目を開けたそこは、暗い世界。黒く塗り潰されて、光のない空間。
「唄、元気が無いわね? どうかしたの?」
「⋯⋯マリア⋯⋯?」
⋯⋯なんで、マリアが此処に?ここは日本で、FIS、フィーネはまだ動きだしてないはず⋯⋯。
ああ、なんだ。ただの夢か。
「唄ー!」
「切歌」
「唄」
「調まで⋯⋯」
それに、此処には
⋯⋯きっと、いつしか、ボクも僕と一緒になって消えるんだろう。その時に、混ざり合って生まれた物は僕じゃないしボクじゃないかもしれない。それまでには、目的を果たしたい。
僕は、天羽奏と風鳴翼の二人のカップリング、二人のコンビを崩したくないがために戦っているようだけど、多分、あれはそれとは違う何かだと思う。もしくは、生半可な覚悟なだけなのか。
そう言えば、ボクはどうして、剣を取ったんだったか⋯⋯。
────いや、思い出すまでもない。ボクは、ボクが消えることが怖かったが為に、役目を放棄したんだ。
レーヴァテインを握って、日本、特異災害対策機動部二課へとフィーネの手駒として、新たなシンフォギア装者として所属した。そして、レセプターチルドレンというモノから目を逸らした。
ただ、それだけの事。
ボクは、FISを、他の皆を、マリアや切歌、調をも裏切って、自分が消えずに残ることを優先した。誰かの魂の器になんて、真っ平御免。ボクは、最期までボクでありたかった。
───ありたかった、はずなのに⋯⋯!
「⋯⋯邪魔だ⋯⋯」
怨嗟を孕んだその言葉が、辺りに響く。
彼女達は、ボクに苦しみをくれる愛。
困惑した表情のマリアや、同じように顔を歪める調や切歌。ボクが裏切ったのは、仕方の無いことだったんだ。だから、ボクの代わりに、お前らがフィーネの器になっていれば良い。
胸が締め付けられるとか、そんなことは知ったことではない。
「え⋯⋯? ⋯⋯唄、どうし「邪魔だと言っているんだ!!」」
「唄! そんな言い方はないデスよ!」
「唄⋯⋯どうしたの⋯⋯?」
なんで、ボクを突き放さない!
ボクを、裏切り者だと罵って、もう構わないでくれたなら、ボクがどれだけ開放されるか⋯⋯!!
邪魔なんだよ。ボクに、ボク以外の何かは必要無いんだ。ボクはボクだけでいたい。至極当然の願いだろう!?僕すらも不愉快だ。不知火唄は、ボクだけで良い。
「お前らは、ボクの何なんだよッ!!」
「⋯⋯私達は、唄の家族よ」
「そうデス!」
「⋯⋯うん」
⋯⋯いや、これは夢なんだ。
夢は、ただの心象風景。マリア・カデンツァヴナ・イヴや暁切歌、月読調は、こんな下らない救いようのない人間にまで優しいんだという
本当は、彼女達だって、ボクのことが憎たらしいに違いないんだ。
じゃないと、おかしいじゃないか。まるで、ボク一人だけが助かったのに、それが何も悪くないみたいで。どうしたって、自分が一番可愛いに決まってるんだ。だから、助からなかった彼女達がボクを恨むのも必然。彼女達には、その権利がある。
なんだよ、悩むことないじゃないか。ボクは、彼女達を見捨てた最低の人間で、彼女達はボクを憎み、忌々しいと感じている。僕が彼女達に抱いている何かは幻想でしかなく、ボクが彼女達を夢に見るのは、そこに許しを求めているから。
はは⋯⋯。甘えてるんだよ、ボクも僕も。
だから、悪いのは全部ボクなんだ。
「⋯⋯ボクは、死ぬのはごめんなんだよ。温かさも何もかもを犠牲にしたって、ボクは、生き残ってやるんだ」
ああ、だけどなんだろうな。
───なんで、こんなに胸が痛いんだろう。
▽
デスクの上に転がる、一応の修理が完了した義手を一瞥して、女はため息を吐いた。
考えるのは、この持ち主の少女のことだ。
「⋯⋯不知火唄⋯⋯」
奇妙な存在。
それが、女、櫻井了子⋯⋯いや、フィーネから見た不知火唄という少女である。
