亀裂の向こうにドクターは   作:Tutu-sh

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人類の逆転

亀裂調査センターではレスターとサラが各所に指示を採っていた。普段から大量の書類の山を相手にし、政府や他組織とのパイプを持つレスターと違い、サラの相手は期日のない文献や考古学的資料であり、連絡を取り合うのは亀裂調査センター内や考古学会のみである。明らかに慣れていない様子で、伝達と整理に手間がかかっていた。とはいえレスターの作業も完璧からはほど遠く、疲労の色が見え始めていた。時間の支配者はどこへ行った、とぼやくレスターに、サラが愛想笑いを振りまく。

そこへ、馴染みのあるエンジン音が響く。卓上の書類が飛散しないように配慮して、メインフロアの入り口付近にターディスが出現した。着陸音とともにドアが勢いよく開き、十二代目ドクターが飛び出してきた。続いてオズグッドとケイトも追ってターディスから顔を出した。

「状況はどうなってる!?」

「来たか。上手く救出したようだな」レスターは振り返って微笑み、すぐに亀裂探知装置に向き直って真顔に戻した。「状況そのものは酷いが、軍とUNITの協力で生物の拡散はなんとか抑えられている。なんとかな」

「ウェストミンスター橋に出現した巨大な亀裂からスコミムスと続けてサルコスクスが侵入。でもUNITのマガンボ大尉率いる小隊が催涙弾による攻撃を行い、全て亀裂の向こうに回収されたわ。ロンドン動物園にはアースロプレウラと見られる巨大なムカデが出現、ベッカーの隊が園内を捜索して捕獲。動物に被害はなし、脱走も未然に防げたわ」

「ドクター。私たちが確認できた時点の話だけど、別の小隊がラプトルの群れに致命的な打撃を受けながらも全頭鎮圧。失った人命は重いものだけど、良い仕事をしてくれたわ」

ケイトも報告に加わった。

「あら、あなたUNITの人なの?」サラが振り向き、椅子から立ち上がる。「よろしく、私はサラ・ペイジ。考古学者よ」

「はじめまして。私はケイト・スチュワート。UNITの科学部長補佐よ。こっちはペトロネラ・オズグッド」

「はじめまして、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

サラは二人と交互に握手を交わした。

「だが楽観も禁物だ。」こんな非常事態に女子会でも開く気か、とかつて行動を共にした詐欺師を思い浮かべながら、ドクターは話を元に戻した。「国外はどうだ?」

「オランダは壊滅だ。アムステルダムに開いた亀裂はデボン紀の海に通じていたらしい。海水が大量に流れ込んで、地球温暖化を迎える前に海の底になってしまった。今頃巨大な甲冑魚が泳ぎ回っているさ。何人生存者がいるか」

「……そうか」

「我が国のように十分な対策ができるだけの力を持つ国はそう多くない。あまり浮かれるなよ。世界の存亡がかかっていることに変わりはない」

レスターが釘を刺したそのとき、探知装置のモニターに新たなウインドウが開いた。自動的に映像リンクが開始される。

「何だ?」

レスターが身を乗り出す。サラとレスターには、ヘレンの存在が頭に浮かんでいた。亀裂調査センターに強制的に映像を送り付けられる人間は何人か思い当たる節があるが、この状況で真っ先に思いつく人物はヘレン・カッターただ一人だった。ケイトとオズグッドも警戒心を強め、ドクターの拳に血管が浮かび上がる。全員が警戒する中、ウインドウに映し出されたのは血まみれの男性だった。

『初めまして、亀裂調査センターの諸君』

「何だ……誰だ?」

「ジャック!」

レスターが疑問を呈すると同時に、ドクターがその人物の名を叫んだ。

『俺を知ってるのか?』

画面の向こうでジャックが半ば不思議そうな顔をした。彼にしてみれば、口説く機会が一つ減らされたのだ。

「もちろんだ。キャプテン・ジャック・ハークネス。一九四一年、私は君に出会った」

『バカな……あんた一体』

ジャックの言葉は不意に途切れた。ドクターたちの後方に映る、かつて百年以上かけて探し求めた青い箱。その青い箱が目に入ったからである。まだ怪しみながらも、ジャックは歯を見せて笑った。

『ドクターか?』

「そう、ドクターだ!あれから千年は経ったが……しかしそっちは大丈夫なのか!?」

『ああドクター!また再生したのか?老けたな』

「何だと私は!」ドクターが胸に手を当てて身を乗り出すが、ジャックと最後に会った時から二回ほど再生したことをすぐに思い出し、その場に落ち着いた。「……まあいい。それで、何のようだ?その血はどうした?」

『生物に襲われたんだ。おそらく恐竜じゃない。哺乳類型爬虫類ってやつだろう』

ジャックは、トーチウッドが襲われたいきさつを話し始めた。

 

