ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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続けてしまった(呆然)
文章をちょっと手直し(2.13) チートの名前を『最適解』に統一しました

誤字修正。ヒーロー大好き人間様、亜蘭作務村様、五武蓮様、名無しの通りすがり様、化蛇様、乱読する鳩様ありがとうございました!

あとすみません、ここの主人公は私的な場面だと『俺』という一人称が多くなるので、折角の修正ですが手を加えさせていただきました。

それとレオリオの系統と前後の文章を修正しました!
ご指摘頂いた卵掛けられたご飯様、赤頭巾様ありがとうございました!



レオリオ

「お前は医者を目指してるんだろう。何故自身の手で友人を助けようとしない?」

 

 これは夢だ。

 

「力が無いから。知識が足りないから。どれも間違ってないだろうが。自分では治せない。何も出来ないと諦めたな?何故だ」

 

 夢の場面の俺は先生の足に縋り付いて無様に助けを乞うていた。

 場所はよく覚えている。スワルダニシティーの病院だ。初めて先生に会った時、彼はジン=フリークスに連れられてゴンの病室を訪れていた。

 

 弟子になった後、何故あそこに居たのかを尋ねた事がある。返ってきた答えは、本当にたまたま、だったそうだ。

 当時何をどう間違えたのか新しい世界の調査中だったジンと出会い、こちらの技術・・・念に興味を持ち同行していたらしい。

 

 定期報告の為に戻ってきたジンの元に息子の惨状が知らされ、ジンはその報告を聞くと先生に「治せるか?」とだけ尋ね、先生は「診なければ何とも言えん」と答えたらしい。

 先生達はハンター協会の用意した飛行船に乗ってスワルダニシティーに向かい、そこで俺達は出会った。ほんの数年前の話だというのに、随分と久しぶりのように語っていたのを思い出す。それだけ、落ち着かない日々だったという事だろう。

 

 場面が切り替わった。これは、統合軍から逃げている時だ。統合軍の基地から脱出する際、手助けをしてくれたオルガという青年が統合軍の兵士に撃たれ、血だらけになって倒れた。

 

 どう見たって致命傷だ。助かるわけが無い。兵士達は銃を構えながら俺達の方へ向かっている。先生を逃がさなければ。それなのに先生は血だらけになったオルガを治療しようとしている。

 もう助からない、早く逃げなければ。俺の叫びに対して先生は拳で答えた。

 

「また諦めたな、レオリオ」

 

 先生はそう言って、俺から視線を外した。オルガの血で体を赤く染めながら、先生は俺に語りかけるように話し続ける。

 

「諦めるのはな、レオリオ。患者の権利なんだ。俺達医者の仕事じゃない」

「俺達の仕事は患者を治す事だ。たとえ治せなかったとしても。望みが無いようなものでも」

「医者が諦めちまえば、患者は一人ぼっちになる」

「だからな。レオリオ。諦めは、人間を殺すんだ」

 

 俺に目線を向けず、先生はそう言いながらオルガの治療を続けた。

 銃弾の嵐の中で、うわ言のように止まるんじゃねぇ・・・と繰り返すオルガに、大丈夫だ。必ず助けると何度も声をかけながら。

 

 この後、俺達が捕まる前に巨大な鉄人形に乗ったオルガの仲間達に助け出され、輸血が間に合ったオルガは命を永らえる事ができた。

 目の前の命を諦めようとしなかった先生の意思が、彼を救ったのだ。

 諦めが人を殺す。医者は諦める事を許されない。レオリオはその時、心にその言葉を刻み込んだ。

 

 そして、頭に強い衝撃を受けてレオリオの意識は現実へと引き戻される。

 

 

 

「良いご身分じゃないか小間使い」

「いってぇ・・・」

 

 頭を抑えて起き上がる。周囲を見渡すと豪華な装飾を象った客間のような場所にレオリオは居た。

 ヒリヒリとする頭を抑える。若干コブが出来ているようだ。レオリオの頭を拳で叩いたのか、先生が手をヒラヒラとさせながら顔を顰めている。

 頭がはっきりとしてくる。そうだ、思い出してきた。

どうしても手に入らなかった医療器具を仕入れる為に、自分は先生と一緒にこの都市にやってきたのだ。

 

