誤字修正は起きたらやります(夜勤明け)
誤字修正。日向@様、ソフィア様、五武蓮様、名無しの通りすがり様、不死蓬莱様、オカムー様、たまごん様、仔犬様ありがとうございました!
鎬紅葉は紛れもなく天才であった。子供の頃から、彼は何かしらで自分より優れた同年代を見た事が無く、仮にその時の彼よりも優れた人物を見かけたとしても、それらはすぐに追い越せる程度の相手であった。
それは年を経て中学、高校、大学と学歴を重ね、医師になった後も同じ事だった。知能だけではない。己の知識を駆使して育んだ己の肉体は正に『超肉体』とも呼ぶべき領域へと至っており、世のアスリートを纏めて相手しても相手にならない程の差をつけて叩き潰せるだろう代物だった。
そう……ある日まで、鎬紅葉は自身を神の如き存在であると確信していた。
たった17歳の少年に敗れたその時まで。
縁のある徳川翁に呼び出された鎬紅葉は、冷静さを一気に奪い取られる程の衝撃を受けていた。
その日、これ迄にも数度訪ねた事のある徳川屋敷に布かれていた、物々しいとさえ形容できる程の警備体制。かつて地下闘技場で名を馳せたファイターも含めた圧倒的に武に偏った警備網。
これ以上の武力となると、かの米国大統領のセキュリティくらいのものだろう。それこそA級の闘士による殺害予告でもあったのかと言わんばかりの警備の厚さに、肝を抜かれたのは確かだ。
いや、それだけなら良い。徳川翁の立場を考えればこれ位の警備は――それが毎日となれば流石に問題だろうが――あっても可笑しくはない。一瞬とはいえ鎬紅葉の眉を上げる事に成功したが、それだけでは彼をここまで驚愕させる事は出来ない。
それだけならば。
「そんな……馬鹿な」
彼をして一瞬思考を放棄せざるを得ない程の衝撃と驚愕。それは今、彼が目にしている光景に全てが集約されている。
日本人にしては……というよりその年代の人物としては大柄な体格。180近い身長に、限界まで鍛え抜かれて詰め込まれた筋肉。60近い男性とは思えない程の力強さを全身から醸し出している男……愚地独歩。
泣きじゃくる最愛の妻を抱きかかえる彼の優しい眼差しは、闘士としての彼しか知らない鎬紅葉にとって初めて見る姿であり、当然そこにも驚いたのだが……違う。それもまた、違うのだ。
「……おぉ、ドクター。恥ずかしい所を見せちまったな」
「い、いえ」
紅葉の視線に気づいたのか。少し顔を赤らめた独歩の言葉に紅葉は首を横に振った。こちらを向いた事で、より詳しく彼の顔を確認する事が出来るようになり、そして鎬紅葉は自身が覚えた驚愕が勘違いなどではなく……失った筈の右目と深く抉っていた古傷の完治が確認できたことを知り、思わず無意識のうちに一歩、二歩と独歩に歩み寄るように近づいた。
「その……右の、目は」
「……あんたならそりゃあ気になるだろうなぁ……嬉しい事に本物さ。夏恵、そろそろ離してくれよ……な?」
「独歩ちゃん……だって、だって……」
妻の肩をぽんぽんと叩く独歩の様子に、紅葉は正気を取り戻した。そうだ。これ以上ないほどに目出度い事である。祝福を送るべきだろう、送るべき……筈である。
だが、紅葉は喉まで出かかった祝福の言葉を、口の外に出すことが出来なかった。
その御業がどんな代物であれ、自身が出来ない事を誰かがやった。その方法は、一体誰が。頭の中を乱気流の様に渦巻くその思考を、或いは愚地独歩は見透かしたのだろうか。苦笑を浮かべて彼は紅葉を促し、部屋の奥へと入っていく。
彼についていく形で部屋の奥へと進んでいくと、徳川翁が良く使う座敷の間へと彼は向かっているようだった。その場であるなら何度も通された場所だ。道案内も必要ないというと、愚地独歩は至極真面目な顔を浮かべたまま、ふるふると首を横に振った。
「お前さんが暴れ出したら不味いからな。もしもの時の抑えだと思っておいてくれや」
「……それは、その。どう判断すれば良いのか」
「見りゃわかる。おったまげるぜ?」
いたずらっぽく笑う彼の表情に、紅葉は予感のようなものが確信に変わるのを感じた。この先に、居るのだ。彼を施術した、およそこの世のモノとは思えない技術を保有した何かが。そして独歩はその人物を知っている。故に紅葉が正気を失う可能性があると。そう思い共に連れ立って並んで歩いている。暴走した自分からその何かを守る為に。
頭の中で予想を立て、そしてそのどれもを否定しながら歩く事数分。広い屋敷の中の一室の前で、恭しく頭を垂れる使用人に頷き返して紅葉と独歩は襖をあけて室内へと入る。弾む胸を意思でねじ伏せながら中をのぞき込む、と……
「おお、良く来たのぉ、ドクター」
徳川翁の陽気な声が耳に入る。だが、その言葉に返事を返す事が紅葉には出来なかった。彼の神経は全て、徳川翁の目の前にいる男に向けられているからだ。
「……馬鹿な。そんな、ありえない」
「うむ。それがまかり通る世の中になったという事じゃな……紹介しよう間君。彼がこの世界でも一等腕の立つ外科医師、ドクター紅葉じゃ」
「……お噂はかねがね」
視界の中、徳川翁の紹介に従って頭を下げる、白髪混じりの黒髪をした人物。全身を黒い衣装で統一したその男を、紅葉は最初良くできたコスプレだと断じた。彼が知るその人物は創作の中の登場人物で、こんな日本屋敷の一室で、胡坐をかいて座っている訳が無いのだから。
だが、医師としての鎬紅葉は、彼の顔に走る手術痕と皮膚の色が、決して偽物のリアリティではないと判断を下していた。どちらにしろ近づかねば分からない。確かめなければならない。
ブラック・ジャックが目の前にいるなんてッ! そんな事が起こりえるのならばッ! 私はッ!
