ありふれた錬成士は最期のマスターと共に   作:見た目は子供、素顔は厨二

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お久しぶり!
見た目は子供、素顔は厨二です!

…さて休んでた理由ですが、知る人は知っているんでしょうが…。
アニメです。(何のとは言わん)
そのクオリティーが…求めてたベクトルと違ってたっていうかさ…。
そういうことよ。

ですが新しく始めた『恋する〜』とかなどの感想欄での励ましの言葉で復活しました。
今後は交代で更新していくつもりです。
…遅くなるけど、ヨロ。


『ミレディ・ライセン』

 ーー立香side

 

 聞こえたのは掠れるような呻き声。ほんの僅か、しかしその場にいた全員は過敏に反応した。

 

 立香達の視線の先にいたのは機械仕掛けの仮初めの体ではない。ミレディ・オルタの真の姿と言える状態だ。

 

 本来ならば金髪に蒼穹の瞳だと聞いていたが、従来の反転者(オルタ)と同じようにその色彩は褪せていた。銀髪のカールがかかった髪は本来のポニーテールではなく、髪を下ろしている。銀髪の間から覗くのはギンギラと輝く金色の瞳。身に纏う所々が破れているドレスは黒一色。体の至る箇所に赤黒い血管が張り巡らされており、他でもない反転した証拠であった。

 

 ミレディ・オルタは息を荒くしながらも、その腕を高々と掲げた。そして立香達を睨みつけた。否、彼女の視線の先には立香達はいない。矛先は全てニコちゃんマーク仮面を付けたゴーレム、ミレディに向かっていた。

 

 ミレディ・オルタの眼には立香から見ても様々な物が映っていた。羨望、嫉妬、劣等感、憐憫、そして今までの何よりも凄まじい丈の怒り。他人である立香から見てもそれだけの事を感じられるのだ。ミレディ本人には混沌まで行く感情が見えるのだろう。

 

「何故だ!? 貴様のような…貴様などに、私が負けるのだッッ!?」

「…」

 

 傷だらけの霊基でありながらもミレディ・オルタは叫ぶ。片言であった言葉は元に戻っているものの、一層怒りが際立っている。抱えていた感情全てが烈火の如く噴き出したようだ。

 

 それに対してミレディは、何も言うことは無かった。視線を逸らしもせず、ただミレディ・オルタを見つめていた。

 

 それに一層腹が立ったのだろうか。ミレディ・オルタの怒りは目に見えて加速した。

 

「贋作だ! 貴様は…贋作だ! 私が本物だ! あれほどの時を孤独にされながらも能天気にも希望を持ち続けた! 哀れにも過去に縋り続けた! 私は違う! 当然の怒りを抱き、糧にした! 憎悪を燃やした!」

 

 ミレディ・オルタがミレディ・オルタたる核は自己肯定、それをようやく立香は理解した。贋作として生を生きる事を許さぬ心こそミレディ・オルタを支える唯一の柱だ。だからこそ執拗までに解放者(かこ)に執着し、殺そうとし続けた。

 

 全ては『怒りを持たぬ本来の自分』を否定する為に。

 

「貴様はどうだ!? この幾千もの時を何を持って過ごした! 怠惰にも待ち続けただけだろう!? そんなもの…私は認めないッッ!!」

 

 ミレディ・オルタから曇天が徐々に立ち昇って行く。ミレディ・オルタの原動力の怒りが、再び霊基を立て直している。

 

 黄金の眼光を放ち、ミレディ・オルタは曇天の嵐を生み出す。霊子がミレディ・オルタから漏れ出しているものの、御構い無しと言ったところだ。自滅覚悟、それを心得ていた。

 

 ハジメはそれを見てすぐにドンナーをホルスターから抜き取り、引き金を引いた。“強化”の一つもない弾丸だが、それでも風の合間を抜け、ミレディ・オルタの肩を穿った。苦痛にミレディ・オルタが顔を歪めると共に、一時的に風は弱まる。

 

 その隙に立香達は迷宮の奥へと進む。出口もくそもあったものではないが、それでも風に巻き込まれたならば今度こそ死ぬ。それが確定していたからだ。

 

 だが、その前に宝具(・・)は展開した。

 

「“曇天迷宮・滅界(ブロークン・ザ・ワールド)”」

 

 曇天が迷宮に淡く溶けるかのように、霧となり消え失せた。同時に深い振動が世界を包んだ。

 

