ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

19 / 52
明日から暫く忙しいのでこれが今月ラスト投稿となると思います(白目)
少し短め。申し訳ありません。

誤字修正。ドン吉様、佐藤東沙様、5837様、名無しの通りすがり様、物理破壊設定様、シフミ様、匿名鬼謀様ありがとうございます!


雷禅

 ――はらがへった

 

 

 グゴゴゴゴゴと鳴り響く腹の音。自国の時計代わりにすら使われている、自分自身ですら五月蠅く感じるそれに慣れたのはいつ頃だったろうか。

 

 ただ頭の中を空腹と飢餓感だけが支配するその日常に慣れたのは、いつだったろうか。

 

 頭の中を駆け巡るかつて喰らった人々の顔。恐怖に歪んだ人間どもの表情を思い浮かべて――最後にあの女の目が頭を過り、途端に食欲が消えていく事に慣れたのは。

 

 数えきれない程の月日繰り返した思考。バカ息子が身の程も弁えずにじゃれついてくる時以外のほぼ全てを費やす暇つぶし。

 

 その身が朽ち果てるまで男はそれを繰り返す……つもりだった。

 

「――雷禅様」

「おう」

 

 部下からの呼び声に、雷禅と呼ばれた男は思考の海から意識を起き上がらせる。その過程で襲い掛かる空腹をその意思の力でねじ伏せながら、雷禅は眼を開いた。

 

 バカ息子がまた半殺しにされに来たのか? いや、それなら勝手に入ってくるだろう。部下が一緒に居る事はこれまでになかった。なら、これは――

 

「あぁ?」

 

 開いた視界に映ったそれに、雷禅は僅かに困惑して眉をしかめた。

 

「初めまして、国王陛下」

 

 そこに立っていたそれは、黒い男だった。

 

「私は間。間 黒夫と申します」

 

 妖怪ではない、魔族でもない――人間の男はそう名乗りを上げて、雷禅に向かって頭を下げる。ここは魔界の深部。そいつはこんな場所に居る筈の無い存在だった。

 

 困惑したままちらりと目線を横に向ける。部下の一人、北神は男の少し後ろに立ち、額に汗をかきながら直立不動の姿勢を取っている。

 

 他国からの策謀かとも思ったが、北神が通している以上その線は――無いとは言わないが薄い。そして、仮に策謀だとしても人間に何が出来るのか、という意識もある。

 

「なんだぁ、てめぇ」

 

 だから、この言葉が出てきたのだろう。理解できない状況。自然と口から出たのは疑問の問いかけだった。

 

 雷禅の問いに北神がビクリと肩を揺らす。だが、問いかけられた本人である黒い男――間はこくりと頷いて口を開き、己と目的についてを話し始める。

 

「私は医者です。友人からの依頼で、貴方の寿命を延ばしに来ました」

 

 雷禅の視線を受け止めながらそう男は告げ、そして口を閉じる。

 

 間の放った言葉が雷禅の耳に入り、脳がその言葉を理解するまでのコンマ数秒の沈黙。そして雷禅はのそり、と台座から起き上がる。

 

「分かった。死ね」

 

 光の速度にも匹敵する右拳で、間に殴りかかり――

 

 

 

 

 

 キュポン。トクトクトクッ

 

 蓋を開けた瞬間に感じる豊穣の香り。トクトクと注がれる黄金色の液体。

 

 目の前に置かれたテーブルの上。グラスに並々と注がれたそれに視線を奪われながら、雷禅は彼にしては優しい手つきでそのグラスを手に取った。

 

「酒は問題ありませんか?」

「注いだ後に言う言葉じゃねぇな。勿論好物だ――何年振りかも分からんがな」

「結構。では、一献」

 

 そう言って、間と名乗る男は手に持つ小さなグラスを持ち上げる。

 

 何故か殺す気が失せ。土産があると言う間の口車に乗って席を囲む。

 

 土産という一本の瓶に入った酒に視線を向けながら、雷禅は鼻孔を擽る感覚を楽しんでいた。

 

