ。もはや擬音すら物理的な圧力を持つ。顔を上げた美琴の眼光は既に常人を超えている。
周囲の空間がギシリギシリと悲鳴を上げる。美琴の周囲が歪んで見えるのは錯覚ではない。彼女の足元では砂利が赤熱し液化している。すぐ近くのコンテナは火花を上げながら燃えていた。
その高熱に耐えかねた美琴の衣服が溶け落ちる。下から現れたのはぴっちりとした黒のボディスーツだ。
「おーおー、こりゃすげェな」
完全に美琴に向き直った一方通行は、感心したように口笛を吹く。美琴の能力は把握しているが、それにしてもものすごい出力である。
『電磁女王(エレクトロ・クイーン)』。電気と磁気を操る『電撃使い(エレクトロ・マスター)』のさらに上位。電磁気だけでなく、あらゆる電磁波をも支配する固有能力(ユニークスキル)だ。
そこで不意に美琴の姿が掻き消える。一方通行は圧力を感じて振り返る。そこには光の槍を持ち、体を後ろへ引き絞った美琴の姿。
「――らぁっ!!」
咆哮一つ。太陽クラスの出力を持つまでに圧縮された光の槍が突き出される。しかし、それも一方通行にとっては脅威ではない。
ぐにゃり、と熱した鉄棒のように曲がる光の槍。美琴の制御を離れた光が切っ先から上空へと放たれ、夕闇を一瞬だけ昼間にした。
舌打ち一つ。美琴は電磁加速によって後方へと大きく跳び退る。対して一方通行は一歩も動いていない。
「どうした? これで終わりか?」
「るっさいのよ!!」
馬鹿にするような一方通行に美琴は怒声で返す。
美琴が右手を天に掲げる。すると磁力によって操られた周囲のコンテナ群が中空へと舞い踊る。その数、実に五十。
片眉を上げる一方通行。そんな彼に向かってコンテナ群が襲い掛かる。
「はっ! 無駄無駄ァ!!」
頭上から叩き付けられたコンテナがひしゃげ、真っ二つに割れる。右手から突っ込んできたコンテナがひしゃげ、平たい板になる。左手から殴り込んできたコンテナがひしゃげ、破砕する。
何度も何度もコンテナが打撃する。辺りにはコンテナの金属片が散乱し、しかし一方通行は無傷。
「……あァ?」
だが、そこで一方通行は美琴の狙いに気付いた。瞬間、彼は初めてその場を動いた。
大きく後ろへ跳んだ一方通行。彼がいた空間を無数の金属片が貫く。細かなそれらは音速の数倍の速度。確実に致死の威力を孕んでいた。
「おいおい、殺す気か?」
「殺す気で行かないと無理だって解ったのよ!!」
「ちっ――!」
間近で聞こえた美琴の声に、一方通行は回避を選ぶ。幾閃もの砂刃のいくつかを消飛ばし、残りを掻い潜りながら摩擦のベクトルを束ねて素早く移動した。
一方通行が顔を上げれば、そこには納得がいった、という風に腕を組む美琴の姿。
「自身を中心とした半径約二メートル、その領域内に存在するベクトルを操作する能力。それがアンタの能力ね? エネルギー体は無制限みたいだけど、質量をもった物体はモノにもよるけど十数個が限界、って所かな」
「……ちっ」
的確な美琴の分析に一方通行は舌打ちする。こんなに早く看破されるとは思っていなかったのだ。
よく見れば足元の砂利が赤熱している。しかしそれは自身から二メートル離れた所からで、至近の砂利は何ともない。どうやらマイクロ波を浴びせられていたらしい。
彼は思わず考える、“縛りをゆるめるか”。それが油断だった。
気付けば一方通行は、磁力による竜巻に拘束されていた。
「ちっ、くそったれがっ!」
「女の子に対して失礼よ、それ」
無数の金属片の渦の中に囚われた一方通行。彼に対して美琴は嘆息し、自身の最大攻撃力の一つを準備する。
美琴へと光の粒が集まる。その光は彼女の周りを加速しながら旋回し、やがて右手へと集束する。それは学園都市の科学力をもってしても実用化が不可能な戦略兵器。