「っ!?」

 

 あまりもの世界の揺れに立香は目を剥く。その揺れに足は取られ、一時宙に舞う。それほどの振動。しかしそれだけで終わりそうにはない。

 

 ーーメシメシメキッッ

 

 天井に、壁に、床に。至る所に走る罅。それは徐々に範囲を広げる。

 

「逃げろぉおおおおお!!!」

 

 呆けていた精神を復活させたのはハジメだった。立香の背中に蹴りを入れ、前へと吹き飛ばすと、ユエやシア、マシュにそう叫ぶ。

 

「んっ!」

「は、はい!」

「急ぎましょう!」

 

 立香は走り出すその刹那、僅かにミレディ・オルタの方を見た。そして彼女に向き合うミレディの姿も。蒼天と黄金の瞳が絡み合うその様を。

 

 そしてふと、ミレディと目があった。ニコちゃんマークの仮面ではあるが、不思議と「お姉さんに任せんしゃい」と言った感じがしなくもないのは、きっと勘違いではないのだろう。

 

 ならばもう立香が背後を気にする理由は無かった。

 

「ああ、行こう!」

 

 立香は気怠い体に叱咤をかけ、その体を前へと突き出した。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーミレディ・オルタside

 

 そしてその小さくなっていく影を傍目に眺めながら、問答は続く。

 

「…リッくんとかハッちんはもういいのかな?」

「この迷宮の崩壊から免れる筈はない。それより今は貴様だ、贋作」

「贋作呼ばわりは酷くないかな〜? いくらミレディちゃんが天才美少女魔法使いとはいえ、傷つく心はあるんですよ?」

「…貴様は余計な事を言わねば会話が出来ないのか?」

「余計じゃないです。ミレディちゃんのアイデンティティです。笑って許してね♪」

「………」

 

 ライセン迷宮で部外者(ハジメや立香)達がただの文字であれほど苛立っていた理由がよく理解できた。なるほど存在自体がイライラする。先程、迷宮の崩壊の為に使った魔力が一滴でも残っていたならば、目の前のゴーレムを潰す為に全魔力を掛けた事だろう。

 

 兎も角、ミレディ・オルタはなんだか緩んだ空気を取り戻す為に咳払いを一つ行う。そうするとようやく空気が張り直ったような気がした。

 

「…貴様は本当にあの薄情者共をなんとも思わなかったのか?」

「あーそれね! ハッくんとか本当に酷いんだよ〜! このゴーレム体が何度ミシミシと言ったことかーー」

「解・放・者・の・こ・と・だッッ!!」

「あっ、そっち?」

 

 魔力が無いとは言え、伝説級の英霊。その威圧は並みのものでは無いが、ミレディは何処吹く風。鋼鉄のまんまるフォルムの御手手をポンとする。

 

 ミレディ・オルタは更に苛立ちを重ねるが、ミレディは平然としたまま答えた。

 

全っ然(・・・)っ! これっぽっちも!」

 

 それはまるで極当然のように。心の底からの眩しいまでのミレディの想い。

 

 なんの躊躇いも見せなかったミレディにミレディ・オルタは愕然とする。だがミレディはやはり気にした様子もなく、続ける。

 

「確かに寂しかったよ。何度もみんなに会いたいな〜って思ったり、あの頃は楽しかったなぁ〜っなんて思ってた」

「そうだ! だからこそ私は私を置いていった奴らに憤りをーー」

「でもね。私達の願いを受け継いでくれる人を待ってたらあっという間だったよ! ハッちんもリッくんも私の予想を何倍も超えてくるんだよ!」

「ッッーー」

 

 そんな筈はない。ミレディが。ミレディ・オルタが待ち続けた年月は大地が峡谷となり、エヒトにより世界が何十回も作り変えられ、下手すれば気が何度も途切れたであろう、そんな永劫に等しい時間だった。

 

 その間を孤独のまま、そして何の感触をも感じられない体のまま過ごしたのだ。鉄の体はミレディ・オルタにとっては檻にも等しかった。

 

 故に希望は絶望へと繋がり、願いは憤りへと変わった。ミレディ・オルタが生まれる源がそれの筈だった。

 

 しかしそれがどうだ。

 

「ハッちんたらね、本当に捻くれてるの。でも根は優しくて、人を思いやってるんだなぁ〜って感じの子。THE.ツンデレって感じだね! 錬成士っていうのもあるんだろうけど、本当にオーくんに似てて仲間思いなんだよ。本当に運命ってあるのかもね」

