書き直すかもしれません。
誤字修正。佐藤東沙様、酒井悠人様、名無しの通りすがり様、たまごん様、s14me02様、吉野原様ありがとうございました!
呼吸が、出来ない。
ヒュー……ヒュー……
動かなくなった肺に送り込もうとした空気が、体に留められず漏れ出ていく。息苦しさとは別の圧迫感。体の芯から感じる冷たさ。
肺が、やられた。
その事実に心が折れそうになりながら、刀を持つ手に力を籠める。
「いいねぇ、その目」
嘲る様な、慈しむ様な、憐れむ様な男の声。酸欠で眩む視界の中、男の笑顔だけがやけにはっきり見える。
騙された、であるとか。嘘つき、であるとか。
男に対して言いたい沢山の言葉が頭を過って、消えていく。
違う。自分が言いたい言葉は、そうじゃない。
もしかしたら、分かり合えるのかもしれない。そんな希望を胸に動き、そして希望を抱いたまま、希望に裏切られて自分はここで死ぬ。
裏切られた? 違う。ただ、見誤ったのと力が無かった。それだけ。
……それだけ? 本当に。それだけなのだろうか。
「――しのぶ」
ごちゃごちゃと頭の中を過っていく言葉の中、最後に頭に思い浮かんだ一言。妹の名前を呟き……それが限界だったのか。力を無くした手から刀が零れ落ちる。もう、体は自分のいう事を聞かなくなってしまった。
足がふらつく。酸欠で眩む視界と飛んでしまう思考を繋ぎ合わせるが、もう込める力も自分には残されていない。
鬼、戦わ、ない……と……
鬼が何かを言っている――良く分からない。意識が遠のく――もう、何もかもが分からない。ふらりと体が揺れてもそれを支え切れずに、私の身体はゆっくりと倒れていく。
胸の苦しさは、もう感じなかった。感じる余力も、なくなったのだろう。
私は、ここで。
死――
「死なせない」
急速に落ちていく意識の中。誰かの腕の中に抱かれ。
「もう、大丈夫だ」
「……ぇ」
聞こえてきた優しい声音に僅かに動く瞼を開くと、そこには。
黒い、男が。
「姉さんっ!?」
ぐらりと、力を失ったかのように倒れていく姉の姿が目に映る。見たくなかった光景。信じたくなかった事実。来客に告げられた情報――最愛の姉胡蝶カナエの死が、今、目の前で起ころうとしている。
信じたくないという思いで一歩鈍った足取り。そんな情けない自分よりも先に、共に走っていた二人の男は駆けだしていく。
一人は元凶と思われる存在の前に。そしてもう一人の黒い外套を着た男は、姉が倒れる前に抱きかかえる様にその体を支える。そのまま脱力する姉の口元に耳を寄せた男は、しかめ面を浮かべながら淡く光り輝く左手を姉の胸元に翳した。
「ごふっ」
「姉さん!? 間さん、何をっ!?」
「応急処置だ。出来ればコレに頼りたくはないが……肺がやられている。この場での処置はこれしかない」
ごぽり、と姉の口から血液が流れ出るのを見て声を上げる私に、間と名乗る医者はしかめ面を浮かべたままそう答える。その問答の間も男の掌から出る優しい光は少しずつ範囲を広げ、最初は姉の胸元から、やがて全身に広がるように姉を覆っていく。
男の答えと、先ほどまでヒューッと掠れるような音を漏らしていた姉の口から聞こえる静かな呼吸音に、私は小さく安堵の吐息を漏らした。
「へぇ、普通は助からない筈なんだけどね。面白いなぁ」
「……お前が、姉さんを」
「おや。その子は君のお姉さんなんだね。姉妹で鬼殺の剣士かぁ。その若さで……可愛そうに」
その鬼は、へらへらと笑いながらそう口にすると、ピシャンっと手に持つ扇子を閉じる。
その鬼は頭から血を被ったかのような姿だった。にこにこと屈託なく笑い、おだやかに優しく喋る姿は鬼であるという事を忘れてしまいそうになる。
だが。ただ一つだけ。
「さぞや辛い事があったんだろうねぇ」
その虹色に光る瞳を見て、私は確信を覚えた。
「聞いてあげるよ、話してごらん」
こいつは、どんな鬼よりも信じてはいけない生き物だ。
「しのぶ君」
ここで殺さなければいけない。こいつは、生きていてはいけない。
刀を抜いた私の考えを読んだのか。間先生は私を鬼から庇うように立ちふさがった。私が声を上げる前に、彼はちらりと私に視線を向け、静かに首を横に振る。