「やれやれ、石頭め」

「す、すみません先生!つい、ウトウトと・・・・・・」

「・・・・・・頭を切り替えろ。ここは勝手知ったる山荘(わがや)じゃないんだぞ?」

 

 真剣な先生の言葉に一気に意識が覚醒する。

 そうだ、ここはこのエリアの有力者の屋敷だ。医療器具を求めてこのエリアを訪ねてきた俺達に、器具を提供する見返りにここに住む人物が先生の手術を見たがった。

 先生はそれを快諾し、この都市にある最も大きな病院で、数時間前までレオリオと先生はとある老人の手術を行っていた。

 

 結果は勿論成功。かなり難易度の高い手術だったが、回復の魔法で体力を維持させ、念能力でその外科の技術を一切ブラさずに行使できる先生からすれば大した苦労ではなかったらしい。

 秘蔵のメスを使うまでも無く、その病院の機材だけであっさりと手術は終わった。

 

 その結果を見た医療器具の提供者は大喜びで先生の手腕と手術の成功を称え、上機嫌な彼はその後是非にとの事で先生を屋敷に招き、俺達は先ほどまで豪華な晩餐に舌鼓を打っていた。

 ここ最近、野山の新鮮な食物にすっかり舌が慣れていたと思ったが、やはり手の込んだ料理は素晴らしい。

つい食べ過ぎてしまい、居眠りをしてしまったようだ。時計を見れば晩餐から1時間は経過している。

 

「・・・まあ、良い。屋敷の主人とは話がついた。荷物を受け渡すから運び屋を呼んでくれ」

「わかりました。すぐに!」

「・・・・・・おい、レオリオ。特に気分は悪くないか?」

 

 衛星携帯を取り出し電話をかけようとしたところ、不意に先生がそう言ってきた。体調を心配されているのだろうか。そういえば、先ほども疲れが出てしまったようだ。

 

「いえ・・・ただ、少し疲れが出ているかもしれません。気づいたら意識が落ちてまして・・・・・・」

「ん。まぁ、他のエリアまで出てくるのは稀だからな。カセイにさっさと帰ろう」

 

 納得したように頷いて、先生は部屋に備え付けられたコートハンガーに足を向け、彼のトレードマークである黒いコートを手に取る。

 先生のコートは中に何十本ものメスや医療器具を内蔵している代物で、防弾・防刃に加えて魔法への耐性まで付いているらしい。

 オリハルコン繊維という特殊な糸で作られており、実際に持つと驚くほどの軽さだった。コートの中を少し探るように眺めて、先生はコートを羽織る。

 

「すまんな」

「・・・はい?」

「いや・・・なんでもない。少し気に食わない事があっただけだ」

 

 唐突な先生の言葉にレオリオは視線を彼に向けた。しかし、そのタイミングでコンコン、と客間のドアがノックされる。

 

「ブラック・ジャック先生、レオリオ先生。ホテルまでお送りする準備が整いました」

「ああ、ありがとう。行くぞ、レオリオ」

「あ、はい」

 

 紫色のスーツを着た大男がドアを開けて用件を伝えてくる。かなり鍛えられた人物だ。恐らく屋敷の使用人兼護衛と言った所だろう。

 彼の先導に従って歩く。屋敷の使用人たちと時たますれ違うが、皆非常に整った顔立ちをしている。仕事ぶりも堂に入ったものだが、容姿も恐らく選抜基準になっているのだろう。

 

 屋敷の主人は少し不気味な形相の人物だったが・・・・・・帰り際に少し目の保養が出来た。失敗をして落ち込んでいた気分が少し上向きになる。

 失敗、そうだ。運び屋に連絡を入れなくてはいけない。レオリオは先導する大男に許可を貰い、携帯していた衛星電話をかけた。

 

