窓から吹き込む十二月の風が、真っ白のカーテンを揺らす。
外には、葉を生やしていない剥き身の木々が列を成しているのが見えた。
⋯⋯もう、完全に冬だな⋯⋯。思い出してから半年と少し経ったというのに、まだ浮ついた感じは抜けてない。
「奏さん⋯⋯」
ベッドの上で目を瞑る、赤い髪の毛の少女。その肌は、外に出ることも無く、全く動いていないせいか、白くなっている。見るに堪えない姿とは、こういうことなのだろうか。
少しばかり痩せてしまい、弱っているかのような奏さんの姿に、時折、自分は彼女を救えたのかと奏さんに問いかけることがある。いや、正確には、自分は彼女を救えたのかと自問自答しているのかもしれない。
命を救うことは出来た。だけど、奏さんは目を覚まさない。よくよく見れば、その寝顔は、まるで死んでいて安らかに眠っているかのようで⋯⋯
「⋯⋯ッ!!」
何を考えているんだ、僕は。
何も、奏さんが一生目覚めないと決まったわけではない。それこそ、いつの間にか起き上がって、あの快活な笑顔を向けてくれるに違いない。じゃなきゃ、僕が転生した意味も、ボクが思い出した意味もない。
『翼もそうだけど、唄も、変なところで心配症だな。大丈夫だって、LiNKERの副作用なんかに負ける私じゃない。だから、心配すんなよ、な!』
ボクに笑いかけてくれた奏さんの記憶。
これは、僕のではなく、ボクの物だ。映像越しに、次元を俯瞰する形で目撃したその笑顔じゃない。
「⋯⋯奏⋯⋯さん⋯⋯ッ!」
おかしいな。涙が出てきた。
会いたかった人、救いたかった人の命を助けたのに、何なのだろうか。この気持ちは。理解出来ない。
命を救ったのに、その人が目を覚まさないというのが、こんなにも心苦しく、息苦しいものだとは思いもしなかった。
『助けられたのだから、一先ずは』などと考えてもそれが浅はかに過ぎるものであったと思い知らされるだけだった。
⋯⋯感情的になると、僕よりも、ボクの方が強く出てくる。
流石に、平行世界の同一人物と言えども、差異はあるもの。それは当たり前のことだが、奇妙な感覚だということには変わりはない。なまじ、この身体の持ち主が僕ではない故に、それをありありと感じさせられる。
この身は、戦姫絶唱シンフォギアの異物、特異点ではあるが、それでも一人の人間だと、そういうことなのだろうか。緒川さんが言っていたことも、多分、こういうことなのかもしれない。
「だけど、立ち止まってはいられないよ」
首から下げられたギアを握り締める。思いの外強く握ってしまったのか、義手とギアが干渉して、ギチギチという硬質な音が鳴った。
一昨日はフィーネに義手をメンテナンスしてもらい、昨日はそれを馴染ませるために一日を使った。
そして今日、一週間の謹慎が解除され、風鳴弦十郎司令から、シンフォギアが返ってきたのだ。これで、僕はまた戦える。
幸いなことに、翼さんは特に問題もなく感覚を取り戻し、一先ずは防人としての責務を果たすに足る実力を取り戻したとの事。翼さん本人から、電話で聞いた。
戦場に立って戦えるようになるということは、翼さんが、傷付かなくても良いように、自分が事を運べるということ。僕の出来うる限り、翼さんを守り続け、奏さんが目を覚ますその時には⋯⋯。
そんなことを考えながら、僕は窓から、午後二時を回った街並みを見渡した。
すると、丁度その時、僕の携帯が鳴動する。
⋯⋯ノイズの出現、か。
『唄くん、出動だ。ノイズの出現を感知した。君のいるところから、かなり近い。翼も向かわせるから、絶対に先行す「一人でやれます」おい!話を』
端末を操作して、通話を切る。
翼さんの手を煩わせない。僕だけでやるんだ。そうすれば、他の誰も傷つかずに済むのだから。
「────Laevateinn tron」
この鉄色のシンフォギアは、僕に与えられた、唯一無二の力であり、僕の為に使うものではない。
救いたい誰かを救う為に、災厄を振り翳すのだ。この身が焼け焦げても、それは本望というものだろう。
▽
アスファルトの上に、新たな炭の山が出来上がる。薄らと人の形をしたそれよりも、それらの方が数が多いことに安堵した。すぐに駆けつけることが出来たのは僥倖か。
「──────」
歌を歌い、ノイズを射抜く。
普段から使うことの出来る武装が、アームドギアのハンドガンのみだというのは、使い始めこそ、その使い勝手の悪さに悪態を吐いたものだが、もう慣れた。むしろ、取り回しが良い上に、小回りが効くため、かなり便利だとすら思っているくらいだ。
