ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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少し間が空いて申し訳ありません。

今回ちょっと色々挑戦してみたんですが読みにくかったら申し訳ないです。



誤字修正。オカムー様、酒井悠人様、佐藤東沙様、adachi様、竜人機様、仔犬様、ランダ・ギウ様ありがとうございます!


博徒

 防衛機構の使いだという男が来たのは、常春のマリネラにしては珍しく少し肌寒い日の事だった。

 

「ダニエル・J・ダービーと申します。以後お見知りおきを」

 

 男は紳士然とした服装をした、目元の下から走る深い彫りとギラリと光る視線が特徴的な男だった。彼は名乗りを上げるとホシノ補佐官から渡されたらしい数枚の書類……渡航許可証とスケジュールについてが記された紙の束……をこちらに差し出し、レオリオが淹れた紅茶を美味そうに飲み始めた。

 

 渡航許可証。エリア間の移動は基本的に防衛機構の船でなければ行えない。仮に通常の艦船で移動する場合何年かかるかわからない為だ。エリア内の移動ならば鉄華団が所有するイサリビ改でも良いのだろうが、エリア外での移動を行う場合はせめてワープ航法などの超光速航法系統の技術を積んだ艦でないと時間がかかりすぎる。

 

 現在防衛機構では所有する艦船に急ピッチで波動エンジンやフォールドシステム等を積み込んでおり、広すぎる管理地域へ対応する為に技術者達が悪戦苦闘しているらしい。どこに何が出てくるかがわからない世の中だ。一日でも早く彼らの苦闘が実ることを祈っておこう。

 

 まぁ、中には八雲家やモモンガ、それにタイヨウ系エリア群超代表殿のようにそれらを無視できる人物も居たりするのだがそれは例外と言えるだろう。

 

「ありがとうございます。ミスター・ダービー。確かに受け取ったと、ホシノ補佐官に伝えて頂きたい」

「承りました。やれやれ、肩の荷がようやく下りた心地ですよ。何せホシノ補佐官からは第一級優先事項、場合によっては命にかえても届けるようにと脅しつけられておりましたので」

「ははは。彼女にしては随分物騒な冗談ですな」

「冗談であれば良かったのですがねぇ」

 

 口元をモゴモゴと動かすダービー氏に首を傾げながら紅茶のカップを傾ける。うむ、レオリオの奴、また腕をあげたらしい。執刀技術に関してはまだまだだが、丁稚としての技術はどんどん伸びているようだな。

 

 レオリオには常日頃お前のメス捌きならもっと思い切りよくやった方が良いと何度か指摘しているんだが。どうも臓器や脳にメスを入れる際に失敗の恐怖が頭をよぎるらしく動きが鈍るのがあいつの欠点だ。

 

 確かにそういった重要な臓器を相手にする場合、慎重さは絶対に必要だ。だが、繊細な部位であるからこそ決断と実行は思い切りよくやらなければいけない。一瞬の躊躇が患者の命を一秒削る。慎重であるのは美徳であるし重要なことだが、慎重と臆病を同一にしてはいけないのだ。

 

「慎重と臆病を同一にしてはいけない。至言でありますな」

「と、これは申し訳ない。口にしておりましたか」

「いえいえ。流石は名医ブラック・ジャック先生と感心する次第です。私も今でこそ防衛機構の職員でありますが、一介のギャンブラーとしては身に覚えのある言葉でした。それを違えて大きな、本当に大きな敗北を経験したこともある」

 

 首を横に振りながら何かを懐かしみ、思い出すかのようにダービー氏は眼を細めて宙を見る。敗北したという事柄を思い浮かべているのか不思議な表情を浮かべていた。

 

「先生は博打打ちとしても才能があるように見受けられる。これは、あの噂は本当でしたかな」

「私は博打なんぞ殆ど嗜みませんがね……はて。その噂とは?」

 

 数秒ほど物思いに耽った後。ダービー氏は眼を閉じ、大きく息を吸って吐き出す。彼が再び目を開いた時には先ほどまでの昔を懐かしむ壮年の姿は消え、不敵な笑みを浮かべた防衛機構の職員が姿を取り戻していた。

