とある科学のレベル5.5   作:璃春

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当時は正体不明だった……


つっちーがレベル5.5になりますた

 ドン、とコンクリートが爆ぜた。同時に、加速を得た体が再び宙を舞う。

 硬い建材を全力で蹴ったために下肢が粉砕していた。それがどうした。もう治っている。

 迫り来るのは灰色の屋上。ビルをサルのように飛び移る。そのためには更なる跳躍が必要だ。

 一歩目はベクトルを殺す。肉の内側で脛骨が破裂するが構わない。

 二歩目はベクトルを得る。下肢の長さが半分程になるが構わない。

 赤い線を曳きながら跳ぶ。眼下の人々が赤い雨に驚くが構わない。

 そうして、己が肉体の枷を全て外し、金髪の男――土御門 元春は駆ける。その彼の耳に、既に聞きなれた少女の声が入る。

『対象はそこから十時方向三百メートルよ。路地裏を突っ切ってる』

「了解だにゃー。帰ったらナデナデしてあげるぜい!」

『ばっ! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?』

 右耳につけた通信機の向こうで、少女が赤くなって悶えているのが目に見える。今にも爆発しそうな土御門にとって、それは何よりの安定剤だ。

 己の臓物を焦がすマグマを懸命に抑えながら、土御門は着地。そして十時方向へと跳ぶ。ここで爆発しても意味は無い。

 やや前方。そこに白いバンが見えた。

「対象を目視で確認したぜい。ちょっと暴れるから、通信は終わるにゃ」

『……わかったわ。あの子を、舞夏をよろしくね……お兄ちゃん』

「大丈夫さ。俺にまかせろ、レディ」

 土御門は不敵に言った。

 二人目の愛妹(本人的には長女らしい)――土御門・T・レディリーを悲しませない為に、そして一人目の愛妹――土御門 舞夏を救う為に。

「お前たちは絶対に許さない」

 彼は跳ぶ。

 

 