『あいよ。こちら運搬・護衛何でもござれ。鉄華団のオルガ・イツカだ。ご用件は何だい、レオリオ先生』

「先生は止してくれ、こっ恥ずかしい。機材の運搬を頼む」

『了解だ。ブラック・ジャック先生と一緒にいる屋敷につければ良いかい?』

「ああ、ええと。少し待ってくれ。ミスター?」

「フリンチだ」

「ああ、申し訳ない。受け渡しの業者を手配しているんですが、何時頃なら大丈夫ですかね?」

 

 先導する大男、フリンチと名乗った男はレオリオの問いに少し考えるそぶりを見せる。

 

「流石に今夜は遅いな。明日の朝方からなら大丈夫だ」

「わかりました。オルガ、明日の朝だ。こっちに車を付けて、それ以降はフリンチさんの指示に従ってくれ」

『フリチ・・・すげぇ名前だな、了解』

「フリンチだ。積み込みが終わったら俺達の用事は終わる。そっちの首尾はどうだ?」

 

 今回、レオリオ達は旅路の足として鉄華団のシャトルを使わせて貰っている。エリア間の行き来は何かしらの航空機、出来れば宇宙規模の移動が出来る艦艇クラスの船が無ければ難しいからだ。

 一応地続きになるため徒歩でも移動は可能だろうが、カセイエリアとこの都市のあるモクセイエリアは数十万キロは離れている。並の飛行機ならあっという間に燃料切れを起こしてしまうだろう。

 

『ああ、買付けは終わってる。流石はモクセイエリア、デケェだけはあった。民生品だけでもとんでもない利益になるぜ!』

「阿漕な真似はするなよ?今回のは特例だ。先生の顔に泥を塗ったら・・・」

『レオリオよぉ』

 

 レオリオの言葉を遮る形でオルガが声を挟んだ。

 

『カセイの人間がBJ先生に恥かかせるって、その意味がわかってて言ってんだよな?』

「・・・すまん」

 

 先程までの陽気な声は鳴りを潜め、殺意すら滲ませるオルガの言葉にレオリオは素直に謝罪の言葉を口にした。

 

『・・・こちらこそ悪い。ついカッとなっちまった。お前の立場ならそう言わなきゃならねぇからな』

「ああ、そう言ってもらえると助かる」

『何、その分次の診察で返してくれれば良いさ』

「バッカ、手加減して困るのはお前だぞ?」

 

 そのままオルガと軽口をニ、三言交わして電話を切る。思えばオルガとの付き合いも長くなったものだ。二年前、初めて会った時は変な髪型の小僧だとしか思わなかったが、話してみれば存外気が合った。

 

 先生に付いていると荒事に巻き込まれる事も多くなる。護衛としても運搬役としても優秀な上に、気心も知れている鉄華団は大事な仕事のパートナーと言えるだろう。

 

「ブラック・ジャック先生、レオリオ先生。本日はありがとうございました。いずれまた」

 

 車に乗り込む際に、フリンチが恭しく頭を下げる。先生はその言葉に一つ頷くと車の中に入っていった。俺も一礼して車に乗り込む。フリンチは姿が見えなくなるまで頭を下げていた。

 

 

 レオリオ達の住むカセイエリアは人類圏にある太陽系の名前を模したエリア郡の、一番外れの方に位置している。鉱物資源は豊富だが土壌の悪い世界が多い。

 その立地故にBETAの侵攻の際にはBETA側の主目標になり、人類側の最前線となり、そして決戦の地となった。その際主戦場になった東側はかなりのダメージを受けてしまい、BETAを勢力圏から叩き出して1年が経った現在ですら、カセイエリアは被害から立ち直っていない。

 

 それでもカセイエリアが何とか回せているのは、西側の生産力をフルに回して何とか体制を整えようとしている防衛機構の官僚達の努力と、防波堤になるカセイエリアが立ち行かなくなれば次は我が身となる他エリアからの支援による物だ。

 ナノマシンによるテラフォーミングも行っているが、その成果が出るのはまだまだ先になるだろう。

 

「先生、今回融通していただいた機械はどういったものなんですか?」

 

 ホテルまでの帰り道。静かな空気に耐えかねたレオリオは先生にそう尋ねた。

 