 

 どうしてこれほど楽しそうに言うのだろうか。

 

「ユエちゃんはハッちんのことなら何でも肯定しちゃうんだよ! 魔物虐殺してる時にもうっとりしちゃってるんだ〜。ベタ惚れだね! …あとこれはみんなにナイショだけど…ハッちんの血を吸う時、本気でエロいよ。こう、そう…メル姉が裸足で逃げ出すくらいっ」

 

 長年置いて行かれて、孤独にされ、摩擦仕切った筈だというのに。

 

「シアちゃんはひたすら残念な子だよ! でもその分マジメで直向きな良い子! 可愛らしいピコピコウサミミも相まって、キアラちゃん思い出しちゃうよ! …ただあのメロン二つはユルスマジ」

 

 ゴーレムの体だというのに、全身からまるで百面相でもしているかのような表情の数々が溢れて出ていて。

 

「マシュちゃんは本気で嫁に欲しい! 気配り上手だし、お淑やかだし、健気だし、儚い感じに可愛らしいし! 何なのアレ! 国宝級だよ! リッくん羨ま! 末永く爆発しろ! …あ、でもたま〜〜に変な事言いだしちゃうけど。そこはご愛嬌だよ!」

 

 それはあの日、一人となる事を決意した日から色褪せる事のない夢を乗せて。

 

「リッくんは芯の強さは筋金入りどころかアザンチウム並みだね! しかも色々精神面がバグってる! …いや、肉体面もだけど。メチャクチャだけど、心優しくて誰にも心配りできるんだよ。…いっぱい修羅場潜ってきた筈なのにね」

 

 そしてあの日と全く変わらぬ決意を貫いて。

 

「だから。そんな子達だから信じられる」

 

 ミレディはやはり笑った。

 

「きっとあの子達なら、あのクソッタレをぶっ潰せるって」

 

 その声色は隠しようも無いほどに楽しげで、しかしそれ以上に千万の想いを語っていた。

 

 ミレディ・ライセンも孤独を感じていなかったわけではない。きっとオスカー達へ怒りも感じていたのだろう。あくまでもそれが微々たるものだった。ただそれだけの話。

 

 しかしその心のなんと強いことか。嫌な感情から目を背けていたのではない。だというのに(ミレディ・オルタ)のように堕ちることは無かった。それはミレディの他ならぬ心の強さを示していた。

 

 ーーズガァアアアンッ!!

 

 崩壊の連鎖は続く。それにミレディはハジメ達が消えていった方向を向き、クスリと声を出して笑った。

 

「ゴメンね、ミレディ・ライセン()。行かなきゃ。 あの子達を死なせるわけには行かないから」

「…貴様の霊基ではもう、持たないだろうにか?」

「それでもだよ。だってーー」

 

 ミレディ・ライセンという霊基はもう長くはない。長い間摩擦し切らなかった彼女の心だが、それに魂は追いついていない。つまりは風前の灯火と言えた。彼女の真髄である“重力魔法”を扱えるのももうそう多くはないだろう。

 

 ハジメ達を生かすにはきっと膨大な力が必要だ。ならばその目的を果たす為に犠牲となるのは言うまでもなく彼女の魂魄そのものだ。

 

 しかしその事実を前にしてもミレディ・ライセンは揺るがない。ニコちゃん仮面のゴーレムから抜け出した彼女の擬似英霊としての姿が顕現する。それはかつての仲間の一人に、念の為として用意して貰ったゴーレムの体がなくても活動出来るようにした姿だ。

 

 金色の髪が揺れ、蒼穹の瞳がミレディ・オルタを貫く。かつての姿と変わらない、ミレディ・ライセンとしての最盛期。

 

 ミレディ・オルタがその姿に何とも言えない感動を覚えている中、肩越しにミレディ・ライセンはミレディ・オルタを見て言ってみせた。

 

「何たってこのミレディちゃんは…『解放者』のリーダーだからね☆」

 

 瞬間、ミレディ・オルタの胸中に風が吹いた。

 

 そして納得した。認めた。

 

(そうか。…これがミレディ・ライセン(・・・・・・・・・)か)

 

 理不尽の世界の中、誰もがその中に埋もれ生きていた世界で。それこそ晴れ渡る空の如く人々を導き、彼らの意思を解放してみせた少女。年端も行かない少女でありながら、老若男女種族をも問わず見惚れさせた英雄。