「――鬼殺の剣士は、鬼を滅する為の」
「分かっているさ。だが……たった一人の家族、なんだろう?」
「……」
その言葉に、剣士としての胡蝶しのぶは答えることが出来なかった。口から出かかった一人の人間・胡蝶しのぶの言葉を飲み込んで、沈黙という返答を選ぶ。
彼の言葉に含まれているものには気づいている。自分よりも強い姉が敗れた相手に、自分が挑んだとしても返り討ちに遭うのが関の山だろう。彼は戦いに関しては素人だと言っていたが、そんな彼ですら一目で理解する程に自分と目の前の鬼とは格の違いがあるのだろう。
だが、それ以上に。
「酷いなぁ。目の前の俺を無視するなんて」
「無視している訳じゃない。信じているんだ」
「うん?」
「俺の
「へっ」
鬼の言葉に、姉を抱き抱えたまま。にやりと笑って、間先生は答えを返す。呆気に取られたような表情を浮かべる鬼と、先生の言葉を聞いて同じようににやり、と並んで立つ男が笑う。
先生は、信じているのだ。戦えもしない自分が命を預けても良いと。もう一人の男の事を。
バサリ、と男が羽織を脱ぎ捨てる。異国風の巻き付けるような帽子、丈の長い道中合羽のような着物の下から現れたのは、間先生と同年代だろう黒髪の異人。筋骨隆々という訳でも巨躯という訳でもない。けれど、その背中から感じる確かな力強さ。
先生は確信しているのだ。目の前に立つ鬼
鬼殺の剣士でもないその男が、目の前の鬼を倒すのだという事を。
「ジン。暫く動けん」
「おう」
だから短く。ただそれだけで彼らの言葉は終わり。
そして、男――ジンの存在感が急速に跳ね上がる。
ビリビリとした感覚。何かに触れている訳でもないのに肌が、心が感じる威圧感。先ほどまで感じていた鬼から感じた何もかもを塗り潰す程の迫力。右足を開き、踏みしめる様に地面に打ち下ろすと、ズシン、と周囲が静かに揺れた。
少しだけ、驚いたかのように鬼が目を見開く。
「ふぅん?」
「しのぶ君。私の近くに――その位置では守れない」
ジンと呼ばれた男から感じるそれらに押し潰されそうになる私に、間先生からの声がかかる。ハッと気を取り直し、言われたとおりに彼の傍へ近寄ると、彼と姉を覆っていた淡い光が私を包み込むように広がっていく。
「これで多少は”念”の影響を削れる筈だ」
「は、はい。いえ……間先生。この、光は?」
「少し説明が難しいが”念”という技術だ。君のその状態もそれが関係している」
ちらりとこちらを見た後に間先生はそう答えた。言われて、自分が全身ぐっしょりと濡れる程に汗だくだという事に気付く。どんな鬼と対峙しても、命の危険を感じてもここまで酷い有様になった事は無かったのに。
慌てて上着を脱ぐ私の横で、間先生は優しく、壊れ物を扱うかのように姉を地面に横たえさせる。顔色はそこまで酷くはない。先ほどまで浮かべていた死相はもうどこにも見受けられない。
ほっと安堵の息をつく私に、間先生はふるふると首を横に振る。
「今の状況は一時的な物だ。肺の機能は私が代替しているが、これをいつまでも続けることは出来ない」
「そんな……!?」
「出来ればしっかりとした施設に移したいが、集中を維持するのが難しい。だから」
そう言って一度言葉を切り、間先生はちらりとジンと向かい合う鬼へと視線を向ける。
「ここで、処置を行う」
その視線の先にいる鬼は、間先生の言葉に愉快そうな笑顔を浮かべた。とても面白い物を見たと言わんばかりにケラケラと、手に持つ鉄製の扇子をひらりひらりと回せて鬼は嗤う。
「随分と豪胆な医者だねぇ……面白いなぁ。君、鬼になってみないかい?」
「興味がないな」
「そうかい、それは残念だ」
パキリ、パキリと周囲の壁や土が凍っていく。肌に突き刺さる様な冷たい空気。周囲を覆う光に氷の破片は除かれているようだが、冷たい空気だけは防ぐことができないのか。汗に濡れた衣服が冷え、ブルりと体が震える。
「まぁ、残念だけどしょうがない。君もそっちの娘達もついでにこっちのお兄さんも。みぃんな救ってあげるのが俺の仕事さ。共に、永遠を生きよう」