 

「実は私、ギャンブルを生業にしていた事がありましてね。現在こそとある事情で防衛機構に属しておりますが、自身としては未だにギャンブラーである事を、その誇りを捨てているつもりはありません」

「……ああ、なるほど。それで?」

「私は自身が一番の博打打ちであるという自負がある。故に己以上と評される博打打ちには並々ならぬ興味を持っていましてね……そこで、貴方の噂を耳にしました。医者であり、そして――」

 

 何となく話の流れが読めてきて、恐らくうんざりとした表情を浮かべているだろう俺の顔を見ながらダービー氏は手に持ったカップをゆっくりとテーブルに置いた。

 

「ブラック・ジャック先生。是非一戦、私とギャンブル(賭け事)をしてもらえませんか?」

 

 紳士然とした態度の奥から垣間見える博徒の顔。ダービー氏の言葉に紅茶のカップをテーブルの上に置き、ふぅ、と息をつく。

 

 ぶぶづけ、レオリオは作れるだろうか。

 

 

 

 

 コンコンとドアを叩かれる音。久しぶりの休暇に溜まっている本や漫画を処理するかと机に向かっていた俺は、そのノック音で短い休暇が終わりを告げたことを悟った。

 

 大きな作戦も終わり、戦場から病院へと職場を移したばかり。多少落ち着けるかと思っていたのだが、どこの世界でも医療関係の人材不足は変わらないという事か。

 

 実家の個人医院を思い出しながら椅子から立ち上がり、部屋のドアへと向かう。ノックなんて上等な行為をしてくる相手は大体決まっている。そして、その決まっている彼らは基本的に余程の事がなければ休暇だと言って部屋に籠った俺に声をかけてくる事はない。

 

 このドアを開ければ間違いなく面倒事が降りかかってくる、というわけだ。勿論逃げる事も出来ない。

 

 案の定、部屋のドアを開けた先には取次役として俺への依頼一般を取り扱っている女性士官が立っており、困惑したような表情で用件を言って俺に判断を仰いでくる。

 

 彼女の口から出てきた単語は、なるほど。誰であろうと判断に困るような案件だった。

 

「治ってない?」

「ええ。先方が仰るには治ったけど治っていない、と。いかがいたしましょうか」

「謎かけでもしているのかね、あの爺さんは」

 

 治ったけど治っていない、とは何とも面白い言い回しだ。何が言いたいのかが分かればなお良かったのだが。

 

 一つ溜息をついて、すぐに向かう旨の返事を返す。どちらにしろ一度会わなければ判断できない、か。

 

「よろしいのですか?」

「ああ。一度診なければ判断できないからね。パブロヴナ中尉、赤木さんを診察室にお通ししてくれ」

 

 俺の指示に敬礼を返す中尉に一つ頷きを返し、ドアを閉める。出かける準備……をする前に机の上に置きっぱなしになっていた『北斗の拳 イチゴ味』を棚にしまい込んでおく。これも支給品とはいえ原作の一つ。貴重な品だからな。

 

 ラオウの死により優先順位は低くなったとはいえ知識は武器だ。早めに読み進めたいところだったのだが。

 

 

 

 

 ああ、そういえばあの日はソーフィヤが部屋に来たのが始まりだったな。自分がギャンブラーだと思い込まれた一件。後から思い返すと恥ずかしい一件だった。

 

「ルールは簡単です。先生はブラック・ジャックをされた事は?」

「……ああ。毎日のように演じている(やっている)よ」

「グゥゥッド! それならば話は早い。ルールはスタンダードに。勝敗は……」

 

 嬉々とした表情でルールを決め始める紳士然とした男性、ダービー氏の言葉に、一つため息を吐く。

 

 何を勘違いしたのか、目の前の紳士……防衛機構からの使いだという男はどうも俺の事を一端以上のギャンブラーだと勝手に推測し、自分の仕事ついでに一勝負どうかと誘ってきた。