 ゴミを轢き潰しながら白のバンが路地裏をを爆走する。その荷台で二人の男が札束の海に沈んでいた。

 ひょろりとした痩躯の男が言う。

「やったな、マスルの兄貴! これで一生遊び放題だぜヒャッハー!」

「落ち着けよ。まだ逃げ切った訳じゃないんだぜ、シン」

 痩躯のシンをたしなめるのは筋肉質の男――マスルだ。彼は手に持ったS&W M500リボルバーを弄びながら、バンの内壁に体をもたれかける。

 マスルの足元には気絶したメイド服の少女。襲った銀行でたまたま巻き込まれただけの一般人だ。

 山となった諭吉を紙吹雪にして遊ぶシンを横目に眺めるマスル。彼は不意に視線を感じてバンの前方に目を向けた。

 唯一運転席と繋がった覗き穴から、バックミラーを通して肥満体の男がこちらを覗いていたのだ。

「あ、兄貴ぃ。その女の子はど、どうするんだいぃ? よ、よかったら、ぼ、ぼくにくれないかなぁ?」

「フアト、お前、相変わらず変態だな」

 マスルの呆れた声に、肥満体のフアトはグフフと気味の悪い笑いを返した。

 その時だ。

「な、なんなひでっ」

 ドゴ、という音が天井に響いたかと思うと、覗き穴から見える運転席が真紅に染まった。

 首を砕かれ噴き出す血液が荷台にまで入り込む。その瞬間に、マスルは行動を決めた。

「死ねやゴルァっ!!」

 叫び、彼は右手だけでリボルバーを天井に向けて撃つ。同時に足元の少女も抱き寄せる。

 世界最強クラスの弾丸がバンの天井を鉄くずに変えていく。そしてコントロールを失ったバンが轟音とともにビルの壁面に衝突した。

「ちっ!? くうぉおああ!!!」

 衝撃でかき混ぜられる車内。マスルの体が前方に投げ出される。

 気付けば金の山に埋もれていた。最新鋭の衝撃吸収素材で作られたバンの内壁が、彼を守ったようだ。

 横に目を向ければ気絶した少女がすぐ近くで顔をしかめている。その向こうではシンが目を回していた。

 マスルは悪態を吐こうと口を開く。

「くそ! 一体だ」

 しかし、半端に開いたバンのドアから覗いた銀によって、彼の声は閉ざされた。

 全力で体をひねる。右耳を熱の線が抉った。直感によって命を拾ったマスルは咄嗟に少女を抱き寄る。そしてそのこめかみにリボルバーを突きつけた。

 同時、銃声に目を見開いたシンの頭が吹っ飛んだ。

「……その子を離すんだ、銀行強盗」

「おめぇが先だよバカが。そこをどけ」

 ギィ、と開いたドアの前。そこには金髪グラサンアロハシャツという不可思議な青年がいた。彼の手には大型拳銃のデザートイーグルが握られている。

 銀の銃口はまっすぐにマスルの額に向けられている。しかし、マスルの黒の銃口は人質の少女に向けられていた。

 互いににらみ合うこと暫し。

「……ち」

 青年の舌打ち一つ。彼は銃口をマスルに向けたまま、一歩、二歩、と後ろに下がる。そして十歩下がったところで立ち止まった。

 マスルは青年が下がったことを確認すると、少女を抱えたままズリズリとバンから降りる。油断なく立ち上がったマスルは、視線だけで周囲の状況を確認した。

 その彼に、青年が苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「投降しろ。学園都市の監視網からは逃げられんぜ。たかが数億円じゃ割りに合わんだろ?」

「はっ! くだらん」

 マスルは思わず鼻で嗤う。ソレぐらい覚悟の上だ。それに、“本命は金ではない”。

 そこで、彼の腕の中の少女が身じろぎした。

「ん……む、あに、きー?」

 その声に、マスルの視線の先で青年が酷く動揺した。マスルの筋肉色の脳細胞に電撃が走った。

「ふぅん、なるほどな……」

 だから、マスルは少女をトン、と突き放した。

 頭の覚醒していない彼女はふらふらと前に歩き出す。青年に向かってだ。青年は油断の無い顔に喜色を浮かべ、

 再び、だから、

「じゃ、俺は逃げさせてもらうぜ!」

 マスルは撃った。

 両手でしっかりとホールドされたリボルバーの弾丸は、狙い過たずに着弾する。場所は右脇腹。少女のそこが、綺麗に抉り取られた。

「舞夏あああああああああ!!!!!!!!」

 少女がふらりと揺らぐ。

 その先を見ることなく、マスルはその場を走り去った。

 

 

「舞夏っ!? おい、舞夏っ!!!」

 土御門は血の海の中で舞夏を抱き寄せる。彼女の右脇腹からは腸が、そして赤いイノチが零れだしている。

 いまだ目の醒めきらぬ舞夏は口から赤を溢れさせ、それでも口を開く。

「なん、か……迷惑をかけてる、みたいで……ごめん、なー、あに……」

 しかし、舞夏の声は途中で消える。そして、柔らかな瞳がゆっくりと閉じられる。

 彼女の全身から力が抜け、鼓動が弱まり、肌から血の気が失せ、

「絶対に、死なせないからな、舞夏!!!!」

 兄は義妹の矮躯を力いっぱい抱きしめた。そしてあふれ出るのは光。暖かい白の光。

 その光は舞夏の右脇腹に集まる。するとゾルルルル! と奇妙な音を立てながらその致命傷がみるみる塞がっていく。

 やがてそこには何の痕もない白い肌が覗いているだけになった。舞夏の鼓動に力が戻り、彼女は穏やかな寝息を立て始めた。

 土御門は複雑な色を浮かべた表情で顔を上げる。いつのまにか、目の前に金髪碧眼の少女――レディリーが立っていた。彼女は土御門を見ずに、その向こうへと視線を飛ばしている。

「逃走した犯人は裏の武器商の店に立てこもったわ。警備員(アンチスキル)が周りを固めてるから、逮捕されるのも時間の問題ね」

「……そうか。ありがとう、レディ」

 昏い声で呟いた土御門は、安らかに眠り続ける舞夏をそっと横たえ、立ち上がる。

 同時にぞろぞろと現れた赤十字を身に付けた白衣たちが彼女を囲む。彼らはレディリーお抱えの凄腕の医師団だ。

 医者たちの的確な処置を横目で見る土御門。彼は舞夏に背を向けると、道の先へと歩き出す。

「……行くの? 最後の一人は殺しちゃダメだからね」

「ああ、わかってる」

 レディリーの声に、土御門は重く答えた。

 

 

