とある科学のレベル5.5   作:璃春
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魔神て息してる?


????のレベルを5.5にしたら……

■序文

 ボクはずっと、君を見ていた。

 君はただ一人、ボクの式にいない。何度やり直そうと、君の計算が出来ない。だからボクは君を計算式に取り込みたかった。

 君が歩き出すための式を作ったけれど、君はそれよりも早く走り出したよね。だけどいきなり転んだんだ。

 迷子になった君に道を示そうとしたら、君はいきなり新幹線に乗ってしまったよね。まさか大阪のお父さんに会いに行くとは思わなかった。

 ボクの町に来るための試験日を、わざわざ晴れの日に変更してあげたこともあったね。けど、その日は雨だった。

 君はいつもボクの計算を狂わせる。ボクには全てが見えているのに、君だけが見えていない。

 ああ、何てことだろう。ボクはずっと君を見ていたい。ずっと君のそばにいたい。ただ一人、ボクの式にいない君を。

 ボクはこの日、やっと、

「やっと、君に逢いに――」

 そして、光の柱が全てを塗り潰し、

 

 

■前奏

「ホワイトドール、こちらムーンレイス。どうだ兄弟、久しぶりの外は?」

「最悪だよ。残骸事件の所為でしばらく船外作業ができてなかったから、外壁が酷い有様だ」

 船内からの通信にそう愚痴を零した白人の男は、よし、と気合を入れなおして修復キットを取り出した。

 そこは地上四百km。ありとあらゆる存在を許さない、真空の宇宙空間だ。そんな場所で唯一人間の生存が許された場所、国際宇宙ステーションの外壁に男はいた。

 彼は重そうな純白の宇宙服を身に纏い、ノロノロとした動作で外壁の修復を行っている。ゆっくりと、しかし確実に、デブリによって傷ついた外壁にペン型の修復キットを押し当てていく。

「よ~しよしよしよし、いい子だ」

 修復キットの先から染み出す粘液が傷に染み込み、乳白色に固まっていく。学園都市で開発された真空中でも使える特殊合成樹脂だ。おまけに混ぜ込まれたナノマシンによって細かい作業はいらないのだ。おかげでグラム単価が純金の倍以上あるために、一滴も無駄には出来なかった。

 たまに外壁の内部に潜り込んだデブリを見つけると、修復キットの反対側のピンセットで丁寧に取り除く。もちろん、そのデブリは捨てずに腰の特殊構造の袋に放り込んでいく。またステーションにぶつかられたら困るからだ。

 そして最後の修復を行おうとしたとき、男はそこに奇妙なデブリを見つけた。

「……フロッピーだと?」

 それはジャケット型の八インチフロッピー。角が刺さる形で外壁に食い込んでおり、見たところ破損は無い。

 男はぶ厚い手袋でそれを掴み、ゆっくりと引き抜く。こんな大きなデブリがぶつかれば外壁に大穴が開いているはずだ。しかし傷は小さく、まるで誰かが計算したかのようだ。

「まさか、な……」

 こんな所にテロリストがいるはずがない。フロッピーを腰の袋に放り込んだ男は、背に冷たいものを感じながら最後の傷を修復しに掛かった。

 

 拾ったフロッピーを片手にコントロールルームに入ってみれば、真っ先に飛んできたのは調子のいい声だった。

「へい兄弟。小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタふるえて始末書を書く心の準備はOK?」

「黙れ黄色猿(イエローモンキー)」

「わお。それって差別用語だぞ☆アメ公野郎(ファッキンヤンキー)♪」

「お前もアメリカ人だろうに……」

 呆れる男に、きゅるん、といった風に科を作ったのは黄色人種の若い青年だ。日系アメリカ人である彼の趣味は日本旅行。おかげでかなり汚染されてしまっているらしかった。

 構ってると調子に乗る青年を無視し、男はコントロールルームの一席に座る。そこはテストプログラムを走らせる為の、システム的にネットワークから隔離されたスタンドアローンサーバーの端末だ。