 

 誰よりもその意思は強く、故に誰よりも眩く生きる。意思はどんなものにも縛られず、自由を体現したかのような少女。その果てに神代魔法の使い手全員と肩を並べ、神と戦ってみせた唯一無二の存在。

 

 それこそがーー『ミレディ・ライセン』。

 

 たった(・・・)数百、数千年。それだけの時間ではミレディ・ライセンの心を折ることなど出来はしない。

 

 そして心を折った己はその時点で、他ならぬ『贋作』なのだ。その前提がある限り、己はどのようにもがこうと本物になり得ない。

 

 小さくなるその背中を見つめながら、ようやくミレディ・オルタはそれを自覚した。

 

「…結局は妬み、か」

 

 辺りの曇天が止む。今の今まで激情により魔力の活性化を行なっていたが、それさえも途切れた。心中の大部分を埋めていた怒りの感情が霧散していくのが明確に理解できる。

 

 同時に体全身から力が抜けていった。彼女の霊基に組み込まれていた激情が消えたことにより、霊基が大きく崩壊し始めたのだ。恐らく己は消えるのだろう。この迷宮と同じように。

 

 だが先程までと違い、恐怖は無かった。

 

「…まったく、後悔だらけだ。あの女め。こんなことならばオスカーとも、もう少しまともに話しておけば良かったものを…」

 

 左肩にヒビが走る。ビキビキビキッとガラスが割れるような音が鳴る。遂に送還される時が来たようだ。

 

 それを受け入れるようにミレディ・オルタは瞼を閉じた。

 

「本当に、長い人生だったが…」

 

 左肩が破片となって砕ける。それは霊子となって頰に触れる。

 

「最後ぐらいは悪く無かった…かな?」

 

 そこで、ようやくミレディ・オルタは破顔した。それは正しくミレディ・ライセンと同じ笑みだった。激情などではない。心からの喜びが、ようやくミレディ・オルタの霊基に宿る。

 

 そして霊基が砕け散るその時、ザッとすぐそばで音が鳴った。

 

 ミレディ・オルタはその人を見て、目をめいいっぱい開いた。

 

「…お前は」

 

 これが物語に大きな変動を起こすことを、今は誰もまだ知らない。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 崩壊する迷宮をただひたすらに駆ける。全員の限界ぎ近い中、それでも生き残る為に。

 

「また行き止まりか! キリがないなぁ、もう!」

 

 とはいえ元々形が複雑なライセン大迷宮がその道の数々を崩壊させていると来た。恐らくは外に出る道を意図的に塞いでいるのだろう。瓦礫の大きさも幅も大きい。退けることも出来るが、その道が正しいかどうかも分からない今、魔力はなるべく残しておきたい所だ。

 

「……ハジメ、“解析”は?」

「悪りぃが期待は出来ない。そもそもこの迷宮の存在自体が文字通り消えてやがる。原形どころか存在も曖昧なものを“解析”して出口に辿り着けるとは考えづらい」

「存在自体が、ですか!? じゃ、じゃあその中にいる私達は…」

「巻き込まれて何処かの時空に放り出されて良いところでしょう、シアさん。十中八九死にますが…」

 

 そういう訳で今までのように“解析”で出口を探すのも得策ではない。兎も角崩壊に巻き込まれぬよう逃げ続けるだけだ。

 

「ぅうう! 何で私、初めての迷宮でこんな目に合ってるんですかーーっ!!」

「「「「…残念ウサギだから?」」」」

「満場一致しない! あと、皆さんも言ってトラブル体質ですからね!」

 

 少しでもその空気を和らげるよういつものノリを装う五人。しかし全員、疲労感が隠しきれていない。あれほど大きな戦いの後なのだから当然なのだろう。

 

 それがただの疲労や魔力枯渇ならば神水を含めばある程度回復が可能なのだが、そうではない。ミレディ・オルタの宝具の影響、言ってしまえば一種の呪いである。それが全員の体を深く蝕んでいた。だからこそミレディ・オルタを倒した後に飲んだ神水もいつものような回復力を見せなかった。

 

 回復も出来なければ、魔術も使えない。しかもろくに出口があるかも明白ではない。言わば絶体絶命と言ったところだ。今でこそ綱渡りのようにギリギリの状態で、全員生き延びている。しかし一歩でも踏み外せば容易く死んでしまう。

 

 やがて次の曲がり角が見える。時間的に次がラストチャンス。これも出口でなければ、ハジメ達はこの空間の崩壊を共に過ごすこととなる。

 

(どうか…頼む!)

