ありふれた錬成士は最期のマスターと共に   作:見た目は子供、素顔は厨二

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遅くなりましたー!!
機種変更やら部活やらで大変でしたので、結構間が空きました!
…申し訳ない。

さて、今回は『使徒』目線のお話。
皆さま大好き(?)、勇者(笑)視点はないよ!
ごめんね!


幕間の物語:それぞれの道

 立香が去ってから三日、クラスメイトの多くは部屋に籠ってしまった。立香という希望が消えてしまった今、彼らの中では死の恐怖が住み込んでいる。『最弱』の死は決して重く無かったと言えるだろう。

 

「みんな大丈夫さ! 今度こそは、誰も死なせない!」

 

 光輝はこう言ったが香織にはその言葉はあまりにも軽く思えた。事実、それで立ち上がる人間は少ない。あの日の立香のカリスマに比べれば光輝のそれは何と薄っぺらいことか。

 

 それに光輝の言葉はどこか焦っているようにも思えた。危うさの感じられる、そんな雰囲気だ。

 

 神を侮辱し、神官達に手を上げたことにより、立香は『異端者認定』を正式に受けることとなった。それも当然で『神山』のすぐ近くで「神? んなもんどうでもいいわ!!」的な発言をしたのだ。神敵とされても仕方がない。

 

『異端者認定』とは聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでも立香の討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。

 

 そしてつまりは『使徒』も立香の討伐に駆り出されるということであり、一同は顔を一気に青くした。敵対した時点で立香がどうしてくるかは分からないが、光輝やイシュタル達さえも瞬殺した男だ。最悪死ぬかもしれないと恐怖している。

 

 どちらにせよ、クラスメイトの大半はもう『使徒』として機能していない。元々誰かに頼っていたばかりの集まりだ。壊れるのは容易かった。

 

 しかし同時にそんな中でもなお、立ち上がる者達もいた。

 

 ーー香織side

 

 立香が出て行ったその日に、メルド団長から次の迷宮攻略に挑むメンバーは七日間以内に自主的に名乗り出て欲しいという報告を受けた。一気消沈していた勇者一行の多くは、部屋に引きこもってしまっていたが。

 

 未だにベッドに横たわっていた香織はそれを聞くと一目散にメルド団長に頼み込んだ。強くなると決めたからだ。今度こそは守り抜くと、そう決めたからこそ。

 

 なお光輝は香織の意思を何か勘違いし、喜んでいた。

 

「死んでいった南雲の為にも頑張ろう!」

 

 こう光輝は言ったが、そもそも香織はハジメが死んだとは一筋も思っていない。立香が助けに行った以上、ハジメは必ず帰ってくると確信している。だからこそハジメが死んだと確信している光輝の言葉は、哀れにしか思えなかった。

 

 また香織によく懐いているハイリヒ王国の王子、ランデル殿下も恋敵がいなくなったことでむしろ安堵していた。尤も、その香織は未だにハジメを想っているので、ランデルが恋愛対象になることはまず無いのだが。

 

 兎に角も、死んだことにされているハジメへの当たりは基本的に厳しいものだった。死人に口無しと言わんばかりの八つ当たりで、光輝もそれに便乗していた。『使徒』が戦意を失ったことの原因がハジメの死であり、『最弱』であったことから、鬱憤が止まらないのだろう。

 

 もし雫や霊体化しているエミヤがいなければ、とうに香織はブチギレていたかもしれない。暴力に走るようなことはなかっただろうが、それでも険悪にならないよう、セーブしてくれる存在は有り難かった。

 

 そして香織が動けるようになったのは立香が出て行った翌日のこと。香織が己に回復魔法を掛けまくっていたのも要因だ。動けることが分かると、すぐに香織はエミヤと共に訓練場へと向かおうとした。

 

 早速、ベッドから体を起こした香織。しかし香織の部屋の扉を塞いでいる親友の姿がそこにはあった。

 

「…雫ちゃん」

「香織…ごめんだけれど行かせないわ」

 

 一目でわかる。雫は香織を案じているのだと。疲労が無くなり、立てるようになったとはいえ、治りたて。香織の“回復魔法”がこの世界では飛び抜けたものだと分かっていても、香織を訓練には行かせないだろう。

 

 だが香織はこれ以上休もうとは思わないし、とても思えない。むしろ休めばきっと狂ってしまうだろう。あの時の過ちを繰り返さない為にも、力を我武者羅に求めている。だから返事は決まっている。

 