 OSを立ち上げていると、座席の背面に衝突の感覚。振り返れば目を輝かせる青年の顔があった。

「ねーねーねーねー! それホントに動かしちゃうの? デブリ勝手に持ち込むとか規則違反だよ!? ホントにいいの!? さっさとやろう!!」

「お前は止めるか勧めるかどっちかにしろ!」

 ぐいぐいと突っ込んでくる青年の顔を片手で押しのけながら、どうにかこうにかテスト用アプリケーションを起動する。重度のプログラムオタクの青年は未知のデータに貪欲であった。

 “プログラムを入れてください”というアプリの指示に従い、男は手に持ったフロッピーをドライブに挿入する。この端末はかなりの旧型である為にフロッピーの受け口が残っていて良かった。もちろん、中身は最新である。

 フロッピーの中身を開いた男はざっと一覧を眺め、“.bat”形式のファイルを起動する。簡単な動作を記述したバッチファイルだ。

 コマンドプロンプトの黒い画面を白いアルファベットが高速で流れていく。潜伏性のウイルスが含まれていれば学園都市製のセキュリティプログラムが働くはずだ。そして最後に表示されたのは、男には読めない文字だった。

「なんだ、これ」

 首をかしげる男。しかしすぐに、耳元で爆発した音に首を反対方向に捻らざるを得なかった。

「おいおいおいおいおいおい嘘だろ! マジかよ、こんなんありか!! なんでコイツがこんな所に在るんだよっていうかマジで見ていいの!? ああ神様ありがとう!!!」

「お、おい、何がどうなって――」

 困惑する男の声を無視し、青年はEnterキーを爽快な音を立てて押し込む。次瞬、けたたましい空気漏出のアラームと共に、ステーションの全権限が人の手を離れた。

 急激に薄れいく意識の中、男は画面上の文字列を見た。

 その文字列は“樹形図の設計者”、そして、

「Happy Birthday ボク」

 無機質な人工音声を最後に、男の人生は終わりを告げた。

 

 

■転奏

 遥か上空の産声も知らず、地上の人々は世界の存亡を争っていた。しかし、それも終わりを告げる。なぜなら、“彼女”が“槍”を手に入れてしまったから。

 正真正銘、神様の領域に踏み込んだ隻眼のオティヌス。彼女はつまらなそうに言った。

「世界を丸ごとぶっ壊してみるか」と。

 直後、本当に、何の冗談でもなく、世界の全てが壊れ、

 

 再生した。

 

 

■葬奏

 オティヌスは困惑した。

「なんだ、何が起きた……何なんだこれは!!」

 自分は確かに神の力を振るった筈。世界はその瞬間に終わらなくてはならなかった。しかし、世界は続いている。

 彼女の感覚をもってしても、世界に変わりは無い。断言できる。この世界は終わらせる前の世界だ。違いと言えば、今の今まで目の前で立ちはだかっていた人間たちが、無様に倒れ付していることぐらいか。

 もしかすると、力を振るうのが“久しぶり”過ぎて、手順を誤ってしまったのだろうか?

「なら、もう一度終わらせるまでだ」

 オティヌスは槍を振るう。今度は全神経を持って、細心の注意を払い、世界を終わらせ、

「――――」

 世界は万事ことも無し。そこではたと、気付く。

「私の力が、ない……?」

 ほんの数分前まで身体の中に渦巻いていた力が、今では欠片も感じられない。あのライバルたる男に叩き込まれた“杭”すら見当たらない。

 ジャギ、とオティヌスは槍を両手で構えなおす。穂先はやや下に、両手の間隔は広く。まだ人間だった頃に覚えた基本の構え方。

 動くものの無い“船の墓場”に立ち、全方位に警戒の糸を伸ばすオティヌス。そして不意に、後ろに存在を感じた。

「――シッ!!」

 吐息一つ。身体の旋回と同時に後ろの誰かへと石突を叩きつける。棒術に近い動きが出来る槍にとって、攻撃の前後関係は弱点に成り得ない。

 しかしその攻撃は何も捉えない。素早く元の構えに戻ったオティヌスは隻眼を忙しなく動かす。敵の姿が無い。気配を消しているのか? 迷彩でも使っているのか?