「・・・ああ。クローニング用の培養槽とコンピューターだよ」

「クロー!っいてぇ」

「狭いんだ。騒ぐな」

 

 つい声を大きくしてしまったレオリオの脇を先生が肘で抉る。綺麗に入ってしまった為痛みにわき腹を押さえるレオリオに先生はため息をついた。

 

医療特化の特質系(オレ)の肘打ちで護衛役(お前さん)がそう簡単にやられてどうする。たく、まだ呆けてるのか?」

「す、すんません・・・けほっ」

「仕方の無い奴だ・・・・・・自然治癒に任せるよりは取り替えた方が早い。そういった臓器は意外と多いんだ。機械での代用にも限界がある。クローニングして作られた臓器なら拒否反応も無いからな・・・俺が噂通りの奇跡の担い手なら必要ないんだが」

 

 自嘲するようにくすくすと先生は笑った。

 この世界には実際にそういった奇跡を扱う人物は数多く存在する。そういった存在から見れば自分はなんと矮小な存在なのか。先生はいつもそう言って悲しそうに笑っている。

 

 だが、レオリオは知っている。そんな奇跡の担い手でも治せないような、もはや呪いと言える様な物に、彼がメスと己の体だけで抗い、最後には救って見せた事を。

そこに患者が居るというだけで、彼が死を振りまくBETAの海に1人潜って行った事を。

 

 全身を蝕む病を、心まで歪ませる病を全て取り除いて見せた事を。銃弾の雨の中、自身も体に弾を受けながら、最後まで医療を続けた姿を!

 レオリオ()は、ずっと見続けていたのだ。憧れたのだ。こんな医者になりたいと、心の底からそう思ったのだ。

 

『俺の報酬は高額だ。お前の人生をかけたって払いきれないかもしれない。それでも良いのか?』

『払います!一生かかったって、絶対にお支払いします!だから、ゴンを・・・俺の友達を、助けてください』

 

 夢の中の場面の、続きが頭を過ぎる。

 先生は俺のその言葉を聴いて、少し嬉しそうに、だけど何故か困ったような笑顔を浮かべてこう言った。

 

『その言葉が聞きたかった。手伝え、レオリオ。長丁場になるぞ』

 

 コートを着たままゴンの呪いに向き合った先生の姿を今でも覚えている。そして、俺はあの時、先生の右腕に。握り締めたメスに、確かに神様が微笑む姿を見たのだ。

 先生から言い渡された報酬は確かに高額だった。俺の人生なんか10回以上繰り返したって到達できるとは思えないほどに。

 だが、諦める事は医者の仕事じゃない。

 だから、俺は必ずブラック・ジャック先生以上の医者になる。

 

『私への報酬?そうだな・・・・・・私以上の医者になってくれ。それで十分さ。十分すぎる程だ』

 

 そして、その時に必ずこういうのだ。己の名前のせいで戦争を起こしてしまった事を悔やみ続ける先生に、先生こそが最上の癒し手ですと。貴方こそ最も偉大な名医であると。

 貴方のお陰で俺は、俺たちは救われたんだと。

 

 必ず。

 

 

 

side.M

 

 遠ざかる車を眺めながら、男は静かに考えに耽っていた。

 彼の思考はつい数十分前に遡る。

彼はその時、転移してからこちら感じたことも無い高揚を感じていた。目の前に座る黒髪と白髪のツートンカラーをした髪型の男。近隣のエリアでは知らぬ者も居ない名医ブラック・ジャックとの会話だ。

 

 楽しかった。非常に長い年月を生きた彼にとって数多の人間は馬鹿にしか感じられない。しかしブラック・ジャックは違った。彼の医療技術は、知識は自分ですら知らない未知の物が多分に含まれていた。

 たったの数十分の会話だというのに、まるで数年もの間語り続けているように自身の中の知恵が、知識が刺激を受けているのが分かった。

 だからつい、その言葉を口に出してしまったのだろう。

 

「君に永遠の命を与えてやろうじゃないか」

「断りましょう」

「・・・・・・何だって?」

 