「ごめんね、雫ちゃん。その言葉は聞けない」

「…香織。ダメよ、行かせないっ。ただえさえそんなボロボロなのよ!」

「それでもだよ、雫ちゃん」

「っ! 貴方なんでそこまで…南雲くんが本当に生きてる保証もないのに!」

 

 雫も香織の覚悟は分かっている。それでも香織はただ真剣に香織のことを心配し、止めようとしている。だからこそ不思議なのだ。本来ならば死を信じる他ないハジメの奈落への落下を見ておきながら、未だに折れない香織の姿に。その瞳に危ういものがないことに。

 

 だが香織には信じられる要素などいくらでもある。

 

「藤丸くんが、マシュが言ったから。絶対にハジメくんを連れ戻してくるって」

 

 香織は立香ともこの数週間で良き友達関係を結んだ。そして同時に立香の心も強いことを理解した。だからこそハジメのことを諦めないと信じられる。

 

 マシュもだ。彼女もまたきっと諦めずに手を伸ばす。二人ともが馬鹿らしいほどにお人好しだからこそ、香織は信頼できる。

 

 そして何よりも、香織が信じているのは最愛の存在。

 

「何よりも、ハジメくんが奈落に落ちた程度で死んじゃうはずが無いもん」

「ーーーっ」

 

 信じている。あの日、弱者でありながら強者に歯向かった人の背中を。香織はその勇気が折れていないと分かっている。たとえどれだけボロボロになっても、一度諦めても、それでもなおもがき続けると断言できるから。

 

「私は、今度こそ約束を果たさなきゃダメなんだ…だから、ごめんね」

 

 あの花火の元、誓った約束を忘れてはならない。必ず守り抜かねばならない大切なもの。今も胸に宿る想いの為にも、香織は進む。

 

 雫は項垂れると、それ以上止める事はなかった。香織の進路上から退き、走り去っていく香織の姿から目を逸らした。見なかったことにしてくれたのだろう。香織は前を向いて走り去っていく。目指すのは訓練場。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー雫side

 

「…知ってるわよ。そんなこと」

 

 ただ一人残された香織の寝室。病室という簡素な作りであり、白を主体とした病人に安心を施してくれる部屋だ。ついこの間まで寝込んでいたこの部屋の住人に気遣ったフルーツのバスケットがベッドのそばにある棚に手もつけられず置かれている。

 

 慌しく香織が出て行ったことが一目でわかる乱雑に放置されたベッド。もみくちゃになっているシーツを直しながら、雫は独り言を呟いていた。

 

 ーー僕には気を使わずに頼って欲しいな。いっつも助けて貰ってるから。

 

 思い出されるのは香織も知らない、彼と二人だけの思い出。もっとも彼が憶えているかは途轍も無く怪しい話。それでも雫は憶えている。そっと胸にしまいながら。

 

 少しだけある胸にある温もり、手を触れて少しの間瞑目する。すると瞼に浮かぶのは少しだけ薄暗い路地裏だ。その奥には息を切らした彼がいて…

 

「…どう頼っていいのか。結局最後まで…分からなかったわね」

 

 少しだけ残念そうに雫は呟く。ほんのりと頰が桃色に火照り、すぼめられた唇の端が上がる。奈落に落ちたはずの少年、しかし親友が言うように、落ちたとはとても思えない自分がいる。本当に最後だとは一筋も感じていない自分がいる。

 

 あの、勇敢に立ち上がった少年の姿は未だに雫の瞳に焼き付いている。きっと雫が死の恐怖に膝を折らないでいるのも、そして一部の生徒が立ち上がっているのもきっとその雄姿にこそある。

 

 病室の窓からは王都の図書館が見える。幼馴染と少年が毎日、訪れていた場所だそうだ。張本人が言っていたのだから間違いない。

 

 かつての記憶にある少年の言葉、それを思い出してクスリと笑った。

 

「…それでも、貴方なら手を伸ばしてくれたのかしら?」

 

 その答えは、今は分からない。だけれども記憶の中の少年はーーー

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

 無事、雫以降誰にも止められることはなく、香織は訓練場へと辿り着いた。中はがらんとしており、かつてあったクラスメイトによる賑わいはない。改めてハジメの奈落落下がもたらした影響をそこで感じた。

 

 そして香織は今、訓練場で正座をしていた。普通の者が見ればだだ広い訓練場の中、ただ一人の少女が正座していると言うなんともシュールな絵面だ。しかし勿論、香織の前には誰かがいて…

 

「さて、それでは本日から本格的に魔術の訓練を開始する」

「はい! エミヤ師匠!」

 