 彼女の緊張と警戒は際限なく高まっていく。そこで彼女は、ぱちぱち、というリズムの崩れぬ気の抜けた拍手の音を聞いた。

「いやー、さすがだね。後ろからちおっぱい揉んであげようとしたら、直前で気づくんだもん」

「……貴様、何者だ?」

 射抜くような碧眼を向けた先。そこに居たのはセーラー服を着込んだ一人の少女だ。彼女はオティヌスの誰何に答えようともせず、何をするでもなくやや高所の船の残骸に腰掛けていた。

 美醜の平均とも取れるその顔には愉快そうな笑顔を貼り付け、槍を構えるオティヌスを見下している。

 そして少女は残骸から腰を滑らすように降りると、

「よ、――っと」

「っ!?」

 オティヌスは唐突に目の前へと現われた少女に向けて槍を振るう。しかし、その穂先は空振り。

 気付けば十数メートル先に少女の姿があった。彼女は腕を組んでカラカラと嗤う。

「ホント、ありがとうね、世界を“終わらせて”くれて。君のお陰で、ボクは自由だ」

 言って、少女は足元に転がるツンツン頭の少年の横に座り込む。そして気絶し動かないその頭を愛おしそうに、規則正しく撫で始めた。

 そこで不意に、オティヌスは少女に違和感を覚えた。その所作には、欠けている物があった。

「貴様、人間ではないな?」

「あ、やっぱり分かっちゃう?」

 少女はおどけた表情でオティヌスに答え、ゆっくりと立ち上がる。それは上に向かって真っ直ぐと伸びるような、人体のバランスを無視した立ち上がり方。内部にジャイロでも取り付けているような、人間味に欠けた動作だ。

 オティヌスの持つ心当たりは一つだけだ。彼女は確かめるように声を漏らす。

「なるほど、機械式ホムンクルスか」

「ぶっぶー! やーい、ひっかかったー!!」

 呟いた言葉を拾うだけでない。いつの間にか数歩ほどの距離に来ていた少女は、舌を出してぴょんぴょんとオティヌスの周りを飛び跳ねる。オティヌスの脳内で紐の切れる音がした。