 上機嫌に話す長い白髪をカールにした肌色の悪い男の言葉を、一顧だにせず彼はそう答えた。

 思わず聞き返すも彼からの返事は無い。先ほどまでの上機嫌さは消えてしまい、今は渋い顔で先ほど召使が出した紅茶を啜っている。

 

 いや、肌色の悪さで言えば彼もそう人の事を言えない姿をしている。何せ自身の肌は全て灰色をしているが、件の彼は顔の一部、つぎはぎの部分だけの色が違う。

 彼の方が不健康な色合いだ。何せ自身は特に何かを患っているわけではないのだから。

 

「あー、ミスター」

「ロックウッド。ハワード・ロックウッドだ。君にならハワードと呼ばれても惜しくは無いな」

「そうか。ありがとう、ミスターハワード。私は医者で、貴方は科学者。成る程、求めるモノが違うな。なら意見が違っても仕方が無いでしょう。先ほどまでの貴方の科学に関する講義は非常に為になりました」

「こちらこそ。神の領域と言われる君の手術を見せてもらった礼にはいささか足りないかもしれんが・・・」

「いえいえ。貴方の知識はそれだけの価値がある。良い勉強になりました・・・少し長居をしてしまいましたね。そろそろお暇しましょう」

「少し待ってくれ」

 

 そう言って彼が立ち上がろうとするも、そこにロックウッドと名乗った男は待ったをかける。

 彼にはどうしても聞かなければいけない事があったからだ。

 

「何ゆえ永遠の命を求めないのかね?」

「私にとって価値が無いからですな」

「老いることなく、そのままの体で生きられる事は幸福な事だぞ」

「幸福?誰も彼もが自分を置いていく中1人生き残るのは御免被りますね」

「君の技術が惜しいんだ!」

「何百年も医者を続けるのは御免でさぁ。いや、何を熱くなっているんでしょうね我々は」

 

 途中から自身の物言いに可笑しくなったのか、彼は一頻り笑ってからロックウッドに目を向ける。

 

「永遠の命。永遠の若さ。成る程、素晴らしい物なんでしょうね。世の権力者と呼ばれる方々は皆求めている。・・・・・・ですがね、ミスターハワード。我々医者は一生懸命に生きている誰かを治す為に技術を磨いていくんですよ。少なくとも私はそうだった」

「・・・・・・なるほど」

「私の技術を惜しむという言葉、嬉しいものでした」

「いや、私も詮無い事を聞いてしまった。やはり君は素晴らしい名医だよブラック・ジャック君」

「・・・・・・私はブラック・ジャックではありませんよ、ミスター」

 

 困ったように笑って、ブラック・ジャックは部屋を出て行った。

 その背に声をかけようとして、ロックウッドは考え直す。

 彼は自身が決して狭量な人物だと思っていない。彼のように明確な意思で拘りを持つ技術者が嫌いではないのもあるだろう。

 自身に逆らった人物に対しては残酷な一面を見せる彼だが、気に入った人物には非常に寛容になるのも彼の特徴の一つだった。

 

 数分の間、物思いに耽っていた彼はつと目を開けて部屋の中に振り返る。見えない空間を探る様に指を動かすと、先ほどまでティーカップを置いていたテーブルが変貌し科学的なスクリーンに変わった。

 

「幸いにもDNAデータは手に入った。今回はこれで我慢するとしよう・・・しかし惜しい。惜しすぎる」

 

 悔やむように何度か呟き、ロックウッドは再び空間を探るように指を動かす。テーブルは再び元の姿を取り戻した。

 彼のクローンが彼を再現できるとは思えない。だが、少なくとも何かを残す事はできるはずだ。

 ハワード・ロックウッドは非常に珍しい事に、完全なる善意でもって彼の姿を残そうと行動を開始した。

 

 

 

side.K もしくは蛇足。

 

 ホテルに戻ってきた際、何故か涙ぐんでいるレオリオを気遣って部屋に送ってやり、俺はようやく自身に割り当てられた部屋に戻る事ができた。

 安堵のため息をつく前に部屋の中をクリーニング。盗聴器の類が無いかを確認する。どうやら何も無いようだ。ため息をついて、俺はソファにもたれかかった。しかし予想以上に頭の可笑しい奴だったな、あの爺さん。