 人食いを絶ってからこちら、まともに酒を飲んだのはいつだったか。酒を飲むと人を食いたくなる。余計に腹が減るという事に気付いてから、飲まなくなった覚えがある。

 

 とはいえ、もうくたばり掛けのこの体だ。最後に一杯、土産だと用意された酒を口にするのも悪くはない。

 

 毒が無い事をアピールする為だろう。間は見やすいように口元にグラスを持っていき、くぴりと傾ける。口の中に酒が流し込まれるのを見ながら、雷禅も同じようにグラスに手を伸ばす。

 

 口元に持ってきたグラスから香る匂い。思わずほぅ、とため息を吐く。空腹だから、ではない。長い時を生きた雷禅ですら味わったことのない何かを感じさせる香り。

 

 上物。それも特別な――という枕詞が付く代物だろう。もし仮にこれが毒であると分かっていても、グラスを傾けたくなってしまうかもしれない。

 

 末期の酒にはちと上等すぎるか。頭の中でそんな考えを巡らせながら、雷禅は静かにグラスを傾ける。

 

 クイッと傾けたグラスから、口の中へと液体が入り込む。

 

 その瞬間であった。

 

「……っ」

 

 口に含まれた液体から口内、喉、そして脳へと向けて広がっていく得も言われぬ衝撃。味覚の暴力。美味いという感情を一つにまとめて液体にしたらこうなるのではないか。

 

 そんな場違いな感想を抱きながら、雷禅は何とかその雫を飲み下し――

 

「んぐっ!?」

 

 胃袋から走る衝撃が彼の五体を揺さぶった。

 

 ズドン、と音を立てるように彼の胃袋がその雫を受け取り、それは急速に全身に染み渡るように広がっていく。

 

 足りない。まるで、足りない。

 

 体中が悲鳴を上げる様にそれを欲しがっているのを感じながら、雷禅は血走った眼で酒が入った瓶を睨みつける。

 

「どうぞ、そのままお飲みください。これは貴方の為に用意されたものです」

 

 そんな雷禅の姿に、間は特に驚きもせずにそう伝えてテーブルの上の酒瓶を雷禅の方へと置き直す。

 

 奪い取るようにその瓶を掴み、口元に寄せ――そして、ふと気付いた時にはその酒は消えていた。

 

 時間が飛んだかのような感覚。全身が熱く感じるそれに、確かに酒精を感じて呆然と空になった瓶に視線を向ける。

 

「ふむ。消化器官が大分衰えていたようですが、その様子を見ると問題になるほどではありませんでしたな」

 

 カリカリと小さなメモのような物にペンを走らせながら、間はそう口にしながら雷禅に視線を向ける。

 

 瓶から間に視線を向け直す。何かを腹に入れた時の吐き気が襲ってこない事。全身に漲る活力。そして、それ程の異常を引き起こしながらなんら様子が変わることなく醒めた視線のまま手元のメモにペンを走らせる男の姿。

 

 その異質さに、雷禅は目を細める。

 

 強さ、ではない。恐らくその気があれば自分は1秒もかからずにこの男を殺すことが出来る。ただの人間の医者。その筈だった。

 

 だが。

 

「てめぇは……なんだ?」

 

 この男の底を何故、自分は読み切れない。 

 

「医者ですよ。先ほど言った通り」

 

 雷禅の言葉にさも当然であると言わんばかりの態度で間はそう答え、そして席を立つ。

 

「本日の往診はこれにて終了とさせて頂きます。次の往診は三日後に」

「……おう」

 

 はぐらかされた――訳ではない。恐らくこの男は本心からそう言っている。そう確信を持ち、そして余計に意味が分からなくなった雷禅は、一先ずこの男の事を「そういうもの」なんだと分類する事に決めた。

 

「それではまた後日」

「ああ……いや、待て」

「はい?」

 

 部屋から去ろうとする間の姿を見送ろうとし、ふとある事に気付いた雷禅は彼を呼び止めた。

 

 部屋のドアの前で振り返る間に視線を向けながら、雷禅は空になった瓶を名残惜しそうに揺らしながら口を開く。

 

