亀裂の向こうにドクターは   作:TUTUの奇妙な冒険

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交錯する世界

「……あなたが?」サラが訝しげに尋ねる。「あの歴史上のどこにでも散らばっている“彼”は……あなたなの?」

「そうだ、僕がドクターだ。よろしく」

手をヒラヒラと動かしながらドクターが答える。スコットランドを想起させるツイードの上着を身に纏った男は、想像よりも遥かに若々しい外見だった。

「なるほど、長い歴史に名を残しているだけのことはあるな。その長いアゴ」

「おっと、君も相当長く生きてるんじゃあないか?まるで人類の進化を辿ったような顔だあ」

遠回しにサル顔と言われてすぐ反論しようとしたダニーだが、こらえて落ち着いた。

「いや、軽口を言ったのは俺もだな、すまない。しかし、あんたにそんな力があるのか?」

「おいおい、ジェームズの話を聞いてなかったのか?」

呆れたようにそう言いながら、ドクターは手をぐるぐると胸の前で回してレスターの方を向いた。

「さてジェームズ、これからどうする?」

「ああ、まず必要なのはヘレン・カッターの捜索だ。だがヤツは時空の亀裂を開くデバイスを所持している……交通渋滞避けに使うのならいいがな」

レスターが舌打ちを交えて答える。

「ハッハー、今度僕のターディスを貸してやるさ。タイプⅡのワームホールだな。亀裂調査センターの装備で検出できるだろう?」

「確かにそうだが、それはこの時代で亀裂が開いた場合だけだ。ヘレンが移動した先でデバイスを使っても我々には検知できない。カッターの研究が残っていればまだ話は違ったかもしれないがな」

「そうか、分かったぞ。」ドクターが手を叩いた。「異時代に飛んだヘレンとやらの所在を突き止めればいいわけだな」

「その通りだドクター」

レスターが二回ほど頷く。

「でも僕はここで指示を出すだけか?退屈だなあ」

「調査チームが追う。貴方が適切な誘導をすれば心配はいらないはずだ」

「ちょっ、ちょっと待って」

コナーがハイテンポで進む会話を遮る。

「問題がある。向かう時代の設定は、僕らにはできない。設定には未来の亀裂調査センターのマシンが必要なんだ」

「ああ、それなら問題ないよ。君、名前は?」

「……コナー。コナー・テンプルだ」

「よし、コナー。実は助っ人は僕だけじゃあないんだ」

「何!?」

ダニーが驚嘆の声を上げる。

「ちょっと待て、それはどういう……」

レスターの発言を妨げるかのように、再びメインフロアに突風が吹いた。

「何……だと?」今度ばかりはレスターも驚きの表情を顔に浮かべていた。「確かに、妙ではあった……私が電話越しに話した“彼”は老人の声をしていたが──」

先ほどと同様のエンジン音が鳴り響き、青いボックスが姿を現す。ドアが開き、白髪の老人が降りてきた。年老いて悠久の歴史を観測してきたかのような印象を抱かせるが、服装は古風な服を纏った蝶ネクタイのドクターとは対照的で、若々しいパーカーに身を包んでいた。

「やあ、私はドクターだ」

「……!?」

その場にいた全員が驚愕する。ドクターと名乗る二人の男を除いて。

「ちょっと……どういうことなの!?ドクターはあっちの彼なんじゃないの!?」

アビーが詰め寄る。

「あれも僕。これも僕。同一人物さ。姿かたちは新しく生まれ変わったみたいだけ……」

笑顔で手をヒラヒラ動かしながら説明する蝶ネクタイのドクターだったが、白髪ドクターの姿を見た途端に声がトーンダウンした。口を尖らせ、未来の自分に向かって指を差す。

「ちょっと待て、老人になったのか!?」

「そうだな、何か問題があるか?過去の私よ。それにしてもなんと長いアゴだ……」

白髪のドクターが蝶ネクタイのドクターを見つめつつ、自らのアゴを撫でながら言った。

「いや、せっかく若い姿なのに老人になるのか!?白髪は嫌だぞ!?」

顔の周囲で手をブンブンと動かしながら十一代目が叫ぶ。

「何だと!?私はまだ若いぞ!」

十二代目が十一代目の方に詰め寄り、密着する。

「確かに実年齢と外見を比べればそうだけど……!」

かなり密着した状況にありながら、やはり蝶ネクタイの彼は手を動かさずにはいられない。そして蝶ネクタイに両手をやり、密着で歪んだバランスを整えた。

「盛り上がっているところ、大変申し訳ないのだが……」自分自身との口論が白熱して手遅れになる前に、レスターが割って入った。「今は人類存亡の危機なんだ。控えて貰えると非常に助かる」