おだやかな笑顔のまま、優しい声音で。そう嘲笑う鬼の言葉に、向かい合ったジンはふんっと鼻を鳴らして口を開く。
「……随分と暢気なんだな。鬼って奴は」
「うん? 一体なふぐっ!?」
凍り付いた地面を打ち抜く様に走る何か。まるで見えない拳で顎を打ち抜かれたかのようにひしゃげながら、鬼が宙を舞う。
かき消える様にジンの姿が見えなくなり、次の瞬間に彼は鬼の前に姿を現していた。瞬きにも満たない刹那の動き。いつの間にか目の前に現れたジンに驚愕するように目を見開いた鬼に、ジンは右手の人差し指を向ける。
「場所替えといこうや」
ポツリとそう呟いたジンの右手の人差し指から、光の塊が撃ち出され、鬼は光に押される形で吹き飛ばされていく。
それを追いかける様にジンは走り出し――ふっと後ろを振り向いて、親指を立て――去っていく。
「……本人に許可とってんのかよ」
「えっ?」
「いや……なんでもない」
その姿にぽつりと何かを呟いた後に小さく首を振り、間先生は口布を外套から取り出し身に着ける。彼の身に着けた外套の内側にはびっしりと医療器具だろう道具が括り付けられている。
その中の一つ。やけに重厚な小箱を取り出した彼は、少しの間考えるように目を閉じると、小さく息を吐いてその小箱を開けた。
中に入っていたのは、3本の小刀だった。それを目にした私は、何故だか目を捉えて離さない不思議な引力のようなものを感じ慌てて頭を横に振る。大きさも形もバラバラなそれらを間先生は指で撫でる様に触れ、その内の最も小ぶりなものを取り出し、箱を閉じた。
「このメスの事は……」
そこまでを口にして、間先生は首を横に振った。言葉を切り、手に持った小刀を姉の胸元に向ける。衣服の上から静かに、何かを探るように刃先を滑らせ、ある一点でピタリ、と動きを止める。
「いや……君のお姉さんは、必ず助けてみせる」
「……はい」
「だから、少しの間。俺……いや。『私』を、信じてくれ」
間先生は静かな口調でそう言った。まるで風一つない湖のような穏やかな口調。先ほどまでとは別人のような落ち着き払った彼の姿に、何故か強い安堵感を覚えて私は首を縦に振る。
静かに、少しずつ姉の体内に入り込んでいく小刀。血も出ず、衣服すら破くことなく行われる非現実的な光景も、何故か当然のことだと思えてしまう事に少しの恐怖を覚えながら私は彼の行う治療を見続ける。
それが姉の命を救う最善の道なのだと、確信を覚えながら。
side.K 或いは後日談
キュッキュッと音を立てながら、用意したホワイトボードに文字を書き入れる。
「――このようにある特定の細胞が外部からの影響を受けており――」
その部屋は、元々は和室だった。いや、今現在も畳張りの和室であるのは間違いない。
「――変質した部位は全身ではなく頭部を中心に――」
元々は、という言葉をつけたのは、現状が少し和室であると言い張るには難しいからだ。
突貫工事で改造を施されたその部屋は壁や屋根をセメントなどに張り替えたりと元の姿をほぼ失っており、しかも部屋の中央には患者の為のベッドまで備え付けられている。
「――遺伝病であるのは間違いありませんが、皆様が”呪い”と呼称する外的要因は産屋敷氏のある細胞にだけ働きかけ変質を引き起こしていました」
そんな改造を施された患者の寝室の中。ホワイトボードを持ち込み、寝そべった患者にも見やすいように角度を付けたそれに張られた数枚の写真を指さしながら、俺はそう言葉を切って患者の反応に目を向ける。
「この外的要因を遮断さえすれば氏の病魔の進行を食い止める事は可能でしょう。そこからの快癒には長い時間が必要でしょうが――」
何をしているのかは見ての通り。患者の症状についてを患者本人と家族や関係者に説明していた所だ。
俺の説明を受けたのは患者本人と奥方、そして護衛として紹介された屈強な男性に、今回俺の助手として手伝ってくれている医学について知識があるという少女、胡蝶しのぶ君の4名だ。