そして一方通行は感じる。彼を挟み込むように、磁力レールが伸びていることを。彼はつぶやく。それは学園都市の科学力をもってしても実用化が不可能な戦略兵器。
「「……荷電粒子砲(ビームキャノン)」」
次瞬、滅びが放たれる。
突き出された美琴の右掌から撃ち出されるのは亜光速にまで達した荷電粒子。膨大な量の放射線と赤外線を撒き散らし、磁力レールによって方向を修正されながら、それは一方通行へと襲い掛かる。
「ぐォ、お、おおおおおおお!!」
両手を掲げて光を受け止める一方通行。制限された計算領域をフルに使い、そのベクトルを高速で解析していく。ランダム運動を行う無数の荷電粒子の集合体。それらの計算式は非常に膨大で複雑だ。
そして刹那。
両掌を焼かれながら一方通行はその全ベクトルの掌握に成功する。
「ああああああああ!!!」
彼は咆哮を上げ、力の奔流を大空へと打ち上げる。天に突き立つ光の柱。それは真冬の夜を真夏の昼に変えながら、全ての雲を吹き散らした。
そうして光が完全に消える。最大威力の攻撃をしのぎ切った一方通行。しかし、彼は肩で息をしながら汗をこぼす。
「それじゃあ、もう一度」
対する美琴は息の一つも乱さない。彼女は冷徹な眼差しで、再び磁力の竜巻に囚われた一方通行を見るのみだ。
しかし、その一方通行が唐突に狂ったような笑い声を響かせた。
「……何がそんなにおかしいのよ」
「くっくっ、いやァなァ。やってみろよ。ちょっと試したいことがあるンだよ」
それならば遠慮はいらない。美琴は再び荷電粒子を集束させ――そして違和感に気付いた。
「……加速しない?」
「運動エネルギーを“中和”してンだよ。俺の能力にはこういう使い方もあったンだなァ、感謝するぜ」
一方通行が心底愉しそうに謳う。更には彼を囚えていた金属片の竜巻がやむ。
どういうことだ、と美琴は後退りしようとし、しかし体が動かなかった。
「何!? どういうこと!?」
「おやすみの時間だぜェ? 『電磁女王』」
いつの間にか目の前にいた一方通行に頭をつかまれ、美琴は意識を失った。
「……あれ?」
気付けば病院のベッドだった。
美琴は患者服に包まれた自身の身体を見下ろし、不思議そうに頭を捻る。なぜ、私はここにいるのだろう?
何か大層ムカつく出来事があったような気がするが、美琴にはどうしても思い出せなかった。
――『第三次実験報告書』その走り書き
被検体両名の協力により実験は成功した。ミサカ00002号は重傷を負ったものの命に別状はない。
第一位と第二位が接触してしまったのは誤算だった。おかげで第五位『心理掌握(メンタルアウト)』にいらぬ借りを作ってしまった。
しかし第一位が新たな能力の応用に目覚めたのは喜ばしい。また秘密裏にではあるが第五位の能力の使い方も彼に見させることができた。これで第一位も更に進化に近づくだろう。
さて、第四次実験の準備を急がねば。
名前:御坂 美琴
渾名:ビリビリレンジ ※とあるツンツン頭の少年による
能力名:『電磁女王(エレクトロ・クイーン)』
強度:5(5.5)
能力:電磁気及び電磁波操作能力
・電磁波としての性質を持つ光や、放射線、紫外線、赤外線なども扱える
・電波妨害やアンテナ経由のハッキングなども容易く行える
・光学迷彩や赤外線を用いた視界による迷彩破りとかもできる。レーダー完備。それと相手のレーダーは無効にできる
・膨大な電力と電磁気を用いて荷電粒子砲も扱える。おかげで個人で戦略級
・ちなみに半径数キロメートルを“レンジでチン”できる。致死量の放射線で汚染したりもできる。やらないけど
・ぶっちゃけ現代文明を根こそぎ破壊する力を持つ。なので、やろうと思えば人類を滅ぼせる。エイワスとかは無理、諦めて