身体があげる悲鳴を無視して病院を抜け出した僕は、フィーネに与えられたアパートの一室で仮眠を摂り夜を明かした。
思ったよりも身体が動いたことに驚きだが、そんなことを考えている暇もない。多分、これからはかなり駆け足になると思うから。
そしてその翌日、フィーネの指示通りに雪音クリスと接触する為に指定された場所で、僕は手持ち無沙汰気味に彼女を待っていた。
正直言って原作の人物との対面は少し楽しみではあるのだが、そんな感情すらも僕には必要ないものだと考えるとやはり少しだけでも残る未練を煩わしくも思う。
しばらくして、足音が聞こえてきて。僕はそちらの方に目をやった。
「てめえが、フィーネの言ってたもう一人の協力者って奴か?」
「⋯⋯うん。そういうキミは、雪音クリスで間違いないよね?」
「ああ」
そこに居たのは、紅いドレスを身に纏った白髪の少女。協力者雪音クリスがこちらに向かってくるのを確認して、僕は公園のベンチから立ち上がった。
「目立ち過ぎなんじゃないかな、その格好」
「そんなことねえよ。んな事言ったら、お前のその腕だって⋯⋯」
「違いない」
まあ、この時の雪音クリスはフィーネの手駒として調教⋯⋯手懐けられているから原作初登場時のような気の強さが見られるのも納得だ。これから、仲間と呼べる少女達との関わりを経て彼女は成長していくのだろう。こんな、先のない僕と違って。
「で、顔合わせは済んだわけだから帰っても」
「待てよ。聞いた話じゃ、お前、敵側のスパイみてえなもんだったんだろ?なら、情報交換でもしねえか?」
「⋯⋯別に良いけど」
本当ならさっさと帰って身体を休めたかったんだけど⋯⋯。まあ、情報交換は必要なことだ。だから、別に吝かではない。
僕と雪音クリスは、その為に場所を移すことにした。
▽
少し洒落たカフェに移動した僕らは、反対する雪音クリスを押し切って奥の方の席に座った。店員の僕達に注がれる奇異の視線は少しばかり煩わしかったけど、仕方の無いことだと思う。なんと言っても、赤いドレスに明らかに日本人じゃないような美少女と、片手が物々しい義手の少女の二人組だ。前例などあるわけがないだろう。
「取り敢えず、あたしから出せる情報はこの程度だな」
「⋯⋯参考になったよ」
雪音クリスから得られた情報は、概ね原作の通りのもの。
別にこちらに何か得があるようなものでもなかったが、しがらみなしで言葉を交わしたのは久しぶりであったから少しだけ楽しかった。
注文したコーヒーに口を付けて、苦味になんとも言えない気分になる。
すると、僕のことをじいっと見つめるだけだった雪音クリスが唐突に口を開いた。
「お前は何の為に戦ってんだ?」
「何の為、か」
何の為に戦うのか。まさか、そんな事を聞かれるなんて思ってもみなかったな。だけどまあ、確かに聞かれそうなことではあるな。
で、何の為に戦うかだけども⋯⋯。
「言えないことなら別にいい「いや、そういうわけじゃないよ」⋯⋯そうか」
それは勿論、奏さんを生き残らせて翼さんとのカップリングを成立させる為だ。だから、彼女たちが傷付く筈の運命を僕が請け負うことでそれを成し遂げようとしている。雪音クリスと翼さんのカップリング、所謂つばクリと呼ばれるそれも確かに素晴らしいものである。しかし、僕という転生者が本来ある未来を破壊したことにより天羽奏が生存し、原作との乖離は免れないものとなった。絶対にそうなるとは限らない上に、だ。
「ボクは、憧れの二人に離れてほしくないんだ。あの二人は離れちゃいけない。離れるという残酷を許容できない。ボクはあの二人の幸せな姿を見たいんだ」
「憧れ、ねぇ」
僕は、つばクリを消し去ろうとしている。
少女達の未来を意図的に、しかも自分の都合で改変しようとしている。これは死んで贖うべき罪だ。だけど、もう引き返すことは出来ない。僕の大願を成し遂げた時にでもこの罪は精算させてもらおう。
「わりいけど⋯⋯」
「?」
バツが悪そうな顔をした後、何かを決めたらしい彼女は、僕を真っ直ぐに見つめた。
「お前のそれは、その憧れの人から求められたことなのか? ただの押し付けなんじゃねえのか?」
「押し⋯⋯付け?」
「あたしには、そんなのよりももっと別の願いがあるように見えるけどな」
別の願い⋯⋯。