彼らは俺の説明を受けながら、忙しない様子でホワイトボードに貼り付けられた写真と手渡された資料を見比べている。出来る限り専門用語を削って話したつもりだが、これでもまだ理解しづらかっただろうか。
いや、当然か。普通の民間人に細胞がどうたらと語ったところで理解できるわけがない。これは説明の仕方を間違えたらしい。
「……あの、先生」
「うん? なんだい胡蝶くん」
さてどうしようか、と考え込んでいた時。助手として補佐についてくれた少女、胡蝶しのぶが控えめに手を上げながら声をかけてくる。
目の前にいる患者は彼女にとっての上役、それも組織の長である為緊張しているのか。初めて会った時の射殺すような視線の鋭さは鳴りを潜め、柔らかな、しかし困惑を表情に浮かべながらこちらをみている。
「その……細胞の変質、という所なんですが」
「ん。ああ」
「それはつまり、呪いの元と思われる――”無惨”を討滅すれば全て解決するという事でよろしいのでしょうか」
戸惑いがちな、だが断言するかのようなしのぶの言葉。よくよく考えればこの世界で細胞学とかってどうなってるんだろ。初歩的な部分でやらかしてしまったか、これは。等と考えていた俺は、その質問に目をぱちくりと瞬かせ、あー、と小さく声をあげながら周囲を見る。
こちらを見る3対の瞳。彼等がうんうんと頷く様子にポリポリと頭をかき、腕を組む。
あながちそれで間違ってなさそうなんだが、防ぐとか避難するとか色々な選択肢があるのにノータイムで滅ぼせばいいと来るとは思わなかった。嫌われすぎだろ”無惨”って奴。
バタン、と車のドアを閉める。空調の効いた車内の空気が心地いい。後ろの座席には一行のスポンサーにしてある意味雇い主のモモンガ――人間の姿の時はサトルさん、か――が座っており、助手席には一応の護衛としてジンが。そして運転席にはサトルさんに仕えている老執事、セバスさんが居る。
見送りに来てくれたしのぶ君に手を振り返し、セバスさんに声をかけて車を発車させる。彼女と会う事も今日で最後になるだろう。この世界での俺の役割は、終わった。
とはいえ、だ。
「殲滅一択しか選択肢がないのは困りました」
「左様でございますか」
言い訳がましい俺の言葉に、ハンドルを握った紳士然とした初老の男性が頷く。微笑であるとか曖昧な表情などではない。ただただ真顔での肯首である。
今、俺達の居るこの世界は俺が生まれた日本と似たような歴史をたどる『別の』日本の、明治から大正くらいの時代らしい。車窓から見る行き交う人々の姿には確かに日本の古い時代を思わせる物が多く、全く見覚えが無い街並みなのに何故か郷愁を思い起こさせてくる。
この時代にも車自体は超高級品だが存在するそうなので、モモンガさんが気を利かせて前の世界から持ち運んでくれたそうだ。この時代に空調のある車なんて持ち込んだら問題が起きるんじゃないかと思うんだが、その辺りはデミウルゴスさん辺りが考えてるだろう。
最近の彼の言動を見るに、この世界に侵食するに辺り重工業を足掛かりに~とか位はとっくにやってそうだ。一つ前の世界は二次大戦終戦後くらいだったし、そちらから技術を流入するだけでもかなりの利益が見込めるだろう。本当に有能な人材、いや。悪魔材である。彼の爪の垢を煎じて飲めば俺のやらかし癖も減るだろうか。
いや、だが一つだけ言わせて欲しい。「多分これが原因だろうな」というのと「これが原因だ!」というのは大分大きな差があるんだ。対応策も変わってくるし。
今回で言えば”呪い”と言われていた正体不明の外的要因を特定した事で、その影響を受けないように対処する、という事も出来るようになった。これは本来ならとても大きい事だ。少なくとも対処さえ間違わなければ産屋敷氏の身体を健常者レベルに引き上げる事もできるだろう。
俺としては先ほどの話の中で産屋敷氏に”呪い”すら届かない遠方、それこそ世界を渡って療養するか、”呪い”を排除する結界のような物を研究するという形に持っていきたかったのだ。
満場一致で根本原因であるという”鬼舞辻無惨”を排除する、になるなんて……いや、うん。彼らの事情を聴いているとそうなるかもしれないとは、ちらりと考えたがね?