 

 本来ならば断るべきなんだろう。いや、実際に一度は断ったのだ。自分は賭博を趣味とする人間ではない。彼と勝負をする理由が無いのだ、と。

 

 ならば、何故このような状況になったのか。

 

 それは――彼が自身の身命を賭していた事と――これが治療であるからだ。

 

「ふっ。ふふふっ……手が震える。呼吸が……呼吸が出来ない」

「ミスター……」

「ふぅ、ああ、いえ。分かっていた事なのです。ふ、ふふっ……命がかかる、そんな勝負に、手の震えが止まらないだけでして」

 

 その症状が出始めたのは、彼がカードに触れてからだった。

 

 ガタガタと震える手。真っ青をこえて白く変わった顔色。呼吸も怪しく、本人は気付いていないのかだらだらと大量の汗が出始めている。

 

 PTSDかそれに近い精神的外傷。そう判断を下し彼に声をかけるも、彼はフルフルと手を横に振りカードを切ろうともがいている。

 

 ギャンブラーである。その事に誇りを持った彼は、しかし賭博に触れる事が出来ない体へと変貌していた。話を聞く限りはただ一度の敗北で、だ。それは彼の誇りや魂であるとかが根こそぎ粉砕され粉々になる程の『負け』だったのだろう。

 

「ふふっ……ただの、ただの相手では……はぁぁ……駄目です。一線級の……ふぅぅぅぅ……博徒と対峙しなければ」

 

 彼はそう口にして、深く息を吸い込みながら一枚一枚のカードを切る。自らの過去と行ってきた所業を語りながら。ギャンブルで何人もの人間の命を奪った男。勝負の対価として魂を刈り取る能力――幽波紋(スタンド)の持ち主。

 

 その生き方に、その所業に言いたいことが無いわけではない。だが、彼はすでに防衛機構で裁きを受けた後らしい。

 

 幽波紋(スタンド)という常人には見えず、対抗すら難しい能力の持ち主であるから捜査員の一人として危険地帯を渡り歩く――恐らく、彼が死ぬその日まで続く、償いの日々。

 

 また、許可なく幽波紋(スタンド)の能力を使えば待っているのは死。心臓に埋め込まれた指輪のような何かから毒が送り込まれ、苦しみ悶えながら死ぬことになるそうだ。

 

 身から出た錆である、と言えばそれまでだが。現在進行形で罪を償っている人間を悪し様に言う気も起きない。

 

 故に、気持ちを切り替える。二枚のカードを受け取り、俺はその手札を眺めながら彼に目を向ける。

 

 これは治療だ。少なくとも、俺にとっては。

 

 

 

 

「よう、先生」

「どうも、赤木さん」

 

 応接室代わりに使っている部屋のドアを開けると、中央に位置するソファにドカりと寝転がる白髪の老人の姿があった。彼の名は赤木しげる。

 

 詳しい事は知らないが俺と同じ民間協力者で、かつて俺の患者だった人物だ。

 

「今日はどういった症状で来られたのですか?」

 

 社交辞令を混ぜることなく単刀直入に用件を尋ねる。初めて顔を合わせてから数か月しか経っていないが、この爺さんへの対応はすでに身に沁みついている。

 

「用が無きゃ来ちゃ駄目かい?」

「ええ。ここは病院です。病気の方や医療関係者以外は来ない方が良い」

「違いねぇ」

 

 その言葉にくつくつと笑いながら、赤木は「よっこらせ」とソファの上で寝転がっていた状態から上体を起こす。

 

 裏社会に精通している彼は主に地元世界の情報源として防衛機構に手を貸している、らしい。本人の話以外に情報源が無いため、これが本当かは俺にはわからない。

 

 ただ、少なくとも防衛機構の関係者以外はこの病院に来ることは出来ない為、何らかの形で協力しているのは確かだろう。

 

 そんな彼が俺の患者になった経緯は単純で、彼の世界の医者では治せない病に彼が侵されていたからだ。

 