 

 ハジメは不安に陥りながらもその角の先を見た。

 

 ーーぐにゃり

 

 言うならばそれは、最悪のジョーカーを引いてしまったかのようだった。

 

 崩壊が進み、歪んだ空間。それがハジメがその目で見たものの正体。光さえも飲み込む亜空間が、迷宮の壁を引きずり呑んでいた。

 

 そしてそれを見た一行の眼はこの日一番と言える大きさまで見開かれた。

 

「逃げろぉおおおおおおおおお!!!」

 

 一番先頭にいたハジメのマフラーを握り、立香は叫びながら踵を返す。その声に驚愕の呪縛から逃れた一行が続く。

 

 ハジメは少しでもの時間稼ぎをと宝物庫いっぱいの爆裂弾を取り出し、亜空間に向け投げつけた。時間差で炎が吹き荒れ、亜空間の前に立ち塞がるが、無意味。一進も引かず、慈悲もなく炎を侵食するのみ。全く意味を成さない事にハジメは舌打ちをせずにはいられない。

 

「ハジメ! そんなもん意味はない! 俺この道のプロフェッショナルだから分かる! ソロモン神殿とかSE.RA.PHとか!」

「言ってる場合かぁあああ!!」

 

 立香的におふざけではないのだろうが、亜空間に呑み込まれそうになる体験など一度あってやっとの事。そんな体験を二度どころか三度以上経験しているという立香の発言はとても常識的なものとは言えない。この後に及んで顔はまさしくニッコニコだ。

 

 だが見ると立香の額にも疲れ以外から来ている汗が見受けられた。手は僅かだが震えており、死が直前にあることを立香が認めていることが分かる。

 

 たしかに立香の心は強い。しかし強ければ恐れないわけではない。むしろ強いからこそ死の恐怖に向き合うと言える。今まさに立香はその恐怖の渦の中にいるのだろう。立香はそう言った面でハジメとは違い、一切狂えていない。

 

 だからこそハジメは、立香の横で笑った。見れば立香のもう片方側でもマシュが立香の手を掴んでいた。

 

「大丈夫だ。俺らは死なねぇよ」

「はい。絶対に皆さんで生きて帰りましょう」

「…ああ!」

 

 ビキビキと横の壁から亀裂が走ると、そこから別の亜空間がハジメ達に肉薄する。ハジメが数少ない魔力で反対側の壁を“錬成”し、一時的に避難。同時にシアが気を纏った拳で、別の通路へと壁を貫いた。

 

 その通路の先で今度は天井が瓦解の音を響かせる。亜空間の侵食によるものではない。迷宮の限界による崩壊だ。重力に従い、一行に礫が迫る。

 

「“誉れ堅き雪花の壁”!!」

 

 マシュが大楯を空へと掲げ、一時的に礫を制止。その間に全員が落下地点から離れる。それに合わせ、マシュがスキルを解除するとすぐに礫が地面へと突き刺さっていった。

 

 だが逃れた余韻に浸る暇はない。先程までハジメ達のいた通路から亜空間の侵食が再び迫り来る。無事といえる箇所のない体を無理矢理突き動かし、全員が侵食に背を向け逃げ出す。

 

 もちろんこんなもの、ただの時間稼ぎ。やったところでいずれ亜空間に挟まれるのがオチだ。賢い者ならばそう思い、少なくとも亜空間から必死に流れる真似はしないだろう。諦めが出来る。

 

 しかしここにいる者はそんな賢くなどなれはしない。ただ己の欲、生存欲に飢える。

 

 亜空間の侵食から必死で逃れ、一秒でも一瞬でも生き延びようと闇雲になる様。それは確かに見苦しいかもしれない。

 

 しかし死ぬ事が正しいわけではない。物語では生き抜く事こそが正道であり、間違いであるはずがない。

 

 だが、是非も構わず天は無慈悲に人へ試練を与える。

 

「ッ!!」

 

 不意にハジメの膝がガクンッと落ちた。それと同時にハジメの足が止まった。

 

 立て直そうにも回復すらもまともでない上、数秒後には亜空間の侵食が完了する位置にある。背後から迫る感覚にハジメは冷や汗を垂らした。

 

