亀裂の向こうにドクターは   作:Tutu-sh

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託された過去

ターディスが飛んでいた。タイムヴォルテックスの中ではなく、地球の大気圏をターディスが飛んでいた。時折飛んでいるオステオドントルニスやケツァルコアトルスを避けながら、青い箱は遠く離れたウェールズ地方に向かって飛んでゆく。制御盤の周りをドクターがぐるぐると回りながら、レバーやスイッチをひっきりなしに操作する。制御盤に備え付けられた受話器を首に挟み、モニターをスライドさせる。モニターに表示された地図では、点滅するターディスの記号がカーディフに向かって猛スピードで距離を詰めていた。

「キャプテン。今そっちに向かっている。数分で着くぞ」

「二四〇キロを数分とは、スピード違反だな」

自分の携帯電話から流れる声にジャックは笑うと、自分の網膜認証を済ませた。そのままグウェンの目にも装置を向け、認証する。

「……本当にこれしか方法はないの?」

グウェンが上目遣いでジャックを見つめる。不安の表れである。ジャックは認証装置を胸ポケットに仕舞いながら答えた。

「ない。あったとしても、それを見つけるのにどれだけ時間がかかることか。ドクターでも思いつかない方法が、地球に思いつくはずがない」

「ビリスは裂け目を開いてアバドンを召還しようとした。ヘレンって人も同じようなことを考えてるかもしれないわ」

『大丈夫だ、その可能性はない』ドクターが保障する。『ヘレン・カッターはトーチウッドやカーディフの裂け目のことを知らない。亀裂調査センターが回収した彼女の手帳には、様々なものが書き込まれていた。時空の亀裂、サイト333、クローディア・ブラウン、フィリップ・バートン。だが、UNITの言及はあっても、トーチウッドのことは何一つ書かれていない』

「一応の秘密主義が功を奏したか」

『そのようだ。ヘレン・カッターはいつも時空の亀裂を探知して先回りしていたそうだが、彼女が探知できるのは電波障害を起こすタイプIIのワームホールだけだ。カーディフの裂け目は存在さえも知らないだろう』

「亀裂と連動してるなら気づくんじゃないの?時空間の構造を熟知した人間なら、カーディフの裂け目を知っていてもおかしくないわ」

『亀裂と裂け目が連動しているのは確からしいが、時空の亀裂だけでもメカニズムは説明可能だからな。例を出すなら、ニュートン力学だ。分かるな?』

「……?」

突然難解な雰囲気を感じさせる例が飛び出して理解の自信を無くし、グウェンはためらうような表情を浮かべる。

『なに、ニュートン力学を具体的に理解する必要ない。ただの例だからな。光速に近い物体に関しては相対性理論などのより発展した理論を用いるべきだが、身近な運動を考えるならニュートン力学で事足りる。同じことだ。タイムロードでもない限り、カーディフの裂け目を知らずとも時空の亀裂だけで時空間の理解に支障はない』

「つまりヘレンは物理学でいうニュートン力学の範囲で満足してしまったと?」

『そういうことだ』

しかし、とドクターはここで断りを入れた。

『だがここで裂け目を開いて閉じられなくなってしまっては、状況は悪化どころではなくなる。ヘレンに思わぬ味方をしてしまうことになる。裂け目を閉じても亀裂が閉じなければ、ただの骨折り損だ。そろそろターディスが射程圏内に入る。心して始めてくれ、キャプテン』

ジャックが電話越しに頷く。イアントの網膜認証はすでに完了済みだ。三人分の画像データがモニターに表示される。ジャックがそのままキーを叩くと、青黒い背景に赤字の警告画面が表示された。回路の設定を済ませたイアントが駆けつける。ジャックはイアントとグウェンにアイコンタクトをとると、エンターキーを押した。警報がトーチウッドに鳴り響く。

「頼むぞ、ドクター!」

 

アヌログナトゥスの群れを掻き分けるようにターディスが飛び出す。ターディスはついに、ミレニアム・センターから数百メートル圏内に突入していた。ジャックとのやり取りの最中で、ドクターも覚悟を決めていた。フィンガースナップ。ターディスのドアが開放され、猛烈な風が吹き抜ける。フードと髪がはためく中、ドクターはターディスのキーを続いて叩いた。次に開放されたのは、ターディスの心臓部。ローズ・タイラーがかつて開いたあの心臓部が、再び開く。徐々に上がる蓋からは、黄金に輝くヴォルテックスのエネルギーが溢れ出していた。

「さあ私のターディスよ!私がどうなっても構わん、全力で裂け目を押さえつけろ!裂け目から出でる者たちを、一歩たりとも通すんじゃない!」

制御盤にしがみついてドクターが叫ぶ。全身全霊の叫びだが、吹き荒れる暴風とエネルギーの猛威を前にして、その声はほぼ掻き消されていた。ドクターの体は宙に浮き、今にも枝から吹き飛びそうな木の葉も同然であった。