 記憶障害。アルツハイマー型認知症と呼ばれるそれに侵された彼は、伝手を使ってこの病院にやってきて、そして俺の患者となった。脳内部の欠損部位の特定に時間がかかり、結局完治するまでには一月も時間がかかってしまったが、その手術に関しては満足のいく出来栄えだった。

 

 実際に彼の記憶力も完全に往年の物を取り戻し、術後の経過を見た後に彼は満足げな顔で退院していった。一月ほど前の話だ。

 

 そう。彼は、あの時点で間違いなく完治している筈、だった。

 

「……記憶力はな。お陰さんで戻ってきた」

「ええ。そうでしょうな」

 

 歯切れ悪くそう口にする赤木を見据えながら頷きを返す。俺の言葉に赤木は小さなため息をついてテーブルの上に置かれたお茶に手を伸ばした。

 

 一口、二口。口を離して湯呑をテーブルの上に戻し、赤木は少しの間目を閉じ、やがて再度ため息を吐いた後に俺に視線を向ける。

 

「戻ってこねぇんだ」

「……戻ってこない?」

「ああ」

 

 思わぬ言葉に眉を顰める俺の言葉に頷きながら、赤木は小さく返事を返し――

 

「博打がよ。分からなくなっちまったのさ」

 

 

 

「ギャンブラーが……」

 

 血の気の失せた顔のまま、ダービー氏は言葉を発する。

 

「ギャンブラーが……賭博を封じられる……ふぅぅぅ。こ。これほど……辛い事はないぃぃ」

「……そうでしょうね」

 

 脂汗まみれになりながら、ダービー氏は震える手でカードをめくる。ディーラーである彼の手元には1枚のカード。エースのカードが見える。

 

「ふ、ふふふ……はぁ……ふぅぅ……これは、幸先のいいカードだ……後は……10のカードが来れば」

「ええ、そうですね」

 

 紅茶を一口飲み、呼吸を整えてダービー氏は言葉を続ける。これだけ悪条件であるというのに、彼の表情は顔色の悪さを除けばポーカーフェイスを維持し続けている。

 

 素晴らしい精神力だ。彼の敗北は精神を折られたものだと聞いているし、今現在もその時の後遺症で苦しんでいるというのに表情だけは薄い笑みを維持し続けている。

 

 一度折られた彼の、それが彼なりの誇りの通し方なのだろうか。その姿にかつて治療した博徒――赤木しげるの顔を頭に思い浮かばせる。

 

 なる程、彼等は同じ博徒。どこか似通う部分があるのかもしれない。

 

 ――で、あるならば。

 

「それでは、勝負と行きましょう。楽しい、楽しい勝負にしましょう」

 

 久しぶりにONにする『最適解』さんの感覚。勝手に口が動くのは、何度やってもなれないもんだ。

 

 

 

 

 博打が分からなくなった。問答か何かかと思いどういう意味なのかを尋ねると、どうやら感覚が鈍っている、という意味だったらしい。

 

「今までは見えていた先がよ、霞がかったみてぇに見えなくなったんだ」

「ほぅ……興味深い現象ですね」

 

 彼の話すその感覚は凡人である自分には非常に分かりづらいものだったが、あえて言葉にするならアムロ少尉のようなニュータイプという人種に近い感覚だろうか。いや、鋭すぎる先見の明とかそういったものかもしれんな。

 

 つまりは、だ。そういった能力の持ち主の脳を弄った結果、能力を失わせてしまった……という結果に陥ったわけだ。

 

 なるほど。これは俺の失態だ。赤木氏の来訪を迷惑だと思っていた数十分前の自分をぶちのめしてしまいたい程に恥ずかしい事例。むしろこちらから再度治療をやり直させて欲しいと頼み込むべき案件だろう。

 

 彼がアルツハイマー型認知症になる前から持っていた能力を消してしまったという事は、つまり元の脳の状態に戻せていなかったという事。仮にもBJ先生の代理人を名乗る俺が犯して良いミスではない。

 