 カルデアが再び呼び出した英霊、エミヤだ。アサシンの者には及ばないまでも見事なまでに気配を消している。アーチャークラスにとっては気配の操作は言うまでもない技能。当然とも言えるが、それでも凄まじい。

 

 エミヤの号令に香織が元気ハツラツに返事! やっぱり人は元気が一番! オカンなエミヤも思わずニッコリ。ついでにホッコリ。

 

「返事がよろしいようで何よりだ、白崎香織! …さて、今まで君に教えてきた魔術、“強化魔術”。これは君の魔術を扱う上で基礎となる」

「…へ? 私の魔術は“強化魔術”じゃないんですか?」

「違うな。南雲ハジメほど奇異な魔術では無いが…君も余程だ。…ポンポンと例外は出るものではないのだがね…はぁ」

 

 なんだかエミヤさん、頭が痛い様子。大丈夫? 飴要ります?

 

「いらんよ。…さて、君の魔術だが『雷の概念』を身に落とす魔術、つまりは降霊系統の魔術だ」

「雷の…概念?」

「訳が分からない気持ちもよく分かるとも。しかしそうとしか言えなくてね、元素魔術の類や転換魔術とも全然違うのでね。そうとしか言えないのだよ」

 

 曰く、その魔術は香織自身に雷の魔法を香織自身、装備、そして魔法にさえも付与する。

 曰く、敵に麻痺を強制的に付与する。

 曰く、敏捷の“強化魔術”の伸びが爆発的に増加する。

 曰く、一時的にだが“飛行”の魔術が可能。

 曰く、その下拵えとして“強化魔術”を今まで反復させていたとのこと。

 曰く、この魔術による戦闘では近接戦が最適解。

 

「…キ○ア?」

「まるでその通りだな。…ま、君の天職とはまるで真逆の能力だ。その点、南雲ハジメは天職とベストマッチの魔術だ。私と同じく本来の魔術の形とは離れていることもだ」

 

 確かに香織の本来の力は後方支援を主体とした遠距離攻撃型。決して接近戦を行うスピードアタッカーではない。そういう点では香織の魔法と魔術の相性は最悪とも言える。“強化魔術”と“投影魔術”の魔術回路を持つハジメとは大違いだ。

 

 だが同時にエミヤは言う。

 

「しかしこれは攻撃力の無い君には十分な力となる。ただでさえ君の“強化魔術”は強力だ。その上で敏捷を強化できるとなれば、君を捉えられる生物などそうはいない。恐らくは指で数えた方が楽なほどだ」

「…はいっ!! 私、頑張ります!」

 

 香織の光魔法は基本的に、攻撃系統を含まない。それは香織の『治癒師』という天職故のものである。

 

 だがこの魔術をものにすれば、香織はハジメを守り抜くこともできるようになる可能性が高くなる。ならば香織に逃げるという道は一切無い。

 

「よろしい、それでは…“投影開始(トレース・オン)”。これを使うといい」

「へっ?」

 

 エミヤから受け取ったのは細身の二双の剣。西洋のレイピアのようでありながら、両刃剣としての強かさを備えている代物。人の腕一つ分ほどの長さでありながら、重量感を感じさせないそれはまるで翼の如く。

 

 だが不意にそんな代物を渡されてもその真意が分からない香織。するとエミヤの両手に新たな白黒一対の双剣が“投影”される。

 

 更に困惑を極める香織であったが、次の瞬間に爆風と見間違う風が吹き荒れた。それは所謂殺気というもの。しかしベヒモスとの戦いを経験した香織でも、一瞬それが何か理解できなかった。

 

 何故ならば、そんな相手とは比べ物にならないほどの濃密さがあったからだ。モードレッドやスカサハの時とは違い、完全に己に向けられたそれに、香織は汗を吹き出す。常人なら気絶にすらもいたるそれ。しかし香織は根性で耐えてみせた。

 

「…ふむ、一応覚悟自体は軟弱で無いようで安心したな」

「師匠、これは…」

「ああ。先程言っただろう? 君の魔術を使うには接近戦が義務だ。しかし私は双剣以外に接近戦の類をあまり知らないのでね。そういうわけだ。君には双剣術を私から習ってもらうとする」

「!?」

 

 あまりもの唐突な提案に思わず香織は目を見開いた。立香は『簡易召喚』のため、エミヤの実力は十全に満たないなどと言っていた。しかし…敵う気など、全くしない。それほどの武における差がそこにはあった。

 

 しかしならば逃げるかと言われれば、それもまた違う。香織は深い呼吸を行うと、腰を落とし構えた。それに対しエミヤは双剣をぶらりと落とした隙だらけの構え。だというのに死角がないようにも思える、無形の構え。