それと、感性が僕とほとんど同じだからこそ、昔は歌いながら戦うことに違和感なり羞恥心なりを感じていたようだが、今となってはそんなもの、微塵も感じなくなった。これも成長と言えるだろう。別に、僕が努力したわけでは無いのだが。
「──────!」
――OVERHEAT>LAEVATEINN――
サビに入れば、自然と気分が高揚し、LiNKERを使わずとも、高まったフォニックゲインにより大剣を用いることも出来る。それだけ、この身体の適性が高かったということだろう。
だが、威力はLiNKER使用時とは比べるべくもないし、連続使用すら出来ないので、強めのノイズが相手であったりすると、正直言って使えない。
まあ、今回は相手が相手なので、十分な火力を持ってはいるけれども。
「はぁあ!!」
熱量を持った大剣が、ノイズを焦がして炭にする。
比較的、身体へのダメージ、バックファイアも少ない為、余裕があるときなら、それなりには重宝する。
しかし、起動時間は普通に使う時と同じ程度なので、やはり早急に蹴りをつける必要があるのには変わりはないのだが。
まあ、この調子なら、すぐに終わるだろう。
残りも殲滅せんと、炎を吹かして大剣を振り下ろそうとした時、上空から、無数の青い刃が飛来する。
――千ノ落涙――
「唄!」
「⋯⋯翼さん」
着地と同時に刃を一閃。あの刃群によってほとんどが消え、倒し漏らした最後のノイズ数体も炭となる。
正直言って、翼さんは来る必要がなかった。あの程度なら、大剣を使わなくても、僕一人で倒し切れた。隻腕、右手が無かろうと、左手で武器を構えられるのだから問題は無いのだが⋯⋯。
苦言を零そうと口を開いた。
「ボク一人でも「馬鹿っ!」⋯⋯ッ!?」
痛い。右の頬から鈍い痛みが走る。僕は、頬を打たれたのか。誰に?
⋯⋯翼さんに?何故?
だって、僕は貴女を守る為に戦っているのに。なんで、そんな悲しそう顔を?
ああ、僕がそんな顔をさせているのか?
「⋯⋯唄⋯⋯私では、頼りないのか⋯⋯?」
「そんなわ「だったら、なんで私を置いていくの!?」⋯⋯置いていってなんか⋯⋯」
「唄一人で戦って、傷付いて!」
「⋯⋯だって、これは皆を守る為で⋯⋯」
困惑を隠せない。翼さんが、こんなに感情的になるなんて⋯⋯。それもここまで唐突に。
全くもって訳が分からない。
僕が悪いのなら、その理由が分かっているのなら、直すことも吝かではないが⋯⋯どうしてかが、てんで見当がつかない。
「私じゃ⋯⋯奏みたいに頼れないのか⋯⋯?」
「なんで、奏さんが⋯⋯」
「私は、不甲斐ないかもしれない。だけど、
もしかして、これは僕が悪いのか?
⋯⋯いや、確実に僕のせいなんだろうな。
膝をついて泣きじゃくる翼さんを見つめながら、思考する。
「⋯⋯ボクは、誰にも傷付いて欲しくないんです」
「それは、私だって、私達だって一緒だ」
「でも、ボクが守られる必要は無い。ボクは、不知火唄は、防人でなくとも、一人の戦士なのだから」
気分が、落ち着かない。
なんで、命を張ってるボクがとやかく言われなきゃいけない。好きでやっているんだ。しかも、なんで貴女がそんなことを⋯⋯。
「⋯⋯」
「唄ッ!!」
首にLiNKERを打ち込む。
身体が熱い。接続された肩部だけじゃない。全身が、痛く、熱い。
だけど、ボクのやりたいことを否定する人間には、分からせなきゃいけない。誰かを守る為にその守りたい誰かを傷付けることになっても、それは、最低限に抑えさえすれば問題は無いだろう。
――OVERHEAT>LAEVATEINN――
「唄!? どうして!?」
「⋯⋯い⋯⋯熱⋯⋯熱い⋯⋯」
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッ!
だけど、この熱さは、この痛みは、僕がこの世界に在る証。
この熱を感じている間だけは、僕も翼さんや奏さん、二課の面々の様に、この世界に息をしていると思える。
だから、今から、ボクは僕の願いを守る為に、僕はボクの願いを守る為に、この力を振り翳す。胸が痛いなんて、知ったことじゃない。人に刃を向けること、それも守りたいと思った誰かに刃を向けることが、これほどに切ないことだなんて僕は知らない。そんなこと、気にしたくない。
───僕は、今この瞬間、翼さんに刃を向けることで、
戸惑いながら剣を構えた翼さんへと、僕は大剣を握り締めて駆け出した。
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それでは、次回更新までお楽しみに。