「ああ、すまない、すまなかったよ」

「こちらもすまなかった」

二人のドクターが陳謝した。

「……で、どうなっているんです?説明していただけますか」

見かけがどう見ても違う同一人物が二人もいることに対し、ベッカーが説明を求める。

「僕らはタイムロードって種族で、生命に危険が迫れば全く新しい姿に再生する。このとき趣味趣向もだいぶ変わるんだけど、まあそれは今のやり取りでわかったかな」

蝶ネクタイのドクターが、綺麗な白い歯を見せてにこやかに答える。一同はあっけにとられた様子だった。

「そして私はジェームズからの連絡を受けてこう考えた。私一人では手に余る可能性があると」

「それで僕に応援を依頼したってわけ。それで、分担はどうするんだい白髪くん?」

「自分で言うのか、それを?」

先ほど類人猿として窘められたダニーが不平を口にする。

「大丈夫だ、後でとっちめておく。私がここで女の挙動を検知し、君と調査チームに伝える。君らはヘレンを追ってくれ」

白髪のドクターがダニーに説明し、蝶ネクタイのドクターへ指示を出した。

「なるほど、いいだろう。よし、コナー・テンプル。そのオープニングデバイスをこっちへ」

蝶ネクタイのドクターは右手でポケットから棒状の道具を取り出しながら、左手をコナーの方へ差し出した。オープニングデバイスとは、ヘレン・カッターが利用し、コナー達も未来の世界で手に入れた四角形の装置である。ある一定の制限の下で時空の亀裂を開閉できる。『封鎖』ではなく、完全なる『開閉』。時空の亀裂がいつどこで開くかは既に地球の歴史の中で確定されてしまっているが、このデバイスでは自らの目的とする時代への亀裂を選択し開くことができる。単純に、一定条件で時空の亀裂を生み出せる装置と考えて差し支えない。

「はい……どうぞ」

コナーがデバイスをドクターの手の上にのせると、彼はすぐに掌を自分の方へ近づけ、右手の棒状の道具にスイッチを入れた。道具は作動音を立て、先端から緑色の光を放った。ドクターが棒の先端をデバイスに近づけると、デバイスは奇妙な電子音を出した。

「はい、これで大丈夫」

ドクターがコナーにデバイスを渡す。

「……何をしたんです?」

「バージョンアップ。裏技さ。これで君はその装置で任意の亀裂を開くことができる」

センターの面々に衝撃が走る。

「どういうこと?」

サラが尋ねる。

「今言った通りさ。僕がバージョンアップさせたのさ、このソニックドライバーでね。未来の技術を使わなくても、そのデバイス単体で時代を設定できるってわけ。当然ヘレン・カッターを何とかしたらその機能はアンインストールするよ。危険だからね。いや、むしろデバイス自体を破壊した方がいいかな」

蝶ネクタイのドクターが、ソニックドライバーと呼んだ棒状の装置を空中で回し投げて遊んでいる。

「じゃあ……」

アビーが発言を躊躇しながらも、声に出そうとする。

「ん、何だい?」

「あなたがあの機械を開発したの?未来の亀裂調査センターにあった、あの機械を」

調査チームの間に不信感が広がる。

「……」

二人のドクターは無言になった。疑われるのも無理は無い。亀裂を開閉する装置でさえ、今の調査チームには未知のテクノロジーなのだ。突如謎の機械で装置を改良したとなると、その発明者であると自ら発言しているようなものである。