 

「剣技に手解きはない。実践が効率的だ。身を通して理解してもらうぞ、白崎香織」

「…お願いします!!」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そして昼十二時頃、土だらけになっている香織の姿がそこにはあった。辺りには金属の破片がいくつも散らばっている。見れば銀の剣は今にも折れそうなほどに刃の跡を残している。更に訓練場の端には銀の剣の残骸がいくつも残されている。何度も叩き折られたことが推測される。

 

 一方でエミヤには埃一つ無い。本気でこれで弱体化しているのか不思議でならない。もっとも魔術などを使えばパラメーターのごり押しで倒せるだろうが、そんな目先の勝利が香織の求めるものでは無い。剣技の習得、それが今の香織の当面の目標である。

 

 地面に大の字で転がっている香織。雫がいればはしたないと注意したのだろうが、生憎ここにいるのはそういった格好に慣れているジゴロ系英霊。その程度ではドキリともならない。

 

 そしてそんな彼は片手に笹もどきで巻かれた弁当を持ってきた。いつもバリエーション豊富で驚かされる香織だが、今回はその中でも群を抜いている。何たってその料理は…

 

「さあ、お昼休憩だ。今日は簡単なものだが塩おにぎりもどきとした。この前米らしきものが市場で売られていてね…日本人ならば擽られるものがあるだろう?」

 

 日本古来から伝わる『コメ』であるっ! てっきり西洋系ばかりしか無いと思っていたが…香織は思わずびっくり。一口食べで、更に硬直する。

 

 なお立香は一口もこのコメもどきを食えていない。どうやらこのコメもどきが市場に卸されたのは立香が迷宮に旅立ってすぐのことらしい。…ドンマイだ!

 

 ともかく硬直し、ふるふる震える香織さん。エミヤは思わず心配する。あれ? まずい? まずい? 的な感じだ。マジでオカンである。

 

「…師匠」

「む? まさか食う元気もないか? …少し初日からハードが過ぎたか?」

「いえ、そうではなく…こちらの方もご指導お願いしたいんです」

「…厳しいぞ?」

「それでもです。…なんだか今後も敵は増えそうですので」

「任された。君を一流に仕立てよう」

 

 なんだかエミヤさんも香織もこちらの方がマジトーンである。先程までのシリアスよりも更にシリアス雰囲気を纏う。確かに香織からすれば今後の為にも武器を増やしておきたいのは自明の理。だってハジメくんと仲良くなる為に読んだ本の中にヒロインがめちゃくちゃいる奴あったし! ハジメくん、それっぽいし! という不安からの判断である。それが相当間違いでは無いことを後に理解する香織である。…とある金髪ロリと戦うことになるのだから…っ!

 

 そんなノリでとりあえずおにぎりのレシピを習得。シンプル故の奥深さを知り、その後剣技の訓練。結果今日一日間は魔術に触れることは無かった。更に剣の腕も急激に変化することも無かった。それでもエミヤ的には目だけでもエミヤの動きを捉えていたのでオッケーのようだったが。

 

 ただ香織は帰りごろに訓練場の隅の方で一人、ナイフをスローイングしている少女の姿をチラリと見た。身体の疲れであまり注意深くは見ていなかったが…その人物が後の敵となるというのは、あくまでも相当後の修羅場への布石である。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー檜山side

 

 ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 

 だが実際は……

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

 暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

 

 そう、あの時、軌道を逸れてまるで誘導されるようにハジメを襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。

 

 階段への脱出とハジメの救出。それらを天秤にかけた時、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。

 

 そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。

 

 バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。

 

 だが奈落に落ちる直前、ハジメが己に向けた瞳を思い出す。あの時檜山は反射的に歪んだ笑みを向けた。きっと呆けた可笑しな顔をしているだろうと。

 

 しかしハジメは日頃の間抜けたような顔ではなかった。日頃見せることのない怒り。それが見開かれた瞳だけで分かった。あの時のことを思い出す度に、邪魔者が消えたと思うと共もにもし生きていたら…という恐怖が己を震わせる。相手は『最弱』、だというのに震えが止まらない。

 

 そしてハジメが奈落に落ちた後、それを追うように立香が『オルクス大迷宮』へと向かったのも気掛かりだ。勇者である光輝でさえも一撃で葬った男。そんな男がハジメを助けようとしているのだからたまったものではない。必死になって止めようとしたが、結果は失敗。

 

 そればかりがどうしても不安を誘う。

 