ターディスの扉から出たエネルギーの線は、そのまま下へ伸びていく。ミレニアム・センターの前に広がる広大な広場が、金色に覆われる。その下では、裂け目が開くその力が、ウェールズ一帯に地震として直撃した。木々の枝が揺れ、家屋の窓ガラスがひび割れる。地割れが走り、岩盤がみるみるうちに剥離する。そのエネルギーを、ターディスのエネルギーが必死に相殺していた。下から湧き上がる時空のエネルギーと、上から吹き降ろす時空のエネルギーが拮抗する。ターディスは乱気流に呑まれたヘリコプターのように激しく揺さぶられ、ドクターは叫び声を上げ続けながら必死に制御盤にしがみついていた。

「既に裂け目は完全に開いた。これ以上続くと、収拾がつかないレベルに裂け目が広がるぞ!」

 

警官隊も、軍も、亀裂から入り込んだ生物たちも、地上にいる者は皆狼狽えていた。トーチウッドも同じだった。イアントとグウェンは壁に、床に全力でしがみついていた。前回はすぐに外へ脱出したが今回はしない。外へ出れば、万物を塵に帰すターディスの獰猛なエネルギーの餌食になるからだ。この酷い揺れの中で、立っているのはジャック一人だった。ウィーヴィルが再び興奮状態に入り、サイレンとともに叫び声がこだます。施設の設備が次々に火花を噴いて倒壊していく。

「ドォォオーーークターーーー!」

ジャックが鼻息を荒くしてキーを叩く。今亡きトシコ・サトウが残した方程式を叩き込む。しばらくは激しい揺れが続いたが、次第に振幅が減衰を見せ始めた。やがて機材は微細な振動と物音を立てるだけに留まり、ついにその運動も停止した。

 

ターディスのエネルギーも収束を始めていた。黄金色のエネルギーは振動を弱めてゆく地面から徐々に離れ、やがてターディスの中へ戻っていった。心臓部にすべて吸い込まれたのを確認して、疲れ切った腕に全体重をかけてドクターが心臓部を閉じた。ターディスがバランスを取り戻した。ドクターは痺れる右腕をやっとの思いで動かすと、弱弱しく指を鳴らした。ドアが閉まる音を聞いて、ドクターは安心したように倒れ込んだ。

 

 

 

 

そんな喧騒もつゆ知らず、後にモリソン層と呼ばれることになる森林地帯では、ディプロドクスの幼体が窮屈そうに集団で歩いていた。捕食動物から身を守るために、彼らは幼体の時期を森で過ごす。その群れのそばに身を隠しながら、ヘレン・カッターが思考を巡らせつつ林床を歩いていた。──幼体とはいえ、彼らはこの時代で最大の生物の一角。群れと行動を共にすれば、ヤツらの目も──

そんな折、森に突如エンジン音が響く。ヘレンが驚いて周囲を見回すと同時に、ディプロドクスの群れが反応した。低いラッパのような声を上げて、群れはゆっくりと走り始めた。ヘレンは群れに潰されないよう木の裏に隠れ、ポケットからデバイスを取り出す。

「見つけた!ディプロドクスの群れのそば!木の裏にいるわ!」モニターを見てジェスが叫ぶ。

「ありがとうジェス!さあ行くぞッ!」

十一代目ドクターがレバーを勢いよく下げ、ターディスが突如森の中へ姿を現す。次々と巨木にぶつかりながら、確実にヘレンを捕捉していた。

「しつこいわね……あなた恋人いなかったでしょ!」

ヘレンは大きく目を見開き、すぐさまデバイスを作動させて亀裂を開く。

「今度こそ逃がさない!」

ドクターが大きく舵を取り、ターディスは亀裂に突っ込もうとする。一足先にヘレンが亀裂へ走り込み、ターディスが接触する寸前に亀裂は閉じられた。ターディスは大きな音を立てて腐葉土に着弾し、数センチほど沈み込んだ。先ほどまで揺れていたターディスは、その振動を止めて休止した。

「……くそ、また失敗だ」

ドクターが肩を落として呟く。地面に着いて振動が止まった内部空間は静かだった。

「気を落とすなドクター。まだ次がある」

ダニーがドクターの肩を叩いた。二〇一一年で失敗してすでに五度、ヘレンはターディスの猛追を振り切っていた。崖や森といった自然地形を狡猾に利用し、小回りで劣るターディスを出し抜いていたのだ。