「俺の治療を依頼した奴――いや、これはどうでも良い。お前、俺の寿命を延ばす為に来た、と言っていたな」

「ええ。そう依頼されてまいりました」

「それなら、もう終わってるんじゃねぇのか。この酒……信じられないが、ただ一瓶で死にかけの俺に命を吹き込みやがった。これならあと数百年は持つ……そう感じるほどの代物だ」

「でしょうな。ソーマという酒です」

「ソーマ、か……また飲みてぇもんだが、今はその話じゃねぇ。お前は依頼通りに俺の寿命を伸ばしたはずだ。治療は終わった筈だろう?」

 

 そう疑問を問いかけ、そして雷禅は口を閉じる。

 

 別に治療が受けたくないだとか、そういった事ではない。どうせ暇を持て余している身、上等な土産まで持ってきたこの風変わりな男の来訪なら受けても良いと雷禅は思っている。

 

 だから、この質問はただの世間話に等しい問いかけだった。特に理由が無くても気にもしない、そんな類の問いかけだ。

 

 故に、男の言葉は雷禅に驚きを与えた。

 

「確かに、貴方の寿命を伸ばすというだけならすでに目的を達してはおります」

「だろうな」

「そう。目的は達している……ですがね、国王陛下。根本的な原因を治す事もせずに治療を終了する、というのは私のような医者にとって業腹でしてな」

 

 そう語る間の表情は、それまでの能面じみた無表情とは打って変わり。

 

「鬼の拒食症等というものを治療するのは初めての経験ですが、実に得難い経験が出来そうだ」

 

 心の底から楽しそうに、笑っていた。

 

 その笑顔を見て、雷禅は苦笑を浮かべる。

 

「人食い鬼の拒食症を、人間が治すってか」

「それならばまずは人以外を栄養とすることが出来るのかを確認しましょう。私もまだ食われたくはない」

 

 その言葉に、雷禅は大きな声で笑い声をあげる。

 

 この男は正気を保ったまま狂っている。そんな矛盾した感想を抱きながら、雷禅は己の右手に目を向ける。

 

 最初の問答の際。この右手を振りぬけば、間違いなく殺していただろう。

 

 だが、自分は振りぬかなかった。振りぬけなかった。自ら手を止めてしまったのだ。

 

 自身の死を知覚しながらも微動だにしなかった男に興味を持った。それもある。

 

 ただ……一番の理由は。

 

「間よぅ」

「はい」

 

 表情の奥に潜む、瞳。あの女のように全てを醒めた視線で見るその瞳に、己は射すくめられたのだ。

 

 何かを語ろうとして雷禅は口を開き……そして口を閉じる。ふっと自身の感傷を鼻で笑い飛ばして、雷禅は再び口を開く。

 

「能面見てぇな面も悪かねぇが。今の顔の方がまだ人を見てる気になるぜ?」

「……良く言われますよ」

 

 ゲラゲラと笑いながらそう言うと、間は渋い顔を浮かべて頭をぺこりと下げる。気に障ったのか、それとも自覚があるのか。雷禅にとってはどちらでも構わなかった。

 

 三日後。バカ息子をこの場に呼ぶのも良いかもしれない。

 

 さぞ楽しい事になるだろう。半ば確信じみたその考えに、雷禅は口元を歪めた。

 

 

 

side.K あるいは蛇足。

 

 

 

 これまでにも危険な目にあった事は腐るほどにあったが今回はその中でも一等危ない目にあったと確信できる。なんせ相手は魔族の王様。俗にいう魔王って奴だ。

 

 うん、モモンガさんという魔王が居るだろうって? いやその通りなんだが彼はそこそこ人間味があるからな?