「く、くふっ……フッハッハッハッハッハ!」
「お前に笑われるのは腹が立つぞ、育児放棄のクズ」
「自分のしくじりをなんとかしましょうよ、ジンさんは」
「うっせー! いつまでそのネタ引っ張る気だてめーら!」
俺と紳士のやり取りに、助手席に座るジンが笑いを堪え切れずに噴き出し――お前は笑ってる場合じゃないだろうと俺とサトルさんの言葉が飛ぶ。
いつまでも何も、折角助かった息子を放り出してこんな場所に来ている段階でギルティだろうに。せめて息子のリハビリを手伝う位の甲斐性は見せるべきじゃないだろうか。
「甲斐性……アルベド……うっ、頭が」
「貴方も唐突にトラウマを刺激されないでください、モモ……サトルさん」
等と思考していたのが悪かったのか。隣に座るもう一人の連れ、現在はサトルと名乗り絶賛家出中の友人がうめき声を上げながら頭を抱えだす。
この一行におけるスポンサー役の彼も、正直ジンを笑える立場には居ない。いや、情けなさで言えばこちらの方が上かもしれない。なんせ彼は仲間の娘(の設定)に手を加えて自分に好意を向けさせたあげく、その想いに応えることが出来ずに逃げ出したんだからな。
そのくせやたらと責任感はあるため組織の長としての仕事を出先でこなし、結果アルベドに所在がしれてそこから逃げ出して、という。堂に入った仕事に逃げるダメ亭主ムーブである。まぁその辺りの言葉はモモンガさんガチでへこむから口にすることはない。メンタルが強いのか弱いのか本当に良く分からんなこの人。いや、この骨。
「お前にだけは可愛いもんじゃねーか。ちゃっちゃと一発かましてこいよ、社会平和の為に」
「簡単に言いますがねぇ! 俺の責任とはいえ、仲間の娘だと大事に思ってた娘に寝込み襲われて童貞喰われかけたこの恐怖があんたらに分かりますか!?」
「――そのまま喰われれば良かったのに」
「そりゃないですよ先生……」
何気なく放った俺の一言にショックを受けたようにモモンガさんが首垂れる。その姿に少し可哀そうだ、と感じるがいやいやと考え直して首を振る。
モモンガさんがアルベドから逃げ続けているせいで一番迷惑を被ったのは間違いなく俺だからな。なにかある度に俺を連れて逃げるせいで彼女の中では俺は完全に怨敵レベルの存在になっているそうだ。この程度の嫌味くらいは言ってもバチは当たらんだろう。
「そ、その節に関しては本当に申し訳……」
「なまじっか力と頭があるのが厄介だな。そのくせ思い込みが激しくて執念深いと来てる。あんな危険ブツ放置してんじゃねーよ、デミウルゴスが抑えきれなくなったらどうするつもりだ?」
本音なのだろう、ジト目でモモンガさんを眺めながらそう言うジンの言葉に、うんうんと頷きを返す。俺とジンだけの問題でもないからな。
生身の肉体を得た自らの想い人に、感情が昂るのは分かる。だが、それを理由に暴走してしまうならそれは何とかしなければならない。それが当事者の責任という物だろう。
「――成程。であれば、間先生も責任を果たさねばなりませんな」
「……はい?」
それまで黙ってハンドルを握っていたセバスが、小さく。けれど良く通る声で呟いた。
その言葉に問い返すも返事はなく、代わりにキィっとブレーキをかける音が響く。車の窓から外を見ると、そこには暫くの住処としていた診療所の建物があった。
「ははは。嫌だなぁセバスさん。ここはもう引き払う」
「胡蝶様は今日退院する予定でございます」
「セバスさん???」
にこやかな笑顔を浮かべながら間違いを正そうと声をかけるも、少しも聞く耳を持つことなくセバスさんはそう答えた。問い返すも微動だにしない彼の姿に、つぅ、と一筋の汗が背中を走る。
「あれだけ慕われていたのです。別れの挨拶もなし、というのはいささか人道に外れる行いかと」
「いや、それはですね」
