ありふれた錬成士は最期のマスターと共に 作:見た目は子供、素顔は厨二
明日も頑張る(雑になってきた前書き)
ーー立香side
『オルクスのキャスター』。黒いサーヴァントはたしかにそう告げた。『神山のアサシン』が言っていた『キャスター』の正体。それが目の前の男に違いなかった。
『オルクスのキャスター』はハジメとモードレッドの間まで降りる。その時ハジメは目を険しくさせて『キャスター』を睨み、モードレッドは臨戦態勢を整えた。
殺意が『キャスター』へと集中する。しかし『キャスター』は柳に風としていて、むしろ紳士的に右手に胸を添えた。文句無しの礼儀ではあるが、ここは奈落の底。秩序など持ち込めるはずのない場所で見せられる余裕。立香は『キャスター』の危険度を心の中で上げた。
やがて『キャスター』はハジメの方をまじまじと見る。ただ『キャスター』の関心はハジメ自身ではなく、銃の方へと向いていたが。
「…なるほど。とんだ怪物がいたものだね。そこまで精密なものを少ない期間で創り上げるなんて。僕には到底難しいかな?」
その一方でハジメもまた『キャスター』を爪の先から、持っている傘まで余すことなく目を配る。
「…テメェが言うか? とっくに『錬成士』って枠組み超えてるだろ。んなもんを作れるような奴の方が怪物ってもんだ」
ハジメは立香達以上に『キャスター』を警戒していた。何故かは分からないがハジメにとっての明らかな格上を見た、そんな風に立香には見えた。
たしかに立香にも『キャスター』は『アサシン』同様、強敵に思える。『キャスター』の場合は伝承の場所での召喚のため、知名度補正も高いだろう。
それでも立香には『キャスター』が『アサシン』以上の難敵には思えない。戦闘スタイルを見ていないということもあるのだろうが、『アサシン』の方が得体の知れない強さがあった。
しかしハジメは立香の反応には目もくれず、銃を『キャスター』に向ける。
「それで? テメェは何者で、テメェが今ここで出てきた理由は何だ?」
「先ほど自己紹介はしたと思うのだけれどね? 足りなかったかい?」
「ああ。奈落で一番の脅威だ。警戒するに越したことは無いだろう?」
この間モードレッドが「一番強えのは俺だ!」と叫ぼうとしていたが、立香がステイさせる。ついでにスカサハもムズッとしていたが、そちらもまたステイさせる。マシュだけは何も言わず防御をいつでも行えるように準備していた。多少、立香の精神衛生が良くなった。
すると『キャスター』は少し吹き出して笑うと、見定めるような瞳をハジメに向けた。
「なるほどね。でも、まず君も名乗ってくれるかな? 相手のことを知りたいならまず自分から、というのは一般的な礼儀だと思うよ」
「…テメェ、さっき『奈落の怪物』って言っただろ。それだけ知ってたら充分じゃねぇか」
「そういうことじゃ無い。あくまでも僕が知っているのは表面的な情報だけだ。君の名前も知らなければ、ここに来る前の素性も知らないしね」
だからどうぞと『キャスター』はハジメに正体の開示を促す。
ハジメは頭をかき、指を僅かにマフラーに触れさせる。少しの間、瞑目するとようやくハジメは『キャスター』の質問に答えた。
「知らん」
投げやりに短く、それでも偽りのないハジメの言葉。
「…それは、どういうことかな」
「文字通りだ。俺自身名前どころか目覚めてからの記憶ってものが一切合切消えている。記憶喪失って奴だろう。目が覚めた頃には左腕が消えてて、幻肢痛に悩まされたよ」
もういいかとハジメは『キャスター』へと問い返す。だが到底その言葉を無視できない人間がここにいた。
「本当なのか、ハジメ!!?」
「…『はじめ』? つーか、お前は何もんだ? 俺のフラム鉱石の攻撃も効かねぇし…魔物か?」
まるで始めて聞いたように自分の名前をハジメは口ずさんだ。だが聞いても心当たりがないらしく、立香の正体の方に意識を向けた。確かに奈落の底に居られるだけの実力、先ほどまでは聞けるような状況で無かっただけに気になるのだろう。
立香はようやく話を聞いてくれる状況になったことを理解し、ここでハジメを食い止めようと決意する。
「違う! 俺はここに落ちてくる前のお前の友人だ!」
「…はぁ? そんな俺の友人様が何でこんなところにいる? まさか助けに来たなんていわないよな?」
「その通りだ! ハジメ、俺はお前を助けに来たんだよ!」
「もしかしてだが…その『はじめ』ってのが俺の名前か?」
「ああ! 南雲ハジメ、それがお前の名前だ!」
「なぐもはじめ、か。そうか…」
自分の名前を何度か復唱するハジメ。やがて納得したかのようにハジメは立香に瞳を向けた。
「恐らくお前にとって俺は大切な存在だったんだろうな。それこそこんなところまで来て、わざわざ手加減してまで俺を連れ戻そうとするぐらいには。…少しだけ知れてよかったよ」
「なら!!」
どうか手を握って欲しい。それが立香の紛れも無いこの場での本心。しかしハジメの瞳に宿るものは、そんな想いさえも踏みにじる。
「だが、結局知ったところで俺には興味がない。今の俺の目的は…生きることだけだ。俺を助けるためだけに来たって言うなら、もう帰ってくれ。これ以上ここで俺の邪魔をされれば…殺しちまう」
「…ハジメ」
「勘違いするな。最早俺にとって
「…なんで、なんでだよ!?」
「それが俺に残された唯一のルールだからだ」
ハジメは額に拳銃を当てて、告げた。
「俺に残っているものは何もない。何も覚えちゃあいない。故に俺が唯一妥協できないのは命のみだ。それ以外は、何も要らない。だからこそ、俺の前にいる者は全て殺す。殺して喰らう。ーーだから俺は少しでも俺の危険になる可能性のあるお前達と一緒に行く気はない。自分の命は自分で守る」
それだけ言うと、立香をハジメの鋭い瞳が捉えた。そして銃口の標準は今、立香に合わせられた。そして瞳が立香に問いかけてくる。
ーーお前は俺の前に立ち塞がるのか?