「ちくしょう! ここはハリウッドじゃないじゃんよ!!」

 装甲車の裏側に隠れながら、黄泉川は悪態を叫んだ。

 その声に応じるように銀行強盗が立てこもった目の前の建物から弾丸の雨が降り注ぎ、装甲車が嫌な音を立てて削られていく。周りでは同僚たちが彼女と同じように銃を構えながらも、装甲車の陰から顔を出せないでいる。

 立てこもりの報告を受けて現場に到着したのが先ほど。ばたばたと銃を構えて降りた途端に銃弾の嵐が黄泉川たちを襲ったのだ。

 慌てて装甲車に隠れ、様子を伺うことになる。少しでも顔を出せば、そこ目掛けて銃弾が飛んでくる。応戦すらまともに出来やしなかった。

 黄泉川は通信機のスイッチを入れながら、その向こう側を大きな声で怒鳴りつける。

「もっと分厚い装甲車を要請する!! 重機関銃があるなんて聞いて無いじゃっ!? ~~~~っ」

 唐突に後頭部を襲った衝撃に、黄泉川は頭を抱えてその場で悶える。同僚が焦ったように声をかけてくるが、生憎と聞いてる暇はなかった。

 ヘルメットの後頭部をさすりながら、頭をつけていた装甲車の壁に目を向ける黄泉川。そこには大きめの出っ張りが形成されており、よく見ればそれはライフル弾の形をしていた。

「スナイパーライフル!? 狙撃だ!!!」

 黄泉川はそう叫ぶと体を地に伏せる。装甲車の装甲を片方とはいえ貫く威力だ。座った姿勢でも危ない。

 周りの同僚が伏せるのを確認した黄泉川は、さてこれからどうするじゃん、と眉間に皺を寄せる。その彼女の顔の少し先に、ざ、とビーチサンダルの一歩が踏み出された。

 驚いて顔を上げてみれば、そこには金髪グラサンアロハシャツの青年。彼はズボンのポケットに片手を突っ込みながら、散歩でもするかのように歩を進めている。ただし、その顔にあるのは憤怒のみ。

「なっ!? 土御門! なん」

 友人の教え子である土御門に声をかけようとしたときだ。

 彼の胸部が後方へと破砕した。

「つ、土御門おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」

 黄泉川の絶叫が木霊した。

 

 

 ダネル NTW-20対物ライフルのボルトを引いて薬きょうを排出する。加熱された薬きょうは地面に落ちるなり、じゅっ、と音を立てて薄い埃の膜を焼いた。

 スコープで拡大された右目の視界の中で、胸部を失った屍体がゆっくりと後ろへと倒れていく。ギリギリで原型を保っているものの、誰が見ても確実に絶命している。

 油断なく次弾の狙いを向けながら、マスルは小さく呟く。

「ふん、死んだか。だが、まさかコイツを追いかけてきた訳じゃないだろうな……」

 彼の左手が無意識に胸を掴む。そこには銀行から金を奪ったときに手に入れたUSBメモリ。それは金よりも大事なモノだ。

 不意に、視界の中の屍体の手が閃いた。

「ぐ、があああああああああああ!!!!」

 内側から破断するスコープ。飛び散った破片がマスルの右目を抉り、マスルは顔を押さえて絶叫する。

 彼は歯を食いしばって前を向き、懐から取り出した双眼鏡で屍体を見る。半分になった視界の中、金髪の屍体がゆっくりと起き上がる。その胸に傷はなかった。

「うそ、だろ……ありえねぇ……」

 残った左目を見開いたマスルの背中を、冷たいナニカが伝い落ちる。それと同時に、金髪の青年がこちらに向けて歩き出す。

 マスルは舌打一つ。ライフルを蹴飛ばすと、横に設置してあったパッド型端末に似たハンドルに手をかける。そのハンドルの中央には液晶パネルがあり、そこに映るのは金髪の青年。

「何で生きてるかは知らないが、迎撃しない訳には行かないだろうよ」

 パネルの中央にある照準を、ゆっくりと歩いてくるゾンビに合わせる。ゾンビの後ろでは女の警備員が身を乗り出そうとして同僚に抑えられているが、ゾンビを始末するほうが先だ。