「だが急がないと。彼女は何らかの目的をもっている……」

度重なるターディスの連続操縦に、ドクターは息を切らせていた。髪は汗で湿り気を帯びてへたっていた。コンソールに体を押し付け、立ち上がる。

「亀裂の収束じゃないの?」

「言わなかったか?それは未来の僕やUNIT、亀裂調査センターの足止めさ。追っ手をゼロあるいは最小限に抑えて、ヤツは何かをしようとしているんだ。次の時代に──」

「ドクター!」

ジェスがドクターを呼ぶ。ターディスに通信が入ったのだ。ああッ、と疲弊した体に鞭を打ってドクターがモニターへ向かうと、そこには十二代目ドクターとジャックが映し出されていた。

「ジャック!?」

『ドクター!』満面の笑みでジャックが返答するが、すぐに訝しげな顔つきになった。『また知らない顔だな。アゴが長い』

十一代目ドクターは信じられないといった顔をした。「悪かったなあ長くて!それより何で君が未来の僕と一緒にいるんだ!?」

『大量発生した亀裂を共に止めたからだ。』十二代目ドクターが代わりに答える。『時空の亀裂とカーディフの裂け目は連動している。ターディスの燃料補給に使うやつだ。あの裂け目が今回の亀裂と連動して生じていたんだ。そこで我々はその関係を逆に利用した』

『カーディフの裂け目を一度完全に開き、そしてまた閉じる。これで世界中に開いた亀裂も一律シャットダウンってわけだ。裂け目が余計に広がらないように、彼に手伝ってもらった』

自信満々に、ジャックが胸を張って答える。

「何?」

「それって……」

「じゃあつまり……」

調査チームがざわつく。あれだけ気に揉んでいた亀裂の収束が、解決したのだ。全員が目を丸くし、右往左往していた。

「もう現代は無事なのか!?」

十一代目ドクターが確認をとる。その顔には歓喜の表情が垣間見られた。

『ああそうだ。』十二代目ドクターが満足そうに答える。『あとは軍・UNIT・亀裂調査センターなどの連携で、生物に対処する。とりあえず、生物はUNITなり亀裂調査センターなりで収容・管理し、後で元の時代へ連れ戻すさ。私の責任でな』

十一代目ドクターが笑った。調査チームも飛び上がり、ガッツポーズをし、口々に喜びの言葉を口にしあう。

「そうか、そうか、それはよかった。それは本当によかった……」

涙ぐみながら、十一代目ドクターが喜ぶ。しかし、ふと我に返る。こちらも重要なことを報告しなくてはならない。浮かんだ涙をツイードの袖で拭い、モニターに向き直った。

「それはそうと、僕からも報告がある」

『何だ?』

「亀裂の収束についてさ。それ自体はもうすでに済んだことだが、とても重要なことなんだ。聞いてくれ。ヘレン・カッターがどうやって亀裂の収束を起こしたかが分かったんだ」

ジャックと十二代目ドクターは、頷きながら続きを待つ。

「亀裂の収束、それ自体は単なる自然現象だ。だがヘレン・カッターは過去の時空を乱し、亀裂の収束を加速させた。本来二〇一一年に起こるはずだった収束を二〇〇九年に前倒ししたんだ。だがそれは君たちを現代に縛り付け、追っ手を減らすための策略に過ぎない」

『……何だと?』

「足止めさ。現代が破壊されようとすれば、少なくとも僕はその時代に留まらなくてはならない。UNITも、トーチウッドも、亀裂調査センターもだ。僕らを二〇〇九年で足踏みさせて、だれも追ってこない過去の世界で彼女は何かをする気だ。それこそが彼女の本来の計画なんだ。現代への破壊工作と別に、何かを企んでる!僕たちはヘレンを捕らえる。戦いはまだ終わっていない」

真剣な表情で、二人のドクターがモニターを見つめ合う。

『……そうか、分かった』十二代目ドクターが口を開いた。『世界の過去は君に託されたということだな、過去の私よ』

十一代目は無言で頷き、一歩退いた。

「僕に託す?僕に託すだって?いいぞ。任せてくれ、未来の僕。僕がどうやって君になったのかは知らない。再生回数を使い果たした僕がどうして君になったのか、まだ聞かないでおくよ。ネタバレだからね。だがこれだけは誓おう。君が過去を振り返って、決して僕だったことを忘れないドクターになってやるさ」

ドクターが通信を切る。大きくレバーを下げ、ターディスがジュラ紀を飛び立っていった。

 

二〇〇九年では、ジャックと十二代目ドクターが暗転したモニターを見つめて立っていた。

「亀裂は閉じてもまだ危機は去っていない。生物の相手をする義務が、俺たちにはある。行くぞ、ドクター」

「ああ……」

十二代目ドクターは、大きく息を吸った。

「……Geronimo」




TUTUです。
ついに亀裂の収束が解除されました。とはいえ生物の流入が止まっただけなので、これからまだまだ生物に対して動いて行かないといけないわけですが……それでも大きな一歩ではありますね。
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