「いや、先生の腕は信用してるんだが……ありがてぇが良いのか?」

「勿論です」

 

 全面的な協力を約束すると、赤木氏は怪訝そうな表情を浮かべる。まぁ最初は渋ってた俺がやたらと協力的なのが腑に落ちないのだろう。だが、まぁ。なんだ。

 

「患者を治すのが医師の仕事。それが全うされていなかったのなら、当然責を受けるのは医師になりますから」

「……そうか。なら、遠慮なく甘えさせてもらうさね」

 

 俺にも医者としての矜持がある。一度治ったと診断したのは自分。それが誤っていたのなら、責任を取るべきなのも自分だ。

 

 必ず治す。元の状態にまで。そう心に誓った俺の顔を、赤木氏は面白そうな表情を浮かべて見ている。

 

「だが、どうすればいいんだ。頭の中はどこもおかしくはなかったんだよな?」

「ええ。傷がついていた所や血管が古くなっていた所、全て処置してあります。もう一度スキャンをかけるのもまぁ手ではありますが……」

 

 だが、前回の診断にはそこそこ自信もあった。あの時点では確実に脳に余計な傷などはなかった筈なのだ。

 

 傷を治したせいで能力が使えなくなった、という事も考えられるが……いや、ここはもう『最適解』さんに頼った方が賢明か。

 

 自分ではどうにもならないと判断した時の最後の逃げ道、己の持つ摩訶不思議な能力『最適解』を頼る。その判断に自分の力不足を痛感しながらも俺は自身の脳内でイメージしているスイッチをOFFからONへと切り替える。

 

 ――切り替えてしまった。

 

「……どうした、先生」

「いえ、少し考え事を……ああ。赤木さん」

 

 勝手に動き出した口。懐に入れていた携帯端末を取り出しながら、俺の体(最適解)はにこやかな笑顔を浮かべたまま赤木氏に提案を投げかける。

 

「ちょっと今から一勝負(バクチ)しませんか?」

 

 

 

「ふぅぅぅ……一勝負(バクチ)……ですか? しかし、この勝負は」

「ええ。賭けているものがある以上賭博には違いありません。()が勝てば貴方の生殺与奪の権利を、逆に貴方が勝てば私の持つ『アカギ』への挑戦権を貴方に。随分と分の悪いリターンですね」

「……ふぅ。いいえ、決して見合っていないとは私は思いませんよ。貴方の治療後の彼の軌跡を考えれば」

 

 そう語るダービー氏の真剣な表情には、一切の誇張は見受けられなかった。そんな彼の言葉に頷きながら、()は口を開く。

 

「ふむ。しかし、こう言ったものは互いに『釣り合う』という感情が無ければいけません」

「それは……確かに。しかし、私にはこの身以外に差し出すものが」

「いえ、あと一つ。確かに持っている物があるでしょう」

 

 掛け金(チップ)の釣り上げだとでも思ったのか。眉を顰めるダービー氏に、()はにこやかな笑顔を向けたままこう答える。

 

「もしも私が勝った場合は――」

 

 

 

 

 その言葉を口にした時の赤木氏の表情は、恐らくもう見る事はないだろう。

 

 目は口よりも雄弁、というのは良く言ったもので、その視線には「正気なのか」「採算は」「どういうつもりだ」という様々な疑惑をふんだんに織り交ぜられている。

 

 まぁ、そうだろうな。言った俺自身がそう本気で思うんだから。というか相変わらず『最適解』さんの治療法はぶっとんでいる。

 

「こちらとしては報酬さえ貰えるなら構わん……そっちの爺さんと打たせて貰えるんなら、な」

 

 黒いシャツを着た男の言葉に、同じく黒い服を着た男が頷きを返す。いや、この二人だけではない。

 

 どこかの喫茶店だろうその店を貸し切り行われた顔見せ。この場には俺を含めて10名の人間が居る。

 

 黒シャツの男達のように大人も居れば、学生服を着た少女達の姿もある。年齢もバラバラな彼ら彼女らはそれぞれが思い思いに席に座りながらその視線は全て俺の隣。赤木氏へと向けられている。