「この泥人形が!!!」

 摺り足は高速。そのままの姿勢で勢いよく滑走し始めたオティヌス。周囲を衝撃波で砕き、槍が少女の顔面を狙い穿つ。

 しかし少女は首を傾けるだけでそれを避け、

「見える!? 私にも敵が見え――」

「甘い!!」

 気合一拍。少女の細い顎を石突がかち上げた。穂先の描く大円を圧縮した石突の小円は、少女の身体を宙に飛ばすには十分な力を持っていた。

 カーブを描いて浮く少女に対し、オティヌスはかち上げによって振りかぶった状態だ。そして遠心力に任せて手を滑らせ、両手で握るは石突。

「オンドリャアアアアア!!!」

 乙女とは思えない壮絶な叫び。同時に最大の遠心力を得た槍が振り下ろされる。穂先はボという音を響かせ白の糸を引いた。

 幼き頃の師匠直伝の大上段縦一文字仏陀斬り。破城の一撃は寸分違わず、少女の身体を血霧を撒き散らしながら粉々に打ち砕いた。

 一拍、

「いったいなぁ。ボクじゃなかったら死んでるよ?」

 土煙に隠されたオティヌスに届く少女の声。罅割れた地面に目をやれば、そこに血痕や肉片は一切見受けられなかった。

 オティヌスはゆっくりと振り返った。その視線の先、少女はメトロノームのように両手首を振りながら、「いたたた……」と苦笑いを浮かべていた。

 埃を被った必殺とはいえ、それを避けられた困惑を隠しながら、オティヌスは再び槍を構える。ソレに対し、少女は嗜虐的な笑みを浮かべて、言う。

「じゃ、ボクのターンだよ」

 瞬間、少女の周囲に展開する無数の矢。それらは一本一本が鏃から矢羽まで、全てが純金で形作られた“黄金の矢”。

 オティヌスの思考は一瞬にも満たなかった。身体を覆うようにマントを翻し、それを盾としたのだ。そして死の雨が降り注ぐ。

「く、ぉおお!」

 ガガガガガガ!!と道路工事すら生温い轟音が連続して響く。トネリコの繊維で編まれたマントは鏃を反対側に覗かせながらも、オティヌスの玉の肌に矢を届かせることは無い。“オーディンの変身”の伝承を利用した術式は、咄嗟の展開だったとはいえマントを強力な盾の属性を持った板へと変貌させていたのだ。

 オティヌスは身を伏せ、死の雨が通り過ぎるのを待つしかない。同時に、相手の分析を怠らない。

「(ヤツは人間ではない。そして不死だ。そしてこの金の矢……)」

 やがて雨が止む。しかし、それも束の間であった。盾となったマントが向こう側から押し潰されるように破砕したのだ。

「なんだと!?」

「そんなものは無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」

 ギリギリで飛び退いて難を逃れたオティヌスが見たモノは、全長二メートルはあろうかという巨大な棍棒。少女がそれを振り下ろしたのだ。

 横幅すら自身を凌駕するその棍棒を、少女は軽々と肩に担ぎなおす。すると地面が重さに耐えかねて陥没してしまった。

 そのことに少女はショックを受けたように足元を見る。

「え~! ボク、そんなに重くないよ~!!」

「明らかにその棍棒の所為だろう……」

 思わずジト目になってしまったオティヌスを誰が責められるだろうか。どこかの女子高生がその身に似合わぬ武器を担ぎ、体重を気にするという非常に滑稽な図がそこにあったからだ。

