「翼の容態は?」
「彼女は今のところ平気よ。⋯⋯だけど」
「⋯⋯唄君、か」
治療を受ける二人の状態について記された資料を見ながら、風鳴弦十郎は顔を顰めた。
風鳴翼は、傷は深いが手術は日本政府の誇る選りすぐりの医者達の手によって滞りなく終わった。故に、最低でも一ヶ月程度安静にしていれば良いとのこと。多分、不知火唄が手加減をしたのだろう。あの大剣であれば、無防備にくらってしまったなら一撃で命を刈り取ることなど容易い。そうなっておらず、生死の境をさ迷いつつもこうして生きることが出来たというのは⋯⋯。
「⋯⋯何も出来ない自分が、こんな時、こうして嫌になる」
「⋯⋯そうね」
伏し目がちにそう言った弦十郎は、次にもう一枚の資料に目を通す。
風鳴翼は現在は意識は戻っていないながらも一命は取り留めた。
だが、それに対して、不知火唄はと言えば、こちらは今も集中治療室で手術を受けている。LiNKER三本の連続投与に、彼女の纏うシンフォギアレーヴァテインの謂わば自傷兵器である
⋯⋯そして、精神的な要因からくる、生存本能の衰弱。
これによって、彼女の容態は、挙げた以上に酷いものとなっていた。やはりと言うべきか治療も難航している。治す箇所を治そうにも、本人の生きる活力がないのでは、回復が見込めないのだ。
「⋯⋯生きたいという意思の欠如⋯⋯か」
「⋯⋯ええ。ドクターが言うには、この状態の患者は大抵がそういったものが欠如しているからこそ、生かすのが難しい⋯⋯そうよ」
最善は尽くすって言ってたけど。そう言って、もう一度資料に視線を落とした櫻井了子を一瞥して、弦十郎は瞑目した。
「⋯⋯」
考えるのはやはり、先程の二人の戦いのこと。そして、インカムを通して聞こえてきた会話のことだった。
「そこに、居場所はない⋯⋯か。お前は、何処を見てそんなことを言ってるんだ、不知火唄」
今にも泣きそうになりながら、それでも何かを否定するように吠えた彼女の姿。
⋯⋯誰がどう見たって、居場所が欲しくてたまらないような顔をしていただろうが。なんで、自分に素直にならないのか。シンフォギアを纏う子供というのは、皆このようになる運命でも背負っているんだろうか。
⋯⋯いや、そうせざるを得なくさせているのは、自分達大人に責任があるのだということは、自分が一番分かっていた。
気を失う直前に見せた、何もかもを失ったかのようなあの表情は、まだ十五の少女がしていいものでは到底無い。職業柄、あのような顔をする人間は何人か見てきたが、それでもあそこまで思い詰めている人間はあまりいない。相当だった。
「唄ちゃんを、責めないであげて、ね」
「⋯⋯当たり前だ。年頃の彼女達を戦場に放り出して、後ろで指示を出すくらいしか出来ない俺みたいな大人達が責められこそすれ、唄くんが責められるなどということは無い。⋯⋯説教はするがな」
「ふふふ。貴方らしいわね」
用事があると言って部屋を去っていった了子を見送って、弦十郎は溜息を吐いた。
「⋯⋯不知火唄。偽名の可能性あり。十五歳。両親は不明。孤児院の育ち。こちらも、偽装の可能性あり。二課所属、レーヴァテインのシンフォギア装者。現在は都内の私立中学校に通っている。ネフシュタンの鎧起動実験の際の被害者の少女と交流あり。他シンフォギア装者との仲は良好⋯⋯だった。以上から、不知火唄は要注意対象として扱うべし」
これが、二課の把握する不知火唄という少女の大まかな情報。ところどころに不明な点があるが、これ以上は望めない。
大戦時に作られた機関の総力を持ってしても、彼女の情報の全てを手に入れることは不可能だった。それが指し示すのは、彼女の不審さ。彼女の後ろに、なんらかの策謀と大きな影があることを思わせるには十分な判断材料であった。
「───だから、なんだ。そんなことで、お前を否定したりはしない」
