ありふれた錬成士は最期のマスターと共に   作:見た目は子供、素顔は厨二

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次でこの迷宮のお話はラストかな?

ある意味この回は『だから俺は戦い続ける』の対比になっているのかもしれません。
とりあえずどうぞ。


だから僕は前に立つ

 ーーハジメside

 

 右側の橋の先ではクラスメイトの全員が吠え、喚き、それでもトラウムソルジャーの群れを前に進んでいく。爆炎が咲き、剣の銀の色が瞬いた。

 

 もう一方の橋では『魔獣』たるベヒモスが光輝を中心としたパーティー、メルド、そしてマシュが勇猛果敢にも立ち向かっている。

 

 そんな中ハジメはどうすればいいか、迷っていた。混乱していた。

 

(ベヒモス。僕が知っている魔物の中で何の対策法も見つかっていない怪物。…誰も倒したことのない、最強の魔物。…逃げるしかないのに、何で立ち向かえるんだろう)

 

 ハジメはこの中で一番、ベヒモスの脅威を知っている。今、この場にいるメンバーを総動員しても勝てないような魔物である、と。だからこそ選ぶべきはトラウムソルジャーを倒し、逃げるほかない。そうハジメは判断を下していた。

 

 だがそれにはベヒモスの注意を逸らすべき相手がいる。その作戦自体はある。ビジョンだって見える。

 

 しかしハジメは自ら考えた作戦に青く震える。要は怖いのだ。この作戦で一番危険なのはハジメなのだから。

 

 ハジメは唯一の『無能』。それを強く実感しているからこそ己を今の今まで鍛えてきた。エミヤがしていた訓練を自主的にも行ってきた。激痛にも耐え、“錬成”の腕だって周りが目でないほどにメキメキと成長してきている。

 

 だが前に立つ覚悟はしていなかった。今ようやくここでハジメは己の他人よがりを自覚した。

 

 更にはこの作戦自体が成立しづらいというのもある。この作戦にはハジメの力以外にも沢山の人々の協力がいる。だがハジメは香織、立香、マシュ、あとはギリギリ雫とメルドにしか助力を願えないと確信している。ハジメは煙たがれている。香織と必要以上の関係であることもそうだが、光輝のカリスマによるハジメへの敵意、雫がハジメを庇うという形式を面白がらないことによる害意、そしてなによりも己の『無能』というレッテル。これら全てがハジメの作戦を虐げる。

 

(…こんな時まで、僕はっ! …無力なのか?)

 

 こんな誰もが悲痛の声を上げているような場で唯一取り残された少年。己の無力に苛まれ、涙が溢れる。

 

 同時に己を責める。何故、自分は『無能』なのかと。何故、自分はこんな状況で何も出来ないのかと。唇を嫌というほどに食いしばり、血を垂らす。

 

 それでも足らず、己の拳を振りかざしてハジメはその拳を地面へと振りおろす。

 

 

 ーーパシッ

 

「やめよう、ハジメ。今そんなことしたって、何も始まらない。そうだろ?」

「…立香くん?」

「うん、立香さんですよっと。…お前の力を借りにきた。ハジメ、お前ならアイツから逃れる方法、わかるんじゃないか」

 

 ハジメの拳を止めたのは立香だ。立香が何故ここにいるのか、分からないという風なハジメ。そんなハジメに立香は求めた。

 

 立香は単刀直入にハジメの力、知識を求めた。立香は魔術により、先ほどこの階層まで自分たちを送ったトラップを逆展開させることで元の階層に戻れると解釈した。そしてそのトラップの存在位置は、トラウムソルジャーの群れの奥。

 

 立香は今、攻めの技をあまり行使しづらい状態にある。知名度補正の虚無による力の剥奪は攻撃手段から奪われている。今立香ができるのはサポートを中心とした宝具展開、小技ばかりの魔術、そして…ある変則的な技だ。最後の技ならば立香はマシュとともにベヒモスを止められる自信がある。

 

「ーーだがそれも数分だけだ。正直にいってそれだけの時間で『使徒』たちがトラウムソルジャーを殲滅できるとは思えない。だから、俺はあの怪物を一分一秒でも長く引き止めるためには…必要なんだ」

 

 それはハジメの知識があればどうにかできるという確信を持った言葉だった。ハジメの心臓が一瞬波打ったような幻覚を持つ。

 