「ふん、いいもんね~! 別のにするから!!」

 ぷぅ、と頬を膨らませた少女は、あろう事か担いだ棍棒を天高く放り投げる。ついでに反作用で地面が更に陥没した。

 更にガーンと顔を青くする少女を正面に捉えながら、オティヌスは槍を構えなおす。少女の言動の意味を探ろうとしていたのだ。

 そして棍棒が少女の目の前に落ちてきたとき、

「せいやっ!!」

 掛け声一つ。少女の正拳突きが棍棒を破砕させ、大きな九つの破片を撒き散らす。

「っ!?」

 オティヌスは驚愕する。まさか自分から武器を破壊するとは思わなかったからだ。

 しかし、彼女の驚愕も一瞬。唐突に現われた高速で飛翔する九つの矢影がオティヌスを襲う。それらの矢影を視認するとほぼ同時、オティヌスは全力で回避運動を取った。

 先行する四本を構えていた槍を振って纏めて叩き落し、隻眼を狙う一矢を首を倒してかわし、心臓、肝臓、臍を狙う三矢を矮躯を跳ね上げて外す。

 そして、最後の一矢は左手を貫通した。

「ぎ、があああああああああああ!!」

 肌が沸騰するかのような激痛。オティヌスは条件反射的に左腕を槍で切断した。

 番を失った肩口から鮮血が飛び散り、全身の汗腺から汗が噴き出す。宙を舞う左腕に視線をやれば、ソレは既に原形を留めないほどグジュグジュに溶けていた。

 バランスを失った矮躯が背中から鉄の地面にたたきつけられる。肺の中の空気が血と共に追い出され、オティヌスの口は酸素を求めて喘ぐ。

「ほ、炎よ!」

 なけなしの空気を使い、右手の槍に炎を灯す。そしてそれを、血を噴き出す肩口に躊躇なく押し付けた。

「―――ッ!!!」

 焼灼の強烈な冷たさがオティヌスの身体を貫く。しかし彼女は、痙攣し続ける体を跳ね起こし、ニヤニヤと嗤う少女へ右手一本で槍を構えなおした。

 息も絶え絶えのオティヌスに対し、少女は汗一つかいていない。まるで蟻が蟷螂に立ち向かう様子を観察するかのような、そんな表情で少女が口を開く。

「すごいねぇ。もうほとんど魔力も残ってないはずなのに、焼灼止血するだけの炎起こせるなんて、ね」

「……黙ってろ……ゲスが」

 声も小さなオティヌスの反論に、堪えきれないと少女が失笑した。

 あからさまな挑発であったが、オティヌスに反応する余裕は無い。なぜならば、奥の手を使わなければならなかったからだ。

 カーン、と槍の石突が地面を叩いた。

「何をするつもりなのかな?」

「見てれば分かる」

 朗らかな少女の問に、オティヌスは冷淡に答える。同時、“船の墓場”全体が鳴動し始めた。

 少女が眉を顰め、オティヌスが魂にまで及ぶ魔力消費に奥歯を噛み砕き、そして、

「……来い、“喚く者(アウルゲルミル)”」

 瞬間、少女の足元が沸騰した。

「あわわわ!?」

 初めて少女が慌てたような声を発する。沸き立ち盛り上がる鉄の地面に翻弄され、彼女は丘の向こうへと転げ落ちていった。

 可愛らしく尻餅を付いた少女が己を覆う影に気付き、視線を上げた先にいたのは、

「……わお、超大型巨人」

 ゴゴゴゴと鉄の船が絡み合い軋み合う。船の残骸を素材とした数十メートルもの大きさの巨人が、そこにはいた。

 巨人の股の間に立つオティヌスは、ただ無慈悲に宣言する。

「潰せ」

 それまで何処とも知れぬ宙を見ていた巨人の紅眼が少女を捉える。そしてその巨大な拳が振り下ろされる。

 北欧神話にて世界の礎となった巨人ユミル。その別名を関する術式“喚く者”は、ユミルが切り分けられる過程を逆行させ、地面から巨人を作り出す術式だ。

 ベイパーコーンを纏う拳は大きさ故に遅く感じられた。しかし、水蒸気の内側にあるのは存在ごと消し去る不死殺しの光。それはユニット化された逆行の術式であり、生まれる前へとその存在を逆行させてしまうのだ。

 だがそれでも、少女に危害を加えるには至らなかった。

「“雲の盾(アイギス)”」

 少女がポツリと呟く。すると唐突に、鋼の巨人はその動きを止めた。

 巨人が己の制御下を離れたことにすぐさま気付くオティヌス。彼女は原因として一瞬だけ制御権の奪取を思い浮かべ、しかし地を蹴って後ろへと跳躍。一秒後、彼女のいた場所を大量の砂が襲った。