思考のままに行動しようとした鎬紅葉を制したのは、肩に添えられた愚地独歩の手だった。力強く掴まれた肩の痛みに、紅葉の精神は無意識下から戻ってくる。振り返って独歩を見やると、彼はニヤニヤと。さも予想通りの事が起きたと言わんばかりの得意げな顔で紅葉を見ている。
湧き上がった羞恥心に顔を赤くした紅葉の肩を、今度はポンポンと優しく叩くと、彼を誘う様に独歩は部屋の中央へと足を踏み入れる。独歩に急かされるように徳川翁の前まで進んだ紅葉を、徳川翁はうんうん、とほほ笑みながら手招きし、彼と隣り合う形で座らせる。
間近で見た彼の顔の手術痕は、間違いなく本物であった。ちゃちな特殊メイクやマスクなんかじゃ断じてない。勿論実際に触れるのが最も確実ではあるが……それでも、この距離で自分が見て見間違う事はあり得ない。
「……まさか……本物の」
口の中でその呟きを噛み殺し、紅葉は必死の思いで右手を向きそうになる自分を律して徳川翁へと視線を向ける。それを分かっているのか。サプライズが成功したかと無邪気そうに笑う徳川翁は、紅葉と黒衣の男を見比べ、その日の用件を口に出した。
「紅葉君。儂はどうも癌らしい」
「……そう、ですか。検査はもう?」
呼び出された用件を理解した紅葉が徳川翁にそう問い返すと、彼は何も言わずにパンパンっ、と手を叩く。控えていたのだろう使用人の小坊主が、恭しくお盆に乗せた封筒を持って室内に入ってくる。翁に指示された小坊主は、その封筒を載せた盆を紅葉の前に置き、静かに室内から去っていった。
「拝見します……」
「うむ。お主の忌憚のない意見が欲しい」
翁の問いかけに頷きを返して、紅葉はその封筒の中身を見る。そして、吐息に悲痛さを滲ませながら目を伏せる。
――助からない。全身に転移したがん細胞を見て、紅葉は確信を持った。すでに余命は数ヶ月。持って半年という所だろう。
「……私も拝見しても?」
「うむ、勿論じゃとも……すまんが、ドクター」
「ええ、どうぞ」
思考が空回りしそうになるタイミングで間と呼ばれた男……仮称・ブラック・ジャックが徳川翁に声を掛けた。にこやかにレントゲン写真を渡しながら、彼の頭は高速で回転を始める。
自身の顔に動揺が見られないか。医師としての鎬紅葉は自身に問いかけ、問題が無い事を確認。患者へ不安を与える事だけは不味い。どう言葉にするべきか。対応を頭に思い浮かべ……
「何もしなければ、余命2ヶ月といった所でしょうな」
「やはりそうか」
「…………!ッ!? おい、君ッ!!」
平然とした口調で余命宣告をした仮想・ブラック・ジャックに、鎬紅葉が慌てた様に腰を浮かし……思った以上に穏やかな様子の周囲に困惑の表情を浮かべる。
「ドクター。分かっていた事じゃ。今更騒ぐような物ではない」
「し、失礼しました」
「構わんよ。それで、ドクターの診断はどうかな?」
「……そちらの間氏とほぼ同じ見解です。直ぐに入院の手続きを」
徳川翁の言葉に、紅葉は自身の中で弾き出した最善の答えを口にする。投薬治療による自然治癒への期待。神に縋るような情けない決断かもしれないが、これこそが最善であると彼は判断を下した。
仮に施術を行ったとしても、齢80を超えるこの老人の体力ではとても耐えきれない上に、そもそもの成功率が低過ぎる。自身の外科医術に絶対の自信を持つ紅葉ですら、恐らく10%を下回る難易度の手術。考慮にすら値しなかった。
そんな自分の言葉に、徳川翁は少しばかり残念そうな表情を浮かべる。当然の話だ。遠回しに助からないと、再度宣言したような物なのだから。
徳川翁は今度は自身の右手に居る間氏に目線をむける。彼の回答には、紅葉も興味があった。先程の余命期間、紅葉ですら明言は出来なかったそれに、凡そ同じ意見の2ヶ月という期間を言葉にしていた。しかも断定的に、である。
先の愚地独歩の事もある。自分では辿り着けなかった何かをこの男は持っているのではないか。もしかしたら、という子供のような期待が紅葉の胸を埋め尽くす。