「いいや違う。我々はタイムロードだ、時空間の扱いにおいては君たち人間をはるかに超えるテクノロジーを持っている。これくらい出来て当然なんだ」

白髪のドクターが代わりに答えた。

「証拠はあるのか?」

ダニーが問う。その声には強い調子が含まれていた。

「ふむ……」

ドクターは思考を巡らせた。

「彼は信頼できる。現にUNITやトーチウッド、果てには政府と協力して――」

「それは証拠にならない」

レスターがドクターを擁護しようとしたが、アビーに否定される。今の調査チームには証拠が必要である。

「ターディスの中を見せてやれば、少なくとも我々が今のデバイスより遥かに上の技術を持っていることを示せるんじゃあないか?」

白髪のドクターが言う。

「そうか!その手があった!」

手を叩いて、蝶ネクタイが白髪を指差す。

「ターディス?何だそりゃあ?」

ダニーが顔に皺を寄せ、疑問の声を上げた。

「おいおい、またご先祖みたいな顔になってるぞ?」ダニーを指さした後、蝶ネクタイのドクターはチームの方へ向き直した。「僕らが乗ってきたこの青い箱さ!さあこの中を見てみてくれコナー・テンプル!」

両手を振り回しながら、ドクターはコナーをターディスの方へ誘導する。困惑しながらコナーがドアに触れると、木に近い摩擦を手に感じた。

「この箱?電話ボックスくらいの大きさじゃ……」

ドアを少し押した途端、不意にコナーの発言が止まる。数秒間時を止められたかのように硬直したコナーは、ゆっくりとドアから離れると、ポリスボックスの周囲を一周回って確認した。至って普通。至って普通のポリスボックスである。六十年代当時のものにしてはやや大きいが、それ以外に相違はない。

「……嘘だろ」

コナーはもう一度扉を押した。再び、彼の目に何かが映り込んだ。

「ありえない!嘘だろ!凄い!!」

コナーは急に笑顔で大声を上げ、箱の中に入っていった。

「おいどうした、コナー!」

「コナー!?」

ダニーとアビーがコナーを追いかけ、ターディスのドアを押し開ける。二人は驚愕した。内部には異空間が広がっていた。明らかにポリスボックスの外側より広大な空間。明るい色調の内部空間には六面のコンソールと透明の円柱があり、奥には階段まで見える。丸く外側へ凸となった周囲の壁一面には、丸い模様が無数にあった。

「この丸いの何!?」

コナーが叫ぶ。

「さあ。好きだけど僕にも分からない」

頭を掻きながら、蝶ネクタイのドクターが笑みを浮かべて答える。

「何よ……これ……」

サラとベッカー、そしてレスターも覗き込む。

「ターディス。僕の最高の宇宙船だよ、クールでセクシーだろ?」ドクターが自慢気な笑顔で答える。

「”T” “A” “R” “D” “I” “S”、ターディス、次元超越時空移動装置。見かけよりも中が広いタイムマシンだ」

白髪のドクターが補足を入れる。

「僕らはこのターディスで時空を飛び回ってるんだ。ハッハー」

両手を大きく広げ、蝶ネクタイのドクターはバレリーナのように舞う仕草をしてみせた。

「二人交互に喋るの?」

「「同一人物だからな」」

二人が同時に答える。蝶ネクタイの彼は懐かしいやり取りに満足感を覚え、にこやかな顔で頷く。

「これならヘレンと一緒に住宅難も解決だな」

「あー、相変わらずジョークが好きだなあジェームズ」

「……何、以前どこかで会ったか?」

「ああ、それじゃあれはきっと君の未来だ。僕はタイムトラベラーだ。時空を旅してる。タイミーワイミーでね、僕の過去がそのまま君の過去になるとは限らない。未来になることもあるんだ」