「ハジメ、お前は賢い。きっとそうやって自分を責めてるのも今の状況を理解して無力を嘆いてるんだろ? …俺も昔、よくやったから分かるよ。辛いよな、自分が無力なのって…」

 

 立香の言葉には重みがあった。ハジメの知ることのない重みが。立香に戦う理由を聞いたあの時のように、自分と立香の差を思い知る。

 

 瞬間、橋の片側で爆音が轟いた。ベヒモスがいる方向だ。その音はあちらの状況が一転したことを示唆している。

 

 立香はこれに素早く反応した。「…行ってくる」と言って、未だに立ち直れないハジメに背を向ける。それがどうしてもハジメには拒絶のように思え、ハジメは再び失意に沈む。

 

 しかし立香は一言、その場に残した。

 

「最後に一つだけ。…ここじゃお前は『無能』なんかじゃない。必要な力なんだ。どうか、前に向いてくれ」

 

 ハジメはあの日の己の決心を思い返した。ーー立香の横に並びたい、というあの日の決意を。

 

 瞬間、燃え上がるような錯覚をハジメは覚えた。爆撃のような衝動を身に、ハジメは目を見開く。

 

(何をここで絶望してる!?)

(立てよ!立ってみせろ!)

(何もせずに立香の横に並ぶなんて…ふざけてる!!)

(絶望なんかいらない、欲しいのは覚悟だ! 生きて帰ることだっ!)

 

 次々とみんなの言葉がハジメの中で回帰する。

 

 ーー常に敵に勝てるビジョンを持ち給え。勝てない、などと思っていては以ての外だ。

 

 そうだ、何故諦めている。たかがハードルが高いだけ。たかが危険があるだけ。それら全てを避けて勝利を掴みとるだけだ。

 

 ハジメは俯いていた顔を上げる。そして立ち上がる。

 

 ーーだからね、私が守るよ。南雲くんを守るよ。

 

 そうだ、あの人は守ってくれると言った。彼女は自分が強いと言ってくれた。ならその期待に応えねばならない。

 

 ハジメはマフラーに指を触れた。彼女がくれた約束の決意を力に、熱に変えて勇気を発露する。

 

 この地に来て、繋がった縁が全てハジメに力をくれる。ならば弱音など言っていられない。ハジメが否定した可能性を全て掴み取ってでも実現してみせる。

 

 決意は遥か先に。ならばハジメは無謀でもそれを追い求め続ける。

 

 ならば、とハジメは走った。親友の期待に応えられるように。

 

 いつか彼に追いつくために。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー優花side

 

 トラウムソルジャーの群れと交戦する少年少女。しかし彼らの体には既にいくつもの傷が刻まれており、疲労困憊としていた。だがそれでもベヒモスの恐怖から我先に逃れようと隊列なども無視して、彼らは己が武器を行使していた。

 

 園部 優花(そのべ ゆうか)もその一人である。天職『投擲士』の優花はナイフなどの獲物でトラウムソルジャーを一体、一体と仕留めていく。

 

 優花は比較的に冷静を保てていた。故に周囲のクラスメイトに危険が及んだ際にはナイフなどを飛ばすなどをして遊撃をするなど余裕がまだある。そのため優花の周りはまだ隊列の崩れがあまり崩れていない。進行スピードも周りよりも早かった。だがそれでも未だに優花達の視界は不気味な骸骨の顔ばかりで埋まっていた。

 

(ーーっ! まだ、先が見えない!)

 

 心の中で悪態をつく。優花は空を斬りながら手元に帰ってきたナイフを片手で掴みとり、再び前方に投げつけようとした。

 

 だが優花が踏み込もうとした足の元にはトラウムソルジャーの死体、骨があった。それを勢いよく踏んでしまった優花は、簡単に転んでしまった。

 

(まずっーー)

 

 そう思うのも束の間。トラウムソルジャーはその隙を逃さない。機械の如く腕を軋ませながら振りかざされる。無機質なトラウムソルジャーの頭蓋骨が不気味に舌なめずりをしているように見えた。

 

 次に来るであろう攻撃を体をひねることで避けようとしたが、体が言うことを聞かない。痛みが来るという予想に対する恐怖が引き起こした一時的な体の麻痺。それが致命的だった。

 