 

 俺の医療に対する技術と科学技術の交換会のような話し合いをした後、唐突に「君に永遠の命を与えてあげよう」とか語り始めたときは正直どうしようかと思った。

テロメアの問題も解決できてない状況で永遠の命もクソもあるまいに。途中からは鷲羽さんの爪の垢でも齧って来いと言いそうになるのを必死に我慢する羽目になった。

 

 鷲羽さん、今は何処に居るんだろう。戦争終結の際は玄孫が、とか婿が、と言っていたから家族と一緒に居るんだろうか。あの人こそ最高の科学者だと思うんだが。

クローニングの機材を手に入れるにはここが良い、と『最適解』さんが案内してこなければ彼女と最後に会ったチキューエリアに真っ直ぐ向かったんだがなぁ。

 

 まぁ、手術一回でこれだけ高額な機材をポンと出せる人物なんだ。凄い奴なんだろう。使える物は藁でも使う。田舎暮らしには大事な事だ。

 

 しかしついに高性能なクローニングの機材を手に入れる事が出来た。

 これで今まで経過観察が長くなりすぎると手を出せなかった阿頼耶識の除去やナノマシンの暴走による脊髄、内臓にダメージを受けた人間の治療に入れる。

 

 いや、今まででも出来たんだがな。神経からナノマシンを取り除くのに数ヶ月付きっ切りに成りかねなかったからな。彼らには頼みたい事も色々あったし後回しにしてしまった。

 ナノマシンを取り除く為の手法はすでに研究しているんだが、ダメージを受けていたり変異した神経等はいっそ交換した方が早い。

 

 これらに付随してナノマシンの暴走による身体障害の治療を本格的に研究していく事になるだろう。カセイは悪い意味で実験体に事欠かないしな。

 今回他エリアでの物資調達や密貿易に近い事をやらかす代わりに、防衛機構のホシノ中佐からも念押しされている。

 それにオルガや鉄華団の連中には色々迷惑を押し付けているしな。借りはさっさと返すべきだろう。

 

 借りといえばレオリオの奴、随分と助手としての姿が板についてきた。

 この調子であいつが成長すれば俺もさっさと引退してあいつにブラック・ジャックの名前を引き継いでもらったり・・・・・・は流石に無理か。『最適解』さんというチートが無ければ名前負けとか言われかねんからな。俺だって『最適解』(これ)が無ければとっくに死んでいたんだ。

 疲れて眠ってしまってたみたいだしこき使いすぎてるかな。帰ったら1週間位休暇でもくれてやるか。

 

 それにしても……『最適解』(このチート)、使用したら本当にその時最善の行動を俺に取らせるから死にそうな場面でも平然と治療したり出来るんだが、俺自身はめちゃくちゃ痛いんだ。撃たれながら人の体を治したりとか、死なないと分かっててもめちゃめちゃ怖いし。血がダラッダラ流れてるし本当の意味で血の気が引いたね。

 

 BETAの海を泳いだときやオルガを治療した時は本当に死ぬかと思った。未だにオルガの顔見るとその時のトラウマでちょっと顔が引きつるんだよなぁ。

恐怖を紛らわす為に柄にも無く頑張れ、とか患者に対して語りかけたりしてたらしい。後からレオリオから聞いて恥ずかしさで死にそうになった。

 

 やっぱり俺、ブラック・ジャック向いてないわ……

 頼む神様。次の統合を早く起こしてくれ!そして今度こそ、ブラック・ジャックをよろしく!




この話を書くときは基本、ジェンガを積んでる気分で書いてます。多分クロオも同じ気持ちで周りの反応を見てると思います。



レオリオ:覚悟ガン決まり。本当の名医を見つけ出したと思ってる。

オルガ・イツカ:B・Jに命を救われ、それ以降も世話に成りっぱなしだと思っている。仕事をかなり格安で請けたりして少しずつ返そうとしているが、またドでかい借りが出来てしまう模様。

ハワード・ロックウッド:一体何マモーなんだ。あ、違ーう!

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