数十分前、ジャックはトーチウッドの中を縦横無尽に走り回っていた。その後ろで化け物の叫び声と轟音が響く。ゴルゴノプスがジャックを追いかけ、トーチウッドのあちこちを破壊しながら暴れ回っていたのだ。設備を犠牲にする代わりに、グウェンとイアントからは興味をそらすことができた。

「くそ、元気な奴だ!」

ジャックはそばに立て掛けてあった電気銃を手に取り、素早く銃口をゴルゴノプスへ向けた。引き金を引き、放電現象が起こる。まるで重力に引き寄せられるかのように、ゴルゴノプスの頭に、胸に、正確に三発の電撃が正確に命中した。しかしペルム紀の王はその程度の障壁では倒れなかった。数舜の間動きを止め、すぐに正の加速をつけて向かってくる。サバイバルナイフと同等の、しかし遥かに上回る体積を持つ牙がジャックの肩へ振り下ろされる。逃れようと既に飛び退いていた彼には、空中で傲然たる一撃を叩き込まれた。瑞々しい音を立てて肩の筋肉が潰され、鎖骨が砕け、骨片が肉の中へ飛散し、破壊され尽くした組織の中に血液とリンパ液が染みわたっていく。体は大きく捻じれながら後方へと吹き飛ばされ、厚い鋼鉄製の扉に激突した。朦朧とする意識の中で立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。脳からの電気信号は筋を収縮させるよう止め処なく指令を出し続けるが、底のないポットに水を入れるかのように力が抜けていく。二撃目がやってきた。ゴルゴノプスは鼻先にジャックの胴を無駄のない動きでひっかけると、自らの頭部との間に彼を挟み込み、そのまま鉄扉に突撃した。衝撃で、鉄扉が外れる。鉄の中で微細な振動がこだましながら、扉はそのまま床に落ちてけたたましい音を立てた。彼の口からは血の泡が噴き出し、全身から電位が消失していた。

しかしゴルゴノプスは、既に彼の死体に興味を失っていた。勢い余って扉を破った先の部屋。この場にいたのは、トーチウッドが保有する最も典型的な地球外生物だった。ウィーヴィル。鋭い犬歯を持つヒューマノイド。強化ガラスの向こう側で、ウィーヴィルの集団が叫び声を上げながらガラスを執拗に殴打していた。先ほどまでゴルゴノプスの咆哮に怯えていた個体も、突如轟音を立てて開いた扉、そしてこの基地のトップに位置する男の死体と血を目にして過度の興奮状態に突入していた。牙を剥く見慣れない生物をしばらく興味深く見つめると、ガラスに牙を近づけた。ゴルゴノプスの呼気に、ガラスが白く曇る。中のウィーヴィルがさらに活気づく。ゴルゴノプスは数歩退くと、全身の筋肉を怒張させた。次の瞬間には巨大な肉体はそこに存在せず、代わりに粉々になったガラスが飛散した。

ウィーヴィルの爪がゴルゴノプスの皮膚を捉える。爪は硬い表皮をしばらく削ったのち、結合組織の中へ刺さり込んだ。そのままウィーヴィルが腕を引き、肉が裂け始める。だがゴルゴノプスの牙は既に獲物の背に食い込んでいた。重機のごとき力で、ウィーヴィルの胴が悲鳴を上げて軋んでゆく。

アフリカゾウの鳴き声のような呼吸音を立て、ジャックが息を吹き返した。自分の頭の上で異変が起きていることに気付いて即座にうつ伏せになると、自身がウィーヴィルの独房の部屋に突っ込んでいて、それとゴルゴノプスが殺し合っているのが目に入った。ゴルゴノプスは血を流しながら圧倒的な力で獲物を振り回していた。周りの個体はこぞって騒ぎ立てていた。このままではゴルゴノプスが他のウィーヴィルまで殺し尽くすか、あるいは体力に限界が訪れたゴルゴノプスをウィーヴィルが倒し、そのままトーチウッドの外へ出て被害を拡大するかのどちらかになってしまう。ジャックが立ち上がろうとした、その時だった。

「ジャック、そのままでいて!」

伏せたまま振り向くと、彼が吹き飛ばされる前に使った電気銃をグウェンが構えて立っていた。グウェンは野太い叫び声を上げながら、人差し指に全力を込めて引き金を引く。次々に電撃が銃口を離れ、ゴルゴノプスの胴に吸い込まれていく。ゴルゴノプスは口を開けて痙攣したような動きをし、なおも撃たれ続ける。ウィーヴィルは解放されたが、その脚にもはや体重を支えるだけの力はなく、そのまま崩れ落ちた。グウェンが引き金から指を離すと、ゴルゴノプスもその場に倒れ込んだ。

「……やったわ」

ハァッ、と息を切らしてグウェンが勝ち誇る。ジャックも笑い声を上げて立ち上がると、すぐにイアントが駆けつけてきた。

「倒しましたか!」

「ああ、おかげさまでな。グウェン、君がいなければウィーヴィルとヤツが本気で潰し合うところだった。イアント、君も役に立った。君がヤツに狙われて時間を稼いでくれなければ、俺は喰われてヤツの胃の中で無間地獄を味わうとこだったよ。ありがとう」