次の動きだけで立香の運命は変わる。最悪死すらも覚悟せねばならない。常人ならば足もろとも縮こまり、大人しく手を引いただろう状況だ。
しかし立香は、そんな軟弱者でも常人でも無かった。
「ああ。お前がなんて言っても…俺はお前の友人を止める気はない。それすらもお前が認めないって言うなら、俺は全力で抗ってやる」
立香の瞳に迷いも後悔も何一つない。むしろハジメの友人であることに胸を張る。そんな風な威風堂々とした出で立ちだ。
ハジメは一体、何を思ったのだろうか。茫然とすること数秒間。瞼が一度閉じられた。紅い光が、一度だけ揺らいだような気がした。
「…そうか。ーーなら死ね」
「“聖絶” ーー局所展開」
乾いた死を招く一撃はまた一言によって遮られる。すっかり存在が蚊帳の外にいた男が何故かまた目と目の間を中指で盛大に空振らせる。習慣故に行ってしまうのだろうか、少し悲しそうな雰囲気がなくもない。
「ナグモ・ハジメで良かったかな? ーーここで一つ提案をしたい」
「…何だ? いきなりしゃしゃり出てきやがって?」
「まあまあ、落ち着いてくれるかい。とりあえずこの男の子を攻撃しようとしないでくれるかな?」
「もし、それでもって言ったらどうするつもりだ?」
「どうなると思うんだい?」
獲物として扱っている黒い傘を担いで、逆にハジメに問いかけた。答えるまでもない。『キャスター』は言外に、立香達の味方をすることを告げた。
立香がことの状況を見つめていると、ハジメが折れた。手からブランと力を抜き、それでも油断ならない半身の自然体で『キャスター』を一瞥する。
「それで? ここからどうするつもりだ?」
「まずは君が利口であったことに感謝しよう。それからまだ頼むようだけど…君一人でこの階層から降りて貰いたい。君だってそうしたいだろう?」
「…後ろの奴らが許しそうにねぇぞ。どうするつもりだ」
「単純だよ。“錬成”」
それはハジメと同様に『最弱』であるはずの力の詠唱。だがそれがどうだ。傘の石突きの部分を地面に刺す。吹き荒れる陽色の魔力。それら全てが埒外の現象を引き起こした。
地面が…
「チッ。ほら見ろ。化け物じゃねぇか」
常識を遥かに超えたその力にハジメは悪態をついた。だがそんな僅かな間に、下の階層への穴が完成した。
『キャスター』はこともなさげに笑った。そしてハジメを再び見る。
「…分かったよ。テメェみてぇな怪物を相手にしたくもねぇし、時間も惜しい。ここは乗っかってやる」
「協力、感謝するよ。『希代の錬成士』くん」
「バカはせめて寝ぼけてから言え」
ハジメは『キャスター』に罵倒を入れると、立香の方を向いて言った。別れの言葉であった。
「ここは引き下がる。だが…もし次も懲りずに来るならば、その時ばかりは容赦する気はない。これ以上馬鹿な真似は…やめておけ」
言い終わるとすぐにハジメは穴から落ちた。落ちていった横顔はどこか懇願じみたものがあった。それにより一時的に立香は迷ってしまった。
「“錬成”」
そして思考が定まり切る前に響く『最弱』の詠唱。それが割れた地面を繋げ、元どおりに修繕した。
『キャスター』は更に、この場に新たに机と椅子を地面から作り上げた。
そして立香達一人一人に目を配って、『キャスター』は笑顔で告げた。
「さて。まずは座ってくれないかい? 今のままじゃ話し合いもまともに出来ないからね」
この言葉に逆らう理由は立香達四人には思いつくことは無かった。