 ハンドルを動かすたびに彼の横で、GAU-8重機関砲アヴェンジャーが無機質な音を立てる。そして風速などを計算し終えたパネルがロック完了をマスルに伝え、

「死ねやおらぁ!!」

 彼はハンドルに取り付けられたボタンを押す。同時に響く長い発射音。あまりに高速に連続で撃ち出されるために音の切れ目が認識できない。

 毎秒六十発以上で発射される三十ミリ徹甲弾が金髪の青年に殺到する。一発一発が必殺の威力を持つ。

 それらが着弾する。そして彼の肉体を根こそぎ破砕していく。腕が足が腹が肩が腰が顔が胸が、原型を留めずに肉塊へと変わる。

 しかし、青年の歩みは止まらない。肉塊は一瞬で元のカタチを取り戻す。

「ちくしょうが!!! どうして死なねえんだよこのバケモノがあああ!!!」

 青年の口元が動いている。それに気付くこともなく、マスルはパネルに表示された“Synchronization”と書かれたボタンを押す。それはこの改造された機関砲のある機能を起動するためのものだ。

 あちこちで響いていくる無機質な駆動音。マスルが立てこもる建物の至る所に設置されたGAU-8重機関砲アヴェンジャーが顔をもたげる。その数、実に十門。

「消えろおおおおおお!!!」

 マスルは叫ぶ。同時に全ての重機関砲が一斉に弾丸を吐き出す。致死の弾丸は発射も標的も同期され、同一の対象を破砕するために殺到する。

 それは確かに効果を得た。青年の肉体が文字通りの挽肉へと変わっていく。その再生すら踏みにじり、塵一つ残さぬと喰らい尽くす。

 やがて全ての弾を使い果たした鉄の凶器たちが沈黙する。そして残っているのは、道路のコンクリートと混ぜられた赤い湖のみ。

 対岸に呆然とする女警備員が見える。マスルはようやくの敵の沈黙に乾いた笑みを浮かべる。

「は、はは……これで……」

「――――――――――」

「……は?」

 聞こえてきたのは声にならぬ声。まるで詠うように紡がれる不可知の言葉。さながら、かつて見知ったゲームにでてきた魔法の詠唱。

 不意に声がやむ。同時、目の前に広がる赤い湖が沸騰した。

「くそくそくそくそおおお!! 今度は何だってんだよおおおお!!」

 沸騰に合わせた激しい揺れ。マスルは四つん這いになりながら叫ぶ。

 そして揺れがやむ。刹那、目の前に巨大な瞳。

「ど、どら……」

 マスルの顔が引き攣る。いつの間にか、そこにはドラゴンとしか言いようの無い顔。

 絶対的な絶望に心が閉ざされていくのを感じながら、マスルは意識を手放した。

 

 

 黄昏の夕日を浴びる青年が一人。彼は超高層ビルの屋上の端に片膝を立てて腰掛けている。

 彼の顔にあるのは虚無。守ると誓いながらも、守りきれなかったことへの後悔だ。

「……ちくしょうが」

 土御門は、固く拳を握りこんだ。




名前:土御門 元春
能力名:『不死存在(ジ・アンデッド)』
強度:5(5.5)
能力:肉体再生
・完全なる不老不死。粉微塵にしようが溶鉱炉にぶち込もうが王水に沈めようが絶対に死なない。
・能力の副産物として、自身の肉体に関するあらゆる反応を制御できる。任意で心臓止めたり、脳みそを止めたりできる。
・バラバラに解体して別々に隔離した場合、もっとも大きな塊を核に再生する。他の部位は灰に還る。
・再生後の体積よりも小さな密閉容器などに閉じ込めている場合、内側からの圧力で大体容器が壊れる。
・壊れなければ容器を取り込んでそのまま再生する。後、ウ○チと一緒に排泄される。
・触れている相手に干渉し、自己再生を促すことも出来る。命以外の物理的な傷なら全て治せる。カエル顔の医者と同レベル。
・再生中に魔術を行使することで突然変異を引き起こせる。三分ほどで元のカタチに回帰するが、伝説上の生物にすら変身できる。
・ぶっちゃけ魔術使いたい放題。だけど大人の事情であんまり使えない。
・リミッターを外すことで肉体の持つ100%の能力を発揮できる。それで壊れてもすぐに治るから問題なし。
・たぶん、コイツがレベル5.5の中で一番ニンゲンやめてる

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