震える声でセバス氏に語り掛けるも、彼はどのような言葉にも眉一つ動かさずじっとフロントガラスの向こうを見つめている。
これは、ガチ目にキている。その事を察し、思わず口をつぐむ。流石にサトルさんを弄りすぎたか、と少しの後悔を頭に過らせながら口を開く。セバスさんがその気になれば俺に止める術はない。味方を、味方を作らなければいけない。
「サト――」
「さ、行きましょうか先生」
「ジ」
「自分で歩くのと引きずられるの。どっちがいい?」
「…………神は死んだ」
「これは異な事を。死の神であらせられるサトル様が隣に居られるではございませんか」
助けを求める様に周囲に視線を向けるが、どうやら味方はいないようだ。狭い車内の中。ヒリヒリとひりつくような気配の高まりに、ごくりと唾を飲み込む。他の3名全てが自分を圧倒的に上回る強者である事をさし引いても、この状況は不味い。大変不味い。
そもそも慕われてるとかってあれだ。吊り橋効果やら何やらで冷静になれてないだけで、彼女の感情は子供が教師に思い浮かべるあの感情と大差ないものだぞ。その上彼女は17歳でこちとらもうすぐ30の大台。倍近い年齢差の相手に惚れた腫れたの会話をやれというのか? 恥ずかしいにも程があるだろう。
等と心の中で盛大に文句を喚き立てても現実は変わらない。抵抗らしい抵抗も出来ずに車から引きずり出された俺は、両脇をジンとセバスさんに持たれてずるずると診療所の中に連れ込まれていく。気分は捕獲されたエイリアンである。
くそ、ブラック・ジャック先生ならこの状態でも抜け出せるかもしれんが、俺には難しすぎる。やはりブラック・ジャック先生の物まね程度じゃ困難な世界を渡っていけないという事なのか……
神様、神様! そろそろ次の統合の時期じゃないですかね? 次こそはブラック・ジャック先生を!
ブラック・ジャックをよろしく!
「いつものネタは良いからキリキリ歩いてください」
あ、はい。セバスさん女性関係だとはいえごめんなさい。
時期としては一歩世界の後。クロオがAOGエリア群を旅立つ前。だらだらしたお話になってしまい反省。
この位の時期の出来事もう少し掘り下げていきたいです(願望)
※登場キャラ一覧※
胡蝶カナエ:出典・鬼滅の刃
原作では故人。今作ではそのタイミングでの介入により一命を取り留めた。この後クロオとは何もありませんでした。何もありませんでしたよ?
胡蝶しのぶ:出典・鬼滅の刃
原作では姉の後を継ぎ柱になるもこの世界ではそこまで伸びるか分からない。クロオのメスを直接見た数少ない医療関係者の一人として本人の知らない間に注目度が上がっていたりする。
謎の鬼:出典・鬼滅の刃
一体何童磨なんだ……なおジンとの戦いではジンの優勢のまま終了。生死は不明。
ジン・フリークス:出典・HUNTER×HUNTER
本編初登場。実はクロオの最初の旅の友であったりする。謎の鬼との戦いは終始優勢を取っていた。決着の形は不明。
サトル:出典・オーバーロード
またの名をモモンガ。人間の姿ではサトルと名乗っている。呼吸法の存在を知り、鬼殺隊を取り込めないかと接触を図っていた(デミウルゴスが)。
鬼殺隊当主の治療および鬼に対する戦力供給を名目に産屋敷氏に接触。産屋敷氏の伝手を生かして重工業に進出していく予定である(デミウルゴスが)
鬼の不死性についても若干興味があったが、知性が落ちる可能性がある為興味を失った。
セバス・チャン:出典・オーバーロード
サトルの執事。マイカーを購入できないかお伺いを立てている。
産屋敷耀哉:出典・鬼滅の刃
鬼殺隊当主。ヤバイ所に借りを作ってしまったがどうしようもないむしろ内部に入り込んで少しでも人類にとってよい道を選ぼうと新しい戦いを始める決意を固めたている。なお最も中枢に近い人類であるクロオはこの後すぐに旅立つ模様。