 

 今回のガチ魔族の王様相手と比べるのは流石にモモンガさんに失礼だろう。彼からの依頼でその魔王の治療に赴いたんだけどな。

 

 雷禅。それが私が治療した魔王の名前だ。闘神とも呼ばれる程の力を持つ存在で、モモンガさんとしては前々から彼の部下に話を付けて接触を図っていたらしい。

 

 というのも、かの雷禅という魔王が居るエリアがかなり重要な場所らしいのだ。そこは魔界と呼ばれている広大なエリアで、深部に行けば行くほど強力な魔族が住む地獄のような場所らしい。

 

 その凶悪さは調査を担当したデミウルゴス氏曰く、暗黒大陸に勝るとも劣らないとの事だ。

 

 で、なんでそんな危険地帯の王様にOHANASHIしようとしてるのかと言うと、純粋に暗黒大陸と魔界、両方を相手取る余裕がモモンガさんに無いから、だそうだ。

 

 暗黒大陸の封じ込めの段階でほぼほぼキャパオーバー。その上更にそこよりも難易度の高いエリアの封じ込めなんてやってられるか、とモモンガさんが匙を投げ、それをデミえもんに投げ。そのデミえもんから妙案とばかりに特攻かけさせられたのだ。俺が。

 

 うん、魔界に入ってからほぼ全ての時間『最適解』さんを全開にしてたよ。多分これしてなかったら余裕で2桁は死んでたんじゃないだろうか。死んだら蘇生する、とモモンガさんから言われているが正直死にたくない。

 

 まぁ、そのお陰かどうか。死の淵に立っていた雷禅様に治療を施した結果、魔界の勢力図が一気に塗り替わり目出度くデミえもんの目論見通り魔界の秩序を保つことに成功。また、どういうウルトラCをかましたのかバトル好きな魔族の一部を借りて暗黒大陸に充てる戦力の拡充に成功した、と。

 

 俺、めちゃめちゃ今回頑張った気がする。後半は雷禅様のご子息の幽助くんとやたらと馬が合ったらしいジンに連れられて魔界探検ばっかりしてたけど。

 

 雷禅様の拒食症もきっちり改善したしなんなら人以外でも栄養を損ねない食物も発見したしこれだけ働いていればたまの余暇くらい楽しんでも良いだろう。

 

 雷禅様と言えば、意外や意外、予想以上に話の分かる方だった。初対面の時にモモンガさんから巻き上げた特上の酒、ソーマを使ったのも良かったのかもしれない。彼の前では『最適解』さんを解除してても特に問題なかったしね。

 

 雷禅様自体もどうも『最適解』さんを使ってる時の雰囲気が好きになれないらしく、自然にしとけ、と何かと口にされていた。これは初めて言われたのだが、どうも『最適解』さんを使ってる時の俺の雰囲気はやたらと醒めたように感じるらしい。他の人に聞いても違和感を感じなかったそうなんだが、雷禅様だけはその事に気付いたのだとかなんとか。

 

 まぁ、どう考えてもヤバイ技能だもんな、『最適解』さん。でも使わないと死ぬんだよな、『最適解』さん。

 

 やっぱり、俺にはBJの真似なんて分不相応なんだろうか。最近いい感じにやってたから少し調子に乗っていたのかもしれない。

 

 神様、神様! 次の統合では俺の代わりにBJ先生を! ブラック・ジャックをよろしく!




時期的にはAOGに居候してた頃



雷禅:出典・幽★遊★白書
 幽★遊★白書主人公、浦飯 幽助の父(むしろ祖先?)
 作中最強の魔族だが、登場時にはすでに千年近い期間の断食生活を送っており死にかけ。だが死にかけの状態でも魔界を3分する力を持っていた。
 この話中、とある医師が手土産で持ってきた酒で全盛期の力を取り戻し、黄泉と骸を相手に全面戦争――する前にAOGが介入。恩と正直魔界統一なんぞどうでも良いと思っていた雷禅の思惑が合致し、魔界の長い歴史でも珍しい事に血を流さずに争いの日々が終わった。
 尚その後なんやかんやあって開催された魔界統一トーナメントは参加したが途中でめんどくさくなって棄権した模様。

北神:出典・幽★遊★白書
 幽助を迎えに行く際に接触を図ってきたAOGとの交渉により、国王の治療が出来うる医者の斡旋を受ける事に成功。人間だった事に驚愕する。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。