 

「ええ、勿論です。この場に居る皆さんには彼、赤木氏と闘っていただきます。麻雀が良ければ麻雀で、ポーカーならばポーカーで。好きなゲームを選んでいただき、その全てに赤木氏が勝てば赤木氏の勝ち。誰か一人でも赤木氏に勝てれば皆様の勝ち」

 

 再度、最初に言った言葉と同じ言葉を口にする。二度目という事もあり、この言葉が冗談でも何でもないと理解したのか。彼等から俺に向かって、圧力さえ感じるほどの視線が向けられる。いや、いっそはっきり言えば敵意すら感じる視線だった。

 

 まぁ当然だろう。ここに集められた人々……彼らは皆防衛機構が所在を把握していた一線級の博徒たちだ。それこそ原作持ちレベルのギャンブラー達に「お前ら全員で赤木さんに一勝できれば勝ちでいいよ」なんて直球で言ったんだからな。

 

 多少なりとも誇りやら矜持やらがある人なら、普通はブチギレ案件である。間違いない。

 

 特に若い連中は軒並み目の色変えてる。あ、いや。一人赤いブレザー着た女の子はめっちゃ恍惚とした目で赤木さん見てるが。何あれ怖い。

 

「おい……」

「赤木さん、()……いえ。俺はもう口出ししません。」

 

 隣に立つ赤木氏の気配が変わる。これまでの好々爺とした印象は鳴りを潜め、鋭い視線をこちらに向けてくる。成程、これが博徒・赤木しげるの顔って訳だ。戦場で浴びる威圧感とはまた違った迫力にごくりと唾を飲み込む。

 

 だが、すでに賽は投げられた状況だ。この状態で『最適解』さんが解除されるという事はつまり、もうすでに治療は終わった……いや、こういった分野で話すんなら場は整った、というのだろうか。

 

「時に……そちらの司会の方。貴方は勝負には参加されないのですか?」

「ええ。私は見届け人と言いますか……貴方方とは違う形でこの勝負に参加しておりますので」

「ほぅ? 差し支えなければどういったものなのかお聞きしても?」

 

 黒服の一人の言葉に頷きを返す。この場に集まった彼らは全員、前払いである程度の報酬を受け取っている。その上で、赤木氏との勝負の確約それ自体が報酬として提示されている。

 

 俺も頼んでみてびっくりしたのだが、赤木しげるという名前は賭博師の間では結構なビッグネームだったらしい。上司に頼んで数日で、あっという間に想定以上の人数を揃えることが出来た。

 

 後は彼等と赤木氏がぶつかり合えば良い……いや。最後の一押しは必要か。

 

「まず今回の集まりは、赤木氏の治療行為の一環である、という事は事前に説明を受けていると思います」

「ええ。そして貴方は彼の主治医である、とも聞いております」

 

 黒服の男の言葉に頷いて返し、俺は今の赤木氏の状況と彼らを集めた理由を話し始める。

 

 脳手術の際に赤木氏の能力を失わせてしまった事。それが賭博に関する能力であった事。しかし脳にはどう検査しても異常が見当たらない事――そして、ある種の発想の転換を行った事。

 

「勝負に関する能力は勝負の中。死線の中でしか発揮されないのではないか。そう結論を付けまして、皆様にご足労を頂いた次第です」

「……あ、あの。死線って、何ですか? 私、ただ麻雀をしてくれって言われて」

 

 俺の言葉に含まれた剣呑さに、おどおどとした様子で一人の女学生が声を上げる。いや、彼女だけではない。集められた中でも若い人間には多かれ少なかれ動揺するような気配が漂っている。

 

「ああ、勿論皆さんに命をかけろ等とは言っておりません。皆さんは勝っても負けても当初の約束通りの報酬をお支払いいたしますし、その上何かを求める事はありません」

「――なら、死線を潜るのは誰だ」

 

 それまで無言を貫いていた一人の男が、俯いた姿勢のまま視線だけを俺に向ける。

 