「ハジメぇえええ!!!」

 

 立香が直ぐに掛けて来ようとするのが見えた。だが立香も疲労を背負っている身。方向転換さえもまともに出来ていないようだ。

 

(ちく…しょう…)

 

 足に力を込めるが体にノイズが走り、体のコントロールが狂う。“解析”によりこの日散々演算能力を酷使した代償がここに来て、大きな代償となったのだ。

 

 それどころか視界さえもあやふやとなり、ハジメの体が亜空間目前で地へと倒れ込む。まるで深淵に落とされたような感覚。外界全てを隔てられたような世界がハジメを支配する。

 

 もがこうとも、足掻こうとも一震たりも動かぬ体。まるで己のものではなくなったような不自由さがハジメを雁字搦めに縛りつける。

 

(帰るんだろ…。生きて…)

 

 思い出す。故郷のことを。家族のことを。仲間のことを。

 

 思い出す。一度、決別しかけた親友のことを。

 

 思い出す。何度も手を取ってくれた最愛のことを。今も自分を待っている最愛のことを。

 

「がァアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 そして、吠える。

 

 まさしくそれは獣の咆哮。脂汗を撒き散らし、血反吐を吐き捨て、ただ叫ぶ。その勢いに乗じ、体を縛り付ける呪いが僅かに解けた。

 

 “天歩”により空を蹴り、体を接近していた亜空間から突き放す。

 

 その距離は僅か、半身程度。距離でも時間稼ぎでもそれはあまりにも足りない。あくまでもコンマ単位の誤差の時間しか稼げやしない。

 

 今度こそ確実に体と精神が乖離する。故に今度こそ肌を掠める亜空間から逃れる術は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「てりゃあああああ!!!」

 

 ーーだがその亜空間は蒼穹の輝きの前に散った。場違いなまでの天真爛漫な気合と共に形が歪み、ハジメを喰らおうとしていた箇所が抉れる。

 

 ハジメの眼は見た。その蒼穹の輝きの先にある少女の姿を。

 

 その人物は金髪碧眼、ポニーテールをきゅるるんと跳ね上げてみせる。同時に左手を腰にビシッ、右手をピースサインで目元にビシッ。更には片足をキュピーンと上げると言ってのけた。

 

「ハッちん達のピンチに急遽参戦! 天才魔法少女、ミレディちゃんだぜ!」

 

 ウインク、キラリーン。完璧である。ウザったらしいまでの完璧なポージングである。

 

 なおこの間、このポージングを一行に見せる為にわざわざ“重力魔法”で亜空間の侵食を食い止めている。空間を重力で捻じ曲げるのは魔力を多大に消費するはずなのだが…。とりあえず天才魔法少女ミレディには必要なのだ。

 

 その声に体を地面に倒しているハジメは目を見開いた。

 

「…まさか」

 

 立香もまたその顔を驚愕に満たす。

 

「…そのウザったらしい声は」

 

 全員が一寸の狂いもなく、同時に叫んだ。

 

「「「「「ミレディ!? これが!?」」」」」

「ちょっ!? 助けに来たミレディちゃんに辛辣過ぎない!? あと大まかな私の顔とかはオルタな私から分かってたよね!? ね!」

 

 信じられないのも無理はない。何故ならミレディさんの見た目が美少女だったから。てっきりウザったらしい性格に相応しい悪魔的な顔だと予想していた一行。それを大幅に裏切られたのだ。本当に無理はない。

 

 しかしミレディは貶されるのは割と慣れており、「それはともかく…」と空気を切り替える。そしてすぐ側にいたユエに飛びつく。

 

 抵抗しようとしたユエだが、何せ疲れている。しかもミレディは“重力魔法”まで活用した飛行法でユエに迫るのだ。抵抗虚しくユエは捕まった。

 

「ふははは! 捕まえたぜ、ユエちゃん! 一回直に抱きしめたかったんだ〜! スー、スー。スリスリスリスリ」

「ぐっ……離せ、クソディ!!」

「ミレディちゃんは聞く耳を持ちませ〜ん。あと人を呼ぶ時は正しく、だよ? 子供の時に習わなかったの? お姫様なのに?」

「…………(ピキピキ)」

 

 迷宮の縮小が進む中、それを一切合切無視してユエを思う存分堪能するミレディ。もちろんユエはミレディの腕の中、色々な面で抵抗するが無意味。ウザったらしい言葉も相まって、ユエは青筋を立てつつも黙ることしか出来なかった。