「二面性を持っているのか、それとも演技をしているだけか」
フィーネの知る彼女は、一言に言って
子供にしては、やけに生に執着し、かといって子供にしては難しいことばかりを考えているような、免罪符を求めるかのような、端的に言ってそんな雰囲気のある少女。たまたま、レーヴァテインに適合したかと思えば、自らの打診―――新たなシンフォギア適合者として正体を偽り、フィーネの手駒として二課へと所属する―――にすぐさま食い付き、この二課まで出向した時には、相当だなと笑ったものだ。
彼女は、誰かを守る為に守るのではなく、自らの罪から目を逸らすために誰かを守っている。今にも、自分の罪で押しつぶされそうだから、その罪から逃れたい。そんなスタンスも、人間らしい。偽善を行動にしている。
恐らくは、彼女は誰も愛していないわけじゃないのだろう。それは、ほかのレセプターチルドレンとの関わり方を見れば簡単に分かる。確かにそこには不器用で臆病ながらも、友愛だとか家族愛だとか、そういうものがあった。作ったような笑顔を貼り付けていても、ほかの面々に、特にマムと慕うナスターシャ教授にはそれなりに心を許していた居たのは誰の目から見ても一目瞭然。
だからこそ、彼女を無様だと思った。
そんな愛の全てを、偽物だとわざわざ言い聞かせて、自分の罪を浮き彫りにしているその様は、滑稽そのもの。
誰かを愛する、そのことに人一倍に理解があるフィーネからしてみれば、レセプターチルドレンやナスターシャ教授からの不知火唄への愛は本物と断言出来る。だが、愛を知らないわけでもないのに、彼女は臆病さから突き放そうと躍起になっている。醜いが、同時にいじらしいとも思える。
結局のところ、彼女は、フィーネが抱える切り札である雪音クリスの保険でしかないが、それなりには使える駒であった。見ていて退屈もしない。
そんな彼女が妙に変わったのは、半年前のこと。
ネフシュタンの鎧の起動実験の時、フィーネがことを起こした時である。
彼女の偽善が、偽善ではなくなった。正確には、彼女の心境にかなり大きな変化が訪れたのか、彼女が誰かを助けるその姿勢が、滑稽で空虚なものではなくなったのだ。
「⋯⋯誰かを愛することを覚えたか。はたまた、そういう役を演じているのか。受け入れるのは、貴様の得意分野だからな、
ハングドマン。正位置にして、忍耐、努力、奉仕、抑制、妥協を。逆位置にして、徒労、投げやり、痩せ我慢や自暴自棄を意味する大アルカナが一つ。
彼女に相応しいとは思わないが、彼女を表すのに、それなりには適切な存在。
今までの不特定多数を守ることに尽力していた彼女とは違い、
だが、最も奇妙なのは、その守る対象には櫻井了子、
「貴様は、何処にいる。本当の貴様は、一体なんだと言うんだ」
たかだか一人の適合者如きに、己の計画が狂わされるなどとは考えてはいない。
一応、彼女は味方である。だからこそ、余計に神経を尖らせてしまう。敵よりも、味方の方が何をするかわからないというのは、今までのリインカーネションの中でも度々あったことだ。今回も、味方に本当の意味で恵まれなかったのだろう。
「はっ⋯⋯ただの小娘なのか、
フィーネは、義手の修理が終わったことを件の人物に連絡する為、端末を手に取った。
そこでふと、考える。
「⋯⋯それにしても、天羽奏に向ける視線は、なかなかに興味があるが、な」
眠る天羽奏に向ける視線は、一途に慕う生娘のようなものがある。はたまた、天羽奏を想う青少年か。そういう雰囲気は、フィーネとて嫌いではなかった。
「まあ、私にも、貴様にそんなことにかまける猶予はないのだが」
口元をニヤリと歪めて、フィーネは端末を操作して、不知火唄へと通信を繋げた。
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