この世界で自分以上の外科医は居ない。居るとしてもいずれは己が上に立つ……それも遠くないうちに。それは鎬紅葉にとって偽らざる本音だった。武闘家として敗北し、己の価値観を粉々にされた彼だが、医師としては依然世界最高の自負を持っていた。
だが、予感がするのだ。そんな己の牙城が、まるでただそこに在っただけの砂上の楼閣であったかのようにぶち壊されるような、荒唐無稽な……想像の埒外の何かが巻き起こる予感が。初めて範馬刃牙と戦い、彼の最後の一撃を受けたあの瞬間の様に、全てが崩れ去るような圧倒的なカタルシスが来る。そんな予感が胸をよぎって、鎬紅葉の心を騒めかせる。
知らず全身を力ませていた鎬紅葉の視界の端。ふっと小さく笑って
「オペの準備を」
「……うむ!」
立ち上がった彼の姿に徳川翁が目を輝かせる。紅葉は無茶だ、等とは口に出さなかった。ただ、自らが勤務する病院に連絡を入れ、緊急手術の準備を整えるように言伝、徳川翁へと視線を向ける。
「……私であれば、恐らく成功率は10%が精々でしょう」
「そうか。ならば、もし彼が失敗しそうであればお主が代わりにメスを持て」
「承知しました」
言外に命を懸けるという決意を受け取り、鎬紅葉も覚悟を決めた。彼の助手は自身が務めよう。恐らく研修医時代以来になる手術助手だが、完ぺきに熟す以外の選択肢は彼には無かった。
そんな彼らのやり取りを眺めながら愚地独歩はニヤニヤと笑い、事の顛末を楽しそうに見つめていた。
チクチクと針を通す音とDVD機器の機械音。静かな部屋の中心で、TV画面の中の『彼』から目をそらさずに、彼は手に持った鳥肉だった肉塊に小さな針を通す。
まるで魔法のように小さな針を使いこなす彼の両手はボロボロで、幾度も幾度もその小さな針を手に突き刺しただろう事は容易に想像できる。だが、彼の表情からは痛みや苦しみといった感情は見受けられない。
ただただ無言で、何かを悟っているかのように。小さく微笑みすら浮かべながら、彼は額に汗を流して必死に小さな針を操作していた。
「……まるで速さが足りないな」
ビデオの再生が終わる。自身の脳内シミュレートでは、まだ半分にも満たない地点しか達していなかったが、画面内の彼はすでに鎬紅葉が捌き切れなかった縫合まで手伝い、オペを終了させている。
対してこちらは、メスを入れるどころか縫合だけに専念してこの体たらくである。彼がメスを入れ、患部を取り除き、それを縫合する。この一連の動作を信じられない程の速度と精度で彼は行った。行ってみせた。
映像の中の自分に目を向ける。レオリオという彼の助手……この助手も素晴らしい腕の外科医だったが……彼と二人で担当を分け、縫合作業を行ってようやく0.5BJと言った位か。途中からは目から涙を流しながら針を振るう自身に対して、鎬紅葉は情けないだとか、そんな小さな感情を浮かべることは無い。
ただ、羨ましいのと、勿体ないという感情が心を覆っていた。その涙で曇った眼では、彼の手術風景を綺麗に収める事が出来なかったからだ。こんな持ち込まれたビデオで撮影された映像ではなく、もっと間近に、ダイレクトに感じる事が出来た。その機会を一度不意にした事は……自分自身ながら非常に勿体ないとしか感じなかった。
――コンコン。
「入ってくれ」
ビデオが停止してすぐに、彼のドアがノックされる。声に従い入室してきたのはこの病院の看護婦で、彼女は彼が行っていた鳥の心臓の縫合手術痕に目を丸くしながら「オペの時間です」と紅葉に声をかけた。その彼女の言葉に頷き、彼は練習に使用した鳥肉をビニール袋に入れてから、手を除菌ペーパーで拭う。
「生ものだからね。すまないが処理をお願いしても良いかな」
「あ、はい……あの、一体何を?」
「練習さ。手術のね」
彼女の不躾な言葉にそう返事を返して、鎬紅葉は笑顔を浮かべる。そう、練習だ。
メス捌き。縫合技術。経験。決断力。知識に関してはそうそう劣るものではないとも思うが、それも大きく差を開けるほどではない。結論から言えば、鎬紅葉はボロクソに医師として自分が劣っていることを自覚させられた。彼は手術が終わった後にBJに尋ねた。何故そこまで技術力を磨く事が出来たのか、と。