 

 ジト目の冷たさがぐんぐん増し、他の一行の視線の温度も低下する一方。それに流石にミレディはヤバイと悟ったのだろう。すぐにユエから離れた。

 

 そしていつものように、明るく言う。

 

「いや〜、ゴメンね? せめて死ぬ前(・・・)に一回はやりたかったんだよね〜、これ。ユエちゃんカワイイからね! ま、ミレディちゃんには敵わないけど!」

「……どういうこと?」

 

 しかしその軽い口調に反し、一行は全員驚愕に硬直した。

 

 当然だろう。唐突に『死ぬ』などとのたまうのだから。本人は何気もない様子で気にしてもいないが、ハジメ達は違う。死という単語に敏感に反応した。

 

 全員の視線に気づいたのだろう。茶化すように「まったく〜、みんな顔怖いよ〜?」と言いつつも、理由を答え始めた。

 

「単純だよ。この迷宮を私の魔法で圧縮するの。この世界は本来の迷宮じゃなくて、一種の結界ぽいからね。この結界さえ潰しちゃえばみんな元のライセン大迷宮に戻れるってわけ! フッフッフッ。このミレディちゃんに死ぬほど感謝するがいい!」

「……何で死ぬの? まだ神も殺せてないのに?」

「うん? そりゃあミレディちゃんにも限界ってのがあるってもんよ! 迷宮潰すレベルの魔力を使っちゃえば魂魄が尽きて死んじゃうからね! もしやミレディちゃんが絶対不滅な存在とでも思ってたの? それは過信だよ〜? みんなミレディちゃんのファンだってのは分かるけど〜? …ちょっと重いねっ!」

「……質問に答えて」

 

 ミレディが生み出す重力の波動がハジメ達を避け、亜空間を揺らし波紋を打つ。すると空間が蒼穹の色に染まると、空間が音を立てて崩壊していく。聖杯により組み立てられた固有結界が一枚一枚剥がされていく。

 

 先ほども言ったが本来ならば重力というものは空間に作用しない。それこそブラックホール並みでなければ、捻じ曲げることなど不可能。ましてや中にいる者を傷つけず、なおかつ“重力魔法”で空間を任意の形に捻じ曲げるなどという神業を果たせるのはミレディ・ライセンただ一人だろう。

 

 そんな神業を果たしながらもミレディは清々しそうに、でも慈しみに溢れた笑みを一行に向けた。

 

「私達は解放者。たとえ私達じゃなくても、その意思を誰かに残せるならそれでいい」

 

 ミレディは真摯に一行一人一人へ視線を向ける。彼女の目にハジメ達の姿はどのように映ったのかは分からない。だが、最後にすぐ近くにいたユエを見ると、くすりと笑ってみせた。

 

「君たちのこれからが自由な意思の下にあらんことを、私は望むよ」

 

 それは今までミレディがふざけて笑っていた時とは違う、本心からの笑み。まるで一粒の雫が大海を揺らすが如く、笑みと言葉(エール)はハジメ達の心に届いた。

 

 やがて、魔法を完結させようとしていたミレディの下に今度はユエが自ら近づき、その手を取った。

 

 ミレディも急なユエの行動に少し狼狽して見せたが、ユエのこれまた真っ直ぐな瞳にそれを止めた。

 

「……一応感謝してる。少しの時間だったけど、魔法を教えてもらった」

「あはは…ユエちゃんは優秀だったからこっちも教え甲斐があったよ〜。グングンと技量上げるんだもん。…でも一応は要らなくない?」

「本当に神がかったまでにウザかった。何度殺そうと思ったか分からない。“蒼天”を誤射仕掛けたのも何度もあった」

「え、ちょ!? マジで恨まれてる!? ミレディちゃん、そこまでの事した覚えないんだけど!?」

 

 ハジメはユエに同意する。特にライセン大迷宮でのウザ文章ではみんながキレッキレだったし、仕方のない事である。

 

「でも……貴女の今までは無駄じゃなかった」

「ーーーッ!!」

「貴女の意思は私達が受け継ぐ」

「ユエちゃん…」

 

 だがユエは一行の中では誰よりもミレディと時間を共有していた。魔法での訓練は当然のこと、同じく長い間待ち続けた者同士でもあり、錬成士達に関する話など二人の共通項は過大にあった。

 