 トラウムソルジャーが突く形で優花に剣技を見舞う。その先は喉元。優花を死に至らしめる一撃が今、放たれ…ようとしていた。

 

「“錬成”!!」

 

 それは『無能』であるクラスメイトの象徴たる詠唱文。たかが鉱物を加工するだけに磨かれた技。それがこの場では直死の運命を回避する。

 

 トラウムソルジャーの足元が急に形を変える。油断をしていたトラウムソルジャーの姿勢が一気に崩れた。

 

「園部さん!」

 

 その声は安否を聞いたものか、それともトラウムソルジャーに対する追撃の合図か、今の優花には分からなかった。しかし優花の硬直はこの声で嘘の如く消えていく。

 

「言われずともっ!!」

 

 優花は片手で空中にあった体を浮かせ、一回転。そして懐から取り出したナイフを姿勢を崩したトラウムソルジャーに向けて一閃する。閃光のように空を斬った一撃はトラウムソルジャーの頭蓋骨を打ち砕き、骸へと還した。

 

 着地すると無理な動きが響いたのか体の所々が痛んだ。少し涙目になったのは愛嬌というやつであろう。

 

 そんな優花の様子に気がついたのかハジメは懐から回復薬を取り出し、優花に手渡す。そして本人なりの気遣いなのか、一言告げていった。

 

「園部さんなら負けないよ! なんたってチートなんだから!」

 

 そう言って反対側の橋、ベヒモスのいる方向へと瞬時に駆け出していったハジメ。優花は何故か呼び止めようとしたが、ハジメは意に返さずといった様子で止まらなかった。

 

 優花はハジメの走っていく後ろ姿を見て、何故か唇が緩んだ。本当に何故かは分からないが。

 

「…帰ったらコーヒーでも入れてやろっかな?」

 

 優花はそんなことをぼやきつつも、再びナイフを両手に備えてトラウムソルジャーの群れる橋を進んでいくのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「はあぁっ!!!」

『ブモォオオオオオ!!!!!』

 

 ベヒモスの灼熱の角によるすくい上げの攻撃にマシュが白銀の盾をぶつけることにより、流す。それによりバランスが崩れるベヒモス。足をたたら踏み、倒れまいと踏ん張った。

 

 そしてそこで迫るは白光の斬撃。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――“天翔閃”!!」

 

 ベヒモスの冠に直撃し、しかしその一撃は散った。圧倒的なまでの攻撃力不足。

 

「くっ!? これでも倒れないのか!!?」

「こいつは…倒しようがないぞ?」

 

 己の持つ中でも上位の破壊力を持つ光輝の“天翔閃”。それが無傷となれば流石の光輝も悪態をついてしまう。それを見たメルドは頰に冷たい汗を伝せる。

 

 その状況を“ガンド”などによって補助を行なっている立香もまた焦っていた。

 

(これじゃあ、攻撃手段はない。後ろの方もまだ骸骨の群れを突破できていない、か。クソっ! どうすれば…)

 

 だがそんな絶望的な状況でも、勇者は諦めない! 聖剣を翳し、前に進む!

 

「それでも…やるしか無いんだ!!」

「…へっ! 言うと思ったぜ、付き合ってやるよ!」

「行くぞ!!」

 

 光輝の親友たる龍太郎も覚悟を決め、突貫を決め込む。だが光輝には静止の言葉がかかることとなる。

 

「待って、天之河くん!」

「…南雲?」

 

 光輝の動きがピッタリと止まり、ハジメを照準に合わした。ハジメは呼吸を幾度か繰り返すと、光輝に必死の形相で迫った。

 

「天之河くん! トラウムソルジャーの突破をするには君の力が必要なんだ! 頼むから! 今すぐ後ろに行って!」

 

 端的にハジメは光輝がトラウムソルジャーを倒すために必要なのだと説明する。そして同時に懇願する。

 

 しかし光輝は目を釣り上がらせるとハジメに説教(・・)をし始める。

 

「いいか、南雲! お前に構っている時間はないが言ってやる! 今、ベヒモスを倒すには俺の力は必要なんだ! 俺がいないとこのベヒモスは倒せないんだぞ! それをお前は何て言った!? 『後ろに下がれ』? 馬鹿げてるだろ! 俺はこの世界に呼ばれた勇者だ! だからこそこんな逆境ぐらい乗り越えてみせる! それに後ろのみんなも試練を乗り越えているんだ! それを俺が邪魔しちゃだめだろ! 第一、南雲! お前の言うことなんて信じられるわけがーーー」