 場の空気が張りつめていく。この男の言葉に生半可な言葉を返すことは出来なさそうだ。

 

「……俺です」

 

 だから、まっすぐ彼の視線を受け止めながら。俺は、自分の右腕を持ち上げる。

 

「外科医の命である右腕。もしも赤木さんが敗れた際は、この右腕を切り落としましょう」

「――何故、そこまでするんだ」

 

 息を呑む若者たちの声。俺の言葉を聞き、今度は最初に声を上げていた黒シャツの男が声を上げる。

 

「あんたは治療の一環だと言った。それは良い。だが、死線を潜るのは本人であるのが普通じゃあないのか。あんたが肩代わりするってのはおかしな話じゃないのかい」

「いいえ、おかしな話ではありませんよ」

「……なに?」

 

 黒シャツの言葉。普通の感性で言えば成程、道理である言葉。だが、この場合はそれは適用されない。

 

 赤木氏一人で何とかなる類の話であるならば、『最適解』さんがこんな条件を元にルールを作るわけがないからだ。合理性の化身である最適解(チート)がこの状況を作った以上、これが最も素早く、確実に赤木氏を癒す方法なのは確定している。

 

 であるならば、だ。

 

「この治療には赤木さんの誇りと俺の右腕()、この二つを賭けの場に乗せなければ成り立たないんです。一つでは駄目だ。二つあるからこそ意味がある」

「……あんた、何を言って」

「必ず治る保証なんてどこにもない。我々医者は神様なんかじゃないから、100%の保証なんてできない……だから人が人を治すなら、カケるしかないんだ。それが自分か、患者かの違いはあるがね」

 

 つい口調が崩れてしまったためか眉を顰める黒シャツの男。そして、俺の言葉に目を細める若者たちと面白そうだと表情に浮かばせながらこちらを見る男達。

 

 それぞれの反応を見ながら、くきり、と首の骨を鳴らす。あまり丁寧な言葉を続けるのも疲れてしまうな。ここからは砕けた口調で行こうと心の中で決めていると、隣に立つ赤木氏から声をかけられた。

 

「おい、先生」

「はい?」

「……なぜ俺を信じる。今の俺は勘も鈍った老いぼれにすぎんぞ」

「何故って」

 

 赤木氏の言葉に交じる困惑した雰囲気に、目をパチクリとさせながら答えを返す。

 

 まぁ今回に関しては最適解(チート)の存在もあるから思い切り全賭けしたが、結局は100%の医術なんてものはそうそうこの世にはないんだ。99.9%まで可能性を引き上げることは出来ても、決して100には至らない。それが医療だろう。

 

 だが、それでも一つだけ確かな事はある。

 

「自分の患者を信じるのは当たり前でしょう」

 

 医者は患者が治ると、治りたいという言葉を信じる。そして患者の治りたいという言葉を叶える為に、最大限努力するべき、という事だ。

 

「……それだけの、理由なのか」

「? ええ」

 

 至極当然な事を尋ねられたのでそう返すと、赤木氏から感じる困惑が更に大きくなり、やがて彼はくつくつと小さな笑い声をあげるようになった。

 

 何か笑えるような要素がどこかにあったかと考えるも思いつかず困惑していると、何故か最初に話をしていた黒シャツの男。俯いた姿勢の男、独特な雰囲気を持つ黒服の男にも伝染するように笑い声が広がっていく。

 

「くくっ……狂気の沙汰ほど面白い……まさか、今になって他人に教えられるとは、な」

「――あんた、狂ってるよ」

「医者やらせとくには勿体ねぇな」

「ふふっ。医療の道にも鬼は居た……か」

 

 集められた大人たちの笑い声。ドン引きする若い衆を尻目に、彼等は暫くの間くつくつと笑い声を上げて、やがて、ピタリと止まる。

 

「この4名で良いか」

「ああ、あの卓は使って良いんだろう」

「この勝負が終わったら若い連中も適当に揉んでいくか」

「あ、あの! 私、蛇喰夢子と申します。是非私もその一戦に」

「あ、ああ! まって、私達も」

 