(まあ、奈落に落ちて死なないわけがない。…そうだ! アイツはもうーー)

 

 そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。

 

 その時、不意に背後から声を掛けられた。

 

「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

「ッ!? だ、誰だ!」

 

 慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

 

「お、お前、なんでここに……」

「そんなことはどうでもいいよ。それより……人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」

 

 その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 呆然と呟く檜山。

 

 それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

 

「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたらどうなるかな? 特に……あの子が聞いたら……」

「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」

「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

 

 檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉。まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。

 

「ど、どうしろってんだ!?」

「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

 

 実質的な奴隷宣言みたいなものだ。流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なくハジメを殺したのは檜山だと言いふらすだろう。

 

 葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。それにも目をくれず、その人物は面白そうに話し続ける。

 

「…少し言い方を間違えたかな? 僕と神の下僕(・・・・)になりなよ? そうすればエヒト様は僕達にそれ相応の報酬をくれるらしいよ。例えばーー」

 

 そして檜山が攻撃をしむけようとした。しかしその前に悪魔の如き甘言が檜山の耳に届いた。

 

「白崎香織を手中に入れられる、とかね?」

「!? …な、それは本当に」

 

 暗い考えなど一瞬で吹き飛ばされた。その檜山の様子にニヤニヤと笑う人物。そして引き続き勧誘を続けた。もちろん甘い誘惑も込めながら。

 

「エヒト神は僕らをゲームの駒みたいに仕立ててる。ようは面白い展開になればどうでもいいんだろうね。…そして僕らはその面白い舞台の設置さえすればそれでいい。そうすれば…すぐに僕らの欲しいものが手に入る。君は白崎香織を…そして僕は…ふふふっ! …いい提案だって思わない?」

 

 小馬鹿にするような調子を崩さない。しかしその内容は檜山にとっては願ってやまないこと。未だにハジメの生存を信じる香織の様子がただの優しさなどとは一切思っていない。それがまた泥のような嫉妬を噴きださせる。

 

 どれにせよ選択肢などとうに一つしかないようなもの。己の欲のままに檜山は従う他なかった。

 

「…その神さまとやらに従えば…本当に?」

「本当だよ〜? なら後ですぐに声も聞けると思うから。で? 返事は?」

 

 ニヤリと口元が裂けるのがわかった。神の盤上? 駒に見立てられた自分達? 知ったことではない。己の渇望はただ一つ。それが手に入るならば、邪神とでも手を結ぼう。

 

「ーー従う」

「ふふ。オッケー。なら僕と君はしばらくバディだ。コケないでよ? 僕も面倒になっちゃうんだから」

「ああ…俺の目的のためにも、なぁ!」

 

 悪意が『使徒』の中に紛れ始めた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

 そして一週間後、決意を新たにしたメンバーが発表された。次の迷宮攻略に挑むのは光輝達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 

 むしろ香織からすれば意外と言える。香織の場合は再びハジメと出会った時に守り抜く為に強くなると決めた。だが、他のクラスメイトにはその死への恐怖を超えてでも立ち上がる動機がないとおもっていたからだ。

 

 だが雫から聞けば、理由が納得できた。光輝や小悪党組は違うようだが、その多くは奈落に落ちたかの少年に影響されたらしい。つまりは憧れたのだ。あの英雄の如き背中に。『最弱』でありながら、ベヒモスを一度は地に落とした彼に。

 

 それを聴くと少し香織の気分は良くなった。てっきりこの国にはハジメに良い印象を持っているのは本当に全然いないと思っていたからだ。

 

 香織はここ一週間の訓練で剣技を少しは使えるようになった。というのも剣戟による恐怖が薄れてきた為だ。こればかりは意思とは別で慣れが必要だった。剣技が実戦でしか教えられないといったエミヤの指導法に納得したのも、それを実感できたその時だった。

 

(もっと強くならなきゃ…)

 

 それでも道はまだ遠い。少なくとも香織はハジメと再会するまで、絶対に強くなるという決意が消えることはない。むしろ轟々と鳴り上がるばかり。

 

(だから…待ってるよ、藤丸くん。…ハジメくんっ!!)

 

 それぞれの想いを乗せ、新たなる勇者パーティーは迷宮へと駆け出した。




なおここで香織の魔術が強くなったのは…色々訳あり。
単純に香織の力を言えば…
・スピードだけならバグウサギに勝つる。
・全ての攻撃にスタン付与あり。
・+初期から使徒モードみたいな感じ。
強いよ、間違いなく。
…そして家事力も。
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