「うるさいよ!!!」

「ッ!!?」

 

 戦場であるにも関わらず説教を始める光輝。しかしその言葉を途中で荒々しく、強制的に止めたハジメ。本来のハジメならばありえないまでの怒気を込められた言葉に光輝は固まった。

 

「僕の言うことが信じられない!? 何を言ってるんだよ! それにベヒモスを倒す!? そんなことが今の目的じゃないだろ!!」

「そ、そんなこと!? 南雲! だから俺たちはこの世界の人たちのために力をーーー」

「今、重要にするべきなのはこの世界の人たちじゃないだろ!! ここにいる全員で帰ることだろ!!! それを世界のため、世界のためって…それじゃあ天之河くんはここにいるみんなが死んでも、君だけ残ってベヒモスを倒せればそれでいいのか!? この世界のためですって頷けられるのか!!?」

「ーーっ!!? ちが…そうじゃなーー」

「そうじゃない!? じゃあ、今すぐ後ろにいけ! 今後ろにはみんなをまとめられる人がいない! そのまとめられる人が天之河くんだろ!! ここから誰一人として死人を出さないようにするには天之河くんの力が必要なんだよ!!」

「でも…だったらここには誰がーー」

「立香くんがいる、キリエライトさんがいる! それじゃあ不満足か!!? 見てただろ! さっきキリエライトさんがベヒモスの攻撃を防いでいたところを! だったらそれで十分だ! トラウムソルジャーを倒して、逃げ道を確保できればそれでいいだろ!!」

 

 ハジメが光輝の胸ぐらを掴み取る勢いで言葉を飛ばす。光輝のそれは今ここでは必要ないと。全員で生き残るのだと。ハジメは力説する。

 

 光輝は眉をしかめ、更に反論を繰り返そうとする。しかし光輝の腕を引き、後ろに行こうとする者がいた。二人も。光輝は驚愕に目を剥いた。

 

「雫!? メルドさん!!?」

「…南雲くんの言っていることは正しいわ。引きましょう。見てる限り、キリエライトさんって人も立香さんって人も…手練れよ」

「坊主…信じるぞ」

「…お願いします!」

 

 ハジメは雫の信用に瞳を濡らし、メルドの言葉に頭を下げた。同時に一つ目の難題はこれで突破できたのだと、安堵する。

 

 なお、これでもまだ懲りない勇者はーー

 

「ま、待て南雲! 話は終わってーーー」

「「アンタは(お前は)いい加減にしろ!!」」

「いたぁっ!!?」

 

 ーーこのように拳骨を喰らう羽目となった。

 

 龍太郎はハジメの説得に「?」となっていたが、とりあえず雫が怖かったので渋々引き下がった。だがハジメの本気の怒気にどこか清々しい笑顔を浮かべていた。

 

 そして香織はーー

 

「ハジメくんは…逃げないの?」

「うん。まだやるべきことがあるから。…大丈夫、死にはしないよ。香織さんがくれたこのマフラーがきっと守ってくれるから」

「…わかった。信じるよ、ハジメくん」

「うん。ありがとう」

 

 彼女もまた後ろへと下がっていった。今の冷静さを失っている光輝だけでは後ろの隊列を立て直せる効果が薄い、そう考えたハジメはクラスをまとめる四人全員に下がってもらう他なかった。「守る」と言ってくれた香織を後ろに下がらせなければならなかったのは少し辛かったが…自分のことは大丈夫だ。そうマフラーに触れながら己を鼓舞した。

 

「ハジメ! それで、どうするんだ!!?」

「南雲さん!! 長くは持ちません!」

 

 そして二人は、頼ってくれた。この『無能』の力を。

 

 ならば全力で答えてみせる。

 

 この世界で手に入れた絆を裏切らないためにも。

 

 だから(ハジメ)は前に立った。




どうだったでしょうか?
いやー、これ以上ないほど勇者が扱いづらかったです。アイツ暴走しすぎワロタww

それはともかく次でいよいよ奈落へ…ですな。ネタバレかもしれませんが、まあ大体の人は察してるでしょう。

そして最後に…魔法少女優花さん出せた〜!!

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