「……なるほど。ま、私も職業柄分からないこともないな」

「流石はレスター。僕は君の未来を知ってる。君は将来サーの称号を──」

「爵位だと?」レスターが食いつく。「サー・ジェームズ・レスター?」

「さあ、それはどうだろうね。とにかく、君のネクタイもクールだ」

「フフ、伊達に良い給与じゃあないんでな」

笑い合ったレスターは突然笑顔をやめ、急に真剣な顔つきになる。

「さて、ヘレンの捜索だ。今は特殊部隊をロンドン中に展開させた、UNITにも協力を要請──」

その瞬間、メインフロアが突如赤い光で満たされ、同時にけたたましい警報が鳴り響いた。時空の亀裂が開いたのだ。

「タイプⅡのワームホールだ、場所はどこだ!」

白髪のドクターが、叫びながら亀裂探知装置に駆けつける。コナーもターディスから急いで飛び出した。

「セント・ポール大聖堂よ!」

「またか。あそこはサイバーマンが出たりいろいろあるもんだな」

「全くだよ、まだ二つ目の顔だったかなあの頃は」

「いや、ああ、そうか……」

蝶ネクタイのドクターとこの時代の人間にとってはまだ未来の事象であることを思い出し、白髪のドクターは口を閉じた。

「じゃあセント・ポール大聖堂へ行くわよ!急いで!」

「待てアビー!これがヘレンの開いた亀裂とは限らない!」焦るアビーをダニーが静止する。

「じゃあどうすんの──」

「おいおい、私が来た目的を忘れたか?」

白髪のドクターが自信に満ちた声で主張する。彼は棒状の青い装置──別タイプのソニックドライバーをポケットから滑るように取り出すと、亀裂探知装置に向けて光と音を放った。

「何を──」

問うコナーの声をよそに、亀裂探知装置の画面が乱れた。だがそれは一瞬で、コナーがこれまでに聞いたことのない電子音を立てて画面は元に戻った。

「これもバージョンアップだ。タイプIIのワームホール……つまり君たちが“時空の亀裂”と呼ぶ時空間の裂け目は、電波障害を引き起こす。だがその電波障害のリズムは、繋がっている時代によって変化する。時空の亀裂はいわば、複雑な構造をなす時空間に穴を開けて接続している。亀裂外縁に生じる電波障害も、時空間の構造に影響されるわけだ。」

「これを逆に利用すれば、どの時代とどの時代が繋がったかが分かる。もっとも、片方が現代なのは自明だけど」蝶ネクタイのドクターが、腕を組みながら続きを喋る。

「凄い……教授でもここまでは辿り着かなかった」

コナーは目を丸くして口をポカンと開けていた。十一代目ドクターが、その様子を見て微笑む。

「いや、彼の研究の方が進んでるさ。彼は一つの亀裂ではなく時空間の構造そのものを解析しようとしていたんだ、彼の方がよほど大がかりだ」

「……本当に?ハハッ、流石はカッター教授だ!」

恩師の功績が認められ、コナーは満面の笑みを浮かべてガッツポーズをした。

「それで、時代はいつなの!?」

「ヘレンが開いた亀裂なら四〇〇万年前、漸新世のはずだよ。ヘレンの計画は亀裂を二つ通過して、サイト333に向かうはずだから──」

「その通りだコナー。過去の私と君たちのデバイスに情報を自動転送する。それをもとに飛んでくれ!」

白髪のドクターが青色の棒状の装置を鳴らすと、デバイスの電子音が鳴り情報を受信する。同時に蝶ネクタイのドクターが何かに気付き、ポケットから手帳を取り出した。手帳には、白い紙に文字が出現していた。サイキックペーパーという、テレパシーの一種を用いた情報伝達手段である。それを読み、即座にドクターは大股でターディスに乗り込む。

「よし、行くよアビー!ダニー!」

コナーがデバイスを操作する。砕けたガラスのような光が空中に出現し、回転運動をしながら球体となって具現化する。三人が亀裂に駆け込むと同時に、ターディスのドアが閉じ時空移動を開始した。

「私たちも……」

サラが亀裂に飛び込もうとすると、レスターが静止した。

「ヘレンが開いた亀裂が残っている。我々はそれに対処する義務がある」

「レスターの言うとおりだ、行くぞサラ」

ベッカーが銃を構えメインフロアの出口へ向かっていく。サラもそれについて行き、メインフロアには十二代目ドクターとレスターだけが残った。




TUTUです。
ついにストーリーが動き始めました。いやあ長かった。

前回UNITと亀裂調査センターがちょっとした確執を見せていたのは、『秘密情報部トーチウッド』でのUNITとイギリス政府のやり取りをモデルにしたものです。
マーサがUNITに在籍していることを考えると、ちょっと心に刺さりますね……

歴代コンパニオンがターディスの広さに驚く場面はいつ見ても面白いですね。その点、「外が小さい」と言い放ったクララは他と一線を画す反応でした。

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