 だから別れの挨拶は全員がユエに任せた。一行はただミレディを見つめる。ただしそれには確かな敬意が含まれていた。

 

「……お疲れ様、ミレディ・ライセン」

 

 ユエはフワリと笑った。それはハジメ以外には滅多に見せない笑みだ。きっとミレディとの別れは悲しむよりも笑顔で、そう判断したのだろう。

 

 案の定、それにミレディは「そっか…そっか!」と嬉しそうに微笑んだ。

 

 やがて踵を返し、亜空間の壁へとミレディは向き合う。そして背中越しに彼女は手を一行に振った。

 

「それじゃ、またね!」

 

 瞬間、目の前の空間が蒼穹に包まれ、そしてミレディの手元へと集まっていく。それはミレディが限界を迎え、霊子となり溶け込むのも相まって美しい光景を創り出していた。

 

 やがてハジメ達の周囲は全て飲み込まれ、そして固有結界が瓦解する。しかし亜空間の異点を一切残す事なく、ミレディは一つ一つを選別し、重力場へと押し込んだ。

 

 そして景色は切り替わる。聖杯迷宮よりも元の迷宮の存在が優ったが故にハジメ達はそちらへと流れるのだ。

 

 そして最後に見えたミレディの顔は、いつもの様な無邪気で、縛られる事なき笑顔であった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 〜〜おまけ

 

 迷宮の崩壊。ーーすなわち絶体絶命。そんな中、立香はフッと笑う。

 

 立香「俺、明日マシュと結婚するんだ…」

 ハジ「いや、もうとっくにしてるんじゃーー」

 マシ「先輩…」

 ハジ・ユエ・シア「「「……え?」」」

 立香「いや、流石に冗談だって」

 ハジ「あ、だよな…。お前らが結婚してないとか頭おかしいわ」

 ユエ「……ん。立香は重婚してるはずだから可笑しい話」

 シア「で、ですよねぇ。流石に結婚してなかったらあんなイチャつきませんよねぇ〜」

 立香「そうじゃない。そうじゃない。俺まだ安定した就職先も見つかってないんだぞ? そんな不安定な男がどうやって責任持てと…結婚してねぇって」

 ハジ・ユエ・シア「「「………?」」」

 マシュ「はい。結婚は先輩が二十歳になってからと約束しておりますので」

 立香「ま、責任に関しては結婚せずともこの命尽きるまで果たすけど」

 マシュ「先輩…」

 立香「マシュ…」

 ハジメ「待てっ、立香。一旦俺らの質問に答えろ!」

 立香「? 別に良いけど?」

 ハジメ「……………『十三の花の盟約』はなんだ?」

 立香「あれは俺達の関係を本来のサーヴァント契約とか魔力供給とか俺の魔術とかと絡めて一層強力な魔術契約にしただけ。婚姻の証明ではないぞ?」

 ユエ「……………あの花嫁衣装は?」

 立香「みんなが特殊霊衣なら花嫁衣装が良いって言うからそうやって指定しただけだよ? 結婚式当日はあの服でやるっぽい」

 シア「……………いつもイチャコラしてんのはなんでですぅ?」

 立香「好きだから(ズバンッ)」

 ハジ・ユエ・シア「「「………」」」

 立香「だから結婚式するまでにはどうにかして稼がないとなぁ…。レスリングとかやろっかな?」

 マシュ「先輩先輩。魔術無しでも先輩が圧勝するのでやめましょう?」

 立香「そうかなぁ…。なんか良い仕事あるかなぁ」

 マシュ「カルデアは無理なんでしょうか?」

 立香「いやぁ…名義上俺、魔術使えない一般人だからね。モノがモノだし大っぴらに使うわけにもいかないし…無理だろうなぁ」

 マシュ「そうですか…(シュン)」

 立香「安心してよ。どうにか全員が幸せになるような仕事に頑張ってついて見せるから!」

 マシュ「先輩!」

 立香「マシュ…」

 

 ハジ・ユエ・シア「「「テメェらもう付き合え!(ですぅ!)」」」

 マフラー(ブンブンブンブン!)

 

 見た目は子供、素顔は厨二「以下同文」




あ、ちなみに皆様短篇集買いました?
ヤバイですよ、アレ。
特に書き下ろし。
私得でした。
解放者とハジメ君達が好きな人は買うべきです。
買わねばなるまい。

あ、あと来月リューティリス来るってよ。
…どんなキャラだろ、ワクワク。
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