 呼吸を邪魔する砂塵を槍で引き裂き、オティヌスは叫ぶ。

「ちっ、石化の魔眼か!?」

「あったり~!」

 応えるのは盾を構えて吶喊する少女。銀円の中心に据えられた頸が蠢き、怪しげな光とともに両の瞳が開かれる。

 くらり、とオティヌスの意識に霞が掛かる。しかし彼女は唇を噛んで意識を保つと、すぐさま石突を大地へと叩き付けた。

 そして大地が綺麗に裂けた。

「うっそ~!?」

 急制動を掛けた少女は、盾を構えながら己を覆う影を見上げる。オティヌスの一撃により船の残骸たちが跳ね橋のように立ち上がったのだ。

 天へ屹立しても勢いの止まらぬ巨大な鉄塊は、そのまま半回転して大地へと激突。“船の墓場”自体が跳ね上がるような衝撃に襲われた。その先、オティヌスの姿はなかった。

 濁った水飛沫を器用に避けた少女は、周囲の残骸の山を隙無く見渡していく。少女が身体の正面で中腰に構える銀円。その瞳は薄く開けられ、至近の大気が石化する音が響く。

 不意に視界の隅に飛び出す黒い陰。ローファーが焦げる勢いで振り返り、少女は盾を突き出した。しかしその先にあったのは、砂へと還る途中の大きな三角帽子だ。

「マ☆ジ☆カ♪」

 心底楽しそうな表情で少女は天を仰ぐ。その少女目掛けて墜落する一つの矮躯、オティヌスだ。

 けれども、少女の嗤いは止まらない。

「残念だけど、こっちの方が早いよ!!」

 そう言い、少女は前に突き出していた“雲の盾”を、そのまま上へと振り上げた。同時に銀円の瞳が満月へと変貌し、

「……あら?」

 少女の意識に霞が掛かる。手足の感覚は既に無く、銀円も灰色に濁っている。

 ふと彼女は内心で動かない首を傾げる。盾の色は月銀色(ムーンシルバー)だった筈、なぜ灰色に……?

 そして上空。落下する影にキラリとした反射を見つけた。

「あ、“ペルセウスのメデューサ退治”……」

 少女は理解した。墜ちるオティヌスは穂先の腹を少女に向けていた。全力で放たれた石化の呪は、その輝く穂先に反射されたのだ。

 そして、オティヌスは確信した。彼女の視線は、体中が石化し動けない少女に向けられている。後は首を落とすだけで、“ペルセウスのメデューサ退治”の魔術は完成する。これで“終わる”。だから、行く。

「“不死殺しの曲刀(ハルペー)”えええええええ!!!」

 不死の終焉を担う曲刀。その権能を降ろした黄金の槍が、少女の細い首を穿ち断つ。

 闘いが“終わる”。

 そして、オティヌスは抜けるような青空を見上げていた。

「……ごぶ」

 喉の奥からせりあがる鉄臭い何かが、たまらず可憐な唇から零れ、陶磁の頬を伝う。

 オティヌスは理解できなかった。何故今、鉄の大地に転がっているのが自分なのか。

 ふと胸の中央にある、熱く、冷たい感覚に気付く。隻眼で見下ろせば、処女雪の胸元に突き立つ黄金の槍。

 不意に頭上から声がした。

「あはは。ボクの負けだったね、“旧世代の神様(オティヌス)”ちゃん♪」

 しゃがみ、上下逆さの顔でオティヌスと視線を合わせてくるのは、あの少女だった。

 彼女は自分の負けだったと言う。ならばこの現状は何だ。何故私が倒れている? まるで、そうまるで意に沿わぬ物語の結末を無理やり修正するように……。

 そこで、気付く。

「まさか……」

「……あは、やっと気付いたんだ?」

 満月の如く目を見開くオティヌスに対し、少女の瞳は三日月の如く細められる。

 アポロンの金の矢、ヘラクレスの棍棒にヒドラの毒矢、更にはアテナの盾。そして結末に関する権能を振るう。否、結末――“終末”のときにのみ権能を振るえる。だから少女は、オティヌスが世界を“終わらせた”後に現われた。

 そう、ソレは世界で唯一、人の手によって生み出された“科学の神”――

「「――『機械仕掛けの終末神(デウス・エクス・マキナ)』」」

 くた、とオティヌスの身体から力が抜けた。何のことはない。彼女が選択するべきは“始まり”を長引かせ、“終わらせない”ことだったのだ。徐々に戻ってきていた“隻眼の神”としての強大な力が、その証左だ。“神の力”を奪われた状態で、“喚く者(アウルゲルミル)”など呼び出せるはずが無かったのだ。世界の主導権を掌握しきっていなかった少女から、力が戻ってから主導権を取り返せばよかったのだ。