『実践で』
帰ってきた言葉は単純明快だった。ぐうの音も出ない程の正論だった。この可笑しくなったらしい世界で、彼が執刀したオペの回数はすでに万の領域を超えており、その時間、密度、全てが異常としか言いようのないものだった。
戦場を駆け巡るように人を救い続けてきたその行動に、うすら寒いものを感じた鎬紅葉は尋ねた。何故そんな事をしていたのかと。あなたほどの腕前の医師ならば、どこであろうと生きていく事に困ることは無いだろう、と。
そんな彼の問いに、BJは不思議そうな顔を浮かべて逆に問い返してきた。その言葉が、未だに紅葉の心を穿ち続けている。
「人の命を救って……その人の人生を変える事が出来たなら。歴史が変わるかもしれない……か」
臆面もなくそう言い放った彼の表情を思い出し、込みあがってくる笑いを噛み殺しながら手術着を身に纏う。
あの日、ドクター紅葉は医師として大きな敗北を味わった。そして、それ以上の成長も。まずは映像の中の彼に追いつく……そして、いずれはまた共に手術台を囲んで。
はるか未来を思い描き、ドクター紅葉は手術室へと向かう。その表情は夢見るようで、どこか晴れ晴れとしたものであった。
side.K もしくは蛇足
「成程な」
動物の体は殆ど水分で出来ている。であるならばその水分を利用して、人体内部を破壊する事も可能……うん、医者らしい発想だけど、それを考えて実行するってすげぇわ。
何をしているのかというと、護身用に以前教わった武術……いや、むしろこれは医術か。医術の試し打ちみたいなものだ。『打震』という打診を応用した技なんだがこいつがまた凄い。相手に打ち付けた打撃によって人体内部の水に波を立て、内部から破壊するっていうトンでも技なんだが、効果がエグすぎて中々使えないんだよな。
打ち込み方によっては、心臓を潰したり脳を揺らして破壊するなんて事も出来るおっそろしい技なんだ。開発者のドクター紅葉は結構好青年に見えたんだけど、やっぱりあの人も結構危ない医者だったんだな。どっかのタンメン好きの医者に似てたし。イケメンロン毛はあかんな。
手術中に泣き出したり、情緒不安定に見えたからどうかなと思ったんだけど予想通りだった。凄く良い外科医だったのにもったいない限りだ。モクセイエリアはあのロックウッドとかいう変な老人といい、危険人物が多すぎるんじゃないだろうか。
まぁ、あのロックウッドという老人からは、徳川翁に対する手術とその映像の対価にクローン技術を譲り受けたし、ドクター紅葉からもこの『打震』を教えてもらったから完全に損って訳ではないんだが。
キン肉マンに今度会いに行くと約束してるんだが、出来る限り関わらないようにしとこう。でも、これから向かう幻想郷だとこのレベルの技術でも力不足になるかもしれんからなぁ。一応もう少し練習しておくか。
やっぱりこの世界で生きるには俺だと力不足だよなぁ。どんなに頑張っても俺じゃあトキ先生みたいに戦う力を持つことは出来ないし。頼む神様、次の統合ではブラック・ジャックをよろしく! 先生ならナイフ投げでラオウにだって勝てるだろうしな!
待たせたのにこの低クオリティ(血反吐)
ドクター紅葉と徳川翁が違和感あったら申し訳ない。
鎬紅葉:出典・刃牙シリーズ
刃牙世界におけるスーパードクター枠。この件を機に更に自己研鑽を積み、名実ともにこの世界最高の医師と呼ばれるようになるが本人としてはまだまだ未熟なつもり。
徳川光成:出典・刃牙シリーズ
刃牙世界日本で最後の大物と呼ばれる人物。地下格闘技場のオーナーとして強者同士に戦いの場を提供する事が己の役割だと自負している。統合に関しても詳しく把握しており、接触してきたマモーと交渉し自身の病魔を根絶する事に成功。オーガをとある格闘技大会へ参加させたのも彼。
愚地独歩:出典・刃牙シリーズ
刃牙世界での日本最大の空手組織の長。徳川翁が手術を受ける前にクロオからの施術(クローニングのテストでもあった)を受けて右目を取り戻した。全身の古傷を消されたのはサービスだったらしい。