ジャックは、二人とそれぞれに拳を突き合せた。

「さて、アイツが気絶してるうちに過去へ送り返すぞ」

「ジャック、一ついいですか」

イアントが人差し指を立ててジャックを引き留めた。

「何だ?」

「グウェンがあなたを助けに行く前に、裂け目の状況が目に入りました。裂け目がほんの少し、活性化しています」

ジャックとグウェンが一段と真剣な表情になる。トーチウッドメンバーが懸念していた最悪のことが、ついに、ついに現実のものとなりつつある。過去に幾度も裂け目に苦しめられてきたメンバーだからこそ、事態の緊迫性を理解していた。

「それ、ほんとなの」

「まずいぞ。今の状況でさえ世界が危機に瀕しているのに――」

「いえ、本当に少しです。もし強力な道具を使えば話は別でしょうが、現時点では物体が裂け目を行き来できる閾値程度の活性化しか見せていません」

「だとしても、危険なことに変わりはないだろ」

ジャックが興奮を抑え込みながら言う。スリジーン、アバドンと、地球を滅さんとする怪物たち。過去の戦いが再び繰り返さんとしていることで、ジャックは焦燥に駆られていた。

「そうです。ですがこれは好機でもあります」

イアントの返答は、存外平然としたものだった。張り詰めていた緊張の糸が緩む。イアントの発言が理解できず、二人は顔を見合わせた。

 

そして今、イアントの考えはジャックの口から述べられようとしていた。

『一般に時空間の裂け目と呼ばれるものは全て連動している。タイプIIのワームホール、つまり時空の亀裂も例外ではない。今回の同時多発的な亀裂の発生は、ここカーディフにある裂け目を刺激した』

「カーディフの裂け目か……スリジーンが開いた裂け目だな。それで?」

『それを逆に利用する。俺たちが一度完全に裂け目を開き、そして閉じる。時空の亀裂が連動しているなら、世界中の亀裂もこれで閉じるはずだ。亀裂が閉じれば、あとはUNITと軍と亀裂調査センターで生物を駆除するだけだ』

サラとレスターは信じられない、という顔をしていた。

「そんなことがありうるのか?」レスターが疑いを持ってかかる。「そもそもそれが可能だとして、裂け目を一度開くだと?我々の亀裂と呼ぶものから生物が出現するように、そっちの裂け目からも何が出てくるか、分かったものじゃあないだろう!」

『……裂け目の開閉は、俺たちの仲間が残した方程式でコントロールできる』

イアントとグウェンが画面の向こうで頷く。その目は真剣そのものだった。

「そこを通過するものまでコントロールできるというの?ジャック・ハークネス」

『君はUNITの職員だな。勘が良いな、不可能だ。だがそこにドクターがいるなら、可能性があるかもしれない』

ドクターは不意に名を挙げられ、顔を上げた。

「私か?」

『あんた以外に誰がいる』

「裂け目を開くなど、無茶苦茶だ!覚えていないのか、ジャック。二〇〇六年にスリジーンが裂け目が開いたときのことを!」

『ああ覚えているさ。二〇〇八年のときのことも!だがこれ以外に思い付く方法があるか!?あるなら従うさドクター。だがあるのか!?』

「……亀裂の収束が早まったのはヘレン・カッターが原因だ。彼女の行動を全て止めて歴史を修正すれば、亀裂の収束を二〇一一年まで先延ばしにできる。そうすれば本来の歴史通りに事が動く」

『……ヘレンというのが誰かは知らないが、現実的じゃあない。彼女の呼吸一つでも歴史通りに修正できるか!?』

「不可能だ。裂け目を閉じるしかないな」

ドクターが突如肯定的な態度をとったことに、ジャックとトーチウッドメンバーは意表を突かれた。

『……もっと説得に時間がかかると思ってたよ』ジャックは少し微笑んだ後、すぐに真剣な顔つきに戻った。『……いいのか?』

「やむをえまい。私が一つ一つターディスで閉じて回るのも考えたが、それには限界がある」

ドクターが亀裂探知装置に背を向け、指を鳴らす。待ちかねていたターディスが扉を開ける。ドクターはターディスの入り口まで歩を進めると、少し立ち止まって振り返り、亀裂探知装置に視線を向けた。

「だが後には引けないぞキャプテン。覚悟はいいな」




TUTUです。
実は当初、トーチウッドはゴルゴノプスに襲われるためだけに出すつもりでした。世界各地の現状を表現する、みたいな。ところがあれよあれよという間に結構重要なポイントについてしまいました。いかがでしょう。

カーディフの裂け目はゲルスが開いたものですが、これが脈々と受け継がれて様々な問題を引き起こし、後のドクター・フーおよびトーチウッドに深く根を下ろすと思うと趣深いですね。
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