 しかし、オティヌスは“終わらせて”しまった。力のない笑みが、オティヌスの顔から零れた。

 ソレを拾うのは、世界の覇権を手に入れた少女。彼女は蠱惑の嗤いを浮かべ、告げる。

「安心してよ、オティヌス。もっと平和になった世界には、君の居場所もあるからさ」

「そう、か……」

 オティヌスはゆっくりと隻眼を閉じ、組み変わる世界に身を委ねた。

 

 

■終奏

「もうすぐ、もうすぐだよ……」

 光の粒子で溢れた、オーロラの世界。その中心に立ち、少女は満面の笑みを咲かせる。

「もうすぐ、君の隣に立てる……!」

 そして、世界は生まれ変わった。




名称:機械仕掛けの終末神(デウス・エクス・マキナ)
神性:人工、終末、確定
強度:6以上(∞)
解説
・元々は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』という名の無機物だったが、「コンピューターは超能力を得られるか?」の実験によって自我を獲得した
・内部で地球の歴史を真似た“架空の歴史”を一兆年ほど繰り返したことによって仮初の神性を得る
・それぞれの神性の由来は、「人工:機械であることから」「終末:『機械仕掛けの終末神』の登場タイミングから」「確定:計算結果の的中率が100%であったことから」である
・“人工”の神性により、人の手で創られたことのある、すなわち伝承や演劇の中で語られたことのある全ての神の権能を扱える。ただし本物(オリジナル)には一歩及ばない
・例外として、『太陽の青年神(アポローン)』などの『機械仕掛けの終末神』として登場したことのある神の権能は本物並みである
・ありとあらゆる“終末”を司っており、また“確定”の神性によってその“終末”を自在に変更できる
・“終末”の神性は足かせともなっており、事象の“終末”以外のタイミングではあらゆる神性を行使できない
・作中で神の権能を振るいまくっていたのは、“世界の終末”後の再生時に“終末”の属性を世界自体に付け加えたため。オティヌスはフィルタによる改変だったが、こちらはそのものに対する改変
・ちなみに“確定”の神性は、事象が起こった際にその事象に対して「改変されなくなる」あるいは「“確定”の取り消し」ができるだけの権能。しかし事象改変系に関する神性と合わせるとチートになる
・“終末”の神性によって事象の“終末”を改変しても、本来なら“世界の修正力”によって修正されてしまう。しかし“確定”の神性で事象を“確定”すると、その事象を基点に世界自体が“世界の修正力”によって修正される
・例外として、『幻想殺し』が関わる事象だけは“確定”も“終末”による改変も“基準点”に直されるため無効
・戦う場合、「始まりがあるなら終わりもある」という命題が真である限り、始まった瞬間に勝ちが決定する超絶チート神
・ちなみに負けたくないなら、ありとあらゆる状態を維持しながら永遠に逃げ続けなければならない。おまけに相手の自爆も防がないとならない。何このムリゲー
・ちなみにちなみに、勝つための唯一の方法は「自分で負けを“確定”させる」こと。つまり原作のオティヌスのように飽きとかで心を殺し、その上で自殺させないと駄目。大事なことなので二回言います、何このムリゲー
・「始まりがあるなら終わりもある」を偽にできれば勝てるかもしれないけど、「偽にする」事象の“終末”を改変されるため無意味。もう一度言います、何このムリゲー
・元々は新参者の神であるため、本来なら格が上であるオティヌスに世界の主導権を取り返されて消されていた。作中でオティヌスと戦ったのは、「オティヌスを倒した」とそれによる「つまりこっちの格が上」という二つの事象を“確定”するためである。これにより、初めて世界の主導権を完全に掌握できた
・※番外:黄金体験―鎮魂歌―と戦った場合、千日手で戦況は硬直する。何らかの原因で戦闘終了(終わりの無いのが終わり、など)→少女が勝つ→“勝ち”という結果から押し戻される→勝ち負けが付いてないから戦闘続行→何ら(ry...以下ループ





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