 まるでそれまでの重苦しい空気が嘘であったかのようにのんびりとした空気で喫茶店の端にある卓へと移動する大人達。

 

 そして、精神的にタフだったらしい少女が彼等の方へと赴き、それにつられるように他の面々も卓のあるスペースへと移動していく。

 

 発起人ではあるが別に参加するわけでもない、俺を一人残して。

 

「……」

「あ、あの。お客さん。何か注文は?」

「……ボンカレーください」

 

 

 

 

side.K あるいは蛇足。

 

 

 あの店のボンカレーは美味かった。米が良かったんだろうな。

 

 今日の夜はテンカワ食堂ではなく、ボンカレーにしようと心に決め、目の前で項垂れるダービー氏に視線を向ける。

 

「エースとジャック。ブラックジャック、ですね」

「……ええ、ええ。左様ですね……ふ、ふひひ」

 

 俺のハンドから出たカード。エースとジャックのブラックジャックに、虚ろな視線を向けたままダービー氏は、震えるように笑い声を上げる。

 

 彼の手札はエースと9。ここから更にエースを引いてもナチュラルブラックジャックには勝てない。

 

 これが3戦先取などであればまた話は違ったろうが、この勝負は互いに一発勝負という約束で行われたものだ。故に、彼は敗者。

 

 俺……いや。『最適解』(チート)さんの提案を受けていなければ、この場で俺に人生を預ける事になっていた。

 

 だが、そんなものは俺にとってデメリット以外の何物でもない。故に、彼には今、選択してもらう。

 

「では、選んでもらいましょう。このままギャンブラーとしての道を諦め、従順な防衛機構職員として働いていくか、それとも赤木氏の下へ向かい、私と同じ……己の右腕()を他者に預け(賭け)るか」

「ひっ、ひっひっひっ」

「貴方がその身以外で唯一差し出せるもの――博徒としての誇り。確かに賭けてもらいましょう。さぁ、ベットorフォールド(賭けるか降りるか)

 

 浅い呼吸を繰り返すダービー氏。彼がどう答えても問題はない。これは、彼が乗り越えられるかどうかの問題。乗り越えられなくても乗り越えられてもPTSDに悩まされる事はなくなるだろう。

 

 全てを諦めるか、それとも誇りを胸に分の悪い賭けに挑むのか。それは彼次第であるが――

 

「わ、私は……っ!」

 

 例えどちらになるとしても。人が人を治すのには多少のカケは必要だろう。

 

 しかし、それでも少し気が重いのはやはり私が未熟だからだろうか。

 

 神様、次の転移があるとするならば、ブラック・ジャック先生を。

 

 ブラック・ジャックをよろしく!

 

「私は!!」

 

 

 

 ――その言葉が、聞きたかった。




ダニエル・J・ダービー:出典・ジョジョの奇妙な冒険
 原作終了後、廃人になりかけていた所を拾われ防衛機構に。リハビリを行った後に過去に行った所業の罪を問われ、首輪(毒入り)をつけられたうえで捜査員としてこき使われている。
 黒夫への使者に使われるくらいには真面目に仕事を熟していた模様。彼がどちらを選んだかは秘密。なおどちらを選んでも最終的には五体満足で終わらせるよう手配するつもりだった。

赤木しげる:出典・天~天和通りの快男児~
 またの名を老アカギ。アルツハイマー型認知症という不治の病を患っていたが黒夫のもとでの治療で完治。しかしそれが原因で博徒としての能力に陰りが出てしまった……のだが黒夫の右腕賭けの荒療治により完治。完治どころかリミッターを超えたのか未来予知じみた能力に全盛期の天運が戻ってきたらしい。

黒シャツの男:出典・???
 一体何雀聖なんだ?

黒服の男:出典・???
 一体何人鬼なんだ……?

俯いた男:出典・???
 哭いたら牌が光りそう

蛇喰夢子:出典・賭ケグルイ
 小まめにはぁはぁしてた。
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