だが、そんな不安要素があったからと言って、不知火唄という少女を容易に判断はしない。それをすることは、人々をノイズの手から守り、身を張って仲間を守った彼女を裏切ることに他ならない。その行いにどんな思惑があれど、彼女の行いは尊敬すべき行いであり、無にすることなど到底許されることではないのだから。
それ以上に、責務を果たさんとする彼女を、応援して、時に指導してやることこそが大人の役目というものだ。彼女という人間を判断することなど、出来るものか。
今日の二人の対峙で分かったことは、彼女の悩みだけじゃない。
───不知火唄という少女は、彼女という存在を肯定してくれる何かを、求めている。彼女がそれを認めるかどうかで言えば、絶対に認めることは無いだろう。それでも、彼女は温かさを求めていた。
だから、翼の言葉を跳ね除ける度に後悔するような顔を見せた。弦十郎はそう確信している。
「ったく。本当に不器用だな、唄君。誰も、少なくとも君の周りの人間は、誰一人として君を否定しやしないというのに」
そう。彼女は不器用なだけ。
それは、風鳴翼や天羽奏といった他のシンフォギア装者にも言えること。
つまりだ。
「───大人が背を押してやらんでどうする。汚れ仕事から赤子の世話、居場所を作ってやること。子供に対してしてやれることの全部は大人の仕事の内ってな」
彼女の居場所は彼女自身が見つけるだろう。だから、自分達は彼女が居場所を見つけられるように、精一杯の応援をしてやる。その背を押してやることこそが大人の役目だ。
そして、その為には、もう一つ、もう一人だけ必要な人間がいる。
「⋯⋯奏くん。早く、目覚めてくれ。君は、そんなところで眠って人生を終わらせるような戦士じゃないだろう?」
今も眠る少女を頭に思い浮かべる。
神殺しの槍を携えた赤い髪の戦士。特異災害対策機動部二課の抱えるシンフォギア装者達三人の中心人物的存在。
彼女という存在があって、初めてツヴァイウィングは双翼となり、二課のシンフォギア装者達は動き始める。
「⋯⋯俺も、出来ることをやらないとな」
そうして、弦十郎は、二人の容態の記された二枚の報告書のその下にしていた、とある一枚の資料に目を通す。
「雪音クリス⋯⋯一体、君は何処にいるんだ」
救出とほぼ同時に行方不明となった少女。彼女は、ネフシュタンの鎧起動実験から始まるこの一件に、何らかの関わりが、あるのではと考えている。
それ以上に、彼女の安否が心配だった。
幼くして紛争地帯で両親を亡くし、孤独に生き抜いてきた彼女。そんな彼女が救出されたと知った時は、溜飲が下がる思いであった。彼女の為に、大人として精一杯のことをしようと考えていた。
だが、彼女と対面することは無かった。これには何かあると、考えないはずがない。
風鳴弦十郎という男は、どれだけの言葉で飾ろうと、結局は
「⋯⋯また、三人で明るく過ごしてくれ。それだけが、俺の望みだ」
時折苦痛に歪めながらも、安らかな顔で眠る翼を一瞥し、今も手術を受けている唄の顔と、眠り続ける奏の顔を思い浮かべて、風鳴弦十郎はそんなことを願った。
▽
ここは⋯⋯どこだ?
僕はどうして、ここにいる?
ここは、僕の存在する世界なのか?
いや、よそう。僕には、何も無いんだ。所詮、前世の記憶なんて言うものも、役には立たないだろう。
いっそのこと、このまま死んでしまえたら。どれだけより良い世界になるだろうか。
そうだ。生きていても、メリットなんてないんだから、ここでいっその事、
辛さなんて、ない。苦しさなんて、ない。切なさなんて、あるものか。僕にとっては、ここで死ぬことこそが幸福。これ以上は、何も無いだろう。
今、死のう。今なら、死ねる気がする。邪魔する人はいない。ボクもここには居ない。死ねる。
『───■■■■■、諦めるな!!』
⋯⋯奏⋯⋯さん⋯⋯?
ゆ、UAが10000を超えてますよ!?一体何があったんですか!?
⋯⋯こ、これが噂に名高き改竄⋯⋯?
ありがとうございます。これからも、誠心誠意頑張りたいと思います。
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