⋯⋯そんなもの、あるわけがない。押し付けだとしても、だとしても、ここまで来てしまったんだ。だから、今更それを取り下げることなんて⋯⋯。
「⋯⋯有り得ないよ。ボクにはそれ以外には何もないんだ」
「はっ、そうかよ。それなら、それであたしはどうだって良いけどよ」
そうだよ。僕の願いなんてそれだけだ。ただ、それだけなんだよ。
▽
「奏⋯⋯私は、どうしたら良いの⋯⋯?」
ベッドで眠り続ける赤い髪の少女を見つめながら、風鳴翼は問い掛けた。返事など返ってくるわけがなくても、奏ならもしかしたら⋯⋯などという支離滅裂な考え。
だけど、そんな質問でも、口に出さなければ壊れてしまいそうだった。
「⋯⋯唄⋯⋯」
頭に浮かぶのは、黒い髪の不思議な少女。透き通った青い眼が綺麗で、歌が好きで、ボクという変わった一人称で喋る、自らの後輩。
彼女は、目覚めたその次の日に、今日の朝方までに行方をくらました。どう考えても動いて良いほどの体の状態ではないのにも関わらず、彼女は一夜でどこかへと消え去ってしまった。
まるで、
「そんなわけない⋯⋯唄は⋯⋯確かに、そこにいた⋯⋯いたの⋯⋯覚えてる」
だけど、そんな記憶すらも今は信用ならなかった。
思えば、自分は唄という少女についてここに来てからの最低限しか知らない。
あの日、ネフシュタンの鎧の起動実験を兼ねたツヴァイウィングのライブ以来、唄は少しだけ変わった。その理由すらも分からない。
昔のような雰囲気が和らいで、少しだけ柔らかくなったと言うべきか。いや、むしろ鋭く、それでいて脆く折れてしまいそうになったと言うべきだろうか。
最初から、彼女とは仲が良かったというわけではない。彼女が櫻井了子の方で独自に発見した新たなシンフォギア装者として二課に訪れた当初は、むしろ仲はかなり悪かったと思う。その装者としての責務を業務的に最低限のみをこなすだけの姿勢から、奏を筆頭に二課の数人と何度かぶつかりあった。翼もその内の一人であった。
防人として、力を持つ者としてその態度は如何なものかと、憤慨しながら彼女に問い質した時、不知火唄はただ一言、『死にたくないから』と答えた。
人として至極当然。いや生き物として、と言えるかもしれない。彼女はその役に選ばれてしまったから戦い、死にたくないから最低限だけをこなしている。なんということは無い。本当に在り来りな、それでいて自分達は考えもしなかったことだった。自分達よりも年下の彼女がそんなことを考えているという現状に、そんなことすら頭から欠如していた自分達の現状に、当時は頭を悩ませたものだった。
それから、どういう訳か二課は少しだけ明るくなった。昔ほどの殺伐さは無くなって。それは、シンフォギア装者である自分達も例外ではなかったように思う。
そんな、意図せずして自分達に影響を与えた彼女。奏と二人、不知火唄という少女についてもう少しだけでも知りたいと、そう思ったのは必然だったか。今ならそう思える。
そうして、自分達は少し嫌そうにする彼女に強引に迫って、段々と打ち解けてきたのだ。向こうがそう思っているかは分からないが、奏と自分、そして唄は確かに『仲間』であったとそう思えた。
「どうすれば、良かった⋯⋯どうすれば、私は誰も失わずに済むの⋯⋯?」
だからこそ、こうして全員が引き裂かれてしまった現状が、余計にわけがわからなかった。
自分達の間には、確かに絆と呼べるものがあったはずなのだ。だというのに、今となっては翼は一人になってしまった。
誰も、教えてくれる人などいない。こんな状態になって、初めて自分は人に支えられていたのだと気付いたのだ。自分を押してくれる奏はもちろんのこと、危なっかしいからと支えている気でいた唄にも、知らず知らずのうちに自分は支えられていたのだ。
⋯⋯簡単なことであった。今度は、今度こそは自分が二人を支えたら良い。そうしたら、今度こそ自分達は防人として、戦士として、装者として折れることなどなくなるだろうと。どうしてか分からないが、そんな確信があった。
「待っていてくれ、奏、唄。きっと、私は強くなってみせる。二人を支えられるような、そんな強く逞しい剣となる」
この日、風鳴翼は、剣となる決意をした。
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